ギルド長が過保護すぎる   作:ピロリ菌ex

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牡蠣があたって死んでました。
遅れてすいません。

どぞ。




8.終局

 

 

「……ここは」

 

 松明の炎が照らす長い廊下。その先には、巨大な格子戸が落ちるように閉ざされていた。

 

「知ってるのか?」

 

 ヘッケランが隣を歩くアルシェへ視線を向ける。アルシェは周囲を見渡しながら、小さく頷いた。

 

「似た場所を知ってる。帝国の闘技場」

 

「なら、奥は競技場(アリーナ)ですね」

 

「だろうな。ここに転移したってことは…………そういうことだろうな」

 

 ヘッケランは苦い顔を浮かべる。

 つまり"闘技場に出ろ"ということだ。そこで待つものは想像もつかないが。

 

 フォーサイトは覚悟を決めて格子戸に近づくと、巨大なそれは勢いよく持ち上がった。

 

 潜り抜けた一行の視界に映るものは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所。さらに客席には溢れ返りそうなほどの動像(ゴーレム)が並べられていた。

 

「外?」

 

 イミーナの声に他の三人も反応する。つられるように空を見上げると、そこには満天の星々と夜空が広がっていた。

 

「外に転移したってことか?」

 

「なら、飛行の魔法で逃げれ──」

 

「とあ!」

 

 希望を抱いたアルシェの声を遮るように、掛け声とともに貴賓席があると思われるテラスから跳躍する影が一つ。

 高所からの飛び降りだというのに、軽やかに着地するその影は自慢げな表情を見せた。

 

 そこに降り立ったのは闇妖精(ダークエルフ)の少年。

 

 フォーサイトの面々は驚きと警戒で声が出せないなか。

 

「挑戦者入ってまいりましたぁあ!!」

 

 握った棒状のものに声を掛けると、何倍にも増幅された声が闘技場に響く。

 少年の明るい声に合わせて、どんどんと闘技場全体が振動を始める。それは今まで一切動いてなかったゴーレムたちが足を踏み鳴らしているためだった。

 

「挑戦者はナザリック地下大墳墓に侵入した命知らずの愚か者達四人!そして、それに対するのはナザリック地下大墳墓の主、偉大にして至高なる死の王。アインズ・ウール・ゴウン様!」

 

 少年の高らかな宣言と同時に、向かい側の巨大な格子戸が重々しい音を立てて持ち上がる。

 薄暗い通路の奥から姿を現したのは──骸骨。一切の肉を持たない白骨の頭部、その空虚な眼窩の奥には、赤い炎が揺らめいていた。

 

「おおっと!セコンドにはアインズ様と共にこのナザリックを統べる、もう一人の至高なる御方!深淵より這い出でし可憐なる姫!トンヌラ様のお出ましだぁぁぁああ!!」

 

 圧倒的な死の化身である骸骨の後ろから、その骸骨よりもさらに巨大な、四本の腕を持つ氷の蟲のような異形が続く。だが、ワーカーたちの目は、その異形よりも"肩に乗る存在"へと釘付けになった。

 

 フリルがあしらわれた可愛らしい服に身を包み、片手には白い猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。頭部からは緑色の触手がゆらゆらと揺れ、羊のように横に割れた金色の瞳が、どこか緊張したようにフォーサイトの四人を見つめていた。

 

 おそらく少年が紹介した"可憐なる姫"とは、この幼い少女のことなのだろう。

 

「さらに側には守護者統括アルベド!そしてコキュートスもいるぞぉ!」

 

 絶対的な死のオーラを放つアンデッド。その隣に控える、絶世の美女と巨大な四本腕の蟲。そして、蟲の肩に乗る、ぬいぐるみを抱いた奇妙な幼女。

 

 あまりにもアンバランスで、常軌を逸した光景。

 フォーサイトの四人は自分たちは今、一体何を見せられているのか。これからなにが起きるのか、嫌な汗が止まらない。

 そんな硬直した空気の中、アルシェがポツリと絞り出すように口を開いた。

 

「……申し訳ない、私のせいでこんなことになった」

 

 自分が原因だと思い込むアルシェ。

 

「いやいや、この娘っこは何を言ってるんですかいなって」

 

「ですね。皆で決めて選んだ仕事です」

 

「そーいうことよ。気にする必要なんかないわ」

 

