転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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書いてる内に猫又が滅茶苦茶いいキャラしてるのに気が付いた作者です。


まあ……そうなるな

冷たい夜風が、瓦礫だらけの街路を吹き抜ける。

住民たちを監視する二つの武装部隊。一方はヴィジョン・コーポレーション直属の私兵部隊、もう一方は他企業に雇われた傭兵部隊が睨み合うように配置されていた。

 

事態は突如動いた。

正体不明の集団がヴィジョン側の代表パールマンを捕らえ、「奴の命が惜しければ部隊を引き上げろ」と脅迫してきたのだ。

 

命令に逆らえぬヴィジョン部隊は渋々撤退を開始する。

だが、もう一方の傭兵たちは違った。

 

「引き上げろだと?俺たちにゃ関係ねぇ」

 

隊長格の男が、無精ひげに歪んだ笑みを浮かべる。

 

ヴィジョンの兵士たちは何か此方に言おうとしたが結局何も言わず、苦々しい顔のまま足早に部隊を引き上げていく。それを見届けた後、傭兵部隊の面々が密かに隊長の元へ集まった。

 

「隊長どうします?あいつらが退いたってことは、もう命令系統も残っちゃいませんが……」

 

「どうするも何も、これでやっと自由に動けるってわけだ。俺たちの目的はクライアントの要望通り、エレグの信頼を地に落とすためにこの計画を必ず成功させることだ。ヴィジョンの下についたわけじゃねえ。」

 

隊長は低く笑った。

その目には、住民たちを監視のみで縛り付けていたヴィジョンの方針をあざ笑う光が宿っていた。

 

「ヴィジョンの連中は腰抜けだ。住民の反発を恐れて、せいぜい監視していただけだろう?そしてパールマンの奴を捕らえた正体不明の集団、奴らの目的は明白だ。……住民を解放することだ」

 

部下たちは顔を見合わせ、険しい表情を浮かべる。

だが隊長の口元は、ますます凶悪な形に吊り上がっていった。

 

「ならば簡単だ。奴らが動く前に俺たちが住民を押さえる。人質にすれば、解放を狙う連中も手出しできまい」

 

言い放つと同時に空気が張り詰める。

隊員の一人が声を潜めて問う。

 

「……それだけじゃ足りないんじゃ?」

 

「分かってる」

 

隊長は頷き、さらに続けた。

 

「もう一隊を編成しろ。謎の集団の場所を突き止め、直接叩きに行く。奴らが住民を解放する前にな」

 

その声には冷酷な確信がこもっていた。

拠点に設置された光源に照らされた隊長の顔には残虐な笑みが浮かんでいた。

 

「ヴィジョンの奴らが去った今、この場は俺たちの好きにできる。……地獄を見せてやろうじゃねぇか」

 

周囲にその嗤い声が不気味に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

私はプロキシと共にホロウから脱し、一時的に店へ戻ってきた。

 

しかし、そこで突きつけられた現実は想像していた以上に重いものだった。

 

何度か見かけた治安官に偽装した奴ら。

 

それがまさか無人列車の中にまで潜んでいるなんて誰が予想できただろうか。危うく包囲されるところを、間一髪で駆けつけたオクトパスに救い出されたから良かったものの、彼らの数はまさに常軌を逸していた。

 

いかにヴィジョンが大企業であろうと、ここまでの人員を動かせるものだろうか。

背筋を冷たいものが走る。見えている規模は、きっとまだ氷山の一角にすぎない。

 

それでも、私は拳を強く握りしめた。

どれほどの戦力差があろうと、諦めるわけにはいかない。

 

あの時ニコたちに託されたのだ。

今この瞬間も、住人たちはあの爆破エリアに閉じ込められている。

助けを待っているのだ。

 

絶対に救い出してみせる。

その決意を胸に、私は仲間へと声を放った。

 

「お願い『パエトーン』!もしかしたら敵は私たちの予想を遥かに超える規模かもしれない!あんたたちを危険に晒すかもしれない……!けど、それでも絶対に皆を助け出したいんだ!今の私にはそれしか考えられない……!だからどうか、今回の件に手を貸して欲しい……!」

 

自分の声が震えているのをはっきりと自覚していた。だが、それを隠すつもりはなかった。胸の奥の切実さをそのままぶつけたかった。

 

「プロキシとしてリスクを警告する義務があるけど、……どうやら必要ないみたいだね」

 

柔らかな声音が返ってきた。

顔を上げればリンが優しく微笑んでいた。その眼差しはまるで、私の決意を確認した上で後押ししてくれるかのようだった。

続けて、アキラも静かに頷き、短く言葉を添える。

 

「僕も同じだ。……一緒にやろう」

 

胸が熱くなった。

どうやら手を貸してくれるらしい。

 

「早速救助計画を考えよう……丁度もう一人も帰ってきたようだし」

 

アキラが視線を入口へと向ける。

扉が開き、ひらひらと四本の金属アームを揺らしながらオクトパスが入ってきた。

 

「ただいま~!おや?これはもしかして、ちょうどいいタイミングで帰ってこれた感じかな?」

 

メンバーはこれで全員揃った。

誰もが真剣にーー故郷を、そしてそこにいる人々を救うために立ち上がろうとしている。

 

その光景を前に、ふと胸の奥に熱がこみ上げた。

まるでまだ腐敗に染まる前の“組”に戻れたようで……懐かしさと共に、自然と笑みがこぼれていた。

 

「分かったぞ……!聞かせてくれ、プロキシ」

 

次なる戦いに備え、私たちは再び肩を並べる。

救うべき人々のために。

 

ーーーーーーーー

 

ホロウ内部を通り抜け、ヴィジョンにバレないように何とかニコ達がいるカンバス通りへ向かっていた。途中で()()()()()()()()()()()()()を見かけたが、やはり今回の事件ではどこからかヴィジョンに手を貸す別の勢力がいるようだ。

