転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
アンケートもありがとうございました!!!
やっと三章キタ――(゚∀゚)――!!
お前が誰彼構わず口説くせいでタグにガールズラブ付けないといけなくなったんだよ!というキャラが登場します!
後、序盤は珍しいことにちょっとシリアスかも。
主観と客観の大きな差異
新エリー都の外にはホロウ災害の影響で荒廃した“郊外”が広がっていた。
都市とは異なり、エーテルではなく化石燃料の採掘を基盤とした経済圏が築かれている。
焼けた砂原の中――崩れたかつての通信塔を中心に小さな集落があった。
塔の根元ではまだ発電ユニットと水循環装置が稼働しており、その設備を握る暴力団がこの地の支配者となっていた。
名ばかりの自治など存在しない。
全ては支配者たちの許可次第。
奴らは元はエリー都の裏社会にいたならず者たちであり、旧都陥落後に生き延びた者たちを力で従わせてこの荒野に拠点を築いたのだった。
集落からそう離れていない場所には小規模ながらもホロウが存在していた。
支配者である暴力団は日々住民を脅し、適応体質の者をホロウへと無理やり送り込み、エーテル資源や物資を採掘させていた。
薄汚れた防護服を着た住民たちは目だけを覗かせ、恐怖と疲労で生気を失っている。
家族や仲間は人質として捕らえられ、逆らえば即座に罰が下った。
銃声や怒号が日常に混ざり、地獄のようなこの光景も治安局の目が届かぬ土地ではもはや珍しいものではないのかもしれない。
暴力団の連中は住民の命を削って掘り出させたエーテル資源を都市の闇市場を通じて密売していた。新エリー都の企業の一部がその裏取引の恩恵を受けているのだ。
奥まった立地で他の集落からも目立たないことを良いことに、暴力団は何不自由なく日々を謳歌していた。
そんな集落のトップかつ暴力団のボスである男に今回交渉を持ち掛けた人物がいた。
新エリー都で数多の企業を連ねるCEO、エレグ・マックスである。
エレグがこの地を訪ねてきたのは二回目であるが、訝し気にボスである男はエレグを見た。
郊外では見られない高級スーツの裾を砂塵がなぶり、背後に従う護衛の姿はどこにもない。
以前初めてこの地を訪れた際には武装した護衛を数名連れていた。
だが今回は違った。たったひとりで旧工場跡を改造した暴力団の集落監視拠点へと足を踏み入れたのだ。
室内は煙草とオイルの臭いが混ざり合い、天井の蛍光灯はちらついている。
奥のソファに腰をかけていた大柄な男が、葉巻を咥えたまま訝しげに目を細めた。
それがこの集落の支配者、通称“バルク”と呼ばれる男である。
腕には無数の古傷が走り、金属片のようなアクセサリーがじゃらついていた。
「……今日はずいぶんと軽装だな。護衛どもはどうした?」
低く濁った声。
エレグは柔らかな笑みを浮かべながら答えた。
「必要ないと思いましてね。今日はあなたと私だけの話です」
その言葉に場の空気が一瞬重くなる。
周囲に控えていた暴力団の構成員たちが、手にした銃をわずかに構えた。
だがエレグは怯むこともなく足音すら立てずに一歩前へ出た。
エレグは一人薄汚れた室内に立っていた。バルクの部下たちが彼を囲む——輪の外側からは下卑た笑い声と嘲りが渦を巻く。鋼のような視線を向けられてもエレグの顔は淡々としていた。
彼はまるで雑踏に立つ観客のように群れの矮小さを観察しているだけだった。
「以前話しましたが我々は郊外に発電所を作りたいのです」
エレグの言葉は静かだが明瞭だった。
「だが、郊外のどこを探しても受け入れてくれる場所がないのですよ。これが門前払いの連続でね……」
困ったように頭を搔くエレグに対しバルクは嘲りを隠さぬ笑みを浮かべた。灰色の煙がその口元からゆらりと上がる。
「はっ!当たり前だ、あんたら企業の言うことなんざ誰が信用する。金の匂い以外に用があるのかよ」
短く、にべもない断りだった。部屋全体に下品な笑い声が響く。
