転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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感想並びに誤字報告ありがとうございます!

やっとの表登場だよ!一体彼女は何話ぶりなのだろうか……



第4章
有事の際、信頼の積み重ねが非常に重要ってこと


 

薄暗い室内には清潔に整えられた白いベッドとその傍らに整然と並ぶ点滴や各種計測機器の冷たい光が淡く反射していた。

 

「………」

 

少女は静かに眠る男の顔を見つめていた。その瞳には恐怖や不安だけでなく、かすかな痛みや戸惑い、そして複雑に絡み合った感情が揺れていた。

 

男は意識を失い、微動だにせず横たわっている。呼吸だけがかすかにリズムを刻む。

 

「本当に……本当にこいつは、エーテリアスになったの……?」

 

少女の小さな声は期待と恐れ、安堵と疑念が入り混じった響きを帯びていた。今の彼女にとってこの男は非常に複雑な存在である。しかしもう会えないと思っていた大切な人。だからこそ言葉にできない感情が胸の奥で絡まり、声にわずかに震えを生んでいた。

 

その背後には気配をほとんど消した知能機械人が控えていた。鋼鉄の装甲に包まれた人型の体。その背にはサソリのような尻尾が不気味なまでに静かに揺れている。

 

少女の呟きに応じるように低く響く声がエフェクト混じりに返った。

 

「ああ……恐らくエーテリアスから戻ることのできた初めての人間だ。意識が戻らないのは投与した薬が初期のものであることと、あまりにも不確定要素が絡み合った結果だと私は考えている。今は詳しいことを調べるために経過観察と延命を続けている。……すまないが彼が目覚めるかどうかは保証できそうにない」

 

少女はその声に静かに頷いて目を伏せながら、しかし確かな決意を込めて答えた。

 

「別に、気にすることはないぞ……。会わせてくれただけでも十分に感謝してる……」

 

呼吸音と機械の電子音が室内に響く中、少女は男の手にそっと触れた。その指先に伝わる微かな温もりが喜びと胸に込み上げる切なさを同時に刺激する。

 

複雑な思いを胸に少女はただ見守るしかなかった。

 

「あたし、今一人じゃないぞ……。信頼できる仲間がいるんだ……」

 

外の世界の喧騒とは切り離された空間。だが、その静寂の奥にはまだ見ぬ未来の兆しが微かに光を帯びて揺れていた。

 

少女の心もまた、その光に揺れていた。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

マオは今日も、自身の身長ほどもある巨大なバックパックを背負い郊外に点在する小さな居住地を一軒ずつ回っていた。

 

薬の訪問販売と簡単な検診、それが彼女の日課である。

 

最初の内は「都市から来たよそ者」として警戒されていたマオ。

 

しかし薬師としての確かな腕とほとんど原価を割るような値段で薬を分け与える献身的な姿勢は次第に人々の心を解いていった。

 

特に生活の苦しい町にとって、彼女のような存在は救いだった。

 

金の心配をせずに薬を手に入れられる。

 

そのことだけでも危険と隣り合わせの郊外で、どれほどの命が救われてきたか誰もがよく知っている。

 

年月が経ち、マオはすっかり郊外に馴染んだ。今では郊外の多くの町で「マオ先生」と呼ばれ、親しみを込めて迎えられる。

 

 

「はい、この薬を朝と夜に一回ずつに。食後に飲むのを忘れないでくれ」

 

落ち着いた声でそう言いながら、マオは住民の女性の手に小さな瓶をそっと渡した。

 

「それからこちらは日焼け止めだ。郊外の日差しは強いから外に出る時に少しだけ塗るように。肌が荒れやすい方にも使えるからな」

 

「え、そんなのまで……ありがとうございます」

 

「いやいや、気にしないでいい。みんなが使ってくれた方が私もうれしいから」

 

 

道の向こうでは酒瓶を手に笑い合う男たちの声が聞こえる。

 

マオは肩をすくめながら歩み寄り、軽く眉を上げた。

 

「はあ、また飲んでるのか。娯楽が少ないからとはいえ、ほどほどにしておかないと肝臓が泣きますよ」

 

