「こんばんは。良い夜ですね先生?」
シャーレの仕事が終わり、固まった体をほぐそうと体を動かしていた時、オフィスの扉が開かれ一人の生徒が入ってきた。
「アキラ! こんばんは。どうしたの急に?」
「用がなければ来てはいけないのですか?」
しゅんと悲しそうにつぶやくアキラを安心させるため急いで訂正する。
「そっ、そんなことないよ」
「ふふっ。でしたらよかったです」
楽しそうに笑うアキラを見てからかわれたのだと理解した。
「――もう、あまりからかわないでよ」
「おや、からかわれるのはお嫌いですか……?」
「嫌いってわけじゃないけどね……」
ここ最近、こんな風にアキラにからかわれる機会が増えた気がする。けど別にいやってわけじゃない。むしろ親密になることが出来たのだと思うとうれしい気持ちでいっぱいになる。
「でしたらこれからもからかわせていただきます」
「いいけど……あんまり過激なことはしないでよ」
「おや、過激なこととはどんなことでしょうか?」
アキラの両手が自身の服の第一ボタンへとむけられた。
「例えば、こんな風に――」
そのままパチンと音がし、ほんの少し首元が露出する。
「ストップ! それ以上はダメだよ!」
そのまま一つ下のボタンへと手をかけたところでアキラにやめるように声をかける。
「ふふっ、冗談です」
そういうとアキラは外れたボタンをパチンとつけた。
「自分の体は大事にしてね」
「はい、すみません」
「まったく。……何か飲む? 夜とはいえ外まだ暑かったでしょ」
「お気遣いありがとうございます。では先生と同じものを」
「ん、わかった。ちょっと待ってて」
アキラに背を向け冷蔵庫へと向かう。
「……大事にしてきたからこそ、なのですけれどね」
「? なにか言った?」
「いえ、お気になさらず」
「そう?」
なにかボソッとアキラがつぶやいた気がするけれど、わざわざ追及するのもどうかと思い気にせず冷蔵庫のトビラを開ける。
「んー、ジュースしかないな……オレンジジュースでもいい?」
後ろにいるアキラに向け少し大きめに声を出す。けれどアキラからの返答はなかった。
「アキラー?」
気になりもう一度声をかけるが返事はなかった。けれどその代わりパサリと後ろで何かが落ちる音がした。立て続けにカチャカチャと何かの金属音も響き、また落ちる音がした。そして今度はパチンと何かを外す音。
「……あの、アキラ……?」
いや、ホントはもうわかっている。今アキラが何をしているのか。特徴的な音とともに聞こえていた音、衣擦れの音。そしてついさっき聞いたパチンという音。
また、おちる音がした。これで3度目。さっき見たアキラの服装は慈愛の怪盗の時の姿。パンツスタイルにマントを一枚羽織っている姿。
考えないようにしても自然と思考が進んでしまう。考えてしまう。今、後ろにいるアキラの姿を。
「なにか、変な音がしたけど……大丈夫?」
「――ふふっ」
コツコツとゆっくりとだが、次第と近くなってくる足音。その足音が止まるとともに背後に気配を、人の息遣いを感じる。息遣いもゆっくりとだがだんだんと大きくなっていき、いつの間にか背中にアキラの息遣いを感じていた。
両肩に添えるようにアキラの手が置かれ、ほんの少し力がかかる。そして真後ろから聞こえていた息遣いが自身の左耳に触れた。
「ご自分の目で確かめてはいかがです?」
「――っ!?」
ちょっとした風音でかき消されてしまいそうなほどのささやく声。
「そ、それは……」
「それとも、こういったほうがいいでしょうか?」
すっと、アキラの息遣いが離れて、それにどこか寂しさをおぼえてしまう。けれどそんな寂しはすぐに吹き飛んでしまう。
「――助けてください、先生」
それはとても小さな声だった。それもさっきのささやき声よりも。けれどその声は確かに自分の耳にとどいた。そしてその声を聞いた瞬間、衝動的に振り返ってしまう。
「やっとこっちを向いてくださいましたね」
振り返りアキラの姿を見て衝撃を受け、少し後ずさりしてしまう。その結果、より詳しくアキラの姿格好を認識してしまう。