 

オクトパスが低い電子音混じりの声で推測した。

 

「恐らく……あれはエレグと敵対している企業に雇われた傭兵だろうね。利害の一致からか……ヴィジョンは金と取引で、他所の戦力を引き込んでいる可能性が高い」

 

敵は一枚岩ではなく、複数の思惑が絡み合っている。

只でさえこちらは少数だというのに。私は唇をかみ、無意識に指先へ力を込めていた。

 

「これは人手が足りるかわからないな~、赤牙組の連中にも協力を仰いでみる?」

 

オクトパスが提案するが、それは難しいだろう。私はすぐに首を振った。

 

「それはできないと思うぞ。そもそも今の赤牙組は危険を冒してまで住民を守ろうとは思わないだろう。それに……ニコ達邪兎屋が赤牙組に恨まれているから危険だぞ」

 

オクトパスは「あー」と納得したように手を叩き、さらりと声を上げる。

 

「ああ~そっか、なんか勘違いされてるんだっけ?……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のにね」

 

その瞬間、私の時が止まった。

耳鳴りがして、目の前の景色が急に色を失ったように思えた。

 

「……え、いま、なんて」

 

「うん?どうしたんだい猫又」

 

アキラが突然立ち止まった私を心配そうに見つめる。オクトパスはじっと私を見つめていつもの調子で続けた。

 

「……だからシルバーヘッドが治安局に追われてたんだよ。ニュースでやってたじゃん。治安局が赤牙組の追跡中に航空隊の武力を借りてマンションの高層階を爆破してさ、その時に首領がホロウに落ちちゃったんだって」

 

「そんな……じゃあニコ達じゃ、なかったの?」

 

オクトパスは肩をすくめ、無邪気に続ける。

 

「……もしかして猫又も勘違いしてたの?まあ、たまたま居合わせてただけなら誤解されるのも仕方ないよね。多分、邪兎屋は何でも屋とはいえ、滅多に人の命を奪うようなことはしないんじゃないかな。っていうか、ボクが言っても説得力ないか。こういうのは本人たちに直接聞くのが一番だよ!」

 

その言葉は私をさらに深く沈めた。ずっと握りしめていた確信が、ゆっくりと溶けていくようだ。記憶の断片が勝手に連鎖していくーー組に拾われた時のシルバーヘッドの背中が最後に見せた笑み、赤牙組の怒りに満ちた表情、住民たちを救おうとするニコ達の真剣な態度。当初憎しみと疑念で塗り固めていた自分の心が、じわりと浸食される。

 

「……猫又、兎に角もうすぐホロウの出口だ。どこか悪いなら少し休もうか?」

 

アキラの声が下から優しく地に足をつけるようにかけられる。彼の言葉には詮索の色はない。ただ仲間を案じる暖かさだけがある。

 

「……ううん大丈夫だぞ、プロキシ。少し立ち眩みがあっただけ……先を急ごう」

 

答えは小さくやや震えていた。顔は平静を装い、歩みを速める。だが足取りはどこか頼りなく呼吸が浅くなるのを自覚する。

 

ーー違う……?

 

実際には死んでいないと聞かされているが……ずっと、シルバーヘッドの死はニコたちのせいだと思っていた。

そう初めに信じ込んでいたからこそ、私は彼女たちと協力こそしていたがどこか距離を置いてきたのだ。

 

ホロウの出口を抜けると、視界が一変した。私の目の前には目指していたカンバス通りが広がっている。

しかし、その景色を目にしても胸の奥は妙にざらついていた。

ーー何故だろう。

今は、ニコたちと顔を合わせるのが怖い。心のどこかで、まだ整理しきれないものが残っている。

住民たちを助けるという目的で包んでいた『憎しみ』が、あっけなく崩れ去ったせいだろうか。胸に燻る罪悪感が足取りを鈍らせる。自分の感情が分からない。

 

その時だった。

張り詰めた思考を破るように、明るい声が耳に飛び込んできた。

 

「猫又!帰ってきたのね!」

 

ニコの声だった。

振り向いた瞬間、こちらへ駆け寄ってくる彼女の姿が目に映る。

瓦礫が転がる通りの中、彼女の声はひときわ鮮やかで、まるでこの世界にまだ残された光そのもののようだった。

 

「どうやら任務はちゃんと果たして、問題なく助っ人を連れてきたみたいね!よくやったわ、これで奴らに対抗できる!」

 

笑顔を浮かべるニコ。

その笑顔を見た途端、胸の奥で強張っていたものが少しずつ解けていくのを感じた。

 

ーー私が疑っていたものは全部違っていたんだな。

 

彼女たちはあの時からずっと人を守ろうとしていたんだ。

自分が勝手に作り上げていた憎しみが、どれほど浅はかだったかを思い知る。

知らないうちに、頬がわずかに熱くなった。

 

ニコの後ろからアンビーとビリーが現れる。

アンビーは柔らかく微笑み、静かに言葉をかけてくれた。

 

「おかえりなさい、猫又。……戻ってくるって信じてたわ」

 

その一言が胸の奥深くに温かく染み込んでいく。

彼女たちは、こんな自分でも信じてくれていたのか――。

知らず知らずのうちに拳を緩め、安堵にも似た吐息をこぼしていた。

 

……あぁ、もう疑うのはやめよう。

心のどこかで、そんな決意が芽生える。

彼女たちを信じること。それが、今の私にできる最も大切なことのように思えた。

 

「お疲れだぜ、猫又!……しかしよ、プロキシは分かるとして、もう一人の方は新顔だな? ……でも『ヒール』所属だってことは、すぐに分かるな!なんてったってボディに使われてるパーツがどれも超高品質だからな!」

 

ビリーが銃を肩に担ぎながら笑い、鋭い視線を新しい仲間へと向けた。

その視線が一点に集まる。

 

