転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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転生者たちがプレイヤーにどう思われてるのかが気になるという感想をちらほらいただきました。

確かに自分の小説の中のゼンゼロプレイヤーのスレとか書きたい……!




卵を割るのにハンマーは必要ない?過剰だって?だが感情が高ぶれば話は別だ!!

呼吸が焼ける。

肺の奥まで埃と鉄錆が刺さって喉の奥から血の味がした。

男は転げるようにホロウの内部へと駆けこんでいた。背後ではまだ数多の怪物が追跡する音が近づいていた。

 

「クソ、クソッ……!」

 

肩に抱えた黒いバックに入った装置が震えていた。EMP発生器――違法改造品だ。組織のとある計画のために配布された“仕事道具”。しかしこの日、男、カルロ・モロンは六分街の車を盗み出すために私的に利用した。

 

結局どれも上手くいかずに、結果として六分街に車の事故を引き起こし続けるという最悪な形になってしまった。そして何度も使用したせいで監視記録から治安官と思われる二人に追われ、何とかホロウに逃げ込んだのだ。

 

尋常じゃない数に追われている焦りからか彼は振り返らずに何度もスイッチを叩く。

EMPがホロウに棲む“それ”ら――エーテリアスを呼び寄せているとも知らずに。

 

獣の様な四肢を持つ巨大な結晶の怪物。

男は悲鳴を上げながら鉄骨の迷路を駆け抜ける。足音に反応してエーテリアスたちが蠢くたび、金属片が歪み、壁が砕けていった。

 

――治安官からは逃げきった。

 

だが今追ってくるのはそれよりももっと恐ろしい自身の命を狙ってくるものだった。やがて前方からエーテリアスが迫り思わず悲鳴を上げる。

 

完全に包囲された。退路は見つからない。

 

「誰かッ!助け――」

 

その叫びが終わる前に、前方のエーテリアスの頭部が爆ぜた。

光と音のない破裂。黒い霧が四散する。

 

「……え」

 

呆けている間に次々と男の周囲にいたエーテリアスは潰されていった。

風切り音が聞こえ、エーテリアスの悲鳴と共にコアが炸裂する。

 

そして動く者はいなくなった。

モロンは硬直した。何が起きたのか理解できない。

 

次の瞬間空気が裂けた。

 

「――が……っ……!」

 

目に見えない何かが男の喉元を掴んだのだ。

骨が軋み、靴が宙を蹴る。呼吸が潰れ、視界が歪む。

 

視界の端で、空気が揺れた。

ノイズのようにぼやけていた空間が、徐々に形を取り始める。

形の定まらない輪郭から浮かび上がったのは――金属の光沢を放つ“人の形”。

 

だが、それは人ではなかった。

背には四本のアーム。それぞれが生き物のようにしなり、光を反射して金属が煌めいている。

顔面は無機質な仮面。光を放つ鋭い双眼がモロンを睨み、低い電子音が漏れた。

 

「……よくもやってくれたな」

 

冷たく無慈悲な声。

男の体はさらに持ち上げられ首の骨が悲鳴を上げた。

ホロウの奥、金属の人影がモロンを睨む。

 

喉を締め上げるアームはまるで生きた鋼線のようだった。

足が宙を掻くたび関節が悲鳴を上げる。息が入らない。肺が焼ける。

 

――だがその痛みの中でも、モロンの脳裏にはひとつの名前が浮かび上がっていた。

 

「……ヒ、『ヒール』……?」

 

姿を露わにした四本のアームを背負った知能機械人。それが持つ特徴をニュースの映像で何度も見たことがあった。

 

都市の裏側で動く謎の伝説組織、《ヒール》。

企業にも治安局にも属さず、時に英雄と呼ばれ、時に悪魔と呼ばれる存在。

 

「……な、なんで……お前が、こんな場所に……っ!」

 

声は喉の圧迫でひしゃげた。

答えは返ってこない。

代わりに冷えきった電子音が空気を震わせた。

 

「…………バイク」

 

その単語を聞いた瞬間、男の頭に疑問符が浮かんだ。

バイク――?

