東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。
どんだけ時間を掛けてんねんという話ですがいやもう本当にびっくりするぐらいモチベーションが上がりませんでした……。
その割に今回の話はかなり長いです。さて、横島対『横島』はどういった結末を迎えるのでしょうか。

それではまたあとがきで。


第九十二話『みんなまとめて』

 

 少年は自信と呼べるものを何一つも持っていなかった。

 テストで良い点を取っても、かけっこで一番になっても、ミニ四駆の全国大会で優勝しても、それは『当たり前』のこととして両親に捉えられた。

 少年は「よくやった」と褒めてほしかったが、それは叶えられなかった。

 あまりにも優秀過ぎる両親にとって、()()()は出来て当然、むしろもっと巧くやれるようにああしなさいこうしなさいと色々と指摘された。

 そうした日々を過ごす中で、少年が唯一褒められたことがあった。

 小学生当時、クラスメートの男子数人と行った女子へのスカート捲りだ。

 当然学校で問題になり、母からはそれはもう叱られに叱られた。

 だが、父からは「はっはっは! 流石は俺の息子だな! 初めてで五人のスカートを捲るとは中々にやるじゃないか!」と、頭を撫でられた。

 父は母の手によって血の海に沈み、少年の心にトラウマとなって刻まれ、もしまた今回のようなことを繰り返せば、自分もこんな姿に変えられてしまうのだろうか? そのように考えた。

 

 ────しかし、少年は何度も過ちを繰り返す。

 

 父に褒められたのが嬉しかったのもある。友達とバカをするのが楽しかったのもある。格好良いからと共犯者を許し、自分だけを吊るし上げた女子達への逆恨みもある。

 ……()()()()()への興味が目覚めてしまったのもあるだろう。

 しかし、少年は今にして思う。

 彼は、彼の中にある飢えや渇き、そういったものを満たしたくて行為に及んでいたのではないか、と。

 人として褒められたものではないが……本当に褒められたものではないが、そうしたことでしか求めるものは得られないのだと刷り込まれてしまったのだ。

 

「……」

 

 下げていた頭を上げ、ゆっくりと立ち上がる。目の前には、少年────横島の()()()()()()。……てゐを除き、皆疲れたような顔をしている。

 心中で「シリアスをぶち壊して本当にすまんかった」と謝罪し、後ろを振り返る。

 横島にうりふたつの『彼』は未だに腹を押さえて膝を着いている。……今が好機か、と横島は恋人達に問い掛ける。

 

「みんな」

「お、おう。なに?」

「今の内に『あいつ』をみんなで囲んでタコ殴りにしちまおう」

「んー……それが確実か」

「そーだね。なんかすんごい強いし」

「でも、美鈴さんには休んでいただかないと……」

「……すみません」

 

 困ったときの必勝戦術『みんなでリンチ』を横島が提案すると、思いの外すんなりと皆に受け入れられる。流石に美鈴は限界が来ているようだが、これには横島もまいった。()()()()()()()()()

 

「あー……ごめん、みんな。今のなしで」

「え? ……なんで?」

 

 皆の疑問の声と視線が集中する。横島はそれにこう答えた。

 

()()()()()()()()()()()()

「え……!?」

 

 皆が驚きの声を上げる。それはそうだろう。あまり横島らしくない言葉だ。しかし、横島にとってこれは譲れないことだった。

 

「だってほら。『あいつ』、()()()()()()()()()()()?」

「あ……」

 

 美鈴もそうだが、妹紅だってそうだ。そしてそれだけではない。

 

「え、えっと……正しくはめーりんとお姉様と妹紅の三人かな。でも私や小悪魔お姉ちゃん、てゐはぶたれたりはしてなくて、その……」

「あー、うん。補足ありがとうフランちゃん。でも、みんなを怖がらせたろ?」

「……うん」

 

 フランが『横島』を擁護しようと口を開き、皆もそれを止めない。皆も『横島』が横島の中に存在する一構成要素だと気付いているのだろう。

 故に力ずくで止めようとしても、悪し様に言うのは躊躇してしまう。

 

 ────良い娘達だ、本当に。横島は彼女達を愛おしく思う。

 

「まあ、ケジメっつーか、落とし前っつーか。俺が、俺自身の手でやらないと」

「……」

「そんなわけで、俺は絶対に赦さない……この俺を! ギタギタにしてやる……この俺自身を!!」

「微妙に気が抜けるなぁ」

 

 言葉は軽いが横島の気持ちは真剣だ。

 

「さーて」

 

 拳を握り、霊力を纏う。今までに無いほどに────()()()()()()()()()()()、横島の全身に力が満ち溢れる。

 

「……!?」

 

 皆が息を吞む気配を感じながら、横島は『横島』を睨む。

 皆は────妹紅達は、横島が求めていたものを与えてくれた。

 自分を見てくれた。自分を愛してくれた。愛される実感をくれた。少年の心を満たしてくれた。

 

 ────その想いに、愛に応えたい。

 

「次は俺の番だな」

 

 互いに睨み合う横島と『横島』。自意識に当たる部分と無意識に当たる部分。

 まずは『横島』が最終決戦の火蓋を切る為に一歩を踏み出し、爆発的な速度で飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

第九十二話

『みんなまとめて』

 

 

 

 

 

 

 

 ────瞬間、飛び出した距離はゼロとなり、それどころかマイナスとなった。

 

「────っ!?」

 

 吹き飛ぶその身体、遅れて知覚した腹部への衝撃、痛み、定まらぬ思考の中、何とか踏ん張り体勢を立て直す。

 何が起こったのかは分からないが、誰かしたのかは知れたこと。『横島』は次に対処する為にキッと前を睨み付け、左脇腹に強烈な衝撃を感知し、またも吹き飛んだ。

 

「!?!?!?」

 

 何らかの攻撃をされている。それは分かる。だがその方法が分からない。

 回転する視界。乱れる思考。ふと目の端にそれを認めた。

 それは、きちんとした理論の下に成り立っている暴論のような、そんな相反する印象を内包した動きであった。

 中国拳法────恐らくは八極拳の活歩であろう剛の踏み込みと、魂魄妖夢より教わった静の踏み込みと。それを理解した瞬間、『横島』はまたも吹き飛ぶことになる。

 剛・柔、二つを無理矢理に纏め、それを自らの天性の感覚で強引に組み上げた、現状横島にのみ許された高速移動歩法────『横島・ウルトラ・スーパーダッシュ』の誕生である。