「ですので私は考えを変えました……」
だがエレグは引かなかった。口元に小さな微笑を残して続ける。
「こちらからお願いに来たつもりはありません。逆です。あなた方には出て行ってもらう」
その声音は世間話のように軽やかで、しかしその中に冷徹さが含まれていた。
一瞬銃座にいる者たちのざわめきが広がる。
「走り屋連盟の輸送網から外れ、住民たちを脅して暴力で統治する拠点……初めてここを訪れたときは驚きました。とはいえ、確かな自治が存在しない土地ではさして珍しいことではないのでしょう。いずれにせよ、郊外の他地域をまとめる組織があなた方に対し好意的でないという事実は非常に都合がよろしい。」
バルクの顔がやや硬直した。侮蔑が怒りに変わり、赤い血がゆっくりとその頬に上る。
「おい、何を抜かしやがる。俺たちを追い出すだと?」
バルクが低く唸り、手で部下を促す。床に並んだ腕が同時に銃を引き上げて銃口がエレグに向けられた。黒光りした銃床が室内の明かりを鋭く切り取る。
「まさか、殺されねえとでも思ってんのか」と誰かが唸る。
怒声と殺気が混ざり合い、部屋はいよいよ火花を散らす寸前だった。だがエレグはまるで聴いていないかのように静かに言葉を落とした。
「確かあなた方は集落の住民が発掘したホロウ資源を資金源にしていますよね。つまり――ホロウがなければあなた方にこの地を占拠する理由もない。そうは思いませんか?」
――ドオオオンッ!!
その言葉が終わらぬうちに遠くから唸り声のような轟音が襲ってきた。続いて建物を震わせる地響き——床が微かに波打ち、蛍光灯がぶらつく。
「な、なんだぁ!?」
全員が驚きのまま同時にそちらを向いた。
窓の外。住民どもを脅し、掘り尽くしてきたホロウの領域に目をやると、そこにあったはずの黒い壁がシャボン玉が割れたかのように消えてなくなっていた。
「…………は?」
バルクが呆然と呟く。
息が詰まったように言葉が途切れる。混乱が一気に広がった。通信端末を取り出す者、外へ駆け出す者、誰もが現実を確かめようとする。だが視界にあるのは空虚と粉塵、それと広い更地だけだった——ホロウそのものが消えていたのだ。
その混乱の只中でエレグは冷たく、そして皮肉めいた笑みで言い放った。
「ああ……、偶然にもあなた方の活動の要であったホロウが突如消失してしまうとは……!その喪失は受け入れがたく、決して言葉で慰められることじゃないでしょう……!ですが言わせていただきたい!
わざとらしく仰々しい身振り手振りで心にもないことを連ねるエレグ。
理解が追い付かないが此方を心底舐め腐っていることは理解できた。
「さて、このままでは余りに哀れだ……お引っ越し費用はこちらで負担いたしますよ。元集落の長、バルクさん」
まるで交渉の終盤に差し出される小切手の一枚でも渡すような口調だった。
その言葉を聞いた瞬間、バルクのこめかみがビキリと動き、理性が急激に溶けていくのを感じた。
数秒の静寂。
葉巻の灰がぽとりと床に落ち、ぱち、と小さく弾けた音がやけに耳に残った。
そして怒りが爆ぜた。
「……ああ?」
低く掠れた声が次第に膨れ上がっていく。
バルクは重い身体をソファからゆっくりと起こし、エレグを睨み据えた。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、頬の血管が浮き上がっている。
「てめぇ……今、なんつった?」
椅子が軋む。床板が軋む。
立ち上がったバルクの巨体がまるで天井を圧迫するかのようにのしかかった。
「俺たちの“生き場”を潰しておいて、ご愁傷さま?……ふざけんなッ!!」
怒号と同時に拳がテーブルを叩き割った。
古びた鉄製の天板がねじれ、灰皿が宙を舞い、煙草の灰が吹き散る。
その勢いで周囲の構成員も一斉に動いた。
銃の安全装置が次々に外され、乾いた金属音が部屋中に響く。
何をしやがったのかは分からない。しかし思考は目の前のクソガキを殺すことに染め上げられていた。
「やっちまえッ!!こいつを砂に埋めろ!!」
