偽りの贖罪者、野蛮な騎士に拾われた呪いの子   作:RichArrow

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三人称です。


34.少女たちの模擬戦

 オークニー城の修練場――かつて、ガウェイン兄弟が剣を交え、汗を流した場所。

 

 だが今、その広場に城の兵士や騎士の姿は一人もない。

 冬の冷気が石床に張り付き、静まり返っていた。

 

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 

 乾いた足音が、修練場へと近づいてくる。

 

「アレの性能は悪くない。多少の余興にはなるだろう」

 

「随分な自信だな。まぁ……お前とアーサー王、両方の因子を見れば妥当か」 

 

「父さん、その子……強いの?」

 

 シン、バース、モルガン。

 三人は、模擬戦を観戦するため、並んで修練場へと足を運んでいた。

 

 他の騎士――ベディヴィエールとラモラックは、この場にはいない。

 表向きは戦いの準備だが、実際にはシンが意図的に席を外させていた。

 

 模擬戦の最中に露わになるモードレッドの“正体”を、不用意に見せないためである。 

 

 

「直に見るのは初めてだが……悍ましいな、その幼児は。

 人外を忌み嫌う貴様が、人間やホムンクルスすら満足に作れぬとは……滑稽だ」

 

「優秀すぎる子供たちを産み、育て、そして()()された母親の視点は鋭いな」

 

「二人とも……なんか、怖いよぉ……」

 

 バースは二人の間に漂う、目に見えない緊張に小さく身を縮めた。

 

 シンは、モルガンからケルト神モリガンと妖精の匂いを感じ取り、嫌悪する。

 一方モルガンは、妖精眼を通して見える呪いと悪意の奔流に、シンを侮蔑する。

 

 両者は敵対関係にある以前に、存在そのものが気に食わない。

 

 ……それでも、互いに“本音で話せる相手”であることも、また事実だった。

 

 言葉を交えずとも、目的と利害を把握し合っている。

 少なくとも今は、互いの邪魔をするつもりはない。

 

 

 悪態をつきながら、殺し合わない程度に――じゃれ合っているだけだった。

 

 

 

 

 三人が修練場に足を踏み入れると、片隅に一人の子供が立っていた。

 兜で顔を隠し、身動き一つせず、待機している。

 

「こちらは、準備できております」

 

 その向かいから、鎖を引きずる音と、獣の唸り声が近づいてくる。

 

 

 ――ガチャリ、ガチャリ。

 

 

 全身を呪いの鎖で縛られたもう一人の少女が、跳ねるように現れた。

 

「グルルル……」

 

「ウルフェン、さっきも言ったが――

 互いに”木剣での模擬戦”だ。加えて、“人狼化は禁止”。破れば即終了だ」

 

「んなぁ! モ、モルガン様!」

 

 兜の奥から、モードレッドの抗議の声が上がる。

 明らかに、舐められていると感じていた。

 

「ふむ、これは……良いだろう」

 

 モルガンは即座に許可を出した。

 ウルフェンの実力を、彼女は一目見て把握していた。

 

 

 モードレッドは兜の奥から、シンとウルフェンを睨みつける。

 まだ幼い体から、抑えきれぬ闘志が魔力となって漏れ出していた。

 

 だが、それを前にしても、狂戦士であるウルフェンは意にも介さない。

 ただ主の呪いの鎖を、今にも引き千切らんばかりに鳴らしながら、猛っている。

 

 両者とも、戦意は十分だった。

 

 

「よし……始めるぞ」

 

 

 シンは、ウルフェンに木剣を咥えさせ、鎖を外す。

 

 ――こうして。

 

 竜の因子を継ぐ少女と、戦士の狂気を継ぐ少女。

 

 その模擬戦が、幕を開けた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 鎖が外れた、その瞬間、ウルフェンは最速で地を蹴った。

 

 構えも助走もない不安定な体勢からの踏み込み。

 それでも――矢よりも速く、少女の身体が修練場を貫く。

 

 ウルフェンの姿がぶれ、一瞬で間合いは殺されていた。

 

 

 それでも、モードレッドはその刹那に反応した。

 

 アルトリア譲りの直感。

 モルガンが埋め込んた剣技と戦闘理論。

 

 生まれて数年。

 幼い肉体であれど、その完成度は、既に騎士見習いの域を超えていた。

 

 

