SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~   作:Croissant

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奇石の段
巻の伍


 「……っ!?」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、雷は夜着が乱れるのもかまわず飛び起きてしまった。

 

 瞬く間も置かず剣を出現させて素早く身構え、周囲の氣を窺うが反応はなし。

 前後左右に天と地。どの方向にも何かしらの気配はない。少なくともこの家の中にある気配は自分と主の二つのみだ。

 

 それでも隙なくゆっくりとかまえを解いてゆくのは流石。

 気を抜く瞬間を突かれる事を懸念しているのか。

 

 数秒の時を置き、屋外の草葉の音が伝わる頃になってようやく息を吐いて完全にかまえを解いた。

 

 

 いや、単に声が聞こえただけであればこうまで慌てたりしないだろう。

 山彦の術を始めとして声を飛ばす術は様々ある。術専門ではないとはいえそれらを(そら)んじている雷なのだから早々慌てるものではないのだ。

 

 だが、この声(、、、)は彼女の知る術ではない。

 

 

 というのも、声が伝わってきたのは法輪…東洋における第四チャクラ…の部分。その直下という不思議な位置だからだ。

 確かに鳩尾の上、心の臓の直下辺りには彼女の霊核があり、それを介して術を行使する訳であるのだが、そこに直接念が伝わってきたのだから流石の彼女も驚いた。

 

 だからこその緊張であり、だからこその用心だった。

 尤も、その様子見によって念が伝わってきた方位確認を逸していたのは頂けない。

 

 

 「あ、殿…っ」

 

 

 怪異あらば追う者である主を失念していたのもまた頂けない。

 兎も角、衣体を整えつつも急ぎ主の部屋に駈けつける雷。

 

 これほどの異様な気配。

 これに気付けぬ魯鈍な方では無い。そんな事は解りきっている。だからこそ、共をすべく駆けつけたのであるが……

 

 

 「不覚……」

 

 

 既に床は(もぬけ)のから。

 当たり前である。民に脅威が掛かる可能性あらば即座に駆けつけるがその役目。

 

 若くしてその任に就いているかの御方だ。自分の様に突然の事柄で慌てふためくような愚者ではないのだから。

 

 それに、今思えばあの念の内容は救いを求めるものであった気もする。

 であるならあの心優しい主が電光の如く飛び出して行ったとしても頷けるというもの。

 

 助勢する為に出でたというのに無様しか曝せぬ己が腹立たしい。

 

 ともあれ、愚図愚図している訳にはいかない。

 外の様子が気になっている事もあって、雷は焦りを隠しもせず主の部屋を出て縁側の戸を開けて庭に飛び出した。

 

 

 と――

 

 

 「ぬっ!!??」

 

 

 (くう)が、

        何と虚空が裂けていた。

 

 

 屋敷の遥か前方の空。

 ずっと向こうの夜の空に亀裂が走っていたのだ。

 

 闇よりも尚暗く、深淵よりも更に深く、

 微かに見える黒を這う稲妻にも似た輝きも禍々しいそれ。

 一瞬、冥府の門を想像させられてしまった程。

 

 流石の雷もそのおぞましさに息を呑み、ただただ見つめ続ける事しか出来ないでいた。

 

 一時間、数分、いやひょっとすると数秒の間だったかもしれないが、彼女がそうしている内のその亀裂は塞がって行き、やがて天の傷痕の様になり、赤い稲妻のようなものを一瞬見せてから何事もなかったかのように消え去っていった。

 

 

 雷には

 

 

 

 

 「……あ、あそこは確か……」

 

 

 

 

 その稲妻が

 

 

 

 

 「殿がずっと注意してなさった方位……

 

 

  ま、まさかこれが、これが 災 禍 で ご ざ る か!?」

 

 

 

 

 

 夜空の痕を舐める忌まわしい蛇に見えていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                  SAMLION 

                    巻の伍

 

 

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 ジャ~ ゴボゴボゴボ……

 バタン

 

 はぁ~……すっとした。

 アレ? 縁側の戸が開いてるぞ。なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                  奇石の段

 

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 主より大きく出遅れた自分が その後を追って外に出、結局は何一つ異変を見つける事が出来ず家に戻ったのは明け方――

 いや、陽が山から覗いた時間だった。

 

 案の定、既に主は戻っており開け放った雨戸の側で身を休めている。

 