咆哮が飛んだ瞬間、数挺の銃口が一斉に火を噴いた。
しかし――弾丸が届く前にエレグの口元にはすでに笑みが浮かんでいた。
最初は誰も気づかなかった。だが次の瞬間空気が弾け、エレグの皮膚の上で小さな電光が踊った。
「残念ですね」というエレグの声と同時に、その体から火花が迸った。
火花は単なる蝋燭の火ではなかった。冷たい青白い閃光が空間を切り裂くように飛び、
――周囲にいるもの全てを飲み込んだ。
ーーーーーーーーー
夜が明けるたび、誰もが息をするように絶望していた。
この集落での暮らしは地獄そのものだった。
朝になれば殴打の音で目を覚まし、夜になれば銃声と悲鳴を子守唄に眠る。
水は濁り、食糧は足りず、病人が出ても助けはない。
暴力団の連中が気まぐれに取り立てに来るたびに誰かが殴られ、誰かが連れ去られた。
ホロウへ徴発された者はほとんど戻ってこない。
戻ってきたとしても浸食に侵され、何かを喪ったような顔をしていた。
それでも明日には別の誰かが代わりに連れて行かれる。
ここでは死も、罰も、呼吸の一部のように当たり前だった。
逃げようとした者もいた。
夜の闇に紛れ、集落の外れへと走った夫婦の話を今も覚えている。
二人は幼い子を残したまま金網を越えようとしたが――監視拠点の照明が一斉に灯り、サーチライトが砂塵を貫いた。
次の瞬間銃声が響き、砂の上に倒れた影が二つ。
翌朝には広場の杭に吊るされた遺体が晒された。
「裏切り者の末路だ」と笑いながら暴力団のボス、バルクが見せしめにしていた。
幼い子どもはその場で泣き叫び、誰も近づけなかった。
それ以降逃げようとする者はいなくなった。
声を上げても無駄だと知っていた。
希望を抱くことはただ自分を痛めつける行為に過ぎなかったからだ。
今日も変わらずこの地獄の中を生き続ける。
夜明けの光がまだ砂塵に霞む頃、集落の広場にはいつものように沈んだ空気が漂っていた。
暴力団の連中が銃を片手に並び、怯えた顔の住民たちをホロウへと送り出していく。
薄汚れた防護服の背中に番号が記され、列を外れようとする者は容赦なく殴りつけられた。
「早く行け!今日中にエーテル結晶の予定採掘量を掘り下げろ!」
怒号が響くたび、誰もが小さく肩をすくめた。
やがて徴集の列がホロウの方角へと消えていき、残された住民たちはそれぞれの小屋に戻ろうとした――その時だった。
――ドオオオンッ!!
地の底から唸るような轟音が響いたのと同時に”突風”が吹き荒れた。
足元の砂が跳ね上がり、建物の壁が軋む。立っていられなくなった住民たちが次々と身をかがめ、悲鳴が風にかき消された。
「――うわあああ!?」
「っ!?一体何が………え?」
やがて風が止み、砂塵が静まる。
一瞬誰もが地震かと思い顔を上げた住民たちは、次の瞬間言葉を失った。
「……ホロウが、ない?」
誰かの震える声が静寂の中に溶けた。
いつもそこにあったはずの黒い壁――ホロウの境界――が、まるで最初から存在しなかったかのように跡形もなく消えていたのだ。
闇のように沈んでいたその領域が今は白い砂と岩だけを晒している。
「そんな……バカな……」
「どういうことだ……あそこが、ホロウだったんじゃ……」
戸惑いと恐怖が交錯し、住民たちは次々と建物の外に出てきた。
集落にいた暴力団連中も慌てた様に監視拠点へ向かっていった。
だが安堵する暇もなかった。
次の瞬間、集落の中心から少し離れた高台――暴力団の拠点の方角が突然真昼のように輝いた。
空が裂けるような光。
雷鳴の轟きが鼓膜を突き破るほどの衝撃で大地を揺るがす。
「――っ、目がっ!」
「な、何が起きてる!?」
誰もが思わず目を覆い、砂をかぶりながら伏せた。
しばらくして耳鳴りの中で光が収まり、恐る恐る顔を上げた者たちが目にしたのは――
見るも無残な瓦礫の山であった。
つい先ほどまで威圧的にそびえていた鉄骨の塔も、バルクたちが占拠していた旧工場も跡形もなく崩れ、残骸の間からは黒い煙が立ち上っていた。
「……監視拠点が……壊れ……?」
