ギルド長が過保護すぎる   作:ピロリ菌ex

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5.退行/計画/違和感

 

 アインズの自室。

 

 誰もいないはずの空間が一瞬だけ歪み、次の瞬間には二つの影がそこに現れていた。

 転移魔法によって移動してきたアインズとトンヌラである。

 

「ふぅ……」

 

 軽く息を吐いたアインズは隣へと視線を向ける。

 

「トンヌラ君、大丈夫か?」

 

 返事はない。

 代わりに、トンヌラはその場に力なく座り込んだ。

 

「トンヌラ君?」

 

 違和感を覚え、もう一度呼びかける。

 すると、小さく震えていた肩がぴくりと動いた。

 

「ふ、ふぇ……」

 

 か細い声が漏れる。

 そして次の瞬間。

 

「ふぇぇぇぇぇ〜!!」

 

 大号泣。

 

「トンヌラ君!?」

 

 床に座り込んだまま、子供のように泣きじゃくる。

 つい先ほどまで玉座の間で必死に立っていた人物と同一とは思えない有様だった。

 

(な、何が起きた!?)

 

 アインズは一瞬、目の前の状況が理解できずに固まった。

 

「お、落ち着いてくれ」

 

 とりあえず声をかけてみるが、効果は薄い。

 

「こわかった、こわかったよぉ〜……」

 

 トンヌラは涙声のまま、すがるようにアインズの足へとしがみついた。

 その力は子供そのもの、完全に離すタイミングを失う。

 

(マジでどうしちゃったんだ……?というか、子供のあやし方なんて俺わかんないぞ……)

 

 内心で困惑しながらも、放っておくわけにもいかず、結局はトンヌラの身体を持ち上げるようにして抱き上げた。

 

 軽い。

 

 そのまま背中をぽんぽんと叩くようにしていると、しばらくしてトンヌラの泣き声は徐々に弱まり、やがて完全に落ち着きを取り戻した。

 

「……トンヌラ君、大丈夫か?」

 

 慎重に問いかける。

 

「え、あ……はい。大丈夫です」

 

 さっきまでとは打って変わって、普通の調子で返事が返ってきた。

 アインズはゆっくりとトンヌラを床へと下ろす。するとトンヌラ自身も、今の自分の状態に違和感を覚えたようだった。

 

「あ、あれ……なんで僕……」

 

 自分の手を見つめ、次にアインズを見る。

 

「子供みたいに……」

 

 困惑がそのまま表情に出ている。

 

「一体どうしたんだ?」

 

「い、いや……確かに怖かったのは怖かったんですけど、泣くほどじゃ……」

 

 言いながら、自分でも納得がいっていない様子で首を振る。

 

「なんでだ……?」

 

 頭を抱えるトンヌラ。

 

 その様子を見て、アインズは顎に手を当てて考え込んだ。

 少しの間のあと、ひとつの可能性に行き当たる。

 

「……もしかすると」

 

 ゆっくりと口を開く。

 

「スキルによるものじゃないか?」

 

「スキル、ですか?」

 

 トンヌラが顔を上げる。

 

「実は俺も、この世界に来てしばらくしてから気づいたんだけど」

 

 アインズは少し視線を外しながら続ける。

 

「強い感情──怒りや悲しみ、喜びといったものが一定以上になると、それを強制的に打ち消すスキルが自動で発動している」

 

「打ち消す……?」

 

「完全にゼロにされる。アンデッドになった影響だろうね」

 

 淡々とした口調だったが、その内容は決して軽いものではなかった。

 

「だからNPCたちの前でも、あんな感じでいられるんですね」

 

「ああ。助かっている部分も多いが……、その分人間らしさみたいなものは削ぎ落とされているけど」

 

「なるほど……」

 

 トンヌラは小さく頷く。

 自分のさっきの状態を思い出しながら、少しだけ表情を曇らせた。

 

 それを見て、アインズは話を戻す。

 

「トンヌラ君も、その身体になったことで似たような影響を受けている可能性がある。何か心当たりのあるスキルはないか?」

 

「んー……」

 

 腕を組んで考え込む。

 そして、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あっ、もしかして」

 

「何かわかったか?」

 

「多分スキルに『幼児退行』っていうのがあるんですけど……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「あー……」

 

 アインズは小さく頷いた。

 

「十中八九それだな」

 

