東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。
めっちゃ時間掛かりましたが特に長いというわけでもないです……。

今回から地霊殿に住むキャラが本格的に登場します。

それではまたあとがきで。


第七十五話

 

 横島と勇儀の勝負が終わり、彼らは場所を移して勇儀行きつけの大衆食堂にて昼食会――という名の宴会――を行っていた。

 その店は大衆食堂でありながら味は絶品であり、また量も多く、そして安い。旧地獄では珍しい人間の店主兼料理人が趣味で開いている店らしく、利益などは度外視で経営しているようだ。

 ただし、大半の客が客だけに酒に関しては別である。いわゆる“どぶろく”のような安酒もあるにはあるが、酒のメニュー表はほとんどが高級酒で埋め尽くされている。日本酒やワインにビール、ウイスキーにブランデー、リキュール、更には注文すればカクテルなども作ってくれる。その知識や腕前の出所が気になる謎の人物だ。

 

「さて、私に勝ったご褒美だ。ここは私が奢るよ」

「お、いいのか? いやー悪いなー! ゴチになりまーす!」

「一切の躊躇も遠慮もありませんね」

 

 嬉々としてメニュー表をめくる横島に藍はここ数時間だけで何度となく浮かべた苦笑を見せる。勇儀は横から「これとかおすすめだぞー」などと特にお気に入りの料理を紹介している。

 遠慮することなく、素直に厚意を受け取る横島を勇儀は気に入ったようだ。自分に臆せず気軽に接するところも理由の一つだろう。

 何せ勇儀は鬼の四天王にして旧地獄の名士の一人。かつての支配を覚えている者が大半の旧地獄では尊敬の対象であり、また畏怖の対象でもある。

 横島の様にごく自然に対等に振る舞う者など本当に久しぶりに出会ったのだ。

 ちなみに藍は自分の分は支払うと断りを入れたのだが、勇儀には「一人奢るのも二人奢るのも一緒だよ、喧嘩売った詫びさ」とカラカラ笑われてしまった。豪快ながら気配りも出来るらしい。

 ちなみにであるが、他の席の妖怪達は勇儀たちを遠巻きに見るだけで近寄っては来ない。勇儀が己に勝ったと認めた男の存在に加え、この世のものとは思えないほどに美しい容姿の妖怪に大いに興味はあるが、店に入るなり勇儀が「私らのことは気にしないでくれ」と言ったからだ。その言葉に逆らうほどに肝の据わったものは残念ながらこの日は来店していなかった。

 勇儀は周りを気にせず、楽しみで仕方がないといった風情で横島から受け取った“月の頭脳”をテーブルに置き、蓋を親指で軽く弾いて開栓する。勇儀は店の上得意なのでこういった持ち込みに関して融通が利くのだ。

 

「さて、それじゃ早速月の頭脳(こいつ)を……」

「あれ、今呑むのか? かなりのレアもんだろ?」

「何言ってんだ。酒ってのは呑むためにあるんだ。後生大事に置いといたって、呑む前に死んじまったら意味がないだろう? 旨い酒ってのはパッと飲んじまうのが良いんだよ。こうして新たな友も出来たことだし、それを祝してな」

 

 そう言って勇儀は男らしい笑みを浮かべる。不覚にも胸がときめき、横島は勇儀のことを「(あね)さん」と呼びそうになる。そういうことなら、と横島は月の頭脳を星熊杯に注ごうとするが、まずは普通にと店のぐい呑みに注がせる。勇儀も横島と藍のぐい呑みに注いだ。

 横島との勝負はわざと負けたのか、と言えばそうではない。このぐい呑み、どうやら相当な価値のある物らしく、陶器の収集家が一目見て「この陶器全部と交換してくれ!」とアタッシュケースいっぱいの陶器を見せて申し出たほどらしい。店主は「ほほ、ダーメ」と断っていたが、かなりしつこく付きまとわれた。しかしそれも「このぐい呑みは勇儀さんのお気に入りなんです」と店主が告げてからはピタッと収まったようだが。

