転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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ファンアート頂きました!めっちゃ良き!嬉しい!超最高です!

『ヒール』のチームのマーク↓

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これからもよろしくお願いします!



心底望まぬ身内と同じ轍

 

ツール・ド・インフェルノを目前に控え、走り屋組織『カリュドーンの子』のメンバー、シーザー、ルーシー、バーニスはアキラと共に郊外のホロウに存在するリサイクル工場へ足を運んでいた。

 

油と鉄の匂いが充満する広場には風の唸りが響く。

 

彼女たちの目的は車両のカスタムに必要なパーツの補充だった。

 

「よお、爺さん!バイク用のパーツが欲しいんだけどよ」

 

シーザーが軽い調子で声をかけると、リサイクル工場にいた老人は苦い顔をした。

 

「いらっしゃい。おや、そのギアは……あんたら走り屋連盟の人かい?悪いが、もう在庫がなくてのお」

 

唐突な返答に三人の表情が固まる。

シーザーが眉をひそめ、一歩踏み出した。

 

「はあ?そりゃあ、どういうこったよ」

 

老人は気まずそうに肩をすくめ、手にした布で油を拭った。

 

「今朝になって、若い衆が全部買っていってのう。しかも、相場のよりはるかに高い値でな。わしもそれとなく止めようとはしたんじゃが、あの勢いじゃ話しても無駄だと思っての……」

 

ルーシーの拳が小さく震えて唇がわずかに歪む。

怒りが内からじわりと滲み出していた。

 

「……何ですって?その常識に欠ける連中は一体どこのどなたですの?」

 

老人は困惑したように視線を逸らしてしばし沈黙した後、重く口を開いた。

 

「……それがあのマオ先生が贔屓にしてる『カリュドーンの子』のもんだってな。リーダー格の嬢ちゃんもマオ先生とよく行動してたのを見たことがあったからのう……あの人の関係者なら信じるしかなかろう?」

 

「マオが……?」とシーザーが小さく呟いたそのとき、背後から軽い足音が響く。

 

「――その話、ちょっと待ってくれ」

 

突然現れたマオに老人は目を丸くした。

 

「マ、マオ先生……!?これはこれは、いつもお世話になっとります!」

 

「やあ、おじいさんこんにちは。そんなに畏まらなくても、……彼女たちが本物のカリュドーンの子だ。おじいさんは恐らく”彼女”に騙されたんだな」

 

「偽物だったのか……!そりゃあ、なんてこったい……!」

 

マオが一歩前に出て、静かに老人へと視線を向けた。

 

「すまないが詳しい話を聞かせてくれ。パーツを買い占めた後、彼女がどこへ向かったのか……な」

 

その表情に責める色はなく、ただ確かめたいという意志だけが宿っていた。

老人はその視線を正面から受け止めるとため息をひとつ吐き、まるで重たい扉を開くように語り始めた。

 

どうやら連中はここでの買い付けだけでは足りず、さらなる部品を求めてホロウの深部――“廃車墓地”へ向かったという。

 

ルーシーは拳を強く握りしめて怒りを隠そうともしなかった。その頬は紅潮し、瞳はまるで炎のように燃えている。

 

「憎たらしい……!私たちがパーツを買えないようにしたうえ、うちの評判にも泥を塗ったというわけですのね!なかなか計算ができるヤツの仕業でしてよ!」

 

「でも、止められるチャンスはあるみたいだ……!」

 

アキラが熱を込めた声で告げる。

 

「おうよ。プロキシ、マオ――急ごうぜ!」

 

シーザーの合図に皆がその場へ向かう。

 

まだ間に合う。

その思いが誰の中にも確かにあった。

 

同時に奪われたままでは終われないという怒りと、犯人にけじめをつける覚悟が静かに熱を帯びていく。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

やがて、バーニスとマオは並走していた。

 

向こうとのスピード対決だと一人飛び出した彼女の後をマオが慌てて追いかけたのだ。後ろからシーザーが咎める声が聞こえたが謝罪を残しバーニスの後を追った。

 

トンネルの入り口が見え、鉄骨の影が流れる。

 

「やったぁ!こっちが先についたね!」

 

バーニスが笑い声をあげる。

 

マオはその隣で視線を前に向けたまま、低く応える。

 

「……そうだな」

 

マオはすでに罠を設置していることを理解していた。いざとなればバーニスを突き飛ばして爆発から救おうと考えていた。

 

(いや、必要ないかもな……。驚いてはいたけどそもそも無傷だったような……)

 

そんな風にバーニスの異常な耐久力、燃料をこよなく愛する強靭な狂人っぷりに若干戦慄していると暗いトンネルを抜ける直前、彼女の目が何かを捉えた。

 

一瞬、空気が凍る。

 

――ダァンッ!

 

次の瞬間、マオのバイクの前方の地面に乾いた衝撃音とともに銃弾が叩きつけられた。

 

「っ!?」

 

マオは反射的にブレーキを握り、前輪が悲鳴を上げる。砂利が舞い、タイヤが軋む音が重なり合って耳を裂いた。

 

だが、バーニスは即座には止まれなかった。振り返りざまに大きく声を張り、

 

「マオ!?」

 

と呼びかけ、なおも前を向きながら素早く視線を向けた。

 

その瞬間――。

 

倒れていたドラム缶と木箱が閃光とともに爆ぜた。

轟音と熱風が荒野を駆け抜ける。

 

「ふぇ?――きゃあああっ!?」

 

バーニスの体が爆風に煽られてバイクごと吹き飛ばされ、勢いよく岩壁へと叩きつけられた。

 

「バーニスッ!」

 

マオの叫びが後ろから木霊する。

砂煙の中、笑顔をかすかに曇らせながらバーニスが身を起こした。

 

「いたた……っ」

 

その瞬間、目の前に冷たい光が閃く。

銃口がまっすぐ彼女の額を捉えていた。

 

影が煙の向こうからゆらりと立ち上がる。

風が吹き抜け、銀の鈴のような声が響いた。

 