注がれる視線の中心ーーそれは、明るい声で応える準備をしていたオクトパスだ。

彼はアームをピンと伸ばしながら、大きく胸を張って名乗りを上げる。

 

「はーい!『ヒール』の大恩人、邪兎屋のみんな!初めまして!ボクはヒール所属の機械開発担当、オクトパスだよ~!今日は借りを返しに、バッチリ馳せ参じちゃったんだ!」

 

その朗らかな調子に、場の緊張が少し和らぐ。

アンビーが小さく吹き出し、ビリーも「調子いい奴だな」と肩をすくめた。

だがその目には、信頼の色が宿り始めている。

 

私の隣にいたアキラが静かに、しかし力強い声で今までの出来事、そして私たちが置かれている状況を説明し、作戦を共有し始めた。

 

「皆聞いてくれ、今からホロウを通って背後からヴィジョンの監視拠点を奇襲する。そこから侵蝕耐性を持つ列車を奪って、それを使い住民たちを避難させるんだ!」

 

「なるほど、ナイスアイデアね!さっすが知恵と勇気の『パエトーン』ね!」

 

仲間たちが褒め称え、その作戦に全員が同意する。

 

「おばあさん、先ほどの救助プランを聞いていましたね。申し訳ないが住人の皆を一番近い地下鉄駅に集めてくれないかい?」

 

アキラが近くにいた住人のおばあさんにお願いする。

 

「任せておくれ、足手まといにはならないよ」

 

「自分も手伝います……!」

 

兵士は住民のおばあさんに追従する形でついていく、ふと後ろを振り返り此方に宣言する。

 

「別の戦力があるなら自分はここに残ることにする。すまないが列車奪取は君たちに任せる」

 

誰も反対はしない。むしろその覚悟に短く頷く者が多かった。

オクトパスはのびやかに腕を鳴らして言葉を継ぐ。

 

「おっけー住民の皆のことは任せたよ。……まったく、エレグの所は人手不足なのかな?兵士さん一人を送るなんて何を考えてるのやら。ボクも上にこき使われているからお兄さんの気持ちがよくわかるよホント」

 

「まあ……、慣れてるからな。心配してくれて感謝するがあまり言わないでやってくれ」

 

二人の間に、どこか通じ合う空気が流れる。冗談めかしたやり取りの裏に確かな信頼があるのが分かった。

 

アキラが作戦の役割分担を締めにかかる。声の調子はさらに締まり、重みを帯びる。

 

「オクトパスは陽動を頼むことにするよ……彼らの動きを把握しているなら此方の奇襲が成功するようにホロウ内にいる敵の注意をひいてくれると助かる」

 

「お任せ下さいな!奴らの通信周波数は既に解析済み、あいつらの位置も行動パターンも筒抜けだよ。思いっきり暴れて、片付いたら速攻で合流するから!」

 

「合流したら思いっきりこき使ってやるから覚悟しなさいよ!」

 

ニコがからかうように声を上げ、オクトパスは了解ボスと笑って答え、嬉しそうに軽くアームを振った。二人のじゃれ合いが、一瞬だけ場を明るくする。その光は緊張の中の小さなオアシスとして機能した。

アキラは低く息をついてから、私を見据えた。目に浮かぶ光は、言葉にならない信頼と期待を含んでいる。

 

「よし!作戦開始だ。行くよ猫又!」

 

 

視界の隅で、仲間たちがそれぞれの役割に淡々と向かう姿が見えた。オクトパスの陽気な身振り、ニコの自信に満ちたキリリとした背中、アンビーとビリーが自身の武器を確認する動作、兵士が住民を先導する確かな足取り、その一つ一つが、私の胸の中で静かに音を立てて連なっていく。

 

疑念と後ろめたさでぎゅうっと締めつけられていた心はもう緩んでいた。彼らの動きを見ていると、言葉よりも先に信頼が伝わってくる。互いを疑う余地などないほどに、目と背中が通じ合っている。

 

あの頃に戻ったような、そんな光景に触れるたびに胸の重みが風にさらわれるように軽くなるのを感じた。

 

私の中で、先ほどの動揺がどこか遠いものに変わっていく。真実はこれから確かめればいい。今、ここでやるべきことは一つ……目の前の人たちを守ることだ。もうためらう理由はない。信じるべき相手がいる以上、私はその信頼に応えなければならない。

 

拳に力を込めると血が体の芯を巡るのを感じた。足元からぐっと力が湧き上がり、呼吸は静かだが確かなリズムを刻む。アキラの視線が私を捉え、短く頷き合う。

私は短く、力のこもった声で応えた。

 

「おう!」

 

私は仲間たちに続いてホロウの暗がりへと足を踏み出した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ホロウの闇を切り裂くように作戦は始まった。オクトパスの陽動が的確に効いて敵の注意は次々とそちらへ向けられていく。金属のアームが宙を薙ぎ、騒音と閃光が爆ぜるたびに、何人かの兵士がこちらへ駆けつける。だがそれは、まさに私たちの意図した”見せ物”だった。

 

「ここはボクに任せて先に行って!後で追いつくから!……ホントだよ?死亡フラグじゃないって!」

 

私はアキラと並び狭い通路の影を伝って進む。アキラの合図でビリーが先行し短い射撃で要所の遮蔽物を葬る。ニコは側面を固め、アンビーが鋭い一撃で敵の前線を潰していく。アキラはオクトパスから渡された機械で静かに通信を傍受しつつ敵を避けるように進んでいった。

 

敵は数で迫ったが私たちも息の合った動きで応戦した。オクトパスが配置した妨害装置が無線を断ち、援軍がなかなか出せなくなったところを突く。ニコの動きは正確でありシュガーボムは確実に標を削ぐ。アンビーのブレイドが銀の弧を描き、間合いを詰めた敵を弾く。ビリーは二挺拳銃で制圧射撃を行った。

 