 

「んじゃ、今日の出会いに乾杯!」

「カンパーイ!」

「乾杯」

 

 三人はぐい呑みを掲げ、同時に呷った。

 

「……っかーーー!! こりゃあ旨い!!」

 

 第一声を放ったのは勇儀だ。何ともオヤジ臭いことだが、それが似合っているのは彼女にとって喜ばしいことなのかは定かではない。しかし、純粋に酒の旨さをありのままに表現する彼女には余人にはない魅力があった。しかしあまりに旨かったせいか、星熊杯を使うかどうか逡巡している。ひとたび使えば、もう以前の生活には戻れないかもしれない……それほどに暴力的な旨味である。

 

「確かにうめーな、これ……」

 

 深い息と共にそう言葉を零したのは横島だ。彼は元の世界にいた時に美神との付き合いで様々な高級酒の相伴にあずかっており、高校生ながらに酒の味というものを知っていた。しかし、それでもこれほどまでに強烈な旨味を持った酒というものには出逢わなかった。余程強烈だったのか、横島は知らず目じりに涙を湛えている。

 

「……本当に美味しい。けど、これは……」

 

 藍は“月の頭脳”のあまりの旨さに驚愕と共に恐怖も感じている。紫や幽々子、萃香などから極上の酒を呑ませてもらったこともある彼女であるが、この天上と称するに値する酒の前にはそれらの酒も劣ると感じずにはいられない。むしろ藍ですら解析できない未知の旨味成分が気になって仕方がない。

 

 ――――これ、中毒になったりとかはしない……よね?

 

 少々永琳が怖くなった藍であった。

 

「……あ、そうだ。実はもう一本預かってた酒があってさ」

 

 三人で“月の頭脳”を堪能し、その余韻に浸っていた時、横島がある人物から預かっていた酒のことを思い出す。どうやら“月の頭脳”の強烈なインパクトのせいで頭の隅に追いやられていたらしい。

 そして横島はにゅるんと胸元から一本の酒瓶を取り出す。その様に勇儀も身体をびくっと震わせており、鬼から見ても人間(?)である横島が行うには不条理なスキルであるようだ。

 

「これこれ、輝夜様からの贈り物で“竹取の娘”っていう酒らしい」

「へー……もしかしてあの月のお姫様が作ったのかい?」

「ああ、何か竹を使った酒とか何とか」

 

 先ほどと同様、勇儀が栓を抜き、皆に酒を注ぐ。漂ってくる香りはやや癖があるものの、どこか清冽な印象を抱かせる。一口含めば、香りとは正反対に癖がなく呑みやすい、やや甘めの風味が感じられる。

 

「うん、呑みやすくていいね。月の頭脳みたいに強烈な旨味はないけど、これはこれで十分に旨い。どこかほっとする味だね」

「あー、確かになー。何となく懐かしい感じの味だわ」

「……正直こちらの方が好みですね」

 

 藍は月の頭脳よりも竹取の娘の方が気に入ったらしい。こちらは普通に解析が出来たようで、味も好みのものだったようだ。

 

 そうして宴会は続き、地霊殿へと向かう時間もそろそろ迫って来ている。場の雰囲気に流されてけっこうな量の酒を呑んでしまっていたが、藍は妖怪であるし横島はこう見えて意外と酒豪だ。そう簡単に酔うことはない。

 

「そろそろ私達はお暇を――――」

「なーに言ってんだよまだ呑みたりないだろぉー? ほらじゃんじゃん呑めじゃんじゃん」

「ちょ、もういいって言って……あああ力が強い力が強いぃ……!?」

 

 勇儀はかなり気持ちよくなっているらしく、何とか逃げ出そうとする藍を掴んで離さなかった。その様はまさに絡み酒であり、横島も美人二人が絡み合っている姿を目と心に焼き付けるのに必死で地霊殿のことは頭からスポーンと抜けていた。

