偽りの贖罪者、野蛮な騎士に拾われた呪いの子   作:RichArrow

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6.精霊の報復

<Side:養母>

 

 

 あの子たちが依頼で出払ってから、もう一週間か。

 ……ふう、静かで平和なものだね。

 

 家の中の人数が減った分、食事の支度も洗濯もぐんと楽になった。

 こうなると、つい色んなことを考えちまう。

 

 

 新たな王のこと。ブリテンの未来。

 そして、なにより――息子たちの行く末。

 

 

 どんな未来を想像しても、このブリテンでは戦いは避けられない。

 あの子たちはきっと、その渦中へ自分から飛び込んでいくだろう。

 ……強い子たちだから。

 

 

「その前に……シンにはもっと、色々教えなきゃねぇ」

 

 

 体中の古傷が疼く。

 石になった皮膚を削ぎ落とした跡。

 毒に蝕まれ、黒く変色した箇所。

 

 どれも母親として、シンに向き合ってきた証――

 でも、その痛みのいくつかは、あの子が代わりに背負ったものでもあった。

 

 そしてそのたびに、私は叱った。

 「母親を楽にさせたいのは当然」と言うあの子に、

 「子供に嫌なことを押しつける母親がどこにいる」と。

 

 

 ほんと、バカ息子だよ。

 まだ、人のことがよく分かっていない。

 “誇り”というものの重さを、ほんの少ししか理解できていない。

 

 だから、ときどき誰かを見下すような目をする。

 

 そりゃあ、命が一番大事だと教えたさ。

 騎士道に反すると言われようと、母としては当然だし、後悔もない。

 

 けれどね、“誇り”もまた人間にとって大切なんだよ。

 

 

 ……10年も一緒に暮らせば分かるさ。

 あの子を作った連中は、人間の何よりも大切なものを見落としてる。

 

 

 人は弱く、醜く、愚かしい存在さ。

 

 だからこそ、強く、美しく、正しくあろうともがく。

 

 

 誰かにその弱さや罪を押しつけるばかりじゃ、人はもう立ち上がれなくなる。

 “人間”でいることをやめてしまう。

 

 

「はあ……大きな戦いの前に、失敗や挫折ってのも教えたいねぇ。

 ベイリンとベイラン以外で、ちょうどいい相手がいればいいんだけど」

 

 

 広い家に、ひとり。

 小さなため息が漏れる。

 

 ……子育てって、ほんと、難しいねぇ。

 

 

 

 コン コン コン。

 

 

 扉を叩く音が響く。

 

 珍しくもない。客がよく来る家だ。

 お茶の準備をしないといけないね。

 

 そう思いながら扉を開けると――

 

 そこには、あまりにも美しい女が立っていた。

 

 

「お邪魔いたします。少し、お話してもよろしいかしら?」

 

 

 ……ああ。

 その目だ。人間を見下す目。

 この女は、おそらく人ではない。

 

 それでも、客人に変わりはないさ。時間もある。

 

 

「構わないよ。アンタの口に合う茶なんて出せないけどね」

 

 

………………………………

 

 

「ベイリン卿とベイラン卿が、各地の村で非道を働いております。

 賊の首を掲げ、酒と女を要求し、逆らった者を次々と……」

 

「…………」

 

「それだけではありません。賊と結託し、村を襲おうと……。

 母君、どうかお力を。彼らを呼び戻し、料理にこの睡眠薬を……」

 

「アンタ、どこの村の子だい?」

 

 

 美しい顔に、悲しげな仮面。

 

 だが、こんな女が本当に村の娘なら、あっという間に噂が広がる。

 領内どころか、社交界だって放っておかないだろう。

 

 それなのに、今まで一度も耳にしたことがない。

 

 

 つまりは――そういうことさ。

 

 

「私は、旅の者です。通りすがりの村人に頼まれて……」

 

「ああ、もういいよ。分かった、分かった」

 

「……信じていただけないのですね」

 

 

 当然さ。

 ベイリンもベイランも野蛮だとよく言われるけど、そんな真似するわけがないだろ。

 

 それに……本当にそんなことしてたら、真っ先にアンタみたいの狙ってるよ。

 

 

 嫌な目だ。全部分かってますよって顔をしてる。

 アタシのことなんて、お見通しってかい?