 だが――それでも決定的に足りないものがあった。

 

「グラァ!」

 

「――ッ!?」

 

 ウルフェンが咥えた木剣を振り抜く。

 

 モードレッドは、その一撃を逸らすことには成功した。

 だが、それはウルフェンの“本命”ではない。

 

 同時に振るわれた両腕と、蹴り出した片脚。

 四肢を使った獣じみた連撃が、間髪入れずに襲いかかる。

 

 モードレッドの身体が宙を舞い、地面を転がる。

 

 優れた”直感”は、同時攻撃すら予見し、最適解を示していた。

 だが――反応が追いつかなければ意味がない。

 

 

「キヒッ」

 

 ウルフェンは止まらず追撃を行う。

 飛んだ相手に向けて、地面の土を蹴り上げる。

 

「目潰しなど――ぐっ!」

 

 モードレッドは視界を閉ざしたまま大振りの一撃を避ける。

 だが、続く体当たりと頭突きを受け、体勢を崩した。

 

 視界が悪くても、”直感”で致命打は避けられる。

 だが、それ以外の攻撃には優先度が下がる。

 

 結果、浅い打撃の連続を受け続け、崩れた所を攻め込まれる。

 

 

 頭突きで脳を揺らされ、モードレッドの体はわずかに浮く。

 続けざまに、ウルフェンの蹴りが頭部をボールのように打ち上げる。

 

 空中で体勢を立て直そうとしたが、踏ん張りは利かない。

 大振りの一撃が、そのまま正面から叩き込まれた。

 

 

 ガァン!!!

 

 

 壁へと叩きつけられたモードレッドの兜は外れており――

 

 露わになったのは、アルトリアに酷似した顔立ちだった。

 額から流れた血が、石壁を赤く染める。

 

 

 

「筋はいいが、戦闘経験が足りん。直感頼りで判断が鈍い」

 

「そこまでは詰め込めん。お前の犬は……何だこの狂気は。 

 お前だけでなく、その連れも気味が悪いな」

 

「あれ? あの子、アーサー王に似て――」

 

「偶然だ、バース。他言はするな」

 

 観戦者の評価通り、モードレッドには実戦経験が圧倒的に不足していた。

 

 生み出されてから、まだ三年にも満たない。

 肉体の才能に技量が追いついていないのは当然だった。

 

 対してウルフェンは、拾われてからシンの元で戦い続けてきた狂戦士。

 更に狂気の奥底から、無数の戦士の経験を引き出している。

 

 肉体年齢はほぼ同じでも、戦闘経験と技能には大きな差があった。

 

 

「まだ、殻を破れてないトカゲだな。

 ウルフェン、少しなぶれ。力を引き出させろ!

 その方がソイツはお前好みになるぞ!

 

 

「な、め、ん、じゃ、ねぇー!」

 

 モードレッドが吠えた。

 小さな体から魔力が噴き上がり、赤く渦を巻く。

 

 魔力を爆発させ、モードレッドは一気に踏み込んだ。

 木剣でも並の騎士を両断するほどの速度と威力の斬撃。

 

 だが――まだ届かない。

 

 

 ウルフェンは紙一重でそれを回避し、即座に切り返す。

 

 モードレッドは魔力で強化した肉体でそれ受け止めた。

 反射的に拳を叩き込もうとした瞬間――

 

 ウルフェンは木剣を放り捨て、伸ばされた腕を絡め取る。

 体勢を崩したモードレッドを地面へと投げ飛ばした。

 

 そのまま反撃を許さず、素手の間合いへ持ち込む

 ギリシャ戦士の格闘術――パンクラチオンを引き出して畳みかける。

 

「竜の魔力で身体能力を上げても、技量の差が大きければ意味がない」

 

「アーサー王やガウェイン卿じゃなく、ランスロット卿が円卓最強と呼ばれる理由だね!」

 

 ウルフェンは目と喉を突き、動きを封じる。

 髪を掴み、膝を顔面へ叩き込む。

 肘を極め、膝を崩し、地面へと転がす。

 

 素手での連撃をひたすら叩き込んだ後――飽きたように、首を締め上げ始めた。

 

 

(負ける……? 死ぬ……?)

 

(まだ……騎士になれていない……!)

 

(あの王の元へ……辿り着けていない!!)

