『どうしても黙れないのでしたら、その小さな口に……ロールケーキをぶち込みますよっ!?』──桐藤ナギサ
『このカミソリはてめーのケツの中に突っ込んでやるぜーッ』──ヴィネガー・ドッピオ
「先……………生……………………?」
先生…………
先生………………?
どうして………
どうして動かないんですか……………?
なんで固まったままなんですか………?
「先生……………?」
冗談は………
「冗談はやめてくださいよ………?」
だって
だってついさっきまで話してたじゃないですか………
こんな
こんな急に動かなくなるなんてこと……
そんなこと………
おかしいですよ………
「先生…………仕返し………ですよね………?」
私が
私がわがままなことを言ったから
乱暴なことをしたから
だからちょっと怒ったんですよね?
それで私に仕返しをしているんですよね………?
「も、もう………先生………そんなこと………やめてくださいよ………」
あんまりにも
あんまりにも笑えない冗談です………
「先生………?私……」
私………………
「反省………してますから…………私が全部……悪かったんです………自分勝手なことを言って…………先生を………困らせて………本当に………本当に反省してます…………」
だから…………
「だから………目を…………目を開けてください…………?私のこと………私のことを見て…………叱ってください……………」
先生……………
先生………………………?
「どうして…………どうして目を開けてくれないんです………か…………?」
もう………
「いや…………目を開けて………目を開けてください………先生……………」
もう十分です…………
「いや…………いやっ…………開けて…………目を………目を開けて……………」
もう十分ですから………………
だから………
だから……………!
「お願い…………開けて………お願い………します……………開けて…………開けてよ…………!」
開けて………
開けて……………………
「お願い………………………先生っ…………お願いだからっ……………」
「おい……」
「………!!?」
誰………!?
あ………
この人は………ミレニアムの用務員の………
「あんた今………突き飛ばしたか?先生を…………」
「あ………」
「…………!!先生………動いていない……………!?」
「っ……!!?」
「どけぇっ!!」
「あっ………!?」
突き飛ばされた
私は尻もちをついて固まった
「先生!!しっかりしろ!!おい!!」
「あ………」
「……ッ!?息をしてねぇ!?」
「!!!!?」
っ……!?
「おい先生………息を………息をしてくれよ!!!」
息を……
先生が…………?
私が
私が先生を突き飛ばして
壁に当たって
それで
先生は動かなくなって
あ………
あぁ…………っ…………
「誰か!!!誰か救急車を呼んでくれぇっ!!!!」
「いや…………先生…………」
「早く!!このままだと死んじまうよぉ!!!」
「いや………いやぁ……………」
「誰か来てくれよぉ!!!!」
「先生…………先生ぇ………………っ……………」
「ッ…………お前………………………」
ひ…………
「先生がこうなったのはお前のせいだろ……………何おどおどしてんだよ…………」
「あ………っ………」
「許さねぇからな……………俺はお前を許さねぇ!!!」
「この人間のクズがッ!!!!!」
あ…………
私…………
先生のことを…………
先生のことを…………………
殺──────
◆◆◆◆◆
目の前のユウカはただ泣いている
小さな子供のように泣きじゃくっている
口を動かしては『ごめんなさい』と謝るだけ
人生でこれ程までに誰かに怒りを覚えたことは無い
誰かを憎んだことは無い
私は
私はユウカのことを許せない
絶対に
絶対に…………
「…………!!ここにいたのか!!!」
「……………?」
私でもユウカでもない声
聞き馴染みのない人物の声
「あんた生徒会長だろ!?先生の恋人の!!」
「………!?どうしてあなたが……」
「んなことはいい!!先生が!!先生が今大変なんだ!!病院に運ばれて!!!」
「は……………………」
「………………!?」
なに
なに、それは
「先生っ!!!?」
病院
ベッドの上に先生は横たわっていた
目を閉じて
頭に包帯を巻いて
「先生ぇっ!!?」
隣にはユウカがいた
涙で目をぐちゃぐちゃに濡らしていた
「な………何があったの!!!?」
「頭部に強い衝撃を受け、昏睡状態に陥っています。何とか一命は取り留めましたが…………まだ目が覚めず…………」
「そんな……………!?」
頭部
衝撃
何があったのか分からない
どうして先生が
先生が、こんな酷い姿に
こんな酷い目に…………
「…………あんたたち、ついて来な」
「え……………?」
「どうして先生がこうなったのか、教えてやるよ」
先生がこうなった原因…………?
「連れて行って」
私の口は反射的に言葉を発していた
隣で嗚咽を漏らすユウカも、この人についていくことになった
頭の中が滅茶苦茶になっている
何が何だか分からない
吐きそうになる頭痛を抑えるのに、私は必死だった
◆◆◆◆◆
「え……………………」
連れて行かれた先
ベンチソファに座って顔を覆っている誰かがいた
私はその姿をよく知っていた
「ノア………………………?」
「………………!?」
ノアは私の声を聞くと同時に顔を上げた
血の気は完全に引いている
真っ青に染まっている
私に怯えている
「あ……………ああっ……………」
「どうして……………どうしてノアが…………………」
「そいつが犯人だからだよ」
「は…………………」
先生の友人はノアを指差した
声に怒りを込めながら
「は………犯人…………………?」
ユウカの声が震えている
私も情報を飲み込めないでいる
「そいつが…………そいつが先生のことを突き飛ばしたんだ」
「……!!?」
は………!!?
「先生を壁に突き飛ばして…………先生は頭を打った。そいつが先生をこんな………こんな状態に貶めたんだよ!!!!」
「っ…………」
なに
なに、それは
突き飛ばした?
先生を?
ノアが?