 

 

 だったら――まどろっこしい話はやめよう。

 

 

「ウチの子、強かっただろ? 気に入ってた男でも死んだか?」

 

「あなたはッ!」

 

 

 ああ、見覚えがあるよ。

 蛮人と見下した相手に負けた連中も、そんな顔してたねぇ。

 

 

「あなたの子は、次期王の筆頭騎士となるべき人を殺した。

 その罪は、決して軽くはありません」

 

 

 ……そうかい。

 

 次期王ってのが、どんな奴か知らないけどね。

 結局は“あんたのお気に入り”が死んだのが気に入らないだけだろ。

 

 まぁ分かった。こっちを潰しに来たってわけだ。

 アタシじゃ、どうあがいても勝てない。

 まるで虫けらみたいに、殺されるんだろうさ。

 

 それでも――騙されて、息子を売るようなマネだけはできない。

 

 元々、あの子たちを育てる時点で、何かに巻き込まれて死ぬだろうと思ってた。

 それでも、騙されて息子を殺す手助けするよりよっぽどいい。

 

 

 ……いや、ひとつだけ、アタシが勝ってるものがある。

 

 

「フフ、ウチの子がアンタの騎士に勝ったんだ。

 鼻が高いねぇ。筆頭騎士になるのは、ウチの子かい?」

 

「……なるほど。ただの騎士の母ではないようですね」

 

 

 そうさ。

 アタシは、母として誇ってるんだよ。あの子たちを。

 

 

 強くて、優しくて、少しバカな自慢の子たち。

 

 王でも、精霊でもない、ただの女が産んで育てた子たちだよ。

 

 

 

 

 ……女が何かを唱えた。

 

 なのに、アタシはまだ生きている。

 むしろ、目の前の“彼女”の姿が変わっていた。

 

 

 美しくない。可憐でもない。

 小さな傷が頬にある、どこにでもいそうな女。

 

 あれは、水面越しに見ていた、アタシの顔だ。

 

 

 逆に、自分の手を見ると――違和感はないのに、見慣れない指。

 傷跡もなく、肌の色が、ブリテンの人間とは少し違う。

 

 

「助けてくれ! サクソン人の魔女が村を襲おうとしてる!」

 

 

 アタシの顔と声で、目の前の女が叫ぶ。

 

 遠くから足音と怒号が聞こえてくる。

 

 笑ってる。アタシの顔で、薄ら笑いを浮かべてる。

 

 

「あなたは、“誇り”に生きる母として死ねない。

 そして、あなたの子は、偽物の母親に気付かずに死ぬのです」

 

 

 ……なるほどね。

 人外にしては、なかなか考えたじゃないか。確かに、これは惨めな死に方だ。

 

 でも、残念だったね。

 泣き叫んで目の前の人外を喜ばせるなんて、まっぴらごめんだ。

 最後までアタシは母としての”誇り”を選ぶさ。

 

 

 母親の贔屓目だが、たぶんウチの子たちは気づくだろうよ。

 簡単には殺されない。その心配なんてない。

 

 それより、シンだよ。

 あの子に大事なこと、まだ教えてなかったねぇ。

 

 ベイリンとベイラン? アイツらはいい加減に親離れしな。

 

 

 

 足音が近づいてくる。

 扉が叩かれ、打ち破られようとしている。

 

 ――覚悟は、とうに決めたさ。

 

 それでも、死ぬのはやっぱり怖いもんだねぇ。

 けれど、私はあの子たちの母として、胸を張って生きてきた。

 たとえこの身がどんな地獄に落ちようと――悔いは、ないよ。

 

 

 これからきっと、辛いことがたくさんあるだろうけど……

 

 

 どうか、幸せになっておくれ。

 バカで、自慢の息子たち。

 

 


 

 

<Side:シン>

 

 

 エカル卿を埋葬し、俺たちは一度、自分たちの村へと戻ることにした。

 

 リン兄の鎧は砕け、身体は満身創痍。

 俺の脇腹の傷も、あの魔剣で斬られたせいか治りが遅い。

 

 

「賊になった騎士の鎧を拾っといてよかったな。家紋変えりゃ使えそうだ」

 

「でも、兄上が鎧ごとぶった斬るから、残ってるの少ないんですけど」

 

「……俺の革鎧も蛇の毒でボロボロだし、とっとと替えたい」

 

 

 とにかく今は休みたい。

 もう日も暮れる。猪肉があると聞いた。晩飯が楽しみだ。

 

