転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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感想、誤字報告ありがとうございます!
またまたファンアートをいただきました!ほんまカッコ良すぎる!
マックス・コーポレーションの社章です!本当に嬉しいです、感謝です!


【挿絵表示】


風邪によって喉と鼻と寒気が凄いことになってるけどモチベ急上昇したため投稿です……(吐血)!

葛根湯飲んで早く治します!

今回はあんまり原作で掘り下げられなかった走り屋について考えるの楽しかったです……!



嵐の前の静けさ

――数日後。

真夜中のブレイズウッドはまだ眠りの中にあった。

町全体が息を潜めたように静まり返り、霧が低く垂れ込める。

街灯の光は夜の帳に呑まれ、わずかに揺れる橙がまるで遠い灯火のように揺らめいていた。

 

舗装の剥げた路地を二つの影が静かに歩いていた。町長カーサ、そしてその隣に並ぶのは薬師のマオ。

 

二人の靴音は極めて小さく、乾いた郊外の空気を裂くように暗闇の中へと溶けて消えていった。

 

少し離れた建物の陰からその背を見つめる四つの視線があった。

 

ルーシー、パイパー、ライト、そしてアキラ。

誰一人として言葉を発せずただ闇の向こうを見つめている。

 

「パイパーの証言通り……本当にマオなのか?」

 

低く呟いたアキラの声が夜の冷気に溶けて消えた。

操作するイアスの拳は強く握り締められている。

 

ルーシーは深く息を吐いた。

 

「まだ決めつけるには早いですが。これで“偶然”とは言えなくなりましたわね……」

 

パイパーは唇を噛み、いつもの気の抜けた態度は鳴りを潜めている。

 

「だってマオはあたしたちに薬をくれたり、悩みを聞いてくれたり……そんな子が裏切るなんてさ、考えたくもない。……そもそも動機だって分からないんだぜい?」

 

声が震えていた。

 

ライトは腕を組んだままじっと地平の方を見据えている。

普段なら軽口を叩く彼も今は一言も発さない。

やがてぽつりと漏らした。

 

「……もしそれが本当なら俺たちはどうすればいい?あいつが今までしてきたことを思えば、とても責める気にはなれない」

 

沈黙。

風が廃屋の壁を擦る音だけが響いた。

 

マオとカーサの姿は町の外れのホロウへ向かっていく。

足跡を忍ばせながら、四人は影のようにその後を追った。

 

暗闇に響くかすかな声。

マオが何かをカーサに話している。

だが距離があり、内容までは聞き取れない。

 

ルーシーが小声で囁く。

 

「……だとしても確かめない訳にはいきませんわ。マオもそうですがカーサも内通者だとしたらブレイズウッドとカリュドーンの子の間に罅が入ることになりますわよ。……悲報も悲報、とてもじゃありませんがシーザーの耳に入れることはできませんもの」

 

アキラは頷きつつも、目を離せなかった。

 

――マオ。

 

どうか違うと言ってほしい。

君が裏切るなんて信じたくない。

 

胸の奥で焦げつくような思いが渦を巻く。

 

それはカリュドーンの子の三人にも共通していた。

彼女がいなければ今のカリュドーンの子はここまで来られなかった。

 

だからこそ、真実を見極めなければならない。

 

見つめる向こうでマオが一瞬だけ振り返った。

その瞳がどこか寂しげに輝いたように見え、アキラの心臓が跳ねる。

 

(!――気づかれたのか?)

 

だがマオはすぐに前を向き、再び歩き出した。

 

アキラたちは息を潜め、距離を保ちながら再びその背を追った。

確かめなければならない。

本当に彼女たちが“裏切り者”なのかを。

 

 

 

 

 

その後暫く経ち、二人は歩みを止めた。

 

その場所はホロウ深部。

灯りもなく、ただ風が鉄骨を鳴らしているだけだった。

錆びた梁の間を冷気が這い、闇の奥で何かが軋む。

 

マオとカーサがしばし立ち尽くし、誰かを探すように辺りを見回している。

 

「……誰もいないな」

 

マオが呟くと、カーサは焦ったように辺りを見回す。

 

「おかしいね……時間は間違ってないはずだよ。――ねえ!誰かいないの!?」

 

その声が鉄骨に反響し、虚ろに広がる。

 

次の瞬間――。

 

「……約束を違えたな」

 

低く湿った声が頭上から降り注いだ。

二人が見上げる。

電柱の上、黒い影が立っている。

 

月の白い光がその横顔を照らし出し、現れたその正体は敵陣営である”トライアンフ”のナンバー3――モルス。

風が吹くたびに毛並みがわずかに揺れ、光の粒が零れるように瞬く。

 

「余計なものを連れてきたようだな」

 

鋭い言葉とともに、夜を裂く刃のような瞳が二人を見下ろした。

マオは無言で彼を見つめ、カーサが眉をひそめる。

 

「何を言っているの、モルス。……約束の“物資”を渡して!」

 

モルスは無言で電線を掴み、一気に滑り降りた。

風を裂く音。着地の音はほとんどなく、気づけばその刃がカーサの首筋に添えられていた。

 

「……それには相応の代償が必要だ」

 

カーサは怯えず、無表情のままモルスを睨み返す。

その沈黙が逆に危うい。

 

マオは低く唸り、カーサの腕を引いて彼女を後ろに庇う。

 

「おい、何のつもりだ……?」

 

モルスは動じず、片目だけでマオを見た。

 

「何のつもりもない。ただ、代償を払う覚悟があるか確かめているだけだ。いっそイノシシどもから取り立てるか――」

 

その言葉の直後。

モルスは突然銃を抜き放ち、二人の後方に向かって引き金を引いた。

 

――ドォンッ!

 

乾いた銃声が取引現場に反響し、火花が散って壁に風穴が開けられた。

 

「なっ!?」

 

マオとカーサが反射的に振り向く。

撃ち抜かれた壁の陰から、動く影が四つ――。

 

息を潜めていたルーシーたちの姿が完全に見つかっていた。

 

どうしてここにいるのかとカーサが目を見開き、モルスは銃口を構えながら冷ややかに言った。

 

「おい、今のはまぐれじゃないぞ」

 

ルーシーは唇を結び、帽子を深く被り直した。

心臓の鼓動が早く、音が耳の中で反響している。

 

――これで決定的だ。

 

信じたくなかった光景が現実としてそこにあり、もはや誰も言い訳できない。

トライアンフの人間と秘密裏に接触。二人が内通者であることは明白となった。

 

「………っ」

 

胸の奥がずきりと痛んだ。頭の中で過去の記憶が幾つも点滅する。

 

傷ついた仲間を手当てしてくれた手。愚痴を言い合い、未来の話もした。

ブレイズウッドの町を訪れるたびにマオと肩を並べて笑った時間が脳裏に滲む。

 

(……一体どうしてなんですの?)

