SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~   作:Croissant

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 微妙にとらハ3成分が混ざっておりますのでご注意ください。


巻の肆 <陰の章>

 出会いはそのものは入学式。

 

 同じクラスになった日。

 だけど彼そのもの(、、、、、)を知ったのはもっと後。

 

 自分の血族により、あの人(、、、)との距離を測りかねていた時だった。

 

 

 

 あの大きな背中は――忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンドルを握るメイドの後ろで、その女性は後部座席のドアに腕を掛けて外を眺めていた。

 

 当人が美人であるから目立つのだが、やたら目元も口元も弛ませている。

 

 それは幸せである事をあふれ出させている女のそれ。

 車窓から入る陽射しすら(くすぐ)ったそうに感じるほどの嬉しげな顔。

 

 だがその主の幸せはそのメイドの幸せ。

 

 それに主従を越えて姉妹の様に信頼し合った間柄なのだ。幸せそうな彼女の表情ほど嬉しく楽しい事は無い。

 

 

 ついこの間まで下らない諍いの渦中にあり、血で血を洗うような戦いの中に引きずり込まれていた。

 そいつらの攻撃によってメイド本人もしばらく休眠を強いられていたほどで、今のこんな二人を見ても想像すら出来ないだろう戦いを演じていた。

 

 幸いにも主の恋人の活躍もあって、どうにか一応の決着を迎えており、そんな苦難を乗り越えた二人は絆を深めて結婚の約束まで結んでいる。

 

 その青年は主の後援者にしてもメイド本人もかなり好意を持っている事もあって、反対する理由など全くなし。

 青年と主両方の妹たちも同級生となり友情を育んでおり、家同士の仲も良好で正に順風満帆。目元口元が弛むのも当然と言うものだろう。

 

 今日も大学の講義を共にした後、家まで送っていった。今はその帰りである。

 

 何時もならもっと一緒にいる二人であるが、今日は店の手が足りないから手伝わねばならないのと、妹の修業に付き合う日というので帰ってきたのだ。

 単に店の手伝いだけなら自分も付き合えるだけの腕になっているのだけど、流石に剣の修業にまでは付き合えない。

 いや、血統的に鍛練に付き合えるだけの力はある。能力的にはその恋人の男性より勝っていると言って良い程。

 

 だがその後が大変である。副作用的に(、、、、、)付き合えないのだ。

 

 無論、あの青年の体力ならば不可能ではなかろうが、流石に二日続きで泊まらせるのは気が引けた。 

 

 その件でからかった事を思い出しているのだろう。くすくすと思い出し笑いまでしている。

 

 メイドもつられてくすりと笑みを零し、言われた通りの道へと車を走らせていた。

 

 

 ――と。

 

 

 「あ、お嬢様。太一郎様が」

 

 「え、ふぇ?」

 

 

 急に話しかけられたからか、珍しく呆けた声で返してしまうがそれには気付かない。

 

 いや、気付けない。それどころではなかったのだから。

 

 

 「太一郎様が女性の方と歩いてらっしゃいます」

 

 

 「へぇ? アイツがねぇ…………………………………………………………って、

 

  ええっ!!?? え゛え゛ーっっ??!! 女連れぇええっっ!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       巻の肆 <陰の章>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横を走り抜けてゆく車に、もう(いかづち)は驚いたりしない。

 

 通り過ぎた車は所謂 高級車というヤツでだったので、エンジン音も静かだという理由もあるのだが、それでもどれだけ主に迷惑をかけたか……

 最初の頃は馬も牛も無いのに爆音を立てて走り抜けてゆく箱には大層驚いたものであるが、先に述べたように主の努力と情報収集によって今は何とか平気となっている。

 だからだろう、今でも雷は驚いて間合いをとっていた当時を思い赤面してしまう。

 

 そんな失敗例を思い浮かべていると、その通り過ぎた車が前方で急停車。何とぎゅおおおんと音を立てて急バックしてきたではないか。

 

 何時の間にか雷は主の前に立っている。

 直にでも主を庇えるような位置に極自然に移動していた。

 

 無論、主は全く緊張していない。流石である。

 

 その高級車(後で知ったが、ベンツというらしい)は自分らの直横に止まると、う゛ーとくぐもった音を立てて窓を開けた。

 