 

 ────しかし、それでもまだまだ完成には程遠く。

 

「う、おお、お……っ!?」

 

 またも『横島』を蹴り飛ばした後、横島は膝を着いた。

 ────反動。何とか使えはしたが、はっきりと言えば『横島・ウルトラ・スーパーダッシュ』は身体への負担が大きい技だ。

 静から動への急激な移行。そのゼロからMAXという極端にも程がある急加速は人体に様々な影響を及ぼす。

 強烈なGにより視界が黒く染まるブラックアウト。現状の肉体の限界を超えているのか、軋みを上げる骨、筋肉、靭帯、神経。

 さしもの横島の三半規管も耐え切れなかったのか、吐き気を始めとする酔いの症状も出る。

 地に膝を着き、がくがくと震えて言うことを聞かない身体を叱咤するように、横島は地面を殴る。だが、その拳も震えており、あまり効果は期待できないように見えた。

 ────今が勝機、と『横島』が猛然と動けぬ横島に突撃する。先程までの横島程ではないが、それでも『横島』のスピードも驚異と言える。

 横島を信じて見守る恋人達が息を呑む間には既にその間合いはほぼゼロとなった。

 そこに強烈な一撃を加えんと『横島』は更に一歩を踏み込み────つるすてーんとすっ転んで強かに頭を打ち付けて地面を滑っていく。

 

「は?」

「~~~~~~っっっ!?!?!?」

 

 見ていた者達の目が点になる。『横島』は相当に痛かったのか、後頭部を押さえてどったんばったんと悶えている。

 

「……? ────っ!?」

 

 だが、自分の身体に何らかの違和感を覚えたのか、手を着いて立ち上がろうと試み────今度はその手が滑り、顔を地に打ち付けることとなった。

 混乱と困惑が脳を支配するが、それでも自分の身に何が起きたのかは理解出来た。『横島』の身体は濡れていたのだ。それも、水ではなく。

 

「それ、“油”だぜ」

「……っ!」

 

 自分に掛けられた声にハッと顔を上げれば、そこには横島が悠然と立っていた。

 そう。確かに『横島・ウルトラ・スーパーダッシュ』は今の横島の身体に多大な負荷を掛ける。

 だが、その負荷も決して()()()()()()()()()()()()()()。横島は罠を張っていたのだ。

 動けない風を装い、地に打ち付けた拳の中で文珠『油』を発動。自らの周囲に油溜まりを作る。後はその場で待機し、『横島』が突っ込んでくるのを待つだけだ。

 中国拳法では踏み込み────震脚(沈墜勁)が重要である。とりわけ横島が好む八極拳ではそれが顕著だ。間合いに入って踏み込めばすっ転ぶのは確定である。

 もしかしたらサイキック・ソーサー等で遠距離攻撃をされる可能性もあったが、とにかく横島は賭けに勝った。

 そして、滑って立つに立てない『横島』を見下ろす横島の手には、無駄に格好付けて取り出し、片手で火を点けたマッチ棒が一本。

 これには流石の『横島』もその顔をサッと青ざめさせる。

 横島はマッチ棒を自らの目の前で掲げ、“す”っと落とす。落下地点は当然油の上。瞬く間に火は燃え上がり、『横島』をも呑み込んで大炎上した。

 

「~~~~~~~~~~~~っっっ!?!?!?!?!?」

「あーーーーーーっはっはっはっはっは!! 燃えろ燃えろーーー!! げぇあーーーっはっはっはっはっはっはっは!!!」(主人公の笑い声です)

「うわぁ……」

 

 炎に焼かれ、声なき叫びを上げながら地を転げる『横島』……を見ながらとてつもなく邪悪な笑顔で哄笑する横島……を見て、流石にドン引きするしかない横島の恋人達とレミリア。

 もしこのまま何事もなければ『横島』が燃え尽きるのを待つだけなのだが、天はそんな勝ち方を許してはくれなかった。

 

「……? 何だ、これ……」

 

 横島が自らの胸に手を当てる。この場の誰もが失念していたが、この場所は()()()()()()()なのである。そんな場所が大炎上してしまったら……。

 

「ぐ……ぐわわーーーーーーっ!? か、身体が!! 胸が!? 焼けるように熱いーーーーーーっ!!?」

 

 突如胸を押さえてどったんばったんともんどりうつ横島。まるで炎に身を焼かれているかのような苦痛を味わっているらしい。

 

「……はっ! ここは横島さんの心の中。さっきみたいに()()()にダメージが入ってしまったら……!」

「横島ーーーっ!! 火を消すんだーーーっ!!」

 

 横島の言動から小悪魔は事態を分析し、その呟きを聞いた妹紅が大声で消化するように叫ぶ。その声が届いたのか、先程まで盛大に燃え盛っていた炎は一瞬にして消失。

 その場に残っていたのはまるで鏡合わせのように地に転がる二人の横島。両者共大きく肩で息をしており、相当な苦しみだった事が窺える。

 不思議な事に『横島』の肌も衣服も焼けておらず、正体を現した時と変わらぬ姿のままだ。

 

「……」

「んぐぐ……」

 

 と、示し合わせたように二人が同時に立ち上がる。二人の足はまるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていたが、それでもその両の足で立ってみせる。

 

「ふ、ふふ……ふふふふふ……。中々やるじゃねーか。俺をここまで追い詰めたのは向こうの道真とアシュタロスと、こっちの『あのヤロー』と龍神に続いて五人目だ……!! 他にも美神さんとか老師とか居るけどそこら辺はノーカンで……

「えぇー……」

 

 横島が受けたダメージはほぼほぼ自爆だったのであるが、本人的にはそうではないらしい。加えて言えば後半の言葉は小さくて誰にも聞こえることはなかった。そしてその言葉を受けた『横島』は……。

 

「……っ」

「えぇー……」

 