 二人の姿に「間に挟まりてぇ~~~」などと考えているのがバレれば一部過激派にボコボコにされるかもしれない。

 

「いやだから私達には約束が……」

「んー? それなら……」

 

 勇儀は藍の言葉を聞き、店員に墨と筆、紙を持ってこさせ、さらさらと何事かをしたためて近くにいた鬼の男にそれを渡す。

 

「それを地霊殿に届けてきてくれ」

「お、俺がっすか!?」

「ん? 私の頼みが聞けないのかい?」

「お任せください!! すぐに届けてまいりますっっっ!!」

 

 ニッコリ笑顔の勇儀を見た鬼の男は猛スピードで駆けて行った。気のいいところを見せても勇儀は鬼のトップの一人。こういう時には権力(暴力)の行使を一切躊躇わないのだ。

 

「お、横暴……!! でも何か懐かしい……」

 

 こき使われる鬼の男にシンパシーを感じる横島であった。

 

「まったく……何て書いたんです? ちゃんと事情を書いてくれたんですよね?」

「あー? ちゃんと書いたよ。こっちでもてなしてるから迎えを寄越してほしいってサラサラっと簡単に」

 

 

 

 

 

 

 さて、鬼の男が向かうのは地霊殿。旧地獄の中枢たる場所であると同時に、最も忌み嫌われている場所だ。それだけ旧地獄の住人が地霊殿を、古明地さとりを恐れているのである。

 やがて男は地霊殿へと辿り着き、門番をしているゾンビフェアリーという死した妖精へと手紙を渡す。男はこのゾンビフェアリーが苦手であり、ヤンチャしていた頃は地霊殿へと喧嘩を売ろうと赴いたのだが、ゾンビフェアリーの姿を見て「キャアアアアアアア!!」とまるで絹を割くような悲鳴を上げて逃げ出したのである。

 ……ちなみにゾンビフェアリーは単にゾンビの真似をしているノリがいいだけの普通の妖精であるという話もあり、事の真偽は不明である。

 

「さとり様ー、勇儀さんからお手紙が来てますよー」

 

 地霊殿内部、自らの主人であるさとりの執務室の扉をノックしながら、猫の耳が生えた赤毛のおさげ少女『火焔猫燐』――――通称“お燐”が声を掛ける。さとりから入室の許可を得たお燐は「失礼しまーす」と気軽に部屋に入り、さとりに手紙を手渡した。

 

「何か急ぎのようだったみたいですけど、何の用なんでしょうね?」

「さあ……それは分からないけれど、今日から横島さんが滞在することになるから正直無視したいんだけどね……」

「けっこう薄情なとこありますよね、さとり様って」

 

 心底面倒くさそうに手紙を開けるさとりにお燐は苦笑を禁じ得ない。勇儀は旧地獄の住民たちをまとめ上げてくれる稀有な存在であるが、ごくたまにとんでもないことをやらかしてくれるはた迷惑な存在でもある。鬼としては間違っていないが、さとりからすれば頭の痛い問題だ。

 

「……っ!!?」

「さとり様? ……え、ちょっ、さとり様!?」

「あなたはお留守番していなさい!」

 

 そして、どうやら今回もとんでもないやらかしをしてしまったようである。

 血相を変えて椅子から立ち上がり、お燐の制止の声も聞かずに走り出した。しかしお燐に留守番を言い渡すことは忘れない。目指すは横島達のいる大衆食堂である。

 さとりの机に残された手紙には、こう書かれていた。

 

 

『客人は預かった。返してほしくば〇〇通りにある大衆食堂“地獄に仏”まで来られたし。――――星熊勇儀』

 

 

 ――――酔った勢いとは恐ろしいものである。

 

 

 

 

 

 

 

第七十五話

『到着、地霊殿』

 

 

 

 

 

 

 

「鬼の酒を呑んでみたい?」

 