「どうして?」
「それ………は…………」
は……………………
は…………………………………?
「なんで……………なんでそんなことを…………」
「……俺の位置からは全部は聞こえなかったけどな。何か言い争ってたんだよ。争うっつってもそこの女が騒いでただけに聞こえたが……」
「……………!!」
「俺は止めに入ろうと思った。そしたらもう遅くて………先生は突き飛ばされて……………くっ…………!俺がもっと早く止めていれば…………!」
「わ、私………は…………………」
ノアが………
先生と………………言い争い……………
まさか…………
まさか…………………
「ノア……………あなた…………………あなたまさか…………先生に…………先生にまで………先生にまで押しかけてッ!!」
「あ…………ちが……………」
その時
私の中で
私を繋ぎ止めていた
最後の糸が切れる感じがした
「ッ!!!!!ふざけないでよッ!!!!!!」
「あ………っ……」
「リオ……会長………」
「私に………私には何を言っても構わないわ!!!私は気にしない!!私は何とも思わないッ!!!でもッ!!でも先生は違うでしょうっ!!?」
「ひ………」
「先生があなたを傷付けたっ!!?先生があなたを否定したっ!!?違うわよね!!!?違うわよねッ!!!?先生はいつも一生懸命だった!!!生徒たちに寄り添って!!!いつも生徒のことばかり考えて!!!!だから………だから私からも離れた!!!悲しかったわ!!本当に悲しかった!!でもそんな先生だから!!!私は先生を愛せた!!!」
「ぁ…………」
「なのに…………なのにどうしてそんなことが出来るの!!!?ノアも!!!ユウカもッ!!!」
「あ……あぁ………っ………」
「あ………ごめんなさ───」
「そんな言葉もううんざりよ!!どれだけ謝っても!!あなたたちは先生を傷付けた!!先生の気持ちを踏みにじった!!最低よ!!本当に最低っ!!!」
「っ………」
「ぅ………………」
「どうしてっ!!!どうして私から取り上げるのっ!!?私から奪っていくのっ!!?私には何も残らない!!先生がいなくなったら…………いなくなったら………っ……!!」
「会長さん……」
「もし………………もしこれで…………先生が…………先生が意識を取り戻さなかったら……………どうすれば良いの……………?私はどう………っ…………生きていけば…………良いの………っ………………」
「リオ………会…………長……っ………」
「っ…………ぐすっ………うぅ………」
「何で………何であんたが泣いてんだよ……………てめぇから突き飛ばしておいて…………」
「う………ぐぅっ…………ごめんなさい…………ごめんなさいっ…………」
「泣くんじゃねぇよッ!!!全部てめぇのせいだろうがッ!!!」
「ごめんなさい…………!!!ごめんなさいっ……!!!」
「ノア………ノアぁっ…………」
辛い
辛くて
辛くて
死んでしまいそう
もう耐えられない
こんな苦しみ
先生
もし先生がいなくなったら
私は
私はもう……
生きていけない……………
「先生…………どうか……………どうか助かって…………!!!」
私が望むのはそれだけ………
それ以外何もいらない………………
ただあなたが助かってくれれば…………それだけで……………もう……………
「ここにいましたか!!」
「!!?」
「先生がっ!!先生が目を覚ましましたっ!!!」
「!!!!!!!」
「何だって!!!?」
「皆さん急いで!!!」
先生………
先生……………!!
◆◆◆◆◆
「先生っ!!!!」
ベッドの上には先生がいた
先生は目を開けていた
そして私のことを見た
「リオ…………」
名前を呼ばれた瞬間
今まで蓄積していた怒りとか不安とか悲しみとか
全ての負の感情から解き放たれた
「先生……………目を開けてくれた…………のね…………」
「…………うん」
「先……生………」
でも
後ろの2人の声が聞こえてきた瞬間
またあの不幸な感情が蘇った
心に鉄の縄がかけられた
「ユウカ………ノア…………」
「先……生…………ごめんなさい……っ…………」
ノアが頭を下げた
これでもかというぐらいに下げた
それを見て怒りが胸を刺激した
赤い感情が視界を揺さぶった
「私は…………最低………でした……………先生の気も知らないで………一方的に……自分の感情を先生にぶつけて………その結果………こんな………こんな………っ…………」
「そんな言葉で済む問題じゃないでしょう……………あなたの身勝手が……………あなたの身勝手が!!あと少しで先生を………先生を……………!」
「先生…………私………も………………」
今度はユウカが頭を下げた
怒りが上乗せされていく
拳が震えて唇が強く閉ざされる
「ごめんなさい…………本当にごめんなさい………っ……………」
今更
今更
この期に及んで
何を謝ろうというの
誤ったところで
先生が傷ついた事実は変わらない
私たちが引き離された事実は変わらない
なのに
なのに何を今更…………
「どんな……………どんな償いでも………します…………だから…………だから…………」
償い………?
あなたに何が出来るの、ユウカ
「ユウカ…………あなたに出来る償いなんて無いわ……………」
「…………………」
「あ…………先生…………リオ………会長…………」
「出て行って……………出て行ってちょうだい……………!」
「あ………いや…………」
「ノア、あなたもよ………!」
「っ…………!?」
「先生をこんな目に遭わせたあなたの顔なんて見たくないわ………!早く出て行って…………出て行って!!」
「わ………私っ………」
「2人とも出て行きなさいっ!!!そして二度と先生の前に現れないでっ!!!」
これが
これが私の望み
こんなことをした2人を先生に会わせたくない
先生と関わって欲しくない
「いや…………いやっ…………」
「わ……私…………私っ…………」
怒りが
怒りが収まらない
「もういい………………あなたたちはセミナーから除名処分よ……………ミレニアムからも退学にするわ………」
「っ!!?」
「そ、それは………!?」
「あなたたちに出来る償いは無いッ!!だからミレニアムから立ち去りなさいッ!!!それが私の唯一の望みよッ!!!」
部屋の中に2人の嗚咽が漏れる
青ざめた顔で涙を流している
でも何も意味がない
何の価値もない
失われたものはあまりにも大きい
もう修復なんて出来ない
これで終わり
もう終わりよ
私たちの青春は
これで
これで……
これで終わり───
「先生!!」
え………………?
