転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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公式さんの供給がとんでもないんですが……!?イドリーさん、これ動画にして大丈夫なんか?

感想、誤字報告ありがとうございます!



陰謀を進めるたびに、人望の差を痛感しろ……!

 

朝日が照り付ける晴天の午前。郊外の町、ブレイズウッドではカリュドーンの子たちがせわしなく動き回っていた。

道端には彼女たちの車両が並び、広場には工具と資材が山のように積まれている。

町の一角を拠点として改装した彼らの作業音が乾いた風に混じって響いていた。

 

その様子を眺めながら歩いてきたマオに、朗らかな声が飛んだ。

 

「よお、マオじゃねえか!この数日姿を見せなかったが、どうしたんだよ?」

 

振り向けば、シーザーが油に汚れた手を無造作に拭いながら笑っていた。

マオは軽く肩をすくめ、穏やかな笑みを返す。

 

「久しぶりシーザー、ちょっと個人的に忙しくてな。それより……拠点にする準備はもう済んだようだな」

 

そう言って彼女は目を細めて周囲を見渡した。

ライトやバーニスたちは機材を組み立て、パイパーは車両の整備に没頭している。

 

目が合えば此方に手を振ったり挨拶をしてくれる。

その姿には確かな熱気があり、町全体が新しい鼓動を刻み始めているようだった。

 

「おう、もちろんだ!」

 

シーザーは胸を張り、白い歯を見せて笑う。

 

「これもカーサが町を貸し出してくれたおかげだな!これで安心してツール・ド・インフェルノに備えることができるぜ!」

 

マオは軽く息を漏らし、興味深げに問い返した。

 

「なるほど……本番に向けての準備の方も順調か?」

 

「へっ、聞いて驚くなよ」と、シーザーは待ってましたとばかりに笑みを深めた。

 

「順調も順調!なんたって伝説のプロキシ、『パエトーン』を雇ったんだぜ!」

 

「!……パエトーンだって……?」

 

マオは目を見開いた。郊外でも名を知らぬ者のいない伝説級のプロキシ。

ツール・ド・インフェルノのように危険地帯、ホロウを縫うレースではプロキシの存在が不可欠だ。

 

もしあのパエトーンが同行するとなればそれだけで勝率が格段に跳ね上がる。

 

「それは……すごいな。よくそこまでのプロキシを」

 

「――雇えてはいませんのよ。まったく、このお馬鹿は……」

 

背後から冷ややかな声が響く。

振り返ると腕を組んだルーシーが呆れ顔で立っていた。

 

「まだ契約は結べていないですわ。勝手に雇った気になっているだけですの」

 

「なにぃ?」

 

シーザーが頭を掻くと、ルーシーはため息をつきながら続ける。

 

「パエトーンは今パールマンのことを調べているらしく、最近彼の身柄を保護した私たちが情報を交渉材料にして呼び出したんですの。昔馴染みの者がすでに都市からこちらへ連れてきている手筈となってますが……」

 

「……郊外の人たちとは違うだろうな」

 

マオが静かに言うと、ルーシーは頷いた。

 

「ええ。相手は一筋縄ではいきませんわ。契約を取り付けるためにも、慎重に――」

 

ルーシーはブツブツと交渉の流れや条件の想定を口の中で反芻している。

 

一方、当のシーザーはというと――。

 

「ま、なんとか頼み込んでやるさ!」と拳を握り、笑ってみせた。

 

マオはそんな彼女を見て、ふっと笑みをこぼす。

その笑顔は穏やかでどこか誇らしげでもあった。

 

「何にせよ……こんな熱い日に作業ときたら、水分補給は重要だぞ」

 

そう言ってマオは手にしていた木箱を開け、冷やしたジュースの瓶を取り出した。

 

「さあ、みんな。少し休憩にしよう」

 

「おお!サンキュー、マオ!」

 

シーザーが嬉しそうに受け取り、次々と仲間たちの手にも瓶が渡っていく。

乾いた喉を潤す音と安堵の息が入り混じり、広場にはひととき穏やかな笑い声が広がった。

 

エンジン音も止み、柔らかな陽射しの下で雑談が始まる。

話題はツール・ド・インフェルノへの意気込みやアイアンタスクなどの整備を終えた車両の調子のことなど様々である。

 

マオも瓶を片手にその輪に加わり、穏やかに微笑んだ――その時だった。

 

――ジリリリリリッ!

 

突如、近くの机に置かれた古い電話がけたたましく鳴り響いた。

仲間たちの手が止まり、自然と全員の視線が一斉に音の方向へ向く。

 

「なんだ?こんな時間に……」

 

シーザーが眉をひそめながら受話器を取った。

 

「カリュドーンの子、シーザーだ。どうした?」

 

数秒の沈黙。

そして受話器の向こうから震える若い女性の声が飛び込んできた。

 

『もしもし、カリュドーンの子!?大変なの!ビリーとお兄……プロキシを乗せたトラックが今ホロウに落ちて――っ!』

 

「……はぁ?」

 

シーザーの笑みが消える。

周囲の空気がわずかに張り詰めた。

 

『お願い、座標を言うから早く助けに来て……!場所は北西の――』

 

声には切迫と恐怖が滲んでいる。息が詰まるような早口で数値が読み上げられた。

それは聞き覚えのない声だったが、演技には到底思えなかった。

 

