SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~ 作:Croissant
『――では次のニュースです。
昨夜、海鳴市で爆発事件が発生しました』
ちょっと行儀に欠けるけど、テレビを付けたまま朝ごはんの準備を整えてゆく。
厚焼き玉子と大根おろし。五目豆とキュウリの浅漬け。お
そして赤出汁の味噌汁。具はワカメ。
うん。よくある朝食だなぁ。つか、こんなのしかできないんだけどネ。
『……の付近にあった動物病院の壁を破壊し、電柱が倒壊するなどの被害が』
まぁ、幸いにして雷も和食の方が好きっぽいから丁度いいんだけさ。
……もちろん洋食が嫌いって訳じゃないだろーから、いずれ作ってあげたいなーとか思ってみたり。
『……幸い、入院していた動物の被害は出ていなかったものの、原因は未だ不明で、
破壊の爪痕は海鳴公園まで続いており』
あ、そろそろ起きてくるかな?
ん~…だけど、何か夕べの儀式が終わってから遅くまでなんかゴソゴソやってたみたいだから起きれなかったりして。
念のため様子見に行ってみようかな?
ご飯冷めちゃうし。
お~い 雷ぃ~
『その現場で
警察では事件に何らかの関係があるものとして情報を――』
-巻の玖-
「うぼぉあ……
ま、また殿の手を煩わせてしまったでござる」
……何というか自分の駄目っぷりに切腹したい。
主は、
「昨夜任せっきりだったし、別にかまわん」
と仰ってくださるのだが、やはり立つ瀬が無いし遣る瀬無い。
本当にお役に立てているのやら…我が事ながら疑わしいにも程がある。
涙を滲ませつつ主が
嗚呼 美味しい。
この料理にせよ、剣にせよ、知識にせよ、本当に非の打ち所の無いお方だ。
涼しげな眼差し。落ち着いた所作。
尤も主は
それに世の多くの女性は哀れにも主のその魅力に気付けぬようで、買い物等で出られた際にもやたらと距離を置かれてしまう。
尚且つ、彼の方の放つ氣は諸人はおろかその辺りの動物にも荷が重過ぎるのだ。
「や これは良い茶でござるな」
「……夕べ遅くまで儀式やらせたからな。
これくらいでしか礼ができん」
「何と!? 身に余る褒美でござるよ」
「どちらかというと“
――本人がこれだけ御優しい方だというのに何と難儀な話であろうか。
尤も、そのお陰で独り占め状態なのであまり文句も……あぁ、いや、御労しい事である。
しかしあっさりとお許しになった下さった事とはいえ、この失態は如何ともし難い。
とは言え、悲しいかな過ぎてしまった過去の話なのでどうしようもない。
不覚と情けなさに涙しそうになりながら、明日の朝餉…いやせめて今日の夕餉こそは…っっ と心に誓いつつ、折角の主が作りし料理を全てを腹に片した。
かなり簡易の
「ごちそうさまでした」
と礼をする。まぁ、本当に御馳走だった訳であるし。
それだけでやや照れてくださる主を見て顔が火照りそうになるが……何とか耐える事に成功する。ウムこれが萌えというやつか。
ともあれ、仕度の手伝いが叶わなかったのだから片付けくらいはしっかりと手伝わなければ。
「それで今日はどうする?」
台所の流し(“しんく”と言うらしい?)に重ねた皿を持って行った際、主がそう問うてきた。
ふむ…と腕を組んで考えてみる。
今世の怪異があの二つで終わればよいのであるが、そうである確証は全く無い。
となれば見回るのは当然の流れであるというのに何故このような問いを向けてくるのか? それが解らぬ主ではなかろうに……
ハっ!?
その瞬間、この鈍い頭に電気が走る。
そう、気付かない訳がないのなら、気付いているからこそ問い掛けてきたという事。
つまりは今回の失態を払拭する機会を示してくださっているという事――
おお…何という心の広さであろうか。
過分なるその気遣いを中々理解できなかった自分が恥ずかしい!!