 

その問いが喉元まで込み上げたが声にはならなかった。

だが、今は戦うために感情を押し殺さなければいけない。

 

ルーシーは気持ちを切り替え、前へと飛び出す。

その動きが戦端を開く合図となった。

 

「――ふんっ!遠慮はいらないってわけですわね!」

 

ルーシーがバットを肩に担ぎ、金属音を鳴らした。

 

怒りと悲しみが一つに混じり、瞳に宿った光は赤く燃えていた。

 

「モルス、カーサ、……マオ!――まとめてわからせますわ!」

 

飛び出してきたルーシーたちにカーサが息を呑んで何かを伝えようとしていたが既に状況は動き出してしまった。

 

もう誰にも止められない。

 

モルスが武器を構え、ルーシーたちへと向き直った――その瞬間。

 

 

「オラァ!」

 

鋭い咆哮を上げ、マオが動いた。

その動きには躊躇も逡巡もなかった。

 

「ぐぁっ!?」

 

マオは拳を振り上げ、ルーシーたちに意識を向けていたモルスの側頭部へ容赦なく叩き込んだ。

 

鉄の響きが闇を裂く。

突如マオの拳が裏切りと信頼の狭間を貫いた。

 

「――は?」

 

アキラもルーシーも足を止め、呆然と声を漏らす。

残る二人も同じだ。パイパーは目を見開き、ライトは息を飲んでいる。

 

皆一様に理解が追いついていない様子だ。

 

「えっ、ちょ、マオ……?」

 

カーサが驚き、かすれた声を出す間もなくモルスが呻き声を上げて体勢を崩す。

 

体が傾き、モルスの膝が地面を打つ。

その隙を逃さずにマオは無言のまま次の動きに入った。

 

「……シィッ!」

 

マオの一撃は正確だった。拳、肘、膝――

研ぎ澄まされた連撃がモルスの急所を次々に打ち抜く。

 

肩、脇腹、鳩尾、そして顎。

 

「ご、……ぁ……」

 

反撃の気配すら許されず武器を手放し、モルスの体が地面に倒れかけた瞬間、マオの踵が唸りを上げて彼の胸を蹴り抜いた。

 

「――ッ!」

 

ドサリと鈍い衝突音。

モルスの体が宙を舞い、遠くの地面に叩きつけられた。

 

「………」

 

静寂。

 

突然の事態に誰もが言葉を失った。

 

マオは一仕事を終えたように手を叩き、肩の力を抜く。

ふぅっと短く息を整えた彼女は落ち着いた動作でアキラたちの方へ振り返り、やがて口を開いた。

 

「みんな落ち着いてくれ、……全て誤解だ」

 

「……いや、何が!?」

 

アキラたちの叫びが、鋭く夜を裂いた。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

郊外のシリオン三銃士の中で唯一手加減の余地すら与えられない存在、モルスを完膚なきまでに叩きのめしたマオはルーシーたちに事情を説明した。

 

「……要するに、あなたたちがモルスと会っていたのは町の物資供給のためと……?」

 

ルーシーの訝し気な問い掛けに、マオは息を小さく吐くと皆に向けて告げる。

 

「そうだ、初めに言っておくと私とカーサはトライアンフに情報を売ったりしていない。町を定期的に出ていたのは彼らから提供してもらった物資を運ぶためだ」

 

「……何故ホロウに入ってまで、私たちに内緒にしていたんですの?」

 

一先ず戦闘になることはないが、ルーシーは未だに真実かどうか測りかねているようだ。

マオは眉根を寄せ、短く頷いた。

 

「……カーサ、説明してあげてくれ。もう隠し通すのは難しい。ここまで来たら正直に話した方が皆のためだ」

 

促されたカーサは沈痛な面持ちで告げる。

 

「……そうだね、マオ。モルスからもらった物資は町が生きてくために必要なものなんだ。実はガソリンスタンドが枯れちまってから本当に町はやせ細っているんだ……」

 

「そんなこと……一度も」

 

ルーシーは深く息を吐き、帽子を押し上げた。

彼女の声は怒りよりも、むしろ寂しさに近かった。

 

「……そうだとしてカーサ、どうして私たちに相談しなかったんですの?町のことなら、力を貸すぐらい造作もありませんわ」

 

カーサはその問いにしばらく言葉を失っていた。

やがて俯き、唇を噛んだまま静かに答える。

 

「初めは……そうしようと思っていたさ。でも、あんたたちは“ツール・ド・インフェルノ”の準備で奔走してた。せっかく長年の恩を返せる機会がやってきたのに、そんな中でこれ以上悩みの種を増やすわけにはいかなかったのさ」

 

その声にはため息にも似た疲労が滲んでいた。

恩人への仁義と町を守るための決断だったのだと誰の耳にも分かるほどに。

 

ルーシーはしばらく黙り込み、視線を伏せる。

やがて小さく呟いた。

 

「……つまりあなたたちの行動は私たちの情報が外部に漏れていた件とは無関係、ですの?」

 

その言葉にマオが首を横に振った。

 

「いいや、それは違う」

 

短く鋭い声。

皆の視線が彼女に集まる。

 

マオは倒れたモルスの方を見やりながら淡々と続けた。

 

「恐らくそれはモルスの仕業だ。話を聞くに、奴は妨害行為を行ったベルラムについて把握していた。それにカリュドーンの子への妨害が始まったのはこの取引が始まってからのことだ。とても偶然とは思えない。私もそれとなく探っていたが……()()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

アキラとルーシーは視線を交わし、彼女の言葉にどこか引っかかるような感覚を覚えた。

それでも今は問い質さず、アキラが低く言った。

 

「つまり……モルスがこの取引に何か仕込んでたとするなら、町に運ばれる物資を調べた方が良いかもしれないね」

 

「コホン!……あーけど、詳しいことは直接奴に尋ねた方が早いかもしれないな」

 

マオが軽く咳払いをして視線を戻す。

だが次の瞬間、彼女の表情が固まった。

 

そこにあるはずの影は――もうなかった。

 

「……おい、モルスは?」

 

「っ!」

 

目を向けた場所に彼の姿はなく、周囲を見渡すと痛む体を引きずりながらバイクへと跨り、逃走を開始するモルスがいた。

 

排気音が夜を切り裂く。

 

「しまっ!?逃げる気ですわ!」

 

ルーシーが慌てて追いかけ、皆もそれに続く。

 

止まれと叫ぶが、エンジン音がそれをかき消した。瞬く間に砂煙が舞い、テールランプが闇の中に消えていく。

 

足で追えるわけもない。それでもルーシーとマオたちは必死に追いかけた。

荒野の風を切り裂くような音が一瞬途切れ、次の瞬間、耳をつんざくような衝突音が響く。

 

「今の音……!」

 

一同が駆けつけると転倒したバイクの傍らにモルスが倒れていた。そして、そのすぐ先に立っていたのはカリュドーンの子の首領、シーザーだった。

 

「シーザー……どうしてここに?」

 

アキラが思わず呟く。今回の件を内密にして、町に置いてきた彼女がなぜかこの場所にいた。

月明かりに照らされた彼女の姿は、夜の帳が下りた中でもはっきりと見えた。

 

「……マオ。カーサ。」

 

静かな声。その響きには怒りでも困惑でもない、言葉にならない重みがあった。

許しとも叱責ともつかぬその色にマオとカーサは一瞬だけ目を伏せる。

 

ルーシーは反射的に前に出る。

 

「違いますわシーザー、彼女たちは――」

 

「止せ……知ってる」

 