 何故ここに?! と驚いてしまったのだが、良く考えてみれば当然の事。

 恐らくこんなに時間はかかるとは思ってもいなかったのだろうし、お優しい主のことだ。自分が帰り着くまで持っておられたに違いない。

 だから戸を閉め切る事をしなかった主は、ギヤマン…もとい、硝子戸を閉めただけで待っておられたのだろう。

 

 ――嗚呼、自分は何たる不忠者であろうか。

 

 

 「この雷、一生の不覚。

  真に申し訳ござらん」

 

 

 かくなる上はこの腹掻っ捌いて…とまで思い詰め、そう進み出たのであるが。

 

 

 「……無事に戻ってきてくれて安心した。

 

  これからは探して見付からないと判断するのは早めに、

  或いはもう少し考えてから出てくれ」

 

 

 と、優しく諭すだけ。

 そう…心底労わってくれているのである。

 

 思わず涙が出そうになった事は言うまでもない。

 

 

 「申し訳ござらぬ。

  殿の大海が如き器に甘んじる拙者をお許しくだされ。

 

  ならばこの雷。

  このような無様な態は二度と起さぬと我が命を賭して誓うでござる」

 

 

 そう頭を垂れる自分の言葉を主は微かな苦笑で持って返すと、

 

 

 ――信じてるよ

 

 

 と呟いて朝餉の支度に掛かって行った。

 

 

 

 失態を犯した自分に対して何たる寛容な、

 そしてそれでも斯様(かよう)な信を置いて下されるか。

 

 まだまだ主の力足りえぬ存在であるが、その信に応えるべく更なる精進を重ねねば……

 

 台所へと向う主の背に向け、そう決意を新たに固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ぬぉっ!? し、しまったでござる!!」

 

 

 直後、朝餉の手伝いをすっかり忘れて焦って駆けつけ、やはり苦笑で迎えてくれた主に赤面してしまったのは……忘れたい記憶である。

 

 

 ぬ、ぬぅ…この雷、一生の不覚!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、いいんだけどさー……

 

 何だか平伏してる雷に対してオレは気にしてないから、早く戻ってきてよね? という意味の言葉を伝えたんだけど……意味、合ってるよね? 雷も解ってくれたよね?

 

 

 どーせ彼女の事だ。

 オレがトイレに行っている間に部屋の様子を見に来て、勘違いして外まで捜しに出たってトコだろう。そんでもって帰り道に迷ったってトコか?

 ふ、色々と勘違いしてくれてる彼女の事だからハッキリ解っちゃうぞ。おっちょこちょいだなー はっはっはっ

 いやまぁ、笑い事じゃないんだけどネ……

 

 待ってる間に夜が明けちゃって今も寝不足だし。

 まぁ、無事に戻ってくれたから。ヨカッタヨカッタ。

 

 この娘、変なところがオポンチだから心配なんだよね。

 顔は良いし、プロポーション良いから人目惹くんだよなー だから変な男に騙されそーでさぁ……

 

 流石に一緒に暮らしてたら親心みたいなモンで出来てくるしネ。

 何か知らないけど、オレから生まれたっポイし。

 

 

 「殿?」

 

 「……いや、何でもない」

 

 

 とと…

 料理をしながら考え事に集中してしまっていたらしい。怪訝そうな顔で雷がこっちを見てた。

 

 で魚は……良かったあんまし焦げてない。

 

 魚はもらいものの石鯛。釣り難い上、調理がちょっと面倒くさいというお魚だ。腸も食べられるから便利なんだけどね。 

 

 鯖とか足が速い(痛み易い)魚だけど、そういった魚ほど美味しかったりする。

 昔は痛み易さや寄生虫の所為で酢に漬けたりする事が多かったらしいんだけど、保存方法が発達した今じゃあ新鮮な鯖を塩焼きにする事もできるようになっているから大助かり。いや、現代に生まれてよかった。

 もちろん、朝っぱらから鯖の切り身なんて手に入らないからどーしよーもないけどね。

 

 だから昨日もらった石鯛を塩焼きにしてる。

 ちょこっと量焼いて、朝食に食べるのとは別のを冷蔵庫で冷やして、身を締めておく。これは晩御飯のおかずだ。

 