「ですよねー……」

 

 力なく同意するトンヌラ。

 

「まぁ、うん……がんばれ」

 

 あまりにも簡潔な一言だった。

 

「えぇー!?それだけですか!?」

 

 間髪入れずに叫ぶトンヌラ。

 

「僕これでこの先やっていける気がしないんですけど!?」

 

 悲鳴に近い訴えが、部屋の中に響き渡る。

 だがアインズは、わずかに視線を逸らすだけだった。

 

「……いや、ほら」

 

 フォローしようとはしている。

 しているのだが。

 

「俺も似たようなものだし」

 

「いや全然違いますよね!?」

 

 片や感情を抑える側。

 片や感情で崩壊する側。

 

「むしろ真逆なんですけど!?」

 

 その叫びは、広い室内に虚しく反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、少し遅れたかしら?」

 

 重厚な扉が、静かに開く。

 

「いえ、時間通りですよ、アルベド」

 

 出迎えたのは赤いスーツに身を包み、丸眼鏡をかけた悪魔──デミウルゴス。

 その口元には、いつも通りの穏やかな笑みが浮かんでいる。

 アルベドは軽く頷きそのまま室内へと足を踏み入れた。

 

 すでに部屋の中には、守護者たちが全員揃っていた。

 

 シャルティアは艶やかな微笑を浮かべ、

 コキュートスは巨体を微動だにさせず、

 アウラとマーレは並んで座っている。

 

「では皆様、揃ったようですので始めさせていただきます」

 

 場を仕切るように口を開いたのは、老執事セバスである。その声は穏やかだが、場を整えるには十分すぎる重みを持っていた。

 

「トンヌラ様お帰りなさいませ計画についてです」

 

 素っ頓狂な議題だが本人たちはいたって真面目である。

 

「では皆様、持ち寄った案を順番に発表していただきます。まずはシャルティア様」

 

「承知したでありんす」

 

 優雅に立ち上がったシャルティアは、どこからともなくフリップを取り出し、ばっと掲げた。

 そこに書かれていたのは大きな文字で【プレゼント】と。

 

「わたしの案はシンプルに“プレゼントを渡す”でありんすえ」

 

「ほう」

 

 デミウルゴスが興味深そうに顎へ手を当てる。

 

「具体的にはどのようなプレゼントを?」

 

 シャルティアはにやりと笑い。

 

「わたし自身でありんしょうか」

 

「却下です」

 

 速攻でデミウルゴスに切り捨てられる。

 

「え、ダメでありんすか!?」

 

「結局それってプレゼントじゃなくて押し付けじゃない?」

 

「ちびすけは黙ってるでありんす」

 

「はぁ!?誰がちびすけよ!」

 

 早くも議論が脱線しかけるが。

 

「お静かに」

 

 セバスの一言でぴたりと止まる。

 

「……わかりんした」

 

 不満げに席に座るシャルティア。

 そして何事もなかったかのように進行し始めるセバス。

 

「次にコキュートス様、お願いします」

 

「承知シタ」

 

 コキュートスは力強く立ち上がると、そのまま勢いよくフリップをテーブルへと叩きつけるように出した。

 そこに書かれていたのは【演舞】だった。

 

「私ガ出来ルコトハ、コレクライシカ無イ故」

 

 低く重い声でそう言い切る。

 武に生きる者らしい、実に真っ直ぐな提案だった。

 

「コキュートスらしい、いい案だね」

 

 デミウルゴスが感心したように頷く。

 

「やるかどうかは置いとくとして、至高の御方に我々の武を見せ、強さを再認識していただくという点では、とても理にかなっている」

 

 その言葉に、アルベドも静かに同意する。

 

「ええ、その点は私も認めるわ。でも、全員のスケジュールを合わせて練習する必要があるし、完成度を求めるなら相当な時間がかかるはずよ」

 

 アルベドは続けて。

 

「それに、今回の計画で無理にやる必要はないんじゃないかしら?」

 

「確カニ、未完成ノモノヲ御方ニ見セル訳ニハイカナイ」

 

 自らの案であっても、完成度を優先する。

 そこに迷いはなかった。

 

「投票は最後に行いますので、次に進ませていただきます。アウラ様」

 

「はーい」

 

 軽い返事とともに、アウラが手を挙げた。

 

「あたしはやっぱり──【食事】がいいと思いまーす!」

 

