ストレス拷問システムから解放された少女たちの日常を、どうかお楽しみください……。
エマ視点からです。
❀マークで視点(場面)が変化します。
――ヒロちゃん……!ボクら、また会えるよね…っ。
――君がわんわん泣くからな……。仕方ないからっ……側にいてやる……!
――ヒロちゃんも泣いてるくせにっ……。
――うるさい……っ…。
――たくさんっ……たくさん話そうね……!ボクらの時間は、まだこれからだから……!
たった一時、離れ離れになるだけ。
これが今生の別れというわけでもない。
そう遠くないうちに、また再会できる。
それなら、笑顔で送り出すべきなのに……ボクは涙を止められなかった。
やっと、本当の意味でわかり合えたばかりなのに……。
もう少し……もうちょっとだけ……。
幼い感情が次から次にぶり返してきて、一層抱きしめる力を強めてしまう。
ボクは自覚していたよりももっと、ヒロちゃんに依存していたのかもしれない。
到底人には見せられないような、ぐちゃぐちゃの顔を押し付けていると、ポンと頭に手が置かれる。
まるで赤ちゃんや幼子をあやすかのように、優しく髪を梳いていく。
それがどうしようもなく心地よくて、意識をトリップさせかけていたボクの背中が軽く叩かれた。
「……ほら、あまり迎えを待たせるのもよくない。時間に遅れるのは―――」
「正しくない、でしょ?ヒロちゃんらしいね」
思わずくすりと笑ってしまえば、ヒロちゃんも目元を赤くしながら微笑んだ。
互いの視線が交わる。言葉は要らない。それだけで十分だった。
さよならじゃない。
――またね。
するりと熱が離れていく。
深紅のメッシュが穏やかな風に靡いて遠ざかっていく。
帰ってからも、辛いことや大変なことはたくさんあるはず。
ボクはまだ不安が拭いきれていないのに、その背中はいつも通りの、正しさを背負った頼もしいものだった。
せめて、その姿が見えなくなるまでは見送りたい。
そう思っていた時だった。
本土からの迎えのヘリが、飛び立っていってしまった。
……ヒロちゃんを、乗せる前に……。
バラバラバラと、空気を裂く黒い機体はみるみるうちに小さくなって……。
黒点が彼方に吸い込まれていくのを呆然と眺めて――
「……………へっ……?」
そんな間抜けな声を出したのは、どっちだったんだろう。
ぽかんと、見たこともないような表情で固まるヒロちゃんを見ているうちに、だんだんと冷静になっていく頭は一つの推測を出してしまった。
「……もしかして、ボクのせいで……?」
ボクが、うじうじとヒロちゃんを引き留めていたから、時間切れで……?
ボクが、ヒロちゃんから帰還のチャンスを奪った……。
ボクは、また、ヒロちゃんに迷惑をかけて―――
「ヒ……ヒロ、ちゃん……」
目の前が真っ暗になりそうになる。
ユキちゃんが魔女因子を無力化してくれたはずなのに、胸の奥からドロドロとした自己嫌悪と後悔が湧き出してくる。
――やっぱり、ボクなんかがヒロちゃんと一緒にいちゃ駄目なのかな。
元の関係に……大切な友だちで、幼馴染で、大好きなあの頃の関係にはもう……。
「―――マっ……!エマ!」
「……っ…!ヒロ……ちゃん」
肩を揺さぶられて、ようやく視界の焦点が合う。
案ずるように眦を下げ、ボクを覗き込んでいるヒロちゃんを認識するやいなや、掠れた声が絞り出された。
「ごめ……ごめん、ヒロちゃん……!ボ、ボクのせいで、迎えが……」
「大丈夫だ!いや……大丈夫かどうかは私にも分からないけれど……。少なくとも、エマのせいじゃない」
「……え……?」
ヒロちゃん自身も困惑しているのか、ぎこちない動作で屋敷に備え付けられている外付けの時計を凝視して言う。
「指定された時間より、私はだいぶ余裕を持って行動していたんだ。それはあちらも同じだったはず……。まだここを発つ時間ではないんだ」
「じゃあ……どうして……」
「分からない……何か、喫緊の問題でも起こったとしか。せめて一報くらいはいれるべきだろう……正しくない……!」
ボクが引き留めたせいではない。