「おい、待て待て。お前は誰だ?どうしてその情報を……」

 

問い返す間もなく、電話はぷつりと切れた。

 

受話器を見つめたままシーザーはしばし言葉を失った。

その異様な沈黙にマオが歩み寄る。

 

「……何があった?」

 

シーザーは低い声で答えた。

 

「……ビリの字と例のプロキシがホロウに落ちたって。今、そう聞いた」

 

「何……?」

 

「え~!?それって大変じゃない?」

 

周囲がざわめく。

ルーシーが眉をひそめ、手帳を閉じた。

 

「そんな馬鹿な、詐欺電話ではありませんの?やけに座標が具体的ですわ。他陣営が情報を引き出そうとしているのかもしれませんわ」

 

「たしかに怪しいな」とライトも口を挟む。

 

しかしマオは黙って立ち上がった。

乾いた風が彼女の髪を揺らす。

 

「……わかった。すぐ向かおう」

 

「信じるんですの?こんな唐突な話を」

 

ルーシーの声には呆れと心配が入り混じっていた。

 

マオは少しだけ視線を落として静かに答える。

 

「勿論嘘であってほしいが……もし本当だったら取り返しがつかない。それに、困ってる奴がいるなら放っておけないだろ?」

 

その一言に沈黙が落ちた。

だがすぐにシーザーが小さく笑った。

 

「確かにな。行かずに後悔するより、行って後悔した方がいいもんな!」

 

「まったく、お人好しは相変わらずですこと……」

 

ルーシーがため息をつく。

 

「だが、そこがマオのいいところだ」

 

ライトが肩をすくめながら言う。

 

「俺も行く。護衛は必要だろ」

 

「オレ様もだ!」

 

シーザーが力強く手を挙げた。

 

「他の連中には拠点を任せる。現地にはオレ様とライト、それにマオで行く。何かあれば連絡するからな」

 

マオは頷き、机の上に残った地図を手に取った。

 

「場所は北西の郊外道路……確かにホロウが近い。都市から来たならこの道を通るはず。電話の信憑性は高いな。……すぐに支度を整えよう」

 

「おう!」

 

仲間たちが一斉に動き出す。

再びエンジンが唸り、金属の匂いを含んだ風が舞い上がる。

 

ブレイズウッドから三人を乗せたバイクが走り出した。

赤土を蹴り上げながら北西の地平線――ホロウの縁へと向かっていく。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

ホロウ――

エーテルと灰塵に包まれたその地帯では空気そのものが鈍い唸りを上げていた。

突如地鳴りが響く。地を裂くような重い足音とともに異形の影がホロウ内を疾走していた。

 

角が生えた光る一つ目。

その巨躯は金属のような外殻をまとった四足のエーテリアス。

その背に宿る光が脈動し、何かを追うたびに周囲の岩壁が震えた。

 

「店長、もうちょいだっ!」

 

先を走るトラックから転げ落ちた二人、ビリーとアキラが荒れた道路を死にものぐるいで駆け抜けていた。

 

「ぼ、僕はもう……限界だ……っ!」

 

アキラが息を切らし、足取りがもつれる。

振り返れば怪物の一つ目がまるで太陽のように輝いていた。

 

次の瞬間――。

 

「うわぁっ!?」「店長ぉぉお!?」

 

角が振り上がり、二人はまとめて弾き飛ばされた。

衝撃で体が宙に浮き、砂塵を巻き上げながら地面を転がる

 

絶体絶命。

エーテリアスが牙を開き突進してくる。

 

しかしその瞬間、空を裂くようなエンジン音が頭上から響いた。

 

巨大なエンジン音を轟かせ、天から一台のバイクが落ちてくる。

爆風を巻き起こしながらエーテリアスの頭部をタイヤが踏み抜くように叩き潰した後、地面をスライドしながら着地。ハンドルを捻り二人の前に現れたその人物はシーザーだった。

 

「アネゴぉぉっ!!!」

 

ビリーが歓喜の叫びを上げる。

 

「久しいな、ビリの字!」

 

シーザーは笑い、唇の端を上げながらすぐさまアキラへ視線を向けた。

 

「で、こいつが伝説のプロキシか!」

 

「はは。ど、どうも」

 

アキラは砂まみれになりながら状況が悪すぎる初対面だと苦笑し、息を整えようとする。

 

しかし立ち上がる間もなく背後から低い咆哮。

エーテリアスが起き上がり、角を再び構えた。

 

それを見てビリーはホルスターに手を伸ばす。が、お目当てのものは見つからず慌てて周囲を探す。

 

「……ん?んんん?あ!?ああ~!」

 

足元に転がった二丁拳銃を見つけ、慌てて拾おうとしゃがみ込む。

 

「よっと――」

 

その瞬間、軽い掛け声とともに風を裂くような声が飛んだ。

 

視界を横切る赤いマフラー。

火を吐く巨大なガントレットが唸りを上げ、エーテリアスの胴体を殴りつける。

衝撃波のような音とともに巨体が吹き飛んだ。

 

土煙の中から現れたのは赤いマフラーとグラサンをかけた男。

 

「パイセン、鈍ったすね」とビリーに不敵に笑うのはライトだ。

 

吹き飛ばされたエーテリアスの身体が地面をえぐりながら滑る――その先にひとりの影。

 

「――あぶなっ!?」

 

