SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~   作:Croissant

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巻の捌

 雑魚とはいえ、瞬く間も置かず化生を一蹴した太一郎だったが、戦鎧を解いても周囲への警戒を怠ってはいなかった。

 雷でも直に存在確認の終了を終えたというのに、数十秒もかけて周囲の氣を探っている。

 

 ――成る程……流石は殿でござる。これが常在戦場の心得というものでござるな。

 

 等と感心してしまうほどに。

 

 

 無論、当の本人は誰かに見られてやしないだろうかとビクついていただけなのだが。

 

 

 

 件の青い石は今、彼女が預かっている。

 

 あの怪異が始まった晩に落ちてきたのであろう奇石。

 意思に従って発動し、その出力故か歪んで力を解放するという迷惑極まりない代物。

 式である彼女ですらウッカリと意思を伝えてしまいかねないそれである。

 

 そんな物騒な石を、太一郎は無造作に彼女に手渡し、自分はさっさと事件に巻き込まれた女性の様子を見にいってしまった。

 

 よくもまぁこのような禍々しいものを素手で触れるものだと主の胆力には感嘆したものだ。

 

 

 言うまでも無いだろうが、知らないから出来た(、、、、、、、、、)というだけであり、彼女に手渡したのも扱いに困っただけ。

 女性の元に向ったのも、単にこの怪奇な石の近くにいたくないだけである。

 まぁ、雷がもう一つの石を処置していたので任せるに限ると考えた事も間違いなのだけど……

 

 そんなズレに気付く事も無く、雷は任されたという信頼に感激しつつ、問題の石を細注連縄(しめなわ)でグルグル撒きにする。それは恰も毛糸球が如く。

 更に念を入れてその上から『封』という文字がででーんと大きく書かれた札をペタリ。

 これで一応は安全だろう。無論、念を入れたとは言っても応急処置の範囲であるが。

 

 太一郎なんか、そこまで念を入れているのを見て『え? そんなに危ないものなの?』と、やっと冷や汗が出てきたくらいだ。何ともボケボケした男である。

 まぁ、それでも『ああまでしないと爆発くらいしちゃうのかも?』という程度であるが。

 

 

 兎も角、今回の状況だけは終了している。

 

 最初の化生…豆柴が大好きな主の為に強くなろうとして願いを歪まされたモノは雷が倒しているし、

 あの土転びモドキは太一郎が倒した。

 

 彼が倒したものの正体はネズミ。

 ドブネズミほど大きいものではなく、家ネズミほど小さくもない、所謂、山野に住む木ネズミといったやつだった。

 

 恐らく、何かしらの獣に追われたネズミが豆柴の思念暴走体に出くわした結果、アレを生み出したのだろう。

 ネズミの事とはいえ何とも運のない話である。

 尤も、本体は無傷なので運が良かったとも言えるのだが。

 

 何しろ子犬にしてもネズミにしても傷一つ無く、疲労で気を失っているだけ。

 場の沈静化が確認できた折、太一郎もそれを見つけてつんつん突付けば即座に目覚めたほどなのだ。

 

 その際、太一郎を見て飛び上がって逃げてしまったのでちょっとばっかり傷付いてたりするが…気にしてはいけない。

 

 幸いにして女性の方も無事。

 飼い犬がバケモノになるわ、近くにいたネズミもバケモノになるわとエラい不運であるが、ショックは受けても被害はゼロだったのでマシではなかろうか?

 

 とりあえず事件を有耶無耶にする為に雷と相談し、案を出し合って行動を決める。

 

 呪術が大っぴらに行なわれていた平安時代ならいざ知らず、今現在はこういった裏の事柄は秘匿せねばならない。

 

 灯りが少なかった昔より、寝るのに困るほど夜が明るい今現在は、考えられないくらい光に頼り切っている。

 何せ電灯にしたってスイッチを押すだけで光が点くというのに、手元コントローラーまで作ったくらいなのだ。その事からもどれだけ人が闇に恐れを抱いているか解るというもの。

 つまり闇が遠くなっただけ、その分 闇に対する強さをなくしているのだ。

 

 

 それは人が闇に魅入られ易くなっている事を示している。

 

 

 だからこそ、闇に対する情報は人々から遠ざけなければならないのだ――

 

 

 

 まず豆柴を起す。

 

 「きゃいんっ!!」

 