その事に安心したはいいものの、それならそれで疑問は残る。
ヘリの音すら聞こえなくなり、いつもと変わらない波のせせらぎが戻ってきてしばらくしても、どうすればいいのかと固まるばかりだった。
こちらに近づいてくるいくつもの足音が耳に入るまでは。
見れば、ヒロちゃんとの別れに際して、背中を押してくれたみんなが続々と押し寄せてきていた。
ボク含め詳しい出発時間を知らないから、ヘリが飛び立ったのを見て様子を見に来た……というところかもしれない。
その目がボクを――正確には隣のヒロちゃんを捉えた瞬間、当然驚愕で目を丸くしていった。
「エマくん!ヒロくんとは無事に―――ヒロくん!?」
「え゙っ!ヒロっちなんで残ってんの!?」
『あのヘリに乗る手筈ではなかったのか?』
大仰な手振りのレイアちゃんを先頭にわらわらと駆け寄ってくる面々。
そう言われても、当のヒロちゃんも想定外だと困惑している以上、ボクも首を傾げることしかできない。
ヒロちゃんが取り敢えずの事情を説明している間に、魔女裁判ですっかり身についてしまった――正確には別世界線のボクも含む――推理思考をこねくり回してみる。
とは言っても、事情を知っていそうな証人といえば、それこそゴクチョーくらいなものという結論にすぐ至る。
それはボク以外も同じだったようで……
「……あのクソ鳥なら何か知っているはず。今からでも――」
今にもゴクチョーを焼き鳥にせんという勢いのアリサちゃんの言葉を、聞き馴染みのある羽音と声が遮った。
「あ〜……皆さんお集まりで……。二階堂ヒロさんの件なんですが……」
「いいところに。ゴクチョー、これは一体どういう事なのかな?」
「そう急かさないでください……。その〜大変申し上げにくいんですが、二階堂ヒロさんの帰還は延期となりましたので……」
ざわ、と一同が驚くけれど、ボクたちはその理由も聞きたい。
ボクにとっては内心嬉しい反面、ヒロちゃんにとっては待ち望んだ機会だったはず。せめて納得できる理由が聞きたかった。
「延期?何かトラブルでもあったの?」
「まぁ……あったと言いますか、起こしたと言いますか……。エラい人の通達では、受け入れ体制の不十分が発覚したとかなんとかで……もうしばらくはこの牢屋敷で過ごすようにとのことです」
ゴクチョーの今一煮えきらない返答に、怪訝な視線を向ける。
今に始まったことではないし、ユキちゃんを追い詰めた政府と繋がりのあるゴクチョーのことだから、隠し事の一つや二つあると思う。
けれど、それを問い詰めたところでどうにもならない。
喚いたところで迎えは来ないのだから、ひとまず納得するしかないと飲み込みかけた時だった。
「……いやいや!もしかしてそれって、ヒロっちだけじゃなくて、あてぃしら全員延期って事にならない!?」
高いキートーンでゴクチョーに詰め寄ったのはココちゃんだ。
確かに、あまり気にしていなかったけれど、祖父……もとい推しに会うことを至上の命題にしていたココちゃんにとっては聞き捨てならない事かもしれない。
しかしゴクチョーは器用に羽で頭を掻く仕草をして、困ったように首を回した。
「そういう事になりますかねぇ。私としても、仕事が増えますので勘弁願いたいんですが……」
「なんとかならないのかい?」
「私に言われましても……。あぁ、そうそう。それに伴っていくつかこの牢屋敷に新しい仕組みが導入されることとなりましたので」
魔女裁判から解放されてまだ数日。牢屋敷に新たな仕組みと聞かされて身構えない者はいなかった。
ヒロちゃんが経験した世界では、事前投票なる悪辣な仕組みが導入されたこともあったらしい。
十ニ人分の睨みを意にも介してないように、ゴクチョーは淡々と告げていった。
「なんでも……送還後の生活を円滑にするために、現在の基礎的な知識や一般常識……言ってしまえば義務教育レベルの知識をこの牢屋敷で学べるようにするとのことです、ハイ」
「あ〜……なるほどね。おじさんたちはともかくとしても、魔女化してた子たちはスマホの使い方とか知らなかったし……」
