偽りの贖罪者、野蛮な騎士に拾われた呪いの子 作:RichArrow
最果ての国オークニー。
それを構成する島の一つに、国の騎士と兵士たちが集結していた。
彼らの視界の先には、白一色の世界が広がっており、
吹き荒れる吹雪は視界を奪い、遠くの景色を完全に塗り潰していた。
――だが、誰もが、理解していた。
これは例年の冬ではない。
島どころか国そのものを覆い尽くすかのような冷気。
その寒さの奥に、明確な“何かの意志”を誰もが感じ取っていた。
精霊――強大な力を持つ存在が生まれ、ブリテンに地獄の如き極寒をもたらそうとしていた。
兵士たちの最前列に立つのは、オークニーの騎士ではない。
アーサー王の元より派遣された、三人の騎士だった。
赤き鎧と赤き盾。
荒々しい大柄の軍馬に跨る大男――
烈火の騎士、ラモラック。
一般的な白の騎士装束。
隻腕を補う右腕の義手が目を引く優男――
忠義の騎士、ベディヴィエール。
そして。
多彩な鱗で構成された歪な鎧。
剥き出しの青白い左腕を持つ、異形の騎士――
最悪の騎士、シン。
さらにその背後には、騎士に随伴する三人の子供の姿があった。
牙を剥き出しにして笑う狂戦士の少女――ウルフェン。
大柄な鎧に包まれた歪な幼児――バース。
兜を深く被った騎士見習い――モードレッド。
彼らは、騎士よりも優れた戦力としてシンに認められ、前線へと連れ出されていた。
「騎士シン、本当にこの槍は使っても大丈夫なのか?」
「短時間なら……全力は、二回まで? 多分いけるだろ」
「“多分”では困るのだが……」
「でもあの巨人相手なら、それを使わないとキツいぞ、ラモラック」
シンは乾いた血の色をした穂先の槍をラモラックへ渡していた。
触れただけで拒否感を覚える、明らかに尋常ではない代物。
魔槍と呼ぶほかない邪気を放っていた。
シン自身もまた、堕剣とは別に一本の槍を背負っている。
布で幾重にも巻かれているそれも、同様に不穏な気配を纏っていた。
「シン、私の義手に仕込んだものは……外しましたよね?」
「外した外した。……マーリンの便利そうなのは残してるけど」
「……筆と墨が入っていたのですが」
「ハッハッハ。それより、バースのことを頼むぞ」
「よろしくお願いします! ベディヴィエールさん!」
ベディヴィエールは苦笑しつつ、剣、槍、馬、義手と最終点検を進める。
その傍らで、バースは元気よく頭を下げた。
今回の戦いで、シンはバースをベディヴィエールに預けていた。
騎士の在り方を学ばせるには、彼の背中を見るのが最善だと判断したからだ。
シンは冬の精霊へ、ラモラックは氷の巨人へ挑むが――
彼ら二人の戦いは、あまりにも次元が違う。
足手まといになりかねず、参考にもなりそうになかった。
残った二人の少女は――
「味方を巻き込まないなら、好きに暴れてろ」
「ワフッ!」
「……畏まりました」
「また堅苦しくなってるな、モードレッド。
そこのバカ犬を見ろ。戦いの前なのに、もう俺に噛みついてきたぞ」
自由に戦わせた方が強い。
ウルフェンに対しては、ほぼ放置に近い扱いだった。
同時に、モードレッドに戦闘経験を積ませる好機でもある――とシンは考えていた。
……明らかに過酷な戦いだが、彼の判断基準は、やはりどこかズレていた。
程よく気を抜きながら待機していた騎士たちは、同時に遠方を見据えた。
吹雪の向こうから、低く響く音が伝わってくる。
氷が擦れ合うような、不快な軋み。
それはやがて地鳴りとなり、大地を揺らし始めた。
「……やっと来たか」
ラモラックが、軍馬の首を撫でながら呟く。
視界の奥。