「おお、こりゃあマオ先生!……へへ、すいやせん。先生の説教は薬より効くなぁ」

 

「なら次に会うまでに少しは控えておきなさい。効き目が薄れるから……」

 

 

そして子どもたちが列を作って薬を受け取ると決まって誰かが顔をしかめる。

 

「苦い~!」

 

マオは苦笑してしゃがみ込み、目線を合わせた。

 

「郊外は砂が多いから喉や肺が弱りやすいんだ。元気に過ごすためにも薬は大事だよ。舌の上に乗せずに水で一気に飲み込むと苦くないから試してごらん」

 

「……ほんとだ! 苦くない!」

 

「だろう?上手にできたな」

 

こうしてマオは今日もひとつひとつの町に薬と笑顔を届けていく。

生活に余裕のない人々の中で彼女の存在は小さな灯のように受け止められていた。

 

 

いくつかの集落を回り終え、診察と処方を終えたマオは住民たちの感謝の言葉に丁寧に頭を下げながら街外れの道を歩く。

夕陽が傾く頃、遠くに砂埃を上げて一台のバイクが近づいてくる。

 

本日の彼女の護衛を務める用心棒、ライトだ。

 

マオはその姿を見つけて、小さく手を振った。

 

「お待たせ。……すまない、ずいぶん待たせてしまった。こっちは無事に終わったよ」

 

やがてマオの足元で止まったバイクから降りたライトは彼女を労わるように声を掛ける。

 

「なに、気にすることじゃない。お疲れさまだな、先生。今日もずいぶん回ったようだ」

 

「先生って……まあ、ちょっと足が棒になりそうだけど……みんな元気そうで何よりだったよ」

 

マオは笑いながら巨大なバックパックを軽く叩いた。

 

その中には調合した薬や道具、そしていくつかの頼まれ物がぎっしりと詰まっている。

 

ライトはバイクを少し支えながら、心配そうに彼女を見やった。

 

「……無理しすぎないでくれよ。あんたが倒れたらこの辺り全部が困るからな」

 

「ふふ、それは大げさだな。でも、ありがとう」

 

郊外は、荒野の各地に点在する町々を『走り屋連盟』による輸送網が繋いでいる。

 

マオはどの派閥にも属していないが、今はその連盟の一派『カリュドーンの子』が拠点を置く町、ブレイズウッドに住んでいる。

 

ライトもカリュドーンの子の一員であり、彼女の護衛役を務めていた。

首領のシーザー、財務と交渉を担うルーシーの二人が「マオを放っておくと薬より先に自分が擦り切れそうだから」と心配してライトに護衛を頼んだのだ。

 

「まったく、ルーシーも心配性だな……。ライトも断ってもいいんだぞ?なんでも安請け合いしてるから雑用に間違われるんじゃないか?」

 

「おっと、それは耳が痛いな……」

 

ライトが苦笑する。

マオは風に揺れる髪を押さえながら目を細めた。

 

「……でも君がいてくれて助かってるよ。途中で荒くれ者の集団に襲われてもチャンピオンが隣にいるだけで蜘蛛の子を散らすように逃げていく」

 

「それくらいしか取り柄がないもんでね」

 

「嘘つきなよ。ルーシーにサポートとして色々扱き使われてるくせに……。ま、戻ろうか。今日の分の報告もしないとね」

 

ライトは頷き、バイクのエンジンをかけた。

赤く染まる空の下、二人の影が長く伸びる。

郊外の風は乾いているが、どこか優しかった。

 

赤く染まる空の下を、ライトのバイクがゆっくりと走っていた。

マオは後ろの座席に腰を下ろし、巨大なバックパックを抱えたまま、遠くに連なる砂丘を眺めている。

 

しばらく沈黙が続いた後、ライトがぽつりと口を開いた。

 

「そういや先生――」

 

「今は君と二人きりだ。マオでいいよ」

 

「……マオ。正直に言うと、ちょっと申し訳ない気がしてるんだ」

 

「申し訳ない?」

 