 勇儀の言葉に横島は頷いた。

 

「鬼の酒は強くて旨いって聞いたことがあるからさ、一回呑んでみたいんだよ。前に萃香に頼んだ時は人間にゃキツイからやめときなーって断られてさ」

「まあ確かに人間が呑むにはねぇ」

「横島様は蓬莱人ですから、大丈夫だとは思いますが……」

 

 ぐい呑みの中の酒を揺らし、勇儀は考える。藍もああ言っているし、自分はこれだけ旨い酒を貰ったのだから、相手にも旨い酒を振る舞うべきなのでは? 勇儀の思考は十秒で終了した。即断即決、難しいことは考えないのが勇儀である。しかし役職的に色々と難しいことも考えなくてはいけなくてストレスが溜まっているせいか、思考力が大幅に削られているようである。

 

「ま、いいか。あまり上等な物じゃないけど、そこらの酒よりは旨いと思うよ」

「おほー!」

 

 店員を呼び、一般的な鬼の酒を持ってこさせ、横島の新しいグラスに注ぐ。見た目は人間の物と特に変わらず、言ってしまえば普通だ。匂いはやや甘く、日本酒とそう変わらない印象を受ける。

 

「では……」

 

 くっ、とグラスを傾け、一口含む。口中に広がる味はキリっと引き締まっており、滑らかに喉を通り過ぎてゆく。鼻から抜ける匂いは甘くはあるが絡みつくことなくすっきりとしたものだ。――――確かに旨い。

 味の余韻に浸るほんの数秒、異変は唐突に訪れた。

 

「う……お、おお……っ!?」

「横島様……!?」

 

 ぐらり、と視線が揺れる。一瞬で呼吸が乱れ、浅く早いものとなる。テーブルに手をついて身体を支えようにもその腕がガクガクと震えて力が入らない。思わず倒れそうになる身体を藍が支えた。

 

「おいおい、大丈夫かい?」

「そんな、蓬莱人にこれほどの影響を与えるなど……」

「おぉぉ、にゃんら、こえぁ……」

 

 既に呂律すら回らなくなったのか、横島の言葉は解読が困難なものになってしまっている。たったの一口で泥酔してしまったのだ。

 横島もこうなることは予想できなかった。前述の通り横島は美神と共に様々な高級酒を呑んだことがあり、その中にはアルコール度数九〇度越えというとんでもない酒もあった――横島は一瞬でダウンしたが美神は「あまり好みじゃないわね」で済ませていた――。

 その経験からか横島はいくら強い酒と言ってもあれを超える程ではないだろうとたかをくくっていた。確かに度数はその酒よりも低かった。――――しかし、“鬼の酒は強い”というのは長い歴史が紡いできた()()なのである。

 

 さて、ここで横島忠夫という蓬莱人の特性について解説しておこう。

 横島は蓬莱の薬を飲んだ純粋な蓬莱人ではなく、蓬莱人の生き胆を喰らったことによって蓬莱人となった存在だ。魂が主軸となり、肉体は存在の核足りえないのは同じであるが、横島と妹紅達では耐性や傷の治癒の速度など、色々と違いがある。

 妹紅や輝夜などは病気に対する耐性も高く、病めることはないほどだ。しかし横島にはそれほどの耐性を有しておらず、普通の人間と同様に病に罹る。

 妹紅達は怪我の回復速度なども尋常ではなく早いが、横島は普通の人間と同程度――ギャグシーンでは一瞬で修復するが――である。しかし、こと命に係わる程の大怪我を負った時にだけ妹紅達をも超える回復力を発揮するのだ。

 一例を挙げるならば、横島が蓬莱人となる切っ掛けになった、『男』に主要内臓器官を食い尽くされた事件。いくら蓬莱人になったからと言って、これほど肉体が損傷すれば妹紅達蓬莱人でも肉体の死は免れない。