吹雪の向こうに、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
小山のような氷の巨人。
その足元には、大木ほどの大きさの巨人が群れを成す。
さらにその周囲には、獣や鳥、人型の雪と氷の妖精が溢れていた。
彼らこそが、ブリテンに永遠の冬をもたらす人外の軍勢。
人理に追いやられ、世界の裏側にも辿り着けず、現世に自らの住処を築こうとする存在たち。
それは、単なる侵略ではない。
生存競争、そのものだった。
「是は、神と運命に背く反逆の戦いである! 以下省略!」
戦前の口上もなく、最悪の騎士は堕剣を解放する。
人間相手では決して振るえぬ、本気の一撃。
初手から、精霊の軍勢へと叩き込まれた。
――闇が、冬を貫いた。
氷の軍勢の中央に巨大な穴が穿たれ、その空間だけ吹雪が晴れ渡る。
その先に立つ敵将――冬の精霊を視認し、シンは竜人へと変じ、空へと飛び立った。
それを追うように、ラモラックと愛馬スティードが嵐のごとく駆け出す。
「ラモラック! デカいのは頼んだ!」
「霜の巨人――ヨトゥンの生き残り! 我らが敵に不足なし!」
シンは堕剣で吸収したエネルギーをブレスとして吐き、冬の空へと突き進む。
ラモラックとスティードは、雑兵を轢き潰し、弾き飛ばしながら、氷の巨人へと突貫する。
それに引きずられるように、騎士と兵士たちも戦場へと雪崩れ込んだ。
――精霊討伐戦が始まった。
「ギャハハハ! ナハハハ!」
ドン! ドン! ドン!
獣じみた狂笑と爆音が前線に響く。
ウルフェンが放った爆裂の矢が、氷の獣を次々と粉砕していく。
「クソ犬! 味方巻き込むなって言われてんだろうが!」
モードレッドは討ち漏らしを切り捨てながら前進する。
暴れ回るもう一人の少女を、叱咤しつつ追い立てる形だった。
「ワウ~?」
「んだぁ!? その舐めた顔!」
ウルフェンは『この程度で巻き込まれるのか?』とでも言いたげに牙を剥く。
モードレッドはそれに応えるように、雷を纏わせた剣で薙ぎ払う。
雷光が閃き、氷の鳥は蒸発した。
ウルフェンは雷撃の余波を避けつつ、モードレッドの背後へと魔剣を投げる。
魔剣グーラは真っすぐ飛び、巨人の一体の首へと突き刺さる。
血と魔力を吸い上げ、魔剣は主の元へと戻った。
初めて肩を並べる二人だったが、その歯車は不思議なほど噛み合っていた。
そして少女たちは、シンとラモラックを追いかけるように前線を突破していく。
未完成であっても、彼女たちは強者の一員だった。
少女たちが向かう先。
人馬一体の騎士は、距離を縮めるどころか、さらに引き離していた。
邪悪な竜人と化したシンが瘴気のブレスで溶かした大地を、赤き騎士と軍馬が駆け抜けていく。
道を塞ごうとした巨人は、すれ違いざまに槍で心臓を貫かれる。
上位の雪精が放った吹雪の魔術は、赤い盾によって容易く弾かれる。
それを成す者こそ――円卓最強の騎兵、ラモラック。
特別な武具を持たずとも、彼は馬上戦においてランスロットをも凌駕する。
その彼が、最上の軍馬スティードを駆り、シンの魔槍を携えて疾走していた。
もはや氷の妖精や並みの巨人など、敵ではなかった。
『ほう……我らが
黄昏の先にて、貴様のような英雄とまみえるとはな』
ラモラックの進路上、小山のような影から低い声が響く。
――山が、動いた。
雲を割って落ちてきた巨大な氷塊。
それはヨトゥンが振るう、棍棒だった。
「駆けよッ!」
スティードが全身に魔力を巡らせ、加速する。
風の魔術刻印が刻まれた蹄鉄が宙を踏み締め、膨大な圧の棍棒を紙一重で横へと滑り抜ける。
ガァァアアン――!
