「あーもう、なんでこうなっちまったんだ。」
とあるT=/M+に分類される世界に存在する森の中、
その中で少年……鼻セレブ隊に所属するバースセイバー、櫂が一人うずくまっていた。
「ただでさえ混戦してる中、
お前が突っ走った結果だろう?」
正確に言うと一人ではなかった。
櫂のそばに猿のような怪異がそばにいた……正確に言うと彼の脳内に存在する。
「だってよ、ましら様……。」
ましら様と呼ばれた怪異は言葉の続きを待っていた。
「最初は捕まえた界賊が残した密輸品が《感染源》になる前に回収するっていう、
簡単な任務だったはずなのに現地に来たら、
界賊を捕まえた現地バースセイバーが
『我々が界賊を追った際、界賊がこの先の森で密輸品の一部を捨てた事が判明した。
本来向かう予定だった界賊のアジトには我々が向かいますので、
鼻セレブ隊はそちらの捜索をお願いします。
密輸品には紛失防止の発信機が仕込まれており場所は特定出来てますが、
人気のない場所であり、こちらで手配した応援部隊と共に向かってください。』
とか言って、急にそっちの捜索に回される羽目になったし、
急遽、宵月庵とかいう竜人やら着ぐるみやら古臭そうなロボットみたいなのが来たと思ったら、
赤黒いヒーローっぽいやつや黄色くてちょっとカッコ良さそうな女の子、
さらにいかにもアンドロイドだけどいろいろデカいお姉さんがいる部隊が来た!
と思ったんだよ……。」
「特にデカいお姉さんと仲良くなれるチャンスだと思ったんだよ!!」
櫂は自分のそばにいるましら様に向けて顔を上げながら強調するかのように声を荒げていた。
「なのに、突然熊やら狼やらと戦う羽目になって、
あのアザラシがギャリック砲、
変な着ぐるみがかんしゃく玉みたいなものをばら撒いたせいで!!」
「だから、そこで足を止めるべきだったんだ。
それに戦いが発生した場合、宵月庵とやらが優先的に対応するから、
我々は捜索の為に体力を温存していいって手筈だっただろう?
それをお前とあのアザラシが余計な事をしたせいで、
やつらも足並みが崩れてしまったのだ。」
「うぐぐぐ……。」
正論を突かれて櫂は押し黙ってしまった。
「こういう時は下手に動かない方がいい、
探している密輸品とやらの場所はわかっているのだろう?
戦闘さえ終われば、
密輸品を探す者とお前を探す者の二手に分かれて、
お前を探しに来てくれるだろう。」
「それもそうか……。」
櫂はましら様の言葉に納得し、救援の到着を待とうとした矢先、
「おやおや、こんな所で人に会えるとは?」
「えっ!?」
突然第三者の声に驚いて、立ち上がって辺りを見渡した。
「こちらですよ。」
櫂が声のする方向に顔を向けると、
フード付きのローブを纏った……俗にいう魔術師のような恰好をした男が木陰からぬっと現れた。
「だ、誰だよ……あんた?」
「気を付けろ!
こいつはこの世界の人間……いや、人であるかすら怪しい!」
「えっ!?」
櫂がましら様の言葉に驚いていると
「ひどいですねぇ!
確かに私がこの世界の人間ではないのも、
普通の人間ではないのも事実ですが。」
男はましら様の発言に対し、
わざとらしくショックを受けるようなリアクションを見せつつ、否定しなかった。
「このー……って、
ええええええええええええっ!?
ましら様の言葉が聞こえるのかよぉ!!?」
櫂は自分の能力で出現させてもない上、
本来自分の脳内にしか聞こえないはずのましら様の声が相手に聞こえた事に驚きを隠せなかった。
「ええ、聞こえますよ?