 しかし、横島は永琳が治療を施したとはいえ、その状態から“再生(リザレクション)”することなく自然に回復して見せた。

 横島は蓬莱人としての基本的な性能は妹紅達よりも遥かに劣るが、こと命の危機に瀕した場合にのみ妹紅達を超える再生力を見せるようである。

 つまり今回の場合、妹紅達ならば鬼の酒が持つ概念を寄せ付けずに酔うことはない、あるいはほろ酔い気分を味わえるくらいの結果で終わったかもしれないが、横島の場合は耐性の違いから一瞬で泥酔状態に陥ってしまったというわけだ。

 

「うーん、こりゃ失敗だったか。とりあえず水を飲ませりゃいいのかな?」

「そうですね、あとはこんなこともあろうかと八意永琳に持たされた“酔っ払いが一瞬でシラフになる薬”も飲ませましょう」

「あからさまに怪しい薬だなそれ……」

 

 酔って意識が混濁している横島の介抱を始める二人。周囲の妖怪たちはそんな横島を羨ましそうに眺めているが、ヤジを飛ばしたり絡んだりすることはない。勇儀の機嫌を損ねるような真似はしないのだ。

 しかし、この場にいなくても他の場所からやって来る、ということはある。何やら外が騒がしい。悲鳴や怒号、意味の分からない言葉などが聞こえてくる。しかも、それは明らかに近付いて来ている。

 何だ、と店の出入り口に目を向けたその瞬間、引き戸になっている出入口が思い切り開かれた。

 

「無事ですか横島さんっ!!」

 

 開口一番、突如現れた人物は横島の安否を確認すべく()()()大声を上げる。その人物……この旧地獄のトップが声を張り上げる姿に、店内は静寂に包まれる。驚きと、そして恐怖と嫌悪感によってだ。

 さまよう視線がある一画に止まる。そこは横島達の席。現れた人物とは――――言わずもがな、さとりである。

 

「――――ふ、ふふふふふふふ……」

 

 さとりから漏れる昏い笑い声、そしていつもは半目の状態の目が見開かれている姿に客達の背筋に怖気が走る。外見の不気味さもあるが、ゆっくり、少しずつ心が悲鳴を上げていく。さとりの能力が暴発し、周囲の者達のトラウマを徐々に蘇らせているからだ。

 

「星熊勇儀……私の大切な客人である横島さんに何をしているのです……?」

「い、いや、何をしてるって……ただ酒を呑ませただけで……」

 

 あまりにも普段の姿から想像もできないさとりの様子に、さしもの勇儀もひるんでしまう。

 

「あっ、ほら! 私の心を読めば全部分かるだろ!? 私は別に何も――――」

「ええ、分かっています。心を読むまでもありません。この状況が既に証拠です」

「どうしてこういう時に限って心を読まないんだお前はぁ!?」

 

 理不尽な断罪に勇儀は抗議の声を上げる。冷静沈着なさとりらしくない感情的な姿は傍から見れば面白いものなのであろうが、当事者になってしまっては半減どころかマイナスである。

 どうにも信じてもらえないことに嘆く勇儀の姿は不謹慎ながらどこか可愛らしい。

 藍は先程絡まれた仕返しなのか特に助け舟を出そうとはしていない。自らの矮小な心に自己嫌悪を抱きつつも勇儀が慌てふためく姿には愉悦を感じてしまう。

 そんな混沌とした場の雰囲気に待ったをかけたのは未だ酔いの醒めぬ横島だった。

 

「さとりちゃ……」

「横島さん?」

 

 ぐったりとした状態から顔を上げ、かすれた声でさとりの名を呼ぶ。それに瞬時に反応し、さとりは藍が支えている横島を預かり、途切れ途切れの言葉を聞く。その際に能力の暴発も収まったのか、トラウマを揺り動かされた周りの者達は深い息を吐いていた。そして、好奇の視線が横島達に降り注ぐ。

 