 「……」

 

 案の定、彼を見て豆柴は泣いた(鳴いた(、、、)、ではない)。

 落ち込む太一郎。

 

 そして彼が物陰に隠れてから女性を雷が起した。

 

 「あ、あれ?」

 

 がばっと身を起こして周りをキョロキョロと見回す。

 膝の上で震えている子犬に気付くと、ぎゅっと抱きしめて同じように震えを見せた。

 

 「大丈夫でござるか? 如何なされた」

 

 と、そんな彼女に雷が声を掛ける。

 

 何事も無かったかのような自然さと、優しさで声を掛けられたのだから逆に対応に困る女性。

 

 「いや、ここに通りかかってみれば貴女が倒れていてでござる。

  顔色が悪いでござるな。貧血でござるか?」

 

 「貧、血…?」

 

 言われてみればそうだったかもしれない。

 その間に見た悪夢があれ(、、)だったと思えば納得も出来てしまう。

 

 

 ――そう。あんな事(、、、)ある筈がないのだ。

 

 

 自分の膝の上で震えているこの子が大きなバケモノになった等……

 

 「くぅん…」

 

 「あ、ゴメン。ゴメンね」

 

 やっぱり何かを怖がっている豆柴をぎゅっと抱きしめ、小さな頭を撫でて慰める。

 まるでそうする事によって自分をも慰めるかのように。

 

 首輪もちゃんとあるし、リードも手に持ってる。

 そう言えば仕事でストレスと疲労が溜まってて、気晴らしにこの子の散歩に出たんだった。

 

 貧血で意識を失って悪夢を見た。成る程、姿形もはっきりとしないバケモノだった筈だ。何せ悪夢なんだから。

 

 「本当に大丈夫でござるか?」

 

 「あ、ハイ。大丈夫です」

 

 そう立ち上がって土埃を掃う。

 ややフラッとしたからやはり貧血だったのだろう。

 変な喋り方をする女性(女の子?)の家まで送ろうかとの申し出を断り、子犬を抱きしめてその温かさを噛み締めつつ、

 今度は体調を気遣って慎重にゆっくりと歩いて戻ってゆくのだった。

 

 

 非日常から日常の中へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 怯えられたショックから立ち直れず、orzしたままの青年に気付かぬまま――

 

 

 

 

 

 

 

  -巻の捌-

 

 

 

 

 

 

 

 つーか……一体ナニが起こったのさ。

 

 

 すっかり日が暮れてしまった夜道を、雷と二人でテクテク歩く。

 

 いやぁ…買い忘れとかした時に、一人で夜の道を往復してた時代が夢のよーだ。

 彼女との関係は親娘みたいなもんだけど、あの灰色の時代から言えばリア充状態。また一歩恭也に近付いた。果てし無くゴールは遠いけど。ついでにコースも見えないけど……クスン。

 

 

 ま、まぁ、それは横に置いといて……今の問題は彼女が持ってる石の事。

 

 何か知らないけど、あの石つーか宝石の所為でモンスターが出た事は解ったし、何か信じられないけど、倒したらまた石に戻ったって事も聞いた。

 

 メデタシメデタシじゃん。

 

 ぶっちゃけイミフだけどね……

 だけどナニさ 願いを叶えるけど願い通りにはならないって欠陥品は。

 かの有名な『猿の手』だってもっとリスク少ないぞ。アレだって等価には程遠いけどさぁ……

 

 え? 使う気は無いのかって?

 ンな気が起きる訳ないじゃん。そんな物騒なの。

 

 オチも読めてるぞ?

 この胸が痛まないようにしてほしいっっ とか願ったら、死んじゃったり無痛症になったりするに決まってるんだっ

 そーゆー星の元に生まれてるもんネ。ちくしょーめ……

 

 ああ、そー言ゃあ雷にも同じコト聞かれたっけ。

 同じコト答えたら何故か涙ぐまれたんだけど……そんなに哀れに思われたんだろーか?

 Ouchっ 娘のよーな式っ子に同情されちゃうオレって。

 

 そー言えばあの二匹目の怪獣も雷が倒したんだよね? 気が付いたら(、、、、、、)いなかったし(、、、、、、)

 

 ナニコレ。オレってヒモ?