あなたはかつての私に近い存在かもしれませんねぇ……。」
「どういう……事だ?」
男の発言に櫂はさらに困惑していた。
「私はかつてただの司祭でした。
ですが、人々を守る為に邪神と戦って負けた結果、
『我に歯向かった褒美として力を分け与えよう』
といって、その邪神から力をいただきました。
それにより世界を渡り歩く力も、
ダーザインで言う……VS能力にも目覚めました。」
「分け与え……られた?」
櫂は男の発言の中で、唯一理解しやすい発言を気にしていた。
「ええ、当初は不本意でした。
しかし、力を試しているうちに、
だんだん欲が芽生えていき、更なる力を欲するようになりました。」
男は芝居がかったような仕草を見せながら櫂に語っていた。
「ですが、
あなた……その力をどこか嫌っているのでは?」
「はぁ?」
櫂は男が投げかけた言葉に戸惑っていた。
「どうやらあなたの目を見た限り、
その力のおかげでバースセイバーになれた一方、
本来自分が送る事が出来たはずの普通の生活に対し、
憧れを抱いていたのでは?」
「そ、それは……。」
「櫂、そいつの言葉に耳を傾けるな!」
ましら様は櫂に忠告しようとした矢先、
「黙りなさいっ!!!」
「ぐっ!??」
男が発した覇気にましら様が押されてしまった。
「私はこの少年に話しているのです、貴様が出る幕はない!」
「あっ……ましら様。」
櫂はましら様が男に気圧された事で、
ようやく相手が普通じゃない事が理解出来た。
「さて……君に一つ、提案があります。」
「提案……?」
櫂は目の前にいる男に恐怖を抱き始めたが、
それでも構えようとしていた。
「もし、よろしければあなたに憑いている存在を、
私が引き取ってあげましょう!
ただ……私が君に何かをあげる事は出来ませんが、
少なくともそれがいなくなることで、
普通の生活を送る事が出来るでしょう!!
………………まぁ、あなた次第になりますが。」
男は櫂に近づきながら、ましら様の引き取りを提案してきた。
「お、俺は……。」
櫂は目の前にいる男に対し、頭の中で恐怖が満たされてきた。
「よせっ!」
「はあっ!!」
ましら様が男の前に立ちはだかろうとしたが、
男が片腕を突き出すだけでましら様は硬直した。
「ただ私に『あげる』と言えば、
引き剝がしてあげましょう……さぁ、遠慮なく!!」
男は片手間でましら様の動きを封じながら、櫂に語り掛けていた。
「……こ。」
「こ……?」
男が耳を傾けるような仕草をしつつ、櫂に近づきがら聞き返した。
「こ、断るっ!!!!」
「うおっ!?」
櫂が叫びながら拒絶し、男が櫂の大声に怯んでいた。
「あんたに……ましら様を……あげるもんかぁ!」
ひとしきり叫んだ櫂は息を切らしていた。
「……交渉決裂ですか、
まぁいいでしょ……力づくで!」
男が片腕をましら様に向け続けていたがもう片腕も交えた瞬間、
両腕が宙に飛んでいた。
「えっ!?」
同時にどこからフック付きローブが飛んできて櫂をぐるぐる巻きにし、
「うわああああああっ!!?」
そのままどこかへ引っ張られて行った。
「き……さ……ま!!」
男はフードから覗き見える血走った目を向けた先には、
赤と黒の装備を纏ったヒーローがいた。
「ヴィクター・アンダーウッド!!」
「久しぶりだな、サイコ……。」
ヴィクターと呼ばれた男の両手には血の付いたナイフが握られており、
先程男……改めサイコの両腕を切断したのは、
ヴィクターが繰り出したすれ違い様の斬撃だった。
「そして……ワンダースケア!!」
サイコが次に目を向けた先にいたのは、
迷惑系ヒーローな着ぐるみのワンダースケア、
そしてワンダースケアの左腕に櫂が抱えられていた。
「さぁ、俺様が来たからには安心しろ!」
ワンダースケアは櫂にそう言いながら、
フック付きローブを解きながら地面に降ろした。
「あ、あんた……。」
櫂はあまりの一瞬の出来事に茫然としていた。
「これでハチの巣だよ!!」
女性の声と同時に銃声が響き渡った。
直後に両腕に装着されたマシンガンから銃弾を放ちつつ、
両足でホバー移動しながらワンダースケアと櫂の前に移動してきたのは、
櫂が宵月庵の中で一番お近づきになろうとしたアンドロイドのアイヴィーだった。
「いくぞ、ドット!」
「了解、チャージ完了……ハウンド砲、発射!」
「おのれええええっ!!?」
立て続けに竜に変身した宵月庵隊長代理のゴルドーによる熱線、
