遅くなり申し訳ないです。
仕事が忙しくこれからも空いた時間に制作をするので、時間はかかりますが最後まで続けたいと思ってます。応援のほどよろしくお願いします。
女神と悪魔の彫刻がされた巨大な扉。
その前でごくりと喉を鳴らす男──バハルス帝国皇帝ジルクニフ。
ここまで案内を務めたメイドのユリは、足を止めて頭を下げる。
「この奥が玉座の間でございます」
その言葉が終わると同時、重厚な扉はひとりでに、ゆっくりと開いていく。
開け放たれた扉から光が差し込み、視界に広がったのは広く天井の高い大広間だった。
天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアと壁面に掲げられた無数の巨大な旗に一行は息を呑む。
だが、その神々しいまでの光景を塗り潰すように、真紅の絨毯の左右には異形のバケモノたちが隊列を組んでこちらを凝視している。
絨毯の上を歩み進めるジルクニフの背後から、悲鳴を押し殺した声が聞こえてくる。無理もない、ジルクニフ自身今すぐにでも逃げ出したい衝動で一杯なのだから。むしろこの光景を前にして、逃げ出さず付き従っている部下たちを心から褒めてやりたい気分だった。
そしてジルクニフの視線は絨毯の先へと動く。
階段を登った先には側近と思われる者たちが並んでいる。いずれも常人離れした美貌を持つ者や、そもそも人外の化け物ばかりだ。
そして、彼らを従えるように中央の玉座に──
「……あれが」
先立って帝国に忠告に訪れた
一人は、死と闇を一点に凝縮したような漆黒のローブを纏う骸骨。
そしてその隣には、一見すると可憐な幼い少女のようでありながら、頭部から緑色の触手を蠢かせる奇怪な化け物。
骸骨の方がアインズ・ウール・ゴウンであり、触手少女がトンヌラだろうと、ジルクニフは
(この化け物どもの巣窟を束ねる支配者が本当に『二人』存在しているとはな……。これだけの異形どもを一切の反抗なく平伏させているのだ、玉座に座るあの二人が絶大な権力を握っていることは疑いようがない)
(だが、あの骸骨と少女……一体どういう関係だ? 親子か? ──いや、馬鹿な。どう見てもあの骨だけの化け物に、子を成す機能などあるわけがないだろう。となれば……)
(もしかすると、あの触手髪の少女こそが、この墳墓における本来の『正統な支配者』なのではないか? そしてあの骸骨は、幼い彼女を飾りの玉座に据え、裏で実権を握る『摂政』のような立場……。
いやいや、待て、冷静になれ。外見に惑わされてどうする。相手は常識の通用しない化け物どもの頭目だ。あの『トンヌラ』が見た目通りの幼くか弱い存在であるとは限らない。見た目で惑わす悪魔の類いという可能性だってある。
とはいえ、彼らの間に何らかの力関係の偏りや、派閥の構図が存在する可能性は高い。あの二人の関係性を正確に見極めることが、この交渉の鍵になるかもしれないな)
そんな思考を巡らせているうちに、ジルクニフたちは玉座の御前へと到達していた。
「アインズ様、トンヌラ様。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、お目通りをしたいとのことです」
玉座の傍らに控える、漆黒の翼を生やした絶世の美女が、綺麗な声で告げる。
「良くぞ来られた、バハルス帝国皇帝よ。私がナザリック地下大墳墓が主人、アインズ・ウール・ゴウンだ」
「同じく、トンヌラだよ。よろしくね」
威厳に満ちたアインズの重厚な声と、それに続くトンヌラの幼い声。
ジルクニフは安堵する。思ったよりもアインズが理性を持った知的な話し方をすること。そしてトンヌラが印象通り、子供のような振る舞いを見せたことに。
「歓迎を心より感謝する。アインズ・ウール・ゴウン殿、トンヌラ殿」
骸骨であるアインズの表情は読み取れないが、隣に座るトンヌラは終始ニコニコと笑顔を浮かべている。今のところ、あちらの怒りを直接買っている様子はないとジルクニフは判断した。
そこに横槍が入る。
「下等種である人ごときが、至高の御方々と対等に話をしようとは不敬かと思われます」
玉座の脇に立つ赤いスーツの悪魔が一歩前に出る。
「『平伏したまえ』」
その瞬間、ジルクニフの背後からガシャンという金属音と、苦悶のうめき声が一斉に響き渡った。
振り返るまでもない。後ろに控えていた部下たちが、何らかの強力な精神支配を受けて強制的に地面へ這いつくばらされたのだ。
ジルクニフ自身も、いつも身につけているネックレスがなければ、無様に膝を折らされていただろう。
(なんという理不尽な力だ……!)