 まぁ、女の子だって強い人は強いし、弱い男は弱い。オレ、弱い見本(涙)。

 

 じーちゃんもかーさんも、荒事は専門に任せるのが一番周りに被害を出さない事だってつくづく言ってたしなー

 オレみたく弱者代表みたいなナマクラ(つーか折ったカッターの刃?)がでしゃばったって邪魔なだけだし、下手したらフォローさせたりして本末転倒になりかねん。

 

 女の子に守られる殿っていったい……

 フツー逆でね? ギャルゲ的にも。

 

 ……泣いてイイヨネ?

 

 

 

 

 

 遠くを見つめる主のその眼差し。

 それは月光の様に冷ややかに感じられるが、式である自分の目は誤魔化せない。その奥には溶岩のような怒りを押さえ込んでおられる。

 正に頭は冷たく、心は熱く…か。素晴らしい。

 

 確かに主からすれば雑魚も雑魚。

 雑草のような相手であっただろうが、それでも注意を怠らず周囲の確認をしつつ事件に巻き込まれた女性を気遣い続けていた。

 

 あの子犬やネズミに対しても同様だ。その性根の優しさや思いやりには頭が下がる。

 無論それ故に危ういという気がしないでもないのだが。

 

 実際、あの石の事で問うた時も、主は冗談めかせて――

 

 

 「この胸の痛みを止められたら……」

 

 

 と小さく呟いておられた。

 

 

 それはとても小さな言葉であり、とても大きな願いであったに違いない。

 思わず言葉として零してしまったほどなのだ。ずっとずっと胸にしまっていた想いなのだろう。

 

 流石に問い掛けるような愚行は犯さなかったが、せめてその一片たりとも自分に背負わせて欲しい。

 一人で背負っていても辛いだけではないか。

 そんな想いをしてまで戦わなくとも、進まなくとも良いではないか。そう思ってならない。

 

 だけど――

 

 

 「……どうせ死ぬ事か痛みを感じなくなるのが関の山か」

 

 

 そんな諦めにも似た言葉を零されたのだった。

 

 

 そうでもしないと癒せぬ痛みをお持ちだというのか?

 どのような苦難の道を進まれてこられたのだ?

 

 そしてどれほどのものを失くされてきたと……

 

 

 何という無力。

 

 泣く事しかできなかった自分は何と無能なのだろうか。

 

 そしてそんな自分を何とか慰めようとしてくださった主は、どれほど器が大きいのか……

 

 

 無論、直に泣き止む事は出来たのであるが、それでも気恥ずかしさだけはどうしようもなかった。

 うう 気恥ずかしい……

 

 主は心遣いに長けたお方なので、ぐしぐしと情けなく涙を拭う際に手ぬぐ…はんけち(、、、、)を貸して下さった後は見て見ぬふりを決め込んでられたのでそれ以上の恥は掻かなかったのであるが……

 はて? 気遣いをさせた時点で恥を掻いているような気が……

 

 

 ま、まぁ、それは兎も角っっ

 

 

 件の魔石をどうするのかと話を逸らすと、主は事も無げに屋敷に持ち帰ると仰られた。

 

 こんなものを持ち帰りなるとは正気でござるか!? と思わず大声を出してしまいそうになったのであるが、よく考えてみればそれしか手は無い。

 

 何せこの地域には<禍狐>を封じた過去がある。

 

 いや、狐そのものに罪は無かったのであるが、それを生んだ経緯が最悪だった。

 その経緯故に災厄を生んだ土地という謂れが微かではあるが残っているのである。

 

 -影は陰に入り、闇に至る-

 

 だからこそ、おいそれとそこらに封じる事は出来ないのだ。

 

 

 だが、屋敷なら――

 

 あの(、、)鈴木家の敷地なら話は別だ。

 

 ぱっと見は小高い丘の上にある旧家であるが然にあらず。

 背後の山一帯はブナの木と杉の配置によって奇門遁甲の陣が敷かれ、正門の道以外で侵入は不可能となっており、

 その正面の位置も生垣に紛れている呪式によって様々な制約を課されてゆく。

 無論、屋敷そのものも柱一本一本に至るまで凶悪強靭な強化が成されており、岩砦を鼻先で笑うほどの頑強さが与えられている。

 

 恐らくこの町で一番の安全地帯であろう。

 “ねっと”や“てれび”で見た“かく兵器”とやらのがあの程度(、、、、)なら間違いない。

 