そんなものEMPの余波で動かなくなった車両の一つにすぎないはずだ。だがその言葉の裏には計り知れない怒気が潜んでいた。

 

アームの先端が静かに開く。鋭い金属の指がまるで生物のように蠢く。

 

「……お前のせいで、壊れた」

 

低い声。

だがそこには機械音声の規則性を超えた“感情”があった。

押し殺した怒りが微細なノイズとして周囲の空気を震わせる。

 

「ボクの最強カスタム……が……!」

 

意味がわからなかった。

だが理解できたのは目の前の存在が本気で怒っているということだけだった。

 

「お、おい待て、俺はそんなつもりじゃ――」

 

「黙れ」

 

たった一言。

空気が爆ぜ、アームが傍の壁を貫いた。

鋼がひしゃげ、粉塵が舞う。

 

「六分街で、ボクのバイクをEMPで焼いたのは……お前か?」

 

男は必死に首を振る。

だがアームの圧力はさらに強まり、骨の軋む音が聞こえた。

 

「ボクの“相棒”を壊した報いは、同じだけだ」

 

その冷淡な言葉に、酸欠でモロンの意識が遠のいていく。

視界の端でオクトパスの背中から立ちのぼる冷光がまるで怒りを可視化した炎のように揺らめいていた。

 

モロンは震えながらEMP発生装置に手を伸ばした。指先が冷たいスイッチに触れる。最後の手段であるEMPを起動して、この地獄から自分だけを切り離そうとする本能的な行為だった。

 

だがその瞬間、オクトパスのアームが閃光のような速度で伸び、男の腕を掴んだ。音が抜けるほどの圧力。骨が軋む音が男の耳の中で真っ二つに裂けた。

 

「――があっ!」

 

男の声が金属に吸われる。腕に走る激痛が脳を焼いた。指先が白くなる。EMPのスイッチはそこから遠く、指がすべての力を失っていく。

 

オクトパスは底冷えのする機械声で問いかけた。

 

「この期に及んで……何をしている──?」

 

男は痛みで言葉が震える。

 

「……待て、待ってくれ、悪かった、放してくれ、頼む……!」

 

アームの圧は緩まない。むしろ微かに増していく。金属が肉を締め、血流が欠けていく感覚。オクトパスは淡々と、だが確実に語った。

 

「まず話があるだろう。お前の組織の情報を吐け。EMP発生装置を使い、何を企んでいる。」

 

オクトパスの言葉にモロンが驚愕するが、淡々と紡ぐ。

 

「言いたくないなら構わない。人間の骨は約二百六本だ。一本くらい、大したことないだろうな」

 

その言葉は、モロンの中で最後に残っていた理性を凍らせた。今、徐々に力が強くなる金属が喉に押し付けられて、彼は自分がどれほど浅はかな賭けをしていたかを思い知る。

 

声を絞り出す。痛みが言葉を引きずる。

 

「わ、わがっだ話ず。話ずがらごうぞぐを緩めてぐれ……」

 

オクトパスは反応を示さず、だがその赤く光るセンサーアイが細かく脈打った。

 

ホロウ強盗団のメンバーであるモロンは全てを打ち明けた。組織から支給されたEMPを使用しとある自動輸送車を襲う計画を立てていた。何度も下見を行うほど重要な計画であったという。しかし問題が起きた。計画の重要装備だったというのに、モロンはそれを今日の小遣い稼ぎのために流用し、車両窃盗に使ってしまったという。

 

実行の日付や下見地点の座標も全て目の前のオクトパスに話し、必死に許しを乞う。

 

言葉ごとに、モロンの呼吸が浅くなる。汗と血が混じった涙が頬を伝った。

 

オクトパスは供述を最後まで聞き終えると、確かめるように微かな首振りをした。その背中の四本アームがゆっくりと、だが確実に動く。捕えられた腕からは弱々しい呻きが漏れる。モロンの身体は震え、膝がしなりそうになるが、宙に吊られているため落ちることもできない。

 

「なるほど。この会話は録音させてもらう」

 

機械音が抑揚を帯びる。その声は確かに怒りだが、それは個人的な憤怒というより、奪われた“何か”への冷徹な回収の感覚だった。

 

息が途切れそうになりながら、最後の言葉を震えて付け加えた。

 

「……これで全て打ち明けた。頼む、放してくれ。俺にはもう何も──」

 

オクトパスの目が、男を針のように見据えた。機械人は、薄く笑うように見える音を漏らした。

 

「ホロウという危険地帯に足を踏み入れたのだ――」

 

オクトパスの声は、低い金属の響きを帯びながら冷たく降りた。

 

「ボクが直接手を下すまでもない」

 

その言葉が終わるや否や、遠くで咆哮が轟いた。

空気が震え、ホロウの金属片が共鳴する。

 

モロンの顔が蒼白になった。血の気が引くというより、恐怖で生命そのものが逃げ出したような表情だった。

 

「ま、待て!頼む!もう二度としない、助け――」

 