「ぬぅっ!! 申し訳ござらぬ!!」
「……」
昨晩は主の手を煩わせてしまう失態を演じた自分であるが、二の轍を踏むほど無能ではない……と、思うっ
つまりっ、この機会を持って示せば良いのだ!!
「この雷、昨夜のような不覚はとらぬでござるよ!!
御安心めされよっ 殿は学び舎にて勉学に励まれるが宜しかろう!!
殿の不在でも拙者がしっかりと見回っておくでござる故、鯨船に乗った気でいてくだされ!!」
信用と信頼を置いてくださるからには其れに応えるのは当然にして必然。
「……ああ、しっかりな」
「御意!!!」
耳にも心にも心地良い主の御言葉を聞けば勇気百倍。
気持ちから溢れ出た火炎と鋼の決意を胸に、そう力強く返事を返すのだった。
……ナニこの娘の気合。
つか、鯨船って凄い快速の小船だから早くて攻撃力が高いだけなんでね? そんなん乗せられた気でいても怖いだけじゃん。
いや事件は終わったみたいだからどうするの? って意味だったんだけど……上手く伝わってない?
そりゃ落せない講義あるけど、一応 成績はそこそこ良いし単位も足りてるんですけど。
だから近所を見て回るのに付き合えない事もないんだけど~……
なんか知んないけど、いきなり謝られたし、近所の散策にみょーに気合入れてるしでどう反応して良いやら困ってしまうヨ。
そりゃまぁ、道に迷ったら恥ずかしいと思うし、この娘には携帯持たせてないから迷ったらどーしよーもないよ?
だけど雷くらい美人さんだったら、誰に聞いてもホイホイ教えてくれそーなもんなのに……
あ、あれか? 聞くは一生の恥って感じ? 武士的に。
何か違う気もしないでもないけど。
兎も角、訳ワカメながらがんばってと言うしかなかったんだけどさー……
「御意!!!」
――更に気合入れられちゃったヨ。どーしよー この娘。
若干の不安が残るけど、まぁ、信じてるよ? ホントに。
何も起きないと良いんだけど…………起きないよネ?
頼むよホント。
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ひっ、じょ~~~~~~~~~~~~~に申し訳ない話であるが、又しても主に弁当を
本来なれば自分が拵えて捧げるのが筋であるし、是が非でもせねばならぬ事であるのだが、悲しいかな自分の腕は主以下。
お世辞にも美味いという物を作り上げる事が出来ない。
無論、最初の日からずっと習い続けてはいるのだが、やはり一朝一夕にはいかぬもので せいぜい根深汁が塩辛くなくなった程度。
料理に使用する道具そのものは昔に比べて格段の進歩を遂げており、
自分にはそれらを使う知識等が基本から欠けているのだ。
嗚呼、優秀過ぎる主を持つという事は、
それでも我を信じて任せてくださったのだ。
其れに応えるのが式というもの。頑張らねば。
主も学び舎に出立なさったし、拭き掃除も終わらせた。
城砦も
しっかりと掛かっている事を再確認した後、主から賜った鍵を玄関に掛け、ようやく屋敷を後にするのだった。
願わくば、昨晩の石だけで怪異が終わりますよう――
取りあえず昨晩の現場から調べようと歩いていた雷であったが、彼女が預かり知らぬ間に現場は立ち入り禁止となっていた。
いやまぁ、現在の法治国家的に考えてみれば当然の事なのであるが、こういった現場を鑑識が調べるという事すら知らなかった彼女はけっこう面食らっていて戸惑いを隠せなかったりする。
何しろあちこちで道路が爆ぜたり、木々が爆発してたりするというのに原因が不明なのだ。そりゃまぁ警察だって躍起になるだろう。
当たり前であるがKEEP OUTのテープが張られていてどうにもならなかった。
無論、周辺地域での聞き込みも行なっている訳で、言うまでもなく雷も質問を受ける羽目に。
民草の守護が任務とはいえ、表立ってのそれも今は昔。現在社会では呪術等は秘匿とされている。
よって公務員とはいえ一般警察にも説明はできないのだ。
しかしそこは一級の式。
昨晩のやり取りでも解るように、誤魔化しの演技も完璧なのだ。
「いや、拙者もここに来て初めて知った次第で。
何か事件でござるか?」
「(いや、“拙者”って……それに語尾が“ござる”?)」
まぁ、喋り方だけはどうしようもないようであるが……
それでも雷はやや職務質問っぽくなったものの、簡単なやりとりで開放されている。
念の為に仕事を聞かれたが、
「家事手伝いでござる!」
と胸を張って答えた上、坂の上の鈴木家で厄介になっていると話すと、何だかニガウリを丸齧りしたかのような顔をしつつウンウン頷いて去っていってしまったのはどういう事であろうか?
