SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~ 作:Croissant
「式……か」
「はっ」
思わずそう呟くとその人は即座に相槌を打った。
うららかな昼下がり。
家屋は古式ゆかしい日本邸宅であるが、時は既に新世紀。
遠くにビルが見えるわ、電線は見えるわ、空には飛行機雲はあるわで、まるで出来の悪い時代劇みたいだ。
ただでさえ場違い感バリバリだっつーのに、唐突に声が聞こえて胸が光り、その中から女の人が現れる……なんていうファンタジー現象に慌てない訳がない。つーか慌てふためきましたよ。ええ。
実際、今だって完全には落ちちゅけ…もとい、落ち着けてない。
……噛んだのは気の所為だ。
つっても、何時もの事だろーけど表には出ていない。てか出せない。
感情を顔に出しにくくなって十余年。つまりあの石喰い(仮)と対面して杭刺の刑を受けてからそれだけ経っている。
鍛えられてなってしまった鉄面皮っちゅーのもあるのだけど、何を隠そうこのオレには特殊なスキルがあり、そのお陰でパッと目には落ち着きかえった人間に見えるよーになっているのだ。
実は
それを使って頭の中で喧々諤々と罵り合い何だか相談なんだかよく解らない会話をしまくり、大騒ぎをした結果、今のこの心境があるのだ。
要は騒ぎまくって力尽きたダケなんだけどな……
まぁ、そのお陰で動揺しまくるという赤っ恥を掻かずに済んだ事が不幸中の幸いか。
え? メンツが保てただけじゃねーかって?
悪いかっ?!
如何にオレがお腹ならぬ胸を痛めて(?)生んだ(?)式神とはいっても、おもっきり美人さんだなんだぞ?!
誰だって美人には見栄張りたいだろ?!
自慢じゃねーけど、恐れの眼差し以外の目で視られる事は殆どねーんだ!!
こんなに歳の近い女の子に好意的な目で見られるなんて、かーさん以外では二度目。おまけにそのもう一人は同級生の彼女とキたもんだ!
ぶっちゃけ、彼女いない歴=年齢だっ!! 悪いかバカヤローっっっっ!!!
「……っ!」
「 殿?」
「……何でもない」
痛゛っっ 痛゛だだだだだ……
わ、忘れてたぜ……今でも興奮し過ぎたらしたらこの様だった。やっぱり心臓に釘が刺さるような痛みがががが……
何時に無く感情的になりまくってるなぁ。オチケツ…じゃない、落ち着けオレ。
そ、そうだ、ナイス神父さまに
あ、そうかっ!! 思考分割ができるって事は、数えながら別の事考えられるって事じゃん!! 十余年目にして弱点が明らかに!!
う゛う゛……今まで言い訳考えてる時しか使ってなかったからなぁ……
ど、どうすべぇ?
つか会った瞬間、その人の名付け親ってナニ!?
何ぞこの状況!!??
「(ふむ……今生の主殿は中々の胆力をお持ちのようでござるな)」
俯いたまま彼女はそう感心していた。
この主は無口な方なのだろう、まだ殆ど言葉を交わしてはいないのであるが、しっかと式神である自分を受け止めている。
期待した通り…いやそれ以上の人物であるようだ。
この
その手間と根気は想像を絶する。何せその間中、法力は殆ど空となって地力のみで戦い続けてきた事となるのだから、
しかしこんな覇気を持つ御仁が、今日まで戦いを知らずにいたとは考え難い。
生まれて直の式ではあっても解る。
自分の主は只者ではない。
大体、もし仮にそれ以外の方法で練り続けたのであれば、戦いとはまるで関係のない、日向でまどろむ子猫が如く静かで穏やかな日々を送るしかないのだ。
この主の眼光、眼力を見るにそんな日々を送っていられる訳がない。世の中はそんなに甘くないのである。
今までの主同様……いや、下手をするとそれ以上に、得体も知らぬモノとの戦いの日々を送ってきたのだろう。
その中で培ってきたものに相違ない。
でなければこの落ち着きは持てはせぬ。
『(しかし何ぞこの娘?! 式神!? ナニそのファンタジー!! つか、プロポーションすげぇ)」
(落ち着けオレ。エロに
大体、ウチにも石喰いがいたんだろう?