この声は………………………
「アリス……………?」
「えっ!?リオ!?あ…………ユウカもノアもいます!!」
アリスは顔をパッと明るくさせて
ユウカとノアに駆け寄った
「今までどこに行っていたんですか!?アリスはとても寂しかったです!!」
「それは………………」
「……………」
「どうしたんですか…………?凄く悲しそうです………………」
「アリス………どうしてあなたがここに………」
「アリスは先生のお見舞いに来たんです!!先生、怪我をしたって聞きました!!」
お見舞い……………?
「先生、怪我は大丈夫ですか!?アリスは心配していたんですよ!!」
「ユウカ…………?」
…………!
この声…………まさか
「え…………モモ………イ…………」
「ユウカ…………どうしてここに……………」
「ユウカだけじゃないよ、ノアもいる………」
…………!
ミドリも…………
「どういうことなの…………?」
ミドリが先生に目を向けた
先生は少し固まった表情を見せた
そして…………
その後、微笑んた
「ユウカもノアも………リオも、皆お見舞いに来てくれたんだ」
「………………!!」
先生……………?
「今まで3人にお仕事を手伝ってもらってたんだよ。ただ………ちょっと難しいお仕事でね。中々連絡ができなかったんだ」
お仕事……………
お仕事だなんて……………
先生、どうしてそんなことを───
「……………!!」
その時
先生が私にだけ目を向けた
『何も言わないで』
そんなメッセージを込めて
「ユ、ユウカ……さん」
「あ………ユズ……………」
「その………新作のゲーム……そろそろ完成しそうだったんです。ノアさんも………遊んで欲しいなって……」
「それは……………」
「アリスもユウカとノアとゲームしたいです!!もちろんリオも!!」
「えっ…………?」
私も…………
「先生も!!皆で一緒にゲームしましょう!!1人よりも2人!!2人よりも3人!!皆一緒なら、きっと、きっと凄く楽しいはずです!!」
アリスの元気しかない声が病室に響き渡る
アリスは無邪気
私たちにあったことなんてまるで知らない
知ることはない
先生が
先生が、きっとそれを許さない
「うん、そうだね。皆でプレイしてみたいね。ユウカも、ノアも………リオも」
……………………
「さあ、君たちはもう帰った方が良い」
「えー、もう帰るの?」
モモイが不服そうに唇を尖らせた
アリスも表情を曇らせる
「皆と一緒にいたいところだけど、もう夜も遅いから。先生として、遅刻の可能性を上げる訳にはいかないよ」
「ちぇー。ま、仕方ないか。先生、今度顔見せてね」
モモイの言葉に、先生は頷く
「ユウカたちは?」
「3人は………まだ仕事の打ち合わせがあるから残ってもらうよ」
「一緒に帰りたかったですが………でも会えたから今日は良いです!次のゲームまで取っておきます!」
名残惜しそうだけど、アリスもモモイについていく
「先生、お大事に」
「うん、ありがとうミドリ」
ミドリもユズも、病室から立ち去った
嵐のように、4人が私たちの空気を変えた
変えてしまった
「……………………………」
そして嵐が過ぎ去った後の沈黙が私たちを包みこんだ
「………………皆」
その沈黙を破ったのは、先生だった
「やり直せないかな………」
「………………!」
やり直す…………………?
「私は………先生として未熟だった。至らない人間だった。だから………だからこんな酷い事態を招いたんだ」
「………!違うわ……!先生は何も………」
「いいや……………違うんだリオ。私は逃げていたんだ。皆と向き合うことに。ユウカも、ノアも。盗聴器なんて取り付けたこと、初めから私は叱らなければならなかった」
「っ………」
「……………」
「ユウカが押しかけてきた時も、本気で叱ればああはならなかったかもしれない。私が弱気な態度でいたから、生徒を叱ることを恐れたから、だからあんなことになった……………」
「そんな………………」
あなたは………
あなたって人は……………
「どこまでお人好しなの………………?」
「お人好し…………そうなのかな。でも、これが今の私の正直な気持ちだ。皆が離れ離れになったら…………私はもう"幸せ"になれないよ…………」
「………………………!!!」
"幸せ"
先生の口からその言葉が聞こえた時
突然、あの日々が蘇った
先生と過ごした、あの日々が
私の人生にとって、あの時間は間違い無く一番"幸せ"だった
今まで生きたどんな時間よりも"幸せ"だった
それは先生も同じだった
でも
でも先生は
あの時間と同じぐらい
生徒たちとの時間を"幸せ"だと思っている
先生にとっては
生徒たちが健やかに青春を送ること
それ自体が"幸せ"
だから
だから先生は
ユウカとノアにも
救いの手を差し伸べようとしている
"生徒の幸せ"が"先生の幸せ"
それが
それが、私が愛した"先生"だった
「ユウカ、ノア。そのままってことには出来ない。ちゃんと私に謝って」
「…………!!」
「謝るんだ。悪いことをしたら、謝らないとダメだよ」
先生が険しい顔を見せる
先生が見せる、初めての"怒り"
でもそれはきっと
「あ……………ああっ………………」
「先…………生……………っ…………」
2人にとっては、この上ない"救い"
2人の頬に、止めどない涙が流れ出した
「ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ………!!!」
ノアが震える
「私は最低です…………最低なことをしました……っ………………本当に………本当にごめんなさい……」
ユウカが
先生は頭を下げる2人をじっと見据える
そして、しばらく2人のくぐもった嗚咽だけが聞こえていた
「……………………私も、2人をもっと叱るべきだった。2人をちゃんと見てあげるべきだった。私もごめん…………2人から逃げようとしていた」
「そんなっ!!?先生は何も悪くありません…………私が………私が全て悪かったんです………………」
「一方的に逆上して………先生を傷付けた………先生に悪い所なんて何一つ無かったのに………………」
「…………うん。これから私は2人の罪に向き合う。もう逃げないよ」
先生は2人の手を取った
2人はうずくまるように泣きじゃくる
2人の懺悔の時が始まる
こうやって、過去の罪が洗い流されていく
どんなに悪行を働いても
そこには罰があり
そして罪は贖われる
先生はそういう人
生徒の罪を
最後には許す
そして未来へと向かっていく
そういう人
「さぁ………………ユウカ、ノア」
「うっ…………」
「ぐすっ……………」
「リオにも………リオにも謝って」
先生の眼差しが私に向いた
私の心の震えを見透かすように
私をこの負の呪縛から解き放ちたいと
そう願いを込めて
「リオ…………会長………」
ユウカとノアが私に顔を向ける
涙でぐちゃぐちゃに濡れていて
とても人に見せられる顔じゃない
でも
この2人の心には
今包み隠すものがない
これまでとは違って
全てが野ざらしになっている
全てをさらけ出して
私と向き合っている
「ごめんなさい……っ………………………」
罪を認めて
全ての罪を背負って
新しい一歩を踏み出そうとしている
「リオ」
後は私だけ
私の言葉で
全てが始まる
お互いの全てを知った
隠すことの何も無い
そんな、本当の関係が
「許さないわ」
「え……………………」
「あ…………………」
全てを隠さない
2人が全てをさらけ出したように
私も全てをさらけ出した
「先生…………………あなたのことは今でも愛してるわ………」
「リ……オ……………」
「でも………………これだけは………………あなたの意向には添えない…………」
「あ……………リオ………会………長…………」
「私はもう………………その2人の顔は見たくない………………」
先生は本当に人間ができた人
この世界の聖なる部分を、全てかき集めたような人
だから
そうでない私には
許せない
私たちの"幸せ"を壊した2人は
許すことが出来ない
「先生……………ごめんなさい。私は………あなたほどできた人じゃない」
「リオ………会………長………っ…………」
「…………除名や退学の話は無かったことにするわ。あの子たちにはあなたたちが必要でしょうから」
「あ……っ………………」
「だから……………もう私に関わらないで」
「リオ……………」
「先生…………………」
先生の寂しそうな表情が、私の目元を刺激する
でも、私はその刺激に必死で耐える
今は負けてはならないから
「お願い………………………今は……………1人にして……………………………」
私は病室の扉を開けた
後ろは決して振り向かない
流れる涙を拭い続けながら
私は夜の街へと消えて行った
◆◆◆◆◆
ゲーム開発部の部室。
私たちは、モモイたちに呼ばれて新作のゲームで遊ぶことになった。
今回のゲーム。それは、"レースゲーム"だった。
「いけ!!当たれー!!」
モモイが私に"コウラ"を投げてくる
私はそれを横にずれて躱した。
「ちぇーっ!!」
「セーフよ!」
「フフッ、それはどうでしょうか………」
「え…………」
その時、"赤コウラ"が私の車体に突撃する。
「あっ………!?」
「油断大敵ですよ、ユウカちゃん」
ノアだ。
ノアが後ろから私を狙っていたんだ。
「この…………早くリカバリーしないと………!」
「それはどうかな?」
「え…………」
再びエンジンを切ろうとした私のカートは、またもや赤コウラに転がりまわる。
「あ…………先生………っ……!!」
「油断大敵だよ、ユウカ」
「っ!!!」
何よこれ………!!
物凄いストレスが溜まるゲームね……!!
今の連撃のせいで私は最下位にまで転落した。
そして、現在の1位はノア。2位は先生。
「先生、このまま私が独走させてもらいますね……♪」
「フフっ………そうだと良いね」
「え─────」
その瞬間、画面が一瞬暗転した。
「へへっ、"サンダー"だよ!!」
モモイがレーサー全員の動きを止めて、車体ごと身体を縮小させる妨害アイテム"サンダー"を使った。
ただでさえ遅れていた私はこれでもっと遅れる羽目になる。
泣きっ面に蜂。
傷口に塩。
「ああっ…………なんてことに……………」
ノアもそれは例外じゃない。
ノアも"サンダー"でダメージを受けていた。
「へへっ、これで逆転するよ〜!!」
ここから、ただ1人無傷なモモイによる逆襲が始まる。
私たちはただその後塵を拝すしかな───
「残念だったね、モモイ」
「えっ!?」
………!
よく見ると、マップ上の先生のアイコンの動きが全然遅くなってない………
むしろ速くなってる………!?