住民たちは言葉を失い、誰もが信じられないという顔で立ち尽くした。
やがて一人、また一人と足を動かし広場へと集まってくる。
互いに顔を見合わせ、答えのない問いを交わしながら。
「……終わったのか……?」
「いや、でも……誰が……」
「まさか……神罰ってやつか?」
ざわめきが広がる。
長い間、銃と暴力で押さえつけられていた喉の奥からようやく言葉が零れ落ちる。
恐怖と希望が入り混じったその声はまだ確信には至っていなかった。
ただ、誰もが感じていた。
――あの支配が終わったのかもしれない、と。
やがて風が吹き抜け、焼けた砂の上に朝日が落ちた。
黒い壁のあった場所から吹き込む風は奇妙なほど澄んでいて、どこか懐かしい匂いがした。
やがて、地平の向こうから砂煙が立ち上った。
その中を進んでくる影がいくつも見えた。
光を反射する銃火器に整然と列を組む武装隊――その先頭には体格のいい長身の指揮官らしき男と上等なスーツを着た青年が並んでいた。
彼らは荒野に残された住民たちを威圧するでもなく、むしろ迷子を迎えるように静かに近づいてきた。
武装隊の数人が手際よくテントを張り、負傷した者たちを手当てしている。
ホロウの発掘に連れて行かれた住人も武装隊に連れられ、疲れ切った顔で戻ってきていた。
誰もが呆然とそれを見ていた。
あの暴力団たちが消え、今度は別の軍靴が踏み込んできた――
それが何を意味するのかを住民たちは本能的に理解していた。
新しい“支配者”の到来。
それ以上でもそれ以下でもない。
やがて銀髪の青年、エレグが中央の広場に立ち、住民たちを見渡した。
砂塵の中に立つその姿は冷たくも清潔でどこか現実離れしていた。
声は不思議とよく通り、周囲のざわめきが自然に静まっていった。
「集落にお住まいの皆様、初めまして。私は新エリー都から参りました。ささやかながら事業を営む者――エレグ・マックスと申します。突然のご挨拶で恐縮ですが、これよりこの地に新たな発電施設を建設する計画があります。そこでお願いがあるのですが……その実現には皆さんのお力添えがどうしても必要なのです……!」
彼の言葉は簡潔でよく練られていた。
まるで演説のようでもあり祈りのようでもあった。
「我々の目的は支配ではありません。共に協力し、この地を再び機能させることです。あなた方の尊厳と労働の対価を正当に守ることをここに誓います!」
風が静かに吹き抜けた。
誰もがその言葉の意味を咀嚼できずにいた。
――暴力ではなく、誓い?
――命令ではなく、お願い?
嘘だと心のどこかで思った。
後ろに控える武装隊を使えばたとえ何百人いようと私たちなど一瞬で黙らせられる。
それでも彼はそうしない。
この青年は――なぜこんなにも真っすぐに“私たち”を見ているのだろう。
気づけば胸の奥が熱くなっていた。
怒りでも恐怖でもない。
久しく忘れていた感情。
視界が滲み、頬を伝うものを手で拭っても止まらなかった。
泣く理由など分からない。
ただ彼らの視線が自分たちを“人間”として見ている――そのことだけが胸を突いた。
砂にまみれた集落の朝に初めて風が優しく吹いた。
それはまるで長い夜が終わりを告げる合図のようだった。
ーーーーーーーーー
そして場面は変わり、新エリー都の共生ホロウへ――
かつての高層商業タワー『バレエツインズ』はホロウ災害によって飲み込まれ、その輝かしい面影を失った。
今では「怨霊が出る」「灯りが点滅する」といった噂がネットでまことしやかに囁かれている。
新エリー都の市長はラマニアンホロウの活性低下による共生ホロウの縮小と共にビルの価値が向上すると踏み、手付金を振り込んだ。だが最近になって活発化した心霊現象が最大の障害となった。
投資した建物が事故物件となることを危惧し、“メンテナンス調査”という建前のもと、市長はヴィクトリア家政に原因究明を依頼したのである。
内装は綺麗だが薄暗く、霧が立ち込めている。
立ちこめる冷気がまるで噂に聞く幽霊の気配を思わせた。