叩きつけられた一撃が大地を割り、雪を舞い上げた。
白一色の世界、ラモラックとスティードはその棍棒の上を駆け上がる。
通りざまに巨人の親指と人差し指を砕いて、さらに宙へ跳ぶ。
攻撃のために顔を下ろしたヨトゥンの首筋を、槍が横一閃に引き裂いた。
『残念だが……我は並みの巨人とは違う』
傷を意にも介さず、ヨトゥンが巨大な腕を振るう。
宙に放り出された人馬に、回避の余地は本来存在しない。
――それを覆してこそ、円卓の騎士。
ラモラックはスティードを地面へと蹴り落とし、回避させる。
反動で宙を舞った彼自身は、砕けた岩と氷を踏み台に空中を渡る。
避けた巨腕を槍で削りながら落下し、着地点で待機していたスティードへ即座に乗り直した。
「再生……いや、冷気による修復か」
吹雪が吹くたび、ヨトゥンの傷が塞がっていく。
「なるほど。貴様はただの巨人ではない――雪山そのもの、か」
ラモラックの直感は正しかった。
生き残りのヨトゥンは、雪山への恐怖と信仰を拠り所にした化身。
神代が黄昏を迎えた後も、人々の畏怖によって現世に縛り留められた存在。
それ故に世界の裏側へも行けず、現世に縛られた怪物だった。
吹雪と雹を弾き、巨大な棍を避けながら、ラモラックは思案する。
「アーサー王や騎士ガウェインの聖剣を借りるべきだったか。
……いや、断られてたろうがな」
『いかに貴様が優れた英雄でも、個人で雪山を吹き飛ばせはしまい。
星の聖剣、太陽の聖剣とて、そう容易くは――』
「騎士シンの呪具……非常に使いたくないが、致し方あるまい」
ラモラックは苦虫を噛み潰したように呟く。
己の馬上術と槍術に絶対の誇りを持つからこそ、下法の武器に頼ることは屈辱だった。
何より、呪いと悪意を抽出した肋骨を使用した物が、まともな武器であるはずがない。
それでも――ブリテンを守るため、ラモラックは矜持を曲げた。
「――破滅よ在れ」
シンに教えられた言葉を紡ぎ、槍を構える。
乾いた血の色をした穂先が、まるで血を吐き出すかのように邪悪な魔力に覆われた。
同時に、握る手に焼けつくような痛みが走る。
それは聖槍ロンギヌスの“癒し”を削ぎ落とし、“破壊”のみを模した贋作。
回収した大悪霊の残滓から、破壊と終焉。
シン自身から、呪いと悪意。
それらを濃縮した肋骨を穂先とし、毒血に浸し続けて生まれた――
持ち主すら滅ぼす、悪魔の槍。
「ぐッ……全力は二回までだったな!」
『何だ……その槍は……黄昏に近い!?
雪精よ! 巨人たちよ! 囲めぇ!!』
戦いの最中で集ってきた冬の軍勢がラモラックを囲む。
――だが、間に合わない。
「追い、つい、たぁ!」 「グラァアアア!」
モードレッドが背後から巨人の首を叩き落とす。
ウルフェンが氷の獣を裂き、人型の首を噛み千切る。
暴れ狂う少女たちが、前線に追いついたのだ。
ラモラックは彼女たちに雑兵を任せ、ただ前へと進む。
狙いは一つ――ヨトゥンの急所。
「限界が訪れる前に魔槍を一度でも当てれば良い。簡単であるな」
『オオオオオ!!』
あり得ざる恐怖に駆られたヨトゥンが、全力で巨腕と棍を振るう。
吹雪と雪崩が同時に発生し、騎士の逃げ場を確実に奪う。
――そして、ラモラックは雪と氷に挟まれ、押し潰された。
『は、ははは、こけおどしだったか』
ピキ ピキ ピキ
『……いや、まだ恐怖が消えぬ?』
パキン バキン ガキン
『あの英雄の死を確認しなければ――』
ヒヒィーーン!
