偽りの贖罪者、野蛮な騎士に拾われた呪いの子 作:RichArrow
「北の地は、精霊がどうこう言う以前に寒いな。
騎士ベディヴィエール、体調は大丈夫か?」
馬上から振り返り、ラモラックが問いかける。
「お気遣い感謝します、ラモラック卿。私は問題ありません。
それより……シン、その状態は何なのですか」
ベディヴィエールの視線は、同行者の一人へ向けられていた。
「“燃焼の呪い”と“発熱の呪い”を制御すれば、簡易的な暖炉くらいにはなる」
「ワフ~」
「父さん、あったか~い」
呪いの熱を纏ったシンの周囲には、少女と鎧が馬に乗りながら寄り添っている。
寒風の中で、そこだけが異様なほど穏やかな空間だった。
雪が積もり始めたブリテン北方。
そこを馬に乗って進むのは、三人の騎士と二人の従者――
キャメロットから選ばれた、冬の精霊討伐隊である。
彼らの目的地は、ブリテン最北の地オークニー。
冬の精霊の件について、魔女モルガンと中立、あわよくば協力関係を取り付けるためだった。
道中、既に雪の精がいくつも現れていた。
冷気を撒き散らすそれらを排除しながら進むうち、ようやく目的地が見えてくる。
そうして、彼らが辿り着いたオークニーは――外界とは、あまりにも異なっていた。
「結界で精霊の影響を遮断しているのか。意外と、しっかり国を守っている。
……うっかり左手で壊さないようにしないとな」
「ふむ? 騎士ガウェインたちの話とは随分と違うな。
彼らは悪女だの、妖婦だのと、ずいぶん蔑んでいたが」
「アーサー王の敵であることと、国と民を想っているかどうかは、別の話です」
シンとラモラックの疑問に対し、ベディヴィエールは、静かに答える。
オークニーは、外の極寒とは隔絶された土地だった。
門前に立つ兵士たちは凍えておらず、訪問者を鋭く警戒している。
城内に見える人々も、命の危険には晒されていない様子だった。
これら全てが、最高峰の魔術師――モルガンの力によるものだ。
しかし、騎士たちにとって安全な場所ではない。
紛れもなく、“魔女の領域”である。
「ラモラック、俺が渡した
後は、ベディヴィエールに交渉とか頼むか」
「無論だ。私も口は出せない立場である……この槍の出番が来ないことを願いたいものだ」
門前で馬を止めると、守衛が声を張り上げた。
「貴様ら! 何者だ!」
「我らはアーサー王の使い。冬の精霊討伐の件で参上しました。
国主のモルガン様への取次をお願います」
「……確かに、アーサー王の近くにいた顔だな。寒かろうが、少し待て――」
『入ってくるがいい、無能な王に使える無礼者たちよ』
「わぁ、女の人の声が響てるよ父さん!」
「クンクン……バウッ!」
「呼ばれてるな。こっちに準備はさせないようだな」
シンは、結界の奥――城の最深部へと続く気配を見据えた。
騎士たちは互いに視線を交わし、無言で頷く。
こうして彼らは、魔女モルガンとの対談へと足を踏み入れた。
「バース、馬とウルフェンを頼む」
………………………………
「ようこそ、いらっしゃいました」
玉座の間、そこに座していた者は、騎士たちの想定とは大きく異なっていた。
儚げな雰囲気。悲しげで、しかし柔らかな微笑み。
その姿は、噂に聞く“妖婦”や“魔女”のものではない。
(へぇ、
騎士たちを迎えた女性は、ただの人間ではない。
人であるモルゴース、魔女としてのモルガン、精霊としてのヴィヴィアン――
元々一つだった人格が三つに分かれてしまった存在だった。
(どういうことです、シン?)
(ガウェインが言ってた、昔の優しかった頃の性格だと思えばいい。
これなら、交渉しやすいだろうな、それより――)
礼をしながらも騎士たちは小声で話し合う。
しかし、ただ一人、ラモラックだけが明らかに様子を変えていた。
「……なんと、儚く、美しい女性だ」
「「「え?」」」
いつもの堅物の表情は消え、光悦を帯びた顔で一歩踏み出す。
そのまま騎士らしく、惚れた女性を口説こうと――
「がはぁ!?」
「魅了にはかかってないようだな。そういう好みなのか?