「先生!?」
「"スター"さ」
"スター"。
一定時間身体が虹色に輝いてどんな攻撃も通じなくなる無敵状態になれるアイテム。
確かにそれを使えば"サンダー"も無効化できるけど………いつモモイが"サンダー"を使うかなんて分からないはず………
「何で分かったの!?」
「フフっ………君たちのことなら分かるよ。だって………"先生"だからね」
先生はそのまま前に突き進んだ。
「あっ……!?先生……!!」
「ごめんね、ノア。必ず勝つためだよ」
そしてノアは、小さくなった状態で先生による"スター"の突進を受けてしまった。
その間にモモイやミドリ、アリスやユズ、CPUたちに抜かれて気が付けば私と1位差。
ほぼ最下位になってしまった。
「ゴール!!」
先生は独走して圧倒の1位でレースを終えた。
そして、まだ縮小化のダメージの残るノアを私は抜いて、何とかゴール。私はワースト2位、ノアは最下位。
「順位が確定したのでレースを終了しました……………?」
「ああ、最後の人が走り続けてもしょうがないでしょ?11位まで決まったら12位はそこでレース終了なの」
モモイが解説すると、ノアは残念そうに肩を落とす。
私だって11位。全然喜べる順位じゃない。
「もう!先生強すぎ!!私たちが作ったゲームだよ!?」
「フフ……キヴォトスの外にもレースゲームはあったからね。経験の差、かな」
「でもとっても楽しいです!やっぱり皆で遊んだ方がゲームは面白いですね!!」
アリスが元気一杯に笑った。
凄く、心が癒される。アリスの無垢な笑顔は、今の私にとっては砂漠のオアシスのような救いだった。
「おっと………もうこんな時間だ。私はそろそろ仕事に戻らないと」
「ユウカちゃん、私たちも………」
「…………そうね」
………本当はもう少しここにいたい。
アリスたちとゲームをしていたい。
でも、私たちには仕事がある。
長い間セミナーを空けていた間に溜まった仕事を、片付ける必要がある。
「じゃ、またね皆」
「バイバイ先生〜!!」
モモイたちが手を振る。
私たちも部室を出て行った。モモイたちの明るい声が、歩くたびにどんどんと離れていくのが名残惜しかった。
「………………………」
「…………………………」
さっきまではあんなに賑やかだったのに、今ではしんと静まり返ってる。
私も、ノアも、口を開いていない。
今までなら
今までなら、さっきのゲームの感想を言い合っていたはずだった。
けれども、ノアはその話をしてこない。
私も…………ノアにしようとしていない。
…………………
…………………………
生徒会室には2人きり。
私とノアの2人きり。
……………………
嫌だな
そう思ってしまった自分を、私はもっと嫌だと思った。
◆◆◆◆◆
あれから、ユウカちゃんと話すことが減りました。
…………………
今でも、あの時の記憶が鮮明に蘇ります。
リオ会長とユウカちゃんが、先生と交わるとても嫌な音と声が。
全て目の前の会話を聞くように、はっきりと耳で木霊するんです。
だから…………
………………
声を………聞きたくないんです。
ユウカちゃんは私にとって、憧れだった。
私に無い闊達さを、明るさを、素直な感情表現を。
ユウカちゃんは持っていた。
だから私は、そんなユウカちゃんに憧れていた。
けれども
けれども……………
…………………
…………どうして
どうして、こんなことになってしまったんでしょうか
大好きだったユウカちゃんが
大好きだった先生が
今では、私の苦痛を呼び起こす存在になってしまった
楽しかった日常が
あの日の記憶を忘れようと苦虫を噛み潰す日々に変わってしまった
それが
それが…………
とても…………悲しい
もう、私たちの青春は戻ってこないんだって
もう、楽しかったあの時間は終わってしまったんだって
きっと大人になってからも
ずっと思い出し続ける
悔い続ける
私はもう
永遠の罪人として、裁かれ続けるだけのようです
「………………っ」
「…………!ノア…………!」
考えていたら、涙が溢れてきました
そんな私に、ユウカちゃんが駆け寄ってきます
「大丈夫………?どこか悪いの…………?」
「……………大丈夫です」
「でも……」
「大丈夫です………気にしないでください………」
「…………………」
気遣いの言葉で胸が痛んだのは、人生で初めてでした
「…………ごめんなさい…………っ………」
「………っ…………謝らないで……ください」
…………………
戻りたい
どうか戻ってほしい
どうか
どうか…………
◆◆◆◆◆
「…………………」
仕事の都合上、私はミレニアムの近くに来ていた。
相変わらずに活気のある所。歴史は浅いけれど、何かを生み出そうと意志を燃やす人間たちの活力に満ちた世界がここには広がっている。
私は………そんな活力には気後れしてしまいそうな胸中。
………………
あの動画を撮影したのは誰だったのか。
どれだけ考えても、それが分からない。
答えは謎のままだった。
一体誰があんなことをしたのか。
何も明らかになっていない。
それが不気味だった。
気持ちが悪かった。
………………
でも。
誰かがあんなことをしていたとしても。
ユウカとノアとの間に起きたことは、私たちの問題。
いっそのこと、その誰かのせいでこうなったのだとしたらどれだけ救われたことか。
そうでなかったのが、悲しかった。虚しかった。
………………
あれから、先生には会っていない。
私はまた、1人の日常へと戻っていった。
1日に誰とも会話をしないことが当たり前になっていた。
以前の私ならば、それに何も感じることは無かった。
けれども……
今はそれが、ひどく寂しく思えた。
誰かの言葉でときめき。
誰かの言葉で笑う。
それが私の当たり前になっていた。
でもそんな日常が、もう遠い昔の記憶に思える。
「先生……………」
全て…………
全てあなたのせいよ。
あなたが私を変えてしまった。
あなたといた時には"合理的"だった生き方が。
今ではただの"非合理"になってしまった。
でも、そんな自分をもう元には戻せない。
あの時間を、無かったことには出来ない。
全部。
全部、あなたのせい。
あなたの…………
「あ…………………」
………………?
………………………!!