 ちょっと誇らしげに笑みを浮かべるのであった。

 そうこうしている間に二人の呼吸は整い、震えも止まる。意図せず回復の時間稼ぎに成功したが、回復したのは『横島』も同じこと。いっとう悪辣な不意打ちも最早通じないだろう。むしろ逆に横島が隙を晒す事になりかねない。

 ならばどうするか。如何にして相手を打ち倒すのか。

 『横島・ウルトラ・スーパーダッシュ』は身体への負担が大きすぎる。

 ────ならば。

 

「……本当は絶対に嫌なんだけどなー」

 

 横島はその身に霊力を纏い、凝縮し、両の腕に鎧を形成する。『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)・プラス』を発動した横島は、その顔を情けなく歪めながら『横島』の元へと歩を進める。

 

「……」

 

 『横島』も同様に霊能を発動する。両手にグローブ状の霊波を纏った『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』だ。

 『横島』は両の手をギシギシと音が鳴る程強固に握り締めながら、横島の元へと悠然と歩み寄る。

 一歩、二歩、三歩。そして、互いの間合い────制空権が重なり合い、二人はようやく静止した。

 

「……? 執事さんたち、一体何を────」

 

 二人の意図が分からず、てゐが疑問を呈したその瞬間。

 

「────っ!?」

 

 まるで岩と岩がぶつかり合ったかのような、鈍い音が響く。

 互いの頬に互いの拳が突き刺さっていた。その威力は双方共に凄まじく、何とか吹き飛びはしなかったがそれでも踏ん張った足が地をガリガリと削るような音を立て、十数メートルの距離を滑る。

 しかし、次の瞬間にはまたも互いに距離を詰め、拳を振るい、殴り合う。

 

「な、何で真正面から殴り合ってるんです?」

 

 戸惑ったように小悪魔が声を上げる。実際に分からないのだろう。小悪魔はおろおろと周りの皆に顔や身体ごと向けて問い掛ける。それに答えたのは美鈴だ。

 

「あの二人のように互角の実力で手の内も分かり切っている場合、下手に小細工を弄するよりも単純に殴り合う方が勝機があるんですよ。

 横島さんは『彼』でも反応できない速度を出せますが、あれは身体への負担が極端に大きい。

 『彼』は先の私との闘いで私の動きを模倣しましたが、それは横島さんも可能です。霊能に関しては言わずもがな。横島さんは万能に近い力を持っていますが、それ故に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 出来る事が多いのは素晴らしい事だが、それはつまり多くの事に思考を割かねばならないという事でもある。反射的に対応出来る程の知識・思考・経験・熟達があれば話はまた変わってくるが、今の横島にそれはない。

 だから殴り合うしかない。この原始的(シンプル)な方法こそが最も勝ちを拾いやすいのだ。故に二人は殴り合う。

 

「……でも」

 

 確かに勝機はある。だが、美鈴には懸念があった。ここは横島の精神世界、その最深部。その場所に居たあの『横島』は横島の防衛本能、あるいは彼の本質ともいえる部分……“無意識”を司る化身なのではないかと当たりを付けている。

 この闘いは言わば自我と無意識のぶつかり合いであり、ならば、その勝負に勝つのはより自らの本質に近い方なのではないか、と。

 実際横島は無意識下での行動が最善の行動であったり、時折物理法則を捻じ曲げているかのような結果を引き起こしたりしていることが多々見受けられる。横島の生存本能と直結した、一切の無駄がない反射的戦闘行動。

 それを前に、横島は────。

 

「……っ!?」

 

 頬に拳が突き刺さる。苦し紛れに繰り出した左腕は手首を掴まれ、流されると同時に足を刈られバランスを崩した所に先程拳をいなした勢いのまま半回転した肘を脇腹に受ける。

 

「ごっ……!?」

 

 思わずたたらを踏んで呻き声をあげる。……が、次の瞬間には左の拳が迫って来ている。それを何とか受け止め────右の肘が胸に叩き込まれ、更に貼山靠にて吹き飛ばされる。

 

「どんなもんじゃい、『俺』ぇっ!」

 

 拳を振り上げ、そう吼えたのは横島だ。意識や自我と呼ばれる部分を司る、不利だと思われていた側の彼。

 

「横島が────押してる!」

 

 妹紅の言葉の通り、横島の猛攻に『横島』は防戦一方であると言えた。

 先程まで互角と思われていた二人の殴り合い。それが徐々に……否、加速度的に差が開き始める。それに対し、誰もが驚きの声を上げる。しかし、その中で────他ならぬ横島自身はそこに何の疑問も持たなかった。

 確かに人は心があるが故に逃れ得ぬ弱さを持つ。人の心は移ろいやすく、傷付きやすく、闇に堕ちやすい。どれだけ高潔な心を持つ人物であっても、何か切っ掛けがあれば悪に染まる事もある。だから人の心は弱い。そこに自意識があるが故に。

 しかし、人の心ほど強い物はない。一つの物を見据え、例え傷付いても時を掛けてそれを癒し、深い闇の中でも光を追い求める。

 どれだけ心を闇に染めた人物であっても、何か切っ掛けがあれば正道に寄り添う事が出来る。だからこそ人の心は強い。そこに自意識があるが故に。

 今、横島の心には燃え滾る物があった。いくつもの光があった。それは想いだ。横島は想いを拳に込め、そのままに叫ぶ。

 

「こっちに墜ちてきて不安でいっぱいだった時、妹紅との気安いやり取りが心地よかった!」

「……っ!」

 

 急に名前を出された妹紅の身体がびくりと跳ねる。

 

「元の世界に帰れないって分かってからも積極的に話し掛けてきてくれて、俺が紅魔館の執事になってからも家事とか教えてくれって言って一緒の時間が増えて……!」

 

 一際強い霊力が横島の右手に宿り、『横島』の防御を越え、左頬に突き刺さる。

 

「隣に居てくれるのが当たり前に思えて、ずっとそうであってほしいと思って……! そんで、妹紅の事が好きになった!!」

「────っ!?」

 

 横島の告白。自らの名の如く顔を赤くする妹紅。そんな彼女に注目する恋人達とレミリア。そして吹き飛ぶ『横島』。

 中々に混沌とした状況になったが、()()()()()()()()()()()()()

 

「紅魔館の執事として働く中でフランちゃんの本当の性質を知って、それでも少しずつ変わっていこうと頑張ってるのを知って、凄えって思った!」

「っ!」

 