 血を減らして分はすぐにとらなくちゃ。

 ナマクラもまだ血を吸い足りないようだし、分けてあげよう。

 

 

 ……でも、本当に楽しみなのは、帰った家での母ちゃんの味だ。

 

 母ちゃんの香草焼き。煮込みじゃなくていい、手の込んだものじゃなくていい。

 ただ、あの匂いと味が恋しい。

 

 あの匂いと声が、ずいぶん遠くに感じる。

 

 早く帰ろう、俺たちの家へ――。

 

 

………………………………

 

 

 帰り道で、妙な噂を耳にした。

 

「お前らの村に、サクソン人の魔女が現れたらしい」

 

 被害は出ていない、誰も傷ついていない。

 ……それが、逆に不自然だった。

 

 

 すぐさま、走る。村への道をただ駆ける。

 この距離なら馬を使うより、俺も兄ちゃんも走った方が速い。

 

 

「おかしい。誰も怪我してないなんて、どう考えても変です」

 

「考えるのは後だ。今は走れ」

 

「……肉が、人が焼ける匂いがする!」

 

 

 村が見えてきた。

 

 人の気配はある。音も声もある。皆、生きている。

 

 けれど、村人たちは広場に集まっていた。

 その中央に、煙と……焦げた匂いが立ちこめている。

 

 

 「突っ込むぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 

 三人で剣を構えて村の広場に飛び込んだ瞬間、拍子抜けするような光景が広がっていた。

 

 

「おお、三人ともどうした?」

「危ないじゃないか、剣なんか向けて!」

「おかえり〜早かったね」

「西の村の調査はどうだった?」

「こっちはこっちで問題あったけど、解決したよ!」

 

 

 ――村は、無事だった。

 

 だが、違和感は消えない。

 

 明るすぎる。親しすぎる。嬉しそうすぎる。

 ……なんで、こんなに集まっている?

 

 

「魔女はどうなったんだ!?」

 

「おお! 騎士様の母君が上手く弱らせてくれたおかげで儂らでとっ捕まえる事ができたぜ」

「ベイリンたちが居なくたって、俺らが村を守らねぇとな!」

 

 

 嬉しそうな、誇らしそうな声から皆が本当に無事だと分かる。

 なのに…なのに…なぜか嫌な感じが止まらない。

 

 人が焼ける匂いの方へと兄ちゃんたちと足を進める。

 

 

「なぁ…何を焼いているんだ? 嫌な臭いが鼻に突くんだが」

 

「魔女だよ。捕まえる前に魔術だかをここいらにかけたんだとよ」

「魔女を燃やせば解けるんだって! 騎士の奥様が言ってたよ!」

 

 

 ――燃やす?

 

 人の輪を掻き分けて、その中心を見る。

 そこには、杭に縛られ、下半身から燃え始めている女がいた。

 

 村の顔役たちが周囲に並び、その中央に――

 

 見覚えのある顔が、優しく微笑んでいた。

 

 

「おかえり。ベイリン、ベイラン、シン。良く頑張ってきたね」

 

 

 その声と匂いを感じた瞬間――理性が爆ぜた。

 

 

 

 ラン兄が燃える杭に駆け寄り土台を叩っ切る。

 俺は杭にまとわりつく縄を斬る。

 

 煮えたぎる頭の中で今まで俺の最速を超えたのが分かった。

 

 そのままラン兄は女を抱えて火から離れていった。

 

 

「キャーーーー!!!」

「ベイリン!? 何を!?!?」

 

 

 悲鳴が聞こえたので、目を向ける。

 

 リン兄は“母のような何か”へと剣を振り下ろしていた。

 

 避けられるはずのないと思ったリン兄の一撃だったが……斬撃は、空を切った。

 

 

「幻術か! ベイラン、シン! 相手は妖精か何かだ! 目で見た物は信じるな!」

 

 

 周囲が歪み、幻が消える。

 知らない女が現れ、ラン兄が抱える女が……本物の母ちゃんになっていた。

 

 

「母上! 母上、しっかり……!」

 

 

 服が焼けていようが、ラン兄は気にもせず、母ちゃんを抱いて叫び続けていた。

 

 

 ――何が起きている?

 

 

 脳が、灼けるように痛む。

 胸の奥から、何かが噴き上がろうとしている。

 引き受けてきた怨念に似た何かがあふれ出そうとしている。

 

 

「……何故、気付いたのですか?」

 

「母ちゃんが……俺らを何の文句もなく褒めるわけねぇだろが!