普段のアキラの服装は肌の露出が全くない。露出しているのは首と顔のみ。それだけでもアキラの肌が白く、美しいのはわかっていた。
けれど今、その暴力的なまでの美しさが隠されることなくあらわになっている。無論全てではない。けれど服装によってその美しさがより強大になっていることは明らかだった。
新たにあらわになった肌は足、腕、肩、そして胸元。いつも隠されていて見ることがなかった部分の肌だからか、妙な背徳感をおぼえる。
いや、それだけが理由ではない。背徳感をおぼえる最大の理由はその服装だ。両胸の先端を頂点に山のように広がっていく2つの白い布。やがてその2つの白い布の内側は合流し、外側は背中へとおちるように流れていく。白い布はお腹とくびれを強調するかのようにぴったりと張り付いており、おへそがあるであろう部分にはちょっとしたくぼみができていた。
やがて白い布は腰に乗せるように途切れ、鼠径部に沿うように次第に細くなっていき、女性にとって最も大事な部分を隠し後ろへと消えていった。
そしてもう1つ注目すべきなのはアキラが頭につけているモノだった。それは頭のてっぺんから2つの長い耳がぴょんと伸びている特徴的な動物の耳。
そう、アキラの今の服装はいわゆるバニーガールと呼ばれる衣装だった。
「――な……ぁ……」
「どうですか先生? 似合っていますか? ぴょんぴょん」
ぴょんぴょんという言葉と合わせてアキラがその場で小さく跳ねる。それによりアキラのウェーブがかった髪がふんわりと揺れ広がる。がそれだけではなく、普段は隠されていて気がつかなかったがそれなりに豊満な胸が上下にぷるんと揺れ動く様に目が奪われてしまう。
「――どうやらお気に召していただけたご様子で」
「……あっ! いやっ! ちがッ!」
弁明しようと口を開くが、言葉が出てこない。
当然だ。何しろ完全にアキラのバニーガール衣装に見惚れていたのだから。むしろ見惚れない理由を探すほうが難しいほど魅力的だ。
バニーガールという衣装の特徴上、その衣装を着ている者のプロポーションがはっきりとわかってしまうのだが、批判するところがないほど完成されたアキラのスタイルを魅せるにはこれ以上うってつけの衣装はない。
そして何よりバニーガール衣装の色だ。白い衣装と白い肌。一見すると同じ白だが……。いや、まったく違う。同じ白ではない。むしろバニーガールの白がアキラの煌めく白い肌をより強調し美しさを強く示してくる。
「そ……その……。とても綺麗だと、おもう……よ」
「先生にそういっていただけてうれしいです」
そういうとアキラは自身の体を私に押し当て、私の首に両腕を絡ませて抱き着いてきた。
「なにを――っ!?」
「私を見てください。先生」
私のほうが身長が高いため自然とアキラの顔を見下ろす形になる。そのためアキラの顔の下、いわゆるアキラの胸が私の体に押し付けられ変形している様がはっきりと見えてしまい、私の体もその部分の感覚が鋭敏になってしまう。
「先生。私は先生の生徒である前に一人の女性なんです」
「――な、何のこと……かな」
「本当にわからないんですか? それとも、わからないフリですか?」
アキラが腕に力を入れ、ただでさえ至近距離にあったアキラの端整な顔がさらに近づく。潤んだ赤い瞳。艶やかな赤い唇。そして真っ赤に染まった頬と耳。
「――先生」
潤んだ瞳は閉じられ、艶やかな赤い唇が突き出される。
……そういう事なのだろう。いや、元からわかっていた。アキラだけじゃない。同じような思いを抱えている生徒がいることは知っていた。知っていて、知らないふりをした。
……私は『先生』だから。
生徒のみんなと、平等に接してきたつもりだ。
……けれど、出来ていなかった。
無意識のうちに私は特別扱いをしていた生徒がいた。
そしてそのことに気付かないようにすごしていた。
考えないようにするために多くの生徒と触れ合ってきた。
そのツケが回ってきたのだろう。
私は『先生』失格だ。
「――アキラ」
だから俺は、俺の思いに素直になろうと決めた。
真っ暗な夜で月明かりに照らさせたシャーレ。明かりがついているとある一室で二人分の影が一つに重なった。
アキラの芸術作品になりたい