「ああ。最近、カリュドーンの子は連盟の中で扱いが悪くて、マオがうちに関わってくれてることで余計に目をつけられてる気がしてな。俺みたいな新参者でも、大将とルーシーも気にかけてるのは分かる。マオが郊外を回ってるのは俺たちのためでもあるんだろ?」

 

マオは少しだけ目を丸くし、それからふっと笑った。

 

「気にしなくていいよ、ライト。私はどこの派閥にも属していないし、これまで通り郊外を回るだけだ」

 

「でもな……薬を用意するのだって馬鹿にならないだろ?それを原価割れで、郊外のほとんどで売りつけるなんて……」

 

マオは風に吹かれる髪を押さえながら静かに言葉を返した。

 

「利益がなくても問題はないさ。実を言うと、新エリー都の”ある大企業”にいくつか特許を売ってあるんだ。困らないくらいの蓄えもある」

 

「そんなことまで……」

 

「だから私は、ただ自分のやるべきことをやってるだけさ。それに、これはまるっきり無償ってわけでもないんだよ」

 

「………?」

 

ライトが横目で振り返ると、マオは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「郊外のみんなから“信頼”をもらってる。それが一番の報酬だ。薬師としてそれ以上のものはないからな」

 

ライトは何も言わず、少しだけ速度を落とした。

砂煙の中、バイクのエンジン音だけが荒野に響く。

マオの笑顔や言葉に少しだけ心を揺さぶられている自分を、彼は認めざるを得なかった。

 

「……ほんと、あんたって人は強いな」

 

自然と漏れたその言葉にマオは首を横に振り、目を閉じる。

 

「強くなんてないさ。ただ、選んだ道を歩いてるだけ。……ライト、君は今、私を無欲な人間だと思っているだろう?」

 

ライトは一瞬きょとんとし、苦笑した。

その苦笑の奥にほんの少しの照れと自分でも認めたくない微かな感情が隠れていた。

 

「まあ、そりゃあ……」

 

「“信頼”というのはね、本当に重要なものなんだ。()()()()()()()()()()()

 

「……?そうか」

 

二人を乗せたバイクはやがてブレイズウッドの灯りを目指して進んでいった。

夕闇に溶けていくその背中を郊外の風が優しく撫でていく。

 

ーーーーーー

 

夕陽が沈みきる前に二人を乗せたバイクがブレイズウッドの町に差しかかると、集会所の前が妙にざわついているのが見えた。

 

普段なら穏やかな笑い声が聞こえるはずの場所で今日は誰もが緊張した面持ちだ。

 

「……様子が変だな」

 

ライトが速度を落としながら眉をひそめる。

 

やがて二人の姿に気づいたバーニスが駆け寄ってきた。

 

「マオ!ライト!ちょうどよかった~!ちょっと早くこっちに来て欲しいの!」

 

いつも通り底なしに明るい彼女の背後では首領のシーザーとルーシーが誰かを囲んでいる。

マオが駆け寄ると地面に横たえられていたのは血の気の失せた中年の男だった。

 

服は破れ、身体のあちこちに擦り傷がある。

 

「……っ!こいつは……確かパールマンじゃないか?治安局が指名手配してるはず……」

 

マオが膝をついて状態を確かめると、ルーシーが険しい表情のまま答えた。

 

「ええ、郊外の北側に墜落した都市の飛行船のそばで拾いましたの。命があったのが奇跡と言ってもよろしいくらいでしたわ」

 

「都市の飛行船が……墜落だと?」

 

ライトが思わず声を上げる。

 

シーザーが腕を組み、短く頷いた。

 

「まだ詳しいことはわからねぇが意識を失う前に妙なことを口走ってやがったな……『黒幕を知っている』とかなんとか」

 

「何か面倒ごとの予感がするな……」

 

ライトの声が低くなる。

 

マオは念のため男に手を当て、脈を取った。

 

「応急処置はいたしましたけれどこれ以上はわたくしの手には負えませんの」

 

ルーシーが不安げに言う。

 

「マオ……お願いできるかしら?」

 

「もちろん喜んで。すまないライト、彼を私の店に運ぶのを手伝ってくれ。すぐに治療の準備をする」

 