言葉の途中で、モロンの身体は宙を舞った。

オクトパスのアームが彼を軽々と持ち上げ、無造作に地面へと叩きつける。

鈍い衝撃音。砂塵が舞い、モロンの視界が白く霞んだ。

 

気づいたとき、オクトパスの姿はもうそこにはなかった。

まるで最初から幻だったかのように、ホロウの闇に溶けるように消えていた。

残されたのは、鋭く冷たい静寂と、遠くからしかし確実に近づくエーテリアスの咆哮だけ。

 

「……やめてくれ……」

 

モロンは地面に這いつくばり、震える声を漏らした。

足が動かない。恐怖で筋肉が凍っている。

呼吸のたびに肺が砂を吸い込むように痛む。

 

エーテリアスの群れが迫ってきているのがわかる。

その音が近づくたびに周囲の構造物が衝撃で崩れ落ちていく。

 

「……ここで……死ぬのか」

 

モロンは身を丸め、腕で頭を抱えた。

歯が鳴る音が自分でも聞こえる。

祈ることもできず、ただ震えるしかなかった。

 

――だが。

 

轟音。

鉄を砕くような乾いた破裂音が響いた。

同時に、閃光がホロウの内部を裂く。

 

「対象発見、確認しました!」

 

鋭い声が飛んだ。

 

目を上げると、煙の向こうに二つの影が立っていた。

 

「た、助けてくれ……頼む……!」

 

モロンの蒼白の顔に、恐怖と安堵が入り混じったような歪んだ笑みが浮かんだ。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

「壊したの、誰だろうね」

 

ドクという若者の声には、かつての柔らかさがなかった。

それは静かな怒りと、冷たい決意が混ざった、別のものだった。

 

「ドク、落ち着いてくれ。修理すれば――」

 

アキラが言いかけるが、ドクはその声を聞いていない様子。この件はよほど堪えたのであろう。

おぼつかない足取りで扉へと向かう。

 

「……ごめん、今日はもう帰ります」

 

誰も止められなかった。

朱鳶が呼び止めようとしたが手で制する。我らの呼びかけは届かないことを理解したためである。

 

「……大丈夫です。ボク、ちょっとだけ……考えたいことがあるんで」

 

ドクはそう言って、ゆっくりと扉を開けた。

外の空気が流れ込み、焦げたバイクの匂いを一瞬で押し流していく。

 

街の風が、ドクの頬をかすめた。

その目に宿っていたのは涙ではなく冷たい光――まるで刃のような輝きだった。

 

「ドク……」

 

誰かが名前を呼んだが、その声は届かなかった。

靴底が遠ざかる音だけが通りに響き続けた。

 

――そしてその背中を誰も追うことができなかった。

 

ドクの背中が扉の向こうに消えた後。

改めて破壊されたバイクに目を向ける。

 

実に美しい機械であった。あやつが欠かさず整備等を行い、大切にしていたのが分かる。

 

一歩、壊れたバイクのもとへと近づいた。

表面は黒く焼け焦げ、フレームは熱で歪んでいる。だがその構造を見れば分かる。

 

一つひとつの部品が時間をかけて選ばれ、手で磨かれ、愛情を注がれて組まれたものだ。

整備跡のネジの擦り傷、カスタムパーツの精密な配線、そのどれもがあやつの性格を映しているようだった。

 

膝をついてフレームへとそっと触れた。

焼けた金属の表面はまだ微かに温かく、その熱が青衣の掌を通して伝わってくる。

 

「……ぬしは主人にとても大切に思われていたのだな」

 

誰に聞かせるでもない小さな声を漏らす。

ドクがどれほどこの機械を愛していたか、青衣には痛いほど分かった。

あやつにとってこのバイクは単なる移動手段ではなく、自分の手と心の延長――自らの存在証明のようなものだったのだ。

 

焦げたハンドルの傍らにドクが使っていた工具が落ちている。

それを拾い上げた青衣は静かに立ち上がった。

 

「朱鳶よ……」

 

背後の自分の相方が我の声に顔を上げる。

 

青衣の瞳は光を宿していた。

それは怒りでも悲しみでもなく、使命感の奥底から立ち上がった鋭い意志の光だった。

 

「――件の犯人、必ず捕まえるぞ。」

 

言葉にした瞬間、その場の空気がわずかに震えた。

 

彼女は意識していなかったが青衣の声には“感情の熱”が宿っていた。

 

ーーーーーー

 

その後、局へ連絡を入れ六分街の監視映像を解析してもらったところ、事件現場付近に不審な人物が確認された。

最寄りの治安官が確保に向かったが相手の逃走が早く、取り逃がしてしまったようだ。

現在は此方の区域に向かっているとの報告を受けて朱鳶と共に確保へと動く。

今回の事件の事情を話していたトラックの運転手、ケールどのから一時的に離れ、急ぎ現場へと急行した。

 