 次に名前を出されたフランも妹紅と同じく身体を跳ねさせる。

 

「俺が『あのヤロー』に負けて、フランちゃんが仇を討とうと戦って……! そんでボロボロになって……!」

 

 ギシギシと横島の胸に痛みが走る。あの時の光景を思い出すだけで横島の心に煮えたぎるような怒りの熱が宿る。その熱を拳に、脚に込め、八つ当たり気味に『横島』にぶつけていった。

 

「そうだ……! そんなフランちゃんの気持ちに報いたかった! 応えたくなった! 自分でもどうかと思うけど、それが切っ掛けでフランちゃんが好きになったんだ!!」

 

 自分でもどうして好きになったのか分からなかった。また、理由なんてなくても良いと思っていた。しかし、改めて自らの想いを整理して、そうして想いの起点を自覚する事が出来たのだ。

 

 ────好きになるのに理由はいらない。理由が必要なのは嫌いになる時だけ。

 

 誰かがそう言った。それをどこかで聞き、横島は納得したし、今でもそう思っている。もし好きになった理由が間違っていた場合、失望の念がより強くなるだろうからだ。

 しかし、いざ自覚してみるとこうも思う。明確に理由を自覚した分、より相手への想いが強くなった。より好きになった、と。

 例え間違っていたとしても関係ない。好きなものは好きだからしょうがない、というある種の開き直りとも言える。そして、一番分かりやすいと言える理由を持つのは美鈴だ。

 

「美鈴はこっちの世界に墜ちてきた俺を気遣ってくれて、気晴らしに太極拳をやらないかって誘ってくれて!」

「おぉっ!」

 

 順番的に次は自分のはず、と心構えが出来ていた美鈴は自分の名前が出てきた時、某外国人の四コマ画像のように身を乗り出した。

 

「色んな中国拳法を教わる中で美鈴に才能があるって言われて、認めてくれて、褒めてくれて……! 美鈴の期待に応えたいって思った! 美鈴の隣に立てるようになりたいと思った!」

「……!」

 

 横島の言葉を受け、美鈴は締まりのない笑顔でうんうんと頷いている。その身から漏れ出す雰囲気は幸せいっぱいであり、喜びいっぱい胸いっぱいだ。

 

「そんで……! あんなことされたら……!」

「ん?」

 

 ここで横島の放つ霊気が徐々に桃色に染まっていく。それと同時に出力もぐんぐんと上昇していくのだが、何だか美鈴には嫌な予感が過ぎってしまう。

 横島が『横島』を殴り飛ばし、天に向かって吼える。

 

「鍛錬中に背中にくっついてチチを押し付けて来たり! 耳元で吐息交じりに囁いてきたり! “気の循環の為”とか言って会陰(こかん)近くを触ったり! めっちゃ薄着でチラチラ色々と見えてたり! 毎日毎日そんなんされたら好きになっちゃうだろうがぁっ!!」

「おっと流れが変わったな???」

 

 横島の絶叫にも近い告白を受けてレミリアが美鈴を呆れたような目で見つつ揶揄するように言う。対する美鈴は両手で顔を隠して天を仰いでいた。ちなみに『横島』は「あれは仕方ないよ」と言わんばかりに目を瞑って何度も頷いていた。

 

「うーん、やっぱりお兄様に“ボディタッチ”は有効だね」

「はい、年頃の男の子は女の子がちょっと身体に触れるだけで『もしかして自分に気があるのでは?』と思ってしまいますからね。私達も色々と頑張ってはいましたが、あの境地までは至れませんでした。今後は見習っていきたいですね」

 

 フランと小悪魔は美鈴のアプローチ法を見て「いいぞもっとやれ」と見守っていたので好意的な意見だ。一方で自分のプロポーションに一切の自信がない妹紅とてゐ、ついでにレミリアは美鈴にジトっとした目を向ける。

 

「ちょ、そ、そんな目で見ないでくださいよ!」

「思っていたよりも随分と直接的なアプローチだったんだな、美鈴? 案外初心な所があるアイツには大分キツそうな内容みたいだが」

「やめてくださいよそんな言い方! まるで私が幼気な少年を誘惑して堕落させる悪女みたいじゃないですか!」

「自覚はないのか」

 

 レミリアの指摘についつい声を荒げる美鈴だが、彼女からすればあれは当時やけくそ気味ではあったが間違ったアプローチ法ではなかったと断言出来る。

 

「皆さんだって私みたいな体型だったらきっと同じことしてましたよ!!」

 

 そう。あれは自分の最も自信がある武器を使ったに過ぎず、戦いにおいて己が有利になるように動くのは何も間違いではない。

 それはそれとして迂闊な事を口走ってしまった美鈴は不死鳥の炎に焼かれ、禁忌の枝に切り裂かれ、神の槍によって貫かれ地に伏せる事になった。

 

「愚かな……」

「雉も鳴かずば撃たれまい……ですよ、美鈴さん」

 

 以上、てゐと小悪魔の感想である。

 

「毎日色々とされた、と言えば小悪魔もだ!」

「えっ!?」

 

 倒れ伏した美鈴に憐みの目を向けていた小悪魔がぐりんと首を回して横島を見やる。皆はもう少し真剣に横島の戦いを見守ってあげた方がいいと思うぞ。

 小悪魔からすれば全く身に覚えのない言葉であり、美鈴のようにいかがわしい事など何もしておらず、何かの間違いではないのかと思うのだが、その考えも次の横島の言葉によって霧散した。

 

「毎日『試してみたいことがある』って言ってあすなろ抱きとか壁ドンとか顎クイとか、あとお米様抱っこ? とかよく分からんやつもあったけど、それが意外と面白くて何か小悪魔に会うのがけっこう楽しみだった!」

「……!」

「何というか、小悪魔と一緒に居ると向こうの世界の学校生活を思い出すっていうか、青春してると感じるというか……!」

 

 横島が小悪魔にそういったものを感じるのは、小悪魔が横島に要求しているものが“少女漫画”的なシーンの再現が多いからだ。小悪魔が好むジャンルは学園物であり、横島との外見年齢や体格差を考えれば、必然的に先輩と後輩ネタが多くなる。そういったものを多く経験したからか、横島は小悪魔に対して学校の後輩に近しいものを感じていた。