あなたたちは………………
「リオ………会長……………」
ユウカ……………
ノア…………………………
「……………………………」
「あ…………その……………リオ………会長………」
「こ…………こちらに………いらしてたんですか…………」
「………………………」
気付けば奥歯を強く噛んでいた。
2人の声が耳に入る度に、不快な感情が心の奥底から噴き出してくる。
「…………………」
彼女たちと一緒にいてはならない。
それは自分を"不幸"にする、極めて"非合理"な選択。
私は彼女たちに背を向けて、即座にその場を去る動きに出た。
「あ………リオ会長────」
「話し掛けないで」
「っ…………」
「あなたたちの声は…………もう聞きたくないわ」
………
………………
◆◆◆◆◆
ユウカとノアから私は離れた。
少しでも、遠くへ行こうと歩き続けた。
その時────
「…………………!!」
「……………!?」
私の呼吸は止まった。
薄れかけていたはずの記憶が、10秒前の出来事かのように克明な色を帯びて再び胸の中にあの熱を呼び起こした。
「先………生………………」
「リオ………………」
私の目の前には、この世界で最も愛おしい人が立っていた。
「……………」
先生は私から目を逸らした。
それを見て、私は鈍重な痛みが心にほとばしるのを感じる。
「せ、先生………あれから…………傷は癒えたかしら………?」
「あ、ああ…………もう痛くも何ともないよ。ありがとう……」
「………………………」
「……………………………」
会話はけして長続きせず、沈黙が生まれる。
かつては口を開けばお互いの想いが重なった。
私たちはどこまでも共に在った。
お互いがお互いを欲した。お互いがお互いの温もりを求めた。
それが
それが
今ではお互いの声を痛みだと思ってしまっている
お互いの声を聞く度に、胸がチクりと痛んでしまっている
先生はそのまま気まずそうな、ぎこちのない無表情でいることに耐えかねたのか、唇の両端を吊り上げた
けれども、その微笑が私と過ごしていた時に見せる心からの"幸せ"の表現でなく、この気まずい空間の崩壊を堰き止めるための『凌ぎ』であることは明白で
私もそんな先生の気持ちに応えなくてはと、唇を緩めるよう努めた
……………
………笑顔って
どんなものだったのかしら
先生から見て、私は暗い真顔でただ先生を見つめているだけ
機械を思わせるような無機質
先生を"幸せ"に導くことはない、しばらく使っていない調度品のような無用な存在
…………立ち去らないと
このままでは、私は先生を"不幸"にしてしまう
この場を離れる理由を見つけようと、私は腕時計に目を向けた
でもその時
先生も同時に腕時計を見た
それを見て、無性に悲しくなってしまった
先生も、私と同じことを考えていた
私たちはお互いのことを考えていた
ただ、それはあの時とは違う思考の重なり
"お互いを幸せにするため"でなく
"お互いを不幸にしないため"の思考
そんな寂しい気遣いが
私の胸を締め上げた
「………ごめんリオ。まだ仕事があるから………私もう行くね」
「あ…………」
「リオも頑張ってね…………」
いや………
行ってしまう
先生が私から離れてしまう
「待って…………………」
口から出てきた言葉は、驚くほどに小さくて
吹き付けてきた風の音に容易くかき消された
風がいやに目に沁みて
思わず瞼を閉ざしてしまう
ほんの少し、涙が滲んできた
「先生……………!」
それでも、私は何とか目を開いた
目を開けた時
既に先生の姿は無かった
「あ………………っ………………………………」
私たちはもう、"恋人"じゃないんだと
この世界で、最高の二人組じゃないんだと
あんな"幸せ"な時間は、二度と戻ってこないんだと
何にも縛られていない左手薬指の、自由な感触がそれを告げた
「先…………生…………っ……………」
足の力が急に抜けてしまった私は
その場に力無く崩れ落ちた
「先……生ぇ……………」
頬を伝い、薬指にこぼれ落ちたのは、もう戻らない温かいあの日々の詰まった冷たい砂粒だった
◆◆◆◆◆
やぁ皆!
私はシャーレの先生だよ。
セミナーのギスギス、いかがだったかな?
おや………メッセージが届いているね。
『先生、生のギスギスが見られてマジで気持ちよかった。今後も呼んでくれよな』
『病院はいつでもお貸しします。今後ともどうぞよろしく……』
………うん。
彼らも満足してくれたようだ。皆"幸せ"になって私は本当に嬉しいよ。
今回はかなり乱暴な手も使ったけど、私の『友達』は優秀だからね。
私たちの不利益になることは無いよ。
ユウカも、ノアも、リオも。
各々、違った毛色の違った美しさを煌めかせていたね。
さて、少し感想戦といこうか。
今回の3人の構図は、アビドスのシロコ、ノノミ、ホシノの時の真逆と言って良い。
1人が"幸せ"を掴み、残りの2人は歯噛みするしかない。
リオに落ち度は全く無く、またそのリオがユウカとノアを許すかの全権を握っている状態。彼女が『許さない』と言えば、3人の関係はもう直せない。
うん。
直せないね。
セミナーの皆とアビドスの皆の違いは、その関係値の深さにある。
ユウカとノアはお互いに親友。それは問題無いね。
今の2人が、かつてほど互いを尊重しているかはともかくとして。
でも………
2人とリオは、果たしてどうかな?