そして十四分街の共生ホロウ近くで容疑者を視認した。

赤い頭巾をかぶり、EMP発生装置と思われる黒いバッグを肩に提げている。

 

追跡の最中、男は通行人を突き飛ばし、さらには近くの猫をこちらへ放り投げて進路を妨害しようとした。

 

次の瞬間男がバッグに手を伸ばしスイッチを押し込むのが見えた。

 

「っ……!」

 

空間が弾けるような衝撃。

全身を走る電撃のような刺激に思わず息が詰まる。

 

EMPの影響で、近くに停められていた重機の回路が焼き切れたのだろう。

積まれていた鋼管が崩れ落ち、道を塞ぐ。

避けざるを得ず、それを回り込みながら追跡を続けた。

 

「止まらないと発砲する!」

 

朱鳶が警告を放つが男は振り返りもせずに脇道へと飛び込む。

姿が消えた先は――共生ホロウ。

朱鳶が短く息をつき、局へ通信を入れた。

 

「こちら朱鳶班。容疑者はホロウへ逃走。引き続き追跡する!」

 

直後、後方からアキラとリンが駆けつけ「状況は!?」と問いかけてきた。

短くホロウへ逃亡したことを伝え、二人に避難を指示して朱鳶と共にそのままホロウの奥へと踏み込んだ。

 

 

打ち捨てられた建造物が数多く立ち並ぶホロウ内部。奥で何かが蠢いている。

あの異形――エーテリアスがいる。

そして、その中に、ひときわ巨大なものがいた。

四足歩行の獣。皮膚は溶けた金属のように光り、咆哮が空間を震わせる。

奴が一歩踏み出すごとに、地面の埃が跳ねた。

 

「くっ……!」

 

朱鳶は呼吸を整え、腰のサプレッサーK22に手をやる。

怪物の群れの間を抜け、我が先行して進路を切り開く。

銃声が一つ、二つ。空気を裂く光の線がエーテリアスを貫く。

 

男の姿が前方に見えた。まだ逃げている。

だが奴は焦りもせず、笑いながらもう一度バッグに手を伸ばした。

 

EMPが再び弾け、辺りに青白い火花が散る。

 

――これは……!

 

エーテリアスが反応した。

まるで電磁の揺らぎに惹かれるように、次々と男の方へと集まっていく。

思わず警告を叫んだ。

 

「止まらぬか!EMPは奴らを呼び寄せるぞ!」

 

「知ったことか!」

 

だが男は聞き入れず、笑いながら更に奥へと駆けていった。

その直後だった。

 

轟音。

前方の壁が突如として崩れ落ち、粉塵と共に進路が塞がれる。

 

「……っ!」

 

視界が遮られ、男の姿が完全に消えた。

エーテリアスの唸り声だけが、近くで蠢いている。

 

三節棍を握る。こんな場所でEMPを使い続ければ、あの男自身も長くはもたないだろう。

 

「朱鳶、迂回するぞ。……このままではあやつが危ない」

 

「賛成です、急ぎ確保しましょう!」

 

崩れた瓦礫の脇を抜けて走り出した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その後時間を掛けたが、痕跡を辿りエーテリアスが全員同じ方向に向かっているのを視認した。

 

近くにいたエーテリアスをすべて片付けたあと、ようやく視界の先に人影を見つけた。

瓦礫の影に、男がうずくまっている。

体を小さく丸め、両腕で頭を抱えながら、震えていた。

先ほどまで笑いながら逃げ回っていた男の姿とは、まるで別人だ。

 

「……おい、大丈夫か」

 

声をかけると、男はびくりと肩を震わせ、こちらを見上げた。

その目は焦点が定まらず、恐怖に濁っている。

やがて、泣きそうな声で言葉を吐き出した。

 

「た、助けてくれ……頼む……!」

 

態度の変化は異常だった。

だがそれ以上に気になったのは彼の身体だ。

首と腕に何かに締め上げられたような跡。細長い線が皮膚の奥にまで深く刻まれている。

それは明らかにエーテリアスの痕ではなかった。

 

朱鳶が我と視線を交わす。

 

彼はそのまま地面に膝をつき、息を荒げながら語り始めた。

堰を切ったように、次々と。

 

「おれは……モロン。あるホロウ強盗団の一人だ……!あのEMPは、もともと組織から支給されたもんなんだ。とあるルートを通る自動輸送車を止めて、積み荷を奪う。そういう計画だった……」