冷や汗を流し戦慄するジルクニフ。そこに幼い声、しかしながらどこか威厳を感じ取れる声が響く。
「──こらっ、デミウルゴス。だめだよ」
「はっ!!」
デミウルゴスと呼ばれた悪魔は弾かれたように頭を下げると。
「『自由にしたまえ』」
その呪言の解除と同時、背後から圧迫感から解放された部下たちの安堵の息と、咳き込む音が聞こえてくる。
「ジルクニフ・ルー…るー……るー、ふぁるど? ………え、エロニクス」
「と、トンヌラ殿、ジルクニフで結構だ。長い名前だからね」
名前を盛大に間違えられたジルクニフだったが、引きつりそうになる頬を引き締め、穏やかな笑みを作ってフォローを入れた。
「そう? じゃあジルクニフ。わざわざ遠くからここまで来てもらったのに、僕らの部下が失礼なことをして、ごめんね」
屈託のない謝罪の言葉を受け、ジルクニフの脳内では再び様々な推論が高速で渦を巻く。
(このトンヌラという存在……とても友好的だ。名前を噛むような見た目通りの幼い振る舞いはあるが、決して愚かではない。部下を即座に制止し、我々に謝罪を入れるだけの知性と理性を備えている)
(だが、恐ろしいのは……部下の暴走も、同格であるはずのトンヌラの謝罪も、一切口を挟まずに黙って見つめているあのアインズ・ウール・ゴウンだ。化け物のような威圧感を放ちながら、一体何を考えているのか全く読めん……!)
(いや、この状況……初めから、このアインズの狙い通りなのか? 全てお膳立てされてるようで、違和感しかない)
「謝罪の必要はない、トンヌラ殿。主人の意を勘違いし、部下が暴走するのはよくあること。帝国の人間もまた同じことをしているようなのだ」
ジルクニフが視線で合図を送ると、抑圧から解放されたばかりの部下の一人が、震える手で持参した壺を出した。
「恥ずかしいことに、貴殿らの地に侵入者を差し向けるという勝手なことをした、愚かな貴族の首だ。受け取ってほしい」
先程の悪魔──デミウルゴスが階段を下りて壺を受け取ると、玉座のトンヌラの元まで進み、恭しくその中身を差し出した。
「ふーん」
トンヌラは生首が入った壺を覗き込むと、無造作にそれを素手で持ち上げた。
(幼子でありながら人間の生首に一切の忌避感がないか……、そこはやはり異形種といったところか)
背筋を這い上がる悪寒を悟られぬよう、ジルクニフは必死にポーカーフェイスを保つ。
「はい、アインズさん」
「うむ」
トンヌラから生首を受け取ったアインズは眼窩の奥の赤い光を不気味に揺らめかせると、低く呟いた。
「どうするか、処分は勿体ないな」
そう呟いたアインズの手に掴まれた貴族の生首が、突如としてビクンと脈打つように動いた。瞬く間に首は黒くドロドロとした液状の何かへと変貌し、指の隙間から床へと零れ落ちる。
あまりの出来事にジルクニフたちが目をくぎづけにしていると、床に落ちた黒い液体は膨れ上がり、急速に形を成していった。
そこに現れたのは、巨大で黒い鎧を纏い、腐肉を覗かせるアンデッド──
「ば、ばかな……」
ジルクニフの口からかすれた声が漏れる。帝国において最悪の災厄と謳われる伝説級のアンデッドが、目の前で、生首一つから一瞬にして創り出されたのだ。
「行け、列に並べ」
アインズが顎をしゃくると、デス・ナイトは階段を下り、脇に並ぶ異形たちの隊列へと加わってジルクニフの視界から消えた。
(まさか……アインズは人の死体さえあれば、あれほどの怪物を無限に生み出せるというのか!?)
強烈な光景を見てしまい立ちくらむジルクニフ。その耳に、骸骨の冷徹な声が届く。
「さて、私もジルクニフと呼んでも構わないかな?」
「あ、ああ。勿論だとも」
「ではジルクニフ殿、私の部下が礼儀知らずな行為を行ったことで、そちらの貴族がナザリックに面倒を起こした件は帳消しとなった」
「……はっ?」
「もう帰ってくれて結構」
ジルクニフは何を言われたのか分からなかった。
「す、すまない、もう一度言ってくれないか?」
「もはや謝罪は必要ない、もう帰ってくれて構わない。我々もこれから忙しくなるのでね」
「……い、忙しくなるというのは?」
ジルクニフの背筋に嫌な汗が伝う。
「貴殿のおかげで、大人しく暮らしていても面倒事に巻き込まれると知った。ならば、地上に出て面倒事を叩き潰しておこうと思ってな」
「そ、それはどういう」
「まずは、そうだな。手始めにこの近くにあるリ・エスティーゼ王国でも滅ぼし、人間どもに我々の力を知ってもらうとするか」
「なっ!?」
正気を疑う発言。
いや、アインズはいたって正気だ。この骸骨にはそれを悠々と実行できる能力と兵力、財力があるのだ。
今まで表舞台に出てこなかった化け物が、ついに地上を蹂躙する気になったということ。
(ま、まずいぞ。このアインズ・ウール・ゴウンを野放しにすれば帝国、いや世界中の人間は確実に滅びる。なんとかして、なんとかして手を打たなければっ!)