 

「小悪魔と一緒に居る時の甘酸っぱい感じ、昔は照れ臭いというか何か苦手だったけど……それでも小悪魔となら心地良かった! それのお陰で小悪魔が好きになってたからだ!」

「よ、横島さん……っ!」

 

 小悪魔は口元を両手で覆い、感無量といった感じに涙を浮かべる。好きな人に好きと言われるのは当然ながら嬉しいものだ。ましてや自分の趣味を半ば押し付けていたというのに、それが切っ掛けで好意を持ってもらう事が出来たと分かれば尚更だろう。

 横島は既に反撃すらままならなくなった『横島』を見据え、右腕を大きく引き絞る。対する『横島』も同様に。これから始まる告白は二人の横島にとっても────否、横島と関わった全ての者にとって重要なもの。

 

「……てゐちゃんは俺がこっちの世界に墜ちることになった原因の一人だ。悪戯好きで奔放で、いっつも鈴仙が振り回されてたらしい……まあ、俺が初めて会った時にはめちゃくちゃ精神的に追い詰められてたけど」

 

 誰も言葉を発せない。横島が全てを失ったのは、失わざるを得なかったのは、てゐの悪戯のせいだから。それは決して変えようのない事実なのだから。

 

「今でも思うことはある。……いや、()()()()()()か? ()()()()は何かネガティブというか、根暗というか……」

 

 視線を逸らして考え込む横島に、しかし『横島』は踏み込めない。横島の語る言葉、想い。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 てゐは横島から目を離さない。例え何を言われてもその全てを受け止める。全てを受け入れる。それがてゐの思う贖罪であり、愛の示し方であるからだ。

 

「最初は同情だったのかな? 何かボロボロで、キツそうで、死んじゃうんじゃないかってくらいの雰囲気だったし……そこまで気に病まんでも、みたいな感じでさ」

「……」

「だって原因って言ったらぶっちゃけ紫さんと永琳先生だってそうだし」

 

 てゐは目を逸らした。

 

「むしろ俺は幸運だったんじゃないか?」

「え……」

 

 再び視線を戻し、横島の顔を見る。そこには皮肉も嫌味もない、純粋な微笑みが浮かんでいた。

 

「だってそうだろ? 墜ちた時には周りに美少女がいっぱい居たし、仕事もすぐに決まったし、給料は高いし、飯は美味いし、色んなことを教えてくれるし、恋人も出来たし、何故かみんなハーレムを許容してくれるし、むしろ推奨してくるし、みんなが俺を褒めてくれるし、評価してくれるし、認めてくれるし、チヤホヤしてくれるし……あれ、おかしいな。嬉しいはずなのに涙が止まらない……」

 

 何故か涙が溢れて止まらない横島の様子に、てゐだけでなく『横島』含めて全員が目を逸らした。色んな感情がこもった横島の言葉に、皆の目頭が熱くなったのだ。特に横島の過去の記憶を見たのだから余計にだ。

 

「ぐすっ……そんな風にてゐちゃんは俺に幸運を授けてくれた女神様みたいな存在だ。しかも可愛くていじらしい。だったら好きになっちゃうだろうが。即物的で申し訳ないとは思うけどな」

 

 涙を拭いつつの言葉に、今度はてゐの瞳から涙が零れ落ちた。はらはらと零れる涙を拭わず、てゐは横島を見つめ続ける。想いを交わし、恋人となった今でも自らのかつての行いは心に痛みを齎していた。

 決して消えることの無い罪。贖いようのない大罪。愛する者のそれまでの人生の全てを奪い、未来さえも縛り付けることとなってしまった。

 しかし、それでも。横島はそれすらも飲み込み、包み込んでてゐを愛している。出逢えた事が幸運なのだと、自分を幸福に導いてくれるのだと、横島はてゐにそう語ったのだ。

 いまならてゐは断言出来る。世界で一番幸運なのは、自分であるのだと。

 

「執事さんを……横島さんを好きになって、良かった」

 

 相変わらず自己嫌悪は抱き続けているけれど。それは消えることの無いものだろうけど。好きでも良いのだと、愛しても良いのだと示してくれた。自分の生は幸福に満ちているのだと言ってくれた。

 あまりにも恵まれすぎている。その身を焦がすほどに、横島の愛は強く、熱い。

 

「ついでだ。『お前』にも言いたいことがある」

 

 横島は右手をそのままに、左人差し指を『横島』に突き付ける。

 

「────『お前』、()()()()()()()?」

「……」

 

 『横島』はその問いに答えない。恋人達は、レミリアは、その言葉に心臓がドキリと跳ねた。

 

「俺はそうじゃないだろ? 俺は認めない。俺は諦めない。……それが、()()()()()()

 

『横島』は口を開かない。その代わりに握り締めた右拳がギリギリと音を立てる。

 

「俺は……」

 

 恋人達は悲し気に口をぎゅっと結ぶ。

 

「俺は……!」

 

 レミリアが少し寂し気に、しかし納得したように目を閉じる。

 

「────俺は、元の世界に帰るっ!!!」

 

 それは決意の籠った言葉だった。横島の精神世界であるこの場に居るからこそ、否、例えここがどこであっても心の底からの真実の言葉であることが理解出来るであろう、そんな思いの籠った言葉だ。

 もともと横島は別世界の人間であり、今はその世界から神族がこちらに降臨している。そうなれば、もうそうなるしかないだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誰しもがそれを理解している。涙が溢れるのは仕方がない。胸の痛みが治まらないのも仕様がない。だが、これは別れの言葉ではないのだ。

 そう。横島が元の世界に帰るというのならば、今度は自分達が横島の世界に押し掛けるまで。彼女達妖怪は横島の何倍、何十倍、何百倍もの時間を生きている。別れなど何回も経験してきた。自分の世界との別れは初めてではあるが、今更それを恐れることはない。

 ────恋人達の胸に決意が宿る。

 

「────そんで、またこっちの世界に戻ってくる!!!」

 

 恋人達の決意に容易くヒビが入りました。

 

「出来れば週に二回~三回くらいの割合で世界間を移動したい!!!」

 

 恋人達の決意は脆くも崩れ去りました。

 