 

 「ちょっと、太一郎君!?」

 

 

 顔を出したのは珍しい紫色の長い髪を湛えた美女。

 年齢的には主と同じくらいだろうが、日本人形の美しさと西洋人形の愛らしさを足して割ったような、不思議な魅力を持った女性である。

 

 まぁ、このように魅力に満ちた主なのだから様々な女性に知られていても不思議ではない。

 やや面白くない気がしないでもないが、主がもてるというのは一種 誇りすら感じられるのだから。

 

 

 しかし、相手の事が全く気にならない訳はない。

 

 この歳でこのような車に乗っている、というのもそこそこの大店(おおだな)か、家が武家ならばありえなくもないだろう。

 今の時代にどれだけの力があるのかは知らないが、少なくとも自分の知る時代であればかなりの無茶も出来ていたのであるし。

 だから所作やら家柄等は気にならない。

 

 主とて気にもすまい。主が気にしないのであれば、当然ながら自分だって気にもしない。

 

 だが、それより何より雷の気にかかる事が一つあった。

 

 

 この車を操っている者(女中?)も、そしてこの女性も、完全な人間では……――

 

 

 「雷」

 

 「は?

  ……ははっ!!」

 

 

 そんな雷に、

 主の盾となるような位置に立つ彼女に、当の主が声を掛けてきた。

 

 まるで、勇む彼女を引き止めるかのように。

 

 

 

 「彼女は月村 忍。

 

  オレの高校時代の同級生で、大学の同期。

 

  そしてオレの――友達だ」

 

 

 

 主の言葉にハッとして振り返る。

 

 案の定というか、やはり彼の眼差しはじっと自分に注がれていた。

 

 

 責めるでもなく、諌めるでもなく、

 

 ただ静かに、友人を紹介しているだけという空気を纏い。

 

 

 「それは、真で?」

 

 「ああ」

 

 

 知らぬ訳が無い。気付かぬ訳が無い。

 

 闇に沈み、潜むモノ達と一人戦い続けてきた主。

 

 そんな主の眼力が二人の違和感に気付けぬ訳が無い。

 

 枝葉を歩く羽虫の足音すら聞き分けかねない主である。

 

 

 だが彼は友達と言った。

 

 高校時代からずっと付き合いのある友人だと説明している。

 

 

 そして――

 

 

 「――だから、そう身構える必要は無い。

 

  敵とそうでない者との区別くらいはしてもらえんか?」

 

 

 目を見張った。

 

 思わずその目を車の女性たちに戻すと、やや寂しげな色を感じなくも無いが、嬉しげな光を浮かべて自分らを見ているではないか。

 

 

 ――ああ、自分は何という未熟なのであろうか。

 

 昔からそうではないか。

 (あやかし)にしても、霊にしても、存在自体が悪ではなく、行動や属性によって闇に区分されたモノが悪ではないか。

 

 退魔の者とて達人ともなると全てを狩ろうとはしないもの。

 何故なら自分らと同じく天然自然から生まれしモノだと理解しているのだから。

 

 嗚呼、彼女らは生まれが人の陰というだけで悪ではない。

 

 それを説いてくださっているのだ。

 

 

 「……失礼仕った。

  この雷 一生の不覚。この過ちをお許しくだされ」

 

 

 全く……この慮外者はどれだけ失態を演じればよいのだろうか。

 

 

 「理解してくれたのならいい……

  お前も自己紹介して手打としてくれ」

 

 

 そんな不甲斐無き自分に優しい声を掛けてくださる主。

 

 何という懐の大きさか。

 改めて心中で感涙しつつ、顔を女性らに戻し今度こそ丁寧に(こうべ)を下ろした。

 

 

 「お初にお目にかかります。

  (それがし)、鈴木 太一郎が家臣、(いかづち)と申す者にございます。

  度重なる無礼な所業、平にご容赦を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この女性、月村 忍殿とその従者である のえる・綺堂(きどう)・えーありかひと殿は主の同級生とその従者であり、ある一件で主に裏から支えてもらい続け、最後には逃走した強敵を倒してもらった恩があるのだという。

 

 何でも実家が大きな家であったが為か財産狙いのお家騒動が起こり、その挙句 奸物どもの襲撃を受けたのだそうだ。

 