しかしそれでも念には念を入れ、そこらの野次馬宜しく中を気にしてチラ見する演技をしてからその場を後にする雷であった。
「坂の上の鈴木家って事は、
おまけにあの娘の雇い主は孫の凶眼ってか?
勘弁してくれ。係わり合いになりたくないぞ」
「……一応、課長に報告しておきますか?」
「止めてやれ。
鈴木家の話なんかしたら、また課長の胃に風穴開くぞ?」
さて困った。
昔のお上なんぞ比べ物にならないほど細かく細部にわたって現場を調べている事はぱっと見でも解るのだが、悲しいかな怪異にはおもいきり不向き。
確かに土地の成分を調べる事に間違いはないのであるが、あれでは土地の経歴は解っても因縁に至るには程遠い。
かといって呪術を説明する訳にもいかぬ。何とも厄介な世になったものだ。
主が申されていたのだが、様々な調査には学者連中が関わっているのだが、怪異などは前例が無ければ信用してくれないとの事。
いや、こちらには生きた前例が山の様にある訳だが、学者から言えば非現実らしく、その前例を証明する前例と、証明する前例を説明できる前例等を矢継ぎ早にどんどん問い掛けてきて、仮にそれらを説明し切ったところで色んな場所を
何が何だか解らないのだが、今の学者の大半は自分らが納得できなければそれは存在しないという狭量にも程がある愚者なんだそうだ。
まったく……血の巡りというか、知恵の廻りが悪いにも程がある。
我が主の爪の垢でも煎じて飲めばよいものを……
いや、慧眼且つ聡明な主の爪の垢など、愚者どもには勿体無さ過ぎるか。
まぁ そんな愚者集団の事なんぞどうでも良い。
秘匿せねばならない訳だから彼らには悪いが勝手に原因の石を探すとしよう。
あの黄色い
流石に町の中であるから野次馬も増え、やたら邪魔でよく現場が見えなくなっているが、霊・動・観の字を紡いだ紙で折り鶴を作り、それを式として飛ばして様子を窺ってみる。
誰の目にも折り鶴なのであるが、呪を込めているのでスズメかハトのように感じられているはず。
無論、そう感じているだけなので、実際に意識を向ければ直に折り鶴だと解ってしまう。
それでも周囲の認識がズレているし、風景に混じっているので気付かれる確率はかなり低い。
兎も角、折り鶴は不器用に羽ばたいて抉れた道路に寄って行く。
見た目には手抜きであるが、視覚を繋げているので中の様子は目の前の様に見て取れるので便利だ。
欠点としては術を行使している間、自分は動けない事か。
「ふむ……?」
それでも気付かれずに要所の様子を窺えるという利点は大きい。
今、雷の目には抉れたアスファルトと大穴の開いている建物……動物病院が見えているのだから。
だからその結果……
「(道路の抉れ方とその幅、建物の穴の
これは昨夜のあれとは――)」
違う。という事が解った。
“こんくりーと”の壁の強度はまだ知らないが、崩れた部分と音を聞けば大凡の見当はつく。
それと直に足で踏んでみた感触で“あすふぁると”の硬さも解る。
だからこれらを見れば、ここで暴れた怪異の突進力、破壊力も理解できるというもの。
少なくとも、昨晩のアレあれではない。
道路に空いた踏み込みの痕や、二の足の位置からすれば、成る程確かに昨夜のものより足は速かろう。
だが、その代わりに破壊力は
最初の子犬の化生は機動力こそ無かったがあの力強い頭(?)と舌の攻撃による破壊力はここの比ではないし、二匹目の毛針攻撃と尾による一撃は半端ではないが移動力はこれまた低い。