褒める前にまず怒鳴るんだよ、“勝手に帰ってくるな”ってな!」

 

 

 当たり前だ。母ちゃんは騎士の責任を俺に教えてくれた人だぞ。

 

 それに、お前から母ちゃんの匂いがしねぇ。

 母ちゃんの木と香草の心安らぐ匂いがどこにもない。

 

 ここにあるのは、人が焼ける刺すような臭気だけだ。

 

 ――違う。母ちゃんは燃えてなんかいない!

 

 それを否定するたび、頭の冷えと熱が入れ替わる。気持ち悪い。

 

 

「兄上! シン! 母上が!」

 

「もう手遅れですよ。煙で肺を焼かれ、その女は苦しみながら死にました」

 

 

 死んだ? 死? 誰が? 

 

 ――いやだ、理解したくない。知りたくない。

 

 分かり始めたのは、今俺にあるのは誰かのではなく、俺自身の”怒り”という事。

 

 胸が、脳が、心臓が……すべてが灼けるように熱い。

 それらと手に持った魔剣と共に示してくれる。

 

 

 目の前の存在を、殺せ。

 

 

 それだけが、唯一の真実だった。

 

 

 

「なんで出来損ないから竜の魔力が……!?」

 

 

 知るか。とっとと死ね。

 

 

「「「ガァァァーーー!!!」」」

 

 

 俺たちは三人で斬りかかる。

 騎士道も、正義も、どうでもいい。

 

 最初のリン兄の一撃、また景色に歪みができて逃げられる。

 続けてのラン兄、最後に俺の斬撃もまた避けられる。

 

 直後、上から雨の様に水で出来た剣や槍が降り注ぐ。

 

 だが俺らには関係ない。昔投げてた薪よりも簡単だ。

 

 切る 斬る きる キル kill 殺す

 

 煮えたぎる頭に合わせて心臓が激しく燃える。

 全身にかつてないほどの力が溢れる。

 

 普段は追いつけない兄ちゃんたちに追いつきながら剣を振るう。

 

 

「ただの騎士がここまでとは……!」

 

 

 リン兄は攻めながらも流しの技術を以て、勢いを増し続けている。

 俺は溢れる力と怒りのままに魔剣を叩きつける。

 俺らを知り尽くしたラン兄が隙間を抜って攻撃と防御を差し込む。

 

 ただ、それだけでいい。

 俺たちは直感で分かる。こうすれば殺せることを。

 

 

 リン兄の斬撃が女を捉え始め、剣が長い髪を掠めて散らす。

 

  

 皆が幻術か転移による回避の直後の隙に気付いた。

 術は一瞬の溜めでは遠くへは跳べない。溜めればその隙に斬る。

 攻撃の暇など与えるものか。

 

 余裕そうな女の顔が焦りに変わっていく。

 

 それが少しだけ心を満たした。

 

 


 

 

「ならば――最愛の弟の手で死になさい!」

 

 

 女が俺に指を向けた。

 

 瞬間、視界が赤に染まる。

 

 魔剣が震える。心が歪む。

 兄ちゃんたちの声が遠くなる。

 

 瞬きをすると、景色が一変していた。

 

 

 目の前の二つの蠢く肉塊が、何よりも愛おしく、斬りたく、喰らいたい。

 

 

 言われずとも分かった。

 魔剣の封印が解き放たれたと。

 

 なら、あの女は封印していた精霊。そして……エカル卿の育て親。

 ……そうか、俺たちはあの女にとっての仇なのか。

 

 

 少しの気が緩んだ途端、視界だけでなく頭までもが赤に染まっていく――

 

 

………………………………

 

 

 アア、トテモ美味シソウダ。

 ああ、その通りだな。

 

 早ク、刻ンデシマイタイ。

 それはいつも思ってるよ。

 

 心ノ臓ヲ、貪リ尽クシタイ!!

 眼玉を齧って、脳を啜るのも忘れずにな。

 

 ハ?

 ん? どうした? 俺?

 

 オマエ!? 何故マダ意識ガアルノダ!!