短い言葉にルーシーの足が止まる。

シーザーの視線はモルスが運んできた荷物へと移った。箱の中の食料や燃料缶が月明かりに光る。

 

「……これ以上、物資をホロウに置いておくわけにはいかねぇ」

 

シーザーは静かに言うとマオとカーサをまっすぐ見据える。

 

「全部持っていけ」

 

誰もが息を呑んだ。

その声音に誤解が解けた様子はない。それでも、首領としての威厳と誰よりも人を見ようとする目だけは確かにそこにあった。

 

 

辺りが静まり返ったその時、突如乾いた音が響いた。

 

――拍手。

 

一度、二度、ゆっくりと。

音が夜のホロウの空虚な大地を反響していく。

 

全員が振り返る。

 

闇を押し分けて現れたのは岩のように巨大な男とその傍に控える青年だった。

男の一歩ごとに地面が鳴り、夜気がわずかに震える。

 

ルーシーはその姿を見て息を呑んだ。

月明かりに照らされたその姿を見間違えるはずがなかった。

 

「……覇者、ポンペイ……!」

 

名を呼ぶ声は警戒が滲んでいた。

 

トライアンフの首領、”覇者”ポンペイ。

その背後には無表情のまま佇む彼の右腕、ルシウス。

 

ポンペイの鋭い視線が一同を順に射抜いていく。

 

ポンペイは肩を揺らし、低く笑うように言った。

 

「流石はマオが贔屓するカリュドーンの子の首領だ。……久しいな、シーザーよ。ビックダディの傍にいたあの小娘が部下を連れて俺の舞台に足を掛けるとはな……」

 

その声には感慨深さと重みが混じっていた。

シーザーはその圧を正面から受け止めながらも表情ひとつ変えないまま、じっと彼を見据える。

 

「覇者ポンペイ……!カリュドーンの子は今もまだあなたを連盟の長と認めてはいますけれど、ここに現れたからには納得の行く説明を聞かせてもらう必要がありますわ!」

 

ルーシーの声が張り詰めた空気を切り裂いた。

しかしポンペイは微動だにせず、深く息を吐いて応じる。

 

「そう急くな。いずれ知るであろうことよりも、今はより差し迫った問題がある。……シーザーよ。ここにある物資は我々トライアンフがブレイズウッドに供与すると約束したものだ。貴様は町の長がこれらを持ち帰ることに何ら異議はないと、そう言うんだな?」

 

一見挑発めいた言葉にルーシーの頬がぴくりと引きつる。

 

「……ポンペイおじ様!人を馬鹿にするのも程がありましてよ!」

 

その怒りを遮るようにシーザーが一歩前に出た。

 

「待てルーシー。前に話してたカーサとマオの弁明は全部聞いてるぜ。この箱の中身も確認したが確かに食料と燃料だ。嘘はついてねぇんだろう。こいつの出所はともかく、町に必要な物資なのは確かだからな」

 

ポンペイは腕を組み、視線をマオへと落とす。

 

マオは困ったように笑って頬を掻いた。

 

「ご覧の通り少しややこしい状況になりまして……、ポンペイさんからも誤解を解いてくれませんか?」

 

その声には争いを鎮めようとする穏やかな響きがあった。

 

ポンペイは低く鼻を鳴らし、無言で頷く。

腕をほどき、一歩前に出た巨体が夜風を押し分けた。

 

「……いいだろう」

 

その一言に場の空気が引き締まる。

ポンペイはゆっくりと周囲を見渡して重い声を落とした。

 

「ブレイズウッドもマオも、依然として貴様らの側にある。取引の場をホロウにと望んだのはカーサだ。トライアンフの者が町に出入りすれば貴様らの反感を買うのは明らかだからな、俺もそれに応じた。連盟の輪を乱すことは我々の本意ではない」

 

カーサが目を伏せ、マオが肩をすくめる。

 

「……つまり私たちの動向が筒抜けだった件はあなた方とは無関係だとそう言いたいんですの?」

 

ルーシーの声には棘があった。

しかしポンペイは一歩踏み出し、重く言い放つ。

 

「……小娘、物怖じしない姿勢は立派だが、引き際を弁えなければただ無礼なだけだ。いいか?俺がここに来たのはこの件を解決するためだ。今日ブレイズウッドから届けられた工芸品の中に”コイツ”が見つかった」

 

彼が懐から取り出した小さな金属片が月光を反射する。

 

「これは……盗聴器?」

 

ルーシーの声が震えた。

ポンペイはその反応を見ても眉ひとつ動かさない。

 

「モルスよ……この便には重油が入っていたはずだ。俺たち旧油田エリアの生命線、その象徴がな。なぜこんなものが入ってやがる?……それだけではない。このところブレイズウッドに届く物資が約束の量に満たないそうだ。何か知っているだろう?」

 

マオにボコボコにされ、逃げた先でもシーザーに叩きのめされたモルスはなんとか体を起こし、唇を噛んだ。

 

「ポ、ポンペイの親分、俺は……」

 

「モルス!ツール・ド・インフェルノの帯同を許したのは、断じてこのような小細工をさせるためではない!覇者たる我々が仁義を守らぬ連盟なんぞに誰が籍を置きたがる?我々が一つになれないのなら、誰が旧油田エリアを守るのだ?」

 

雷鳴のような叱責が響き、モルスは再び膝をついた。

 

「ポ、ポンペイの親分、申し訳ありません。俺が間違っていました!俺はまともではなかったんです。この件は全て俺の責任、どうか罰を……!」

 

「罰だと?思いあがるな!貴様が台無しにしたものを貴様一人への罰で贖い切れるとでも思うのか。……カリュドーンの子並びにカーサ、マオ。モルスは俺の部下だ……、こいつがしでかしたことの責任はこいつを正しく導かなかった俺のものだ。覇者としてこの件は俺が責任を取る」

 

その言葉には覇者の誇りと仁義が宿っていた。

 

沈黙の後、ルーシーが静かに言葉を返す。

 

「フン、大層なスピーチですこと。……それで?どのように責任を取るおつもりですの?」

 

ポンペイは顎に手を当て、横目でマオを見る。その視線の意図を理解したマオは頷き、柔らかく笑みを浮かべた。

 

「……最近、旧油田エリアに隣接する複数のエリアと提携の協議をした。俺たちが燃料の一部を提供することを条件に、今後は他のエリアを経由して旧油田エリアの劣化したパイプラインを再建することができる」

 

カーサが真っ先に声を上げた。

その瞳には驚きと希望の光が宿っていた。

 

「それは……!前に話したうちの町への燃料供給もどうにかなるって話のことかい?」

 

「そうだ。あと三ヶ月あれば供給が戻るだろう。それだけでなく、複数のエリア間で道路を共有する協定も結んだ。これにより新たに少なくとも5本以上の輸送ルートが開拓できる。これからの半年間、そのうち三つ……いや、四つのルートを貴様らに任せるつもりだ。それなら文句はあるまい」

 

ルーシーがゆっくりとまつ毛を伏せ、やがて鋭く顔を上げる。

その声音は静かだったがそこに込められた警戒と疑念は隠しようがなかった。

 

「……つまり、せっかく手に入れた利益を明け渡してくださるということですわね」

 

ポンペイは一拍置いてから肩をすくめ、荒野に吹く風の中で低く答える。

 