ベディヴィエール、続きを頼む」
最初の空気は奇妙だったが、玉座の女性――モルゴースは穏やかに言葉を紡いだ。
「ガウェインは、アーサー王のもとでも明るく、元気ですか?」
「アグラヴェインは真面目すぎますが……どうか、仲良くしてあげてくださいね」
「ガヘリスは円卓に入ったのですね。どのような活躍を?」
それは国主としての問いではなく、ただ母が子を案じる声だった。
ベディヴィエールは緊張しながらも、誠実に答える。
玉座の間には、次第に穏やかな空気が満ちていった。
――モルゴースにとって、この会話こそが目的だった。
魔女の人格が前に出るようになってから、子供たちはすっかり彼女を遠ざけた。
それでも彼女は、ずっと、ずっと、深く子を想い続けている。
手紙すら届かない身にとって、子供たちの近況を聞くことは、何よりの願いだった。
ラモラックはただ黙って、一心にその姿を見つめていた。
「……ありがとうございました、ベディヴィエール卿」
モルゴースは微笑み、視線がわずかに揺らぐ。
話疲れたように息をつき、ようやく本題へと移った。
「冬の精霊については、こちらも困っております。
討伐していただけるなら、馬の飼葉や兵の手配など、できる限り協力いたしましょう」
「感謝いたします、モルゴース様」
「ですが――一つ、お願いがございます」
その声色が、わずかに変わった。
玉座の間の空気が、ひと段階、冷える。
「ある騎士見習いを……ぜひ、アーサー王のもとへ――」
ダンッ。
二人の騎士が、ほぼ同時に立ち上がった。
シンは不敵な笑みを浮かべ、左腕を青白く光らせる。
ラモラックは玉座の女を睨みつけ、武器もなく構えを取った。
「……モルゴース様を、どこへやった。魔女」
「話の途中で切り替わるとは、随分と器用だな」
「人の言葉は最後まで聞けんのか?
アルトリアの騎士は、脳筋ばかりだな」
玉座の女性は、冷たく嗤った。
その声に、先ほどまでの温もりは一切ない。
――魔女モルガンが、前に出ていた。
「協力の対価すら払えんとは、どこまでも無礼な騎士どもだ」
「なら、騙し討ちみたいのを止めろよ。
マーリンの排除とかなら、俺も大歓迎だぞ」
「忌み子……いや、最悪の騎士。今回はそれを求めていない」
モルガンは最初からシンを警戒していた。
だからこそ、モルゴースを表に出し、注意を逸らそうとしたのだ。
だが、シンの人外への悪意は、その程度では揺らがない。
それでも――他の二人、特にラモラックには、十分に効いていた。
「
彼女は理解していた。
騎士たちが、モルゴースを“善き人”だと判断したことを。
二人の騎士は、嘘と悪意を見抜くシンを見た。
だが、反論することはできなかった。
シンは感じ取っていた。
モルガンのアーサー王への悪意と、モルゴースの子への愛を。
「なに、簒奪者などに憧れる愚かな騎士見習いを、引き取ってもらうだけだ。
……あの子を連れてきなさい」
モルガンはシンの節穴の目を嗤いながら、従者に騎士見習いを呼ばせる。
彼女の最高傑作。
アルトリアの血を引く、不義の子。
――アーサー王を破滅へと導く存在、モードレッドを。
「お初にお目にかかります。モードレッドと申します」
兜で顔を隠した子供が、騎士たちの前に現れた。
「おいコラ、モルガン……てめぇ!」
「その先を口にするか? お前も、
シンは怒鳴りかけ、言葉を飲み込む。
認識阻害の兜の奥。
竜の匂いと、魔女の悪意を、確かに感じ取っていた。
だが――ここで語るには、まだ早い。
『まだ、物語の終わりには早い』と判断した。
最悪の騎士は円卓の騎士だが、アーサー王の配下ではない。
彼は“良き結末”のために、協力しているにすぎない。
――だからこそ、破滅へ至る悪手すら嬉々として選ぶ。
「いいだろう。そのガキは、俺が預かる。円卓の騎士へと育ててやろう」
「シン!? 罠かもしれません!」
「騎士シン、早計ではないか」
「モードレッド自身に、