敵のリーダー格が何度かこちらを振り返り指示を出す。けれども私たちの連携は崩れない。アキラが、渡された小型爆薬で扉を吹き飛ばし、側道を封鎖していた機関を一気に崩した瞬間敵の隊列に亀裂が走る。そこへ私は踏み込んで、冷静に狙いを定めて相手の腰を切るように一撃与えた。相手が地に倒れる。

 

敵は多く、戦闘は激しいが確実にこちらの主導で進んでいった。息が上がり、服に弾痕と埃がつく。しかし視界の端に映る仲間たちの顔はどれも必死で頼もしい。軋轢や疑念など今はただ一つの目的によって溶解している。私の心は静かにそして確かに軽くなっていた。

 

監視拠点の外壁にたどり着くと最後の防衛ラインが残っていた。ここを抑えれば列車への道は開ける。アキラが短く合図を送り、私たちは突入した。

 

見張りの兵が最後の抵抗を見せたが、ニコが機を見て背後から跳び込み鮮やかに制圧する。

 

そして、その混乱の中で一際鋭い存在が走り去るのが見えた。ヴィジョンの代表、パールマンだ。

 

 

その背中を見た時私の体に瞬間的な冷たさと同時に熱が走り純粋な衝動が湧き上がった。

全身の筋肉が一つの線に収束するように動き、視界はただパールマンの背中だけに絞られた。

 

逃げるパールマンの背中に全力で飛び込み、腕を回してその服を掴む。パールマンが驚愕の声を上げ足がもつれる。私は全体重をかけて奴を地面に引き倒した。

 

「だるまのオッサン!命を何とも思わない大悪党め、大人しく降参しろ!」

 

私は今回の件の元凶、パールマンを取り押さえた。

 

ニコやプロキシが指示を飛ばし列車を動かし住民を避難させる準備を進める。

これでやっと皆を救い出すことができると希望を見出した。

しかし私たちの意図を察したパールマンが突然激しく抵抗し始めた。

 

「お、お前らまさかスラムの住民どもを列車で連れ出すつもりか!?させん!させんぞ!そんなことになれば私とヴィジョンは終わりだ!誰かこいつらを止めろぉー!」

 

見苦しく泣き喚き、他人の命を蔑ろにして自分の利益だけを優先する男。見てるだけで不快な感情が全身に巡る。

 

次の瞬間私はこいつの口を塞いでなかったことを死ぬほど後悔することになった。

 

「な、なんだって!?」

 

プロキシが突然動揺する。何事かと視線を向けると、ニコの足元にいたパールマンの手下が呻きながらも謎のスイッチを押していた。

 

「パ、パールマン長官、ご安心を!新エリー都へ続く唯一の線路を爆破しました!これで奴らはもう出られません……」

 

「そんな……!?」

 

「おおおお、お前このバカタレがーー!」

 

その言葉を聞いた瞬間足元が崩れる感覚に襲われ、声を出した自分の口が他人のもののように冷たかった。足元のパールマンが怒っていたが、もはや何を言っているのか聞き取れない。

 

私が呆然としているとアンビーとビリーが此方に向かって走ってきた。ニコに何か告げた後、アンビーは私の腕を引っ張って列車の中へと押し込んだ。

 

「ああもう!兎に角だるまのオッサンを使うわよ!」

 

ニコ達はパールマンを使い、外にいる部隊を牽制しているようだが時間稼ぎにしかならない。ここまで皆で頑張ってきたのに。

 

ーーもう、住民は助けられないのか。

 

心が絶望呑まれそうになるその時。ポケットの中で冷たい金属が触れた。

戦闘中で偶然見つけた拾ったばかりのロケットペンダント。

開いた中にあった顔ーーかつて私を拾い上げてくれた彼。家族のように慕った人。

あの時家族もいなく孤独で苦しんでいた私を拾ってくれた大事な人が私と共にそこにはいた。

その姿が、暗闇の中で光を灯した。

 

「……へへっ」

 

思わず笑みが零れ、近くにいたビリーが私を訝しむ。

 

そうだ、絶望して座り込んでいる暇なんてない。私はかつて故郷を守ろうと立ち上がった赤牙組の一員として諦めてはならない。

 

「おいおい、こんな時によく笑ってられるな!」

 

「ううん、あんたのこと笑ったワケじゃなくて。……これ、さっきの戦闘でたまたま見つけたんだ」

 

ロケットペンダントを開き、私を見つめる彼女たちに黙っていたことを打ち明ける。

 

喉の奥から熱が込み上げ、言葉となって溢れ出す。

シルバーヘッド、ミゲルとの関係。

組を抜けた理由。

最初は邪兎屋を殺そうと考えていたこと……すべてを告げた。

 

「……あんたたちは私の想像とはずいぶん違ってた。子供にも優しくて、住民を守ろうと命を懸けてくれる……。最初は疑ってばかりで、裏切られるんじゃないかって構えてたのに、気づけば……あんたたちの背中に安心してた。まるで昔、赤牙組の仲間と一緒にいた頃みたいに……」

 

言葉を紡ぐたび、胸の奥から熱が込み上げる。

あの頃は確かに居場所があった。馬鹿を言い合い、時に命を預け合い、ただ笑い合えた時間。失ってからは二度と戻らないと思っていたのに……今、邪兎屋と共にいると、そのぬくもりをまた感じられるのだ。

 

「……ありがとう。もう一度、私にこんな気持ちを思い出させてくれて……」

 

私は小さく息を吐き、目尻を拭った。

顔を上げると、仲間たちが黙ってこちらを見つめている。その目には驚きだけじゃなく、私を受け止めようとする色があった。……本当に優しい奴らだ。

 

胸の奥に、確かな感謝と決意が灯る。

 

()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁ最後にこれだけ確認させてくれ。……シルバーヘッドって、本当は死んでないんだろ?」

 

その一言に場が凍り付く。

 

邪兎屋の皆は息を呑んで沈黙した。目は驚愕に開かれていることから私がその情報を知っていることに動揺しているようだった。

 

「……その反応で確信したぞ、……ありがとう。結局憎むべき相手なんていなかったんだな」

 

彼は死んでいないのだ、あんなにどうしようもなくなった奴でも生きていれば嬉しいのかと安堵が私の心を満たしていく。

 

恐れはもうない、私は自分の中に眠っていた覚悟を掘り起こし、パールマンの首根っこを掴む。彼の情けない体が引きずられるたびに、甲高い悲鳴が漏れるが、耳に入らなかった。

かつての赤牙組の一員として罪のない人々を守らなければいけない。もう二度と黙って見過ごすことなんてしない……!