 

「おぉぉぉらぁぁぁ!!!」

 

 モードレッドの魔力が赤く染まる。

 

 次の瞬間――雷撃が、竜の咆哮のように轟いた。

 

「キャイン!」

 

 密着していたウルフェンは回避できずに雷撃が直撃し、拘束が緩む。

 

 その隙を逃さず、モードレッドは跳ね起きて距離を取る。

 木剣を構え、吠えた。

 

「こっからが本番だ、クソ犬!」

 

「グラァァアア!!!」

 

 

 

 

「……凄まじい雷だな。アーサー王とお前以外の因子も混ぜてたのか」

 

「知らん…何それ…怖…」

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 訓練場に、土埃が舞い上がる。

 踏み込みの音と雷鳴が鳴り響く。

 

「ウルフェン、”人狼化は禁止”だぞ」

 

「ハンッ」

 

 再生も肉体強化も封じられてなお、ウルフェンは不敵に笑う。

 『ようやく楽しくなってきた』とでも言うように跳ね回る。

 

「チィ! すばしっこくて、うざってぇ!!」

 

 雷撃も斬撃も、直前で避けられる。

 大振りになれば、即座に反撃が飛んでくる。

 

 それでも――先ほどとは違い、互角に持ち込めていた。

 もう一度、剣か雷を直撃させればモードレッドにも勝機はあった。

 

 

 膨大な魔力と、それによって底上げされた筋力と耐久はモードレッドが上。

 獣じみた敏捷性と、無数の戦士の技量はウルフェンが上。

 

(このままじゃ……避けられ続けて、一方的に殴られるだけだ)

 

 モードレッドは苛立ちながらも、その現実を理解していた。

 だからこそ――賭けに出る。

 

(このバカは……誘えば、必ず乗ってくる!)

 

 モードレッドは全方位へ雷撃を放ち、強引に距離を作った。

 その隙に、両腕で木剣を上段に構え、全力を込める。

 

 モードレッドが出せる最高の攻撃。

 最も基本で、最も原始的な剣技――渾身の振り下ろし。

 

 それを、ウルフェンに叩き込むと“見せる”。

 

 

「ワフッ」

 

 ウルフェンは楽しげに笑い、あえて正面から応じた。

 木剣を口に咥え、四肢を地面につけ、獣のように低く構える。

 

 速さ比べなら、負けるはずがない――彼女には、その確信があった。

 

 

 訓練場が静まる。

 次の一撃で決まると、誰もが悟った。

 

 

 ――ウルフェンの姿が消える。

 

 直後、地面が爆ぜる音が遅れて響いた。

 四肢を叩きつけるように連続で踏み込み、一瞬で加速。

 

 首を振り、木剣を投げつけて牽制。

 本命は、槍のように突き出された右脚の蹴り。

 

 その速さに、モードレッドは反応できなかった。

 

 

 衝撃音と共に壁が砕ける。

 モードレッドの身体は、ウルフェンの蹴りを受けたまま叩きつけられた。

 

 模擬戦とは呼べぬほどの、致命に近い一撃。

 胸部の鎧と肋骨が、砕け散る。

 

 

 ――それでも。

 

 

「つかまえたぁ!!!」

 

「ギッ!?」

 

 血を吐きながら、モードレッドは叫ぶ。

 胸に突き刺さったウルフェンの脚を、両腕で強く掴む。

 

 彼女が継いだのは、竜の因子だけではない。

 アルトリア以上とも言える――負けず嫌い。

 

 最初から、全力の一撃など放つつもりはなかった。

 防御に魔力を回し、ウルフェンを捕まえるための布石だった。

 

 そして、掴めた瞬間――勝機は、確かに彼女の前にあった。

 

 

「おぉぉぉらぁぁぁ!!!」

 

「ガガガガガ……」

 

 

 モードレッドは、残る魔力のすべてを雷撃として放出する。

 互いの肉が焼ける匂いが立ち込める。

 

 モードレッドの意識が途切れそうになったその時――

 

 ついに、ウルフェンの身体が崩れ落ちた。

 

 

 ――勝者、モードレッド。 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「上手く力を引き出したな。これなら、精霊討伐に連れていけるだろう」

 

「アレはもう作れん。下手に壊すような真似はするな」

 

「過保護だな。モルゴースの願いも混じっているのか」

 

 モルガンは悪辣な魔女ではあるが、子育てに関してはシンより常識的だった。

 道具扱いとはいえ、過度な教育や無理な試練は課していない。

 