 ヘッケランが軽く笑い飛ばし、ロバーデイクが優しく微笑み、最後にイミーナがアルシェの頭を撫でた。

 

「さて、まずは無理だと思うが対話してみるか」

 

 先頭の骸骨──アインズが手を振るう。

 瞬間、地鳴りのように闘技場を揺らしていた全てのゴーレムの足踏みがピタリと止まる。耳鳴りがするほどの、冷たい静寂が戻る。

 

 唾を飲み込みながら一歩踏み出すヘッケラン。

 まずは真摯な態度で、礼儀正しく一礼をした。

 

「まずは謝罪させていただきたい。アインズ・ウール……」

 

「……アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

「失礼、アインズ・ウール・ゴウン殿」

 

 アインズは動かない、その先の言葉を待っているように。

 

「この墳墓にあなたに無断で入り込んだことは謝罪いたします。許して頂けるのなら、それに相応しいだけの謝罪金として金銭をお支払いしたい」

 

 ヘッケランが懸命に言葉を紡ぐ。

 だが、しばしの沈黙ののち。

 

「お前たちはあれか?家に置いてあったものに蛆がわいた時、殺すのではなく外に優しく解放するようなことをするのか?」

 

 明らかに不機嫌な、苛立ちを含んだ低い声だった。

 

「いや、蛆は産み付けた親蠅が悪いと言えなくもないが、お前たちは違う。金銭欲というくだらない欲望を満たすために、この墳墓を襲撃した」

 

「いや、実はやむ得ない理──」

 

「やめろ!」

 

 闘技場の空気を叩き割るような、強烈な一喝。

 

「嘘を口にして私を不快にするな」

 

「もし、許可があったとしたら?」

 

 ぴたりと凍りついたようにアインズは止まる。

 

 そして後方の少女──トンヌラも金色の瞳を丸く見開き驚いている。

 

 明らかな動揺。

 

 ヘッケランの口から出た何気ない一言が、万事休すと思われたこの絶望的な状況に、一筋の希望をもたらした。

 相手がこれほどまでに反応を示す以上、これを利用しない手はない。ヘッケランは己の直感に賭け、腹を括った。

 

「……下らん、あまりにも下らん。完全なブラフだ」

 

 アインズは低く唸るように否定する。

 

「真実だとしたら?」

 

「いや、いいや、ブラフだ。絶対にあり得ない……」

 

 骨の手を固く握りしめ、空虚な眼窩に浮かぶ赤い炎が、怒りとは別の感情で激しく揺れ動く。

 

「……だか、しかし」

 

 アインズはゆっくりと後方へ首を向ける。

 その視線の先には、同じく現実世界からこのナザリックの転移に巻き込まれた、たった一人の仲間──トンヌラ。

 

「……念のために聞いてやろう、誰が許可を出した?」

 

「あなたがご存知じゃないんですか、彼を」

 

「……彼?」

 

「名前までは言っておりませんでしたよ」

 

 ヘッケランは思考をフル回転させる。

 どんな人物を騙るべきか、目の前の骸骨と、そして後ろの幼女。二人の雰囲気を探りながらヘッケランは慎重に口を開いた。

 

「なかなか大きな化け物の外見をしていましたよ」

 

「大きい?……それはどんな外見だ、言ってみろ」

 

「て、テカテカしていましたね」

 

「テカテカ……うむ」

 

 考え込むアインズに、ヘッケランはまた一つ乗り切れたと内心で息を吐く。そして、周囲の様子を目だけを動かして確認する。

 探すのは脱出ルート。

 情報が確定するまで手は出してこないと願いたいが。

 

「それで、どんなことを言っていた」

 

「その前に、私たちの安全を約束してください」

 

「……お前たちが本当に仲間たちの許可を受けたのならば、無事は保証される。心配することはない」

 

 ──仲間。

 ヘッケランは手に入れた僅かばかりの情報を組み立てる。

 

「お前に会った者は、なんと言っていたか聞かせろ」

 

「………"ナザリック地下大墳墓にいる、アインズによろしく"と言ってましたね」

 

「アインズ?」

 

 アインズの動きが止まる。

 

「アインズによろしくと言ったんだな?」

 

 もう後戻りは出来ない。

 

「ええ」

 

「フッ、フフフフ………フハハハハハ!!」

 

 突如としてアインズは高らかに笑い出す。

 だが、その笑いに歓喜の色は微塵もない。闘技場全体に響き渡るその声は、純粋な殺意と激しい怒りに満ちていた。

 

「まぁ、そうだな。冷静に考えればあまりにも破綻している話だったな」

 

 空虚な眼窩に灯る赤い炎が、怒りで燃え盛るように肥大化する。

 

 

 

 

クゥ、クズがぁあああああああ!!