リオは必要以上に誰かと関わることを避けてきた。
元々、ミレニアムはリオのワンマン体制みたいなものだったからね。調月リオという少女の素性を、ほとんど誰も知らなかったと言っていい。
今でこそリオの態度に変化が見られるようになったとは言え………それは皆と『友達』になった訳じゃない。
リオは孤高。孤高であるが故の孤独。
つまり、ユウカもノアも、リオと親密な『友情』というものは築いていなかった。
故にリオは、ユウカとノアを許す動機に欠けていた。
ゲーム開発部の皆が緩衝材になってくれたおかげで、『最悪』のシナリオは回避出来たけれど………それはあくまで本当の『最悪』を回避しただけで、彼女たちの様子を見たからと言ってリオの心が絆されるかと言えばそうではない。
そんなに人間の心のメカニズムは単純じゃない。
よく、ドキュメンタリー番組であるだろう?最初や途中は散々辛い所を映しておいて、でも最後は明るく終わりました………といった構成。
そんな出来た話は無いよ。
そもそもドキュメンタリー番組の場合は、明るい『風』であって、本当に明るいとは限らない。番組の都合上、暗いままでは終われないから何とか明るく見せられる所がピックアップされている。
私の場合、別にそういったこだわりは無いし、そういう要望を受ける立場でも無い。だから、ここは先生らしく"生徒の自主性"を重んじた次第さ。
その結果、アビドスの時みたいに一見一件落着…………といったことにはならなかったという訳だ。
でもしょうがないよ。
ハッピーエンドばかりが人生じゃない。
終わる時は終わる。どんなに冷たい形だろうと、望まぬ形だろうと。
終わってしまうものはどうしようもないんだ。
うん、仕方がない。
それはそうと、皆は私がリオに口を酸っぱくして教えていた言葉を覚えているかな?
"幸せ"を求める姿勢こそ、究極の精神合理性。
これは私の人生の格言の一つだ。
人間は皆、自分の"幸せ"を追求する権利を持っている。
というよりも、人間が生きる理由自体が"幸福"にある。
誰も"不幸"になるためになど生きていない。
それでは生きている意味が無い。
"幸せ"っていうのは何だって良い。どんなことでも良い。自らの"
スポーツだろうと料理だろうと読書だろうと、それこそ………人には言えないイケナイことでもね。
そして"合理性"っていうのは、言うまでもなく機械的な合理性ではないよ。
美味しいものを食べようとすることも。
面白い映画を観ようとすることも。
好きな人と一緒にいようとすることも。
全て"合理性"。熱を持った"合理性"だ。
自らの"幸せ"に向かう行動全てが、人間として、生き物として自然な営み。
たがら、私は自分を"幸せ"にするための"合理性"に全振りすることで、この世界で最も輝かしい『熱人間』と化したのさ。
私だけでない。
ノアの自己PRも、ユウカの乱心も、リオの接近も。
どれも人間として非常に自然だ。自分が"幸せ"になるための、"合理性"の表れ。私は全て素晴らしい個人の独自性の表現として受け止めているよ。
まぁ、自らの行動が望まぬ結果に終わるかもしれない『覚悟』を持っていなかったのは、今後の課題ではあるがね。
『楽しい』ことと『楽』なことは全然違う。残念ながら人生は『楽』じゃない。自らの『楽しい』を追求しようとした時、人間は数々の困難に見舞われる。困難を完全に排することは出来ない。それに泣き言を言っても仕方がない。
私だって、女性のギスギスの末に修羅場に巻き込まれたことは一度や二度ではない。その度に危険な思いをした。キヴォトスでだって、生徒から好かれるために死にそうになったことは何度もある。何せ銃弾飛び交うアブナイ世界だからね、ここ。
大事なのは、困難も全てひっくるめて、自分がどうすれば"幸せ"になれるかを考えることだ。彼女たちは、その困難についての思考が少し至らなかったかもしれない。"合理性"の通信簿をつけるとすれば、まだ『5』はつけてあげられないね。
だが、案ずることはない。彼女たちはまだ若い。
人は失敗を経て成長する。挫折があるから学びがある。学びがあるから未来がある。
彼女たちの今後の人生にとって、この一件が素晴らしい宝物になること。この一件があったから、今自分は"幸せ"なのだと言える日が来ることを、心の底から祈っているよ。
君たちにも"幸せ"に向かう自らの姿勢を、今一度問い直してみてほしい。
君が見ているスマートフォン、それ本当に"幸せ"に必要か?
他にもっと自分を熱する方法があるんじゃないか?