 幸いにもこの女性の現恋人であり許婚の青年とこの従者の活躍で事なきを得たようであるが、最後の戦いの際にとてつもない強敵が現れたという。

 この三人がかりでも撃退が精一杯で、従者(ノエル)に至っては行動不能にまで追い込まれた強敵。

 

 しかし、件の敵は撃退こそ成功したものの、暴走状態のままで逃走したものだから一般市民に害を成す可能性が大だった。

 

 だから動く事もできなくなった彼女(ノエル)を家に残し、二人は決死の覚悟で追っていったというのだが……

 

 

 大きな音を耳にし、慌てて駆けつけた二人が目にしたもの。

 それは……右腕を引き千切られ、頚骨を直角にへし折られた強敵の姿。

 

 二人が駆けつける僅かの間に、どう見ても無手で倒されたあの恐るべき襲撃者の成れの果て――

 

 

 そして――

 悠然と夜の帳の中へ消えてゆく()の人物が後姿……

 

 

 それが我が主、鈴木 太一郎の力を初めて垣間見れた一件だったという。 

 

 

 

 

 

 「流石にチューブは無理ですね」

 

 「ポロリがほぼ確実よ? ナニよこのエロっちいプロポーションバランス。なめてんの?

  ぱるぱる言っちゃうわよ?」

 

 「意味が判らんでござるよ!?

  というか、こんなはしたない恰好は……」

 

 「さっき着てたのよかマシじゃない。

  ナニよ地肌に作務服って。どんなサービス業の娘かと思ったわよ」

 

 

 ――そんな二人に百貨店なる城の如く巨大な建物に引きずり込まれて早半時。

 女二人とは言っても意外なほど力強い上、善意から来る行動であったので逃げる事も叶わない。

 

 ともあれ、こうまで様々な衣装を着せかえられまくりと精神的に疲れが出始めてくるのも必然して当然であった。

 

 何せこの時代の下帯…いや、下着は、単に襦袢を羽織れば良いという訳ではないらしく、乳当て(ブラ)一つにしても付け方を習わねばならないという始末。

 いや確かに着心地という点ではかなり良いものなのであるが、どうも感触的に頼りないのが困りもの。

 

 

 「こう前で止めて背中側に回した方が早いのではござらぬか?」

 

 「駄目よ! やっちゃあいけない付け方なの。

  女足る者、奇麗な付け方と外し方(、、、)を学ばなきゃ、男を悩殺出来ないわよ?」

 

 「ぬ、ぬぅ……いと深きものにござるな」

 兎も角、何がどうだか知らないが、この時代の女子(おなご)としての衣体(えたい)等を教えてもらっているのだった。

 

 無論、流石に主込みでは女性(にょしょう)専用下着の売り場に入る事は出来ぬので、外に待っていただいている。

 申し訳ないとは思うものの、やはり自分が着用する下帯…いや、しょーつとやらを見られるのは羞恥を感じてしまう。よって出てもらえた事に感謝を募らせている。

 

 

 「あら? 一緒に入らないの?

  折角、雷ちゃん着せ替えーショーといこうって思ってたのに」

 

 「許してやってくれ」

 

 「今ならノエルの着替えショーもサービスするけど?」

 

 「ちょっ!? おじょーさま!?」

 

 「あぁ、ファリンに悪いわね。ごめんごめん」

 

 「……」

 

 「ああ、殿が無言で出て行かれたでござる」

 

 「……チッ ヘタレが」

 

 

 ――等といったやり取りもあったりなかったり……ま、まぁ、忘れるとしよう。

 

 どーもこの忍という女性は冗談が行き過ぎて困る人間のようだ。

 悪い方では無いとは理解できるのであるが。

 

 

 そんなこんなで、どうにか下着も……布の広さに難のある下着ばかり重点的に選ばれたような気もするが……選び終え、ようやく婦人服売り場へと連れられたのだった。

 

 待っているだけで主もかなりお疲れのご様子で心苦しかったのであるが、

 

 

 「ホラホラ、男のあんたがそんなんじゃ困るでしょ?