更に代理ヒーロードットが騎乗するハウンドベアの口に当たる箇所の砲口から放たれるエネルギー砲が、
アイヴィーのマシンガンによる直撃で動きを封じられたサイコを飲み込んでいった。
「いやーあれはかなり痛かったですね。」
次の瞬間、まったく別方向からサイコが何事もなかったかのように現れ、
その場にいた全員が再び構えだした。
ワンダースケアは櫂を守るかのように前に出て、
左腕のフックショットのアタッチメントを取り外して大砲に戻しながら砲身を向け、
「サイコ……お前、彼に何をした?」
ゴルドーは竜人の状態で拳銃を構えながらサイコの目的を聞き出そうとした。
その一方、アイヴィーはサイコの額と心臓に向けてマシンガンを撃ち続けていた。
「今回はこの世界で密輸を得意とする界賊に、
注文していた品を受け取るだけだったのですが、
どうやらダーザインが邪魔したみたいなので、
代わりにたまたま出会った彼に憑いている邪神を引き取ろうと思ったのですが……。
またしても、邪魔してくれましたねぇ……。」
サイコはアイヴィーに撃たれながら、ゴルドーに今いる世界での目的を語っていた。
「ところで流石に痛いんですけど!?
いくら私が死なないからといって、
流石に痛覚くらいありますからねぇ!!?」
サイコはアイヴィーに向かって怒っていた。
「ちぇーわかってはいたけど、流石に死なないかー。」
アイヴィーはちょうどマシンガンの弾が尽きたので、マガジンの交換をしていた。
「にしても、ワンダースケア。
宵闇竜事件の時といい、
あなたはいつも肝心なとこで手痛い邪魔をしてきますね……。
最初はただの道化と思っていましたが、
こう何度も邪魔をされるとは認識を改めなければなりませんね。」
続いて、サイコはワンダースケアに対し、憎しみを抱くような声色で抗議していた。
「ヘッ、世界を滅ぼすような悪党の思い通りなんざ、させねぇよ!
っていうか、てめー……今の今まで俺様を過小評価してんじゃねぇよ!!」
ワンダースケアは左腕の大砲を構えながらも、サイコに啖呵を切っていた。
「……仕方ありません、
今回は手を引かせていただきます。
ゴルドー……あなたとはまたいずれ……という事で!」
サイコは最後にゴルドーを見ながら地面に溶けるかのように消えていった。
その後、周囲にサイコの存在が確認できなかった事、
さらに櫂以外の鼻セレブ隊と宵月庵のザルトパッチが、
探していた密輸品を発見・回収したのでひとまず合流した。
「お前なぁ!」
「ったくよ……確かに俺様のかんしゃく玉を投げる時に、
てめーが突っ込んだせいで手元が狂っちまっ、ごふっ!?」
「まぁまぁ……今回はうちのバカもやらかしたのもありますので、
彼を強く責めないであげてください。」
テツが櫂を叱ろうとした矢先、
ゴルドーがワンダースケアの後頭部を叩きながら諫めていた。
「せやな、
今回はお互いにやらかしたからおあいこって事やな。」
「いや、アンタのそれも原因だから、
2:1でうちが悪い事になるからね!」
アザラシが納得している横でハルが頭を抱えながらツッコミを入れていた。
「じゃあ、賠償金という事で今回の報酬でそっちが受け取る予定の報酬のうち、
3割くらい俺様に直接……。」
「………………。」
「あ、いえ、何でもありません。」
ワンダースケアがちゃっかり鼻セレブ隊に強請ろうとした瞬間、
ゴルドーが睨みを利かせていた。
「……さっき現地バースセイバーから、
『界賊のアジトから密輸品の回収に成功、
特殊なアタッシュケースが結界の役割を果たしていた為、
幸いにも《感染源》になってなかったので、
本部から来た応援できてくれた別の回収班に引渡し済。
密輸品は元の世界に戻してそれぞれの世界に処遇を委ねる事に。
そちらの密輸品も問題が無ければそのまま持ち帰って、
先にカノニカル本部に帰還している回収班と合流し、
密輸品を引き渡してください。』
という連絡が入った。」
ヴィクターが現地バースセイバーからの報告をゴルドーに伝えた。
「わかった……。
我々もそのアタッシュケースをカノニカル本部に持ち帰るとしよう。」
「ところで密輸品とか言ってたが、中身は何やろうな?」
ゴルドーが撤収を指示しようとした途端、
アザラシはザルトパッチが持っているアタッシュケースに興味を示していた。
「今回、あの『サイコ』が取引相手だった事から、
大方よその世界にある邪神やそれに相当する存在に関わるアイテムだろう。