「あいよ」

 

ライトが男を抱え上げ、マオの薬局へと運び込む。

 

その間にルーシーが声を潜めた。

 

「……それと、この男を見つけたすぐ後に思いがけない大物に出会いましたの……」

 

「大物?誰と会ったの?」

 

マオは短く相槌を打つとルーシーは一度周囲を見回してから更に声を潜めた。

 

「……実は、私たちが彼をどうしようかと話していたら都市の方角から部隊を率いた一団がやって来ましたの」

 

「部隊を率いた一団?」

 

「ええ、見たところ企業の私設兵の様でしたわ……。そしてその先頭に立っていたのがなんと!あの新エリー都で有名な大企業のCEO、”エレグ・マックス”でしたの……!」

 

「おぉん……それは……まあ、驚いたな」

 

何処か微妙な顔をしているマオであるが、ルーシーの脳裏には既にその時の光景がよみがえっていた。

 

 

 

――焦げた大地の上に立つ一団の影。太陽に照らされた金属の装甲車両。

 

その中心にいたのは整った顔立ちの青年だった。上等なスーツに身を包み、胸には都市最大手企業『マックス・コーポレーション』のエンブレムが輝いていた。

 

「あ、あなたは……!?」

 

ルーシーを筆頭に驚くカリュドーンの子の前に、青年は一歩前に出て穏やかに頭を下げた。

 

「――お初にお目にかかります。カリュドーンの子の皆さん……いや、正確には言葉を交わすのは初めてですね。お久しぶりです。改めまして、私はささやかな起業家の一人、エレグ・マックスと申します。……早速ですがその男を此方に引き渡してもらえませんか?」

 

声は低く落ち着いていて、まるで貴族のような気品すら漂っていた。

 

――エレグ・マックス。その名を郊外の誰もが一度は耳にしたことがある。

 

数か月前、都市の大企業の若きCEOとして郊外に姿を見せた人物であり、「郊外の未来のために発電施設を建てたい」と笑顔で語っていた男だ。

 

当初、郊外の人々はその言葉を半信半疑で受け止めていた。利潤を追求するTOPSの話は郊外でも有名だったからだ。だが彼は驚くほど腰が低く、言葉も丁寧であった。

 

小さな集落にまで自ら足を運ぶという誠意を見せ、住民一人ひとりに頭を下げて協力を願い出る姿は確かに誠実なものに見えた。

 

しかし、郊外の住民たちは都市の企業を決して信用しなかった。

彼の申し出はどの集落でも断られ、カリュドーンの子と親交のあるブレイズウッドの人々もまた例外ではなかった。

 

それでもエレグは怒ることも落胆することもなく、ただ穏やかに微笑み、「残念ですが皆様の判断を尊重します」とだけ言い残して静かに引き下がった。

 

それを最後に彼の姿は郊外からぱったりと消えた。

 

だがその直後から、都市では妙な噂が流れ始めた。

エレグが大量の資材や物資を都市から持ち出しているという話だ。

 

どうやらあの発電施設の建設にようやく目処が立ったらしい――と。

 

目の前の人物は今もあの時と変わらずに物腰の優しい青年に映っている。

 

そのときだった。

地面に横たえられていたパールマンがうめくように声を漏らした。

そしてエレグの名を耳にした途端、その瞼が激しく震えかすれた声を上げた。

 

「……”エレグ”、だとぉっ!?」

 

デジャブである。シーザーたちが治安局と口にした時とまったく同じ状況だ。

 

彼は再度朦朧とした意識の中で上体を起こし、震える指でエレグを指さした。

 

パールマンの顔には怯えと怒りの入り混じった複雑な色が浮かんでいる。

 

エレグは一瞬だけ眉を上げ、それから冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「おや……これはこれは。元CEOのパールマンさんではありませんか。お会いしたのは……そうですね、片手の指にも満たない程度でしたか」

 

淡々とした声にどこか侮蔑にも似た響きがあった。

 

「生きておられたようで何よりです。もっともそのお姿では“生きている”と言うのも語弊がありそうですが」

 

