side.モモンガ
「ありえない……」
モモンガはこれまでの人生で経験したことのない焦りに支配されていた。
本来であればサービス終了と同時にサーバーは切断され、現実へと戻るはずだった。
だが──戻れない。
コマンドを要さず自ら考え行動するNPC、口が動いて言葉を発する、DMMO-RPGの常識から考えてありえないことばかり。
(それに……)
自分の喉元に手を当てる。
そこにあるのは骨だけ、舌も声帯も存在しない。
理解できない状況、さらに混乱は加速していく。
しかし、熱くなった心に突如として冷静さが取り戻されていく。それが何故だか分からないまま冷えた頭を回転させ、何が最善かを絞り出す。
いま最も重要なもの、情報だ。
それは鈴木悟がユグドラシルを含む人生において学んだこと。
「──セバス」
控えさせていた老人の執事が顔を上げる。その鋭い眼光に一瞬怯むモモンガは募る不安を抑えてセバスへと命令を下す。
「大墳墓を出て周辺地理を確認せよ。もし仮に知的生命体がいた場合は交渉して友好的にこの場に連れてくるのだ。行動範囲は周辺一キロに限定、戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様。直ちに行動を開始いたします」
セバスは一礼し、即座に行動へ移る。
(……ひとまずは、これでいい)
モモンガは手にしていたギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手放す。だがそれは落ちることなく、空中に静止する。
見慣れた光景、ゲームで何度も見てきたはずなのに。
(これは、本当に"ゲーム"なのか?)
しかし今はそれを考える時間はないと頭を振る。
(次は……)
運営との連絡。
それが最も現実的な手段なはずだ。
「────ッ!」
いきなり王座から立ち上がるモモンガ。
「も、モモンガ様?」
アルベドが不安そうに声を掛ける。プレアデス達もまた動揺を隠せない様子で顔を上げる。
だがそんなNPC達を気にも留めずモモンガの頭の中にあるのは、一人の
『また明日から頑張りましょう。あっ、時間があったら飲みに行きましょうね!』
(……っ、なんで今まで気づかなかった)
サービス終了直前にナザリック、もしくはユグドラシルにいた者がこの異常事態に巻き込まれているのであれば。
(彼もいるはずだろうが!)
運営へ連絡を取ろうとしていた手順を、そのまま流用する。それがユグドラシルと同じように発動することに祈りながら。
「〈
それは、遠距離で連絡を取り合うための魔法。通常であれば相手がログインしていれば、呼び出し音が鳴る。ログアウトしていれば、音すら鳴らずに即座に途切れる。
だが。
(……発動は、した)
感覚としては繋がった。しかし、音が鳴らない、切断されもしない。沈黙だけが続く。
そして、魔法が途切れた。
モモンガは全身の力が抜けて失望と共に玉座に座りなおす。
彼、トンヌラはここにはいない?サービス終了と共に現実世界に帰ったのか?それとも何か別の事件に巻き込まれて……。
「モモンガ様!?」
「ん…、あ、あぁ、少し取り乱してしまった。許せ」
「何をおっしゃいますか!至高の御方、愛するお方に尽くし仕えせていただくことこそ我らの喜び、どうか謝らないでください!」
「そ、そうか」
「はい」
現実世界で女性とほとんど関わってこなかったモモンガは、すぐ傍で微笑みを浮かべる絶世の美女アルベドに一瞬冷静さが吹っ飛びそうになるが、また自分の意志とは別に感情の抑制がはいる。
「それで、モモンガ様。いかがされたのですか?」
アルベドの金色の瞳が真っ直ぐにモモンガを見据えている。
「うむ、それは……」
一瞬言葉に詰まる。
(……言うべきか)
トンヌラのことが脳裏をよぎる。
だが。
「……いや、この件については後ほど伝えよう」
「畏まりました」
アルベドは深く一礼する。その動きには一切の迷いはない。
モモンガは視線を外しプレアデスへと向ける。王座の間に整然と並ぶメイドたちは全員が一糸乱れぬ姿勢で主人の言葉を待っている。
喉の奥で小さく息を吐く。
一介の会社員だった自分が、今はこの場で命令を下している。その違和感は拭えない。
(今はそんなこと躊躇している場合じゃない)
気にしたは負けだ。
「プレアデスよ。第九階層から上層まで上がり、トンヌラ……いや、我がアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが居ないか捜査するのだ。もし彼らが居たら、……そうだな第六階層のアンフィテアトルムまでお連れするのだ」
『はっ!』
揃いすぎた返答。
一斉に膝をつき、礼を取るその動きはまるで一つの存在のように統一されていた。そのまま、音もなく玉座の間を後にする。