「フフ……一発わからせて、終わりでもよかったの。……でもね――」

 

黄色い毛並みが陽光を反射する。

 

猫のシリオンの傭兵、プルクラ。

彼女の瞳が獲物を射抜くように光っていた。

 

彼女は銃を構え、ゆっくりとバーニスの耳元で囁く。

 

「刺激されちゃったんだ。捕食者の本能ってやつ……?」

 

その姿を見たマオはその名を呼ぶ。

 

「プルクラ!」

 

プルクラは冷ややかに視線を返した。

 

「……恨まないでよマオ、これも仕事なんだ」

 

冷たい声だが、その瞳の奥にほんの僅かな揺らぎが見えた。

迷いとも、悲しみともつかぬ色が炎の光に滲んでいる。

 

鉄と焦げの匂いが混じる中、バーニスは呆然とその表情を見つめた。だが、彼女の次の所作は場の予測を裏切るものだった。

 

「……え?」

 

プルクラの耳がぴくりと動いた。

バーニスがにこりと笑って手を伸ばす。

 

銃口を向けられたまま、彼女はその尻尾に触れた。

 

「はぁ~……ふわふわで~……」

 

虚を突かれたプルクラは一瞬目を瞬かせた。

狙いを定めたまま動けない。

 

「……あったかい

 

バーニスがそう呟いた瞬間、背負っていた火炎放射器が轟音を立てて点火した。

 

真紅の炎が爆ぜ、廃車の谷間が灼熱に包まれる。

プルクラが思わず悲鳴を上げて跳び退いた。

 

「キャアア!?……っ、正気なの!?自分ごと燃やすなんて!」

 

尻尾の先を叩きながら必死に鎮火するプルクラ。

対してバーニスはサングラスを掛けながらけろりと笑った。

 

「ん~?あったかいのはヤだった?マオの友達の猫ちゃん!」

 

火の粉が空中を舞い散る中、無邪気で眩しい笑顔がそこにあった。

 

「あはっ!私とも友達になって!」

 

その高らかな笑い声が焼けた地面や炎の反響に混ざり合い、緊張と不協和音が一瞬奇妙な和音へと変わって廃車の谷間にこだました。

 

「……まったく、バーニスは相変わらずだな。改めて……やあ、久しぶりだなプルクラ」

 

その声音にはまるで旧友に声をかけるような気安さがあった。敵意はなく、年季の入った懐かしさが垣間見える。

 

プルクラは無言で銃口を若干下げて少しの間風に髪を揺らした後、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「……相変わらず楽観的だね、マオ。状況が分かってるのかい?私は敵。あんたを撃ったんだよ」

 

それを聞き、マオは肩をすくめて鼻で小さく笑った。その表情には恐れも怒りもなかった。

 

「でも当てなかった。むしろ私が爆破に巻き込まれる前に足止めしてたろ?」

 

「……っ」

 

痛いところを突かれ、微かな動揺が顔に残る。

 

「……それは……偶然そうなっただけで」

 

プルクラの答えはぎこちない。マオはその反応を見ると続ける。

 

「……どうせ依頼の方も仕方なくやってるんだろ?プルクラは優しいから誰のお願いでも引き受けちゃうもんな」

 

「――は?」

 

その言葉にプルクラの耳がピンと立ち、表情が一瞬固まる。

風が止んで沈黙が落ちる。

 

「……優しい……って、あんた、なに言って……」

 

彼女の声は戸惑いと苛立ちに揺れる。その内面の動揺が荒野の空気にも伝わる。

 

そこへエンジン音を響かせてシーザーたちのバイクが滑り込んできた。

シーザーが跳ねるようにバイクを降りる。

 

「マオ、バーニス!無事か!」

 

「あなたは……よくマオの護衛として雇われていた傭兵……!まさか、この騒ぎに加担してますの?」

 

プルクラの姿を認めるとルーシーの声が彼女に向けられ、冷たく響く。

 

再び険悪な空気になり、炎の残り香と焦げた鉄の臭いの中で荒野の風が戦いの続きを促すように吹き抜けた。

 

プルクラの指がトリガーにかかり、風がぴんと張り詰める。

 

「……悪いけど、仕事なもんでね」

 

その一言にマオの瞳が一瞬だけ陰を落とした。

 

「……そう。なら、仕方ないね」

 

プルクラの瞳孔が細くなり、次の瞬間銃声が荒野を裂いた。閃光が鋭く走り弾丸がマオの頬をかすめて岩肌を砕く。

 

砂塵が舞い、音が刺さる。

 

「………!」

 

それを見て皆が武器を構えるがマオは風を切るように手を上げた。

 

「待ってくれ……!」

 

その声は落ち着いていたが、強い決意の響きを帯びていた。

 

「みんな手を出さないでくれ。ここは私とバーニスがやる。彼女を説得してみせる!」

 

一瞬、背後の仲間たちが息を呑む音が広がる。

その隣でバーニスが笑顔で頷き、火炎放射器を構えた。

 

「了解っ。猫ちゃん、じゃあ友達になる前に、まずは本気で遊ぼっか!」

 

二人が同時に地を蹴った。

土煙が舞い上がり、瞬く間に距離が詰まる。

 

プルクラのリボルバーが閃光を走らせて弾丸が砂を穿つ。

バーニスは軽やかに身を翻し、火炎の弧を描いてその弾を焼き落とす。

その熱の中を抜けてマオが一直線に飛び出した。

 

彼女の手には細い指で握られた一本のガラス瓶。中には己の手で調合した薬液が詰まっている。

薬師の道具であり、スーツを纏わない時のマオの武器でもある。

 

しかしその用途は“投げて割る”という単純なものではなかった。

 

「……ッラァ!」

 

鍛え上げられた腕がしなり、空気を切り裂いて瓶が飛ぶ。

それは投げるというより“撃ち出された”に近い速度だった。

 

「はぁ!?」

 