照明の明滅が誰かの瞬きのように廊下を照らしたり、闇に沈めたりする。
先頭を行くのはヴィクトリア家政執行責任者、狼執事フォン・ライカン。
その後ろにメイド長アレクサンドリナ・セバスチャン(通称リナ)、そしてメイドたち――クロエ・ナイツ、カリン・ウィクス、エレン・ジョーが続く。
ーーーーーーー
廊下の奥から吹く冷気に私は思わず小さく身をすくめた。
空気がひやりと肌を刺し、吐いた息が白く漂っては、すぐに霧の中へと溶けていく。
このビルの中はこんなに綺麗なのに――どうして、こんなに寒いんだろう。
そんな疑問すら胸の奥で凍りついていく気がした。
「うう……ここ、本当に誰もいないんですよね……?」
自分でも情けないほど震えた声が静まり返った廊下に吸い込まれていく。
その時、前を歩いていたクロエさんが振り返った。
彼女は私より少し年上の、ヴィクトリア家政の先輩メイド。
深い黒髪は照明の明かりを受けるたび、夜の波のように光を返す。
整った顔立ちと、どこか遠いところを見つめているような静かな瞳――見とれてしまうほどの美しさだった。
けれど、ただ綺麗なだけじゃない。
姿勢ひとつ、手の動かし方ひとつまで全てに気品が宿っている。
たとえこの薄暗い廊下でも、クロエさんの存在だけが周囲の空気を凛と澄ませているように思えた。
明滅する灯が彼女の背を照らす。
ふわりと光が掠めた瞬間――そこに夜の闇を思わせる二枚の翼が現れた。
黒曜石のように艶やかで、羽の先がわずかに光を弾く。
風もないのにまるで生きているかのように微かに揺れた。
(……きれい……)
カリンは息を呑む。
人の形をしていながら人ではない何か。その神秘さが怖いほどに美しかった。
「……怖いなら、手でもつないで歩きましょうか?カリンちゃん」
「……えっ!」
微笑みながら差し出されたその手の仕草があまりに自然で、私は言葉を失った。
温かさよりも先に胸の奥がじんわりと熱くなる。
一瞬ためらったがクロエさんの表情の奥にわずかな気遣いの色を見て、「え、えっと……し、失礼します」とおずおずと手を取った。
冷たい指先だったけれど不思議と安心できた。
凍えるような空気の中で、その手だけが確かな温度を宿している気がする。
冷たくも優しい――まるで氷の中に灯りがともるような感触。
指先から伝わるぬくもりに恐怖の輪郭がほんのわずかに薄れていった。
それは恐怖を消し去るほど強くはないけれど、闇の中を歩くための小さな灯火のようにカリンの胸を静かに照らしていた。
そんな二人のやりとりに、最後尾のエレンが小さくため息をつく。
「……テンション高いね。心霊調査って、こういうノリで行くもんじゃないと思うけど」
ピンクのインナーカラーが入った黒髪のショートが揺れる。
彼女は無表情のままスマホの画面を親指で滑らせていたが、その視線は確かにクロエさんの背中を追っていた。
気づかないふりをしているだけ――そんな気がした。
「エレン、勤務中ですよ。スマホは仕舞いなさい」
ライカンさんの低く柔らかな声が霧の中に響く。
狼耳の影が照明の光を受けて揺れ、その立ち居振る舞いはいつもながら隙がない。
エレンさんは不機嫌そうにぼそりと呟く。
「五人もいるし別にあたし一人いなくても変わんないって、ボス」
クロエさんはそんな彼女を見て、少しだけ眉を下げた。
その仕草だけで空気がふっと柔らかくなる。
「エレンちゃん、そんな寂しいこと言わないでください。私、エレンちゃんと一緒にこの仕事がしたいんですよ。……一緒に頑張りましょう?」
そう言ってクロエさんはほんの少し微笑んだ。
闇の中で、それはまるで淡い光の花が咲いたようだった。
「あー……うん」
エレンさんが何か言い返そうとして結局口を閉じる。
顔をそらした彼女の耳の先がほんのり赤い気がした。
――やっぱり、この人はずるい。
カリンは小さく息を呑んだ。
黒髪がふと揺れ、明滅する灯がクロエさんの横顔を照らす。
気品と優しさとどこか無防備な温もりが同居したその顔。
