燃える男と世界でいちばん熱い夏 作:久戸瀬放映Project
1番 中野が塁に出て
紅チームの1番バッター、中野綾香が左のバッターボックスにはいる。
中野綾香。右投げ左打ちの外野手。野球は初心者だが、持ち前の走力は光るものがある。はじめは新聞部に入部しており、そこから野球のロマンに惹かれるようになり、野球部に入部した。
星野監督との最初の出会いも新聞であった。
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女子野球同好会を立ち上げて間もなくのころ、中野綾香はデタラメの内容の新聞を書いて有原翼たちと揉めたことがあった。それで星野監督は仲裁に行ったのだが、その時の星野監督のやりとりは周囲を驚愕させた。
「次はもっとポジティブな記事を書けよ」
教室で有原翼、河北智恵、野崎夕姫、鈴木和香に問い詰められていた中野綾香に星野監督は言った。
有原翼が持っていた新聞の見出しには「素人の寄せ集めチーム」だとか「謎のおじさんが監督」とボロクソに書かれていた。
「書くなとは言わん。むしろドンドン書いてくれ。ただし、ええ記事にせんと許さんぞ」
「でも監督…!」
鈴木和香が不満の声をあげる。他のメンバーからも視線で訴えている。
「女子野球を知ってもらういい機会じゃないか。それで、星野のニュースはいつ書くんだ?」
有原翼たちは嫌な顔をしていたが、星野監督はほほ笑みながら話す。
「そんなに応援されたらしょうがない…すぐに書くにゃ!」
中野綾香は星野監督の肯定的な反応に、不敵な笑みを浮かべながら返事をした。
有原翼達が野球の練習に行き、教室には星野監督と中野綾香だけとなる。さっそく星野監督の記事制作に取り掛かった。中野綾香から野球の目標や就任の経緯、現在の戦力などを聞く。星野監督は淡々と自分の意見を踏まえて応える。
「………なるほど…過去に監督をしたこともあるんだにゃ」
「それこそ、ネットで調べればなんぼでも出てくるぞ」
「ほおぉ~それは良いこと聞いたにゃ…!」
「どうだ?ええ記事は書けそうか?」
「もちろんにゃ!楽しみにしててほしいのにゃ!」
「頑張れよ。待っとるぞ」
星野監督は取材を終えると教室を出ていく。中野綾香はさっそく自分のスマホで星野監督について調べ始める。すると、とある動画で星野監督に似た人物を見つけた。
とあるファンタジーズ戦。ファンタジーズのピッチャーが内角ギリギリのボールを連続して投げ、グラウンドは険悪なムードが漂う。そこにベンチから星野監督がベンチから大声を出しながらホームの方に歩いていく。そして鬼の形相でキャッチャーと審判に猛抗議。
中野綾香はよくあることだと思いながら動画を見ていた。
しかし次の瞬間。審判と話していた星野監督はファンタジーズのベンチに首を向ける。
「なんや!なんやこの野郎来い!来いこの野郎!」
審判の制止を振り切り、星野監督はファンタジーズベンチに走り出す。双方の選手もベンチを飛び出し、ファンタジーズベンチ前で乱闘になる。そして次の瞬間、星野監督はファンタジーズのコーチを思いっきり平手打ち。カメラ越しにバシッ!っという乾いた音が聞こえた。その後も止められながらも吠え続ける星野監督の姿がバッチリカメラにとらえられていた。
「にゃはは……これはこれは……」
中野綾香は動画の内容に苦笑いしながら書きかけの原稿を見つめる。これを書くべきか書かざるべきか……ずっと考えていたら下校時間になった。
「……また明日考えるにゃ」
中野綾香は椅子から立ち上がり、机の上にあった取材のメモをまとめて鞄にしまう。教室を出て鍵を閉めていたその時…
「なんだ。まだいたのか」
聞き覚えのある声だった。中野綾香はビクッと肩が跳ね上がり、声がした方向に顔を向ける。
「どうだ?ええ記事、書けたか?」
星野監督だった。
取材の時と同様のとびっきりの笑顔だったが、今の中野綾香はその笑顔に恐怖を感じていた。見開いた目と止まらない汗がそれを物語っている。
「も…もう少しでできるから、もう少し待っててほしいにゃ…」
「そうか。必ず野球部のためになるから、期待してるぞ」
そう言って星野監督は歩き去っていく。星野監督の姿が見えなるなるのを確認すると、中野綾香は一気に力が抜け、深く息を吐き出す。そして、靴箱に向けてゆっくりと歩き始めて、ポツリとつぶやく。
「………今夜中に書き換えだにゃ…」
翌朝
学校の廊下には中野綾香の書いた新聞が張り出されていた。見出しには「野球部ついに始動!就任した新監督に期待!」と書かれていた。
「あ!中野さん!この新聞、野球についてすっごく書かれていてとってもいいね!」
新聞を見ていた有原翼は、たまたま通りがかった中野綾香を見つけ、声をかける。中野綾香はその声に少し驚きながらも答える
「そりゃあ、あれ(星野監督の乱闘シーン)を見てしまったらにゃ…」
「見てたんだ!毎日あんなこと(野球の練習)やってるから、いつでも見においでよ!」
有原翼は目を輝かせながら中野綾香にグイグイ話す。
「(と……とんでもない展開になってきたにゃ……)」
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…と、こんな経緯で入部したというわけである。
カツン!
坂上芽衣が投げた初球のストレートがバットに当たる。打球は高くバウンドしながら、三塁方向のに転がる。サードを守っている近藤咲がなんとか捕球し、ファーストに送球する。
「セーフ!」
ボテボテの当たりではあったが、ファーストの朝比奈いろはが捕球する前に中野綾香はベースを駆け抜けた。
「にゃはは!やったにゃ!」
中野綾香は一塁ベースで両手を上げて喜んでいる。紅チームのベンチも拍手喝采の大盛りあがり。ただ、星野監督は表情ひとつ変えず試合を見ていた。