ダーザインの所有する敷地内の一角に存在しているユニオンハウス「バッセのアトリエ」。
1Fにある戦闘訓練室にて、剣戟の応酬を繰り出す男女がいた。
「ぐっ!?」
男はガルドス、宵月庵に所属する傭兵だが、やや劣勢のようだ。
「そらっ!」
女はハル、鼻セレブ隊に所属する自称便利屋でガルドスを押していた。
「その程度?」
「な……わけ、あるかっ!」
挑発するハルに対し、ガルドスは剣を強く握り直すと刃全体が紫色に鈍く輝きだした。
「ん?」
ハルがその光に興味を示した途端、目の前にいたはずのガルドスが消えた。
「あれっ?」
ハルは慌てて剣を構えながら辺りを見渡すが、
「あっ、そっちか。」
ハルが向きを変えたと同時に、
ガルドスが先ほどまで剣が放っていたのと同じ光を全身に纏って斬りかかろうとしていた。
直後、ハルは自分の剣が弾き飛ばされる直前に手を放し、
人差し指と中指を突き出し、ガルドスの喉元に……届く前にガルドスは左掌で庇っていた。
しかし、ガルドスの表情はかなり苦しそうなものだった。
「そこまで。」
第三者からの掛け声で二人は構えを解き、ハルは弾き飛ばされた剣を回収してからそれぞれ剣を鞘に納めた。
「両者とも、いい動きだった。」
VRモードが解除された中、ガルドスと同じ宵月庵の仲間であり、
先程の掛け声の主であるヴィクターが二人を称賛しながら現れた。
「素晴らしかったです!」
「へー二人ともやるねー。」
「ええ、試合やったわ。」
そこに見学してた太刀花双輪華の太刀花藍は拍手しながら、
その姉の凛はそこそこ興味津々に二人の打ち合いを見学し、
逆に鼻セレブのアザラシは大して興味なさそうな様子でポテトチップスを食べていた。
ガルドスはヴィクターから、ハルは藍からそれぞれ飲み物を受け取って、一口飲んだ後、
「同じ宵月庵でも、
地味にアンタとは絡みがなかったけど、思ってたよりもやるわね。」
「それはどうも、オレはマリィやドットとは違って、
そこまで積極的に顔を出すのは好みじゃない。」
ガルドスはぶっきらぼうにハルに返事をした。
「あー、これだから彼女持ちは余裕だねぇ。」
「ほーんとそうだねー。」
ハルと凛はガルドスを揶揄するかのようにはしゃいでいたが、
「それはそうとさ、アンタの剣ってさ。
何か変わってるわね?」
ハルはガルドスが先程鞘に納めていた剣に興味を示していた。
「ヌグワズを、か?」
ガルドスはハル達に見えるように自身の剣を横に持ち上げた。
「吸剣ヌグワズ、だったか?」
「ああ、こいつは血や魔力を吸収する事で自ら強くなり、
時には使い手であるオレの動きを支えようとする。」
ヴィクターが剣の名前を言うと、ガルドスが説明を始めた。
「さっき見てた限り、
確かに剣が放った光がアンタの全身を包んで、
動きが大分早くなったけどさ……結構無理してない?」
「あ、お姉さまもそう考えました?」
凛の指摘に対し、藍も合点がいったかのようだった。
「……確かに、動きを支えると通り越して、
たまに、いや、かなりオレの体の都合を考えない無茶をやらされる。」
ガルドスは苦い顔をしながら、ヌグワズを見つめていた。
「それにアンタの剣術、
少なくとも、その分厚い刃渡りで重みのある剣でやるには向いてないでしょ?」
凛が思い切って指摘すると、ガルドスは目を見開いていた。
「確かにお前の剣の使い方を何度か見た事あったが、同感だ。」
ヴィクターも話に入って来た。
「確かに、俺の師匠……クィンザムはお前達みたいなもっと細い剣で戦ってたよ。」
ガルドスはヌグワズを近くのベンチに置きながら、指摘に対する答えを話した。
「オレは農村に捨てられた孤児だったが、
いつまでも世話になるわけにはいかないからさっさと独り立ちする為に、
村にやってきた流れの傭兵だった師匠に何度も頼み込んで、
剣術を教えてもらったが、
流石に練習用の木剣すら村にはなかったから、マチェットで練習してた。」
「ええー仮にその師匠が使ってたのが刀だったとしても、
木刀ではなく、鉈で練習してたって事?」
「概ね、その通りだろうな。」
凛は自分達が理解しやすい例えで聞くと、ヴィクターは頷いた。
「ああ、向こうも最初は暇つぶし感覚でやって、
匙を投げる様ならそのまま放っておくつもりだったみたいだ。
だが、オレの諦めの悪さに向こうも折れて、
ちゃんと練習には付き合ってくれただけでなく、いくつか技も教えてくれた。」
「さっきのも?」
ハルが自身に仕掛けた技を思い返していた。
「ああ、そうだ。」
ガルドスは飲み物を一気に飲み干しながら答えた。
「剣術はわかったけど、そのヌグワズってやつは?」
「これはかつて師匠との練習に使って、そのまま傭兵として持ち出したマチェットだった。
だが、マリィと一緒に旅をしていくうちに、
出くわした強敵との戦いで折れてしまって、
その際、助けた鍛冶師の息子がお礼として合金を使って修復した結果、ヌグワズになった。」