 

私はパールマンの首根っこを掴み、ドアに手を掛ける。

 

「皆、……私がパールマンを使ってヴィジョンと交渉してくる。心配しないで、必ず上手くやるから……」

 

仲間たちが此方に気遣う視線を向けているのが見えても、私は気にしないふりをしながら頑丈なドアを閉めた。

 

「おい!待て、猫又!」

「猫又、猫又ってば!」

 

彼らの声は痛いほど優しい。胸を締め付けられるように温かい。

 

陽だまりの中で猫を抱き上げ、安心を与えて眠らせてくれた日々。もう戻ることのない大切な居場所。

 

目尻が熱くなるのを感じながら、私はそれでも振り返らなかった。

 

「……やるぞ……!」

 

心の奥で呟き、パールマンを盾にして列車を囲む部隊の前へと歩み出る。

一歩ごとに恐怖と決意が胸でせめぎ合う。だが足取りは確かに前を向いていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

扉が大きく外れ、金属が悲鳴を上げる音と共に邪兎屋の面々は一斉に飛び出し、周囲を探した。

 

 

「やった、ようやく出れたぞ!」

 

「猫又は!?」

 

だが、列車の外には猫又の姿は既になかった。

 

「……いないみたいね、あの子」

 

アンビーが珍しく沈痛な面持ちで呟く。

 

「フェアリー、猫又の位置を探ってくれ!」

 

アキラは咄嗟にフェアリーへ指示を飛ばすが、もはや猫又はどうやっても間に合わない距離にいた。

 

「進路によると彼女はおよそ30分後にホロウの出口に到着すると推測されます。」

 

猫又はもう止めることはできない、今できることは彼女の成功を祈ることだけ。だが、全員が胸の奥に黒い予感を抱いていた。ヴィジョンは決して甘くない、一筋縄でいくはずがないと。

 

そして何より、誰も猫又にこの大事を一人で背負わせたいとは思っていなかった。

 

しかし、無情にも爆破された線路が脳裏をよぎる。作戦が想定通りにはいかなかった現実が重い。

 

もうどうすることもーー

 

「見方を変える必要があるかもしれない」

 

皆が悩む中、アキラは活路を見出した。

 

それはまさに絶望の中での唯一の道筋、デッドエンドブッチャーを倒すことでホロウを縮小、新たな線路を確保するという策であった。

 

「デッドエンドブッチャーは僕たちだけじゃ倒せないかもしれないけど、幸いここにはヴィジョンが送り込んでくれた武器がある。」

 

「なるほど!エーテル爆薬ね、それをあのデカブツにぶつけることができればーー」

 

突如アンビーが叫び、武器を引き抜いた。

 

「敵襲!警戒して!」

 

ーーパアンッ!

 

会話の途中、耳元を裂くような破裂音が走った。

弾丸がアキラの頬をかすめ、背後の壁をえぐる。突然の事態に混乱が広がる。

 

「なっ!?」

 

反射的に全員が武器を構える。

だが、視界を巡らせるより早く足音が四方を埋め尽くした。

 

現れたのはフルフェイスに無機質な銃口を持つ武装集団。

治安局の装備ではない、しかし整然とした動き。黒い影が列車を背に仲間ごと円を描くように取り囲んでいた。

 

「嘘だろ!?ここには味方しかいないはずじゃ……!」

 

ビリーが吐き捨てる。

 

胸がざわつき、理性が追いつかない。猫又がヴィジョンの部隊を引き上げさせた。なのに、どうしてーー。

 

「まさか……」

 

アキラの目が細まる。

 

「オクトパスが対処していた他企業の……傭兵か」

 

アキラは口を嚙んだ。

そうだ他企業であればパールマンを人質に取られようが引き上げる筋合いはない。むしろヴィジョンの部隊が消え、各々が勝手に行動しているとみえる。

 

部隊を率いている、隊長の側近であった男が前に出た。

 

「お前らがヴィジョンの邪魔をする謎の集団だな?悪いが住民を助け出され、エレグの名声が回復されるのは都合が悪い。」

 

 

感情を感じさせない冷たい声のまま無慈悲に男は宣言する。

 

「ここで死んでもらーーごっ!?」

 

 

突如瓦礫の塊が横から疾風のように男の顔へと飛来し、男の言葉を途中でかき消した。

 

 

「ごめーん!ゴミがそっち行っちゃった!すぐ片付けるから~!」

 

 

軽い声と共にオクトパスが横から跳躍して現れ、アキラたちの前に降ってきた。鈍い轟音が足下から突き上げ、次の瞬間、地面の瓦礫がまるで意志を持つかのように宙へ舞い上がり、取り囲んでいた敵を一斉に襲う。

 

銃声が悲鳴にかき消される。

 

金属の悲鳴とともにオクトパスは床を疾走した。

背から伸びる四本のアームが蛇のようにうねり、ひとつは近くの瓦礫を掴んで投げつけ、ひとつは床を打って跳躍の推力に変える。銃口が火花を散らすが、弾丸は空を切る。

 

「ふっ!ほっ!」

 

アームが瞬時に壁へ突き刺さりオクトパスの身体を垂直に引き上げた。

上方からの反動を利用して、別のアームが盾を構えた兵を薙ぎ払う。

 

「撃て!……ぐあ!?」

 

命令が爆ぜるが、その声はすぐ悲鳴に変わる。

一本のアームが兵を掴み、宙に放り投げ残る二本が旋回し、飛び込んできた散弾をはじき返す。

 

まるで四肢がもう一組増えたかのような、異様な立体起動。

視線だけが冷たく戦場を測り、次の獲物との距離を詰める。

 

鋼の爪が兵を掴み上げ、宙で振り回して壁へ投げつける。

別のアームが銃を握った腕を絡め取り、力任せにへし折る。

 

「よいしょー!」

 

鞭のように薙ぎ払ったアームは衝撃波を生み出し、まとめて敵を吹き飛ばす。

 

ーーバァンッ!