例えば、封印に使われた呪術の道具や怪しい魔術書、
下手な人間が持ってると不吉な事が起きそうな何か、
あるいは表に出るだけで何かの争いを引き起こしかねない危険な……。」
「ほな、さっさと返しにいこか!」
ゴルドーがアタッシュケースの中に入っている物を予想していると、
アザラシはすぐさまザルトパッチから距離を取っていた。
「世界相的な問題かわからないが、
俺やアイヴィーはどうにも呪いの事なんざ、
気にならないが……そんなに引くほどか?」
ザルトパッチは呆れるような目線をアザラシに向けていた。
「そういや、気になってたが『サイコ』ってやつ……何者なんだ?
こっちは『宵月庵が追っている界賊』ってぐらいしか知らないが……。」
「……そうですね。
今回ヤツがそちらの隊員に接触してきた以上、知るべき……か。」
ゴルドーがテツの質問をきっかけにサイコの説明を始めた。
「通称、『邪神狩りのサイコ』。
邪神を復活させてその見返りに力を得る事を目的としており、
その為に人々の争いを裏で煽動させたり、
現地世界における封印の解除や破壊等を行ったり、
更に邪神を相まみえた際、
基本的に取引という形で力を入手しようとするが、
場合によっては強引に力、もしくは存在そのものを奪うこともする。
世界そのものに対する被害をまったく顧みない結果、
いくつもの世界を滅ぼした実績を持つ事から、
ダーザインから要注意人物としてマークされており、
我々宵月庵は追跡・調査対象として追っています。
……もっともヤツは神出鬼没なので、
普段はよその部隊のお手伝いをしていますがね。」
「『邪神狩りのサイコ』……目的の為なら、
周りどころか世界がどうなろうと知った事ではない、とか恐ろしいやつだな。」
テツは煙草に火をつけながら、
ゴルドーが語った敵の経歴に対する感想を述べていた。
「……あれ、櫂?」
ハルがふと櫂を見ると、
「………………お。」
「お?」
「俺……何も知らなかったとはいえ、
そんな……やべー奴に啖呵切ってたって事?」
櫂は今になって、想像もできない程恐ろしい存在を相手にしていた事に、
衝撃を隠しきれずガタガタと震えていた。
「俺達が間に合ったとはいえ、
やつを相手にして生き残れたのは本当に奇跡と言える。
その一方、遠目で見ていたが、
奴もまたあんな風に拒絶されるとは予想しなかったのだろう。
無知も罪になるとは限らないものだな……あ、そうだ。」
ゴルドーが櫂の応対に関心していた矢先、
何かを思い出したかのように懐から1枚の書類を取り出した。
「一応、さっきの話や我々が知っている外見等の情報を、
簡単にまとめたビラのようなものです。
ひとまず、隊長であるあなたに」
ゴルドーがアザラシに渡した途端、
「お、ちょうどいい所に……ブーーーーーッ!」
アザラシはゴルドーから受け取ったビラを"鼻紙"代わりに使って鼻をかんでいた。
「えっ!?」
「うわっ!?」
「なっ!?」
「ええー。」
周りにいた何人かが口々にアザラシの奇行に引いていた。
「いやーこの森は花粉まみれで助かったわ、
ちょっとゴワゴワしてたけどありがとな……。」
アザラシはゴルドーに礼を言いつつ、"使ったビラ"をその辺に捨てていた。
「………………。」
ゴルドーはしばらくアザラシを見つめた後、
「詳細資料は後で送らせていただきます。」
ゴルドーは絵に描いたような営業スマイルを浮かべつつ、
テツに迫りながら伝えた。
「は……はい。」
テツはゴルドーから感じる圧に押されつつ、返事をした。
「そうだ、これだけは聞いておきたい。
またサイコがこいつが狙ってくる事は……?」
テツが慌てて櫂を指し示しながら、ゴルドーに質問を投げた。
「……少なくとも、
一度諦めた獲物は再び狙ってくることは早々ありません。
特定の獲物を固執するよりもダーザインの監視が行き届いてなかったり、
そもそもダーザインがまだ接触できてなく、
それでいて、邪神が存在する世界を探す事を優先するでしょう。」
ゴルドーは櫂を見ながらテツの質問に答えると、撤収の準備を始めた。
その後、密輸品を回収班に引き渡し、
カノニカル本部で解散した鼻セレブ隊は事務所に戻っていた。
「お、早速宵月庵からサイコの資料が送られてるな……。」
テツが宵月庵からメールで届いたデータの中身をざっと確認していた。
「いやーあのゴルドーってやつ。
隊長代理とか言ってるけど、
絶対昔はヤバい事やってたよね?