 フリップに書かれたその二文字は、ここまでの流れの中では珍しく“まとも”に見える案だった。それだけに、一同はわずかに驚く。

 

「ほう……」

 

 デミウルゴスが興味深そうに目を細める。

 

「理由を聞かせてもらえるかな?」

 

「お腹いっぱい食べると幸せになれるからね!」

 

 満面の笑みで言い切るアウラ。

 理屈としては極めて単純だが、どこか納得させる力があった。

 

「アインズ様はアンデットですので、残念ながら食事を振る舞う機会がありませんでしたが……」

 

 デミウルゴスが続ける。

 

「トンヌラ様は──種族は不明ですが、食事を取られるとのこと。であれば料理長も存分に腕を振るえるでしょう」

 

「ええ、いい案だと思うわ」

 

 アルベドも素直に頷いた。

 ナザリックの知略陣に褒められて、アウラは胸を張る。

 

「はっ」

 

 鼻で笑う声が一つ。

 視線を向ければ、案の定シャルティアだった。

 

「ぬしがトンヌラ様と一緒に食事をしたいだけでありんしょう?」

 

「っ……」

 

 一瞬言葉に詰まる。

 図星だった。

 

「……まぁ、自分自身をプレゼントとして押し付けるどこかの迷惑女よりはマシだと思うけど?」

 

「あ”ぁ?」

 

「やんの?」

 

 二人は完全に完全に臨戦態勢。

 今にも机がひっくり返りそうな勢いだったが──

 

「お静かに」

 

 セバスの一言で、すべてが止まった。

 その声は決して大きくはない。だが、逆らうという選択肢を最初から奪うだけの力があった。

 

「……お二方。二回目の注意でございます。次は即刻退出していただきますので」

 

 一切の感情を乗せない、淡々とした宣告。

 

「……」

 

「……」

 

 先ほどまでの勢いはどこへやら。

 シャルティアとアウラは素直に席へと戻り、何事もなかったかのように着席する。

 

 切り替えが早い。

 

 あまりにも早すぎる。

 

「では、次に参りましょう。マーレ様」

 

「は、はい……」

 

 呼ばれたマーレは、びくりと肩を震わせながら立ち上がる。

 先ほどまでの空気をまだ引きずっているのか、どこかおどおどした様子だった。

 

「ボ、ボクは……これにしました」

 

 ためらいがちにフリップを取り出し、そっと掲げる。

 そこに書かれていたのは──

 

【お花】

 

 控えめな文字だった。

 

「え、えっと……ボクが第六階層で育ててるお花を、差し上げたいなぁ、なんて……えへへへ」

 

 照れくさそうに笑うマーレ。

 

 そのあまりにも無垢な提案に、さっきまで漂っていた殺気や緊張が、嘘のように和らいでいく。まるでその場にいた全員の心が一瞬だけ浄化されたかのようだった。

 

「トンヌラ様に贈り物をするという点では、シャルティアと同じですね」

 

「シャルティアと違って下心はないけれどね」

 

 アルベドの一言が静かに刺さる。

 

「ぐぬぬ……」

 

 反論できず、シャルティアは歯を食いしばるしかなかった。

 

「ありがとうございます、マーレ様。では次に──デミウルゴス様」

 

「私はこれにしたよ」

 

 デミウルゴスが掲げたフリップには──

 

【歌】

 

 と書かれていた。

 

「前々からナザリックに国歌のようなものを作ろうと思っていてね。この機会にアインズ様とトンヌラ様に聞いていただこうかと考えていたのだが……」

 

「ドウシタ?」

 

「この会議を通して、ひとつ気付いたことがありましてね」

 

 視線をアルベドへ向ける。

 

「アルベド」

 

「ええ、同感よ」

 

「え、なになに?」

 

 アウラが首を傾げる。

 その問いに、デミウルゴスはゆっくりと告げた。

 

「アインズ様とトンヌラ様をお招きし、食事を振る舞い、出し物でお楽しみいただき、最後に我々からの贈り物をお渡しする──パーティ形式にしてはどうだろうか」

 

「いいじゃん!」

 

「さ、賛成です……!」

 

「その発想はなかったでありんすえ」

 

「トテモ良イ提案ダ」

 

 各々の案をすべて内包しながら、無理なく一つにまとめ上げる。

 まさにデミウルゴスらしい結論だった。

 