マオだった。

彼女は反射的に身をひるがえし、巨大な体躯を紙一重でかわす。

だがそのすれ違いざま、ほんの一瞬の間に。

 

細い指先が怪物の表皮に小さな何かを打ち込んでいた。

金属の針。微かに光る薬液。

 

誰も気づかない。

 

ただエーテリアスが一声低く呻いたかと思うと――。

 

次の瞬間、空気に溶けるように崩れて音もなく消滅した。

 

思ったよりも脆かったことにライトが首を傾げた。が、すぐにマオに「悪い」と謝った。

 

マオは軽く息をつき、注射器を袖の中に戻す。

 

「……問題ない、ただ私の位置が悪かっただけだ」

 

淡々と告げる声にアキラが安堵の息を吐いた。

まだ肩で呼吸を繰り返しながらシーザーたちを見上げる。

 

「……た、助かったよ」

 

やがて軽い自己紹介を済ませ、久しぶりの再会とあってシーザーとライトはビリーと軽口を交わし始めた。

 

緊張の空気がようやく緩む。

 

「そういえば――どうしてここに?」

 

アキラが問いかけるとシーザーは思い出したかのように説明した。

 

「おお、今朝妙な電話がかかってきてな。お前らがホロウに落っこちたって若い姉ちゃんの声でよ。すげぇ切羽詰まった感じだったぜ」

 

「おお!やっぱり、もう一人の店長か」

 

ビリーが嬉しそうに笑う。

 

「まあ、ルーシーは詐欺じゃねぇのかって疑ってたけどな」

 

シーザーは肩をすくめる。

 

「けど伝えてきた座標も救助ルートも全部正確だった。いやぁ、あれが伝説のプロキシの腕前ってやつか。まったく、見識が広まったもんだぜ」

 

アキラはわずかに笑い、深く息をついた。

 

「……何にせよ、君たちが来てくれて助かった。本当にありがとう」

 

そのときマオが静かに歩み寄った。

彼女の目は柔らかいがその奥には冷静な観察の光があった。

 

「アキラ、といったな?……ホロウ内に随分長く留まっていたようだ」

 

「え……?」

 

「脈が速いし、体温が不安定。アドレナリンで無理やり動かしてたんじゃないか?」

 

マオはそっと手を伸ばし、アキラの額に触れた。

冷たい指先がわずかに熱を帯びた肌に触れた瞬間――アキラの視界がぐらりと揺らぐ。

 

「っ……な、なんだ……頭が……」

 

「やはりな」

 

マオの声が低くなる。

 

「分かっているとは思うがホロウでエーテル適性のない者は長く留まるほど侵蝕を受ける。……今の君の状態はその初期症状だ。……あと単純に運動不足もあるな。」

 

アキラの膝が折れかけた瞬間、マオが素早く支えた。

白衣の裾が舞い、手際よく腰のポーチから一本のアンプルを取り出す。

 

「……抗侵蝕薬だ。少し痛むけど我慢してくれ」

 

短い金属音。

薬液が注入されるとアキラの体がびくりと震え、やがて呼吸が落ち着いていった。

瞼が重くなり、抵抗する間もなく力が抜けていく。

 

「……大丈夫。眠っていい。今はそれが一番の治療だ」

 

マオが小声で言い、彼の頭をそっと支える。

その様子を見たライトが即座に声を上げた。

 

「……今すぐ運ぼう。ここに長居は危険だな」

 

「同感だ」

 

シーザーが頷き、周囲を見渡す。

 

「ビリの字!トラックを動かせ。オレらが先導する」

 

「了解ッ!急いで店長を連れ出さねぇと!」

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

そして場所は変わり、ブレイズウッド。一同は葬式の準備をしていた。

夕暮れの光が照らす拠点中央に置かれたソファには気を失っているアキラが静かに寝かされていた。

 

「ウゥ……」

 

その枕元に小さな赤猪がちょこんと、どこからか拾ってきた葉っぱ一枚を丁寧にお供えしていた。まるで本当に弔いをしているかのようだ。

 

「クソッ、責任感じるぜ.....カリュドーンの子は客人をキッチリと弔ってみせっからな!」

 

と、シーザーは腕を組み、神妙な顔つきで言った。普段の豪快な笑みは消え、あたかも本気の葬儀を仕切る喪主のようである。

 

「ライト!」

 

「ん?」

 

「棺はオマエが担げ!」

 

「責任重大だな....」

 

ライトは肩をすくめながらも、静かにサングラスをかけなおした。レンズの奥の瞳がどこかしら哀愁を帯びて見える……気がしなくもない。

 

「霊柩車は安全運転でな、パイパー!」

 

「ふぁ~....あいよ。ゆ~っくり走るぜい」

 

パイパーはあくびを噛み殺し、伸びをしながら答えた。その気の抜けた返事に場の厳粛さは早くも霧散しかけていた。

 

「バーニス!――強火で、送ってやってくれ!」

 

「おぉー!骨になるまで燃やしちゃうんだね!?」

 

歓声を上げたバーニスが背に担いだ火炎放射器を構える。軽快な金属音と共に炎が舞う。

 

……彼女の隣には何故かBBQ調理機が置かれていたが、マオは一瞥すると、何も言わずに近づき、調理機を片手で軽々と掴む。そして無言のまま物置小屋の方へ投げ飛ばした。

 

ガシャーン!という音が遠くで響き、静寂が一瞬戻る。

 