この俺がぁ、俺と仲間達が、共ににぃぃぃいいいいい!!

共にぃい作り上げた俺達の、俺達のナザリックに土足で入り込みぃい!

さらにわぁあ!友の、俺の、最も大切な仲間の名を騙ろうと!

糞がぁあアアアアア!!!!

 

 

 

 

 アインズが激しく叫ぶ。

 

 その怒りは永遠にも思われたが、しかし、急激に静まりかえる。

 

「……などと激怒したが、別にお前たちが悪いわけではない」

 

 突然の変貌にフォーサイトは理解が追いつかない。

 

「生き残るために必死に噓を吐いたのだろうからな。正直言って私の今なお燻る怒りは……我が儘だな」

 

 アインズは再び振り返ると、守護者たちとトンヌラに頭を下げる。

 

「お前たちには情けない姿を見せたな、すまない」

 

『ッ!?』

 

 絶対の主が自分たちに頭を下げたという異常事態に、守護者たちは目に見えて動揺する。

 

 そんななか、トンヌラはむすっとした表情で。

 

「アインズさんは、悪くないですよ」

 

「トンヌラ君?」

 

「わるいのは、ウソをついたあいつらだもん」

 

 触手がトンヌラの不機嫌さを表すように、激しくうねり始める。そして金色の瞳が、爛々と鈍い光を放ちながらフォーサイトの四人を睨んだ。

 

「ウソつきは、きらい。……せんぱいをきずつけるヤツなんか、だいっきらい!!」

 

 手を掲げるトンヌラ。

 

 その瞬間、フォーサイトの四人は先程のアインズの怒りとはまた違う、まとわりつくような不気味な悪寒に包まれた。

 目に見えない、ぬるぬるとした無数に這う何かが、足元から這い上がってくるような、理屈ではない根源的な恐怖。

 

「トンヌラ君ッ!」

 

 アインズの鋭い制止の声が響くと同時、掲げられたトンヌラの小さな手が、すっぽりと大きな白い骨の手に包み込まれた。

 

「え……?」

 

 アインズはトンヌラの前に立つようにして、その発動しかけていた凶悪な魔法をそっと下ろさせる。

 

「待つんだ。君が私のために怒ってくれたことは、本当に嬉しい。……だが、こんな下等な嘘つきどものために君の手を汚す必要はない」

 

「でも……!」

 

 不満げに頬を膨らませるトンヌラに、アインズは冷酷な響きを帯びた声で続けた。

 

「それに、こいつらにはまだ『使い道』があるからな」

 

「……分かりました、アインズさんがそう言うなら」

 

「ありがとう」

 

 そう言うとアインズはフォーサイトへと向き直る。

 

「さて、待たせたな」

 

 それは先ほどの慈愛が満ちた声とまるで違った。

 一切の感情が排除された、死神がただ業務として命を刈り取るような、平坦な響きだった。

 

「薄汚い盗人として処理してやる」

 

 アインズが纏っていたガウンを脱ぎ捨てる。

 直後、虚空から引き抜くようにして一本の剣と盾を召喚し、戦闘姿勢をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、アインズさんすごいなぁ。本当に戦士みたいだ」

 

 魔法職であるはずのアインズが、熟練のワーカーチームを相手に一歩も引かず近接戦闘を繰り広げている。その姿にトンヌラは目を輝かせて身を乗り出した。

 

 まぁ、単純にレベル差が凄いだけなのだが。

 

「確か、外で『英雄モモン』を演じてきた戦士としての経験が、どれくらい通用するか試してるんだよね?」

 

「ハイ」

 

 トンヌラの無邪気な問いかけに、コキュートスが冷気を漏らしながら深く頷いた。

 

「以前ヨリモ格段ニ動キガ良クナッテオラレマス」

 

「へぇ、コキュートスから見ても良いんだ」

 

「恐レ入リナガラ、純粋ナ戦士トシテ見レバ、マダ粗ガ目立チマスガ……シカシ、至高ノ御方自ラガ未知ノ領域ヲ探求シ、研鑽ヲ積マレル御姿、誠ニ素晴ラシク思イマス」

 