 朝はこの温かいのを食べる。

 朝と晩が同じかい!? という問題があったりなかったり。献立の整え方としては減点だよねー

 

 もちろん、朝のは大きめなのを三枚におろして塩焼き。晩用のは小さいのを丸ごとだけどさ。

 それでもなー 手抜きだよなー

 

 

 「拙者、塩焼きは大好物でござる」

 

 

 と、語尾に音符が見えるほど喜んでくれているのが救いか。

 

 アレルギーがあるから手作りオンリーなんだけど、かーさんに一通り以上習ってて良かったと思う一幕だ。ブートキャンプ式だったから、死ぬほどキツかったけどさ……

 

 お陰で無駄が少ないし、美味しいトコまで食べられるからやっぱウレシイ。

 三枚に下ろした中骨部分とかは焼いて出汁にできるし、頭は頭で出汁にも料理にも使える。ホントに重宝してます。ハイ。

 

 汁は大根とワカメを具にして、削り鰹と戻し椎茸とメザシで出汁をとった味噌汁。

 味噌汁の味噌も実は手作りだったり。ちょっと自慢。麹さえ手に入ったら簡単だしなー

 

 浅漬けはトルマリンの壷で早漬けしたモノ。壷は高かったけど、簡単に素早く漬かるので重宝してる。

 

 後は生卵と、圧力釜で作った昆布豆だ。

 

 茶を煎れ、それらを卓袱台に並べ、十分に蒸らしたご飯を茶碗に盛り、二人向かい合わせで、

 

 

 「「いただきます」」

 

 

 と手を合わせた。

 

 

 とーさん達がいなくなってから一人だったから、実はけっこー言い合えるのは嬉しかったりする……

 

 

 

 

 

 

 「で、本日は如何なさるので?」

 

 主と共に(こしら)えた朝餉を食しつつ、そう問い掛けた。

 

 ううむ…毎日口にしているというのに飽きの来ぬ旨さ。

 毎度の事とはいえ、魚を捌き、汁を取り、香の物まで人に頼らずきちんと整えられる主には感心しきりだ。

 

 それらを共に拵え、共に食せるというのは何とも……

 

 

 

 ――はっ!?

 

 

 

 い、いや、そんな事考えてる場合ではござらんっ

 

 

 「と、殿?」

 

 

 声が上擦ってしまった事は気の所為だ。

 

 

 「うむ…」

 

 

 主は何時もの凛々しい顔で思案したのち、

 

 

 「オレは回るところがある。

  雷はその間、近くを回って土地勘を付けておいてくれ」

 

 

 そう口にした。

 

 何と?! 拙者を連れて行ってはくれぬのでござるか!!?? と、かなり衝撃を受けてしまった事は言うまでもない。

 事実上の戦力外通知なのだから。

 

 嗚呼、言付けすら守れぬ無能な拙者では殿の隣に立てぬと仰るか!? それは御無体な。

 

 思わず涙ぐみ、ヨヨヨと縋るように主の目を見る。

 

 

 ――刹那。その涼やかな眼差しを見、愚考は消え失せた。

 

 

 主のその目にあったのは、自分をそのように距離を置かせるものではなく この身が按ずるものがはっきりと見えているではないか。

 

 となると話は簡単。

 この愚か者が安易に結論付けた意図なんぞ殿の頭には全く無く、自分を戦力の一つとして頼りにしてくださっているのである。

 

 つまりはこうだ。

 

 主が言ってくださっているのは、先に土地を知り、地の利を身に着けておけ。

 今の内に戦術をものとしておけ――そういう事なのだ。

 

 おお、主は背中を護らせて頂けというのか?

 ぬぅ……何という光栄。正に感無量。

 最早勝ったも同然ではござらぬか。はっはっはっ

 

 ……って、いやいやいや 勝ち名乗りも上がっておらぬ内から気を弛ませて何とする。

 

 兎も角、この主から賜った機会を十二分に活用せねば……

 

 

 「は……

  この雷、全力を持ってこの地を這うように廻り、地の利を知り尽くしまする!!」

 

 

 その覚悟をしっかりと受けてくださった主は、やはり何時もの微かな笑みでもって、

 

 

 「……ああ、頑張ってくれ」

 

 

 と期待の言葉を掛けて下さったのだった。

 

 むぅ この期待に応えずして何とする。

 

 主の名にかけて、

 

 そしてこの身今生の全てを賭けて応えて見せましょうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、何かエラい気合入ってるけど……やっぱり方向音痴を気にしてたのかな?