つまり、ここで暴れたものは別物という事となり、即ち……
「(まだ石が他にもある可能性が上がったでござるな。
そして――)」
「(拙者とは別の術師、或いは事を行なった下手人でござるか?)」
今の情報ではこの程度の事か解らない。
何もかも手探り状態なのはきついのたのが、まだ怪我人が出ていないのは不幸中の幸いか。
念の為に建物の中にも入って様子を見たのだが、ここの医師らしい女性と警察との会話から患者ならぬ患畜にも被害は出ていないらしい。まぁ、一匹ほど行方不明らしいが、血痕が見られないし臭いも無いので恐らく逃走したのだろう。希望的観測と言えなくも無いが……
主は動物好きなので報告すればお喜びになられるだろう。ひょっとしたら褒めていただけるやもしれん。うむ♪
さて……そうとなればこれ以上ここにいる必要は無い。
とっとと探索に戻るとしよう。
式との繋がりを立ち、式を燃して証拠を隠滅。
“観”の意識をこちらに戻して移動する事にした。
無論、気を引き締めて掛かる事は言うまでも無い。
下手をすると石はまだまだあるかもしれないのだから……
「わぁっ いきなり火が出た!?」
「何だぁ!? ゴラァっ鑑識ぃっ!! 見落としあんじゃねぇか!!」
「う、うそっ 燃えた灰が塵になって消えた!?」
「跡形も無いなんて……そんな馬鹿な!!」
何か騒がしいけどキニシナイ。
天下泰平の為、
そう、決してやってしまったでござるっという気がしたから逃走している訳ではない。
で、であるからして……
この場は一先ず、御免――
一人の少女が泣きそうな顔をし、街外れをうろうろ彷徨っていた。
その視線は常に下向き――地面に向けられており、塵一つ見逃さんと言わんばかりに隅から隅までを視線を這わせている。
この辺りの人間は結構 情があり、そういった少女がいれば普通は声を掛けるものなのであるが、よほど間が悪いのか或いは運が悪いのか周囲に人の影は無い。
だが、当の彼女にしても誰かを頼ろうとする様子は見られない。
ただ一人道路をあちこちふらふらと移動しつつ必死に何かを捜し求めていた。
――いや?
どちらかというと人に頼るという考えに及ばない。
現に塵ほども人影を探していないのだから。
しかし、少女の眼の真剣さはただ事ではない。
まるで己が身体の一部……いや、半身を失くしたかのようなのだ。
「どうかしたのか?」
そんな少女に声を掛けた者が一人。
集中し過ぎていたのだろう、彼女は唐突に掛けられた声に驚き身を竦ませる。
しかし藁にも縋る想いがあったからか、おそるおそるとその声の主がいるであろう方向に顔を向けた。
「落し物か?」
その声は低く、静か。
敵意など微塵も含まず、情を知らぬ少女ですら声音に柔らかさを感じたほど。
だがその声の主は只者ではない。
背が高く、無駄な脂肪も筋肉もない鍛え上げられた鋼を思わせられる。
確かに敵意こそ皆無であるが、その眼差しは鉄塊すら射抜きかねない鋭さがあった。
嗚呼しかし――
この場において誰が解り得たであろうか?
この土地においてお人好しは数多くあれど、とびきりのお人好しの部類に含まれ、
その飛び切りのお人好しの部類の中で、泣く子供に気付く事にかけては最強の人間。
それこそがこの青年である事など……
「……ア、アナタハ?」
「……気にするな。
通りすがりの大学生だ」
そしてこの出会いこそが後の奇跡であった事など――