絶望的な未来図に顔を青ざめさせ、ジルクニフが打開策を探って必死に頭を回転させていた、その時。
「ダメだよ、アインズさん。すぐに人間を殺そうとしちゃ」
「ん? どうしてだね、トンヌラ君」
「まぁ一番は僕が人間好きっていうのもあるんですけど、人間の生み出すものとか結構おもしろですよ。それにいきなり国を滅ぼすなんて、可哀想だよ」
「ふむ」
地獄の底へと突き落とされかけていたジルクニフの目の前に、一本の細い蜘蛛の糸が垂らされた瞬間だった。
(こ、ここしかないっ!!)
この千載一遇の好機を逃せば、人類に明日は無い。ジルクニフは恐怖で強張る喉から、決死の覚悟で声を絞り出した。
「す、すまない! 少しばかり、私から提案させてもらってもよろしいだろうか!」
「……なにかな?」
虚空のような眼窩が真っ直ぐにジルクニフを射抜く。あまりの威圧感に、ジルクニフはごくりと唾を飲み込んだ。
「ど、どうだろう、同盟を組もうじゃないか」
「…………」
アインズは微動だにせず、何も言葉を発さない。その重苦しい沈黙が、かえってジルクニフの不安を激しく煽り立てる。
「人間の国を滅ぼすにしろ、友好関係を築くにしろ、地理や情勢に明るい地上の国家のサポートがあった方が事もスムーズに運ぶはずだ。そしてこの地にあなた方の国家を樹立し、支配者として君臨する。……とても素晴らしいことだと思わないか?」
「………貴殿にメリットがあるようには思われないな」
「さ、先ほどトンヌラ殿が仰っていたように、私もあなた方と友好的な関係を結びたいんだ。将来を見越してね」
「………ふむ」
ジルクニフにはアインズが、つまらなそうに短く息を吐いたように見えた。
(クソッ、やはり帝国という手駒に魅力を感じていない! 当然だ、これだけの力を持つ化け物どもにとって、我々と同盟なんて結ぶ価値もない。まずいぞ、これはまずいッ)
「いいんじゃない?」
「えっ?」
絶望の淵に立たされていたジルクニフの耳に、気の抜けるような声が届いた。見れば、玉座に座るトンヌラが、足をぶらぶらと揺らしながら無邪気に笑っている。
「僕は結構面白いと思うな、ジルクニフの言うことも一理あるし。それに君たちのこともっと知りたいしね!」
「あ、ありがとうトンヌラ殿!」
ジルクニフは今日初めて、いや、これまでの人生で最も深く、心の底から他者に感謝した。
そして、恐る恐る隣のアインズの様子を窺う。
「ふむ……まぁ、トンヌラ君がそこまで言うのなら」
「で、では……我々との同盟は」
「いいだろう、同盟を結ぶとしよう」
アインズのその確約の言葉を聞いた瞬間、ジルクニフは全身から力が抜け、危うくその場にへたり込みそうになった。震える膝に必死に力を込め、かろうじて皇帝としての体面を保つ。
(た、助かった……おそらく、首の皮一枚だが……)
「おぉ〜、今日は同盟国ができたいい日だね! お祝いでもしようか! どう、この後食事でも!」
トンヌラの無邪気極まりない提案に、ジルクニフの胃は悲鳴を上げた。
「い、いや……同盟締結にあたって、我々も直ちに帰国して諸々の準備に追われることになるだろうから。大変ありがたい誘いだが、今日は遠慮させてもらおう」
「んー、残念。じゃあ気を付けて帰ってね」
「あ、ああ。心遣い感謝する」
引きつる笑顔のまま、ジルクニフは頭を下げた。
(帰還したら、何よりも先に帝都で一番効く胃薬を手配しなければ……)
キリキリと痛みに耐えながら、バハルス帝国皇帝ジルクニフはそう固く決意するのであった。
次回は『11.アメとムチ』
ジルクニフと部下の作戦会議とナザリック側の思惑について、になります。
原作と違う点がありますが、それが今後どのように響くのかお楽しみに。