大方、組織のボス辺り。」
ハルはゴルドーの印象を語っていた。
「ああ、あってるぞ。」
「えっ……?」
テツが即答している事にハルは驚いていた。
「やつは何でも、
自分の世界で秘密結社の首領をしていたらしい。」
「秘密結社?」
「世界の腐敗を正す事を目的とし、
当初は政治家や企業の不正の証拠をリークする程度だったが、
次第に腐敗した人間や組織を裁く目的で、
"世界"と戦う覚悟で襲撃事件を起こす過激派組織になってたらしい。」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「さっき届いた資料に一緒に書かれてた。」
「なんでまた?」
「どうやらサイコは、
その秘密結社宵闇で創設時からの幹部として、
大きく関わってたらしい……。」
「うわーサイコも怖いけど、
ゴルドーも大概だね……アタシ達が普通に接している時は大丈夫だろうけど。」
「ほな、普段通りで問題ないか……。」
「アンタが言うな!」
「お前がゴルドーが渡したビラをティッシュ代わりにした時、
宵月庵の連中はもちろん……俺達ですら、
あいつがあの営業スマイルから内心ブチ切れてるオーラが出てたのを気付いたのに、
お前は気付かなかったのか……!?」
「………………。」
テツとハル、そしてアザラシが話している横で櫂は物思いにふけっていた。
「ましら様……俺、本当に危なかったんだな。」
「ああ、わしは姿を現してないのに金縛りの類を仕掛けてきた。
それでいて、お前には一切手を出さなかった。
そんな芸当をするなんて思いつきもしなかった。
……恐ろしい事にわしの千里眼には一切やつの存在が見えなかった。
ようやく見えたのは……お前が拒絶した途端、
やつはお前を殺してでもわしを奪い取ろうとする時だけだ。
今回は宵月庵の連中には感謝しておかないとな……。」
「……俺さ。」
「あの時、
もしお前がわしをやつに『あげる』と言っても、
仕方ないと思ってた。」
「え……?」
櫂はましら様の言葉に目を開いた。
「わしが手も足も出ない相手を前にして、
命惜しさからわしを差し出しても仕方ない。
わしの千里眼を超えた相手が現れたからこそ、そう思っていた。」
「ましら様……。」
「お前がなぜ、やつを拒絶したのか。
その理由……今は聞かないでおこう。」
「なんで」
「お前の心の中とわしの想像と違うのかどうか、
その答えをお前の運命を通して、知りたいからだ。」
「おい、櫂。
いつまでもボーっとしてないで、自分の分の報告書を書け!
ただでさえアザラシと一緒に宵月庵に迷惑かけた上、
向こうが探している界賊と接触までしたんだ!
普段はともかく、
今回はよその部隊に提出する報告書だから、
こればっかりはちゃんと書かないとマズいからな!!」
「ちょ、もう少し俺の心を休める時間くらい」
「いいから、手を動かせ!!」
「ひええええっ!」
「これだから面白いんだ。」
ましら様はテツに引っ張り出される櫂を見て笑いながら見守っていた。