  ちゃっちゃと立って付いて来るっ

  折角、雷ちゃんに似合うストライプのも選んであげてるんだから」

 

 

 し、忍殿、柄を明かすのはお止めくだされ。

 

 

 

 

 

 

 

 変わって婦人服の売り場。

 この百貨店(デパート)というのは、一つの建物に様々な(たな)が入ってるので、階を移動するだけで専門の店が犇く売り場に出られるのは便利極まりない。

 

 尤も、その為にかなり広い空間が必要となり、自分は良いとしても、必然的に主までもかなりの距離を引き摺り回してしまう事になってしまう。

 

 申し訳なく思うのだが、

 

 

 「……気にするな。良い運動だ」 

 

 

 と言われれば言葉を引っ込めるしかない。

 流石に御好意を断る事は礼を欠き過ぎるのだから。

 

 とは言え――

 

 

 「うーん スタイルが良過ぎるのも考え物ねぇ……」

 

 「可愛い系は全て合いませんし。

  似合う事は似合うのですが、胸が目立つ分どこか風俗じみますし……」

 

 「何やらエラい言われようをされている気が……」

 

 

 こうも着せ替え人形にされ続けるのは、如何に式の身ではあっても疲労してくるというもの。

 嗚呼、洒落気とは斯様(かよう)にも気疲れするものなのでござるなぁ……

 

 

 

 そうこう選んでいる間に、また主が離れられた。

 

 まぁ、主のような凛々しき殿方がか弱き女子の中に混ざるのは心苦しいのだろう。

 

 岩塊が叩き付けられようともびくともしないような躯体を誇る主に、草花のようなか弱き女性がぶつかりでもすればただでは済むない。それを懸念されているのだろう。

 自分が着飾る物を選ぶ、という気恥ずかしき場を見られないの事は安堵できるのであるが、出て行かせたようで何やら申し訳なく思ってしまうのだ。

 

 そのように落ち込みを見せていると、

 

 

 「雷様。あまりお気になさらない方がよろしいですよ?」

 

 

 女中…いや、めいど(、、、) とやらのノエルが話しかけてきた。

 

 

 「のえる殿、か」 

 

 「殿、はいらないんですけどね」

 

 

 そうころころと愛らしく微笑む。

 

 彼女と自分は似て異なる…というか異なるが似ている(、、、、、、、、)といった感じが合う気がする。

 だからなのか、彼女の主である忍よりも先に打ち解けていた。

 

 まぁ、彼女()の場合は微妙に下卑たものを感じるので苦手意識が出てしまっているだけなのであるが……女が女に対してそういう目を持つのは如何なものかと思ってならない。

 

 

 「いやいや、我が殿(との)の御友人を呼び捨てにするなど」

 

 「その気持ちは解りますが…私としてはちょっと寂しいですね」

 

 

 う、うーむ。と思わず唸ってしまう。

 こんな憂いげな顔をされるとこちらとしても心苦しいのだ。

 

 礼を重んじ臣を逸するのは愚かであるが、臣を持って礼を欠くのもまた無礼。

 ではどう呼べと?

 

 

 「呼び捨てで良いじゃない。

  私のコトを忍って呼んで、この娘をノエルって」

 

 「え゛? い、いやいやいやいや。それは更に無礼でござろう?!」

 

 

 余りに気安すぎる相手の主の言葉に慌てふためくのだが、この女傑は からからと笑うばかり。

 なれどそんなやり取りの中にも我らより良好な主従関係を感じられる。

 

 それは羨ましい限りなのであるが……何となく嬉しくも思う。

 

 この女主()従者(のえる)の二人の間には、主従を超えた信頼というか、絆を感じられるのだ。

 こういった仲を目にすると、我が事の様に嬉しかったりもする。

 

 ……これもまた我が主が与えている影響なのか? とすれば更に嬉しいのだけれど。

 そう思わず笑みが零ぼしていた自分に、向こうの主(忍殿)が微笑みかけてきた。

 

 

 「雷ちゃんて、ホントに太一郎君のコト好きなのねー」

 

 「い゛ぃ゛?!」

 

 

 唐突な問いに声が裏返ってしまう。それを見て余計に笑われる自分。う゛う゛…恥ずかしい。

 

 

 「い、いや、、いやいや拙者にあるのは敬愛でござるよ?!