「結局何者なんだあの男……」

(さとり)妖怪とはいったいどういう関係なんだ……?」

 

 ぼそぼそと交わされる会話に答えは出ず、それは店全体へと広がっていく。さとりは横島から全ての話を聞き、そしてそれが真実であるかどうかを心を読んで確かめ、横島の額をぺちっと叩いた。

 

「鬼のお酒を呑むのはいくら何でも無茶をしすぎですよ。()()()()()()()()()()()のはレミリアさんから手紙で知らされましたが、それでも限度はあるんですよ?」

「あ゛ー、もうしわけにゃい……」

 

 横島はさとりの言葉に呂律の回らない言葉で謝罪をすると、藍が差し出した薬を水で嚥下した。途端、酔いが一気に醒め、晴れ晴れとした爽快な気分に包まれる。それと同時に恐怖も感じたのだが、それは置いておこう。

 

「怖いくらいに一気に酔いが醒めた。怖いくらいに」

「本当に怖いくらい効きますね、この薬……」

 

 本当に一瞬で回復した横島を再び藍に任せ、さとりは勇儀の下に歩み寄り、頭を下げる。

 

「疑ってすみませんでした」

「あー、いいよいいよ。私も迂闊だったし」

 

 謝罪は受け入れられ、さとりは周囲の様子を確認すると、勇儀に暇乞いをする。

 

「それでは私はこの辺で失礼しますね。横島さんもお連れしたいのですが、かまいませんか?」

 

 ちらりと視線を寄越すさとりに横島と藍の二人は首肯する。横島はすっかりと忘れていたが、もう約束の時間となっていたのだ。

 さとりが素早くこの場を離れようとするのにはもう一つ理由がある。先程から皆の自分に対する恐怖や嫌悪の心の声が暴風の様に叩きつけられているのだ。さとりの読心能力は読まないようにしても対象が強い念を放っていれば自動的に読み取ってしまう。永い時を生きることによってそれらに折り合いをつけてはいるが、鬱陶しいものは鬱陶しく、悲しいものは悲しく、辛いものは辛い。

 以前見たさとりよりもどこか元気のないさとりを見て一瞬疑問符を浮かべる横島であったが、すぐに理由に思い至り、手を打ち鳴らした。

 

「そういやさとりちゃんは心を読むんだった。すっかり忘れてた」

「ええ……?」

 

 信じられないことを呟く横島に藍は呆れた視線を向ける。非常に重要な情報をどうして簡単に忘れられるのか。

 横島は徐に立ち上がり、さとりへと歩み寄る。肩をポンと叩き、声を掛けた。

 

「さとりちゃん」

「はい、横島さ――――」

 

 さとりの言葉は途中で遮られた。横島が言葉を被せたのではなく、彼の心を読み取り、その内容に思考が止まってしまったのだ。

 

「俺だけを見ていればいい」

「……ふえ?」

 

 意味をなさない言葉が漏れる。

 

「俺の心に集中してりゃ余計なもんは見なくて済むだろ?」

 

 明るい笑みを浮かべ、普段と何ら変わらぬ様子でそう告げる横島。その言葉を受け、徐々に顔を赤くしていくさとりはややうつむき気味で何事かを呟いた後、ゆっくりと頷き、横島の心にのみ能力を集中させる。

 普段の様々な心の声が雑多に流れ込んでくるのではなく、それらは抑えられ、よりクリアになった横島の心の声がひときわ大きく聞こえてくるようになった。中々に堪らないものがあるのか、さとりの頬の赤みがいや増した。

 

「それでは古明地殿、横島様を頼みます」

「え、ええ。はい。お任せください」

「今度は萃香とかも呼んで一緒に呑もうじゃないか」

「アル中にはなりたかねーんだけどなぁ」

 

 藍と勇儀は会計を済ませて店を出、スキマで横島とさとりを地霊殿へと移動させる。二人を見送った後、再び歓楽街へと戻ってきた二人はコリをほぐすように首や肩を回す。

 