 

言葉の端々に混じるのは、後悔と恐怖。

モロンは何度も唇を噛み、手を震わせながら続けた。

 

「何度も下見した……あれはでかい計画だった。けど……けど俺、今日……ちょっとした小遣い稼ぎで……EMPを使っちまったんだ……。車両を盗もうとして……それで、あんなことに……!」

 

朱鳶が息を呑んだ。

我は黙ってその顔を見つめる。

愚かだ――だが、問題はそこではない。

 

「……その怪我は何者にやられたのか?明らかにエーテリアスではないだろう……」

 

問いかけた瞬間、モロンの肩がびくりと震えた。

視線が宙を彷徨い、唇がわななく。まるで何かに怯えるようだった。

 

「……そ、それは……言えねぇ。言ったら……多分、やられる……!」

 

「誰にやられたのですか?」

 

朱鳶の声は静かだったが、その眼差しは鋭く射抜くようだった。

しかしモロンは首を横に振るばかりだった。

 

「なあ頼む……俺を捕まえてくれ……!ここから、早く……!でないと、俺……!」

 

「落ち着いてください」

 

朱鳶が腕を掴んだ。だがモロンは悲鳴を上げて振り払う。

 

「全部話す、計画の日時も!実行地点の座標も!だから――」

 

不意に言葉が途切れ、男の体ががくりと傾いだ。

反射的に支え、脈を確かめる。まだ生きている。だが意識は危うい。

 

「朱鳶、退くぞ。これ以上は危険だ。奴がここで正気を保てぬ」

 

「承知しました。局へ搬送いたします。医療班に引き渡しましょう」

 

互いに頷き、モロンを両脇から抱え上げる。

瓦礫を差す日の光が周囲を明るく照らした。漂う空気に鉄と油の匂いが混ざっている。

 

ようやく外へ出たとき、モロンは完全に意識を失っていた。

青衣はその背を支えながら振り返る。

 

――視線を感じていた。

 

背後のホロウでは、微かな電子ノイズが続いていた。

 

まるで、誰かが遠くから彼女らの行動を監視しているかのように。

 

ーーーーーーーー

 

疑問は残ったままだった。

だが今はそれを追うよりもまず報告だ。

六分街の住民たちへ犯人確保の一報を入れに訪ねた。

 

その知らせはあっという間に街へ広まったらしい。

アキラとリンが駆けつけ、息を弾ませながら「よかった」と笑った。

 

輸送車の運転手、ケールも深く頭を下げて感謝を述べた。

オツリも安心したように「これで、またみんなと過ごせます」と言っていた。

 

時間が経ってドクもようやく気持ちを取り戻したようだった。

破壊されたバイクを前に、まだ悔しそうにしてはいたが、それでも顔を上げてこちらへ歩み寄ってきた。

 

「……ありがとうございます二人とも。犯人を捕まえてくれて。けど……バイクを直さなきゃだから、()()()()()()()()()()()()()()……本当にごめんね」

 

申し訳なさそうに笑うドクに、我はただ首を横に振った。

 

「気にするでない。どれ程そのバイクをおぬしが大切にしていたのかは十分に窺えた。早く直るといいな」

 

ドクは少し照れくさそうに笑った。

 

「ありがとう青衣さん……。青衣さんもどこか体に異常はない?あのEMPは随分強力な電磁波を飛ばしていたけど……」

 

「心配せずともこの体はそこまでやわではない。手がピリピリする程度だ」

 

「影響出てるじゃん!早いところメンテナンスに行った方が良いよ!」

 

そのやり取りに周囲の空気が和らぎ、笑い声が広場に広がった。

事件で張りつめていた六分街にようやく日常が戻りつつあった。

 

その後、あれほど参加を渋っていた住民たちが今回の件をきっかけに、こぞって講習会への参加を申し出てきた。

 

……無心で枝挿す柳、図らずも木陰を成すということか。

 

ーーーーーーーー

 

六分街が落ち着きを取り戻した後、局へ戻った朱鳶と共に人の気配が少ない場所へと移動した。

日が傾き、窓から入る赤い光が壁を照らしていた。

 

「……で、どう見る?先ほどモロンの提供した座標データは例の広場で見つかった例の怪物、それを運び出す自動輸送車の走行ルートと合致しておる。恐らくモロンの組織はあの怪物の残骸を狙っておると推測できる」

 

腕を組んで朱鳶に問いかける。

朱鳶は思案しながら、モロンから聞き出した座標データを端末に映し出した。

スクリーンに表示された地図の一点が、淡い光で点滅している。

 