パールマンの顔が苦悶と怒気に歪む。

それを見たエレグは口元だけで笑った。

 

「自業自得とはいえ、随分と落ちぶれたご様子ですね。あれほど大々的に口約束の都市の未来を語っていた方が今や郊外の砂塵の中とは……皮肉なものです」

 

「き、貴様ぁ!……うっ!?」

 

怒鳴りかけたパールマンの声が途切れる。

次の瞬間彼の身体はぐらりと傾き、膝の上に崩れ落ちた。

 

興奮状態により傷口が開き、再び意識を失ったようだ。

 

「ちょっと!?」

 

ルーシーは慌てて彼を支えながらも視線をエレグに向けた。

青年は微笑を崩さず、ただ静かにその光景を見下ろしている。

その眼差しに慈悲も同情も感じられなかった。

 

――笑顔の奥に潜む何か。

 

理性の皮を被った冷たい炎のようなもの。

ルーシーはぞくりと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

彼の背後に並ぶ兵たちは、全員が無駄のない動作で銃を構えたまま一分の隙も見せない。

砂塵の中照り返す夕陽がその金属に鈍く光り、まるで沈黙そのものが圧力となって押し寄せてくるかのようだった。

 

エレグの穏やかな口調とは裏腹にその場を支配していたのは冷たい鉄の意志だった。

 

彼の言葉一つで彼女らは迷いなく引き金を引くだろう。

 

「………っ」

 

ルーシーの喉が小さく鳴った。後ろにいるシーザーやパイパーもその圧を感じているようであった。

 

……バーニスは通常運転のようで、笑顔でエレグのことを見つめていた。

 

 

「……こいつを先に見つけたのはオレらだ」

 

よく通る声と共にシーザーが前に出ていた。

その目はまっすぐにエレグを射抜いている。

 

「どこの誰だろうと今こいつを渡すわけにはいかねぇ」

 

ルーシーが慌ててその腕を掴む。

 

「シ、シーザー!?あなた何を言い始めますの!?」

 

そう告げるとエレグは一瞬だけ目を細め……それからまるで子供を諭すような微笑を浮かべた。

 

「……そうですか。それは失礼いたしました。どうぞお手を煩わせぬよう願っております」

 

驚くほどあっさりと引き下がり、彼は再び部下たちに静かに指示を出した。

 

その態度にシーザーたちは拍子抜けした。

 

そしてエレグは隊列を整えると、まるで最初から何事もなかったかのように都市の方へと去っていったのだ。

 

「また郊外に遊びに来てね~!CEOさんとそのお仲間さーん!」

 

笑顔のバーニスが隣で手を振る中、ルーシーはその背中を見送りながらぞくりとした。

 

あの男の笑顔には何か――言葉にできない“確信”のようなものがあったから。

 

 

ルーシーの脳裏を満たしていた光景がゆっくりと薄れていく。

気づけば彼女は再びブレイズウッドの集会所の前に立っていた。

 

「……それで、その後彼は去ったんだな?」

 

マオの問いかけに、ルーシーは小さく頷いた。

 

「ええ。驚かされましたけどシーザーの判断は正しかったと思いますの」

 

彼女は深く息を吐き、呟く。

 

「パールマンが口にした“黒幕”や”証拠”という言葉……それにあの時のエレグの態度。二人の間には何か因縁めいたものを感じましたわ」

 

静かに語るルーシーの瞳にはただの嫌悪ではない、確信にも似た光が宿っていた。

 

「うんっ…、そうか……。エレグが、……そうか……っ」

 

マオは口元を抑えて顔が見えないように静かに俯く。その肩は僅かに震えているようであったがルーシーは気が付かなかった。

 

ーーーーーーー

 

その後マオの店の奥では薬草と金属の匂いが入り混じっていた。

ベッドの上ではようやく止血を終えたパールマンが浅い呼吸を繰り返している。

 

彼の額の汗を拭きとり、マオは包帯の端を結び終えると小さく息をついた。

 