二人の騎士は、言葉を失う。
それでも、モルゴースの願いであると知り、受け入れようとする。
一瞬、モルゴースが再び表に出て、安堵したように微笑んだ。
「その果てに、モードレッドが破滅を選ぶなら……
それもまた、人の行いとして尊重しよう」
「人、だと? それは道具だぞ?」
「産まれなど関係ない。心を持つものこそが人間だ。
たとえ、怪物の姿であろうと、歪な命であろうとな」
ウルフェンとバースの顔が、シンの脳裏をよぎる。
彼にとっては、その二人もまた、疑いようのない“人間”だった。
シンは、緊張で固まっているモードレッドを見据える。
「おい、モードレッド。キャメロットの騎士見習いになるなら、まずやることがある」
「……はい!」
「まず、似た立場のウルフェンに認められる最低限の力を示せ。
次に、今回の精霊討伐に参加して、雑魚狩りくらいはしろ」
「シン! それは流石に厳しすぎます!」
「俺もガキの頃、同じことをやってきたぞ。
同年代のウルフェンにも届かないなら――今後、円卓に入る資格もない」
心弱き人間には甘く、優しい。
英雄を目指す愚者には、等しく厳しい。
故に、シンはモードレッドの器量を測る機会を設けた。
<Side:バース ――オマケ:雪にはしゃぐ子供>
「フガフガフガ」
「ウルフェン~、遠く行き過ぎないで~」
兵士さんに馬を預け、少し休んだ後、僕たちは結界の外へ出ていた。
そこでやることといえば――もちろん、雪遊びだ。
こんなに深く雪が積もっている場所なんて、初めてだ!
ウルフェンは雪に潜っては、凄い勢いで掘り進んでいる。
……今さらだけど、何してるんだろう?
雪上や雪中での戦闘方法の模索?
赤い犬が遊んでいるようにしか見えなかった……。
「いやいや、せっかくだから遊ぼうよ!」
雪を人の形へと固めてみる。
自分の体もよく人型に戻すから、こういうのは得意なんだよね。
――あれ、なんか動いて……
「ウガァ!」
ウルフェンが雪の人形を砕いた。
せっかく作ったのに、雪の妖精が乗っ取って襲ってくるなんて、ヒドイ!
ええ~、どうしようかな……。
「……ワウッ!」
ウルフェンが、いい遊びを思いついたみたいだ。
僕たちも楽しめるのなら、いいけど。
「お~い、ガキ共~。出番だぞ~……って、何じゃこりゃあ!?」
「あ、父さん。スゴイでしょ、コレ」
しばらく遊んでいると、父さんが迎えに来た。
アハハ、さすがの父さんも驚いてる。
僕たちの前には――雪で作った城壁があった。
ウルフェンが何か文字を書いたらしく、本気で殴っても崩れない。
「マジか……『陣地作成』もウルフェンの戦闘技能の一つなのか」
「ウルフェン、すごく集中してたよ。まだ補強してるみたい」
「もっと子供らしい遊びをしろよ……」
「ウルフェン~、父さんが迎えにきたよ~」
呼んでみたけど、返事はない。
僕たち、もう飽きてきたんだけど。
「ウルフェン、ここの騎士見習いと模擬戦するぞ」
「グルルアァァァァ!!!」
うん。戦い関連なら、すぐ反応するよね。
騎士見習いかぁ……。
仲良くできる人だといいな。
〇モルゴース
モルガンを抑えている人の人格。
彼女とヴィヴィアンが無事な間はモルガンも強く出れない。
国と我が子を案じる儚くも優しい女性。
〇ラモラック
原典の内容から本話の展開を想定できた人がいるかも。
彼が惚れたのは、モルガンではなく、モルゴースである。
……円卓の強者は、人妻好きばかりである。
「人妻でない、儚げな未亡人が美しいのだ」
〇モードレッド
まだ産まれて二、三年と短く、グレてない。
母親の言いつけ通り、顔を隠し、寡黙であろうとする。
シンに引き取られる時点で不幸ではある。
〇モルガン
汎人類史のモルガンなので、国と王への執着心はかなり強め。
だからこそ、自分の国となっているオークニーを簡単に切り捨てはしない。
モードレッドを円卓へ送り込もうとするが……子供全員に裏切られてるのに懲りてない。