「……今すぐに上に報告しましょう!もしそうなら自動車両が危ない――!」

 

「まあ待て朱鳶よ。確固たる証拠がない以上、人を寄こさぬ。それよりも問題なのがモロンの組織が何故ホロウ内の走行ルートなどの機密を知っているのかである。話によると既にある程度の時間を掛けて下見を済ませているようではないか」

 

「それは……つまり」

 

朱鳶の声は静かだがその裏に動揺が混じっていた。

治安局の中に内通者がいるかもしれないという問題が浮かんできたためであろう。

 

しかも、回収作業は丁度講習会の日に行われる。朱鳶が動けない以上、取るべき行動は――

 

「……なら、当日現場には我が見に行こう。講習会は我なしでも回る。メディアが大勢押しかける重要なイベントである、ぬしはブリンガー長官のことを頼んだぞ」

 

そう告げると朱鳶はしばし沈黙した。

静寂が二人の間を通り抜け、どこか遠くで鉄の看板が鳴る音がした。

 

「……先輩」

 

その声には、いつになく強い響きがあった。

 

「服務規程では、単独行動は重大な違反です。それに――あのホロウにいる敵は一筋縄ではいきません。あまりにも危険すぎます」

 

口を開きかけたが、朱鳶の瞳に宿る光に言葉を失った。

彼女は一歩、前に出て言葉を続けた。

 

「私が治安官になったのは……ブリンガー長官に恩を返すためでも、褒めてもらうためでもありません。あの時の長官のように――()()()()()()()()()()()()()。ただ、それだけなんです」

 

その声は凛としていて静かな炎のようだった。

青衣は思わず目を見開いた。

 

「朱鳶、ぬしは……」

 

驚きと共にどこか動力の奥が温かくなるのを感じた。

彼女の言葉が確かに青衣の心の奥に届いたのだ。

 

朱鳶は小さく息を整え、まっすぐに青衣を見据えた。

 

「ですから――私も行きます。当日は私も現場へ向かいます。二人で証拠品を守り抜きましょう。治安官として、そして仲間として」

 

その言葉に、青衣は短く息を吐き、静かに頷いた。

 

「……そうか。ぬしがそこまで言うのなら、共に行こう。背中を預けられる者がいるというのは心強いことだ」

 

朱鳶は微かに微笑んだ。その笑みには決意と誇りが滲んでいた。

 

夕陽がその二人の頬を赤く染めていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

外から見ればただのアパート。

しかしある一室の隠し扉を開ければまるで別世界だった。

 

壁という壁は防音と断熱材で覆われ、天井からは産業用のアームライトが幾本も吊り下がっている。

床は鉄板で補強され、中央には大型の昇降式作業台。

周囲のラックには、工具・端末・予備パーツが整然と並び、無数のモニターが青白い光を放っていた。

冷却ファンの低い唸りが空気そのものを振動させている。

 

ドクはその広大な作業場の中央にいた。

両手には精密用のグローブ、耳には通信型ヘッドセット。

正面のホロディスプレイには立体化された機械の設計図が浮かび、彼はその一部を指でなぞりながらリアルタイムで構造を修正していく。

 

機械はまるで生き物の骨格のように広がっていた。

金属フレームが複雑に組まれ、内部には冷却管と導線が走る。

時折、アームライトの閃光が反射し、鋭い白光が空間を裂いた。

 

 

実行犯が捕らえられた現在でもドクの内心は静かに燃えていた。六分街で車両事件が起きても構わずEMPを乱用する者に装置を渡し、そのままにしていたとは。組織の管理がいかにずさんだったかを物語る。

 

「さて……準備は整った。……EMPなんか製造して、しかもあんな奴にも支給しやがって……過剰だなんだの言われようが、ぶっ潰すしかねぇ!跡形もなく組織丸ごと叩き潰してやる!」

 

装置自体は凄いのに製造元の頭は実にお粗末だと怒りが再燃したのだ。

 

しかし、怒りは撒き散らすものではない。的を絞って確実に叩きつけるものであると心の奥で固く決めた。

 

今ドクがしているのは自らのスーツの改良だった。EMP対策はもちろん、デッドエンドブッチャーやサクリファイスの戦闘データを基にしたスーツによる身体強化を急ピッチで進めている。

 

朱鳶と青衣の二人は原作とは違い、証拠品が盗まれる前にホロウへ向かうつもりだ。しかし恐らくブリンガーが情報を流し組織は既に万全の体制で二人を待ち構えているだろう。

 

既にアキラとリンには自動輸送車が危ないことを告げてあり、当日同行することは了承済みだ。

 