銃弾と遜色ない剛速球――!瓶は回転しながらプルクラの頬を掠め、次の瞬間壁にぶつかって粉砕した。

 

「中身は治療薬だ。遠慮せず当たってくれていいぞ!」

 

「冗談じゃないよ!」

 

プルクラは面食らう。その隙に迫るのはバーニスの火炎という凶悪コンボである。

毛並みを燃やされてはたまらないとその場から飛び退くが、マオが炎を潜り抜けて迫ってきていた。

 

距離を詰められたプルクラは咄嗟に銃をブレード形態に変形させ、マオの拳を受け止める。

金属を叩く音が響き、二人の靴裏が土を削った。

 

「ぐ!?薬師の腕っぷしじゃないでしょ、あんた!?」

 

「そりゃ、あんな大きな荷物をいつも背負っていたら体が鍛えられるに決まっているだろう!」

 

「そういえばいつもの馬鹿でかい荷物が小さかったね!気が付かなかったよ!」

 

その拮抗の隙をついてバーニスが笑いながら横回転し、火炎を放つ。

 

「怒ってる顔もキュートだよ、猫ちゃん!」

 

「誰が怒ってるって!?」

 

弾丸と炎、薬瓶と刃。

三人の戦闘はまるで踊りのように流麗で、しかし一瞬の油断も許さなかった。

 

「――投降しろプルクラ。でなきゃ後悔することになるぞ」

 

その声音は静かだったが眼差しの奥には確かな決意が宿っていた。

 

プルクラはリボルバーを構えたままマスクの中で唇の端を吊り上げた。

 

「……悪いけどそれはできないね。私は雇われの身だ。情けで仕事は捨てられない」

 

マオは短く息をつき、わずかに口元を歪めた。

 

「……そうか、じゃあ仕方がないな。こっちも情けを捨てることにしようか」

 

その呟きには怒りでも失望でもなく、どこか”悪戯めいた感情”が混じっていた。

 

「……バーニス!これを燃やしてくれ!」

 

「了解!いっくよ~!」

 

短く切られた指示にバーニスは言葉を待たずに動く。

マオが放った小瓶。濁った液体が揺れ飛ぶものを彼女はすぐに視認して放射口を合わせた。

 

火の舌が瓶の口を舐めた瞬間、薬液が爆ぜて白い煙が一気に立ち昇る。

濃密な煙が風を裂き周囲の視界を奪った。

 

「……っ、煙幕!?」プルクラが低く呟いた。

 

獣の嗅覚を持つ彼女は本能的に鼻をしかめ、マスクの縁を押さえた。

マオが作った薬品。ならばまず吸い込まないこと。

 

当然にして正しい判断だ。

 

だが、その判断を取ることこそが罠だった。煙に注意を向けることがマオの狙いだったのだ。

 

プルクラが慎重に足を止めてその視線が煙のゆらぎを追っている瞬間、マオの影はすでに消えていた。白いヴェールの向こう。地面を蹴る小さな音だけが差し込む。

 

その気配に気づいたプルクラが反射的に振り返る。

 

「しま――!?」

 

言葉を発するより早く、マオは彼女の背後に回り込んで右腕を取っていた。

上腕を脇に挟み込み、腰を軸に引き上げる。

片脚を腰に回して締め上げて胴を固定。

肩関節を極めながら体重をかけて制圧した。

 

「かかったな、プルクラ。煙は特に吸っても問題はない。あくまで注意を逸らすためのものだ」

 

「ぐ、この!?」

 

抵抗しようとするたびに肩関節と胸郭が互いに締め付けられ、力は地面へと逃げていく。

呼吸は許されるが動くことは出来ない。

 

それは窒息を与えない”絞め”であり、高度な関節極めと体重配分を組み合わせた確実な無力化――致命に至らせない制圧だった。

 

「今だ!バーニス!」

 

「任せて~!」

 

「お、おいマオ!?あんたまさか、このまま――!」

 

マオに拘束されたまま、プルクラの背筋を冷たいものが走った。

地面に押さえつけられたまま視界の端でバーニスが炎を撒き散らす火炎放射器を構え、こちらへ駆け寄ってくる。

 

彼女の口元に浮かぶ無邪気な笑みが逆に狂気じみて見えた。

 

(――まさかこの状況で燃やすつもりじゃないだろうな……!?)

 

いや、あり得る。あの女なら冗談抜きでやりかねないという謎の確信があった。

 

乾いた喉が鳴り、汗が一気に噴き出す。

逃げようとしても体は動かない。マオの重心がまるで杭のように背中を貫いている。

 

皮膚が焼けるような錯覚。息をするたびに焦げた空気の幻が鼻を掠める。

バーニスの笑顔が今だけは迫りくる悪魔に見えた。

 

「ま、待った!降参、降参だから――!」

 

必死の声がかすれ、手足をばたつかせるがマオはびくともしない。

そして、言い終わるより早くバーニスの足音が目前に迫った。

 

「えいっ!」

 

「ひっ……!?」

 

一瞬、焼かれると覚悟したプルクラの体が跳ねた。

しかし次に感じたのは熱でも痛みでもなく――ふわりと柔らかい感触だった。

 

背後から伸びたバーニスの手が火炎放射器をそっと仕舞い。

信じられないほど不器用で、けれど妙に優しい仕草で彼女はプルクラの尻尾を掴み上げた。

 

もふ、もふ、と撫で回す。

 

「……え?な、なにしてんだいあんたぁッ!?」

 

恐怖と混乱と羞恥が一気に爆ぜ、プルクラの悲鳴が荒野に響き渡った。

 

「うわ~、ふわっふわ!見てマオ!これ、やっぱり最高の手触りだよ!」

 

「よし……!勝つためには仕方ないな、そのまま負けを認めるまで続けるんだ!」

 

「了解っ!」

 

バーニスは遊ぶように尻尾を揉みしだく。

プルクラは必死に身をよじるが、腕と脚はマオの力に封じられている。

 

「こ、降参だって言ってるだろう!この、やめろぉ!」

 

