すまん。
「先生、いらっしゃいますか?」
シャーレのオフィスへと足を踏み入れた清澄アキラ。
先生からの返答はなく、物静かな部屋にアキラの足音だけが響く。
「……先生?」
あたりを見回す。デスクには先生の姿はなかった。
「いらっしゃらないのでしょうか……おや?」
オフィスを後にしようかと考えていたアキラの視界の端で何かが動いた。
目を向けるとそこにはソファーで横になって眠っている先生の姿があった。
「おや、このようなところで眠っていたとは。風邪をひいてしまいますよ」
起こさないよう小さな声で語りかける。先生はそれに気づくことはなく寝息を立てていた。
アキラは自分のマントを手に取り先生にやさしくかける。
「このように無防備では、怪盗に何かを盗まれてしまいますよ」
先生の頬をツンツンとつつきながら朗らかに笑う。
「…………」
「……ん、んぅうう」
シトラスの香りに包みこまれ、あたたかな何かが頭をなでている。
「おや、目を覚まされましたか? 先生」
「……あき、ら?」
寝起きで頭がうまく働かないまま、ぼんやりと目を開ける。
ぼやけた視界の先にアキラの顔が見えた。
「ふふ、相当お疲れの様子ですね。このままもう一眠りしてみてはいかかです?」
「……いや、そういうわけには。まだ、仕事が残っているから……」
そういって起き上がろうとするがうまく力が入らない。
「せめて目が完全に覚めるまでこのままでいたらどうですか?」
確かに、こんな状態では仕事もうまくかたづけられないだろうと思い、目を伏せ体をソファーに預ける。寝返りを打ち体を横に向ける。
「……んっ」
そこで違和感を覚えた、確かクッションを枕にしていたのに、今自分が頭を預けているのはクッションとは全く違う感触。目を開けるとそこには白い壁が目の前に広がっていた。
「先生、少しくすぐったいです」
頭上からアキラの声が届く。頭を動かし、視線をあげるとアキラと視線が合った。
「……え?」
そこで理解した。自分が今アキラに膝枕されていることに。
「ごっ、ごめんっ。いま退くから……!」
慌てて体を起こす。その時、ひらりと肩から何かが落ちた。
「これは、アキラのマント……?」
風邪をひかないようアキラがかけてくれたのだろう。お礼を言わなければと思ったところで後ろからアキラに抱き着かれた。
「……え? アキ、らぁぁ!?」
急に体が後ろに引っ張られる。そのまま二人一緒にソファーへと倒れこむ。ボスンとソファーが音をならした。
「先生、そんな慌てて退かれてしまうと私も傷ついてしまいます。先生は私のことがお嫌いですか?」
後ろから耳元でアキラがつぶやく。甘い音色が緩やかに耳の中に入っていき、脳全体に広がる。
「いやっ、そういうわけじゃ……! あの、ほら、先生が生徒に甘えるわけには……!」
「私は先生に甘えたいですし甘えられたいです。先生は私に甘えたくないのですか……?」
「いや、ね。私の感情以前の問題というかねっ……」
「……先生」
アキラが足を絡ませてくる。アキラと先生の間に隙間はなく、体全体でアキラを感じる。
「ちょっ! まって! ほんとにまずいから!」
抜け出すためにあがこうとするが、生徒に手荒なことをするわけにはいかず、そもそも力では生徒にかなわない。
どうすればいいのか考えを巡らせるがまともに思考することが出来ず苦悶する。
「……時間切れ、ですか」
そういってアキラは絡めていた手と足をほどく。急いで起き上がり、少しアキラから距離をとる。
「もう少し先生を堪能していたかったですが、ほかの生徒に見つかるわけにはいきませんので……」
アキラはそういいながらゆっくりと立ち上がった。確かに耳を澄ましてみれば誰かの足音が小さく聞こえた。
残念そうにしながらアキラはマントを羽織り、近くの机に置かれてあった仮面をつける。
「それでは先生、続きはまた後日ということで」
「いや、続きなんてしないよ!?」
「それは残念」
そういって窓を開ける。外から風が入り込み、アキラの髪が大きくなびいた。そういえば、とアキラが口にして振り返る。
「随分無防備でしたので、先生のあるモノを盗んでしまいました」
「……え!?」
「それではごきげんよう」
「待って! なにを盗んだの!?」
そう問いかけた時にはアキラは窓から跳び去ってしまった。
急いで持ち物を確認するが、結局何が盗まれたかはわからなかった。
その後オフィスにはいってきた生徒になにを慌てているのかと心配されたが何とかごまかした。
イェソド君めんどくせぇ。
ギミックわかっても地味にめんどくせぇ。
だけど演出とかはめっちゃ好き。