今更、オンミョージのアレがいたところで特におかしい事は……)
(いやその理屈はおかしい)』
……等といった問答がある事など知る由もないし。
兎も角、彼女は座して彼の言葉を待った。
真の関係は名乗りから始まるのだから――
さて、
何が何だかサッパリサッパリなんだけど、どーも彼女に名前をつけなきゃいけないようだ。
ふと目を向けるとまだ面を上げずにオレの言葉を待っている彼女の姿。
彼女彼女と言い続けるのもナニだし、『おまえ』とか言うのもアレだ。そうだとすると名前をつけるのは至極当然の流れ。
……何だか間すっ飛ばしてるよーな気がしないでもないけど、とりあえず名前をつける事から始めよう。
えーと……
んと……
……待てよ? そー言えば、オレってネーミングセンスが壊滅的に無かったよーな……
おおっ、そーだ無かった!! おまけに後になってそれにウッカリ気付いてしまうタイプ!!
更に、厨二的なセンスはないけど一般センスにも届かないという困ったおまけも付いてるとキた。幼少期から何度シーツに丸まって泣いた事か。
いかん…いかんぞ!!
解るぞ!? どーせオレの事だ、式神だから式子とか? いや、美少女だから式美? 等と仏段に供えたくなるよーな名前を思い浮かべるに違いない。
つか、実際に今浮かんでるし、
おまけにこの娘、何だか知らないけどご褒美を待つワンコみたく期待に満ち満ちてるじゃない? わぁい ドすげぇプレッシャーだぁ。
どんなに素晴らしいカッコイイー名前にしてくれるのかな? かな? と、口に出さずともそんな期待感が伝わってくるじゃないの。
だけど、持ってねーモンはどーしよーもない。
ああっ 犬を点滴マスクと名付けたり、猫にイモ太郎侍、大きく育ち過ぎたミドリガメにシルバー⑨と名付けた過去が蘇るっっ
このままでは涙なしには語れない命名物語が出来てしまいそうだ。
我が家で(比較的)センスの良かった母よ!!
い、いや、この際誰でもいい!! 誰かっ 誰かセンスorアイデアをくれぇえええええーっっっ!!!
ふと、自分に向けられている主の眼差しに迷いのようなものが浮かんでいる事に気付いた。
ひょっとすると自分の実力を視ているのやもしれない。
古来より、民に仇成す魔と戦う為に己を磨き続けている者達がいた。
その血を引く者が主であり、自分をこれだけはっきりと確立させられたのだから直系に相違ないだろう。
剣持て槍持て呪を放ち
等と陽の陰にて戦い続けるのがその定めであった。
そしてその直系たるや武神の化身のような者達だと記憶している。
この若さで跡を継ぎ、自分を生み出したのだ。それは想像を絶する鍛練を送り己を高めて来たに違いない。
自分には解る。主は正に武王だ。
これはいかぬ。
紛いなりにも女の身、はしたなき事とは思うが力の程くらいは示さねばならぬだろう。
そう思い立ち、面を上げたその瞬間、
「……雷」
「はっ?」
「
その名を口に出され、彼女は凍りついた。
我ながら挙動不審に思うんだけど、きょときょとして首を振って名前ネタを探す。
当ったり前だけど、ンな簡単に見付かったら世話はない。
何せここは庭に面した縁側。ンなところにそんな都合の良いものある訳ゃない。
日当たりが良好なんで、本なんか置いといたら あっという間に日焼けしちゃうし。
かと言って、席を立って捜しに行く事もできない。
……ぶっちゃけ足痺れてたりする。
正座はやらされ慣れてるから平気なんだけど、ウッカリ胡坐かいちゃったもんだから即効で痺れてるのだ。
初対面の女の人(それも美人)を相手にイキナリ正座して話するのは流石に悲しすぎるけど、足を痺れさせてるのを見せるのもイヤ過ぎる。
しまった進退窮まってる?