「このところルートの抽選では貧乏くじを引き続けているようだからな。埋め合わせをしてやってもいい頃合いだろう。新たなルートは利益も生むが、相応のリスクがある地域を通過することになる。丁度、腕に覚えのある走り屋が必要だった。……ただし条件もある。このルートで貴様らには困窮している地域住民を支援してもらう。当然、このルートを担当する以上は後に続くチームにも同じことをしてもらうがな、……どうだ?」

 

シーザーはすぐには答えることはせずに、自分よりもこの手のことに詳しいルーシーへと目を向け、受けるべきか小声で相談を始めた。

 

顎に手を当てながら冷静にこの条件の利点を説明するルーシーとそれを聞くシーザー。

 

ポンペイはそんな二人のやり取りを見て、ふとマオへと視線を向けた。

 

「………」

 

彼女の表情には緊張も恐れもなかった。

ただ穏やかで、すべてを見通しているような静けさだけがあった。

 

「……マオ、貴様にも迷惑をかけたな。何かしら報いを用意したいと思っている」

 

マオは首を振り、やや困ったように微笑んだ。

その笑みの裏には計算でも打算でもない、静かな決意が見えた。

 

「……とんでもないですポンペイさん。あなたの誠意はしかと拝見しました。私からはこれ以上何も望まない……と、言いたいですがせっかくなので少しお願いが……。お耳を貸していただいても?」

 

ポンペイの眉がわずかに動く。

この小娘が自分に“お願い”をするなど珍しい。

 

その奥にある意図を探ろうと視線を細めた。

 

「ああ、勿論聞こう」

 

マオが口を近づけ、何かを小声で告げた。

ポンペイの表情が微かな驚きに揺れる。

 

「……何?そんなことで良いのか?」

 

「ええ、今回の件に少し個人的に思うことがあるので……」

 

マオの声は柔らかいがその瞳の奥には炎のような光が宿っていた。

 

「……分かった。許可は出しておく、恐らく反発が起こるだろうから此方でできる限り抑えよう……」

 

「ありがとうございます。ですがそのくらいは自分で何とかします。ポンペイさん、あなたはツール・ド・インフェルノでお忙しいでしょう?私を気遣う必要などないですよ。……彼女たちを相手にしてそんな余裕はない筈だ」

 

「なに……?」

 

一瞬、ポンペイの表情が固まった。

挑発とも忠告とも取れるその言葉の意図を測りかねて訝しげに眉をひそめる。

 

その時、相談を終えたシーザーが前へ出た。

 

「悪くない条件みてぇだなおっさん!……けどよ!前提を履き違えてるぜ!ツール・ド・インフェルノが終わった後、誰が覇者で誰がルートを指定すんのかはまだわかんねえだろ?オレ様が覇者になったら絶対おっさんよりフェアにやってみせるかんな……!」

 

「……!」

 

その言葉にポンペイが目を見開き、マオが誇らしげに頷く。

シーザーの声には若き野心と燃える闘志が満ちていた。

 

それは何年も郊外を治めた彼への挑戦。ポンペイの胸の奥で忘れかけていた熱がゆっくりと、しかし着実に燃え上がりはじめる。

 

挑戦の火が今、確かに灯った瞬間だった。

 

「……ね?言ったでしょう?彼女はあなたの座を本気で狙っている、当日は退屈など感じさせない決死の防衛戦となるでしょう……!」

 

マオの声が夜風に乗る。

湧き上がる高揚。それはポンペイの口角をゆっくりと持ち上げた。

 

「フフ、なるほど、偉そうな口を叩く。シーザー!それは了承と捉えていいんだな?」

 

シーザーは不敵に笑う。

 

「ああ……!そう捉えてもらって構わねえぜ!」

 

ポンペイは懐から紙を取り出し、風を裂くようにシーザーへと差し出す。

 

「シーザー!こいつは今書いた念書だ、取っておけ。ルートの件はもう間もなく正式に発表される。次はツール・ド・インフェルノで(まみ)えるとしよう!」

 

夜風が吹き抜け、砂を巻き上げた。

 

二人の次の覇者候補が向かい合うその光景はまるで嵐の前の静けさのように息を呑むほど鮮烈であり、やがて訪れる決戦の予兆を誰もが肌で感じていた。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

ブレイズウッドの夜は静かだった。

街灯の光が途切れがちな通りを風が細く抜けていく。

 

マオの薬局の一室。

 

丸い卓を囲んでアキラたちは座っていた。

誤解も解け、緊張に張り詰めていた空気はもうない。けれど、代わりに気まずい沈黙が薄い霧のように部屋を満たしていた。

 

「……ごめんなさい、マオ」

 

最初に口を開いたのはルーシーだった。その声音には普段の棘も皮肉もなかった。

 

「私、疑ってしまいましたの。あなたが敵と通じてるんじゃないかって……」

 

マオは少し目を伏せ、静かに首を横に振った。

 

「気にしないでくれ。私の立場を思えばむしろ疑われて当然だろ」

 

彼女は静かに笑い、湯気の立つカップを置く。

 

「……ごめん、あたしも」

 

今度はパイパーが小さく手を上げた。

目を合わせられないまま、苦笑いを浮かべる。

 

「あの日、カーサとマオがこっそり町を出ていくのを見ちゃってさぁ。なんか変だなって思って……情報が洩れてるなんて聞いて、つい、みんなに話しちまったんだ。あたしのせいで疑いを広げたようなもんだよなぁ」

 

ライトがサングラスの位置を整えながら呟く。

 

「パイパーだけの責任じゃない。俺たちもその話を信じて疑う方を選んだ。内通者の件については、信じるより疑う方が楽だったんだ。……すまない」

 

その言葉に一同は沈黙した。

その沈黙を割るようにマオが静かに告げた。

 

「……でも、結局大元の原因は取引にあったんだ。黙っていた私たちの責任でもある。誤解を生んだのは私たちのやり方が拙かったからだよ」

 

「違うよ、マオ!」

 

カーサが思わず身を乗り出す。

 

「皆に隠すよう言ったのは私だ! あんたはちゃんと相談するように言ってくれたじゃないか!」

 

マオは小さく手を振った。

 

「誰が悪かったなんて、今決める時じゃない。……誰かしら気に病むことがあるなら、さっさとみんなで謝って終わりにしよう」

 

アキラがその意見に頷き、賛同する。

 

「そうだね。僕たちはカーサさんとマオを疑った。二人は黙っていた。互いに間違いがあった。それなら、素直に手打ちにしよう」

 

マオが頷き、言葉を紡ぐ。

 

穏やかな空気が流れかけたその時、マオがふと顔を上げた。

 

「では私から謝罪させてくれ。ぶっちゃけると盗聴器の件は私も薄々わかっていた」

 

「えっ?」

 

一瞬で空気が張り詰めた。

 

アキラとルーシーを除き、全員が思わず声を上げる。

 

二人は「やっぱり……」と呟いていた。

 

シーザーも驚いたように目を細める。

 

「……どうして黙ってたんだ?」

 

「理由があるんだ」

 

マオは目を伏せ、ゆっくりと語り出す。

 