どれだけ冷たい場所にいても、この人だけは“春”みたいに見えてしまう。
そんなふうに思ってしまう自分が少し情けなくて、それでも視線を逸らすことができなかった。
やがてカリンがぽつりと呟いた。
「……こうして皆さんと一緒に任務に来てると、なんだか、自分だけ浮いてる気がするんですよね……」
「浮いてる?……どうしたのですか、カリンちゃん」
リナさんが振り返り首を傾げる。その声音には母親のような優しさがあった。
「いえ、その……皆さんみたいに落ち着いてないし……私なんて怖がってばかりで……」
言いながら、カリンはクロエの手をぎゅっと握った。
手のひらの中で肌がわずかに震える。
「私、ちゃんと役に立ててるのかなって……」
その言葉にエレンさんがちらりと視線を寄越した。
「別に、怖がるのは悪いことじゃないでしょ。カリンちゃんだって真面目で頑張ってるじゃん」
「そ、そうですかね……?」
「そうですわ」
リナさんが穏やかに続ける。
「カリンちゃんは自己評価が低いだけでとても立派なメイドですわ。自信を持ってくださいな」
二人の言葉にカリンの心の中の重りが少し軽くなった気がした。
その時だった。
「――カリンちゃん」
隣を歩いていたクロエさんがふと静かに口を開いた。
此方を見つめる彼女の瞳は深く、夜の湖のように澄んでいる。
「カリンちゃんは――とてもかわいいですよ」
「えっ……?そ、そんな……!な、何を急に……!」
思わず声が裏返る。
此方を見ていたリナさんが目を丸くし、エレンさんが小さく息を呑むのがわかった。
けれどクロエさんはいつもの調子で首を傾げ、静かに微笑んだ。
「急ではありませんよ。……いつも思っていました」
その声は驚くほど柔らかかった。
淡々としているのに不思議と心臓の奥をくすぐる。
彼女にとってはただの事実を口にしただけなのかもしれない。
それなのにカリンの胸は焼けるように熱くなっていた。
「……もしよろしければ、次のお休みの日に――デートしませんか?」
「……はぇ?」
時間が止まった。
言葉の意味が理解できるまでに数秒かかった。
「服屋さんや、化粧品店にも行って……」
クロエさんの声は上質な絹が触れるように優しい。
その表情が、いつもの無表情からゆっくりと解けていく。
――氷の中で花が咲くように、淡く、儚く、それでいて圧倒的に美しい笑み。
「私はカリンちゃんをいっぱいおめかししたいです。そうすれば、きっともっと自信だって……ね?だめですか?」
その瞬間、クロエさんはそっと歩み寄り、私の手を包み込んだ。
細くて繊細で、けれど意外なほど温かい指。
その距離は息が混じるほど近い。
クロエさんから漂う香り――花のような甘さと金属のような清潔な冷たさが混ざり合い、カリンの頭の中をふわりと霞ませる。
「~~っ!」
頭から蒸気が上がるような勢いでカリンは顔を真っ赤に染めた。
「な、なんでそんな近――!」
クロエさんはただ微笑んでいた。
自分の行動がどれほど破壊力を持つのかその自覚がまるでない。
それがまた彼女の一番恐ろしいところだった。
エレンさんはあきれたようにため息をつき、「……クロエさん、無自覚で殺しにかかるのやめて」とぼやいた。
だがその声の奥には微かな
リナさんも口に手を当て、小さく笑いながら頬をわずかに染めている。
「まあ……クロエは本当に……罪深い方ですわね」
けれどクロエさん本人はただ無邪気に首を傾げるだけ。
「……もしかして何かおかしかったでしょうか?」
――まるで天使のように純粋な笑顔で。
カリンはそんな彼女を見上げながら、この人に恋してしまう理由を理解した気がした。
彼女の柔らかな笑みに空気が一瞬甘く溶けかける。
「……ぅヴんっ!ご歓談中失礼……ですが、そこまでです」
低く穏やかだが有無を言わせぬ声が響いた。
ライカンさんだった。
彼は長身をわずかに傾け、全員を見回す。
その動きひとつに執事としての威厳と鋭さが宿っている。
狼耳がわずかに動き、照明の光を受けて銀色の毛並みが光った。