  無論、その、し、信頼やら忠義もござるが、その、そういった(たぐい)のものでは……っ」

 

 

 自分でも何を言っているのか良く解らない。

 というより、何を焦っているのか理解できていないと言う方が正しいのだろう。

 

 理屈やら理論やらの向こう側にある感情が暴走しているというのは解るのであるが……

 

 

 「いえ、私なら解りますよ?

  私にとっての主はお嬢様ですが、今やもう一人の主として恭也様が登録されております。

 

  自動人形(、、、、)としてお嬢様に仕える気持ちと、友人として見ている自分。

  同じく恭也様に対して仕える気持ちと、女としての見ている自分が……」

 

 

 そう笑顔で秘密(、、)を語る彼女……ノエル。

 

 面と向ってあっさりとそんな事を言われるとどうしようもなく照れが深まる訳で――

 と同時に、そんな彼女よりずっと女として劣っている証拠でもあるので何だか悔しくもある。

 

 そうまできっちりと自分を分析し、感情まで受け入れているのだから負けて当然なのであるが。やはり経験不足を見せ付けられている訳であるから。

 自分を式だとして距離を置いているのも間違いではないのだが、彼女の様に作り物であると理解している上で、主の気持ちも理解して受け入れる事はまだ(、、)出来ていないのだ。

 

 しかし流石は主。

 このような心優しき二人を友人として持っているのだから、友人知人にも恵まれている御様子。

 ――いや? 数少ないと説明してくれた記憶もあるので、選んだ結果そこまで減ったと見るべきだろう。どちらにせよ主の慧眼は疑いようも無いという事であるのだが。

 

 しかしその科白にあった単語により、やっと確信する事ができた。

 

 

 「自動人形……

  確か夜の民――今世の呼び名知らぬでござるが、その一族が従者として連れていた人形(ひとがた)でござったな?」

 

 「ハイ。やはり御存知でしたか」

 

 

 いや御存知も何も、そういった類のもの(、、、、、、、、、)との間に立つのが主の一族である。

 当然ながら主の式である自分が知らないはずが無い。

 

 

 「そっか……流石は鐘伽(しょうき)の一族って事ね」

 

 

 おや? 自分らの正式な名称まで御存知であったか。

 となると、この月村という姓を持っているのだからこの地の管理をも兼任しているということか。

 

 ――真流陰陽本道分派符撃一族、鐘伽(しょうき)衆。

 

 これが我らの派閥だ。

 名前の元は不明であるが、『闇の首につける鈴』或いは『(あやかし)に警鐘を成す者』という意味があったと聞く。

 京に本拠を置く陰陽寮のそれとは別に、牙持たぬ民が為だけにその力を振るい、陰が消えるや鞘に戻し去るという真裏にのみ生きる退魔衆だ。

 

 権威や位等に全く興味が無く、内部には派閥も無かったらしく表に出てくるような隙も無かったが為、関係書物はおろか記録すら残っていない。

 それでも知っているというのだから、流石は夜の民という事か。

 

 尤も、その戦い方までは流石に知る由も無かろうが。

 

 何しろ退魔としての方法はその時の党首によって変貌し、決まった形が無いのだから。

 自分の中に残っている記録(記憶)によれば、圧倒的な法撃による殲滅や、退魔剣術による調伏もあったようであるが、そのように区々(まちまち)で一貫性が無い。

 

 残念ながら今の主の戦いは直に見る機会は与えられていないのであるが、直属の式である自分には解る。

 ()かと目にした訳ではないのであるが、この主の事だ。凄まじい技量をお持ちの事だろう。

 これは勘だが…法撃と剣術の双方を会得しているに違いない。そして恐らくはその双方で最上級であろう。

 

 つまり、あの御方は歴代最強の存在……我が事ながら何とも主に恵まれたものよ。

 

 

 「良く御存知で。

  果てし無く無名である筈の我が流派を知っておられるのか?」

 

 

 物の(つい)でに問い掛けてみると、めいど(ノエル)が妙に申し訳なさそうな顔をして、

 

 

 「いえ……

  申し訳ありませんがマイナー…つまり仰られるように果てし無く無名ですので。

  流派の名とその家系…太一郎様の鈴木家がそうである事としか……」

 

 

 等と謝ってくる。

 謝罪する必要は無いと言うのに、だ。この事からも礼節を持った方々だと知れる。

 