「ツール・ド・インフェルノは郊外の誰もが待ち望んでいる祭りみたいなものだ。それが“トライアンフとカリュドーンの子の一騎打ち”として注目されている。だが、その舞台裏で卑怯な手が使われていたなんて噂が立てば……人々は幻滅するだろう?」

 

彼女の声は淡々としていたが、その奥には深い覚悟があった。

 

「それだけじゃない。その策略が“覇者ポンペイ”の仕業だなんて話が広まったらどうなると思う?……彼の信用は地に落ちる。郊外をまとめてきた人の威信が崩れれば、治安は乱れ、誰も信じられなくなる。だから……私はあえて黙っていたんだ」

 

全員は息を呑む。

マオの行動が個人のためでも組織のためでもなく”郊外全体”を守るためだったことに気づいた。

 

「マオ、君がシーザーたちと同行していたのはトライアンフの妨害を知ってたからなのかい?」

 

「そうだ。準備が潰されないよう、少しでも防げるようにと思ってな。黙ってたんだからこれくらいの責任は取らなくちゃいけないだろ?」

 

マオは静かに微笑んだ。

その横顔には疲れがにじんでいたが、不思議と清らかだった。

 

「……私はカリュドーンの子の勝利を願っている」

 

少し間を置いて、続ける。

 

「でも同時にポンペイさんの力にもなりたかった。あの人は本気で郊外のことを考えているからな。シーザーたちにとって敵陣営の人間だが、私はあの人を……心から尊敬しているんだ」

 

言葉が終わると、室内はしばらく静まり返った。

ルーシーは俯いたまま小さく呟いた。

 

「……やっぱり、あなたってずるい人ですわね」

 

「ずるい?」

 

顔を上げたマオが眉を寄せる。

ルーシーは唇を尖らせ、どこか拗ねたような、それでいて感情を抑えきれない表情で続けた。

 

「ええ、そんなこと言われたらもう誰もあなたを責められないですもの。……私も、謝ることがありますわ!」

 

彼女の声がやや裏返る。

 

「実のところ、あなたがトライアンフに情報を売ってるのではと考えた時、カーサとは違って、お人好しなあなたの利益が全くと言っていい程わからなかったため、混乱を引き起こして愉悦に浸る変態なのではと考えておりましたわ!」

 

「……は?」

 

マオが目を瞬かせた。完全に虚を突かれたような顔。

パイパーも腕を組み、妙に真面目な顔で頷く。

 

「マオ先生は郊外で薬をただ同然に配るんだもんなあ。金のためじゃないことは分かってたけど、動機がさっぱりだ。ルーシーの言う通り、”特殊な人間”だったんなら納得できるってもんだろぉ?」

 

「……いや、納得しないでくれない?」

 

マオが小さく抗議するように言うとライトがため息をつきながら口を挟んだ。

彼はサングラスの位置を直し、気まずそうに目を逸らす。

 

「まあ、だとしても今までの貢献で助けられたものがいるからな……文句は言えん」

 

「ライトさん……!それだと彼女への疑いを確定させてる言い方だからね!?」

 

アキラが慌てて両手を振る。

 

マオは額に手を当てゆっくりと深呼吸した。

その仕草にその場にいた全員が息を飲む。

 

そして静かに顔を上げた。

 

「……ちょっとごめん。やっぱ全員、私に本気で謝ってくれないか?」

 

ほんの少しドスの利いた声。

怒っているというより、もはや呆れを通り越したような、底の見えない迫力があった。

 

全員が同時に背筋を伸ばし、どこか慌てたように顔を見合わせる。

 

数秒の沈黙。そして、ふと誰かが笑いを堪えきれずに吹き出した。

 

緊張の糸が切れたように笑いが小さく広がっていく。

ルーシーも「ごめんなさい」と笑いながら手を合わせ、パイパーも肩をすくめて笑い出した。

 

張り詰めていた空気がようやく柔らかくほぐれていく。

 

「……まったく」

 

マオも呆れたようにため息をつきながら、口元だけは少し笑っていた。

 

 

 

 

「……まあ、これで一件落着ね。」

 

カーサがそう言って、ふぅと息を吐いた。

部屋の窓の外では夜明け前の光が淡く地平を染めている。

夜が終わり、新しい日が始まろうとしている。

 

皆の謝罪を受けつつも若干不貞腐れた様子のマオはぼそりと呟いた。

 

「……でも、これで全部終わったわけじゃない」

 

シーザーが顔を上げる。

 

「どういう意味だ?」

 

マオは目を細め、静かに答えた。

 

「今回の妨害、確かに実行したのはモルスだ。けど奴一人の独断じゃない……」

 

「やはり……ルシウスが?」

 

ルーシーの声に、マオは無言で頷いた。

 

「現場での手際の良さ、情報の流れ、そして“どこまでがポンペイの許可なのか”を線引きして動いていた節がある。つまり、アイツは命令ではなく“黙認”を利用してた。上に知られず、下に責任を押しつける……ルシウスの得意な手だよ」

 

「……私もそう思ってましてよ」

 

ルーシーは憎たらしいと悔しげに唇を噛み、帽子を少し下げた。

 

「モルスの独断行動として手打ちとしましたがそんなはずはありませんわ。あの時のルシウスの自分には関係ないという態度。絶対に彼が糸を引いてますわね……!」

 

重たい空気が卓の上に落ちた。

だがマオは迷いのない目でルーシーを見つめ、静かに告げる。

 

「だからこれ以上妨害が入らないように私がトライアンフに行って監視をしておく!お店の方を少し空けることになるな」

 

「…………は?」

 

突然の宣言にルーシー含め、皆が思わず声を裏返らせた。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

ルシウスもまったく同じ声を上げていた。

 

トライアンフ陣営――旧油田エリアの拠点施設。

 

その中央、長机の向こうに立つポンペイの隣に見覚えのある女が立っている。

栗色の三つ編みを揺らして清潔な白衣を羽織った薬師、マオだった。

 

「という訳で今日から世話になる。薬師のマオだ。みんなよろしく」

 

朗らかに笑いながら彼女は軽く会釈し、背の巨大なバックパックが揺れる。

 

ルシウスは口元を引きつらせ、低く問う。

 

「……ポンペイの親分。これはどういう冗談です?」

 

ポンペイは腕を組み、ゆっくりと椅子に沈み込む。

 

「冗談ではない。マオにはしばらく我々の医療補助を任せる。”先の事件”から、ブレイズウッド経由の物資の管理も含めて行いたいとマオが希望したことだ」

 

「しかしっ……!」

 

ルシウスの声が少し上ずった。

その後ろで、部下たちもざわついている。

 

“カリュドーンの子”と行動を共にしていた女が今ここに、ライバル陣営の真ん中にいるのだ。

その事実だけで全員の警戒心が跳ね上がる。

 

マオはそのざわめきを気にも留めず、棚の上に置かれた救急箱をひょいと手に取り、無邪気に言った。

 

「怪我人が多いって聞いたからな。手は多い方がいいだろ?それに……また妨害行為を起こされたら困る。公平な“監視員”としても働かせてもらうつもりだ」

 

淡々と、しかしどこか含みを持った声音でマオが言い切る。

一瞬場が静まり返ったのも束の間、すぐに複数の反対の声が上がった。

 

「冗談じゃねえ!トライアンフの情報をカリュドーンの子に流されたらどうする!」

 