 そりゃ、お前も俺だからだろ。

 

 

 魔剣の呪いは、狂気を生むわけじゃない。

 ただ、心の奥底にあるソレを引きずり出すだけだ。

 

 だって、狂気なんて誰もが持っている。

 引き受けた呪い、生きてるヤツの執念や死んだヤツの怨念に触れてきたんだから、そんなことは分かりきっているさ。

 

 俺が人と違う事なんて知っている。生まれつきおかしなところだらけだ。

 それでも結局、誰だって心の奥底にはソレが宿っている。

 

 さっき覚えた“怒り”や“欲望”とは関係なく、

 ただ意味もなく――犯して、壊して、奪って、喰らって、汚して、殺したい。

 

 

 大好きな母ちゃんや兄ちゃんを斬って、その断面を見てみたい。

 守るべき村の皆を、挨拶した瞬間に殺してみたい。

 人間の骨と皮で家を作ってみたい。

 獣の脳と腸をつないで縄や橋にしたい。

 

 

 そんなことは誰だってふとした瞬間に頭をよぎる。

 俺は人よりソレが強く、人のソレを引き取っているだけ。

 

 

 俺はお前(狂気)を否定しない。

 お前(狂気)も俺だと受け入れている。

 

 

 だから、魔剣の呪いも俺が背負えるものだ。

 他人ができないなら俺がやる。

 

 兄ちゃんたち騎士の様に強いヤツが弱いヤツを助ける。

 そういうものだろう?

 

 どうせ、誰もが自分の狂気から目を逸らすのだから。

 

 ……一瞬、母ちゃんが呆れた様なため息が聞こえた気がした。

 この夢の様な場所での幻聴だろう。

 

 さあ、目を醒まそうか。

 

 狂気は否定せず、受け入れる。あとは向け先を少し整えるだけだ。

 

 大丈夫だ。そんなことは無意識でも十年間やってきた。

 

 

………………………………

 

 

 軽い微睡から抜ける。相変わらず赤い視界の中は蠢く肉塊まみれだ。

 それでも殺したい相手はただ一人。それさえ分かっていればいい。

 

 膝と手を地面に付けて呼吸を整える。

 地面のぬかるみで手足が濡れる気持ち悪さが伝わってくる。

 

 

 何で地面が濡れている?

 

 そうだ、あの女の攻撃は水によるもの。

 幻術と思ってた転移も水たまりを移動しているものだ。

 

 ぬかるみの水面に波紋が強く広がっている。

 女が大規模な攻撃するか逃げ出すかの予兆かもしれない。

 

 そこまで分かれば十分。今の俺はどこまでも冴えている。

 相手を汚して殺す方法が直感で分かる。

 

 

 水たまりに魔剣を突き立てる。

 傷口を抉り、血を水に混ぜて――赤く、赤く染めていく。

 

 コレは血だ。あの女、湖の精霊の(魔力)だ。

 だから存分に啜れ。解放されたばかりで喉が渇いているだろう?

 

 抜いた血の代わりに俺の()を水辺に与えてやる。

 救世主とやらの浄化の力が反転した特別性だ。

 

 ただ毒なんかじゃない、不浄そのもの――精霊だろうが、生物だろうが等しく効くだろうよ。

 

 

「こんな事がッ!? ブリテンを…汚すなぁ! 出来損ないがぁ!!」

 

 

 余裕の失った女の叫び声が聞こえる。

 戻った視界には予想通りの光景が映っている。

 

 術に失敗して隙を晒した精霊の女。

 首と心臓を狙う兄ちゃんたちの剣。

 

 そのまま斬れる――その時

 

 

『ごめんね、彼女にはまだ役目があるんだよね』

 

 

 どこからともなく響いたその声の直後、

 女は、霧のように消えた。

 

 憎い仇が、目の前で姿を消した。

 

 

 俺たちは、剣を握ったまま、その場を動けなかった。

 

 


 

 

〇憤怒の竜心

 残りカスの竜の概念因子がブリテンでなく、ローマの方の赤い竜に繋がった。製作者である魔女も想定外の厄ネタ。

 傷つけられたり、強い怒りがなければアルトリアの半分にも満たない魔力出力なので、出来損ないのままである事には変わらない。

 

〇ヴィヴィアン

「三人に勝てるわけないだろ!」

湖の外の現世用の分体なので、強さは控えめ。

精霊である自身を削られ、穢れを流し込まれたのでかなりビビった。

 

〇マーリン

「早く、聖剣作って役目でしょ」

精霊以上に人の心が分からないヤツ。勝手にシンの夢に出ることがあった。

アルトリアの次の次くらいに気に掛けてる。理由は本人も分かってない。

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