そんな喧騒の中、ソファの上の”死者”がぴくりと動く。

 

まぶたが開いたアキラはぼんやりと上体を起こし、そして周囲の異様な光景を目にして眉をひそめる。

 

「何だ……?」

 

マオはそんな中、涼しい顔でカメラを起動していた。

 

レンズの向こうでは、まだアキラに気づかずに騒ぐシーザーが続いてルーシーに指示を出そうとする。

 

が、次の瞬間。

轟音を響かせてバイクが拠点に滑り込んできた。

風を切って降り立ったルーシーが怒りの形相で叫ぶ。

 

「茶番は終わりですわ!」

 

そしてバイクから飛び降りざま、手にしたバットをシーザーめがけて振り下ろした。

シーザーは慌てて盾を構え、金属音と共に火花が散る。

 

「怒んなよ。荼毘に付すってやってみたかったんだ」

 

シーザーは笑って受け流すが、ルーシーの怒りは鎮まらない。

 

「客人で遊ぶんじゃありませんわ!」

 

ルーシーはそんな至極真っ当な説教を彼女に浴びせる。

その叱責に周囲の面々もようやく神妙な顔になる……かと思いきやバーニスが再び火炎放射器を構え直した。

 

「バーニス!しまいなさいそんなの!」

 

火炎放射器を振り回すバーニスにルーシーが叫び、制止する。

その隣でマオが、なおもカメラを向けて撮影していた。

 

「マオ!カメラを回さない!」

 

「いや、思い出、思い出。大丈夫だ、後でちゃんと送るから……!」

 

「こんな記録はいりませんわ!」

 

ルーシーの怒りは頂点に達し、ついに頭を抱えて天を仰ぐ。

 

「あーーもう!アホまみれですわ!」

 

彼女の悲鳴のような嘆きが場の喧騒に混じって響いた。

 

状況が全く飲み込めず、アキラは頭を押さえた。

 

未だ夢の中にいるのかと疑うほどの混沌。

だが聞き慣れた声が彼の耳に届いた。

 

「――お兄ちゃん大丈夫!?怪我はない?」

 

駆け寄ってきたのは妹のリンだった。

目を丸くするアキラの横でビリーが後ろ頭をかきながら笑う。

どうやら彼が連れてきてくれたようだった。

 

「悪い悪い。つい興が乗りすぎた。灰から蘇ったな!歓迎するぜ!」

 

シーザーが笑い、手を差し出す。

 

マオのカメラがそんな光景を静かに捉えていた。

ふざけたようで、どこか温かな“出会いの瞬間”を。

 

 

そして日も暮れた頃。

拠点の外では風が砂塵を巻き上げ、遠くの鉄塔の影が長く伸びている。

空気は冷え、焚き火の煙がわずかに立ち昇っていた。

 

「まったく……あなたたちという人たちは」

 

ルーシーが深いため息をつき、こめかみを押さえた。

まださっきの“茶番”の余韻が抜けきらないのか声に疲れが滲んでいる。

 

そんな彼女の横でマオは静かに膝をつき、アキラの様子を見ていた。

彼女はアキラの瞳の焦点を確かめ、脈を測り、掌を彼の額に軽く当てた。

 

「ふむ……熱も下がってるし、体調も安定している。これなら問題ないな」

 

その声はどこまでも落ち着いていて、まるで嵐のあとに訪れる静けさのようだった。

淡々とした言葉の奥に長く薬師として人々を支えてきた確かな安心感が宿る。

 

「運動は大事だからしっかりしとけよ、アキラ」

 

アキラはほっとしたように息をつき、頭を軽く下げた。

 

「……ありがとうマオ。はは、肝に銘じるよ」

 

空気が少しだけ和らぎ、シーザーが大きく手を叩いて場を仕切り直すように声を上げた。

 

「さて!休む間も無くて悪いが、そろそろ本題といこうじゃねぇか!ちゃんと自己紹介しとこう。オレらは『カリュドーンの子』、郊外の走り屋チームだ。そんでオレ様はここの首領、シーザー!今日お前らに来てもらったのは他でもねえ。ビリの字から聞いてるとは思うが、カリュドーンの子はお前らの力を必要としてるんだ」

 

 

短い自己紹介が交わされた後、アキラが驚いたように目を見開いた。

 

「ということは……君たちはパールマンの身柄を確保しているのかい?」

 

「おう、本当だ」

 

シーザーはあっけらかんと答え、腕を組んだ。

 

「なんだ?ルーシーの奴、まだ話してなかったのか。まったく、隠すようなことでもねえだろうに。あのオッサンは今マオの店で寝かせてあるぜ。目ぇ覚ましたらそっちの好きにしていい」

 

「ちょっ、ちょーとよろしくて?……シーザー!」

 

ルーシーが慌てて割って入る。

 

「交渉の切り札をいきなり明かしてどうするんですの!?この案件は慎重に運ばなければ――」

 

「ルーシー、お前はまーたそんな小せえこと言ってんのか」

 

シーザーは笑いながらも、瞳の奥に覇気を宿す。

 

「人の弱みに付け込むような真似して何が覇者だ。正々堂々と頼めばいい。プロキシたちに力を貸してほしいってな」

 

「……簡単に言ってくれますわね……!」

 

ルーシーは度し難い馬鹿を見るように額を押さえ、怒りを隠しきれない。

 