「そうだ。確かに恩はあるがあいつらと馴れ合ってた女だぞ!スパイに決まってる!」

 

流石ライバル陣営。怒気と不安の入り混じった声が重なり、室内の空気がざらつく。

 

マオは腕を組み、騒ぎ立てる彼らを一瞥しただけだった。

だがその無言がかえって挑発のようにも見えた。

 

当然ルシウスがそれを見逃すはずもない。

冷ややかな笑みを浮かべ、一歩前に出る。

 

「……皆の言う通りですよ、親分」

 

彼はまるで“仲間を代弁している”かのように言葉を選びながら続けた。

 

「確かに彼女は腕の立つ薬師です。しかし今、ツール・ド・インフェルノが控えているというのにあえて敵と関わりのある人間を抱えるのは火種ですよ。混乱の最中に裏切られでもしたら、誰が責任を取るんです?」

 

「………」

 

言葉の一つひとつに針が仕込まれている。

ルシウスはあえて拍車をかけるように声を強め、場の空気をさらに煽った。

 

「ポンペイの親分。ここはやはり、彼女のことは――「なるほど。あんたらの意見はよくわかった」」

 

その瞬間、マオが静かに声をかぶせた。

 

「……では、ツール・ド・インフェルノが始まるまで、あんたらのところでお世話になろうか」

 

一瞬、空気が止まる。

 

「は?」とルシウスが顔をしかめる。

 

唐突な提案にいきなり何を言い出すのだこの女は、と視線を向けるとマオは笑みを浮かべていた。

 

「あくまであんたらが恐れているのは情報を外部に流されることだろう?ここで過ごせば外と連絡を取ることもできない。これなら安心ではないか?」

 

妥協のように見せかけて、実際には“監視期間”を自ら延長させる形での滞在許可である。

 

「ただの薬師一人がここまで譲歩したというのにまさか反対するのか?あの走り屋連盟の長たる”トライアンフ”が?」

 

「……っ」

 

鋭く切り返され、誰も即答できない。

誠意を示して見せ、解決策を提示したマオに対して他のメンバーは顔を見合わせ、やがて渋々頷くしかなかった。

 

ただひとり、ルシウスだけが納得できてはいない。

 

やがてポンペイが立ち上がり、「話はここまでだ」と短く告げる。

場の緊張がようやく解け、メンバーたちは不満を飲み込みながら散っていった。

怒りと不安と、どうしようもない好奇心を背負ったまま。

 

――そして、残されたのは二人だけだった。

 

ルシウスは周囲に誰もいないことを確認するとマオに歩み寄った。

声を潜めながらも刺すような視線を隠そうともしない。

 

「何を考えてるか知らんが、余計な真似はするなよ……!」

 

低い声音には威嚇と警告が同居していた。

マオは肩をすくめて微笑む。

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。あんたも何か企んでるようだしな?」

 

その言葉にルシウスが苦い顔をしてマオを睨みつけるが、マオはまるで何も感じていないかのように背を向けた。

 

――こうして彼女はその日から正式に『トライアンフ』の陣営で過ごすこととなった。

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりの詰所。

外では乾いた風が吹き抜け、窓際に積まれた古い資料の角がかすかに揺れた。

薄暗い室内では書類の束を前にした走り屋の下っ端が黙々とペンを走らせている。

 

カリカリと紙を削るような音が静寂の中で規則正しく響いていた。

そこへマオが静かに歩み寄る。

 

「随分と真面目なんだな。トライアンフの人たちは皆こんなに働き者なのか?」

 

声を掛けられても青年は顔を上げない。

まるで聞こえていないかのようにただ手元の文字を追い続けていた。

 

――なるほど、ルシウスの差配か。

 

マオは小さく目を細める。

無言の牽制。私に話しかけるなという上の命令をこの青年は律儀に守っているのだ。

 

「まったく……」

 

わざと聞こえるようにため息をつく。

その声は軽く、どこか愉快そうだった。

 

少し間を置いてマオは机の上の書類を指で弾く。

 

「そういえば……モルスとかいうシリオン、あれでもトライアンフのナンバー3なんだろう?確か元賞金稼ぎで、ポンペイさんを狩り損ねて”二日で”音を上げたとか――」

 

その瞬間カリカリという音が止む。

インクの染みが広がる紙の上で青年の手が固まった。

ゆっくりと顔を上げて鋭い眼差しでマオをちらりと見やる。

 

「……何だって?」

 

その声には反射的な怒気と誇りが混ざっていた。

 

マオは小首を傾げ、わざとらしく目を瞬かせた。

 

「おや、違ったか?」

 

「違うに決まってんだろ。”三日三晩”だよ。ポンペイの親分を追い詰めても仕留めきれなかった。でもな、あの人は倒れるまで狩り続けたんだ。あの執念は本物だった……!」

 

言葉の端に混じる誇らしげな響き。

青年の手が興奮でわずかに震えているのをマオは見逃さなかった。

 

彼女は目を丸くして、本気で驚いたように息を吐く。

 

「そうだったのか?それは失礼したな」

 

青年は鼻で笑い、口元をわずかに歪めた。

その表情には怒りよりは、未熟な外野への苦笑。

 

「ったく、そんな半端な話どこで聞いたんだか……。モルスさんに聞かれたらぶん殴られるぞ」

 

マオはつい先日、自分がそのモルスを文字通り立ち上がれない程“ぶん殴った”ことを思い出して唇の端に小さく笑みを浮かべた。

 

「はは、それは恐ろしいな。……それにしても、モルスについてよく知ってるんだな」

 

と軽く返す。

 

青年は肩の力を抜き、少し安心したように机に肘をつきながら遠くを見つめるように語った。

 

「まあな、俺も一度だけあの人の“狩り”に同行したことがある。あの人の背中は正直ゾッとするほどだったな」

 

マオは頷きながら、心の中で静かに呟く。

 

(――人は間違いを正すときほど饒舌になる)

 

トライアンフ内でのモルス自身の信頼もあるだろうが、青年の口から漏れる彼の自慢気な言葉を聞く。

 

マオはそこから会話の糸を手繰るように自然と話題を広げていき、親睦を深めていった。

 

 

 

その後も、マオは同じようにしてトライアンフの人々との距離を少しずつ詰めていった。

 

倉庫番には物資の管理について尋ね、彼の几帳面な帳簿を見て「これほど整っている記録は初めて見た。トライアンフは優秀な人材がいるな」とさりげなく褒める。

 

陣営の調理係に声をかけ、「このスープ、香草の加減が絶妙だな。……え?心血を注いでるのに誰にも言われたことが無かった?それはお気の毒だな、ちゃんとおいしいよ」と笑みを添える。

 

マオの柔らかい口調と押しつけがましくない関わり方は徐々に周囲の警戒を解いていった。

 

陣営内での悩みをフラットに聞ける面も大きく、小さな不満や不安を聞き出し、薬師ではなくカウンセラー、“心の医者”としての助言もする。

 

 

――だが、誰よりもマオの動きを警戒していた男がいた。

 

ルシウスである。

 

彼の視線は常に冷たく、どこか苛立ちを含んでいた。

マオがメンバーと話しているたびに彼の眉はわずかに動く。

 