「セバスはどうかな?」

 

「勿論、異論ございません」

 

「ではこれで決まりということで、さらにこの計画を詰めていきますか」

 

 全員が一つにまとまり、計画は順調に進み始めていた。

 それぞれの案は無駄になることなく取り込まれ、理想的な形へと収束していく。

 

 ──ただ一人を除いて。

 

(あ、危なかったわ)

 

 アルベドは内心でそっと息を吐いた。

 表情には一切出さない。だが、ほんの僅かに肩の力が抜ける。

 

(勢いで書いてしまったけれど……)

 

 誰にも見せなかったフリップが、机の下で握られている。

 

 その内容は──

 

(勢いで書いてしまったけど、提案してたら間違いなくシャルティアより引かれるわね)

 

 アルベドは何事もなかったようにフリップを握り潰し、証拠を抹消する。

 

 会議はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、先輩」

 

 トンヌラは姿勢を正し、改めてアインズへと向き直る。

 

「なにかな?」

 

「僕、これからどうしたらいいですか?」

 

 その問いには、先ほどまでの軽さはなかった。どこか真剣で、少しだけ不安も混じっている。

 

「んー……そうだな」

 

 アインズは顎に手を当て、わずかに考える素振りを見せる。

 

「あのっ」

 

 トンヌラが一歩踏み出す。

 

「先輩は外の世界で冒険者をやってるんですよね?」

 

「ああ、そうだが」

 

「僕も外の世界を冒険してみたいんです!異世界ってワクワクするじゃないですか!」

 

 期待に満ちた声だった。

 だが。

 

「いや」

 

 アインズは、迷いなく言い切る。

 

「しばらくはナザリックにいてもらう」

 

「……え?」

 

 空気が一瞬、止まる。

 さっきまで浮かんでいたトンヌラの笑みが、そのまま固まった。

 

「トンヌラ君は転移したばかりで、その身体にもまだ慣れていないだろう?それに、転移による後遺症がないとは限らない」

 

「い、いや……僕は全然問題ないですよ?」

 

 トンヌラは苦笑いを浮かべる。

 さっき大泣きしたばかりとはいえ、それを“後遺症”と認めるのはなんとなく癪だった。

 

「……しばらくはナザリックで安静にしよう」

 

 しかしアインズは、わずかに間を置いてから、やはり同じ結論を口にする。

 柔らかい言い方だが、選択肢は提示されていない。

 

「は、はい……」

 

 トンヌラは頷くしかなかった。

 納得したというより、“押し切られた”に近い。

 

「うん、分かってくれて嬉しいよ」

 

 どこか安心したように言うアインズ。その言葉に、トンヌラは小さく曖昧な笑みを返す。

 

 ──その時。

 

 コンコン、と扉を叩く音が室内に響いた。

 

『アインズ様、ユリ・アルファ様よりご報告がございます。ンフィーレア様ご一行の準備が整ったとのことです』

 

「あっ」

 

 間の抜けた声が漏れる。

 完全に忘れていた、という顔だった。

 

(あ、今の絶対忘れてたやつだ)

 

 トンヌラは心の中でツッコむ。

 

「すまん、トンヌラ君。詳しい話はまた今度しよう」

 

「あ、は、はい」

 

 会話はそこで打ち切られてしまい、アインズは部屋を早足で出ていく。

 残されたのは、少しだけ引っかかるような感覚だけだった。

 

「しばらく、ってどのくらいだろ?」

 

 ぽつりと呟く。

 

 誰に向けたわけでもない問いは、広い室内に虚しく溶けていった。

 

 ベッドに腰を下ろすが、ふかふかすぎて落ち着かない。

 視線を落とすと、小さな手がそこにあった。

 

(この身体にも慣れてない、か……)

 

 ぐっと握ってみる、軽い。

 

(外、行きたかったな)

 

 頭に浮かぶのは、見たことのない世界。

 

 冒険者として歩く先輩の姿。

 

 そして、自分もその隣に立っている想像。

 

 ──それは、あっさりと否定された。

 

「……はぁ」

 

 今だけ、と寝転がり目を瞑る。

 

 いつか外の世界へと。

 

 

 





感想、評価のほどよろしくお願いします!

早くトンヌラと現地勢とも絡ませたいけど、むずっ!
頑張ります!
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