「”ツール・ド・インフェルノ”に勝つために私がどれだけ根回ししてきたと思ってるんですの……!」

 

「そんなもん、全部お前の努力って分かってるさ。でもな、ツール・ド・インフェルノはこっちの事情だぜ。オレ様はハナっから運命を他人に委ねようなんてつもりはねぇからならなぁ!」

 

シーザーは肩を叩きながらニッと笑う。

 

アキラはルーシーとシーザーを交互に見つめ、そしてリンの方へ視線をやった。

リンはにっこりと微笑み、軽く頷く。

 

「……いいよ。僕たちで協力できることがあるならやらせてほしい」

 

「わたしも!」

 

リンの明るい声が夜の静けさを破り、場の空気を柔らかく照らした。

 

「ははっ、助かる!」

 

シーザーが豪快に笑い、手を叩いた。

 

「じゃあ話を進めよう。今回の依頼内容を説明するぜ」

 

マオは穏やかにその様子を見届けると白衣の裾を翻して自分の店へと戻っていった。

 

夜はすっかり落ち、拠点の外では星々が静かに瞬いていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

夜が明けたブレイズウッドの空は都市で見る空とは違い、淡い橙色に染まっていた。

 

アキラは目を覚まし、ゆっくりと伸びをする。昨日までの目の違和感はもうなく、身体の調子も悪くない。

 

慣れない土地でここまでぐっすり眠れたのは、いつ以来だろうか。

 

「どうだ、郊外の空気は悪くねえだろ?」

 

アキラは外へ出て、そう笑うシーザーの声に頷く。

 

郊外の町、ブレイズウッドは都市とはまるで別の世界のように思えた。空気が乾いていて地面には鉄錆と油の匂いが混ざっている。けれど、人々の表情には生気が宿っている。

 

リンはプロキシとして必要なH.D.Dシステムを運び込むため一時的に都市へ戻るらしい。

その間アキラはシーザーの案内で町を回ることになった。

 

「カーサ、挨拶に来たぜ!プロキシと一緒にな!」

 

「おや?シーザー、……町から来たってプロキシはこの人かい?」

 

シーザーに連れられ、この町の町長、カーサに挨拶をすることに。

 

カーサという女性は年齢よりも落ち着いた気配をまとっていた。

整った仕草と淡い瞳の奥には日々を支える者の覚悟と疲労が並んでいる。

アキラは彼女から町の工芸品である”サン・フリント”やこの土地に息づく歴史を聞いた。

 

ツール・ド・インフェルノ――郊外最大の祭典。

勝者は『郊外の覇者』として称えられ、次の時代の象徴となる。

 

その起源は一人の走り屋の伝説にまで遡る。

 

郊外は都市とは異なり、今もなお化石燃料に頼って生きていた。

石油と天然ガスはこの地の血脈であり、生活を支える唯一の力でもある。

 

だが、油田エリアはすでに“ホロウ”に飲み込まれ、侵蝕の影響を免れることはできなかった。

半ば崩れた採掘塔や黒く焼けた配管の残骸が並び、風が吹くたび金属の鳴る音が乾いた空に響いた。

 

その惨状の中で奇跡のような現象が起きたという。

ある油田の天然ガスが地中で発火し、地表へと噴き上がったのだ。

 

炎は止むことなく燃え続け、その熱と圧力が侵蝕によって生まれるエーテル物質の流れを押し止めた。

それ以来、そこは燃え盛る湖となり郊外を守る象徴となった――その場所が話に聞く”シンダーグロー・レイク”である。

 

地の底から立ち上る炎はまるでこの地の命そのもののようだった。

 

けれどそれも永遠ではない。

 

侵蝕によるエーテル物質は少しずつ蓄積し、やがて噴出口を覆い隠そうとしていた。

このままでは炎は消え、郊外全体が壊滅的な被害を受ける。

 

その時、一人の若い走り屋が特殊な火打石を手に燃え盛る湖へ身を投じたという。

己の命を賭して再び火を蘇らせた。

 

神の仕業か奇跡が起きたのか、なんと彼は生還を遂げ、その後走り屋連盟を束ねて郊外の象徴となった。

名はもう伝わっていない。ただ『初代覇者』とだけ呼ばれる男。

 

彼の行いは伝承となり、やがて儀式へと変わった。

”ツール・ド・インフェルノ”――それは単なる競技ではなく、炎を絶やさぬための誓いの祭りだった。

 

数年に一度、選ばれた走り屋たちが“火打石”を携え、再びシンダーグロー・レイクへと挑む。

最も速く、最も強い、火を繋いだ走り屋だけが覇者と呼ばれる。

 

アキラはその話を胸の奥で反芻した。

彼にとって炎はただの物理現象でしかなかった。

けれどこの地ではそれが信仰であり、生の証であり、そして誇りそのものだった。

 

それは都市の明かりよりもずっと力強く、ずっと人間らしい輝きだった。

 

 

 

 

その後アキラは親睦を深め、郊外という土地をより理解しようとカリュドーンの子のメンバーたちに順々に話を聞いて回った。

実りある話が多く、どれも郊外の現状を知るうえで貴重だったが――不思議なことに全員が共通してあるひとりの女性の名を口にした。

 

マオ、あの薬師の女性だ。

話を聞く限り彼女はこのチームの正式な一員ではないらしい。

 

「つまり彼女は郊外出身じゃなく、都市の出なのかい?」

 