屈辱と奇妙な怒りに満ちていた。顔は真っ赤に染まり、耳は後ろにぺたんと倒れている。獣としての誇りをこれほどまでに弄ばれることが彼女には耐え難い侮辱だった。

 

荒野に響く悲鳴と笑い声。

あまりに平和的で、あまりに屈辱的な決着であった。

 

その後、シーザーたちが止めに入るまで二人の“説得”は続けられた。

 

ーーーーーーー

 

砂煙がようやく静まり風の音だけが残った。

焦げた砂の匂いが微かに漂い、戦いの熱気がまだ地面の奥に残滓を留めている。

 

プルクラは肩で大きく息をしながら、指先に力を込めてリボルバーをホルスターへと押し戻した。

その動きには悔しさとどこか吹っ切れたような清々しさが混じっている。

 

「はぁ、はぁ……わかった、ここまでにしよう。……負けを認めるよ」

 

息を整えながら口にしたその言葉は、静かに、けれど確かな重みを持っていた。

砂をかく風がその声をさらっていく。

 

マオは薬瓶をしまいながらいつも通りの調子で首を傾げる。

 

「……あれ、プルクラ涙目になって――」

 

「黙りな、殺すよ……!」

 

「ア、ハイ。すみません」

 

マオがぺこりと頭を下げるのを見て、ルーシーが一歩前に出た。

陽の傾きかけた光が彼女の金髪を照らして鋭い視線がプルクラを捉える。

 

「負けを認める?それはどういう意味か、きちんと説明していただきますわよ!」

 

プルクラは少し間を置いてから答えた。

 

「……買い占めたパーツは全部戻す。それと、雇い主には“任務は無事遂行した”って報告するよ。

どうせ、今の雇い主の顔なんてもう見たくないしね」

 

マオは「あー」と声を漏らした後、妙に納得したように指を鳴らす。

 

「なるほどな。雇い主ってル……なんとかさんだろ?あいつ雇い主として最悪そうだもんな。上には媚び売って、下の人間にはとことん強く出るような人間だろう?」

 

「ちょっ、ちょっと!名前出さないでよ!」

 

プルクラは慌ててマオを睨みつけた。

 

「はいはい。じゃあその陣営でナンバー2っぽい男にはちゃんと“任務完了”って伝えといてくれ」

 

マオの悪びれない笑顔にプルクラは深いため息をつく。

風に揺れる髪を払いながら呆れたように口角を引いた。

 

「ほんと、あんたと話すと調子が狂う……」

 

その言葉が溶けるように消える頃、バーニスが陽気に手を叩いた。

 

「ねえ猫ちゃん、私たち『カリュドーンの子』に入らない?きっと楽しいよ!」

 

「そうそう」とマオも頷く。

 

「仲間になれば、護衛代は払わなくていいしな!」

 

「それ、メリットとしてどうなの……。後あんた。私にはプルクラって名前があるの」

 

「おっけープルクラちゃん。また遊ぼうね!」

 

「絶対嫌……!」

 

プルクラは全力で拒絶しながらも、その声音にはもう先ほどの緊張はない。

ほんの一瞬だけ視線を伏せ、そしてふっと笑みをこぼした。

 

「……でも、あったかいのは嫌いじゃない。ツール・ド・インフェルノで勝って、最強になったら……そのときもう一度声をかけて」

 

西の空は赤く染まり、陽は砂丘の向こうへ沈もうとしていた。

その夕陽の中でプルクラの輪郭が金色の風に揺れる。

 

彼女は背を向けてゆっくりと歩き出す。

砂を踏む足音が遠ざかるにつれてマオがぽつりと呟いた。

 

「またな、プルクラ」

 

その声にプルクラは振り向かずに軽く手を振った。

その仕草はどこか照れくさく、そして――確かに次の約束を結ぶものだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレイズウッドの町の工芸品が搬出される日。

 

夜のブレイズウッドは昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

風の音と遠くの機械の残響だけがかすかに響いている。

 

「………」

 

マオはフードを深くかぶりながら町の入り口へと向かっていた。その隣を町長のカーサが無言で並んで歩いている。

 

行き先は誰にも告げていない。今日は敵陣営のトライアンフとの取引の日だからだ。

 

「……寒いわね」

 

カーサが小さく呟く。

その声の奥にかすかな緊張が混じっていた。

 

マオは頷き、ただ前を見た。

月が雲間からのぞき、二人の影を細く伸ばす。

 

その瞬間――

 

「……おや、こんな時間にお出かけとは珍しいぜい」

 

声がした。

振り返ると。倉庫の脇の木箱にもたれていたのはカリュドーンの子の一員、パイパーだった。

毛先を指でくるくると弄びながらいつもの調子でにこやかに笑っている。

 

「……パイパー、起きていたのか?」

 

「いやあ、こいつはなんだか今日寝つけなくてなぁ。夜風が気持ちいいだろぉ?外の空気でも吸おうかと思ってたら偶然二人を見かけたんだぜい」

 

軽く言いながらも、その視線はどこか鋭い。

マオもカーサもほんの一瞬息を詰めた。

 

「私たちも……同じさ。ちょっと気晴らしにね」

 

カーサが先に口を開いた。

いつもの穏やかな笑顔だがその頬にはわずかに力がこもっている。

 

マオもそれに合わせて微笑む。

 

「そうそう。仕事の話ばかりで息が詰まってたからな」

 

「……ふーん、そうかい」

 

パイパーが意味深に目を細める。

その一瞬、夜気が重くなったように感じた。

 

マオはパイパーから視線を外し、ふと隣のカーサを見た。

沈黙の間に彼女への言葉がこぼれた。

 

「なあ、カーサ町長……パイパーには話していいんじゃないか?」

 

「……っ」

 

カーサの肩がかすかに震えた。

彼女は口を開きかけ、しかし何かを言いかけてやめた。

 

数秒の沈黙の後、目を伏せて小さく首を横に振る。

その仕草にマオは悟った。

 

「……そうか」

 