 いや、名が知られていない事はやや残念な事であるが、幸せな事なのだ。

 つまりは早々表立って行動する必要が無かった、という事であり、それだけ絶望に遠かったという証拠でもある。

 

 

 「だからそんな顔は不要にござるよ。

  拙者らが不必要である事こそ世の(さいわ)いにござる故」

 

 

 その表情をウッカリ不憫に思ってしまい、そう言い切ってやった。

 自分達が死力を尽くして戦わねばならぬというのなら、それは太平の終わりを意味する。騒乱動乱はあってはならないのだから。

 

 すると彼女らは一瞬呆気にとられたような顔をし、次にまたくすくすと笑い出す。

 

 

 「ホント、太一郎君とソックリ。

  良いの? 衝動が薄いとは言っても私はこれでも吸血鬼。仮にも“鬼”にあたるのよ?」

 

 「それこそ何を言わんかやでござるよ。

  大体、そこの のえる殿がもう一人の主…きょうや様と口にしていたでござる。

  つまりは既に相方がいらっしゃられるのでござろう? ならば理解しあえる連れ合いがいるという事。

  ならばその心は安定しているはず。

 

  更にその方も我が殿の御友人。

  御二人に直に接し、拙者の全感覚が悪の気を見られなかった。

  そして我が殿が『友人』だと言い切られたでござる。

 

  そんな方々が世間に、罪無き民に害を成す等考えられぬでござるよ」

 

 

 そもそも衝動(、、)という難点(、、)があるだけでこの御仁は悪ではない。

 

 自分らが爪を研ぎ牙を突き立てるのは悪のみ。

 

 -人難を見て悪と見做すは愚の骨頂-なのだから。

 

 そう返した言葉にぽかんとした顔を浮かべた彼女ら…忍殿らであったのだが、ようやくこちらの本意が伝わったのだろう満面の笑顔を浮かべてくれた。

 

 確かに、前の主に仕えた自分()ならば敵になる可能性を見て刃を向けたやも知れぬ。

 だが天眼といえる眼力を持った今世の主が友と呼ぶ者達が害を成す等……天が地に降り注ごうとありえまい。

 よって彼女()の問い掛けは愚申と言っても過言ではないのだ。

 

 

 「そう言ってくれてありがとう。そして……ゴメンね?」

 

 「なんの…

  拙者の衣体を選んでくださった返礼でござるよ」

 

 

 そう言葉を交わして笑い合う。

 やがてノエル殿…いや、ノエル(、、、)も混ざって服を選びつつ談笑へと変わって行った。

 

 

 同年代の女として、

 

 そして初めて出来た知人としての語り合いは、式の身とはいえ身に染み入るような温かみを感じられる素晴らしきもの。

 

 

 この太平こそ護るべきなのだ。  

 

 

 

 流石にここまでくると鈍い自分……そして恐らくはこの二人も気が付いていた。

 

 あの方がこの三人だけにして席を離れている理由。

 

 初対面なのに女三人だけに話をさせている理由は――

 

 

 ――嗚呼、そうか。

 この自分を二人に教え、自分にはこの二人の人となりを、

 

 そして護るべき人の繋がりを直に見せる為だったのだ――と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物と軽食を楽しみ、他愛無い冗談で締めくくって別れ、妹の待つ家に戻った忍であったが、一つだけしこり(、、、)が心に残っていた。

 

 

 陰から世を護る退魔の家系が、

 

 災害レベルのモノと戦い続けていたあの一族の者が、

 

 兵器と言っても差し支えの無い暴走自動人形(イレイン)を無傷で倒したあの(、、)鈴木 太一郎が、

 

 

 

 一体 何を危惧して戦闘用の式を召喚したというのか?

 

 一体この地に何が起こるのかという疑問が……

 

 

 

  




 陰の話です。つまり他人視点でした。

 とらハ3の話では、イレイン戦でノエルが大破。約一年休眠状態という事でした。
 こちらはイレインが逃走に成功。太一郎に瞬殺されてます。ホントに? さぁw?

 因みに、恭也と士郎さんはシリアス剣士ですが、雷はモモ太郎侍で太一郎は さむらいますたー(笑)です。念の為。

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