 

「ぐぁああ!?」

 

壁に叩きつけられる音、骨が砕ける音が次々と響いた。やがて、戦場には静寂が戻った。

 

あっという間の殲滅劇。

アキラは苦笑を零し、オクトパスを見つめる。

四本のアームを折り畳みながら、オクトパスは金属音を立てて笑った。

 

「もう一人いたね。デッドエンドブッチャーへの打開策が……!」

 

次に立ちふさがるのは、災厄の象徴、デッドエンドブッチャー。

だが、もし奴を討ち取ることができればホロウは縮小し、猫又の進む道にも、自分たちの進む道にも活路が開ける。

 

アキラや皆の瞳に決意の光が宿った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ゴァアアアアッ!!

 

降り注ぐ雨の中、大地を震わせ、黒影が咆哮した。

 

デッドエンドブッチャーが剛腕で瓦礫をなぎ払い、空気そのものを圧し潰す。

 

その正面に、四本の鋼鉄アームを背負った知能機械人、オクトパスが一歩踏み出す。

視覚センサーライトが点滅し、四肢が蛇のように開いた。

地面を突いたアームが反動を生み、鋼の体が矢のように跳躍する。金属と結晶の衝突音が耳を裂いた。

 

「うおおおお!ボクの負担が大きい!」

 

「気張りなさいオクトパス!プロキシが爆薬列車を運んでくるまであたしたちで耐えるのよ!」

 

「嘘じゃん!?ニコさん高台にいるじゃん!自分だけ安全圏なんですけど!?ーーぐぅ!?」

 

大地を叩き割る巨拳が振り下ろされ、火花が散る。

オクトパスのアームがそれを受け止め衝撃波が四方に走った。

 

「悪いな、頑張ってくれオクトパス!……今だーー!」

 

ビリーが二丁拳銃を翻し、閃光を放つ。

跳弾がデッドエンドブッチャーの装甲めいた皮膚へと着弾し、火花を散らす。

 

「申し訳ないけど指示に従うわ……はぁぁっ!」

 

その隙を縫って、アンビーが疾走。

電気を纏った刀身が残光を引き、怪物の脚部へ深々と切り込む。

悲鳴に似た低音が地面を震わせた。

 

「喰らいなさい!デカブツ!」

 

高台からニコのアタッシュケースに内蔵された銃が轟き、弾丸が怪物の肩口を貫く。

閃光が一瞬、闇を裂き、結晶を削った。

 

「作戦は単純よ!オクトパスがデカブツのヘイトを買うからあたしたちは隙をついて攻撃するわよ!ほら、オクトパス、ちゃんと借りを返すつもりで敵の注意を惹きなさい!」

 

「うぅ……、くそう!イエッサーボス!」

 

ニコの命令にヤケクソ気味に答え、目の前の敵に肉薄するオクトパスは四本のアームで腕を絡め取り、跳躍と回転を繰り返しながら、再び巨体を地へ叩きつける。

 

その一撃が合図のように、邪兎屋の三人の火線と刃が同時に重なった。

 

デッドエンドブッチャーがやや怯むが、オクトパスは攻撃の手を緩めることは無い。後ろにある高架の支柱をアームで掴むと、体全体を捩じってその鉄骨を持ち上げた。アームを駆動させて鉄の軋む音とともに、ぐんと力を乗せて振り下ろす。

 

鉄骨が空を斬り、化け物の肩口へ叩きつけられた。

 

「グルァッ!?」

 

衝撃で結晶と破片が噴き出し、デッドエンドブッチャーの皮膚がめり込み、鈍い鳴動が夜を引き裂く。

 

「おおっと凹んじゃったかな!?ドンマイドンマイ、そんな時もあるさ!気にすることは「ガァッ!」ーーおお!?何だ元気じゃんか心配して損したよ!」

 

化け物が逆襲に来る。巨大な腕が振り下ろされ地面に亀裂が走る。オクトパスは素早く背中の四肢を畳み、アームを一斉に展開して迎撃体勢を取る。

 

アーム先端の多関節が連動し、電光のような連打を生む。

まるで鋼の触手が波を打つように、化け物の脚や腹を連続で叩くラッシュ。金属同士がぶつかる音が連続して鳴り、火花が飛ぶ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラ、……オラァ!」

 

アームで巨体が後ろに吹き飛び、仰け反っているうちにビリーとアンビーが再び割り込む。

 

「ほい来たぜ!喰らえもう一丁!」

 

「……粛清する!」

 

ビリーの弾丸が体を撃ち抜き、アンビーの電気ブレイドが深く裂きを入れ、焼き焦がす。オクトパスは四本のアームで相手の視線を完全に拘束し、仲間たちが安全に援護ができるように“壁”となっている。

 

「さあ受けてみなさい!」

 

その隙を見逃さずエーテル属性の弾をニコが発射し、デッドエンドブッチャーは避けることもできずに巻き込まれた。

 

「グァアアアアアア!!」

 

順調に攻撃を行う四人。未だに一撃も与えることができすに一方的に攻撃を喰らい、怒り狂うデッドエンドブッチャーはダメージをものともせず暴れ回る。

 