ミリアちゃんの呟きがすっと頭に浸透していく。
殺し合いをするような環境にいた魔女候補を受け入れたくない、体のいい先延ばし工作……というのは流石に考えすぎかもしれない。
それでも一応は納得のいく仕組みと理由だったからか、ほっと肩から力が抜けていった。
しかも似たような取り組みは既に――
「あら、それなら私が尚更頑張らなくちゃいけないわね〜。ヒロちゃんもまだまだこっちに残るみたいだし、ね」
「……そうなるかな。私も引き続き協力するよ、マーゴ」
そう、マーゴちゃんとヒロちゃんを中心に、現代機器の使い方などを教える講座を開いていた。
十人十色な子たちを持ち前の大人っぽさでまとめ上げるマーゴちゃんは、本当にすごいと思う。
いや、もしかしたら逆らったらどうなるか分からない怖さみたいなのも………。
そう考えた瞬間、背後から背中をツーッとなぞられる。
「エ〜マちゃん♡ 何を考えてるのかしら?」
「ひゃい!?な、ななな何でもないよ!」
「ふふっ、実はね?どうしても言うことを聞いてくれない子には……ロ、ウ、ソ、ク垂らしてるのよ」
――ロウソク垂らされちゃう……!?
一瞬でも興味が湧いたのはきっと気が動転してたからだ、うん……多分、きっと、恐らく。
ボクが必死に火照った顔を振っていると、話題が脱線しかけているのを察したのか、ヒロちゃんがこれからの展望をまとめ上げる。
「……と、いうことだから、ゴクチョー。その件については私たちが独自に運営していくことにする。構わないか?」
「えぇ、勿論です。そのほうが私としても助かりますので、ぜひそうしていただけると……。あっ、必要な教材についてはすでに支給されていますので、ラウンジに置いておきました。では、私はこれで……」
言いたいことだけ言って去っていったフクロウの姿を見送り、しばらくの静寂が流れる。
短時間で色々なことが起こりすぎて、ボクも正直気持ちが追いついていない。
でも、それでも一つ確かなことは――
「う〜ん。のあ、よく分かんないけど……。ヒロちゃんとまだまだ一緒にいられるってことだよね?」
「あ、あぁ……そうなる…、かな」
「ふむ……それならば!祝いのパーティでも開こうじゃあないか!」
レイアちゃんがずびしと指を振り上げ、声高々に宣言した。
決まった……!とドヤ顔を決めているレイアちゃん。
――視線誘導の魔法なんて使わないほうが良いんじゃないかな。
そう思うほどにはみんなの注目を集めたレイアちゃんに、ボクも乗っかることにした。
「うん!ヒロちゃん歓迎パーティだ!」
「なっ…!いや、わざわざそんな事する必要は……!」
「いいんじゃないかしら?元々ノアちゃん、ヒロちゃんのお別れパーティしたがってたし、いい機会ね」
「のあ、お絵かきして飾りつけしてもい〜い?」
「勿論さ!ハンナくんと協力して大いに飾ってくれ!」
「ちょっと勝手に……はぁ……、仕方ありませんわね。大船に乗ったつもりでいやがれですわ!」
「はいはーい!シェリーちゃんは〜、出し物として林檎がパーン!ショーを開催したいでーす!」
「あっはは……食べ物は粗末にしちゃいけないよ。いや、そもそもおじさんたち魔法使えなくなったんだし!」
『わがはいは、レイアのスピーチ原稿を担当するとしよう』
「これは……ココちゃんの全国百億人の視聴者たちも大歓喜の美少女パーティ配信の予感……!」
「……ったく、仕方ねぇな。二階堂と桜羽のためだしな、手伝ってやる」
「お菓子作りなら私に任せてちょうだい。つまみ食いは一回までね」
気づけばこの場の全員が笑顔で、わいわいと話し合っている。
そんな当たり前で、心の底から夢見ていた光景が目の前に広がっている。
何より、ボクがその輪の中に入れていることが、どうしようもなく嬉しかった。
思わずじわりと滲んだ目元を拭っていると、頭に小さな拳が落ちてきた。
「……祝う側がそんな顔をするのは正しくない。エマは特に、涙が似合わないからな」
「――っ!うん!行こっ!ヒロちゃん!」