手持ちのカード(記憶)だけで名付けろと申すか!?
あばばばばばばばばばば……ど、どーせぇと!!??
えと、ええと、えっとぉ~~!!!???
あ゛ーっっ 持ちネタが狭過ぎるっ
ひょっとして、真面目に名前考えるのって人生初めてじゃね?
小学校の時、クラスで育ててたデメキンには二秒でプリン巾着って名付けたのは良い思い出だ。
ついでにそのデメキンが死んじゃったから丁寧に埋葬したのに、皆には食ったと思われたのは黒歴史だチクショーめ。
って、ンな話はどーでもええがな!! この娘の名前ぇーっっっ
ネタったって、まさか車の名前とかにする訳にいかんしっ 戦闘機のはカッコイイけど何か違うしっ
えと、えと、だったら戦車!?
だめだぁーっっ 日本の戦車は数字ばっかだーっっ つか日本の戦車しかしらねぇーっっ
そ、そうだ戦艦があった!!
何か守ってくれるとか何とか言ってる気がするしっっ!! 護衛艦…いや、巡洋艦とか、そっち系のだったら……
「……いかづち」
思わず口に出しちゃったのはその名前だった。
「雷……というのはどうかな?」
言っちゃってから何だけど、よりによって何故に駆逐艦、吹雪型駆逐艦の いかづちなのか?
そりゃまぁ、戦争中に大活躍した艦だよ? 結局 最後には沈められたけど。
他にもっと女の子っポイのあったんでね? という気がしないでもないし、大空のサムライ的に零とか紫電とかでも良かったんじゃ……という若干の後悔もあったりなかったりするけど、言っちゃったものはどうしようもない。
え、と……? 何か黙っちゃってるけど……も、もしかして怒った?!
ダメなのか?! やっぱりオレごときのセンスではお気に召さんのか!?
彼がその名を口に出したとき、言葉がずんっと胸に響いた。
彼女には、先程から向けられている主の眼差しに不思議な色が感じられている。
憐憫のような悲しみのような、複雑な感情が混ざっているそれは、恐らく彼女には想像も出来ないものがあるのだろう。でなければあのような表情を浮かべるはずがない。
先程も何かしら痛みに耐えるような顔をしていた気もする。その原因である
しかし、如何なる悲しみや想いや記憶があるのに違いはなかろうが、そんな記憶があるのだろう名を汲み出してくれている。
視線を彼の目に戻せば、やはり自分に向けられている悲しげな眼差し。
これは、失ったものを自分に見ている……?
――いや? そんな女々しさは感じられない。どちらかと言うと自分を責めている者のそれだ。
自分の責任を決して他者に押し付けようとしない、己だけで背負い込む者のそれ。
別に己は式であるのだから、身代わりを求められようも文句はない。それが主の望みであるのなら当然だ。
だが、彼が自分に向けている想いには、役割と言うより個に重きを置いたそれが感じられる。
つまり……
「(拙者に与えられたこの名には、決意が含まれているでござるな。
それも、拙者を召喚するに値するだけの……)」
元より不満はない。
このような強者、
彼が静か発したその名…言霊を噛み締め、じわりと自分に染み込ませてゆく。
主の言葉で驚いたのは、自分が使っている退魔の技は木気…それも雷寄りの技である事を悟られていた事だ。
何しろ髪の色は紅。
実際には火防の為の印であるが、それでも刃を交えない限り火気としか感じられないようにとの思惑もある。
だが、彼は見抜いた。
ただ見据えただけで見抜いたのだ。
何たる眼力であろう。
しかし視抜かれた故か、よほど相性が良かったのか、その
如何に高度な呪式で紡がれた式神であろうと、名を持たずしてしっかりとした我は保てない。
名を置いてもらい、初めて其れが其れとなるのだ。
無論、不満なぞ浮かぶ事もあるはずもない。
……いや、式そのものが木気なので魂の名に近いのだから当然なのだろう。