すぐさま距離を取ったビリーは舌打ちするような電子ノイズを発した。

 

「クソ、しぶといなこのデカブツ!さっきからずっとダメージを与えてるのに、変わらずピンピンしてるように感じるぜ!」

 

「分かる、マークシートでずっと同じ数字ばっかだと不安になるよね!ちょっと変化が欲しい!」

 

「……何を言っているの?」

 

オクトパスの言に疑問を呈するアンビーであったが、ニコが叫ぶ。

 

「気を付けなさい!デッドエンドブッチャーの様子がおかしいわ!」

 

ーーーグルルルル

 

デッドエンドブッチャーは突如呻きだしたかと思うと背中の筋肉が膨張し、大量のエーテル波動と共に背中から()()()()()()()が生えてきた。第二形態と言われる状態である。

 

より凶悪な姿となったデッドエンドブッチャーに全員が警戒を向ける。

そして、その姿に軽口を叩きながら特攻する影が一つ。

 

「ほんとに変化が来ちゃったよ!何々?ボクをリスペクトしてるの?残念だけど、あと二本足りないよ!」

 

横薙ぎに振るわれた剛腕をアームによる立体起動で躱し、顔面に蹴りを入れる。すぐさまオクトパスを捕らえようとして迫る二本の腕をアームで弾き、残りで地面を掴み距離を取る。

 

そして周囲の瓦礫を手当たり次第に掴み上げ、巨大な塊にしてから一つ残らず怪物の頭部へと叩きつける。

 

「頭にもう一発!上に次男と長男を作ってだんご三兄弟みたいにしてあげるよ!」

 

オクトパスの四本のアームが地面へ深く突き刺さる。

次の瞬間、まるで巨大なバネのように反発力を生み出し地面を蹴り飛ばす。瓦礫が爆ぜて宙を舞い、オクトパスの体が一気に加速した。

一瞬で距離を詰めたオクトパスは自身の足で地面を踏みしめ、全てのアームを展開。

 

「おおおおおっ!!」

 

電子音混じりの咆哮を上げながら、オクトパスは体を大きく捻る。四本のアームが翼のように広がり、重金属の塊が旋風のごとく回転する。空気が悲鳴をあげ、衝撃波が砂塵を巻き上げた。

 

回転の遠心力を極限まで高めた瞬間……オクトパスはアーム一本を鋭く振り抜いた。

その軌跡は閃光のごとく、怪物の頭部へと吸い込まれる。

 

ーーードゴォ!

 

轟音が空気を叩き割る。

 

尋常じゃない衝撃により巨体が不格好に揺らめくが目は死んでいない。覚束ない足ながらも確かに此方へと向かってくる。

 

「……ガァァァ……!」

 

しかし、その隙を見逃さずアームがデッドエンドブッチャーの全ての腕を掴み、拘束する。

しかし必死に取り押さえていても、力でやや負けているのか両者の拮抗状態が徐々に崩れ始める。

 

「ぐ、ぎぎぎぎっ!ーー今だ!一斉攻撃して~!早く、早く、ハリー、ハリー!」

 

オクトパスは思っていたよりデッドエンドブッチャーが強く、内心焦っていた。強力な膂力に、圧倒的なタフネス。油断すれば負けていたレベルである。

軽口を叩きつつも危ない場面が何度かあった。

 

しかしオクトパスにとって幸運で、デッドエンドブッチャーにとって不幸なことはこの場に邪兎屋の三人がいることか。

 

「よくやったわ!ビリー、アンビー!」

 

いくら第二形態持ちの魔王であっても囲まれて殴られれば死ぬ。

動きを封じられた隙に邪兎屋の容赦ない集中攻撃に曝された。

 

「グァアアアッ!?」

 

動きを止めた相手に攻撃を外すわけもなく、全員の会心の一撃にデッドエンドブッチャーぶっ飛ばされ、膝をついた。

 

得意げにニコは笑う。

 

「参ったかしら?化け物!」

 

「なんかちょっとずるい気がするけどな……」

 

「ニコ、列車が来るわ」

 

「ぜぇ……!、はぁ、あ……サプライズってやつだね…!」

 

遠くから微かに響く低い振動が、線路を通して足元を揺らした。

アナウンスともに高速で突進してきた列車が宙を舞う。

 

「ガアアアアアーーゴァッ!?」

 

デッドエンドブッチャーは立ち上がろうと恐ろしい咆哮を上げる。

だがその声は、上から落下してくる“空飛ぶ鉄槌”にかき消された。

 

周囲に轟音が響く。

 

「フェアリー仕事だ!」

 

列車の上に乗っていたアキラは、着地し指示を行う。

 

「空気中の電荷を測定します」

 

同時にニコの指示で従業員の二人が動き出す。ビリーが列車に撃ちこみ、アンビーがブレイドをそこに突き刺す。これで準備は整った。オクトパスもこれでもかと鉄骨や瓦礫を投げ込み、重しを増やしに行く。

 

「臨界電位差到達まで残り4秒321……0!」

 

III型総順式集成汎用人工知能、フェアリーによる計算カウントがゼロになる。

 

……しかし、なにもおこらなかった!

 

空は未だ荒れ狂っているが、稲妻が落ちてくることは無く、動きを封じられた恐るべき怪物デッドエンドブッチャーは瓦礫をどかし、自身を潰した列車を持ち上げ徐々に這い出してきている。

 

「ちょっと何とかしなさいよ!」

 

ニコが慌てながらアキラを揺さぶる。

 

「やり直します43210!」

 

 

−−−ドゴォオンッ!!!