その手を取って、屋敷へと走り出す。
振り払われてきた分、二度と離してやるもんかと強く握りしめながら。
かくして、ボクたちの日常が始まった。
裁判の絶望をもたらしてきた鐘の音は、当たり前の幸福を祝福しているかのように鳴り響いて。
ボクらは、新しい一歩を踏み出した。
「……そういえば、エマっちさぁ〜。別れ際、ヒロっちになんて言われたの〜?」
「えっ……!?えっと……ね」
「なっ……!止めるんだエマ!」
「“君がわんわん泣くからな……。仕方ないからっ……側にいてやる……!”って言ってくれたんだ///」
「ひゅ〜、流石はヒロっち!」
「あらあらぁ〜、ヒロちゃんも大胆なのねぇ」
「〜〜〜〜〜〜っ///!」
「あっ……ヒロちゃん、どこに行くの?」
「……儀礼剣を取ってくる。朝に戻ってやり直さなければ……!」
「待って待って!ストップ!ヒロちゃん、死に戻りはもう出来ないんだってばぁ!」
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「……え〜っ……もしもし繋がってます?いい加減買い替えてほしいんですけどね……ガタも随分来てますし。……はいはい、通達の通りに、お伝えしましたよ」
とある地下室の一角、ゴクチョーのため息混じりの声が密かに響く。
「……えぇ、彼女らはまだ気づいていない様子ですが。まぁ、そんなに掛からないはずですよ。それにしても悪趣味ですねぇ、魔女の駆逐を建前にして……【魔女の隷属化】を目指すなんて」
処刑の時でさえ淡々としていたゴクチョーの声音が、僅かに震える。
「魔女因子……。この世界から消失したなら、“別世界の魔女候補”を利用すればいいなんて、およそ私たちが【魔女】ですね~」
肩を――羽根をすくめるように動かし、心なしか忙しなく首を回す。
「私の残業が増えるのはいただけないのですがねぇ……。あぁ、心配せずとも、既に彼女らには魔女因子を再度仕込んでありますよ。今はパーティに夢中みたいですがね。では、そちらもお元気で」
プツリと通信が切れ、腹の底からの溜息が一つ、人知れず溶け消えた。
「ほんっと、鳥使いの荒い上司ですね……。有給消化してやりたいですよ、全く」
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「――大魔女様、混ざらなくてもよろしいんですか?」
「――メルル、ユキでいいと言ってるでしょう……?」
「はっ……!うぅぅ……すみません……。私にはこの呼び方が染み付いてしまって……」
「もぅ……。いいのですよ、私は今更……あの輪の中に入る資格などないのですから……」
「そんなことは……!」
「それよりも……、なぜ私やメルルが具現化出来ているかのほうが先です。エマの……あの子たちの災いにならないようにしないと……」
また、牢屋敷のとある一角で、薄幸の魔女親娘が静かに微笑んでいた。
賑やかに飾り付けられていく大広間を、親友たちの笑顔を陰から見守るだけで十分。
そう心を落とし込んで、その場を立ち去ろうと振り返った大魔女の前に――
「あの……お二人はそこで何をしているんですか……?」
「ひゃいっ……!?」
ホラー映画よろしく、一人の少女が首を傾げて佇んでいた。
「はわわわわ……わ、私は氷上メルルと言いますぅ……」
「つ……月代、ユキ……。あなたは……?」
あまりの疑似ジャンプスケアにタジタジになっている魔女っ娘組を、鏡のような双眸が鮮明に映し出した。
「私?私は……御鏡アンナ」
丁寧に編み込まれたブロンドの長髪が、これもまた鏡のようにきらびやかに輝く。
あまりの衝撃に思考が固まったのか、メルルは微動だに出来ない大魔女様を見つめて――
――大魔女様の驚いた声……可愛いかったです……!
そう心中で両手を組み合わせるのだった
まのさばの二次創作が少ない?ないなら作ればいいじゃない!
感想、評価諸々お待ちしております。
次回は……オラッ!ユキっ!お前も幸せになるんだよッ!の予定です。アンナについてはおいおい……。