「クロエ、任務中ですよ。皆さんも……気を抜かないように。ここは噂だけでなく実際に異常が報告されている建物です」
その声は静かだったが、確かに場の温度が戻った。
一瞬にして全員の意識が現実へと引き戻される。
クロエは「はい」と小さく返事をして手を離した。
カリンの掌に残る温もりが現実の冷気と対照をなし、痛いほど際立った。
ライカンさんは深く息をつきそっと額を押さえる。
「まったく……」
その表情には呆れとそれ以上の複雑な感情が混じっていた。
長年の付き合い――幼いころからクロエを妹のように見守ってきた彼にとって、この“人たらしの天使”の奔放さは、時に心臓に悪い。
悪気がないのは分かっている。
誰より純粋で、まっすぐで、嘘をつかない。
だが……それが一番危うい。
彼女の一言で、美貌で、どれだけの者が心を奪われてきたか――ライカンは知っている。
「……任務に集中しましょう」
わずかに声を低くして告げるその響きには、執事としての厳しさと“兄”としての優しさが同居していた。
その背中を見ながらカリンはそっと息をつく。
――ライカンさんだけは、クロエさんの光に焼かれずにいられる人なんだ。
尊敬と憧れの眼差しを向けながらそう思ったが、ライカンのわずかに揺れる尾を見て、
……いや、もしかして違うのかもしれないと小さく思い直した。
ーーーーーーー
その後のクロエさんの切り替えは驚くほど自然だった。
いや……彼女にとっては“先程の発言”も“任務の態度”も、もともと地続きなのだ。
ただ今のクロエさんは――微笑を消し、執務中の貴族のように静かで整っていた。
薄暗い廊下を進みながらクロエさんは壁や床に指先を滑らせていく。
灯りが彼女の黒い翼を柔らかく照らすたびに羽根の一枚一枚がかすかに光を弾き返す。
その仕草はまるで祈りのようで見惚れてしまうほど静謐だった。
「この壁……古いひびに混じって新しい傷があります」
クロエさんが小さく呟いた。
ライカンさんがすぐに反応する。
「新しい、とは?」
「ええ、ここだけ粉塵がまだ残っています。崩落ではなく……おそらく人為的な衝撃です」
彼女は膝をつき、傷跡に指を滑らせる。
爪先で少しだけ粉をすくい取り、光に透かして見た。
「数時間前……いえ、長くても一日以内。つまり――」
クロエはゆっくり立ち上がり翼をわずかに広げた。
羽根が擦れる音がひとつ。
それだけで空気が研ぎ澄まされる。
「――既に、“お客様”がお越しになっているようです。」
その言葉が響いた瞬間、全員に警戒の色が浮かんだ。
彼女の声には確信があった。
何かを“見通している”ような静けさと凛とした強さ。
「成程……お見事です。クロエ」
ライカンの声は落ち着いていたがわずかに誇らしげでもあった。
幼い頃からずっと見守ってきた妹のような存在――
だが今、目の前にいるのは誰よりも優秀な探索者だった。
「ライカンさん」
クロエさんが振り向き、柔らかく微笑む。
黒い翼がまるで呼吸するようにゆっくり動いた。
「キャロットが古く、ホロウ内の構造が異なっていました。しかしデータ収集によりこの辺りのある程度の裂け目の位置は把握しました。ここを抜ければアトリウムへより早く到達できるはずです。どうやらお客様もこの先におられるようですので、早急にお迎えにあがりましょう。」
その言葉にリナさんが目を丸くする。
「まあ、そんなことまで分かるのですか……?」
「ええ、ある程度データが揃えばおのずと道筋が見えてきます。最近ご縁のある方に少し教わったのですが……私なんてまだまだ未熟者です。」
クロエさんは何気なく言った。
まるで朝の天気の話でもするかのように。
カリンは思わず息を呑んだ。
同じメイドのはずなのにこの人はまるで“熟練のプロキシ”のようだ。
……ヴィクトリア家政の面々が与り知らぬことであるが彼女はプロキシとしての経験を
しかし、皆は単純にクロエの技術に感心していた。
「……本当に頼もしいです」
思わず口にした言葉は自然と漏れたものだった。
クロエさんわずかに笑った。
