結婚したいと呟いた女先生とそれに動揺するアキラ
「あー、結婚したいなー」
唐突に隣でつぶやかれたやわらかな声音に私、清澄アキラの思考が停止した。
私は今日シャーレの当番として呼ばれ、朝から昂った気持ちを何とか抑えながら先生の仕事の手伝いをしていた。合間合間に雑談したり、先生と紅茶をたしなんだりと至高とも言える時間を過ごしていた最中の出来事だった。
突然私の隣に座っているシャーレの先生が「結婚したい」などという発言をし、驚いて手を止めてしまう。聞き間違いの可能性を探したが私が先生の言葉を聞き間違うわけがない。
つまり本当に先生は「結婚したい」と呟いたのだ。そのことを理解したとき私はまるで冷や水を浴びせられた気分になった。
結婚、それは生涯の伴侶となる者をえらび、家族となる儀式。人生においてなによりも大切で、生半可な考えで相手を選べば一生の後悔となる大切なもの。ゆえに結婚とは愛し合う者たちがお互いを支え合うために行うものなのだ。
それをしたいと言った。他ならぬ先生が。
隠さずに言えば私は先生のことを好いている。
いままで誰一人として私のことを理解しようとどころか見もしなかった。誰もが私を異常者と称し、後ろ指を指していた。
正直、それ自体は気にしていない。自分の美学を真に理解出来るものなどいるはずがないのだと。そう思っていたもだから。
けれど先生はこんな私のことを見てくれた。知ろうとしてくれた。理解しようとしてくれた。それがどれほど嬉しかったことか。幸せだったか。きっと先生は知りもしないのだろう。
孤独に暗闇の中を歩いていた私を照らしてくれた光。それが先生なのだ。
だからこそ、結婚だなんて言葉は聞き逃せなかった。先生が誰かのものになってしまうことが。私を照らす光がどこかへ向いてしまうことが。それがとても恐ろしい。
私は先生の発言の真意を確かめるために口を開く。
「……先生に結婚願望があるとは意外でした」
務めて冷静に返答したつもりだが、ほんのわずかに声が震えてしまっていた。
「えー、私だって一人の女なんだし、好きな子と一緒にすごしたいって思うよ」
そうケラケラ笑う先生はとても可愛らしかったが、それ以上に先生の言葉が気になった。
先生は今、好きな子と言った。別に話の流れ的に何らおかしくないが、どうにもそこの言葉に熱がこもっているように私は感じてしまう。
「……好いている人が、居られるのですか?」
確認するのはとても恐ろしいが、この場を逃せば一生その先を知ることが出来なくなる。何故だかそう直感し思わず聞いてしまう。
「うん、いるよ」
心臓の鼓動が急速に早くなるのを感じた。目の前が揺らぎ始めた。頭がぼーっとし、耳鳴りが止まらない。
「……そ、れは……」
呂律が回らない。
「…………先生に好かれている人はさぞかし幸せ者でしょうね」
無理矢理絞り出した言葉はどこかぼやけて聞こえた。
「えー、そうかな?」
「そうですよ。先生ほどの人と結婚して幸せになれない人なんていないでしょう」
もし、幸せじゃないなんていうような輩ならば私が直接制裁を……いや、むしろそのほうが良いかもしれない。そうすれば私が先生の隣に立つチャンスが回ってくる。
「ミリアちゃんはどうなの? 好きな人とかいないの?」
「私……ですか?」
あなたのことが好きだ、と言えたらどれだけいいか。
「……気になる人は、います」
「へー! そうなんだ!」
「ですが……」
「?」
「……正直なところ、わかりません」
「わからない……?」
「えぇ」
「それはどうして?」
「それは……その人に抱いているこの気持ちがどういったものなのか、初めての経験でわからないのです」
答えを濁し逃げる。
「……そう」
その返答がどこか冷たく感じてしまう。先生にとってこそあり得ないが、まるで私から興味を失ったのではないかと、そう思ってしまう。
「先生の好いておられる人についてお聞きしても、よろしいでしょうか?」
そんな空気から逃げたくて話題を変える。
「私の好きな子について? いいよ」
とはいえこの話題については聞きたくなかった。先生の好いている人が私とは全くかけ離れていたらと思うと恐怖で体が震える。
「そうだなぁ、なにから話そうかな」
先生が右人差し指を顎につけ上を向く。これは先生が考え事をするときによくみられる癖のようなもので、私はこの姿を見るのが好きだった。
けれど今はその姿が好きになれず、むしろ見ていて憂鬱な気分になる。
「その子はね、危なっかしくて目が離せない子だったんだよね。自分にとって大切なことを守るためならどんな危険なことでもしちゃう、そんな子。いくらそれがその子にとって大切なことだとしても、譲れないものなのだとしても、それでも危ないことはしてほしくなかったから。だからずっとその子のことを見続けてきたの」
なんてずるい人なのだろうか。先生に見続けてもらえるなんて。とはいえ、その在り方に関しては私も共感する所がある。
「あの子は今日も頑張っているのかな、危ない目に遭ってないかな、困ってないかな。そんな風に思いながらその子のことを見続けていたらね、気が付かないうちに目が離せない理由が変わっちゃってたの」
くすりと笑う先生。その笑顔はまさに恋する乙女の顔で、嬉しいやら悔しいやらで自分の気持ちがわからなくなっていく。
「ほんの少し桜色がかかった長い白髪。ルビーよりも赤くきらめいている瞳。細くしなやかな四肢。白くすべやかな肌」
…………あれ?
