転生者が前世の作品の同人を個人的に楽しむようです。 作:スティック/糊
難産で御座った……
紗寿叶登場に関していくつかのパターンを書いては消してを繰り返したのでだいぶ描写がぐっちゃになってるのでその内修正すると思います。
送り盆を終え、八月は後半戦。
お盆期間中は気を使ってもらったのかバイトのシフトはなかった。
しっかり墓掃除を熟し、報告……する様な事と言えば向こうの親御さんと顔を合わせたことくらい。
彩寿歌は昨年の時点で月命日のタイミングにひょっこりついてきて一緒に手を合わせていたので紹介……にはなったのだろう。
時期的には夏真っ盛り。
明日以降はまたバイトのシフトが入っているとカレンダーを見ながら思った。
バイクで移動するにも直射日光と信号待ちで一瞬で汗だくになる。
あまり好めない季節であることは確かだ。
インドアに分類される万智は先日買ったギターを弾き倒していた。
アンプの方も特に不調無し。
サンプリングされた色々なアンプのシミュレーターとして遊ぶのも中々楽しい。
これでアンプからライン出力でDAWにぶち込むこともできるし、キャビネット部分にマイクセットして録音する手法もある。
ここら辺は好みになるだろう。
そんなことを考えながらボカロ楽曲を作って2828動画にシュート。
再生数そこそこ出るようになって来たなぁ…。
昨年、ソシャゲの楽曲してクレメンス(意訳)とメールを貰い、零細ボカロPに…?と大変訝しんだのだが極めて丁寧な説明と、お前の曲が好きなんだよォ!と言う担当さんの熱意に負けて曲を書いた。
楽曲提供に関する細かい書面と契約書用意されて保護者代理の弁護士にチェックしてもらってもヤバい所は一切ないと言うのだから記念に?と言う気持ちでその仕事を受けたのだ。
気が付いたらそのソシャゲに数曲楽曲提供してる。
そこから著作権とかを著作権管理事業者への委託契約とかをしたことでボチボチな金額が振り込まれるようになった。
……まぁ、今世初めて確定申告するようになった訳だ。
そんなこともあってか極めて狭い界隈ではあるモノのファンと言う物が付いたらしい。
そのお陰か再生数そこそこ出るように。
トンチキソングと電波ソングと真面目なバラードと恋愛ソングを書いたのだが、一部の人間には温度差で風邪ひくとか言われた。
まだ彩寿歌には言えてないんだよなぁ……。
ソシャゲだし、鬼の様に課金しそうだし。
そのお陰で突発的な買い物をしてしまっても生活に打撃はないし、将来的に贈るものも少し見栄を張ることが出来そうなことはうれしいのだ。
それはそれとして確定申告はクソ。
〇 〇
万智は困惑した。
ヘルプで朝から昼のピークタイムの労働を終え、自宅に帰ると見慣れない靴があった。
彩寿歌がまた何か好みのものでも見つけてきたのだろうか、なんて考えるが彩寿歌の靴は見慣れたシンプルなスニーカーとして並んでいる。
そのスニーカーに対して明らかに一回り小さいのが目に見えて分かるほどのサイズ感の厚底パンプスがやけに存在感を放っていたのだ。
……一体誰の?