問いかけるアキラに、シーザーは快活に笑って答えた。

 

「おう!郊外に誰よりも馴染んでるが意外と新参者なんだぜ!でもあいつとはもう長い付き合いだな。心配になるぐらいお人好しな奴でよぉ……郊外じゃあ、あいつを嫌うやつなんて滅多にいねぇだろうな!」

 

彼女の声には本気の敬意がこもっていた。

 

「ツール・ド・インフェルノを楽しみにしてるからな。応援されたからには絶対にオレらが勝って、マオを喜ばせてやりてぇんだ!」

 

そう言って、シーザーは拳を軽く突き出した。

その拳に宿る熱は単なる勝負の意気込みではなく、仲間として、友人としての誇りそのもののように感じられた。

 

次にアキラが話を聞いたのは用心棒のライトだった。

彼は落ち着いた声でマオを評した。

 

「大将やお嬢様も相当だが……マオもかなり強かな奴だよ。見た目に騙されると痛い目を見る」

 

ライトが言うにはかつてマオの薬売りに同行したとき、夜盗に襲われたことがあったという。

 

「俺が構えるより先にマオが拳ひとつで返り討ちにした。……今でも忘れられない光景だ」

 

淡々と話しながらも、彼の目はその瞬間をまだ鮮明に覚えているようだった。

 

バーニスは楽しげに笑って言った。

 

「町を訪れるたびにマオと飲み比べをするんだよ!でも毎回負けちゃうの。マオってばいくら飲んでも全然顔に出ないんだもん!」

 

朗らかな笑みの中に彼女がマオを心底気に入っていることが伝わる。

その表情は話すほどに柔らかくなり、まるで旧友を思い出すように頬が緩んでいた。

 

続いて、パイパーが肩をすくめながら言った。

 

「マオ先生はな~、郊外じゃ珍しいくらい慈悲深い若者だぜい。薬師としての腕も超一流だし、カリュドーンの子とこんなに気が合うなんてありがてぇ話だ」

 

そう言いつつも、彼女の表情にはわずかな陰りが差した。

 

「……ただな、あいつ、献身的すぎなんだよ。自分が疲れてることにも気づかねぇタイプだぜい」

 

その言葉にアキラは胸の奥に微かな痛みを覚える。

誰かのために全てを捧げる人間ほど最も自分を顧みない。そういう人を彼は何人も見てきた。

 

――アキラの頭の中にかつての自分の恩師の姿がよぎった。

 

それぞれが口にするマオの話はまるで一枚の絵のようにアキラの中で形を成していった。

その人物像は、優しさと強さ、そしてどこか儚さを同時に宿していた。

 

そして、メンバーの中でもルーシーはマオに対して特別な想いを抱いているようだった。

 

整った姿勢に冷静な瞳。彼女の言葉には明確な戦略と計算があり、郊外の人々が持つ即興の勘とは違う都市的な理性があった。聞けばマオと同じ都市の出だという。

 

走り屋であり、経理や交渉を担う。実質的にカリュドーンの子の舵を取っている存在、それがルーシーだった。

 

「マオは……お人好しなんて言葉で片づけられる方ではありませんわ」

 

そう零す彼女の瞳の奥には複雑な光があった。

 

「原価を割ってまで薬を配り、大した見返りなどまるで求めないのですもの。マオの善意は時に残酷なほど純粋ですわ」

 

アキラが黙って頷くと、ルーシーは少しだけ目を伏せた。

 

「正直に言いますと私……マオに対してずっと後ろめたさを感じておりますの。打算や損得を考える私の方が、まるで薄汚れているように思えてしまって」

 

「……そんなことはないんじゃないかな。少なくともルーシーはみんなのためを思って頑張ってるよ」

 

アキラの言葉にルーシーは一瞬だけ表情を和らげた。

 

「ありがとうございます。プロキシさん。ええ、彼女も恐らく同じように言うでしょうね。マオはそんなこと少しも気になさってませんの。むしろ、私たちとの関わりを本気で楽しんでる……それが分かるから、余計に胸が痛むんですの」

 

ツール・ド・インフェルノに勝てば、”郊外の覇者”として連盟全体の主導権を握ることができる。

しかしルーシーにとって、それは単なる勝利ではなかった。

 

「生存戦略もありますが、ツール・ド・インフェルノで勝ってマオを喜ばせたいのですわ。彼女はこのお祭りをとても楽しみにしてましたの……。私、少しでも恩を返したいんですの」

 

彼女の声は理知的で穏やかだったが、その内側に燃えるような熱を感じた。

ルーシーがこの大会に懸ける想いは言葉にせずとも表情の端々に現れていた。

 

――アキラは静かに頷いた。

 

その後、町の住民にも話を聞いたが、誰もが「凄腕の薬師」「世話好きな人」と口を揃えた。

彼らの語る調子には畏敬にも似た温かさがあった。

 

郊外では珍しいほどの薬草知識を持ち、どんな集落にも分け隔てなく薬を届けて回る。

商売ではなく、ただ人を救いたいという純粋な意志だった。

 

薬を求める人々の前にふらりと現れ、笑顔で包みを渡す。

そんな彼女の姿を誰もが一度は目にしたことがあるらしかった。

 

やがて人々は彼女を敬意を込めて『郊外の薬師・マオ先生』と呼ぶようになった。

 