「ではモモンガ様。私はいかがいたしましょうか?」
「アルベドは各階層守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えよ。時間は今から一時間後だ、アウラとマーレには私から伝えよう」
「畏まりました」
「そ、それと」
「?」
「………胸を触っても良いか?」
「え?」
「構わにゃ……ないな?」
──────────
──────
──
あの後モモンガは自身の仮説を確かめる為、そう、確かめる為にアルベドの胸を揉みしだくのだった。しかしその羞恥プレイを完遂してようやくモモンガはこれが現実の世界であると結論づくに至った。
モモンガは行動しなくてはならない。
今会っているNPC達は従順だったが、これから会う者たちが味方とは限らない。またこの世界でモモンガがどれほどの力を持つのかも不明な為、早急に自身の力とNPC、階層守護者達の忠誠を確かめる必要があった。
故にアンフィテアトルムと呼ばれる闘技場にモモンガ自ら赴き、魔法の実験をした。そしてその場に守護者達を集めた。
結論から言うと力、魔法は問題なく扱えた上にNPC達は従順に、いやそれ以上にモモンガを慕っている、というか崇拝に近いかもしれない。
そして地上に向かわせたセバスによりナザリックが沼地から草原へ転移したことが分かった。そのことを守護者達に伝え、次にモモンガは守護者達にナザリックの警戒レベルを一段階上げるように命じる。
アルベドとデミウルゴスに組織運営を任せ、ナザリック隠蔽のためマーレが提案した案を採用し、ひとまずは安心できるようにした。
最後に。
「各階層守護者よ、お前達に伝えなければならないことがある」
先程まで絶望のオーラを出し威圧的だったモモンガとは違い悲哀に満ちた雰囲気を守護者達はすぐに感じとり緊張しながら次の言葉を待つ。
「現在ナザリックに起きている不可解な現象、仮に転移事件とでも呼ぶか。それに際し我が友であるトンヌラ君が消息不明になった」
『!?』
明らかな動揺が守護者達に走る。
「ソ、ソレハ他ノ方々ト同ジヨウニ、ココヲ去ラレタ。トイウコトデスカ?」
「それはない」
即答する。
一切迷いのない断言。
モモンガ自身が、誰よりも分かっている。
「我々が転移する直前までトンヌラ君と私はナザリックに居た、しかし転移後プレアデス達に調べさせたが、彼はナザリックの何処にも居なく、そして
『………』
沈黙。
理解が追いつかない。
「結論を言うと私にも分からないんだ」
モモンガの視線がわずかに落ちる。
「彼だけ転移されず元の沼地に残っているのか、それとも転移したがナザリックと別の場所に飛ばされたのか、コキュートスの言う通り、他の仲間達と同じようにここを去ったのか」
どれも、確証はない。
「………ふっ、情けない話だな、私はこの得体の知れない状況で保身を優先し、友一人の痕跡すら辿れない。すまない」
モモンガが自傷気味に呟くと、アルベドが勢い良く立ち上がった。
「モモンガ様、お顔を上げてください!このような不測の事態、一体何の責任がモモンガ様にありましょうか!」
アルベドが一歩踏み出す。
言い切る、そこに迷いは一切なかった。
その言葉に呼応するように他の守護者たちも前は出る。
「まさしくアルベドの言う通りです!そして、先程のお言葉をお借りするならナザリックから離れた場所に転移した可能性を捨てるべきではないかと存じます!」
「ゴ命令シテクダサレバ、ナザリック全軍ヲモッテ捜索イタシマス」
「あたしたちがすぐに見つけて差し上げます!ねっ、マーレ!」
「う、うん。モモンガ様のために、が、頑張ります!」
「わたしも全力でお探しさせていただきます!」
それぞれの言葉。その全てに共通しているものがある。
絶対的な忠誠。
そして──揺るがぬ信頼。
「……」
モモンガはしばらく言葉を失う。
(……あぁ、こいつらは)
胸の中で、何かが静かに満ちていく。
「……うむ、お前達の言葉に大変励まされた。感謝する」
表情では分からないが柔らかな雰囲気になったモモンガを見て安堵する守護者達は気を取り直して跪く。
「そうだな、可能性がある以上全力でその砂粒を掴みに行くべきだろう」
モモンガは骨の手を強く握りしめてある事を決意する。
この世界のどこかにいるかもしれない、仲間へ。
もうひとつは最後までギルドに残った者として。
「聞け、守護者達よ!これよりモモンガの名を変え、新たな名を伝える!」
『はッ!』
「我が名は、アインズ・ウール・ゴウン!この地に、世界に、我が名を轟かせるのだ!」
はい、ということでトンヌラ君はアインズ様とは別の場所に転移してしまったようです。
いったいどこに行ったのやら?