そう首をかしげていると軽快な足音が聞こえてきた。
「万智お帰り。お邪魔してる」
「ただいま。勝手に来る分には別に構わんが……これは?」
「見た方が早い」
彩寿歌に厚底パンプスの説明を求めるが論より証拠と言わんばかりに両手を握られ、早く靴を脱げと迫られて彼女に誘導されるように万智はリビングにドナドナされていった。
万智は困惑してる。
万智の膝を占領して頭を乗っけている彩寿歌がいる。
リビングに引っ張られていったかと思えばソファーに座らされると視線の先には初めましての女性がいた。
万智がソファーに座ったことでL字ソファーの先の方に座っている女性は小さくビクッと固まった。
それに対して彩寿歌は紅茶入れてくるねー、とキッチンに向かって行った。
始めましての女性は十中八九彩寿歌の姉妹のどちらか。姉妹揃って母の遺伝子が強いらしい。
座っていることも相まってとても小さく見える。下手をすれば小学生と見間違いかねないほど。
顔も童顔ではあるモノのその目線からしておそらく姉。
つまりは乾紗寿叶さんであろうと万智は当たりを付けた。
「はい、紅茶」
「おう」
「そして膝を借ります」
「おう―――――ん?」
万智の前のローテーブルに紅茶と茶請けを置くと彩寿歌は自然な流れで横になり、万智の膝に頭を乗せた。
つまりは長辺の端っこに万智が座り、そこから残りの部分を占有するように彩寿歌が横になり、その足先の方に乾紗寿叶さん(推定)がいると言う構造になる。
「紗寿叶、この人が私の彼氏。諸伏万智。とっちゃだめだからね」
「と、取らないわよ!」
「んで我が夫、小柄でキュートなのが私の双子の姉の紗寿叶。浮気すんなよ」
「しねぇよ」
そうしてあまりにも自然な流れで紹介を始めるものなので――――となる訳がない。
「待てや、よくこの流れで自分の姉の紹介始めたなお前」
「え、ちょ、アイアンクローはやめて。そのおっきい手は私の頭をいい子いい子するためn――――ちょっと握りが強い!!!!」
「大まかな所、何かの拍子でまた交際相手いるってポロリしてそれが気になったお姉さんの追撃回避するのがめんどくさくなって連れて来たってところだろう」
「流石彼ピよくわかってるゥ!そして私の頭蓋骨みしみし言ってりゅ!」
「俺がどうこうできると判断した瞬間ぶん投げて雑に処理しようとする癖直せ?」
「ひゃい!」
「後照れ隠しの癖が強い」
膝に頭を乗っけた彩寿歌の顔面をがっしりと掴むとアイアンクロー*1を仕掛ける。
ほどんど力は入れていないので殆ど彩寿歌の照れ隠しの演技である。
彩寿歌は“現実ではシリアス何てないくらいのほのぼのがいい”と言う精神であることは万智も常々理解している。
理解しているが故に真面目な顔して彼氏を紹介できなかったのであろうことは容易に察せた。
そんなやり取りを彩寿歌の姉の前でやってしまった訳だが、当の彼女はポカンとした顔をしてこちらを見ていた。
パッと彩寿歌の顔を掴んでいた手を離せばスッと起き上がって耳元に顔を寄せてきた。
「あの、私以前も言ったけど実家だと結構クールキャラやってるんですわ」
「良かったな」
「何も良かないよ!?私に羞恥で死ねと!?」
「耳元で叫ぶな」
再びアイアンクローの体制をとると今度はお行儀よく座った。
姿勢よく背筋を伸ばしたまま場が凍ってしまったので空気を壊すべく万智は自分で挨拶をすることにした。
「改めまして。彩寿歌さんとお付き合いさせて頂いている諸伏万智です」
「え、あ、はい。彩寿歌の姉の紗寿叶です」
「彩寿歌さんからは可愛いくてキュートで面倒見の良い方だと度々お話を聞いています」
「そう、ですか」
「おそらくこいつが交際してるだのの話を出さなかったのは変な意地か、照れ臭いかのどちらかだと思います。一年以上お付き合いをさせて頂いているのにご挨拶が遅れてすみませんでした」
「い、いえ、お気になさらないでください」
「彩寿歌さんの双子のお姉さんと言うことは歳も同じですので無理に敬語を使わないでください」
「は、はい」
……硬いな。
とても緊張しているように思える。
怯えている……と言う訳ではなさそうだが、単純に彼女に比べて身長差が大きいから威圧しているように思われているのかもしれない。
「紗寿叶は私以上に男の人に免疫ないだけだから気にしないで。慣れればつんけんし始めるから」
「彩寿歌!?」
サラリとした暴露に紗寿叶が驚きの声を上げる。
つんけん…?