「だって俺はまだ満足しちゃいねーんだ!!! 俺がいない間にあっちの世界で親父とか西条とかが抜け駆けしてるかもしれん!! そんなもん許しておくかぁっ!!」

「……はっはっは!」

 

 続く言葉を予想出来たのか、レミリアはおかしそうに笑いだす。

 それが切っ掛けになった訳ではないだろうが、横島と『横島』は同時に駆け出し、強大な霊力を纏った右拳をぶつけ合う。

 

「美神さんも!! おキヌちゃんも!! 小竜姫様も!!」

 

 次は左拳、また右拳、左拳と互いの拳をぶつけ合うラッシュの打ち合いが始まる。ぶつかり合う拳と拳。高まり合う霊力と霊力。

 

「エミさんも!! 冥子ちゃんも!! マリアも!! ワルキューレも!! ヒャクメも!! ベスパも!!」

「……!?」

 

 しかし、均衡はすぐに崩れる。威力も、速さも、重さも、霊力も。横島の拳は、それら全てが数倍に膨れ上がっていき────。

 

「魔鈴さんも!! 小鳩ちゃんも!! 愛子も!! 弓さんも!! 一文字さんも!!」

 

 やがて、数え切れぬ程の夥しい拳の弾幕が『横島』の身体を打ち据えていく。

 

「それからシロとタマモとパピリオもぉっ!!」

 

 ────これは、()()()()()()()()()()である。

 

「みんなまとめてぇ……っ!!!」

 

 煩悩とは意思あるが故に抱くものであり、意思なきものには宿らない。

 例え自らの性能を百パーセント引き出せる無意識の妙技があったとしても、限界以上の力を引き出せる煩悩全開には敵わない。

 誰かを想い、想われ、愛し、愛され。その根本に根差すもの────煩悩こそが、横島忠夫の力の源なのだから。

 

俺のっ! もんっ!! じゃーーーーーーいっ!!!

「──────っ!!?」

 

 天へと伸びる、桃色がかった翡翠の光の柱。横島の拳が『横島』の顎を捉え、遥か上空へと吹き飛ばしたその余波である。

 数秒の後、どさりと『横島』が墜落する。『横島』は動かない。否、動けない。今ここに、横島と『横島』の数奇な戦いは幕を閉じたのである。

 

「……ふぅー」

 

 横島は残心を解き、長く重く息を吐いた。そして胸に込み上げてくる喜びを隠せないまま、自らを助けに来てくれた恋人達に振り返り、駆け寄ろうとする。

 

「勝ったぞ、みん────あれぇ?」

 

 横島は恋人達を見て首を傾げる。だって何故だか横島を見つめる目が生暖かいのだ。おかしい、ここは皆も感動に涙をちょちょぎらせながら抱き合う場面なのでは? 横島は訝しんだ。

 

「あー……流れ的にはそれが良いんだろうけどなぁ」

「あの言葉の後ですとねぇ……?」

「え」

 

 あの言葉。つまりは美神達の名を叫び、俺の物宣言をしたことだ。

 

「私達に気持ちを伝えてくれたのは嬉しいよ? でもさ、それで何で戦いの決着での言葉があれなの? 私達への気持ちじゃあっちの『お兄様』を倒せなかったの? 私達って恋人なんだよね? ただお兄様の恋人への気持ちってそんな程度なの?」

「え、い、いや、そんなことはなくて、俺は」

 

 久々に顔を出した素のフランが横島をぐちぐちと追い詰め、そんなフランに横島はたじたじだ。本当はそれほど怒ってはおらず拗ねているだけなのだが、生憎と横島はそれに気付けない。やましい事なんてないはずなのに冷汗が溢れ出てくる。いつしか横島は正座でフランの話を聞く事になるのだった。

 

「……もうそろそろ勘弁してあげたら?」

「……はーい」

「うぅ……足が痺れた……」

 

 横島がフランに叱られ始めて数分、しょんぼりしている横島に、フランがちょっとイケない気持ちを目覚めさせ始めたのを察知したレミリアが止めに入る。フランは少々不満気ではあるがそれを受け入れ、横島は涙目で痺れた足を解す。

 

「横島も復活したしあっちの『横島』も倒したし……後はどうすればいいんだろうな?」

 

 一段落着いたのを確認した妹紅は皆にこれから何をすればいいのかを尋ねる。横島を助ける、記憶を取り戻す、それだけを考えて精神世界(ここ)まで来た。つまり他の事は何も考えていなかったので帰還方法が分からないのだ。

 

「んー、それなら多分……」

 

 妹紅の問いに一度他人の精神世界に入った事がある横島が答えようとしたその時、倒れていた『横島』が何の予兆も感じさせずに立ち上がり、横島を見つめている事に気が付いた。

 

「うおっ!? 流石はもう一人の横島、無駄にしぶといな!?」

「無駄ってお前……いや、まぁいいけどさ……」

「何を悠長な……!?」

 

 『横島』の復活に皆が臨戦態勢をとる中、横島は足を揉み解しながらゆっくりと立ち上がる。先程までと違い戦う意思も見せず、暢気に構える横島にレミリアは注意を促すがしかし、目の前の『横島』にも敵対の意思を感じない事に違和感を覚える。

 

「いや、なんつーかこう『お前』って俺の無意識の部分なんだろ? ってことはさ、『お前』の正体っつーのか何つーのか……」

 

 横島が頭を掻きながら『横島』に語り掛けると、『横島』の姿が靄に包まれその姿が変わっていく。

 陰陽師のような白い狩衣、しかし頭にはまるで道化師(ピエロ)のような二股に分かれた帽子、そしてその顔は仮面に覆われ、表情を窺う事は出来ない。

 

「やっぱ正体はお前だったか────俺の“影法師(シャドウ)”。……前見た時より随分でかくなったな、成長期なのか?」

 

 横島の前に立つ横島の影法師。その姿は横島が以前見た時よりも等身が上がっており、横島と変わらない身長となっている。

 

「……」

「……何か随分と無口になったな。前はうるさいくらいだったのに。俺も色々と変わったからなのか?」

「お、お兄様。しゃどう? って何なの?」

「ん? 影法師っていうのは……えっと、「我は影、真なる我」っつーか……あれ? これは別の作品だっけ?」

 