馬の嘶きと共に、ラモラックが足元に現れる。
巨大な棍棒に、人馬が通れる隙間を魔槍で削り取りながら、強引に突破してきたのだ。
「触れた箇所が、砂のように崩れるどころか消滅していく……
聞いてはいたが、とんでもない威力であるな」
ラモラックの槍を握る籠手にヒビが入る。
穂先近いにスティードの毛が抜けていく。
「……後一回が限界だ。行くぞ、スティード!」
それでも、相棒の腹を足で叩き、体力を振り絞る。
『寄るな! 黄昏を! ”終わり”を向けるなぁあああ!!!』
ヨトゥンが敵を踏みつぶそうとする。両腕で地面ごと叩き砕く。
まさに大きな雪山の雪崩――自然の脅威そのものだった。
「ギャウ!?」 「敵味方関係なしかよ!?」
ウルフェンとモードレッドはその余波から離れる。
雪の精と巨人たちは雪と氷に巻き込まれては埋もれてゆく。
雪と土が舞い、周囲一面が隠れていく。
しかし――ラモラックはヨトゥンの焦りを読み切っていた。
白一色の世界。
赤い反射光だけが、異様に目立つ。
『そこかぁあああ!』
そこへ、ヨトゥンは渾身の一撃を放つ。
――だが、そこにいたのは赤い盾を背負ったスティードだけ。
軍馬は宙を踏み締めて巨腕を避ける。
ヨトゥンは右腕を地面に叩きつけた前のめりの体勢。
それは、心臓を下へ晒した状態、ラモラックの槍が届きやすい位置。
「是こそ――破滅のみもたらす偽りの聖槍」
ラモラックはブリテン最強の騎兵だが、馬に乗らずとも英雄にふさわしき騎士。
隙だらけの相手の急所を狙うことなど、造作もない。
穂先が突き刺さる。
小さな傷から、罅割れが広がる。
修復すらも無効化しながら瞬く間に全身を覆い尽くす。
そして、雪は溶けず、氷は砕けず、ただ“存在そのもの”が崩れて消えていく。
『あああ あああ あ……』
恐怖と信仰で形作られた雪山の化身は、跡形もなく消滅した。
「ぐ……おお……」
勝者もまた、無傷ではなかった。
槍は穂先を残して柄は消滅し、握った籠手は崩れる。
ラモラックの右の掌は、爛れて血に濡れていた。
「……二回以上使えるのは、騎士シンだけであろうな」
ラモラックは痛みに耐えながら、
勝利の実感よりも、後で言う文句を考えていた。
こうして、ラモラックの武勇伝はまた一つ増えたのであった。
〇紅き暴虐(レイジング・クリムゾン)
ランク:B 種別:対人宝具
馬上戦にて円卓最強たるラモラックの技巧が宝具として昇華したもの。
ほぼ、ガレスの
〇血濡れた破滅の槍(ルイン・ロンギヌス)
ランク:B 種別:対人宝具
シンがロンギヌスを再現をしようとして、作った魔槍。
回収した大悪霊の残滓、呪いと悪意を蓄積させた肋骨を穂先に加工した。
贖罪者の逸話を参考に穂先をシンの毒血に浸して続けていた。
再現した『嘆きの一撃』を穂先一点に集中させてるが、
反動が大きく、使い手と柄の双方が耐え切れない。
「武器なら癒しは不要、破壊のみで良い」とシンは考えてた。
〇シンの肋骨武具
マトモな部分のみを抽出し、それらを移してバースを生み出したシンは、
”呪い”と”悪意”の塊である自身が最高の素材だと気づいた。
今後も毛皮、弓、剣が増えるが、現段階では槍が二種類のみ。
……基本的に他の宝具のパクってデメリットが増えたもの。
1話で収まらなかったので2話に分けました。
戦闘描写がクドイですかね……。