「護りの名として考えたのだが……気に入ってもらえか?」
「はっ」
気に入ったどころではない。身に余る光栄だ。
この身、この心に染み入る素晴らしい
「身に余る光栄。正に感動に打ち震えてしまったでござる。
我、この身今生より
我、前に立ちし式《前鬼》にして共に戦う式《戦鬼》也。
この身が砕け灰塵と化そうとも主の刃と成りて戦う事を誓わん」
ゆっくり、そして強く与えられたその名を噛み締め、心からその名を受け入れて自分の呪式に練り込ませてゆく。
嗚呼…と感動に打ち震えた。
半分繋がっただけで解る。
有象無象の力自慢のそれではない。研磨し更に研磨して必要最小の法力のみで戦い続けた者のそれを感じるのだ。
無論、力の器の大きさは歴代でも小さい方だろう。
普通人より多少はある程度と称しても言い過ぎではないだろう。
だが、単純に力が足りない…のでない。
力を使っていないのだ。
途轍もない効率の高さで呪式を編み、それを使っているに相違ない。
でなければ、自分を編み出す事など不可能なのだから。
ほんの微かに残っている自分の先人の記憶の中でも、自分ほど細かく式を編まれた者はいない。
言わば、先人らは
人との差異が殆どないくらいなのだから。
「主よ。
偉大なりし我が殿の御名をお教えくださらぬか?」
さっきから気になってるんだけど、殿ってナニよ。
殿ってアンタ……オレは別に軍団作ったり映画監督する気はないよ?
あ、でも良く考えてみたら自己紹介とかやってないじゃん。どんだけ慌ててたのよオレ。
まぁ 普通に考えたら家宅侵入されたよーなもんだし、この娘…って、雷か。雷って不審者そのものなんだけどね。イキナリ謎の出現したし。
でもオレが生み出したっポイし。理由解んないけどさ。
あー……これもやっぱあの杭の所為かなー 胸の奥から声したしなー
ん? あれ? ひょっとして杭を打ち込まれて生んだって事だから……レイープされたってコト?!
ぎゃぁああっっっ!!?? 気付かなきゃ良かったぁああああーっっっ!!!
サクランボ失う前に菊が散ったってか!!?? 勘弁してよっっ わぁあああああああああんっっ
って、落ち着けオレ! 今の状況に何のカンケーもないわぁっ!!
「……殿?」
はっ
いかんいかん イロイロあり過ぎて我を失ってたヨ。
と、兎も角別の事に集中するんだ。目から出た汁は心が冷や汗掻いただけだっ コンチクショーッッッッ
「太一郎。
鈴木 太一郎だ」
やけっぱちのままそう名乗ると、雷はオレの名を噛み締めるように小さく呟き、
「御名を御教え下さり、名を手向けて下さり感謝の極みでござる。
我 雷。主が為にこの身この命果てるまで、その全てを捧げ尽くす事を誓わん」
そう、聞き捨てならないとんでもないセリフを言っちゃってくださった。
……って、オイオイ!!!?? ナニ言っちゃってくれちゃうの!!??
ナニその重々なセリフは!?
と、やっぱり顔に出せないまま、慌てふためいて問い詰めようと腰を浮かせた正にその時、
-呪式契約 終了-
-太一郎,雷 間、径路開放-
-侍従呪式……固定完了-
-魂魄経路 構築終了-
-前鬼“雷”登録-
- 呪 式 儀 全 行 程 終 了 -
胸の奥からこんな声(音?)が辺りに響き、彼女のオレの間に一本の光る糸みたいなモンが出現し、瞬いたかと思った瞬間、それは目に見えなくなった。
……ひょっとして……ナニか取り返しの付かないコトが起こっちゃった?
アレ? 何か詰んだ気がすんだけど……
――まぁ、兎も角。
「殿?」
「……いや、何でもない。
それより上がってくれ。跪かせて話をする趣味はない」
「御意」
そんなこんなで混乱しつつもオレと雷との共同生活が始まったのだ。
べ、別に家族が増えたからって、特に喜んだりしてないからね!?
読みやすさ重視の為、一つ一つを短めにしてます。
ご容赦ください。