「なるほど……?」
「オイこらなんだその含みは。言っておくけど私だってここ5年は父親含めた異性と直接の接触したの万智だけだからね?」
「お、おう」
「そもそも紹介してこなかったのは万智、デカくて結構しっかりと男!って感じの見た目じゃん?背丈いくつになった?」
「4月の計測で186だったかな」
万智は同年代と比べても結構上背がある方だ。
それでも不思議と本人が前に出たがるタイプではないし、眼鏡を装備しているとその存在感が6割減している……と言うのが彩寿歌の談である。
「妹の心寿が178なんだけど、それより拳一つはデカいの。現にこうなってる訳だし、この間心寿と一緒に同年代男子との交流が出来たからこれでもマシになってる方、だとは思うんだけどね。合わせるとちょっとビビると思ったから今まで紹介はしてこなかった。……紗寿叶、納得した?」
「気を使われていた訳ね」
「後は単純に私より紗寿叶の方が可愛いから合わせたくなかった。以上」
ちょっとした私の嫉妬心。
彩寿歌はそう続けると問いかけるように紗寿叶の方に向けた顔をそっぽ向けた。
「紗寿叶が私のスタイルに嫉妬しているように、私だって紗寿叶の可愛らしい守ってあげたい容姿が羨ましいの」
「彩寿歌…」
そっぽを向けたまま、目を少し伏せながら彩寿歌は続けた。
紗寿叶はそんな彩寿歌の小さな吐露を聞いて目を見開き、直ぐに優しさのある目をした。
そこには万智の分からない姉妹なりの何かを感じたのだと思う。
「まぁ、今では散々彼氏に可愛い可愛いと教え込まれたからこうして合わせる気になったんだけど」
「彩寿歌がそんなこと思ってたなんて初めて知ったわ」
「初めて言ったからね」
「それはそれとして私と心寿がいくら言っても聞かなかったのにポッと出の男に言われたら聞いちゃうのね」
「それだけ運命的だったの!」
少し仕方ないものを見るような慈愛の目を向ける紗寿叶に対して彩寿歌は相変わらずそっぽを向いている。
徐々に顔が赤くなっているので本当に照れ臭く、恥ずかしいらしい。
家族に何かを打ち明ける時って少し恥ずかしいのは分かる。
万智は謎の後方腕組み勢の気分になっていた。
「妬けるわね」
「おっと矛先がこっちに」
「ポっとでの男に、ポッとでの男にッ!」
「矛って言うか槍の雨にシフトチェンジしてない?」
そんな姉妹のやり取りを壁になろうと仕掛けていた所、紗寿叶の矛先がこちらに向いた。
十数年姉妹をやっていたのに悩みを打ち明けたのは出会って数年の男だと言うのだから面白くないと言うのは分からんでもない。
わからんでもないが愛想笑いを浮かべるしかないのだ。
「彩寿歌はいつも変なところで意固地なのよ」
「それは紗寿叶だって同じでしょ」
「は?違うわよ」
「違わない。変なところで意地張って見栄通そうとして怖い顔しながらアワアワするのがいつものことじゃん」
「違う!」
「違わない。私は張る意地はしっかり張ってるもん」
「彩寿歌の方が意固地!」
「紗寿叶には負ける」
かと思えば姉妹喧嘩が始まった。
はたから見ればどちらも意固地にしか見えないんだが。
万智はそんな姉妹喧嘩を眺めながらゆっくりと茶をシバいた。
〇 〇
姉妹喧嘩のジャッジを振られ、万智も動揺する場面もあったが二人が疲れてソファーに顔をうずめるころには空気は穏やかになっていた。
彩寿歌がここまで喧嘩っ早くなっているのを見るのは初めての光景だったので珍しく思えた。
彩寿歌は作家であるが故か無駄に豊富な語彙で的確に紗寿叶を刺し、後半から紗寿叶はかなり涙目で子供の様な語彙でバーカバーカと言っていた。
人生経験の差だろうか。
少し大人げないのではなかろうか。
それでも体力お化けの気配のある彩寿歌がダウンしているので相当感情的になっていたのも確かの様だ。
万智はそんな二人の喧嘩を横目にリビングの機械を弄っていた。
「万智、何してるの?」
「ん?コレ」