ガルドスはヌグワズを手に入れた経緯をハル達に説明しながら、鞘から抜いて見せた。
「こいつに使われた合金ってのは、
枯れた土地でしか見つからない、周囲の生命力を吸い取って自らを強化する鉱石で出来ている。」
「周りの命を吸い取るって……ガルドスさんは大丈夫なんですか!?」
「ああ、合金に加工された時点で使い手には問題なく、
血や魔力を与えるだけでいいみたいだ。
おかげでこいつに血が付着しても、すぐに吸収するから血を拭う必要はない。」
ガルドスは藍の疑問に答えながら、抜き身の状態で見えるようにベンチに置き直した。
「あ、『血を"拭わなくて"いい』から『ヌグワズ』って事?」
「そういう事だ……当初、この剣に名前なんて付けてなかったが、
ダーザインの窓口になってるドラクル傭兵団の団長、
早い話オレの上司が、
『普通ではない武器である以上、名前を付けておくべきだ』
っていうから、名付けてもらった。」
「それにしても、安直ね。」
ガルドスからヌグワズの命名の由来を聞いた凛は呆れていた。
「ふーん、ちょっと持ってもいい?」
「ああ、いいぞ。」
ガルドスから承諾を得たハルはヌグワズをヒョイと持ち上げながら、周りから距離を取ると軽く素振りしてみた。
「打ち合ってて、思ってはいたけどこれ、かなりの業物じゃん……ん?」
ヌグワズが光ったと同時にハルは辺りを見渡していた。
「どうした?」
「いや、なんか『カッテに売ルナ』って聞こえたんだけど、誰の声?」
ハルはヴィクターの声掛けに答えつつ、声の正体を探ろうとしていた。
「あーヌグワズだな。」
「「「ヌグワズの?」」」
ガルドスが頭を掻きむしりながら答えると、ハル、藍、凛が反応した。
「実はそれを手にしている間、
こいつの……ヌグワズの声が聞こえるようになったが、
いつもはだいたい『血をヨこせ』だの、
『早ク、斬ラセロ』だの片言でうるさいくらい聞こえるんだ。」
「確かに現在進行形で『テンバイ反対』だの、
『イマのケンにドウジョースル』なんて聞こえるけど。」
「そこまで饒舌なのは初めてだな。
マリィがヌグワズに興味を持って持ったときは一切反応がなかったんだが……。
とにかく、そいつは意思を持って、オレを支え……時にオレを配慮しない形で勝手に体を動かそうとするんだ。」
ガルドスはハルを始めとした全員にヌグワズについて説明していた。
「ちょっとアタシにも触らせて!」
「あいよ。」
凛が興味津々でハルからヌグワズを受け取った。
「……『手入レを任セルのはマダイイガ、ザツに使ワレルのダケはカンベン』……ほう?」
凛が淡く光るヌグワズに対し、ほんのり額に青筋を立てた。
「お姉さまが戦いで刀を雑に使う事はあるそうですが……もしかして。」
藍は凛からヌグワズを取り上げる形で手にすると、
「『腕はイイ、アトは体躯トチカラノ問題』……やはり持っている人が自身の使い手にふさわしいかどうかを、
使い手の心を読んで、というよりも見て、確かめようとしてますね。」
藍は分析しながら、ヌグワズをベンチにそっと置いた。
「なるほどマリィは剣なんて使った事ないから、
自分を使わせる価値がないから、持っても黙ったままなのか。」
ガルドスは藍の考察を聞いて納得していた。
「ほな、わてにも触らせてくれ。
案外、眠れる才能を開花するチャンスが」
「そんなのあるわけないだろうけど、
せめてそのポテチの塩まみれの手をどうにかしてから。」
ポテトチップスを食べ終えたアザラシがヌグワズに触ろうとし、ハルが止めようとした途端、
ヌグワズが一人でに宙に浮いて、
「アバーーーーーーーー!?」
腹の部分でアザラシの顔面を叩いた。
『てめぇの中に流れる不摂生まみれの血なんざ、
たとえオレが飢えてようが、こいつが絶対斬るといっても、いらない!』
全員の中にテレパシーのような声が鳴り響き、ヌグワズはベンチの上にゴトンと音を立てて落ちた。
「……これは流石に初めて見た。」
全員が呆気にとられる中、最初に口を開いたのはガルドスだった。
「うわーあんた、ヌグワズに拒絶されるなんて相当だよ?」
「なんでや、わてのプリチーなわがままボディの何がアカンのや?」
「まずはその食べかすまみれのお腹をどうにかしてからにしな。」
ハルはアザラシが先程ヌグワズに顔面を叩かれて赤くしながらも、ポテトチップスを食べた手を自分の腹の毛で拭いている様子に呆れていた。
「ヌグワズって、剣の形をした……って事だよね。」
「お姉さまの考えている通りだと思います、
ですが……結局、ガルドスさんを認めているんだと思います。」
凛と藍はヌグワズについて、結論を語っていた。
「まぁ、もしこれを従える奴がいるなら喜んで譲ってやってもいいが……いそうにないな。」
ガルドスはベンチに置かれたヌグワズを拾い上げて、手入れを始めた。
「次は俺も模擬戦をしたいが……。」
ヴィクターは手持ち無沙汰になってしまった。