 

 一緒に食器を片付ける様子からは想像も出来ないけど、この娘ってオレに匹敵するほど方向音痴なんだよね。

 

 この間、月村さんに引き摺られるよーに買い物に行ったんだけど、彼女らと会うまでの道中もひょこひょこ迷ってたんだ。

 

 流石に何度も往復してるから商店街には行き来できるけど、間違いなくこの娘も方向音痴。

 まぁ、オレから生まれたんだから当然か。

 

 さっき思ったとおり、朝帰りになったのも帰り道に迷ったのがホントのトコなんだろーなー

 

 

 「……得手不得手はあるものだ。

  不器用なオレ達はそうやってコツコツとやっていくしかない」

 

 

 そう言ってあげると、ぽろりと何かを目から落としつつまた平伏する雷。

 この激情家つーか、感激家をどーすればいいのやら……まぁ、今後の課題だよなー

 

 後頭部を流れるでっかい汗を感じつつ、コッソリ溜息を吐くオレだった。

 

 

 実のところ、オレは今日 大学に行かなきゃならんとです。

 

 いや、どーも大学で財布落としてたみたいでさー 拾って事務所に届けてくれた奇特な人がいるらしいのよ。

 で、事務の方から連絡が入ったのさ。

 

 正直 恥ずかしながらあまりの事に泣けてたりする。

 

 何せチョーシこいて手持ちのお金で雷の生活必需品買いまくってたからかなり厳しかったのだよ。

 幸い、財布の中のカードとかが無事だったみたいなので帰り道で銀行から下ろせるしね。 

 

 流石にこの為に雷を連れていく訳にもいかんし。

 

 ……え? 何故だって?

 

 HAHAHA 何を言ってくれやがりますか。

 雷は見てのとーリ美人さんでプロポーションも抜群。その上見事な赤毛…それも地毛なので不自然さが無いとキたもんだから目立つのよ。

 そんな娘つれて大学行けと?

 ンな事したら、まーた悪い噂立っちゃうでしょ!?

 ただでさえ、大学で法学学んで悪事に使うつもりなんだって言われてるのよ?! ドコのホワイトドラゴン(白竜)だっつーのっ!!

 ンなトコにこーんな美女連れてったら、また悪口雑言増えちゃうでしょーに!! オレのHPはゼロどころかマイナスよ?!

 

 それに、この娘ってエラいオレに気使ってるから、自分の所為で散財し、その所為で貯金を下ろす破目に…何て思われたら切腹(HARAKIRI)されかねん。

 いや、アホみたいな額の貯金あるから苦痛でも何でもないのに……

 

 

 と、兎に角 さっさと行くとしよう。

 

 

 「……では、行くか」

 

 「御意」

 

 

 戸をピシャンと閉めて外に出たのだけど、何だかさー……雷がすっげー気合入ってるのよ。

 ズシャア…ってな感じに。

 何でさ?

 

 顔つきも何かキリっとしてるし。

 

 

 「……なら、オレは遠方を回ってくる」

 

 「はっ」

 

 「恐らく遅くなると思うが、雷はゆっくりと周囲を回ってくれば良い」

 

 「ははっ」

 

 

 不安だなー

 何か言う度に感心する顔するしなー その考えは無かった…て感じに。  

 

 ま、まぁ、大丈夫だよね?

 何か強いみたいだし……って、そー言えば最初に前鬼とか言ってたっけ。

 

 なら大丈夫か……だよね?

 

 

 「……では行ってくる」

 

 「ははっ 口が過ぎるとは思いまするが、お気をつけくだされ」

 

 

 その大げさ過ぎる言い様に苦笑しつつ、石段を下りて左右に分かれていった。

 

 さぁ、またバスの中で眠気との戦いだ……

 

 

 

 

 

 

 何て……のんきな事考えてたけどさー

 

 

 

 この日、雷の件でぶっ壊されたオレの常識が、更に更にぶっ壊される事となるなんて思いもよらなかったんだよねー………

 

 




 悩んだのは無表情の理由。
 人と付き合いのできないコミュ障害から……は流石にアレですので。
 そのお陰で勘違いキャラとなりました。

 なんというプロットの順番。

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