「真っ向から全員ぶちのめしてやる……!」

 

静まり返った部屋にドクが淡々と機械を組む微かな音がこだました。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

薄曇りの午後、治安局本部。

 

朱鳶と青衣は六分街で発生したEMP事件の犯人――モロンから得た座標データを再度確認していた。

やはりその地点は、広場で見た怪物の残骸を回収する治安局の自動輸送車が走行するルートと正確に重なっていた。

偶然とは思えない一致。二人は念のため、自動輸送車がモロンの組織に狙われている可能性を局に報告した。

 

だが、返ってきたのは冷たい定型文のような返答だけだった。

 

――《確認の結果、特筆すべき脅威情報はなし。任務の干渉は控えよ》。

 

朱鳶は端末を閉じ、深く息を吐く。

 

「やはり信じてもらえませんでしたか」

 

青衣は静かに頷いた。

 

「予想はしておった。証拠が薄い上に六分街の件も“偶発的”と片付けられた。だが……」

 

青衣は机に手を置き、視線を落とす。

 

「放ってはおけない……であろう?」

 

沈黙が落ちた。

 

仕事に勤しむ治安官たちのざわめきが遠くで続く中、朱鳶の拳が小さく震えていた。

 

「……何のために、私たちは現場に立つんでしょうね。守るべきものを守らせてもらえない」

 

その時扉が開き、ブリンガー長官が現れた。

大柄な体格と重い足音。その存在だけで空気が引き締まる。

 

「お前たち、講習会の参加はどうする気だ?」

 

朱鳶が答える。

 

「申し訳ありません、長官。六分街の件に関連して不審な動きが――」

 

「駄目だ」

 

ブリンガーの低い声が遮る。

 

「正式な指令なしでの出動は認めん。勝手な行動は命令違反だ」

 

「しかし――」朱鳶が食い下がる。

 

「もし本当に狙われていたら、その時にはもう遅いんです!」

 

ブリンガーはしばし沈黙して二人を見据えた。

その瞳は硬質な琥珀色。

 

「………」

 

だがその奥が一瞬だけ()()()()()()()()()

まるで何かを計算し、何かを測っているような――そんな光。

 

「……分かっている。だが上は“動くな”の一点張りだ。現場判断でどうにもならん。そして当日は多くのメディアが押しかける。馬鹿な真似はするなよ。」

 

一瞬の光はすぐに消え、いつもの落ち着いた表情に戻る。

だが朱鳶の胸にざらりとした違和感が残った。それが何なのか自分でも掴めないまま。

 

静寂。

 

朱鳶は唇を引き結び、ただ一言だけ呟いた。

 

「――了解しました」

 

それでも二人の中で決意は固まっていた。

翌日、講習会への不参加を局に伝え、正式な承認が下りる前にホロウへ出発した。

 

誰にも知られぬまま二人だけで。

たとえ命令違反だとしても誰かが行かなければならなかった。

 

ーーーーーーー

 

そして今――

昼下がりのホロウ内部。

 

崩れた建物と錆びたクレーンが立ち並び、吹き抜ける風が鉄の匂いを運んでくる。

砂塵の中を朱鳶と青衣は走っていた。

 

「位置確認するぞ!輸送車のGPS……こちらであるな!」

 

青衣が輸送車の場所を告げる。

 

「距離、あと三百メートルだ――南東のコンテナ群を抜けた先……」

 

「急ぎましょう、時間がない!」

 

朱鳶は短く答え、銃を握り直す。

荒廃した工事跡地を駆け抜け、足元の瓦礫を踏み砕く音だけが響いた。

 

「……おかしいですね。エーテリアスの気配がない」

 

朱鳶の声に、青衣はわずかに眉を寄せる。

 

「潜んでる可能性もある。警戒を――」

 

――ガシャァンッ!

 

突如、左のビル上階が爆ぜる。

ガラス片が降り注ぎ、乾いた連射音が響き渡った。

 

「っ、伏せろ!」

 

青衣が朱鳶を引き倒し、二人は瓦礫の陰に転がり込む。

耳をつんざく銃声と火花の飛び散りに鼓動が早まる。

 

「やっちまえッ!逃がすな!」

 

「治安官どもを沈めろォ!」

 

建物やコンテナの影から武装した男たちが次々と姿を現した。

全員、反射のないフルフェイスヘルメットに重装アーマー。

その手には民間では入手不可能な軍用ライフルや改造ボウガン。

動きに迷いはなく、完全に連携された包囲戦術だった。

 

一体いくつの目がこちらを見ているのか――朱鳶の胸の奥が冷たく締め付けられる。

 