静かに呟く。

カーサの不器用な優しさに後ろめたさ。それが誤解を招くことになると知りつつもマオはそれ以上何も言えなかった。

 

マオはパイパーのほうに振り向き、いつも通りの柔らかい笑みを作る。

 

「すまないなパイパー。そろそろ眠るとするよ。……おやすみ」

 

「……あ、ああ。おやすみ、マオ」

 

パイパーの声は少し遅れて返ってきた。

その目には何か言いかけたような色が浮かんでいたが結局何も続かなかった。

 

マオはその視線を背に受けながら踵を返した。

 

(まさかリーダーの気持ちが分かる日が来るとは……)

 

彼女に不審に思われてるのを感じながらもゆっくりと歩く。

 

夜の空気が胸の奥まで冷たく染みていく。

 

――その一時間後。

 

月が雲に隠れた隙を狙い、マオとカーサは再び倉庫の裏に集まった。

互いに無言のまま頷き合い、忍び足で町を後にする。

 

背後にはまだ灯りの残るブレイズウッドの町。

そして、あのときのパイパーの視線が今もどこかで見ているような気がしてならなかった。

 

 

「……嘘だろ。こいつぁ厄介なことになったぜい……」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「随分遅かったな……」

 

その後、ホロウの深層エリアでカーサとマオは待ち合わせをしていたモルスと会う。

一時間ほど遅れたことを彼に謝り、運ばれた物資を確認していた。

 

積まれているのは燃料と食料。いずれもブレイズウッドにとって命綱だ。

 

「確かに、約束の量は揃ってるわね……」

 

カーサが帳簿を確認しながら淡々と告げる。その隣でマオは無言のまま荷の列を見渡していた。

 

薄暗い光の中、燃料の表面がかすかに揺らめく。”一見”異常はない。

だが彼女の眉が一瞬だけ僅かに動いた。

 

その時、背後からモルスが声を掛けてきた。

 

「……ところで町長、”工芸品の加工の方”はどうなってる?」

 

何気ない問い。しかしマオの耳には別の意味を含んでいるように感じた。

 

カーサは顔を上げる。

 

「ああ、順調さ。予定通り数日後には納品できると思う」

 

「それは助かる。何分入り用でな……、上にも報告しないといけない」

 

モルスは軽く笑みを作り、無造作にマスクを押さえた。

その何気ない彼の動作の中でマオの目だけが微かに細まる。

 

「………」

 

荷の積み替えがひと段落した頃、マオは空を見上げるようにして何でもない調子で口を開いた。

 

「なあモルス、お前プルクラっていう猫のシリオンを知ってるか?」

 

唐突な問いだった。

モルスは受領書を手にしたまま一瞬だけ固まるが、すぐに肩をすくめた。

 

「……全く知らないな。誰だそいつ」

 

「……へえ?」

 

マオは口元に指を当て、わざとらしく目を細める。

 

「郊外に長いこといるなら知ってると思ったんだけどな。名前は分からなくとも”猫のシリオン”が私とよく行動してたのは結構有名な話だろ?……”何で知らない振りをしたんだ?”」

 

「……!」

 

わずかにモルスの目が見開かれた。

ほんの刹那の反応。それを見逃さずにマオは小さく笑みを深めた。

 

「……まあ、そういうこともあるだろう。走り屋連盟を束ねるトライアンフのメンバーとは言え、全部を把握してるわけじゃないもんなぁ?」

 

穏やかな声色。しかしその下に探るような針の細さが潜んでいる。

 

モルスは黙ったまま、手にした書類を乱暴に畳んだ。

マオはその動作すら観察していたかのように軽く息を吐いて次の言葉を投げる。

 

「じゃあモルス、ベルラムは知っているか?」

 

今度はモルスの眉が僅かに動いた。

 

「……ああ、あいつなら知ってる。同じ陣営のやつだ」

 

「……そうか」

 

マオは満足げに頷き、視線を遠くにやる。

 

「あいつ、今どうしてるんだろうな?」

 

その目はまるで獲物の反応を楽しむ捕食者のようだ。

 

「………」

 

モルスが何も言わないのを見て、マオは軽く笑う。

 

「そんな顔しないでくれ。変な意味じゃないさ。ただ顔なじみとして体調を心配してるだけだ。──深い意味はないさ」

 

そう言いながらもその笑みはあまりにも意味深だった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

一週間後。

アキラたちと共にマオはホロウデータの収集任務に当たっていた。

 

作業は順調に進んでいた。

ホロウに飲まれた工場跡地の中央。ひび割れたアスファルトに三脚を立て、三つ目のデータスタンドを設置し終えたところだった。

 

空は鈍く白く、薄い陽光が崩れた建物の骨組みを照らしていた。

日が昇るにつれて瓦礫の影が長く伸びていく。

風が吹くたびに金属片が擦れあって鈍い音を立てた。

 

アキラが動作確認を行っていたそのとき、突如彼の通信から甲高い警報音が鳴り響く。

 

『警告。二号データスタンド付近で生体反応を検知』

 

フェアリーの冷静な声が空気を切り裂く。

 

「……なんだって?」

 

アキラは短く息を呑み、マオとカリュドーンの子たちに視線を走らせた。

誰もが一瞬で緊張に包まれる。

 

アキラが呟くと同時に位置情報を指示し、全員が即座に動いた。

地を蹴る音が連なり、瓦礫の合間を駆け抜ける。

舞い上がる砂塵が視界を曇らせて風が乾いた音を立てて頬を叩いた。

 

だが現場に辿り着いたとき、そこにあるはずのものは跡形もなかった。

 

「設置したデータスタンドがない……!」

 

地面には乱雑な足跡と引き抜かれたケーブルの残骸。

傍には倒れた木箱が散乱していた。

 

「……誰かが盗んでいったな」

 

アキラが低く呟くと、マオがしゃがみ込み指先で砂を払った。

 

「こっちに向かって逃げてる。まだ熱が残ってるからすぐ追えば間に合うぞ」

 