 自分の影法師のあまりの変化に横島は首を傾げるが、まあそんなものかと勝手に納得する。そんなのほほんとしている横島にフランが影法師とは何かを聞かれて答えようとするが、上手く言語化出来ずにいる。

 

「確か自分の霊格とか霊力とかを具現化した存在……だったかな? 自分の無意識的な部分の現れでもある、とか何とか妙神山での健康診断の時にヒャクメに聞いたことがあるような気がする」

「すごい曖昧だね」

 

 妙神山での健康診断の際、自分の霊能についてヒャクメに色々と聞いてみたところ、自分の影法師がいかにおかしな存在なのかを教えられた。横島の内面に関する所なので好奇心から件の影法師を見てやろうとしたヒャクメであったが、事は横島の内面に関する所なのでそれは小竜姫に事前に止められた。具体的には説教とか拳とか剣とか霊波砲とか異空間からの逆鱗暴走などで。流石に小竜姫も猿神に叱られたが。

 

「ついでに言えば本来なら勝手に動いたりしないそうなんだけど、俺のは何故か自我を持ってたんだよな」

「お前はそんな所でも規格外なんだな……」

 

 呆れたようにレミリアは呟く。そして納得した。横島の影法師の特異性、今回の横島の記憶喪失、そして精神世界での戦い。つまりはそういう事だ。

 

「この影法師が黒幕……というか、何と言えばいいんだ……? 全てはお前の為だった訳だろう?」

 

 そう。今回の事件は全てこの影法師が引き起こしたのだ。

 切っ掛けはこいしの『イドの解放』だった訳だが、それによって崩壊しそうになった横島の自我を自らの奥底に保護し、閉じ込める。

 そうして新たに生まれた自我は記憶の無い無垢な存在であり、記憶の扉を開けていく事で徐々に横島の記憶に慣らさせる。恋人達を精神世界に呼び込み、記憶の共有をする事で横島の闇に触れさせ、それでもなお変わらぬ愛を横島に分からせる。そして、自らの想いを横島に解放させる。

 一歩間違えれば全員に危険が及ぶ綱渡りではあったが、何とか上手く事を運ぶ事が出来たのは幸運であっただろう。

 ……誤算があったとすれば、パルスィの存在か。

 

「まあ黒幕でいいと思いますよ? 俺の為っていうのはそうでしょうけど、その為にみんなを傷付けやがったし……いや、こいつも俺なんだからつまりみんなを傷付けたのは俺……? 俺がみんなにあんなことを……? うっ、うぐぅっ!!? 心臓が……っ!!?」

「執事さんっ!?」

「いかんっ、心臓発作だ!!」

「何でここまで来てまた死にかけるんだお前は!?」

 

 横島の自爆によりまたもてんやわんやがあったが、何とか持ち直す。その様子を影法師は仮面を付けているにもかかわらず、呆れた様子で見ている事が丸分かりだ。

 

「ふう……ふう……すんまへーん……」

「大丈夫、お兄様……?」

「トラウマはまだ残ったままなんですね……」

 

 それも仕方がないことだ。そう簡単に乗り越えられる物ではないし、そういった事は時間を掛けて癒していくものなのだから。

 

「そんで、帰る方法なんだけど、俺がみんなと帰るって思えばいけると思う。結局の所ここは俺の精神世界なんで俺の意思で何とかなるはずだ」

「ああ、なるほど」

 

 考えてみればすぐに分かる事であった。横島が失われた記憶を取り戻して復活し、影法師を打ち倒した今、この精神世界の主導権は横島の元に戻っている。

 横島がちらりと確認の為に影法師に視線をやれば、彼はこくりと頷いた。

 

「それじゃ、横島もこうして取り戻したし……もう帰る?」

 

 妹紅が皆の顔を見てそう聞くと、皆は首肯した。目的は既に達成、ここに残る理由はなくなった。懸念点はある。

 

「……あの────」

「……」

 

 小悪魔が()()を口にしようとするのを、影法師が止める。仮面の口があるだろう部分に人差し指を立て、黙っているように求めたのだ。やり方はどうあれ、影法師は全て横島の為に行動している。もし横島の負担になるようなことがまた発生する場合、影法師はそれを力尽くでも阻止せんと動くだろう。

 

「小悪魔」

「お嬢様……?」

 

 口止めされたとはいえ、何も言えないでいる事に小悪魔が落ち込んでいると、レミリアが背中に優しく触れる。少し不器用ではあるが、気遣わし気な温かさを感じ取れた。

 

「……アイツの女好きを信じなさい。記憶が無い状態で私達を精神世界にまで簡単に迎え入れたんだ。あの子に関してだって、何とかなるでしょ」

「……そう考えると凄い説得力ですね」

「真面目に考えると頭が痛くなってくるけどね」

「本当ですね」

 

 レミリアの言に小悪魔は苦笑を浮かべる。言われてみれば確かにそうだと実感した。横島は例え記憶を失っても、きっとその肉体が、その魂が、その心が、愛する者の事を覚え続けているのだろう。それこそ、煩悩のままに永遠に、だ。周りを見ると皆も小悪魔同様に苦笑を浮かべている。

 

「何の話をしてるんです?」

「いや、何でもない。それより、多くの人を待たせてるんだ。早く戻った方がいいだろう」

 

 何となく自分に関することを話しているのだろうと感じた横島が割り込んでくるが、レミリアは即座に話を打ち切り、帰還を急ぐように誘導する。実際に多くの人が今も横島達の帰還を待っているので嘘ではない。

 かつて横島が精神世界に入った時は、僅かな時間であっても現実で数日が経過していた。レミリア達の体感時間では数時間程であるのだが、それも正しいか分かったものではない。

 横島は周りの空気から取り残され、何となく置いてけぼりを食らった気分になるが、レミリアの言葉も尤もであるので納得する。

 

「それじゃ、こう、手を繋いで輪になって……いや、そんな必要あるのか? でも繋がってるって感じな方がイメージしやすいか。はーい、それじゃあみんなで輪になって下さーい!」

「はーい!」

「子供か」

 