万智は凡そのセッティングが終わったのでスマホの画面を彩寿歌に見せた。
「……え、いや、待って?」
「じゃ、実際に自分でやる方向で行くか?Go to your room」
「発音良ォ……てそうじゃないからね?そこまでゲロるつもりないからね?向き合った!頑張った!」
万智が見せたものは彩寿歌の写真。
“乾彩寿歌が制服以外の女子らしさ全面的に前に出している服を着るのは何というか気恥ずかしさと言うか……”と言っては家族の前では頑なに着ようとしない類いの衣装の写真だ。
スマホのミラーリング機能を使ってリビングのテレビで見られるように外付けの機械のセッティングをしていた訳だ。
「そうするなら自然と適当なファミレスかカラオケボックスに呼び出してんだろお前は。ウダウダ足踏みしてないでサッサと行け」
「うぅ、このドS!鬼畜!」
「はいはい、後で甘やかしてやるから行ってこい」
「くっ、完全に私を理解してやがる」
なぜこんなことをしているかと言えば少なからず彩寿歌にも家族にそこら辺を打ち明ける気になったのだと万智が解釈したから。
一歩を踏み出せないのなら軽く背中を押してやるくらいは良いだろう。
そんな万智の思惑を彩寿歌は理解するが、あまりにも容赦がないと言う。
彩寿歌自身も今一歩を踏み出すのに躊躇っていた所で言い訳を潰す理由を与えられた。
さりげなく背中を押してくれる人なのだと羞恥に見舞われる中でもほんの少し口角が上がっていることには気が付かなかったが。
「どうしたの」
「ああ、ちょっとした彩寿歌の暴露第二弾、ってやつかな」
「―――あの子に変な事してないでしょうね」
「何が脳裏を過ぎったのかは知らんが、今みたく日の高いうちからする話ではないことは確かだぞ。姉妹揃ってむっつりか」
「なっ!」
ソファーから少し顔を上げ、二人のやり取りに紗寿叶は疑問を覚え、それについて問いかけた。
出てきた単語は暴露。
先ほど彩寿歌の長年隠していた気持ちを確認できたのだが、それの第二弾?
ソファーの背もたれに顔を伏せながらも二人の会話は聞こえていた紗寿叶は、その会話の内容からいくつかの候補が脳裏を過ぎった。
一度部屋に下がらせたと言うことはこの場で出来ないことだ。
一体何なのだろうか。
―――ま、まさか何かエッチな事なんじゃ。
二人はそう言う関係なのだろうけど、私にはまだそこまで過激なものは受け止めきれない。
それに妹に何か無体を働いていると言うのなら姉としてどうにかせねばと一瞬にして脳裏を多くの想定が脳裏を過ぎった。
過るがそれをあっさりと否定されてしまい、紗寿叶は思わず狼狽してしまう。
……と言うかあの子もむっつりなのね。いえ、私はむっつりなんかじゃないけど!
紗寿叶は思わず顔を赤く染め、再度ソファーに顔を埋めた。
〇 〇
「ねぇ、ほんとに出なきゃダメ?」
「……お前に三つの選択肢をやろうチキンガール」
「誰じゃチキンじゃい!」
約10分後、万智は彩寿歌にチャットで呼び出され、諸伏家の一室に向った。
一人暮らしをするには広すぎる諸伏宅の中の二階の一室は彼女の作業部屋兼物置となっている。
万智の私室の隣の部屋だ。
その代わりと言っては何だが、ほとんど埃が確認できないほど小まめに掃除をしてくれているのも彩寿歌である。
そんな部屋の前で彩寿歌は未だ足踏みをしていた。
親しいからこそ打ち明けるのが難しい事だっていっぱいあることを万智もよくわかっている。
それでも踏み出したい気持ちがあるのであれば、引っ張ってでもそれを成そうと万智は考えている。
オタクにとっての地雷は行動に移さないでうだうだと後悔することなのだから。
少なくともまた紗寿叶が諸伏宅にやってくるのはずっと先のことになるだろう。
妹の彼氏の家にやってくるなどそうないはずだ。
彩寿歌も少なからず自身の服装の趣味について話そうと言う思惑があったからこそ、諸伏家に連れてきたのだと思う。