「うんうん、やっぱりアインズさんはスゴいなぁ」

 

 トンヌラとコキュートスが話しているうちに戦況が変わる。

 

 ついにアインズは"遊び"をやめたようだ。

 

 剣と盾が虚空へ消失し、彼が本来の魔法詠唱者(マジックキャスター)としての振る舞いを見せたことで、フォーサイトの面々は慌てふためく。

 だが、他者の魔力を見抜く異能を持つ金髪の少女──アルシェだけは、それを強く否定した。彼女の目には、骸骨から魔法詠唱者としての魔力が微塵も感じ取れなかったからだ。

 

 しかし。

 アインズが、自らの魔力を隠蔽していた"指輪"を一つ、ゆっくりと外した瞬間。

 

 アルシェは唐突に膝から崩れ落ち、胃の内容物を派手にぶちまけた。

 

「わわっ、あの子吐いちゃったよ?」

 

「ヌゥ……!至高ノ御方ノ前デ吐瀉物ヲ撒キ散ラストハ、無礼千万!」

 

 コキュートスが不快げに冷気を噴出させる。

 

 アルシェ以外の三人も、彼女に見えている"底知れない魔力"までは分からずとも、目の前の骸骨から放たれ始めた"ただならぬ圧"は肌でビリビリと感じ取っていた。

 完全に攻めあぐね、硬直してしまったフォーサイトの面々へ、アインズがゆっくりと歩み寄る。

 

 先程までギリギリ保たれていた戦いの均衡は、アインズが本来の力を使おうとしただけで、あっさりと崩壊した。

 

「あ、剣士の人やられちゃった」

 

 トンヌラのひどく軽い呟き。まるで盤上のチェスの駒が取られた時のような、全く悲壮感のないテンション。

 

「……アルシェ、逃げなさい」

 

 絶望的な静寂を破ったのは、神官の男──ロバーデイクだった。

 彼はメイスを構え直しながら、もはやこの場から全員が助かる道などないのだと、覚悟を決めた。

 

「飛んで逃げれば、逃げられる可能性もあります」

 

「それはなかなか面白い提案だ。行くならどうぞ、仲間を見捨てて行くといい」

 

「っ!」

 

 天井に広がる満天の星空を見て、彼らはここが外だと信じ込んでいるのだ。だが、ここはナザリック地下大墳墓の第六階層。どれだけ上空へ飛ぼうが、所詮は地下の巨大なドーム状の空間に過ぎない。

 

 その致命的な勘違いに気づいていないフォーサイトの面々に、特等席から見下ろしていたトンヌラは、思わず口を開きそうになった。

 

「……っ」

 

 だが、トンヌラはハッとして、慌てて両手で自分の口を塞いだ。

 

(危ない危ない。ここで教えちゃったら、先輩の楽しみがなくなっちゃうよね)

 

「アルシェ、行くのです」

 

「そうよ。あんただけでも生き延びて、可愛い妹たちのところに帰りなさい!」

 

「そんなっ……私だけ逃げるなんて……!」

 

 首を横に振って後ずさるアルシェに近づき、ロバーデイクは懐から小さな革袋を取り出すと、彼女の震える両手に無理やり握らせた。

 

「大丈夫です。あのアインズとかいう化け物を倒して、すぐにあなたを追いかけますよ」

 

「無事に合流できたときは、あなたの奢りだからね」

 

 絶対に叶わないと分かっている、優しくも残酷な嘘。

 だが、そんな仲間たちの覚悟を悟ったアルシェは、ボロボロと大粒の涙を溢しながら、強く、強く頷いた。

 

「っ……[飛行(フライ)]」

 

 アルシェの体がふわりと宙に浮く。

 彼女は振り返らずに、偽りの星空へ飛び立った。

 

 アインズはそれを撃ち落とそうとはせず、魔法の行使を止めることもなく、ただ静かにその背中を見送っていた。

 

「仲間割れはなしか……。もっとコソ泥に相応しい見苦しい反応を見せるかと思ったぞ」

 

「仲間だからですよ」

 

「あなたの仲間もそんなヤツらじゃなかったのかしら?」

 

 沈黙。

 先程までの、空気を凍らせるような重圧と殺意がピタリと止む。

 

「その通りだ」

 