 影法師を除いた横島達七人は手を繋いで輪を作る。レミリアも口では文句を言いつつも手を繋ぎ、帰還に備える。この形でどうやって精神世界から脱出するのか興味がないではないが、自分のキャラクターに合っているとは思えず、あまり長く他人に見せたくない姿である。それに対して他人がどう思うかはまた別の話であるが。

 

「そんじゃー影法師、迷惑かけちまったな。また今度遊びに来るから!」

「……」

 

 横島の別れの言葉に影法師は「いらん」とばかりにしっしっと手を振って応対する。二人の横島のやり取りに皆は苦笑するが、こういう空気がこの二人には似合うのかもしれない。横島も影法師も、どことなく楽しげな雰囲気を纏っていたから余計にそう思えたのだろう。

 

「よし、それじゃあここから脱出するぞ……リレ○ト!!」

「リレミ……え、何それ?」

「うわっ!? い、今の呪文? で足から徐々に身体が消えて────っ!?」

「ちょっ、怖っ!? 大丈夫!? ねえこれ本当に大丈夫な奴!!?」

「あああああああっ!? か、下半身の感覚が完全にききき消えましたあああぁぁぁっ!!?」

「横島あああっ! お前戻ったらグングニってやるからなあああああっ!!」

「……本当に死ぬ時ってこんな感じなのかな。またいつか、私にもこの感覚を再び味わう時が来るのかな……」

「妹紅さん今そんなふうにしんみりしてる場合じゃないですからねっ!?」

 

 最後までバカバカしく騒々しく、横島達一行は現実世界へと帰還していった。影法師は仮面越しでも分かるくらいに呆れた目を向け、消えてゆく横島達を見送った。やがて自分以外に誰もいなくなった精神世界にて、影法師は深々と溜息を吐いた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 仮面の奥からくぐもった声が漏れる。影法師はおもむろに仮面を外し、その素顔を無人の世界に晒す。果たしてそこにあった顔は、横島と同一の物。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、そこにあったのは高島の顔だった。

 いつから影法師が()()であったのかは定かではない。しかし、影法師自身が()()と自覚出来たのは、横島がこの世界の高島の魂を取り込んだ時だ。

 ()()()()()、そう直観したのだ。

 

「さてさて、来世の俺の問題も片が付いたし、俺の役目も終わりかね?」

 

 影法師……高島は己の掌を見つめて呟く。自身が何者か、それを自覚した時には既に終わりを予感していた。自分が置かれた状況はあまりに特殊過ぎる。

 自分は既に死亡し、魂も既に転生している。横島の中に高島の人格が蘇った事もあるが、それはあくまでも横島の人格が一時的に高島と入れ替わっていたにすぎない。今のように分裂していたわけではないのだ。

 故に高島は即座に思い至った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。そして、それが一連の横島の記憶喪失に関する事であると、今は確信している。

 

「うーん。魔神に直接殺されたせいで魂が砕けたのか、俺という存在を保ちながら転生体の影法師になっていたとは……ま、それもここまでか」

 

 意識が薄れていくのを高島は感じている。いったい何者が自分という存在を許容していたのか。むしろ問題が無くなった途端に消えようとしているあたり、良いように使われたとかそういった部類なのかもしれない。

 

「せめて褒美くらいは欲しいもんだが、それも期待出来るかどうか……」

 

 きっと自分を使ってくれたのは神とか悪魔とか、それよりももっと上の存在なのだろうと、高島は薄れゆく意識の中で考える。手に持っていた仮面はするりと手から抜け落ち、カランと音を立てた。

 

「……宣言通り、ちゃんと自分のモンにしろよ、来世の俺……」

 

 高島はゆっくりと目を閉じ、天を仰ぐ。

 

「でないと、俺がもらっちまうからな……」

 

 意識が消失する最後の最後。高島はその名を呟いた。

 

「────メフィスト」

 

 最後に愛した、愛しい女性の名を、忘れないように、刻み付けるように────。

 

「……」

 

 天を仰いでいた()()()は顔を正面に戻すと、どこかへと歩き出す。それは心の深層なのか、それとも表層付近にまで移動するのか、それは()()()にも認識出来ていないだろう。

 その顔は既に新たな仮面に覆われている。地に落ちた仮面はとうに消えている。先程までとは異なる歩き方で、異なる速さで、()()()はその姿を闇にくらませた。

 

 後に残るのは暗い世界。光の差さぬ、黒い世界。横島の抱える水底の如き深い世界。

 そこに、光が差した。未だか細く、すぐにでも消えてしまいそうな、糸にも見える幾筋かの光。

 

 この世界がその光に照らされるのは、きっと遠くはないだろう。ここは横島忠夫という少年の精神世界、その深層。目が覚めた時、きっと彼は輝きに包まれている。

 彼が生きる世界は、彼の大切なもので溢れかえっているのだから。

 

 

 

 

第九十二話

『みんなまとめて』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。
そんなこんなで『横島』との闘いにケリが付きました。結局『横島』の正体は影法師……と化していた前世の存在・高島という訳分からんことに。

ちなみに初期プロットでは()()()()()である、という設定でした。
普段表に出ている人格は本当の横島が作り出したコピーであり、それに本物の記憶やら人格やら何やらを植え付けた存在で、本当の横島は心の奥底に引き籠りながら自分で生み出した第二人格の『横島』と第三人格の『ルシオラ』の夢の中でのやり取りをニヤニヤしながら眺め続けるだけ……そんな存在として出すつもりでした。

その本当の横島は第二人格に色々明け渡したせいでほとんどの記憶を失っており、覚えているのはルシオラのことだけ。こいしのイドの解放で引きずり出され、横島の抱える闇を察した妹紅と正邪が横島の精神世界に入り込む展開でした。

最後に本当の横島は第二人格の『横島』に自分の何もかも全てを継承させ消滅する……。

いやあかんやろ、と正気に戻ったので現在の展開に落ち着いたわけです。いやこれはこれで正気かな?

多分本編はあと二~三話くらいで完結でしょうか。そのあとエピローグというか何というかの話が三本で終了ですね。多分。予定が変わらなければきっと。
もう少しだけお付き合いください。

ちなみに新作を投稿しました。『この素晴らしい世界に祝福を!』の二次創作です。そちらも暇があればよろしくお願いいたします。

それではまた次回。
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