そうした自分へのクエスチョンが、誰もまだ見たことのない君への『進化』の鍵かもしれないよ。
次、会うことがあるかは分からないけど。
その時、今よりも一回り大きくなった君たちに会えたのならば。
それは私にとって、この上ない"幸せ"さ。
………さて、私はこれから少し忙しくなるよ。
というのも、ミレニアムでの仕事に一区切りがつき、次の学校へと赴いているからだ。
私が今いるのは、キヴォトスきってのマンモス校『トリニティ総合学園』。
私はここでしばらく仕事をすることになった。
「先生」
校内を歩いていると、品のある優雅な声で呼び止められる。振り返るとそこには、トリニティの生徒会『ティーパーティー』の一角・桐藤ナギサが立っていた。
相変わらず、白くて美しい翼だ。この学園の顔にふさわしい"美"を備えているね。
「お久しぶりです、先生」
「お久しぶり」
「しばらくはこちらでのお仕事だとのお話を伺っています。私にお手伝い出来ることがあれば、是非ともお伝えくださいね」
ほんのりと頬を赤らめて柔らかく微笑むナギサ。
うん、美しい。
写真に収めたいぐらいだ。
「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」
「……!はい………!」
私とナギサの"幸せ"な空間。
「あ、あの……………先生…………………」
「ん……………?」
「その…………もしお仕事が終わった後…………お時間がよろしければ…………その…………私とディナーを────」
そこに、元気一杯のお尋ね者がやって来る。
「先生〜!!」
「ミカ!」
声の主は同じくティーパーティーの聖園ミカ。生徒たちの中でも、特に私を好いている生徒の1人だ。
「会いたかった〜!!」
ミカが腰に抱きついてくる。柔らかな肌の感触が、私を文字通り包みこんでいる。
「あれ、ナギちゃんもいる……何か話してた?」
「いや………軽い挨拶さ。ナギサと会うのは久々だからね」
「そうだったんだ………私は久しぶりって実感無かったかも」
「え………………?」
ナギサの表情が固まる。
「どういうことですか………………?」
「え?だって先生とはよく休みの日にお出かけしてたから」
「………………は」
「色んな所行ったよねー!」
「ああ、そうだね」
「今日も学校終わったら、一緒にディナー行こうってことになってるの!!」
「……………………ディナー」
「うん!ね、先生!」
「うん、そうだね」
「2人きりの個室を予約したんだ〜!!今から楽しみで楽しみで死んじゃうかも!!」
「いや、死んじゃダメだよ…………」
「……………………………………………………………それは素敵ですね。是非とも楽しんできてください」
「ありがとう、ナギちゃん!じゃ行こ、先生!」
ミカは私の手を引くと、食堂で新しくメニューに加わったロールケーキを食べようと私を導いた。
それはさぞ甘くて、美味しいことだろう。
きっと口にした者の多くを"幸せ"に誘うこと間違いない。
今夜のディナーを予約したレストランも、とても評判が良い所なんだ。どんな美味しい料理を食べられるのかと、私の胸は高鳴っていた。
皆、分かるかな。
私は今、非常に"合理的"だ。
そしてミカも言うまでもない。
知性などは関係無い。彼女は今、徹底的に"合理的"だ。
ところで……………………ナギサ。
君は今、"合理的"かな?
君は今、"幸せ"かな?
今一度、自分の胸に聞いてみると良いよ。
ね…………ナギサ。
「………………何ですか、ミカさんばかり」
───セミナーのギスギスが見たい先生・完
最終話まで御清覧いただき、誠にありがとうございます。
今回はアビドスのギスギスとは違い、形ばかりの仲直りともなりませんでしたね。
最終話となりますので、私が本作の執筆において意識していたことを少し語ろうと思います。
今回、セミナー側として登場したのはユウカ、ノア、リオの3名で、コユキは登場させませんでした。
私は何か作品を考える際には『合理性』を第一に優先します。その『合理性』というのは、『私が気持ち良くなれるかどうか』という点に重きを置いています。
今回で言うと『セミナーのギスギスを表現したい』という欲があり、そのためには何が必要なのか、何が不要なのかを考えます。
ギスギスにおいては女性の湿っぽい感情表現や陰鬱とした雰囲気を漂わせる必要があるのですが、コユキのような破天荒なキャラクターはそれらには寄与しない、と思考の末に結論が出ました。場をかき乱すキャラクターは、場を煮詰まらせるためには不適格な場合が多いです。
その結果、ストーリーが乱れる可能性があるのなら、最初から登場させるべきではないと考え、今回の物語には関わらない設計にしました。
他にも不要として検討しなかったものには『先生を好きになるまでの過程』というものが挙げられます。
今回のリオの場合は先生と恋人になるという流れがあるのである程度は執筆しましたが、その他の生徒については不要なものだと考えています。
というのも、ブルーアーカイブという作品の生徒たちは『先生が好きな前提』が存在するからです。
ストーリーを経て先生に好感を抱くというキャラクター付けがされている生徒がいる一方、あまり深い理由は無くとも高い湿度で先生に惚れ込んでいる生徒もいます。
通常の作品の恋愛であればそれは許されないことです。自然さを大きく欠きますし、私も首を傾げます。
ですが、ブルーアーカイブという作品の最大の野心は『洗練された美しさを持つ少女たちを見ること』にあり、硬派な恋愛描写や心情描写は求められていません。キャラクターの数が多いというのも、公式がそれを意図していない証明だと捉えています(登場人物は増えれば増える程に1人あたりの心情の掘り下げは浅くなるため)。
そうした作品と向き合う場合には『前提』、言うならば『野心』を汲み取るのが良いと考えております。麻婆豆腐を食べて『辛い食べ物が好きではないから低評価』と言っている知人を昔見かけましたが、私はこれを不当な評価だと考えました。辛いというのは前提で、評価すべきは『具材の歯応え』や『辛味の中にある味付け、工夫』などであるからです。前提は前提として存在します。
私としても、もし少女が誰かを好きになる過程を描写したいのであればブルーアーカイブのフレームワークは用いず、オリジナルの作品を書きます。読み手の立場に立っても、私はそうした恋愛の過程を見たいと思った時には、ラブコメや純文学を読んでいます。中華料理専門店に行って、何故イタリア料理が出ないのかと首を傾げても意味が無いためです。
そうはせず、ブルーアーカイブの二次創作を書く、あるいは読むということは、そうした前提の上で展開される『誰かへの好意がデフォルトで備わった(様々な意味で)美しい少女たち』の物語に興味があるからだと捉えています。
そうして、今回も『女性のギスギスを書く』という目的を達成することが出来ました。
次回の部活については、アンケートにおいても1位であった『ティーパーティー』を取り上げます。
また、次回からはハーメルンには投稿せず、Pixivにのみ投稿しようと考えております。既に『ティーパーティーのギスギスが見たい先生』として、1話目を投稿しております。もしご興味があれば、足を運んでくださると幸いです。
以下は、Pixivでのユーザーページとなります。
Pixiv
重ね重ね、本作を最後まで御清覧いただき、誠にありがとうございました。
次はどこのギスギスが見たい?
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