「……これでひとまずは安定したはずだ。あとは意識が戻るのを待つしかないな。ライト、運んでくれてありがとう」

 

「助かりましたわマオ。あなたがいなければこの方は危なかったでしょうね」

 

「礼はいい。俺が運んだ感じだとかなり弱っていたな……。しぶとい爺さんだ……」

 

ルーシーとライトの声は安堵と疲労が入り混じっていた。

 

マオは手を洗いながら窓の外に目をやった。

夜の帳が降り、遠くブレイズウッドの街灯が灯り始めている。

 

その時、ドアが勢いよく開いた。

 

「よお、マオ!パールマンの治療は済んだみてぇだな、ありがとよ!」

 

元気な声と共に現れたのはシーザーだった。

その手には何やら黒く輝く金属の立方体、火打石が握られている。

 

「さっきの話の最中じゃあ言えなかったがオレ様から報告がある。見ろよ、ついに手に入れたぜ!」

 

「……火打石?まさかそれって……!」

 

マオが思わず立ち上がる。

 

シーザーは得意げに笑い、高くそれを掲げてみせた。

 

「そうだ。『ツール・ド・インフェルノ』の出場権だ!」

 

ツール・ド・インフェルノ――それは郊外全土を舞台に行われる伝説的なレース。

 

命を賭けた走り屋たちの頂上決戦であり、その勝者は郊外の覇者と呼ばれる。

そして同時に走り屋連盟のトップとして絶対的な影響力を持つことになるのだ。

 

「すごいじゃないか、シーザー!」

 

マオの声に自然と笑みが浮かび、ルーシーが息をつきながら呟く。

 

「これでカリュドーンの子の名も広がりますわね。連盟内での冷遇もこれで吹き飛びますこと」

 

「へっ……おだてんなよ」

 

シーザーは鼻の頭を掻きながら、少し照れくさそうに笑った。

 

「まだ勝ったわけじゃねぇからな。火打石を手に入れたってだけだ。これからが本番だ」

 

「ふふ、でも君らならきっとやり遂げるだろう」

 

マオが柔らかく微笑み、シーザーは拳を握りしめた。

 

「ああ……!オレ様が勝って連盟を変えてやる。そのための準備を始めようぜ」

 

ルーシーとライトは頷き合う。

 

「――で、これからのことだけどな」

 

シーザーは椅子に腰かけ、仲間たちの顔を見回した。

 

「ツール・ド・インフェルノまでの準備期間、オレらはブレイズウッドを拠点にする。町長のカーサにはオレ様から話を通しておくつもりだ」

 

「なるほどな……じゃあしばらくこの町に留まるってことか?」

 

ライトがサングラスの位置を直しながら問う。

 

「ああ。郊外のどこよりもここが動きやすい。物資も揃うし、マオのところにもすぐ顔を出せるしな」

 

その言葉にマオがぱちんと手を打った。

 

「それなら……私にも手伝わせてくれないか?」

 

「助かりますけど……いいんですの?」

 

ルーシーがそう尋ねると、マオはいたずらっぽく笑う。

 

「いいも何も……ブレイズウッドの住民として当然だろう?それに”カリュドーンの子の首領”さんが覇者になったら、私が君らを贔屓してるなんて周りから言われなくて済む。こっちにも都合がいいのさ」

 

「ははっ、抜け目ねぇな」

 

シーザーが笑う。

 

「是非とも頑張ってくれ、シーザー。期待してるよ」

 

マオは軽くウインクを返した。

 

その場にひととき穏やかな笑い声が広がった。

 

遠くでは砂嵐の向こうに赤い灯がまたたいている――それはツール・ド・インフェルノの始まりを告げるように。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

夜が明ける頃、マオは短い眠りから目を覚ました。

昨夜の出来事がまだ胸の奥に残っている

 

いよいよだと心に興奮と微かな緊張が滲む。それでも、やるべきことは分かっていた。

 

「さて……動き始めますか……」

 

マオはブレイズウッドの町長、カーサの執務室を訪ねていた。

 

古びた庁舎にはまだ朝の冷たい空気が残っている。机の上には書類と修理申請の束、そして半分ほど減ったコーヒーのカップが置かれていた。

 