 当然ながら庭にも様々な空間があるのでそこを使えば良いだろう。

 

 しかし…流石は主。

 単純且つ手堅い方法を仰られた。

 

 

 「栗の木の下に埋めればよいだろう?」

 

 

 その場所は周囲に何もない上、血で汚れた過去も穢れた事も無い驚くほど清浄な場所。

 小さな獣の死すら起こっておらず、栗としては破格に長い年月を生き、ずっとこの家と町を見守り続けていてその気性も穏やかで強い念を持っていない。

 

 成る程。確かに最適の場だ。

 

 清浄な土地にただ埋めるだけ。

 それだけであらゆるモノを封じられる。

 

 流石は我が主。

 このような禍石を敷地に入れる事を提案なさった度量も違えば着眼点も違う。

 

 尚且つ、御自分でなさられた方が確実であろうのに、その儀を自分に任せてくださった。

 

 これは……

 この強い信用に応えるべく、普段以上に気を引き締めて掛らねばならぬだろう。うむ。

 何しろここの処 不覚をとりまくっているのだから…な………

 

 

 ……………何だか切腹したくなってきた。

 

 

 ええいっ これで汚名挽回すれば良いのだ!!

 

 

 拙者の本気、お見せいたしますぞ!! 殿ぉおっっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……挽回してどうする?」

 

 と、思わず口に出してしまった訳だけど、何なの? エラい気合入ってるんですけど……

 

 すっげー張り切ってる雷には悪いけど、訳わかんないから丸投げしただけなのになぁ。

 

 だってさぁ、この石ってテキトーに人の願い事聞いて、てきとーに叶えるんだろ?

 じゃあそこらに捨てたら凄ェ不味いじゃん。

 

 子犬やネズミの願いだってテキトーに叶うバグアイテムなんだヨ?

 人間のエローイ願いだったら大災害が起きかねんでしょー?

 ひょっこり散歩に出たヘンタイさんの念が伝わって大人のオモチャとかが百鬼夜行したらどーしてくれるんだ。

 

 だからウチの庭に埋めとけって言ったんだけど……何かすっげー感心されてしまったぞ。ナゼだ?

 

 流石に家の中に入れるのは勘弁してほしかったから、庭の中で一番近寄らない…つーか秋以外あんまり行く理由の無い栗の木のトコにしただけだったのに……

 

 アレか? あの石って栗の木と相性がいいのか?

 赤松でしか松茸が生えないよーなもんか?

 前に樹医さんが『この木って樹齢が半端ない。にも拘らず衰える気配が無い。信じられねー』とか言ってたから、それが関係してるのかしらん。

 

 兎も角、雷が背中から不動明王が如くやる気の炎を上げてるから、それはお任せるとして……オレはどーしよう?

 

 

 レポート仕上げとこか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷が儀を成功させる為、しっかりと思念遮断の陣を敷いてから地の中に二個の石を封じたのはそれから数時間後の事。

 

 太一郎はどーせ理解できないからとただレポートを仕上げていたのであるが……彼女からすれば自分に万全の信頼を置いて勉学に励んでいるとしか思えないので感激されてたりする。

 

 

 だが、件の魔石の事件を二つ片付けた後であり、まさか…という想いもあったのだろう。

 万全の遮断結界陣を敷いていたお陰で――

 

 

 

 

 

                    -聴こえますか……?

 

 

 

 

 

        -僕の声が、聴こえますか……?

 

 

 

 

 

    -聴いてください……僕の声が聴こえるあなた

 

 

 

 

 

              -おねがいです、僕に少しだけ力を貸してください

 

 

 

 

 

          -おねがい、僕のところへ……

 

 

 

 

 

                  -時間が…… 危険が…… もう………

 

 

 

 

 

 

 ――といった、誰かを求める念話が届かず もう一つの事件に関われなかった、等……

 

 

 

 「ぬぅ……っ

  殿の夕餉の手伝いも忘れ儀に集中してしまうとはっっ!

  (あまつさ)え風呂の湯を沸かしっぱなしにしてしまったでござる!!」

 

 「……気にするな。シャワーがある」

 

 「うぉおっっ 殿の負担(水道代)を増やしてしまうとは……っ

  この雷、一生の不覚!!」

 

 「………」

 

 

 

 

 知る由も無かった――

 

 

 

 


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