先ほども言ったがただ顔を合わせるだけならそこらのファミレスやカラオケボックスで良いのだから。
だからこそ、今がその時ではないのだろうか。
「一つ、おとなしく出てくる」
「それが出来ないからこうなってるんでしょ」
そこがチキンなのだ。
「二つ、お前が出てくるまで俺の写真フォルダーにあるお前の写真を順次、紗寿叶さんに公開していく」
「それはダメ!絶対だめだからね!?」
流石に非道なので彩寿歌を待つ間に紗寿叶に見せる案は実行はしなかった。
「三つ、俺が強引に引っ張り出すッ!」
「ひょあ!?」
そう言うと万智はおもむろにドアを開けた。
ドアにもたれかかっていたのかドアを開ければ彩寿歌はその先に居た万智に倒れ込むように出てきた。
「彩寿歌って結構欲しがりさんだよな」
「ち、違うけど!?」
彼女一人くらい受け止められるようにと足腰しっかりと鍛えている万智はビクともせずに彩寿歌を置け止める。
頭一つはある身長差のお陰か、胸元に抱きしめられる形だ。
無意識か意図的かは分からないが彩寿歌は時々強引に事を進められることを好む。
何がとは言わないが、そう言う所だぞと心の中でツッコミを入れる。
「選んだのはそれか」
彩寿歌の着替えた衣装は彼女の中でおそらくトップレベルにお気に入りだと思われる軍服ロリータ。
ゴスロリとか地雷系と呼ばれる類いのものでは無く、シンプルなクラシカルで女性らしいかわいらしさのある見た目のものだ。
ハイウェストとショートジャケット。
少しファンタジーにも見えるコスプレ以外では早々にお目にかかれない類いの服を彩寿歌は好んでいた。
その系統かファンタジー系の作品に出てくるような制服や大正ロマンを感じる袴とかも好きらしい。
TPO的に着ていく場所もないし、と諸伏家に遊びに来るときは度々袖を通して楽しんでいた。
現代的な服装もシンプルで柄の強くないものやフリルやレースが過多ではないものを好んでいるだけで、普段デートに出かける服装も可愛らしいのだがそちらの方は今回は選ばなかったらしい。
「……紗寿叶の好きなブラックリリィの衣装に近しいから一番受け入れやすいかなって」
「短い間接しただけだけどそこらへんを馬鹿にするような子では無いんだろ」
「それはそうなんだけど……」
彩寿歌は自分の世界観を崩されることを極端に嫌う。
言い換えれば自分を否定する人が嫌いだ。
それは彼女自身の根幹に関わることもあるだろう。
だからこそ自分の大事なものを隠すことがとてもうまくなった。
姉妹だからと言って相容れない人とは距離を置くだろう。
そんな彩寿歌が大切にしている人なのだから、大丈夫。
「行こうかお姫様。お手を」
「ぐぅ」
相変わらず彩寿歌のぐぅの音を出すポイントが今一分からない万智は小さく首をかしげてそうになってしまう。
ぐぅの音を上げながら胸元を押さえるように彩寿歌が下がって距離が出来たので、万智は執事の様に少し屈みながら手を差し出した。
おずおずと差し出した手を彩寿歌が取るのをゆっくりと待つ。
「ひゃ!?」
「あんまり可愛い声を出すな。塞ぐぞ」
万智の手に彩寿歌の女性らしいしなやかな手が乗るとそれを包むように右手で握り締め、左手を彼女の背に回し、再び自分の元に引き寄せる。
ちょっと強引に引っ張った腕の行く先を後方に寄せる訳にもいかず、上に引っ張れば顔は自然と近くなった。
化粧もしたのかいつもより赤みのある唇に視線が吸い寄せられたのでそんな言葉が口からこぼれてしまう。
「強引!いじわる!ドS!今紗寿叶がいるからね?!」
居ない時ならいいのか、とは無粋なので言わない。
そう言う所がむっつりなのだ。
いや、結構オープンスケベかもしれない。
照れ隠しの下ネタに走るのはむっつりと言っていいかもしれないが性癖開示は明らかにオープンスケベだ。
どっちに分類されるのだろうか。
「わるいわるい」
「棒読み!すっごい棒読み!」