マオはそれに気づきながらも、あえて気づかぬふりをした。

笑顔を崩さず、人々と語らい、さりげなく手助けをしながら”信頼”を積み上げていく。

 

日が経つにつれ、マオはただの“外部の監視者”ではなく、トライアンフの輪の中に自然と溶け込んでいった。

 

 

やがて、マオは実際の仕事にも手を貸すようになる。

 

トライアンフは郊外の輸送網を担う走り屋集団のトップ。

燃料や物資を運ぶ彼らの活動範囲は広く、時には物資を狙う無法者やホロウ災害にも対応せねばならない。

 

マオは薬師としてその輸送任務に同行したり、体調を崩した者の手当てをしながら道中の集落にも立ち寄った。

 

「ここの井戸、前より濁りが強いな。上流の方で採掘が進んでいるのかもしれない。走り屋たちの休憩地点としてよく使われるから早いうちに解決に乗り出すべきだな」

 

「この村の連中、最近ホロウの拡大を見たって話してたな。このあたりの輸送ルートを少し変えたほうがいいかもしれない」

 

そんなふうに、さりげない助言を残してはトライアンフを助けていった。

 

仲間たちは最初こそ半信半疑だったが、マオの言葉が的を射ていることに気づくのに時間はかからなかった。

 

彼女の指摘で被害を避けられた運搬班もあり、徐々に彼女の存在は“監視役”から“助言者”へと変わっていった。

 

「おいマオ!次の輸送にもついてきてくれよ。前回みたいにルートの異常がねぇかまた見てほしい!」

 

「ああ、もちろんだ。無茶はしないように、監視役としてしっかり見張らないとな」

 

マオは微笑みながら応じた。

 

 

ーーーーーー

 

 

夕刻の詰所。

一日の大仕事を終えたトライアンフのメンバーたちが休憩がてら缶コーヒー片手に机を囲んでいた。

 

マオもその輪に混じり、柔らかな笑みを浮かべて談笑している。

 

「この前の輸送、あれ本当にギリギリだったよな。あのルート、また塞がってたらと思うとゾッとする」

 

「まったくだ。あの道、今度は地盤まで緩んでるらしいしな」

 

「……で、また俺らに修理の応援だ。ほんと人手が足りねぇ……!」

 

愚痴とも雑談ともつかない言葉が飛び交う。

マオは頷きながら、穏やかな調子で口を開いた。

 

「大変だな、本当に同情するよ……。そういえば話は変わるが――ルシウスって、どうしてこの陣営のナンバー2なんだ?」

 

「は?」

 

一瞬、空気が固まる。

マオはあくまで自然な調子で首を傾げた。

 

「いや?悪い意味じゃない。ただ……性格的に……、あいつはトライアンフの“理念”とは少し違うように見えてな。部下への発言を見るに仁義を持っているかと言われるとちょっと違うような気がしてな……」

 

沈黙の後、メンバーの一人が鼻を鳴らした。

 

「はっ、そりゃそうだ。マオの言う通り、アイツは裏じゃ横暴なんだぜ。下に命令飛ばしておいて自分は一歩も動かねぇ」

 

「そうそう、でもポンペイの親分が気に入ってるからな。仕方ねぇのさ」

 

「後継者候補だって話もあるしな。信じらんねぇけど」

 

苦笑と溜め息が混ざる中、マオは目を細めた。

 

「後継者?それは……少し意外だな」

 

「意外どころか悪夢だよ。性格は最悪だが、まあ頭は回るし、仕事の手際もいい。ポンペイさんの言うことなら仕方ねぇって感じさ。何よりあんなにごねてたツール・ド・インフェルノにまで出るとなりゃあ、遂に地位を引き継ぎに乗り出したと思うさ」

 

マオはわずかに笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

 

「けどあんたらは憂鬱そうだな。じゃあ、決闘でも申し込めばいいじゃないか。カリュドーンの子ではそんなの日常茶飯事だぞ?」

 

頭の中で日常的に行われるルーシーとシーザーの決闘を思い出しながら彼女は笑みを浮かべる。

 

「マジかよ!?おいおい、こっちにそんな物騒な文化持ち込むなよ!」

 

「ハハッ、お前のところは意外と血の気多いんだな!」

 

笑い声が広がり、場の緊張が和らいだ。

 

腹を抱えて笑うメンバーたち。

マオも口元に手を当て、くすくすと笑っていた。

 

そのとき。

 

「……ずいぶん楽しそうじゃないか」

 

低く抑えた声が室内の空気を一瞬で凍らせた。入口の方から響くその声に全員の動きが止まる。

 

振り向くとルシウスが腕を組み、無言で立っていた。

 

その薄い笑みには明確な威圧があった。

 

「ル、ルシウスさん……!?こ、これは――」

 

「べ、別にサボってたわけじゃ――」

 

慌てふためくメンバーたちをよそに、マオだけは落ち着いた調子で手を振った。

 

「おや、ルシウス。いいところに。お疲れさま」

 

その軽い挨拶を完全に無視してルシウスは低く言い放つ。

 

「仕事の合間に笑ってる暇があるなら、書類の一つでも片づけろ。ここは遊び場じゃない」

 

怯える彼らを庇うようにマオがすぐに口を挟んだ。

 

「おいおい、今は休憩時間だろう?少しくらい話したっていいじゃないか。張りつめっぱなしじゃ、逆に効率が落ちるからな」

 

ルシウスの眉がぴくりと動く。

 

「最近、随分現場に口を出すようになったみたいだが、……それは本来君が判断することじゃないんだよ」

 

だが、マオは一歩も引かない。

椅子に腰を下ろしたまま軽い調子で言葉を続けた。

 

「まあまあ。……せっかくだし話していかないか?ちょうどあんたの話をしていたところだよ」

 

ルシウスの視線が鋭くなる。

 

「……僕の?」

 

「そう。どうしてツール・ド・インフェルノに参加しようとしたのかってな。それに……噂では、”都市のエーテル企業と繋がってる”って話も聞くけどそれは本当なのか?」

 

含みを持たせて尋ねると、わずかに空気が揺れる。

ルシウスの目の奥が冷たく光り、笑みが完全に消えた。

 

「……そんなくだらない話、どこで仕入れた?」

 

「どこでもいいだろう?ただ、あんたは話題に事欠かない男だなと思ってな」

 

マオの口調は穏やかだが、言葉の芯には鋭い針が潜んでいた。

静かな挑発のような響きが空気の温度を下げていく。

 

ルシウスは舌打ちを一つこぼし、肩を怒らせながら背を向ける。

 

「単なるガセだろう。……お前ら、休憩が終わったらすぐに仕事に戻れ」

 

足音が遠ざかり、扉が勢いよく閉まる。

その瞬間、張りつめていた空気が一気にほどけた。

誰かが息を吐き、別の誰かが笑い混じりに呟く。

 

「……マオ、お前怖いもん知らずだな」

 

マオは肩をすくめ、冷めたコーヒーをひと口。

 

「怖い?むしろ興味深いって言うべきじゃないか?それよりも庇ってやったんだ、何か奢ってくれよ」

 

どこかおどけた様にそう言って、マオの唇にかすかな笑みが浮かんだ。

 

