夜9時過ぎの明かりがついたシャーレのオフィス、先生はPCに向かって作業をしていた。顔には少々疲労が見られ、眠気もあるのか目が少しひくついていた。
「……ふぅ」
キリのいいところで一度デスクから離れコーヒーを淹れる。
疲れた体に染み渡る味。凝り固まっていた心もほぐれていく。
ソファーに体を預け、目を休める。
エアコンの作動音だけがオフィスに響く。
気がついたときには意識がうつらうつらとしていた。
このままでは寝てしまうと思った先生は立ち上がり、体を伸ばす。コキ、コキ、と体から音が鳴る。
椅子に座り、PCに向かって作業を再開するが思うように進まない。それでもと何とか手を動かす。
そんな風にしてしばらく経った時、小さな足音が聞こえた。
誰か忘れものでも取りに来たのかな? と考えていたがコツ、コツ、と次第に足音は大きくなっていき、オフィスに向かってきていることに気がついた。
誰だろうと作業を中断し、ドアへと振り返る。それと同時にオフィスの扉が開いた。
そこには慈愛の怪盗こと、清澄アキラの姿があった。
「こんばんは、先生」
「うん、こんばんはアキラ。遅くにどうしたの?」
「たまたま近くに来た時、シャーレにまだ明かりが灯っていたので様子をと」
案の定でしたねとつぶやくアキラ。それに困ったように笑う先生。
「一度休憩なされてはどうですか?」
「いや、さっきしたばっかだし。それに眠ってしまいそうでね」
「それでしたら私が話し相手になりますよ。そうすれば眠ってしまうこともないでしょう?」
「確かにそうだね。それじゃあちょっと付き合ってもらおうかな」
「ええ、喜んで」
「それじゃあ飲み物をとってくるね」
デスクから離れ、そういえばと口にする先生。
「アキラはコーヒーって飲めるの?」
「実は苦いものが苦手でして、まだ一度も飲んだことがないのです」
「そうなの? それじゃあ他のがいいかな」
「いえ、コーヒーを。先生が飲んでいるものに興味があるので」
「そう? それじゃあちょっと甘めに作るね」
しばらくして持ってきた二つのカップを先生はローテーブルにコトりと音を立てて置き、アキラの隣へとソファーに腰かける。
「砂糖とミルクを入れておいたからそこまで苦くはないと思うよ」
「ありがとうございます先生。それではいただきます」
アキラはカップを持ち、ゆっくりと口元へと運ぶ。カップのふちに口をつけ、少し開かれた口にコーヒーが流れ落ちる。
すこし顔をしかめてカップとの距離を空ける。コクリとのどを鳴らし、カップをローテーブルに置く。
「……口に合わなかったかな」
「そうですね、飲めなくはありませんが少し……」
「無理してまで飲まなくてもいいよ」
「……あ」
そういってアキラの前に置かれたカップを先生が手に取り、そのまま飲みかけのコーヒーを飲む。
こくこくと先生の喉が鳴る。アキラはその姿を呆然と眺める。
口を離し小さな吐息がこぼれる。
「……ん? どうしたの?」
「い、いえ。別になんでもありません。お気になさらず……」
アキラは顔をそらす。髪に隠れて表情がうかがえない
「そう? あぁそうだ。口直しに何飲む?」
「それでしたら、冷たい水を……」
「わかった。ちょっと待っててね」
そういって先生はその場を離れる。
先生が戻ってくる前に落ち着こうとアキラは大きく深呼吸をした。
ふぅと息を吐いたアキラの目の前には中身が残ったカップが二つ。
「………………」
「お待たせ」
「ありがとうございます」
コップを手渡しで受け取るとそのまま水を飲み始める。
その姿を見て先生は相当口に合わなかったのかな、悪いことをしてしまったなと心の奥で反省した。
その後、二人は会話を長く楽しんだ。
後日談になるが、この後アキラは克服するためとシャーレに来るたびコーヒーを飲むようになった。
書いた当時は『うっひょー! 天才じゃん俺って!』となっていたのに今になって見返すと『未熟者だなぁこのころの俺って』てなるのなんなん?