「お詫びと言っては何だが、丁重に扱わせてもらおうか」
彩寿歌が手に取っていた手をパッと放すと一瞬寂しそうな顔を浮かべることに罪悪感がやってくる。
だから、と言うわけれはないけれど背に回していた手を少し上げ、右手を膝裏に回して持ち上げる。
「落ちるなよ、お姫様」
「ひゃい」
……軽い、と言っても最低でも50㎏以上はあるだろうが、それを表に出さないくらい鍛えていてよかった。
こういうことで喜ぶあたりが彼女にほしがりさん、といっても問題はないのではないだろうか。
人を抱えて足元が見えなくても慣れ親しんだ我が家の階段を踏み外すような失敗はしなさそうで助かった。
〇 〇
紗寿叶は家主の万智が彩寿歌の部屋に向かう後姿を見てゆっくりと背をソファーに預けた。
ここにやって来たのは彩寿歌に連れられて。
それより前の過程を言うのであればお盆に母方の祖父母の所に行った際に祖父と彩寿歌が言い争った拍子に交際相手がいることを零し、それを紗寿叶が問い詰めたからだ。
彩寿歌は何かと口を濁そうとしたが、祝織に「まだ言ってなかったの?」と言われ会えなく撃沈し紹介することを決めたと言う。
その場には心寿はいなかったので、もう少し内緒にしておきたいと言う彩寿歌の意思を尊重した。
彩寿歌に彼氏。
その事実を正確に認識した頃には驚きとか衝撃とかよりも“やっぱり彩寿歌は大切なものは隠すのね”と言う言葉が小さく音にもならずにこぼれた。
紗寿叶と双子として生まれた彩寿歌は幼いころから身長差はあったし、双子だと言うのにあまり顔は似ていなかった。
それを幼い頃に聞いたら二卵性双生児、と母は答えてくれた。
自分よりもどんどんと成長していく彩寿歌のことがとにかく羨ましかった。
少なくとも更に下の妹の心寿が彩寿歌の背を抜くまではそう思っていた。
心寿がぐんぐん伸びてくことでようやく紗寿叶は「姉妹でも成長は違う」と実感できたからだ。
それでも彩寿歌のことが羨ましいのは変わらない。
自身よりもずっと大人びていたからだ。
双子らしくどちらが姉か、なんて言い争いも紗寿叶が姉であると主張すれば彩寿歌はあっさりとそれを認めた。
それはそれで面白くなくて癇癪を起しては宥められていたように思う。
物心ついたときには心寿は生まれていた。
姉なのだから、と何かを押し付けられていた訳ではないが自然と姉らしいことをする彩寿歌の真似ばかりしていたと思う。
何かを取り合うような出来事が発生するようなことがあれば必ずと言っていいほど彩寿歌は折れた。
御菓子の取り合いで喧嘩した覚えはないし、どちらかを選んでと言う時は先に紗寿叶が選択する権利が回ってきていた。
その事実に気が付いた時に彩寿歌に問いただしても「どっちでもいいかな」と言う言葉が出てきてやはり紗寿叶は面白くなかった。
似たようなことが起きそうになったら彩寿歌は曖昧に誤魔化すのが上手くなっていた。
“彩寿歌は大切なものは隠す”そう気が付いたのは結構最近のことだ。
それは彩寿歌が学校でいじめられていると言う事実が紗寿叶の元に流れてきてから。
あまり面白い話ではないので仔細は省くが“姉妹に危害が加わらないのなら”と自身が傷つこうが構わないスタンスをとっていた。
彩寿歌は大切なものが傷つくことが大嫌いなのだ。
何かと彩寿歌がやっていることに気が付くのはいつも後。
それが紗寿叶の常で、歯がゆい部分であった。
彩寿歌に彼氏ができていた事実に関しても家族以上に大切に思う存在が出来たことに喜びなのか、悲しみなのか、寂しさなのか、嫉妬なのかは分からない感情に支配されたのは確かだ。
それに関して問いただせば曖昧に口を濁すばかり。
“彩寿歌にとって大切だから隠していた”と認識すれば紗寿叶はそれ以上はなにも言えず口を噤んでしまった。
それでもその大切なものを明かしてくれると言うのだから心寿には悪いが双子の特権だとそれに乗ってここに来た。