「完全に待ち伏せ……!如何にして情報が――」

 

青衣の声を弾丸の轟音がかき消す。

 

朱鳶は短く息を吐き、遮蔽物に身を滑らせると正確に二発撃ち込んだ。

一人が肩を撃たれて倒れ、もう一人が胸を押さえて崩れる。

 

「二人落としました!」

 

「まだいるぞ、右側高所!」

 

武器を振り回し敵を牽制した青衣の警告と同時に、朱鳶が滑り込むように位置を変え、鉄骨の隙間から射撃。

弾丸が敵の武器を貫き、衝撃で敵を高台から落とした。

 

だが敵の勢いは衰えない。

 

倒れた仲間を踏み越え、別の者たちが無言で前進してくる。

 

「囲め!壁際まで追い詰めろ!」

 

「動くな、蜂の巣にしてやる!」

 

次々に襲い掛かる敵。後退しながらも必死に数を減らすがなお勢いは衰えない。

 

「数が多すぎます……っ!」

 

「増援か……!?いや、最初からこの数を……!」

 

青衣は巨漢の拳を躱し、頭部に武器を叩き込む。

しかし、横から改造ボウガンの矢が飛んできた。朱鳶が後ろから撃ち抜くが、次の瞬間には改造警棒を持った敵が突進してくる。

 

一人倒しても二人が、二人倒しても三人が次々に襲い掛かり、戦線は徐々に後退していく。

 

焦りが心の奥でざわめき、視界の隅に映る瓦礫や倒れた壁が、まるで生き物のように迫ってくる気がした。

 

やがて背後は行き止まり、正面からは尋常じゃない数の武装集団。

逃げ場は、もうなかった。

敵の一人が笑いながら叫ぶ。

 

「終わりだ、治安官ッ!死ねぇぇ!」

 

耳をつんざく銃声と、破裂するような金属音。

粉塵が舞い、空気が焦げる。

二人の攻撃が敵の前線の一列をなぎ倒すが、それでも押し寄せる足音は止まらない。

 

「あっ!」

 

「ぐっ……」

 

朱鳶の頬をかすめた弾丸が皮膚を裂き、熱い血が頬を伝った。

その隣で青衣の肩装甲に矢が突き立ち、金属が軋む。

 

青衣は小さく息を吐いて矢を引き抜くが動きが一瞬鈍る。

その一拍の遅れが確実に死へと繋がる緊迫感を帯びていた。

 

朱鳶は息を荒げながら遮蔽物の陰に身を滑らせ、弾倉を交換する。

乾いたクリック音が響くたび、周囲の銃声がさらに近づいてくるように思えた。

 

残弾数は指先に伝わる感触だけで残り少ないことがわかる。

だがそれ以上に心がもう限界に近かった。

 

「くっ、きりがない……!先輩、どうすれば……」

 

朱鳶の声には焦燥が滲んでいた。

敵の影は鉄骨の隙間を縫うようにじりじりと距離を詰めてくる。

銃口が複数、彼女たちの位置に向けられ逃げ場を一つずつ奪っていく。

 

青衣は無言で立ち上がり三節棍を構えた。

その横顔には一切の迷いも恐れもなかった。

 

ただ静かに覚悟だけがあった。

 

「……朱鳶」

 

その一言に朱鳶の動きが止まる。

青衣の瞳が淡い光を帯びていた。内部機構が微かに駆動音を発し、彼女の全身を走る人工神経が淡く光を灯す。

 

それはまるで、決意そのものが形を持って現れたようだった。

 

「我が隙を作る。その隙に――ホロウの出口まで走れ」

 

「先輩!?それは……!」

 

「逡巡する時間はない」

 

青衣の声は低く、だが不思議と穏やかだった。

まるでこの混乱の只中に彼女だけが静寂をまとっているかのように。

 

「敵の規模を侮った我らの落ち度だ。外に出て増援を呼んでくれ。我がここで食い止める……!」

 

朱鳶の喉が詰まる。

 

「駄目です!一人じゃ――」と言おうとしたが、言葉は声にならなかった。

 

青衣が一歩前に出る。瓦礫が砕け、響くその音がまるで決別の合図のようだった。

 

周囲の敵が気づき、銃口が一斉に向けられる。

鉄と血の匂いが混じる空気の中、青衣の表情はただ静かだった。

 

「……行くぞ――」

 

その言葉は朱鳶への命令でもあり、己への誓いでもあった。

 

青衣が覚悟を決め、朱鳶を逃がすため前へ飛び出そうとした瞬間――

 

――ガキンッ!

 

地の底から低い軋みが響いた。

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