「盗んだ聖剣の鞘(アヴァロン)あるだろ。あれで治してやれ。

 ……待てよ。治し放題なら、ウルフェンと戦わせ続けられるのでは?」

 

「貴様に預けるのは愚策だったかもしれん……」

 

 モードレッドが強くなり、円卓に近づけば、モルガンの計画も進めやすくなる。

 その意味で、シンに預けることは不利益ではない。

 

 ……だが、呪いと悪意に慣れ切った怪物は、人を育てる者としては不向きだった。

 

 

 

「ハハ、ハハハハ! 面白いことに気付いたぞ!」

 

 シンが、唐突に笑い声を上げる。

 

「マーリンの子である俺が! アーサー王の子であるモードレッドを育て導く!

 二代に渡って同じことをするとはな! クハハハ!」

 

「……それは、あまりにも不愉快だ」

 

 モルガンは、心底うんざりした表情でそう返すしかなかった。

 

「父さん! ウルフェンが、もう起きて暴れる!」

 

「気絶すら長くできんのか、あいつ……」

 

 

 

 雷撃で倒れていたウルフェンだったが、一分も経たず殺気を撒き散らす。

 赤髪の少女は、赤毛の人狼へと変質し、肉体を再生・再構築していく。

 

 それどころか――先ほど以上に、強化されていた。

 

「オイオイ……まだ立つのかよ!」

 

「ガアァ……グゥゥゥ……」

 

 一方のモードレッドは、満身創痍で動くことすらままならない。

 殺戮を求める狂戦士が、彼女へと迫る。

 

 

 だが次の瞬間――歪な竜人が、それ以上の速度で横へ現れた。

 

 青白い腕の人差し指が、人狼へと向けられる。

 咄嗟に回避しようとするが、間に合わず――

 

 

ガンド

 

「キャイン!!」

 

 

 人狼は反対側の壁へと吹き飛ばされる。

 

 人狼すぐに応戦しようとするが、踏み込んだ足から力が抜け、崩れ落ちた。

 

 右腕と右脚の筋肉が枯れ枝のように萎み、

 左腕と顔が凍りつき始める。

 

「アガガガガ……!」

 

「少し耐性が付いたようだからな。いつもより呪いを増やした。

 死にかけても、その辺の生命を斬らせて喰わせれば再生するだろ」

 

 肉体を侵す『不治』『衰弱』『枯渇』『凍結』の呪い。

 精神を侵す『混乱』『昏睡』『忘却』『魅了』の呪い。

 

 本来、血肉を取り込むか、与えることでパスを繋いでシンは呪いを共有するが……

 威力や効率が悪く一時的なものであれば、ただ指を向けただけで十分であった。

 

 たったそれだけで、狂戦士を抑え込む。

 その気になれば、騎士であろうと即死させられる。

 

 呪いと悪意の塊であるシンだからこそ振るえる、無法の力。

 

 

「覚えておけ、モードレッド。

 円卓の騎士、英雄を目指すとしても――

 

 英雄は、“呪い”と“病毒”には勝てない

 

「……ッ」

 

 モードレッドは自身が苦戦したウルフェンを片手間に封じたシンを、真っ直ぐ睨む。

 彼女の心は強大な存在を前にしても折れていなかった。

 

 

「いい……実にいい! 俺に“恐怖”ではなく、“反骨”を向けるか!」

 

 それを見て、シンは、心底愉快そうに笑う。

 

 世界に反逆する己に、相応しい教え子だと――歓喜する。

 

「ならば、モードレッド! 最後まで、その“反骨”を貫いてみせろ!」

 

 


 

〇モードレッド

 急な模擬戦で戦える時点で、アルトリア譲りの才能がある。

 まだグレてなくても、戦闘中は口が悪い。

 ……魔力放出で雷となるのは作者は良く分かってない。

 

〇ウルフェン

 雷撃で少しでも気絶してしまったのを恥じている。

 気骨のあるモードレッドを結構気に入った。

 魔剣、弓や魔術、人狼化など、なんでもありなら円卓に片足踏み込むぐらいの強さ。

 

〇シン

 正直、覚醒後の青年期は強すぎて物語的に使いづらい。

 よほどの敵以外は睨むか指向けるだけ完封できるし……。

 まぁバースとウルフェンがサブ主人公なので。

 

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