彼女は薬を与えるだけでなく、人々に教えも与えていた。

薬草の見分け方、応急手当の仕方、そして衛生の大切さ。

小さな教えが確かに郊外の生活を少しずつ変えていった。

 

それだけの知識と資金があれば、都市で開業しても十分に成功できる。

誰もがそう言うけれど、彼女は郊外に残り続けた。

 

乾いた風の吹くこの場所で、炎の湖を見上げ、淡く笑って暮らしている。

それが、彼女自身の選んだ生き方だった。

 

――アキラは、彼女のことをもっと知りたいと思った。

 

それは単なる興味ではなく直感に近い。この女性を中心に何かが動き出していると。

 

ツール・ド・インフェルノという言葉が、頭の奥で再び静かに響く。

郊外の覇者を決める祭典。

その熱狂の中にマオは何を見ているのだろうか。

 

 

アキラは静かな町を歩き、目指す薬局の扉を押した。

 

中に入ると、すぐに薬草と薬品特有の香りが鼻をくすぐる。木の棚には様々な瓶や包みが並び、作業台には小さな秤やガラス器具が所狭しと置かれていた。

 

「……ここが、マオの店か」

 

扉の軋む音に気づいたのか、奥から白衣の女性が顔を上げた。

栗色の三つ編みが肩に垂れ、端正な顔立ちに落ち着いた微笑みを浮かべている。

 

「いらっしゃい。おや、アキラじゃないか……どうかしたのか?」

 

アキラは軽く頭を下げ、慎重に歩み寄る。

 

「やあ、マオ。ホロウでは世話になった。改めて、ありがとう。せっかくだから少し君と話をしたくなってね」

 

マオは穏やかに頷き、作業の手を止めた。

 

「気にするな。どうぞ、中に入って座ってくれ、私もアキラと話したいと思ってたんだ」

 

アキラはカウンターの向こうにある椅子に腰を下ろす。

彼の視線は自然と棚の瓶やラベルの細かさに向かう。

 

「まず、パールマンの具合はどうだい?」

 

マオは軽く微笑むと、カウンター奥の小部屋の扉を示した。

 

「残念だが未だ意識は戻らずだ。けど安定しているから心配いらないぞ」

 

アキラは少しほっとして、視線をマオに戻した。

 

「そういえばみんなから聞いたんだけど、マオは……どうして都市ではなく、郊外で活動しているんだい?ああ、言いたくなかったら無理に言わなくても……!」

 

アキラは不躾だったかと慌てるが、マオはゆったりと椅子に腰掛け、掌で額の一筋の三つ編みを撫でながら答えた。

 

「別に気にしなくていいよ、隠してないし。……都市は規制が厳しくてね。新薬の調合ひとつするにも、いちいち許可を取らないといけないのが面倒でな……」

 

「それに、”ある企業”に特許を売った関係で都市では勝手に処方や販売ができないんだよ」

 

アキラは眉をひそめ、問いかけた。

 

「ある企業に?……でも君は薬を原価割れで皆に分けていると聞いている。それだと利益は出なくて大変なんじゃ……?」

 

マオは軽く笑った。

 

「郊外は都市よりも物流が乏しいだろう?どこでもすぐに手に入るわけじゃないから必要な場所が多くてね。だからこそ、私が少しでも分けることで助かる人がいるんだよ」

 

アキラは唇を噛み、感心する。

 

「献身を当然のように行う……随分大変だったんじゃないか?」

 

「確かに最初は驚かれたり、文句を言われたりすることもあったな」

 

マオの目が少しだけ柔らかく光った。

 

「でも郊外の人々から信頼を得られれば、それが何よりの報いなんだ。綺麗事かもしれないが、私にとってはそれが一番大切なことだからな。だからこそシーザーたちと仲良くやれているからな、私はもう充分幸せだよ」

 

アキラは深く頷いた。

この地で、彼女が選んだ生き方と信念の重みを肌で感じる瞬間だった。

 

その姿はどこか懐かしかった。初対面のはずなのに心の奥底で「知っている」と囁く声がした。

かすかな既視感がアキラの記憶をそっと叩く。

彼女の立ち方、言葉の選び方、そして眼差しの温度……どれも初めて出会う人間には思えない。

アキラは一瞬だけ戸惑いながらも胸の内に生まれた奇妙な親しみを打ち消すように小さく息を吐いた。

 

「……なるほど、よくわかったよ」

 

マオは静かに笑みを浮かべ、再び作業台に手を伸ばす。

 

アキラはその背を見つめながらこの広大な郊外の世界で自分が何を為せるのかを静かに考え始めていた。

 

 

 

 

少しして――。

アキラはプロキシとして依頼を行おうとしていた。

 

ツール・ド・インフェルノに備え、ホロウのデータ収集と車両パーツの調達。

どちらも重要で迅速な行動が求められる任務だ。

 

カリュドーンの子たちが装備を整え、アキラもイアスに接続して出発の準備を進めていたその時だった。

 

遠くからエンジンの音が近づいてくる。

風を裂く唸りが次第に強まり、一台のバイクが朝日を切り裂くように滑り込んだ。

 

マオだった。

 

「私も手伝わせてくれないか。必要ならば同行したい」

 

彼女の声は穏やかだったが、どこか揺るぎない強さを感じさせた。

 

「マオ……!って、凄い荷物だね!?」

 

アキラが目を丸くする。彼女の背にはまるで小さな山のようなバックパックがあった。

 