「さて、何か中途半端になったし……別のとこで呑みなおそうか!」

「私は遠慮しま――――」

「いいじゃないか今日は私が奢ってやるから!」

「ちょ、放してくださ……だから力が強いぃ……!!」

 

 結局藍は勇儀に押し切られてその日一日は浴びるように酒を呑んだ。最終的には主である紫への愚痴を勇儀に聞かせていたので良い息抜きになっただろう。

 ちなみに、横島はさとりとのやりとりから「彼は覚妖怪(さとり)の良い人なのではないか?」という噂が旧地獄を駆け巡ることとなる。咲夜に続きさとりも噂の被害者となるのであるが、そのことをどう思うのかは本人次第である。

 

 

 

 

「これが地霊殿かー。紅魔館よりもでかいんだな。でも、紅さが足りない」

「紅いのは紅魔館だけで十分ですよ」

 

 地霊殿の外観を見た横島はよく分からない寸評を述べる。さとりもレミリアの“紅”に対するこだわりは知っているので、横島も彼女の影響を受けているのだろうとスルーすることにした。

 ゾンビフェアリーが守る門を超えて正面玄関へ。ゾンビフェアリーを見て首を傾げていた横島をさとりは微笑みを浮かべて眺める。彼女達の紹介はペットにしてもらおうと考えたのだ。

 

「お燐、今戻ったわ」

「あ、お帰りなさいさとり様」

「お帰りなさーい」

 

 自らドアを開けるさとりを、二人の美少女が出迎える。

 一人は赤いおさげ髪に猫の耳と人の耳、計四つの耳を持ち、黒の下地に緑の模様が入ったいわゆるゴスロリのような服を着た豊かな胸の美少女。

 もう一人は黒の長髪に緑のリボンを着け、大きな黒い鳥のような羽を生やした美少女。彼女は右足が鉄の様な物で覆われており、左足には何やら小さな光球がくるくるとまとわりついている。更には大きな白いマントを羽織り、内側の柄は宇宙の様になっている斬新なものだ。

 胸元には大きな赤い目のような装飾品と思われるものを着けており、ついでに言えばとても豊かな胸をお持ちである。身長も高い方なので全体的なボディバランスは鈴仙にも劣らない。

 

「あれ。さとり様、そちらの方が……?」

 

 何やら黒髪の美少女の羽を弄っていた赤毛の美少女が横島に目を向ける。猫の様に大きな瞳は横島の姿を捉えて放さない。

 

「ええ。こちらの方がお客様の横島さん。失礼のないようにしてね」

「あ、どうも。しばらくお世話になる横島忠夫です」

「やー、こちらこそどうも。あたいは“火焔猫燐”。名前が長いから“お燐”って呼んでね」

 

 お互いに挨拶を交わす。その様をどこかうずうずとした調子で見ていた黒髪の美少女が、次は自分の番だと満面の笑みで躍り出た。

 

「私は“霊烏路空”! “お空”って呼んでね!」

「お、おう。よろしくー」

 

 外見にやや似合わない天真爛漫な幼子の様な調子のお空に、横島は「元気がいいなあ」と押され気味だ。身長もおよそ一〇センチ程しか変わらず、横島の下がってしまった守備範囲にばっちり入ってしまっている。そして元気がいいお空が動くたびに揺れたり弾んだりする大きなお胸に目が吸い寄せられる。心なしか横島を見るさとりの目がきつくなった。

 

「うにゅ? 横島さんどうかしたの?」

 

 じろじろとぶしつけな視線に晒され、しかし特に嫌悪を抱かずに純粋に疑問符を浮かべるお空。横島を観察していたお燐が横島の視線に気付き、お空の背後からチェシャ猫の様な笑みを浮かべてからかいだす。

 

「ふふふ、分かるよ。お空っておっきいもんね」

「うん! 毎日牛乳飲んでるからね!」

 