「確かに助かったけどな!?心臓に悪ぃよ!」

 

「凄ぇ怖かったんだからな!」

 

マオはくすりと笑い、湯気の消えたカップを静かに置いた。

その微笑の奥には誰にも見せぬ思惑が淡く光っていた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「………クソッ!」

 

ルシウスは自室の壁に背を預けて腕を組んでいた。

薄暗い灯の下、机の上に広げられた報告書にはいくつもの赤い印が躍っている。

その一枚を無造作にめくり、彼は苛立たしげに舌打ちをした。

 

「……また、あの女か」

 

低く吐き出された声が、静まり返った部屋に沈む。

マオ、薬師を名乗る外部から来た女。

あの日ポンペイが彼女の滞在を許して以来、ルシウスの胸中は澱のような不快感で満たされていた。

 

彼はすでに部下へ命じていた。

 

“あの女には近づくな。何か此方を探るような目だ、決して気を許すなよ”

 

――だが、結果はどうだ。

 

気づけばマオは連中の輪の中にいた。

笑い、話し、いつの間にか輸送ルートにまで口を出している。

 

下手に口を挟めば「あくまで提案だ、参考にするかはそっちが判断すればいいんだから問題ないだろう?」と正論で封じられ、こちらの動きが鈍る。

 

あの柔らかな声と穏やかな笑みの裏にどんな意図が潜んでいるのか。ルシウスは想像するだけで胃の奥が焼けるような不快感を覚えた。

 

(チッ……本当に鬱陶しい、過去最低点の女だな)

 

ポンペイの傍らにいる時は体調を気遣い、飲み薬を差し出していたときは思わず拳を握り締めた。

 

――余計な真似を……!

 

そもそも奴が現れてから全てが狂ったのだ。ポンペイの仕事を削り、思うように動けなかった時も、何とか隙をついてカリュドーンの子に仕掛けた策略も全て失敗した。

 

奴の薬を飲み込み、ポンペイの症状が柔らいだのを見た瞬間、胸がキュッと冷たくなった。

 

(このままじゃ計画がとん挫する。僕が築いてきた線が全部あの女のせいで狂う……!)

 

マオが意図的にこちらの動きを探っているのか、それともただの善意なのか。

どちらにせよ彼女の行動や存在は今や刃のようだった。

見えないところで少しずつ、確実に計画の糸を断ち切っていく。

 

ルシウスは机を拳で叩き、低く吐き捨てた。

 

「……余計な真似ばかりしやがって……!」

 

短く息を吐き、冷静さを取り戻そうとする。

だが、脳裏にはマオの穏やかな笑みがちらつき、さらに苛立ちを募らせるのだった。

 

(……だが、それも今日までだ……!)

 

机の端に置かれた粉袋に目を向け、ルシウスは薄く笑んだ。

 

今夜を越えれば全てが変わる。

いよいよ本番、ツール・ド・インフェルノが始まる。

 

その日が自分が郊外を統べる王になる日であり、あの女とポンペイの”命日”となるだろう。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

夕暮れの橙が窓の縁を染め、長く伸びた影が床を斜めに横切っていた。

マオは机の上に並べた瓶と薬草を手際よく仕分けながら、持ち帰る荷を整えていた。

 

いよいよツール・ド・インフェルノが始まる。長かった滞在も明日で終わりだ。

トライアンフの連中ともそれなりに言葉を交わし、仕事も終えた。

 

あとは静かに立ち去るだけ。そう思っていた矢先に控えめなノックの音がした。

 

「失礼します、マオさん。夕食をお持ちしました」

 

扉を開けると見慣れた顔が立っていた。

滞在中、何度か荷物の運搬を手伝ってくれた青年だ。

 

トレーの上には湯気の立つスープと焼きたてのパン。

「今日はお忙しそうなので」と彼はややぎこちない笑みを浮かべて言った。

 

マオは軽く会釈を返す。

 

「……ありがとう。助かる」

 

青年は視線を逸らし、短く頭を下げて早足で部屋を後にした。

その背中を見送りながらマオはわずかに眉を寄せる。

 

――少し様子が違う。

 

けれども、それ以上追うことはしなかった。

 

疑念は胸の奥に留めたまま机に戻り、スープをひと口。

瞬間、舌の奥にかすかな痺れを感じた。それは普通であれば気が付かない些細なもの。

 

呼吸を整え、香りを確かめる。

 

(……うん。普通に毒だな)

 

驚きも焦りもなかった。

ただ静かに、薬師としての思考を巡らせる。

 

量は少なく、遅効性。即死を狙うほどではないが確実に”命に届く”ものであった。

最終日間近に仕掛けてきたあたり、相当私が邪魔だったということか。

 

(ルシウス……相変わらず自分の手を煩わせないやり方をする)

 

マオはため息混じりに笑い、匙を再び取った。

せっかくの食事を無駄にするのも癪だ。

それに、この程度の毒なら――むしろ利用価値がある。

 

体内で反応を抑制し、成分を記録しておけば後で解毒薬の材料にもなる。

 

まあ耐性はそれなりにあるのであくまで保険であるが。

 

そう思えば残す理由はどこにもなかった。

マオは静かに、しかし一切のためらいなく夕食を平らげた。

 

荷をまとめ終えた頃には窓の外はすっかり夜の色を帯びていた。

小さく欠伸を漏らし、寝台に腰を下ろす。

 

「……さて、明日は早い。少しは眠っておかないとな。私にとって今までの努力を果たす機会だ……」

 

淡い微笑を浮かべ、マオは灯りを落とした。

まるで何事もなかったかのように。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

新エリー都と郊外を繋ぐ関門に、ある男がいた。

 

周囲には無数の貨物コンテナとトレーラーが整然と並んでいた。金属の匂いと油の焦げるような臭気が立ちこめ、低く唸るエンジン音が空気を震わせている。

 

「……やれやれ。選挙期間とはいえ、承認にずいぶんと時間が掛かったな」

 

その中心に立つ男――エレグ・マックス。

巨大企業『マックス・コーポレーション』の最高経営責任者にして、TOPSの一角を担う人物だ。

彼は”都市から郊外”へと大量の物資を運ぶために申請を行っていたのだ。

 

視線の先には次々と搬出される予定の無数の物資。その全てが彼の一言で動く。

 

「エレグさん!……全車両、積み込み完了です」

 

背後から部下の報告が届く。

 

エレグはゆっくりと頷いた。その顔には満足の笑みが浮かぶ。

 

「ありがとう。物資は予定通り指定の地点に運んでください。……そして私から連絡があるまで動かないように」

 

部下は直立して短く「わかりました!」と応じた。だが、少し迷ったように言葉を継ぐ。

 

「それで……エレグさんはこれからどちらへ?」

 

問いの裏には不安と好奇心が混ざっていた。

エレグは短く息を吐き、微笑した。

 

「別に……。少し野暮用を済ませてくるだけです」

 

その声は穏やかだったが、どこか底の見えない静けさを帯びていた。

 

彼は背を向けて風に舞う砂埃の中を歩き出した。

 

――その足取りはまるで何かの“始まり”を告げる鐘の音のようだった。

 

 




満を持しての登場!


【挿絵表示】


いよいよ次回、ツール・ド・インフェルノに入ります!
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