その笑みは先ほどの柔らかいものと違いどこか誇りを帯びている。
「皆さんに頼ってもらえるのは本当に嬉しいです……」
その一言に胸の奥がまた熱くなる。
――ああ、この人はやっぱり特別だ。
そう思いながらカリンは武器を持つ手を少しだけ強く握り直した。
ビルの中に漂う冷気の中、クロエの翼だけがまるで光を宿すように黒く艶めいていた。
ーーーーーー
クロエさんの報告を受けてから私たちは慎重に進んでいた。
瓦礫の積もる廊下を抜けた。そのとき――微かな足音が建物の中に響いた。
「……今の、聞こえた?」
エレンさんが足を止める。
スマホを閉じ、鋭い目で暗闇を見据える。
すぐにライカンさんが低く呟いた。
「……入口側からのようですね」
その言葉を聞いた瞬間、全員の空気が張り詰めた。
このビルは私有地。
ご主人様から“来客の予定”は聞いていない。
つまりここに足を踏み入れた者は想定外の存在ということだ。
「クロエ……確認していただけますか?」
ライカンさんの声にクロエさんは静かに頷いた。
次の瞬間、彼女の黒い翼がほとんど音を立てずに広がる。
そのままクロエさんは目を閉じ、ほんの数秒だけ呼吸を止めた。
まるでビル内を僅かに漂う
暫くしてクロエさんは口を開いた。
「……間違いありません。扉が外から押されました。しかし――“新しいお客様”のようです。人数は四名様です。内二名様は知能機械人とボンプと思われます。」
淡々とした報告がされる。
けれどその冷静さが逆に心強かった。
「お客様……ねぇ、まさか霊とか言わないでよ」
エレンさんがぼそりと呟き背筋がひやりとする。
誰も冗談で返す余裕はなかった。
クロエさんがすっと立ち上がる。
黒い髪が揺れ、外の光を受けて淡く光った。
「まずは入口からお越しになったお客様を確認しましょう。このまま奥へ進むよりも状況を把握することが先決です。」
ライカンさんがうなずき、手で指示を出す。
「わかりました。リナ、背後から回り込むように……。カリンとエレンは後方で待機をお願いします。」
「は、はいっ!」
「りょーかい」
声が少し裏返ったが今は恥ずかしがっている場合じゃない。
クロエさんの後ろ姿を見送りながら私は武器を構えた。
暗闇の中、彼女の背に広がる黒い翼が光を遮りながらもどこか神々しく見えた。
――まるで夜の守護者のように。
コツ、コツ、と彼女が階段を下りる足音が重なっていく。
空気が舞い上がり、長く閉ざされていた空間が目を覚ますようだった。
(いったい、誰が……?)
胸の鼓動が速くなる。
けれどその前を歩くクロエさんの背中は微動だにしなかった。
たとえどんな“お客様”であっても彼女は必ず正面から迎える――そんな確信があった。
「……お兄様」
クロエが振り返り静かに告げた。普段仕事中はお兄様ではなくさん付けでライカンさんを呼んでいる彼女があえてそう呼んだのだ。
「いざという時は皆を守ってください。
「……分かっている。無茶はするな、クロエ」
ライカンさんの声にはいつもの口調と異なり、妹を案じる優しさと仲間を信じる強さが混ざっていた。
クロエは微笑む。
「ええ。でも、“おもてなし”は得意ですから」
――その瞬間、ホールで何かが軋む音が響いた。
全員が一斉に身構える。
そしてクロエが静かに翼を広げながら一歩前へ出た。
「ようこそお越しくださいましたお客様。本日はどのようなご用件でお越しでしょうか?」
黒い羽根が夜気を裂き、その姿はまるで闇に舞い降りた天使のようだった。
<ホロウ消失イリュージョンの種明かし!>
まず部隊を送り込んでホロウ内の人々を保護し、避難を完了させます。これを怠ると非常に危険なので、取りこぼしなく慎重に行いましょう……!
後はとても簡単です。その部隊の指揮官をホロウの中に入れます。(別組織の戦闘員を掛け持ちしている人物が望ましいです!)
するとあら不思議、ホロウが消えてしまいました。種も仕掛けもありません。
後は出来立てほやほやの更地に発電所でもなんでも建ててみましょう……!
みんなも是非やってみてね!