その言葉にライトが無言で頷き、アキラたちは痕跡を辿りながらホロウ内を疾走する。

 

 

やがて、彼らの前方に複数の人影が浮かび上がった。

 

そのナリは走り屋。その姿にルーシーがすぐ反応する。

 

「全員止まりなさい!一体どういうつもりかしら、恥知らずの盗人さん方?」

 

挑発めいた声に男たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。

一人が前へ出て乱暴にデータスタンドを掲げて見せる。

 

「はぁ?盗人?証拠でもあるのかよ」

 

一人が取り出したデータスタンドは既に識別番号を削り取られていた。

陽光を反射し、削れた跡がざらついた光を返す。

 

「見ろよ、番号なんて最初からねぇ。誰のモンだって言うんだ?カリュドーンの子は言いがかりをつけるのかよ?」

 

完全に開き直った態度。

だが、彼らの目には戦意が宿っている。

 

マオは知っていた。彼らにとって今回の盗みなど“前置き”にすぎないと。

 

「……どうやら“決闘”を申し込みたいらしいな。ライト、彼らの狙いは君みたいだぞ」

 

マオが苦笑混じりに呟く。この中には顔見知り(全員ヘルメットを被っているが)もいる。恐らく”彼”の部下たちだろう。

 

「そうなのか?じゃあライト、こいつらを片付けるのはお前に任せたぜ!」

 

シーザーの言葉にライトはサングラスをかけ直し、低く息を吐いた。

 

「あいよ、大将。……“決闘”ね。ようやくチームの一員としての価値を示す時が来たみたいだな」

 

男たちが喜色交じりにざわめく。

 

「へっ……へへっ、言うじゃねぇか!俺たちは走り屋だ。もめ事はそれで解決するのが筋ってもんだろ!」

 

その中の一人が不敵な笑みを浮かべて前へ出る。

 

「……ライト。あんた、“カリュドーンの子”のチャンピオンになって以来、負けなしなんだってなぁ!昔の屈辱を思い出すいい機会だぜ。あの『エンバー・アリーナ』のことをよ!」

 

「――!!」

 

ライトの表情が一瞬だけ揺らぐ。

アキラもマオも、シーザーたちもその反応を見逃さなかった。

 

男はそれを見て得意げに続けた。

 

「やっぱりな。昔、あそこでずいぶん辛酸をなめたそうだな。まだ記憶に新しいんじゃないか?

何を隠そう、俺たちの“チャンピオン”もあそこの出身だ!だが、地面に這いつくばってたあんたと違って、うちのは20連勝を誇った豪傑さ!」

 

「……待てよ。ひょっとして、そいつは……」

 

ライトが眉をひそめた瞬間、男が高らかに告げる。

 

「はっはっは、そうだよ!震えてるなライト!お前のよく知るこのお方だ!」

 

「……悪い、誰だ?」

 

次の瞬間、空気を裂くような咆哮。

 

「ライトォ!」

 

上空から金属の塊のような巨影が落ちてきた。

マスクをつけたオランウータンのシリオン、ベルラムが地面に叩きつけられるように着地し、

地を踏み鳴らしながら怒りを爆発させた。

 

「舐め腐りやがって!」

 

地面にマスクを叩きつけ、ライトにガンを飛ばす。

 

「オレっちだ!ベルラム!テメェに20連勝を阻止されたんだよ!」

 

そう叫びながらベルラムはサングラスを投げ捨て、血走った目でライトを睨みつける。

 

「傲慢な野郎だ!イケメンで!強くて!人気で!イケメンだからってよぉ……すっとぼけてんじゃねぇ!」

 

「……何でイケメンって二回も?」

 

思わずアキラが呟く。

 

一見褒めているようだが、その口調から察するにベルラムの敵意は筋金入りだ。

まるで“宿怨”そのもの。

 

「ベルラムか……いいぜ、覚えとこう!」

 

「はぁ……、あ……!?」

 

ライトが指を向けてそう宣言するがベルラムは驚いたように固まり、そして頭を抱える。

 

「んぅぅ!……馬鹿にしてんのかぁ!それ聞いたの三回目だぞ!」

 

「……」

 

皆の冷ややかな視線が同時にライトに突き刺さる。

 

「……ンン゛」

 

気まずそうにサングラスをかけ直すライト。

 

だが、その間にもベルラムは構えを取った。

背負うのは、棘付きの盾を装着した銃のような電動チェンソー。

その刃が唸りを上げ、火花を散らす。

 

「もういいぜっ……オレっちらの因縁も今日限りだからな!」

 

ベルラムが雄叫びを上げると同時に地面を蹴って突進してきた。

チェンソーの刃が火花を散らし、唸りを上げる。ライトは軽やかに後退してギリギリでかわす。

 

アキラは思わず息を呑み、その動きの鋭さに目を奪われた。

だがすぐに彼はライトへ問いかけた。

 

「ライトさん、あのベルラムって人と因縁があるみたいだけど?」

 

「さあな。俺は知らん」

 

その軽い返答にベルラムの動きが一瞬止まった。

まるで油を注いだようにベルラムの怒りを燃え上がらせる。

 

「なっ!?ライトてめぇふざけやがって!真面目にやりやがれぇ!!」

 

怒号と共に再び突進。砂煙が舞い上がり、刃がライトの目前をかすめる。

 

マオは思わずため息をついた。

 

「……あいつはトライアンフの切り込み隊長、ベルラムだ。ライトにリベンジするために、わざわざあっちに雑用から入ったって話だ」

 

「そうなのかい?」アキラが驚く。

 

アキラの呟きにマオは苦笑を浮かべる。

 

「まあ、あいつらしいといえばらしいな。見ての通り素直で根は悪い奴じゃない。ちょっと熱が入りすぎるだけで……」

 

ベルラムの怒号が響き渡る中、ライトが距離を取り構え直す。

マオは周囲の状況を一瞥すると静かに息を吐いた。

 

「……仕方ないな」

 