 今までの邪悪な雰囲気が嘘のように、静かな態度でアインズは呟いた。

 

「『人、その友のため命を捨てること、これより大いなる愛はない』──マルコの福音書だったかな」

 

 骸骨の口から紡がれた、あまりにも場違いな慈愛に満ちた言葉。

 ロバーデイクとイミーナは予想外の反応に息を呑んだ。空虚な眼窩に灯るアインズの赤い炎が、まるで遠い過去の、眩しい幻影を見つめるように細められていたからだ。

 

「……私たちは死んでも構わない。でも、貴方の素晴らしい友人と同じような行動を取る私たちに免じて、あの娘だけは助けてあげて!」

 

「むぅ……」

 

 アインズは数秒、迷い、トンヌラの方へ振り返る。

 

「トンヌラ君、どう思う」

 

「えっ、僕ですか?」

 

 急に振られて驚くトンヌラ。

 

 そのやり取りに、ロバーデイクとイミーナは固唾を飲んだ。

 もしかしたら、この骸骨の化け物よりも、あの幼い少女の姿をした異形の方が、まだ慈悲という感情を持っているかもしれない。そんな微かな希望にすがりつく。

 

「え、えっと、盗人にかける慈悲はないと思うんですけど……」

 

「確かにその通りだ」

 

 トンヌラの言葉に、ワーカーたちの顔が再び絶望に染まりかける。

 だが、トンヌラはポンと手を打ち、思いついたように声を弾ませた。

 

「あっ、でも……!もしよかったらあの子、僕にくれませんか?」

 

 ピタリと、闘技場の空気が固まる。

 

 イミーナたちはもちろん、絶対的な支配者であるはずのアインズまでもが、目に見えて戸惑いのオーラを放った。

 

「えっ………と、トンヌラ君?それはどういう……」

 

「いやいや、変な勘違いしないでくださいよ!?」

 

 思わず素に戻るアインズにトンヌラは慌てて否定する。

 

「僕が言ってるのは、"外の人間"が欲しいってことです!」

 

「あー」

 

「アインズさんが、ぜんっっっぜん僕を外に出してくれないからですよ!」

 

「な、なるほど」

 

「先輩ばっかり異世界を楽しんでっ!ずるい!!」

 

「と、トンヌラ君?」

 

「ひま!つまんないの!ぼくもそとであそびたいのに!!」

 

 だんだんと言動が幼児になってヒートアップするトンヌラ。

 コキュートスの肩の上でバタバタと地団駄を踏み、頭の触手をペシペシと振り回すその姿は、おもちゃを買ってもらえずにスーパーの床で泣き叫ぶ子供にしか見えない。

 

「んん"っ、トンヌラ君、もういいかな?」

 

「あっ、……すいません/////」

 

 アインズの静かな、しかし確かなたしなめの声に、トンヌラはハッと我に返った。

 また自身のスキルである『幼児退行』のせいで、よりにもよって部下や外敵のいる前で恥をかいてしまった。

 トンヌラは顔を真っ赤にして、抱きしめていた白い猫のぬいぐるみの後ろに、ギュッと顔を隠すように小さくうずくまった。

 

「コホン、……まぁ、そいういうわけだ」

 

 アインズは咳払いをして寸劇の空気を打ち消すと、再び支配者としての威厳を纏い、呆然としている二人のワーカーを見下ろした。

 

 彼らギルドメンバー同士の、どこか微笑ましくすらある日常的なやり取り。

 

 だが、それを見せつけられているロバーデイクとイミーナにとっては、悪夢以外の何物でもなかった。

 自分たちの命懸けの覚悟や、アルシェを逃がすための決死の想いが、この絶対者たちの前では「休日の退屈しのぎ」と同レベルで処理されているのだから。

 

「私の愛しき後輩があのように言っている。お前たちの望み通り、あの娘の命は奪わず、トンヌラ君の"モノ"として生かしてやろう」

 

「ふざ……けるなッ!!」

 

「アルシェを……あんたらのオモチャにする気!」

 

 イミーナが悲痛に叫ぶ、しかし。

 

「おもちゃではない。彼にとっては、外の世界を学ぶための貴重な『教材』だ」

 

 アインズは一切の感情を交えずにそう言い放つ。

 

「シャルティア!」

 