 お燐の言葉にお空は得意そうな顔で右手を頭の上に置く。どうやら身長の話と勘違いしたらしい。

 

「でも横島さん私のおっぱい見てなかった?」

 

 しかしお空は横島が自分のどこを見ていたのかをちゃんと理解していたらしく、何でもないようにそう疑問を口にした。突然指摘された横島は慌てて言い訳をする。

 

「い、いやーお空ちゃんの胸元の赤い目みたいなものは何なのかなーって思ってな! 別にお空ちゃんのチチに夢中になってたわけじゃないんやー!」

「そうなんだ。これはねー、私の身体の一部で体内に収納出来たりするんだ」

「あ、ああ……そうなの」

 

 どう考えても浅はかな嘘をあっさりと信じたお空の様子に横島が拍子抜けする。あまりに純粋なお空に少し心配になる。そんな横島を気にするでもなく、お空は胸元の赤い目を体内へと完全に収納した。

 

「ほら、ちゃんと身体の中に入ってるでしょ」

 

 そういってお空は勢いよく着ているシャツの前を全開にした。確認の為に見せてくれるらしい。ボタンが弾け飛んでいるが、そんなことはどうでもよい。問題は開かれたシャツからお空の大きな胸がまろび出ていることだ。

 お椀型の乳房が飛び出た勢いのまま縦横に跳ねる。やや赤みの強い先端は流麗な円に近い軌跡を描いている。

 ばるんばるん、と胸が跳ね、ぐりんぐりん、と横島の目が同じように動く。いきなりのことだというのに、その超人的な動体視力で以って、彼の目はお空の胸を堪能していた。

 

「何やってんのさお空ーーーーーー!!?」

「うにゅっ!? お燐!?」

 

 お空の背後にいたお燐は最初何が起こったのか理解出来なかったが、思考が追い付いた瞬間、お燐はお空の丸出しになっている乳房を隠した。背後から、鷲掴みすることによって。

 

「ほら、こっち! 着替えに行くよ、もぉー!」

「ちょ、痛い! 痛いよお燐ー!?」

 

 お燐の長く、しなやかで細い指が沈み、胸の形を歪ませる。だがそこにあるのは歪さではなく淫靡さである。大きく柔らかな肉が形を変えながら、横島の視界から消えていく。

 横島は片手で顔を押さえ、天井を見上げた。

 

 ――――俺、あの子達に手を出さないでいられるんだろーか……?

 

 非常に危険なことを考えながら、横島はずっと天井を見つめ続ける。全ては鼻血を零さないために。

 どうやら、地霊殿での生活も横島にはかなり大変なことになりそうである。

 

 ちなみにさとりはお空の何も考えない行動に対処が全く間に合わず、自分よりも遥かに大きいお胸が暴れまわる姿を見たせいで精神に大ダメージを負っていた。

 

 

 

 

第七十五話

『到着、地霊殿』

~了~

 

 

 

 

 

妹紅「よッ………横島ッッッ」

美鈴「なっ…なんで…………」

 

パチュリー「……」(回想)

 

 

横島『百合カップルの間にはさまりてぇ~~~~~』

 

 

 

 




お疲れ様でした。

お空は原作だとかなり賢い感じなんですよね。子供っぽくて鳥頭ですけど。
でもお空は天真爛漫で純粋なおバカキャラっていうイメージがあります。なんでやろ?
めっちゃ賢いお空の話とかないかな……。

煩悩漢の輝夜様は竹取夫婦大好きですのでお酒を造っちゃいました。実際に中国で竹で造るお酒があるらしいですね。

そして煩悩漢の横島の蓬莱人の性能が判明。基本的に命に係わる様な怪我や病に罹らないと普通の人間とあまり変わらない感じです。
それにしても囚われのお姫様やったり、ピンチにならないと力を発揮できなかったり、イケメン店主(香霖)に頭を撫でられたり、煩悩漢の横島はヒロイン属性高いなぁ。

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