そのまま一歩前に出るとベルラムの部下たちを睨みつけながら叫んだ。

 

「おいベルラム!お前の長年の目的を果たさせてやるんだから、そっちの部下を下がらせろっての!」

 

「うるせえぞマオ!命令通りに動かねぇと“大義名分”が得られねぇんだよ!」

 

ベルラムがチェンソーを構えたまま怒鳴り返す。刃が火花を散らし、空気が震えた。

 

「どうせ上からの指示だろうが!わかってるんだぞ、こっちは!」

 

「だったら余計に黙っとけ!せっかくの機会を台無しにすんな!」

 

その応酬の中、ベルラムの部下たちは顔を見合わせ、困惑したように肩をすくめた。

 

「……すみませんねぇ、マオの姐さん。けど、こっちも“仕事”なんで」

 

申し訳なさそうに頭をかきながらも、彼らは一斉に武器を構える。

その声色には敵意よりも苦渋と義理がにじんでいた。

 

マオはわずかに目を細め、そして小さく笑う。

 

「お前らも不憫だな。ま、しょうがないか。決闘だもんな。」

 

次の瞬間マオの姿が掻き消えた。

一陣の風のように距離を詰め、拳を突き出す。

拳が空気を裂き、腹を打ち抜く鈍い音が響く。

 

「ぐはぁっ……!?」

 

「くそぉやっぱ姐さん、手加減してねぇ!」

 

「手加減するかよ!”仕事”なんだろう?大丈夫だ、後で治療してやる」

 

マオは次の一撃を避けて相手の腕を掴んで地面に叩きつけた。

舞い上がる砂煙の中、彼女は笑みを浮かべたまま次の敵へと視線を向ける。

 

アキラが呆れたように呟く。

 

「……ずいぶん仲がいいんだねマオ。もしかして彼ら全員、また知り合いなのかい?」

 

「ああ、郊外だったらもう顔見知りだらけだよ。一先ず、ベルラムはうちのチャンピオン様に任せよう」

 

ベルラムが雄叫びを上げ、ライトへ再び突進。

ライトは刃を紙一重で避けて反撃の蹴りを叩き込む。

 

金属音と衝撃波が交錯し、戦場全体が火花を散らすように震えた。

 

マオはその間にも敵をいなしていく。

ベルラムの部下が怒号を上げて押し寄せるたびに彼女は的確に人体の急所を突き、動きを封じながらもライトたちの方をちらりと見る。

 

背後でベルラムとライトのぶつかり合いはさらに苛烈さを増していく。

ライトの拳が風を裂き、ベルラムのチェンソーが唸り返す。

衝撃が地面を揺らし、破片が宙を舞った。

 

「………」

 

ライトは無言のまま相手を見据えていたが、その表情にはわずかに複雑な影が差していた。

 

火花と砂塵の中、ライトとベルラム、そしてマオたちとその周囲の戦いが同時に続いていく。

 

だが誰よりもその戦場を楽しんでいるのは――皮肉にも怒鳴り散らしているベルラム本人だった。

 

ベルラムのチェンソーが火花を散らし、ライトの拳とぶつかり合う。

轟音が空気を裂き、二人の足元にはひび割れた地面が広がっていた。

 

互いに譲らぬ攻防の最中、ライトがふと息を吐きながら呟いた。

 

「……あんた、随分とマオと仲がいいんだな」

 

「は?ああ……」

 

ベルラムが一瞬、訝しげに眉をひそめる。

 

だがすぐに照れ隠しのように鼻を鳴らして笑った。

 

「ま、初めて会った時は変な奴と思ったが、気のいいヤツだよ。命令だから仕方なくやってるが、恨みは別にねぇ」

 

「それに……オレっちの”リベンジを応援してくれた”のもあいつだ。“いつか決着をつけれるといいな”ってな」

 

ライトは少し目を細め、低く呟いた。

 

「……へぇ、そうか」

 

その言葉と同時に空気が変わった。

ライトの両腕のガントレットが赤く光を帯び――次の瞬間、轟音と共に炎が噴き上がる。

 

「なっ――!?」

 

火を纏った拳がベルラムへと迫る。

ベルラムは咄嗟に棘付きの盾を構えて受け止めたが衝撃は凄まじい。

金属が悲鳴を上げ、彼の巨体が大きく仰け反る。

 

「ぐおおおっ……!!本気を出しやがったかライトォ!?」

 

ベルラムが歯を食いしばり体勢を立て直そうとしたその瞬間、ライトの姿が視界から掻き消えた。

 

「何だとぉ!?」

 

気づいた時にはもう遅い。

ライトはベルラムの懐に入り込み、腰を落として拳を引き絞る。

 

「終わりだ……!」

 

炸裂音とともにライトの拳がベルラムの腹に直撃した。

衝撃波が地面を抉り、ベルラムの巨体が数メートル後方へと吹き飛ぶ。

 

「ぐはあああっ!」

 

土煙の中に倒れ込むベルラム。

胸を上下させながら、呻いた。

 

「がはぁっ....ま、参った」

 

ライトはその言葉を聞き、拳を下ろした。

火を散らしたガントレットが次第に静かに冷えていく。

 

「痛てて。そ、そんな!兄貴が負けちまうなんて!……ごぼっ!?」

 

「あ、動くな!じっとしてろ……」

 

遠くで倒れたベルラムの部下たちに薬液をぶっかけているマオと隣で少し動揺しているアキラが二人の戦いの結末を見届けていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

戦いが終わった後、皆がライトを流石だと称えていた。

その傍らでマオは少し離れた場所に座り、腹を押さえるベルラムの治療をしていた。

 

既にベルラムの部下たちは手当を終え、周囲で安堵の息をついている。

マオは静かに薬を塗り、包帯を巻きながら呟いた。

 

「残念だったな、ベルラム。結構いいところまでいったのにな」

 

「……チッ、言うなよ。わかってんだよ結果ぐらい」

 

ベルラムは悔しげに目を伏せ深く息をついた。

 