 直後、闘技場のはるか上階から何かが飛び降りてきた。

 これほどの高所からの落下。並の人間であれば全身の骨が砕け散るほどの衝撃になるはずだが、それは羽毛のように音もなく、優雅に石畳の上へと降り立った。

 深紅のドレスを翻し、美しい銀髪をなびかせる可憐な少女。

 階層守護者が一人、シャルティア・ブラッドフォールン。

 

「はぁい。お呼びでありんすか、アインズ様」

 

 シャルティアは侵入者には目もくれず、主であるアインズの前でふわりとドレスの裾をつまみ、恭しく一礼する。

 

「シャルティア。あの娘を追え、しかし殺すな、あれはトンヌラ君のものになった、五体満足のまま捕えるのだ」

 

「あ、僕も行っていいですか?」

 

 トンヌラが元気よく手を上げる。

 

「わかった。ではコキュートス、お前もトンヌラ君に同行し、彼に手を貸してやれ」

 

「ハッ!」

 

 命令を受諾したシャルティアは、残酷な笑みを浮かべて先行し、夜空へ向かって飛翔する。そしてコキュートスもまた、トンヌラを肩に乗せたまま足早に闘技場の通路へと姿を消した。

 

 後に残されたのは、冷たい静寂だけ。

 

「……あ、あぁ…」

 

 ロバーデイクの顔は青ざめて、イミーナも弓を持つ手が震えている。

 万に一つも、逃げ切れるはずがない。

 自分たちの自己犠牲は、完全に無意味だったと思い知らされた。

 

「……さて、待たせたな」

 

 絶望し完全に心が折れかけた二人へ、アインズがゆっくりと歩み寄る。

 

「外野は消えた。これでお前たちも心置きなく"友のため"散ることができるだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 荒い呼吸を繰り返すアルシェ。

 アルシェの中で飛行(フライ)は最も階位が高い魔法。つまり一番魔力を使うため、あまり使いたくはない。

 故にこうして木陰に身を預けて休んでいた。

 

「イミーナ、ロバーデイク……」

 

 自らを囮にして逃がしてくれた仲間を思い出す。

 

「うそつき」

 

 二人が追ってくる気配はない。

 分かりきっていたこと、しかし淡い希望を持たずにはいられなかった。

 

 仲間たちのことを思いながら目を瞑る。

 

 力を抜いて頭を後ろに傾ける。

 

 そして、目を見開くと。

 

 ──そこには。

 

「鬼ごっこは終わり?」

 

 木に両足をつけ、幹に対して垂直に立っている銀髪の美しい少女。

 人間ではないことは明らかだった。

 

「っ!」

 

 アルシェは飛び起きて距離を取りつつ杖を構える。

 アルシェの行動を見て少女──シャルティアはつまらなそうに地面に降り立つ。

 

「もっと悲鳴を上げて、逃げるかと」

 

「……逃げれるの?」

 

「無理でありんすね」

 

 ニヤリと笑うシャルティア。

 アルシェは覚悟を決める。魔力は残り少ないが、出し惜しみしている余裕などない。

 

「[雷撃(ライトニング)]!!」

 

 突きつけた杖の先端から、眩い光が一直線に放たれ、シャルティアの身体へまともに炸裂する。

 しかし、無防備にその魔法を受けたはずのシャルティアの顔から、余裕の笑みが消えることはなかった。

 

「っ!?」

 

「涼しい風でありんすね。……安心しなんし、あなたは殺さない」

 

「えっ?」

 

 殺されない。

 怪物が口にしたその言葉の意味が分からず、アルシェが一瞬固まったその時。

 

 ふっと、シャルティアの姿がブレて消えた。

 

 いや、消えたのではない。視認できないほどの超高速でアルシェの背後に回り込んだのだ。

 

「きゃっ!?」

 

 抵抗する間もなく、背後から強烈な力で両肩を押さえつけられ、アルシェは地面に力ずくで跪かされた。

 

「うぐっ……、あ、がっ……!」

 

「さあ、見上げるでありんす。これからあなたの『御主人様』になるお方を」

 

 アルシェが苦痛に顔を歪めながら、シャルティアの言葉に従うように前方を見上げると。ズシン、ズシンと、森の奥から巨大な何かが近寄ってくる足音が聞こえた。

 

 暗闇の中から姿を現したのは、闘技場で見た青白い蟲の巨人。

 

 そして、その巨大な背に乗る──異形の少女。

 

 

 

 そこでアルシェの運命は決まってしまった。

 

 

 

 






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