漫画でよく双子は魂の片割れ。
なんて言われるけれど紗寿叶はそれを感じたことはなかった。
紗寿叶と彩寿歌は双子ではあるものの、趣味も好みもまるで合わない。
けれどもそれを今日、初めて家族以外の視点から「そっくりだ」なんて言われたのだから不思議な気持ちだ。
少なくとも今までそっくりだなんて言われたことは親類以外では初めてだったのだから。
彩寿歌の彼氏は何というか不思議な感じがした。
背は高いもののどこにでもいるような普通の男性。
すこし野暮ったさもある髪型をして眼鏡をかけた普通の人に見えた。
この家に踏み入れるよりも前に決意した“彩寿歌が大切にしている人なのだから”と言うことを念頭に置き、よほどひどい人でない限り認めるつもりではあった。
ましてや自身よりも先に人生経験の長い信頼できる母がその存在を認めているのだから悪い人ではないはずだ。
彩寿歌は彼の何処が好きになったのだろうか。
一つわかるとすれば、彩寿歌の大切を傷つけない人なのだろう。
ただ一つ、そこに確信さえ持てればそれでいい。
一度、あの子の大切なものを壊そうとしてしまった自分はそれ以上の口を出すつもりはない。
あの頃は幼かったなどと言い訳もできない紗寿叶は、ただ妹を幸せにしてくれる人なら良いとさえ思っている。
どこか達観していて、それでいて繊細な大切な妹を幸せにしてくれるのなら――――。
そんな思考を巡らせているとゆっくりとしたリズムの足音が聞こえた。
階段から降りている音だと察しが付く。
これで彩寿歌が一度席を離れた理由がわかるはずだ。
正直、妹の彼氏といざ一対一になったところで何を話せばいいのかなんてわからなかった。
以前五条若菜との邂逅時は色々……本当に色々とあったからどうにか勢いでなったし共通の話題もあった。
諸伏万智とは何を話せばいいのか分からなくて、ただ紅茶を口に運ぶマシーンになっていた気さえする。
だから、彩寿歌に呼ばれて席を外した時は少し落ち着いたものだ。
曰く、ちょっとした彩寿歌の暴露第二弾。
一体何が出てくるのかしら。
徐々に近づく足音に向けてゆっくりと紗寿叶は視線を向けた。
「――――」
そこには妹がいた。
長年共に育った妹だ。
けれどもその彼女は表情も、しぐさも、服装も。
その何もかもが初めて見る姿であった。
驚きでただ目を点にしてしまう。
「……何か言いたいことあるなら言って」
「―――とても素敵よ」
ちょっと不安そうに視線をほんの少し逸らしている彼女がおかしくて、クスリと笑いながら紗寿叶はありのままの感想を彼女に伝えた。
「今日は知らない貴方ばかり見ている気がするわ」
「乙女は秘密を着飾るものらしいよ」
言いえて妙だ。
それでも視線をずらしている。
ほんのりと赤く染まる頬がとても愛らしい。
「私にはその着飾った姿が見えていなかったみたいね。今まで損した気分」
「コレからでいいんじゃないの」
「そうね」
そっか、これからがあるのか。
あの日妹に隠し物をさせてしまった私に妹はこれからを見せてくれるらしい。
「一つ言わせて」
「何」
「そのお姫様抱っこ状態は何なの。シリアスが続かないわ」
「私、シリアス嫌いなの」
「そうされていると本当にシリアスが続かないわよ。私結構真面目なつもりだったんだけど」
「……紗寿叶ってほんと真面目だよね」
「あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ!」
「そろそろ下ろしていいか」
「ダメ♡」
「さいで――――って何撮ってんだ」
「あ、紗寿叶それ後で送って」
「任せなさい」
「下ろすぞ、下ろすからな」
「今降ろしたら未来の義姉の前でチューすることになるからね」
「な、ちゅ、チューとか彩寿歌にはまだはや、早いんじゃないかしら」
「純情だね」
「え、なに、どういうこと!?」
結局抱っこしたままソファーに座った。