 

明らかに辻褄合わせの早口であったが雷が降り注ぎ、光が周囲を包み込んだ。

何トンものエーテル爆薬が炸裂し、間近にいたデッドエンドブッチャーは爆散した。

 

何度も攻撃に耐えてきた頑丈な体は、もはやそこには欠片も残っていなかった。

 

デッドエンドブッチャーが完全に消滅したのを確認すると、あたりに緊張が解けたような空気が広がった。

瓦礫の中でオクトパスはアームをたたみ、胸を張って得意げに目のライトを明滅させる。

 

「ふぅー、やっぱボクがいれば余裕だったね!」

 

「余裕?何度か本気で焦ってたように思えたけど?」

 

ニコが口角を上げ茶化すように笑う。対するオクトパスは手を広げておどけて見せる。

 

「演出だよ演出。見せ場を作らないとね。」

 

ビリーが二丁拳銃をくるりと回し、肩をすくめた。

 

「ま、勝ちは勝ちだ。だが油断するなよ、列車の衝撃で周囲の建物が崩れてるからな。下らないところでやられちまうなんて情けなくて死ぬに死ねないぜ」

 

アンビーは刀の電光を消しながら、息を整えて周囲を見回す。その顔は戦いに勝利したばかりだというのにどこか浮かない顔である。

 

「……住民が心配。急いで戻った方がいい。」

 

その言葉にアキラの顔が引き締まった。

 

ヴィジョン以外の武装兵力、住民の決死の抵抗を恐れ正面を防衛していたヴィジョンとは違う行動を取るかもしれないとアキラは思い至った。彼らの狙いはエレグの信用の失墜のはずだ。ヴィジョンの部隊が引き上げた以上、なりふり構わず住民を消すかもしれない。そうじゃないとしても此方の動きがバレていたら住民を人質にされるかもしれない。

 

アンビーも同じように考えていたのかアキラと目を合わせ静かに頷いた。

 

「皆!急いでカンバス通りへ向かおう!もしかするとまだ残党がいるかもしれない!」

 

それを聞いたオクトパスは頬を掻きながら困ったように首を傾けた。

 

「ああ~、ヴィジョン以外の武装集団はある程度片づけたけど、確かに残党は残っているかもね。でも多分心配ないよ。ほら兵士さんがいるでしょ?あ、勿論急いで住民を回収するのは賛成だよ?」

 

アンビーは難しい顔をしながらオクトパスに告げる。

 

「確かに彼は熟練の兵士の様な動きだった。充分な戦闘経験も動きから窺えた。でも残党の規模によっては多勢に無勢で住人を守り切れないかもしれない……人質を取られでもしたら私たちは迂闊には動けない……」

 

周囲に不安が伝播し、皆の顔に影を落とす。

 

エレグの部下である兵士、ただ者ではないのはアキラも邪兎屋も理解できたがそれでも不安が残った。

 

「ああ……、確かにウンそうだね、ワカルヨ」

 

唯一オクトパスが困ったように呟いた

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

アキラたちの予想は的中した。

他企業に雇われた武装集団、傭兵たちはオクトパスにやられた残党含め、カンバス通りに進行していた。

 

 

破裂音が空気を裂き、鉄と火薬の匂いが漂った。

装甲服に身を包んだ傭兵たちが次々と吹き飛ばされ、瓦礫へ叩きつけられる。耳を劈く悲鳴、砕けた石壁が崩れ落ちる轟音、それらが混じり合い戦場は混沌そのものだった。

 

その中の一人の傭兵、隊長と呼ばれていた男は膝をつき頭を抱えた。

 

ーー俺たちは、スラムの住民どもを人質に取るつもりだった

 

ヴィジョンの私兵部隊が引き上げていったため、奴らの指図を受けることなくカンバス通り駅の正面から移動を開始した。途中で合流した部隊と合流もして数も火力も圧倒的で、住民からの抵抗など無意味だと信じていた。

 

だが、目の前に立つ“男”がその確信を粉砕した。

 

灰色のコートを揺らすその男は、銃火に微動だにしない。

腕をひと振りするだけで、竜巻のような風圧が押し寄せ、鋼鉄の壁さえ悲鳴を上げて歪む。

銃弾は彼に触れる前に空気の層に弾かれ、火花を散らして無力に落ちた。

 

何なんだおまえはぁ!?

 

隊長は堪らず叫ぶ。

 

それに答えず男が足を踏み出した瞬間世界が軋んだ。

一歩、それだけで周囲の空気が破裂する。

次の瞬間、傭兵たちの視界は白く弾け耳を裂く衝撃音が全身を打った。

 

奴が突撃した、ただそれだけで。

 

壁は紙細工のように裂け傭兵たちは軽い玩具のように宙を舞った。

鉄と火薬と人間の叫びが同じ重さで混ざり合い、暴風の渦となって吹き荒れる。

吹き飛ばされた隊長が地面を何度も転がりながら理解した。

 

ーーこれは戦闘ではない。災厄だ。

 

やがて彼は深い恐怖と共にそのまま意識を失った。

 

風が止む。

瓦礫が降り積もる音だけが、静まり返った世界に落ちてくる。

 

その中心に男は立っていた。

周囲に動く影がないことを確認した彼は、襲撃に気が付いて身を隠すよう指示した住人たちの元に向かう。

 

「皆さん、もう大丈夫です!敵は撃退いたしました!もうすぐ列車が来ます、乗り込むご準備をお願いします!」

 

「兵士さん!?無事でよかったよ!なんかすごい音が聞こえてきて、ここら一帯もう吹き飛ばされるんじゃないかと!」

 

兵士と呼ばれた男の声に顔を覗かせた住民たちが驚きながらも安堵の表情を浮かべる。

 

「驚かせて申し訳ありません、敵が爆弾を使用してきまして……。ですが一時の危機は去ったとはいえ未だここは危険です!爆破解体が始まり、本当に吹き飛ばされる前に避難の準備をお願いします!」

 

わかったよと返した住人たちは人から人へと伝えていく。

 

 

そして、遠くの方から列車が走行する音が聞こえてきた。

 

 

 




次の話で終わりそうだって言ったの誰だよ
私だよ!!

……すみませんでした
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