「私よりもほんの少し身長が高くて、綺麗な声をしていて、いつも私のそばにいてくれて」
……………………ん?
「昼はワイルドハントの寮監隊として働いていて、夜は昼とは別の顔を使って自分の誇りのためにあちこちを駆け回っていて」
…………………………んんんん?
「――とっても清くて澄んだ名前をした子なんだ」
これはもう、確定だろう。
勘違いでも早とちりでもなく、私の事だろう。
「その子なら鍵のかかってない私の心なんて簡単に盗み出せちゃうんだろうな」
あぁ、今そんなことを言わないでほしい。
そんな目で私の事を見ないでほしい。
その顔で笑わないでほしい。
でないと、制御が出来なくなってしまう。
私の喜び勇んだ心がこの体を突き動かしてしまう。
あなたの目を奪いたい。
あなたの声を聞いていたい
あなたの顔を見つめていたい。
あなたの存在を独占したい。
あなたの心を管理したい。
今すぐあなたのすべてを私のものにしたい。
「…………これは独り言なのですが」
「うん?」
「私は、やめるつもりがありません。……学生であるうちは、ですが」
「……へぇ」
あなたの
3月31日23時55分。残り5分としないうちに私は学生ではなくなる。その前にやり残したことを片づけるため私はシャーレに訪れていた。
シャーレは電気が消え、人の気配は全くない。
私はシャーレの居住区へと足を進める。誰もいない廊下にコツコツと私の足音だけが響き渡る。
辿り着いたのは一つの部屋の前。ドアにはその部屋の主である先生の立札が掛けられている。私はドアノブを握り、ゆっくり力を入れて回す。なんの抵抗もなく、すんなりと開かれるドア。
きぃと音をたて開かれた部屋は暗く、とても静かだ。けれど部屋の奥に一つだけ小さく光る明かりが灯っていた。
「――よく来たね」
その光に照らされ白いキャミソールを着た先生がベッドに腰かけ私の方をまっすぐと見つめている。
「慈愛の怪盗、ただいま参上いたしました」
部屋の奥へと進み、先生の目の前で歩みを止める。
「一世一代最後の大仕事、このキヴォトスにおいて最も美しく、煌びやかで、可憐な美術品である先生の心。それを頂きに参りました」
熱にうかされた私の体と心をどうにか抑え込みながら恭しく頭を下げる。
「……そっか」
頭を上げ、顔を合わせるとほのかな明かりの中でも先生の顔が赤く染まっているのがわかった。耳をすませば少し荒い息も聞こえてくる。
コクリ、と私の喉が鳴った。鼓動が早くなり、私の息も荒くなっていく。体はどんどんと熱を帯び、指先がプルプルと震える。
「――おいで」
そう言うと先生は私の方へ両手を伸ばしながら後ろに倒れ、ぼすんと音をたててベッドに体を預けた。
「君にとって大切な美術品が傷ついていないか、君の手で鑑定してほしいな」
妖艶な笑みを浮かべ私を床へといざなう先生。その姿は煽情的でありながらもどこか美しい美術品でもあった。
「――えぇ、喜んで」
私は先生の上に覆いかぶさるようにベッドに上がり、右手で先生の頬に手を当てる。やわらかく、すべすべで、張りのある肌。
親指で唇に触れればプルンと揺れ、私の手袋が赤く染まった。
「――なんて美しい」
私は右手を私の口元に運び、親指で唇をなぞると甘美な味がした。それを味わった瞬間私の心の底からゾクゾクとした快感が湧き出してくる。
あぁ、なんて素晴らしい美術品なのだろうか。これは、これだけは人目に見せるわけにはいかない。誰かの手に渡らせるわけにはいかない。
そうなる前にこの美術品は私のものにしなければならない。めちゃくちゃにして、傷をつけて、痕をつけなければいけない。
けれど美術品に傷をつけるなんてことは私の誇りが許さない。だからこそ、今日、この時間を選んだ。
23時59分、日付が変わるまであと数十秒。今まで我慢してきた時間に比べたらたいしたことがない時間なのに、たった一秒一秒が待ちきれない。
「……こないの?」
熱い吐息が私を刺激する。頭の中が真っ白になる。襲い掛かりそうになる。まだか、まだなのか。一体何秒残っているのだろうか。
「まだ、もう少し――」
「――えい」
「――なっ!?」
先生の両手が私の後頭部にまわされ引き寄せられた。そして――。
「――んっ」
「んん――っ!」
先ほど以上の甘美な味が私の口内に広がった。
「――ぷはっ」
「――なっ、なにを!?」
「……えへっ」
いたずらっぽく子供のように笑いながらも、その瞳にはどこか怪しい光が宿っている。
「悪いこと、しちゃったね」
気が付けばいつの間にか日付は変わっていた。
まったくこの人は。たとえ生徒でなくても、いや、むしろ今まで以上に人の心をかき乱すのが得意らしい。
ならば私も遠慮なくあなたの心をかき乱して見せよう。
私は今日、生徒ではなくなった。
今日のブルアカらいぶでアキラ実装お願します!
今日のブルアカらいぶでアキラ実装お願いします!!
今日のブルアカらいぶでアキラ実装お願いします!!!
よし! こんだけ願掛けすれば大丈夫だろ!
今日のブルアカらいぶでアキラが実装されるな!