「データスタンドの件はもう諦める。俺と部下の治療の礼を言っとくぜ、マオ」

 

彼は痛む腹を押さえつつ、ライトの方へ視線を向ける。

 

「ライト。オレっちがここに来たのはテメエと一戦交えるためだ。テメエが決闘に応じてくれた以上……連盟のルールに従い、潔く負けを認めらぁ。クッソぉー……あれから何年も経つってのに未だに歯が立たねぇとは。名誉挽回はならず、か。無念だ……」

 

ライトは腕を組んだまま、少しの沈黙を置いてから答えた。

 

「そいつはどうかな。……ハナから“挽回”する必要なんてなかったんじゃないか」

 

「な、何だと!?」

 

「別に、あんたのことを忘れてたわけじゃない。ただ、あの地下闘技場のことなんざ、覚えとく価値がなかっただけだ」

 

ライトの声は淡々としていたが、その眼差しには確かな熱があった。

 

「金のために相手を痛めつけ、金のために痛めつけられるフリをする……そんなもんのどこに“名誉”があった?あのリングに上がってたのは、行くあてをなくした死にぞこないだけだ。――かつての俺や、あんたのようにな」

 

ベルラムは息を呑んだ。何も言えず、拳を膝の上で握りしめる。

 

ライトは少しだけ表情を和らげた。

 

「今のあんたは実力であの場所を離れた。そして郊外じゃ“走り屋のチャンピオン”として名を上げたんだろ?だったら、あの肥溜めに心を置いてくる必要なんてない。ここじゃ、出自も過去も関係ない。実力さえあれば誰だって運命を変えられるんだ」

 

「……ライト、それは……」

 

ベルラムの声が震える。

 

ライトは背を向けながら言葉を続けた。

 

「もしまた俺と決闘がしたいなら、わざわざこんなまわりくどいことをしなくてもいい。その時は正面から相手をしてやるさ。……俺にも、挑み続けたい奴はいるからな」

 

しばしの沈黙の後、ベルラムは苦笑を浮かべた。

 

「ああ……わかった。ライト、ゴホン……その、礼を言う」

 

その言葉には敗北の悔しさと相手への敬意が同居していた。

ライトはわずかに口元に笑みを浮かべて肩をすくめる。

 

「気にすんな、ベッカム――じゃなかった、ベルラム」

 

その間抜けな名前の間違いに張り詰めていた空気が一瞬にして弾けた。

マオが堪えきれず吹き出し、慌てて咳払いで誤魔化す。

 

「ライトォ、テメェ……!結局オレっちの名前、覚える気ねぇだろうが!やっぱ適当こいてやがったな!!」

 

「待て待て!名前はともかく、それ以外は本心だ!」

 

「何の慰めにもなってねぇよ!!」

 

マオは呆れ顔でため息をつきながら、二人のやり取りを眺めていた。

 

「まったく、元気だな。じゃあこれでも見て元気出しな」

 

そう言って、ポケットから一枚の紙を取り出し、ベルラムの胸に押し付けた。

 

「ん?……って、な、なんだこれ。請求書!?おいマオ、まさか治療代取る気か!?」

 

「当然だろ。タダで敵を治療するほど私は聖人じゃないからな。それに責任はとるんだろ?部下の怪我も責任の内じゃないか?」

 

マオはわざと悪戯っぽく微笑みながら言う。

その笑顔はからかい半分、優しさ半分でベルラムは思わず顔をしかめた。

 

「ひ、ひでぇ!せっかく情けで手当てしてくれたと思ってたのによ!……て、あ?」

 

ベルラムは焦って請求書を広げた。だが、そこに書かれていた”破格の金額”を見て、思わず目を丸くする。

 

マオはくすりと笑った。

 

「まあ、顔なじみとして“特別価格”だ。ツケといてやるから今度ちゃんと返しに来いよ。――元気になったら、また顔を見せな」

 

その言葉にはベルラムの身を案じるような優しさがあり、ベルラムは気恥ずかしそうに頭をかきながら小さく礼を言った。

 

「……ったく、郊外にゃ勿体ねぇぐらいの女神様だな。ありがとよ、マオ」

 

マオは黙って笑みを返すだけだった。その表情の奥に敵味方の垣根を越えた人の優しさが見えた。

 

「………」

 

そのやり取りを少し離れた場所で見ていたライトの心には、戦闘の最中に感じた妙にざわつく感情が芽生えていた。

自分でも抑えきれずに腕を組んだまま声をかけた。

 

「……ベルラム、あんたの怪我が治ったらまたすぐに挑戦しに来いよ」

 

どこか笑っているようでいて、妙に圧のこもった声。

ベルラムの肩がびくりと震えた。

 

「な、なんだよその言い方!脅してんのか!?てかライト、お前急に名前を覚えやがったか!?」

 

ライトはそっぽを向きながら鼻を鳴らした。

 

マオはそんな二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべた。

まるで子ども同士の喧嘩の後のように戦いの後とは思えないほど空気は穏やかだった。

 

――長年の因縁にようやく区切りがついたような静けさの中で。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ホロウでの目的を終えてカリュドーンの子のメンバーは拠点、ブレイズウッドへと戻っていた。

日はすでに暮れ、町の灯りもまばら。そんな中、アキラはルーシーから呼び出しを受けていた。

 

人気の少ないガソリンスタンドの裏手にある小屋。街灯の光が二人の顔をぼんやりと照らし、夜風が吹き抜けて鉄の壁をわずかに鳴らした。

 

珍しくルーシーの声は低く、しかし焦りを隠せない響きを帯びていた。

 

「……え?」

 

アキラは思わず聞き返した。

彼女の言葉の意味を理解するのに数秒を要した。

 

ルーシーは唇を噛み、わずかに目を伏せる。

 

「町長のカーサと……マオが?」

 

その言葉が夜の空気に溶けて静寂が落ちた。

町の明かりがチラチラと瞬き、二人の影を揺らしていた。

 

――何かが崩れるような不穏な音が聞こえた。

 

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