マオは肩をすくめ、にっこり笑った。

 

「これでも今日は身軽な方なんだぞ?」

 

ルーシーやシーザー、そしてライトまでもがその大きなバックパックを見て、同時に息をついた。

 

「……言われてみれば、確かにいつもより少ないですわね」

 

「ああ、完全に感覚がマヒしてたな……」

 

「マオのいつもの荷物基準で見ると、これでも軽装か……」

 

ライトも苦笑混じりに言った。

 

かつて護衛として彼女と郊外を回ったことのあるライトは誰よりもその荷物――詰め込まれた薬品、工具、応急処置道具の重さとそこに積み重ねられた努力を誰より知っていた。

 

だが、マオの同行の申し出に誰もすぐには返事をできなかった。

すでに彼女は十分すぎるほど協力してくれている。

これ以上頼るのは申し訳ない。そんな思いが全員の胸を曇らせた。

 

「ええっ!マオも来てくれるの?嬉しい~!一緒に頑張ろうね!」

 

……バーニスは通常運転のようでマオの参戦に素直に喜んでいる。

 

張り詰めていた空気に、ほんの少しだけ柔らかさが戻る。

 

マオは静かに息を吸い、優しく微笑んだ。

 

「私は本気で君たちに協力したいんだ。それが私の望みなんだよ」

 

その一言に、場の空気が解けた。

 

「わかったぜ、……マオがそう言うなら、これ以上ありがたいことはないな!」

 

「感謝しますわ、マオ。……本当に」

 

こうしてマオは自然にチームの輪へ加わった。

 

朝日が地平を照らし、金色の光がバイクのフレームを照らす。

エンジン音が一斉に唸りを上げ、プロキシとカリュドーンの子、そして薬師のマオを乗せたバイクたちは、風を裂いて走り去っていった。

 

ーーーーーー

 

乾いた道路の上を数台のバイクが疾走していた。

砂塵が尾を引き、金属が軋むような轟音が荒野にこだまする。

 

先頭を走るのはシーザーたち。

そのすぐ後方で、マオは一瞬だけハンドルを微かに傾け、丘の方へ視線を流した。

 

風の中、黒いシルエットが三つ。

その気配を彼女が見逃すはずがない。

 

「……やっぱり、いるな」

 

心の中でだけ呟き、口には出さない。

仲間に悟られぬように視線をすぐ前へ戻す。

胸の奥で鼓動が静かに高鳴った。

 

(ルシウスが動かせる人員はあの三人しかいないだろうな……)

 

その推測は確信に近かった。

ここ数日、彼女が町から姿を消していたのは、カーサの相談に応じていたため――だが、それだけではない。

郊外で薬を配りながら、意図的に“噂”を流していたのだ。

 

“マオはカリュドーンの子を贔屓している”

 

そう広まれば、誰も無闇に彼らへ手を出そうとはしない。

実際、郊外の住民の多くは彼女の恩人であり、マオを敵に回す依頼は避けられるようになった。

 

――結果、ルシウスの手元に残ったのは三人だけだった。

 

マオの護衛依頼を何度もこなし、彼女と浅からぬ縁を持つプルクラ。

トライアンフの内でマオと最初に顔を合わせ、意外と情に厚いベルラム。

そして、マオの発言により情報漏洩を疑われているモルス。

 

ルシウスにとってこれほど頭の痛い布陣もないだろう。

 

しかし他に人手はなく、ポンペイの監視もある。思うように動けない――その皮肉な現実をマオは誰より知っていた。

 

だからこそ、唇の端だけで小さく笑う。

 

 

 

 

少し離れた丘の上では、三つの影がシーザーたちを見下ろしていた。

 

「……カリュドーンの子、やっぱり来たね」

 

低く呟いたのは猫系シリオン、プルクラ。

その顔には余裕とどこか懐かしさのような情が混じっている。

長い尻尾が風に揺れ毛先が陽光の色をかすかに拾って煌めいた。

 

その隣に立つのはイヌ科のシリオン、モルス。

腕を組み、沈黙のまま視線を遠くに送っている。

トライアンフのナンバー3にしてルシウスの腹心。

 

だが胸中にはルシウスからの疑念が確かに燻っていた。

 

マオが提携協議の情報を把握していたこと、そしてその後の発言が原因で彼はいつの間にか“不信の座”に押しやられていたのだ。

 

「……予定どおり、だな」

 

低く地を這うような声で言葉を落とすと、もう一人の巨影が身を乗り出した。

 

「行くぞ!計画通りにな!」

 

オランウータンのシリオン、ベルラム。

トライアンフの切り込み隊長にして最前線を好む猛者。

握りしめたハンドルが軋み、盛り上がった筋肉が皮膚の下で蠢く。

マオやカリュドーンの子に恨みはないが彼の目標はただ一人の男に向けられていた。

 

丘の下では風が荒れ、砂が舞っていた。

咆哮のようなエンジン音が丘を震わせ、三つのバイクが同時に飛び出す。

 

火花が散り、地面を削る。

ツール・ド・インフェルノの裏側で、静かに火蓋が切られた。

 

果たしてこの状況を転がしているのはトライアンフか、カリュドーンの子か。

 

それとも―――

 

 

 

郊外で行われる陰謀は始まったばかりである。

 

 

 





誰とは言わねえが、さっさとぎゃふんと言わせたくて堪んねぇぜ……!
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