「こんにちは、カーサ町長。少し時間いいかな?」

 

「おやマオじゃないか。昨日の騒ぎで疲れてるだろうに、どうしたんだい?」

 

マオは椅子に腰かけながら少しだけ声を落とした。

 

「……この町の燃料供給、止まってるんだろ?一体どうするつもりなんだ?」

 

カーサは思わず目を見開いた。

 

「なっ、なんでそのことを知ってるんだい!?その話は町の上層だけの――」

 

「住民として町の異常に気が付くのは当然だよ。夜の灯りの数、整備所の煙の薄さ……。それに黙っているのは……察するに、シーザーたちに心配を掛けさせないようにしてるんだろ?ツール・ド・インフェルノの準備期間中、この町を拠点にすることを許可したんだな」

 

カーサはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……ああ、そうさ。あの子たちには昔から世話になってる。“カリュドーンの子”には恩があるんだ。ここ一番って時に余計な心配の種を増やすなんて町長としての立つ瀬がないじゃないか……」

 

その言葉には自分の無力さを噛みしめるような苦味がにじんでいた。

マオは少しだけ柔らかく笑った。

 

「シーザーたちなら気にしないと思うけどね……。でもまあ、カーサ町長がそう言うなら仕方がないか。燃料の件、私が協力するさ。少しでも足しになると保証しよう」

 

カーサーは驚いたように顔を上げ、しばらく悩んでいたようだがやがて静かに頷いた。

 

「……助かるよマオ。……本当にいつもすまないね」

 

「いいって。郊外の薬師は困ってるやつを放っとけない性分でね。……燃料の件、ちょっと思い当たることがある」

 

マオが言葉を切り出すと、カーサが顔を上げた。

 

「思い当たること?」

 

「現役の覇者、ポンペイのところさ。あの人、最近姿を現さなかったのは旧油田エリアの連中と提携を進めていたからなんだ。燃料の流通経路もそこらで握ってるはずだよ。こちらが話を通せば、何かしら融通してくれるかもしれない」

 

今まで知る由もなかったトライアンフの動向に、カーサは目を瞬かせた。

 

「ポンペイって……マオ……なんでそんなことを知ってるんだい?」

 

カーサーの疑問にマオは頷いた。

 

「ふふん、何故知っているのかって?ポンペイが提携交渉をしてる時、実は私が彼のために()()()()()()()を作ったからな」

 

「縁?」

 

マオはどこか誇らしげに微笑んだ。

 

「そのエリアの連中に私の薬を格安で配ったんだ。“郊外で生きる者同士、助け合いだ”って言ってね。薬は郊外で……ていうか何処でも貴重なものだけど。兎に角、それがきっかけでポンペイが出した条件を相手が快く飲む形になった。少しは彼も私に恩を感じてくれてると思うよ」

 

それを聞き、カーサは呆れたように苦笑する。

 

「まったく、あんたって人は……。郊外のどこにも属さない薬師なのに、郊外のどこにでも首を突っ込んじゃって……」

 

「でもそれで今回は助かっただろう?薬ってのは効き目を出すには“信頼”が必要なんだ。それは人間でも同じさ」

 

マオは肩を竦めて言った。

 

「ポンペイは仁義に厚い男だ。話の筋が通ってりゃ、無下にはしないだろう。あの体格で睨まれるとちょっと怖いけどね……。まあ、私から話を通しておくからカーサ町長も一緒に来てくれ。町の代表として顔を出したほうが話が早い」

 

カーサは少し考えたあと、静かに頷いた。

 

「……分かったよマオ。恩に着る。正直、あの人に頭を下げるのは緊張するけど今はそんなこと言ってられないね」

 

「そういうことだ。じゃあ、皆には内緒で明日の朝に出ようか」

 

マオは立ち上がり、背伸びをしながら笑った。

 

 

 

 






郊外広域に信頼関係構築した相手によ~!裏工作が上手くいくのか~!?黒幕さんよぉ!




※黒幕はどこぞのリーダーのことではないです。ないったらないです!
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