転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
嬉しかったので有言実行です……!
連続投稿を果たしてやりましたよ……(;´ρ`)
「はぁっ……!はぁ、ぁ……!」
静かな決着が着いた燃え盛る油田の近く。
空気は焦げた鉄と油の匂いで満ち、熱気が地面を歪ませている。
ポンペイの体には、あちこちに黒く光る結晶が突き出していた。
それは血管を這うように皮膚を侵蝕し、筋肉を締め上げ、動きを奪う。
呼吸のたびに結晶が軋み、破片が鈍い音を立てて落ちた。
――終わりは近い。
そんな予感を痛みよりもはっきりと身体が理解していた。
片膝をつき、呼吸を整えることすらできないまま、ポンペイは目の前に立つ青年――エレグ・マックスを見上げていた。
「……お辛そうですね、ポンペイさん。差し出がましいようですが――助けてあげましょうか?」
静かにそう告げたエレグの声は皮肉でも挑発でもなかった。
彼のその瞳には憐憫にも似た痛ましさが宿っていた。
「………!」
ポンペイはわずかに目を細め、”意外そうに”彼のその表情を見上げる。
この男の目に、そんな色が宿るとは思ってもみなかった。
倉庫跡のような薄暗い空間にポンペイの息遣いだけが響く。
ポンペイの荒い呼吸とエレグの落ち着いた声が交錯した。
「……自分の後継に、と目をかけていた者に裏切られたのですね」
その一言が鋭い刃のように静寂を裂いた。
エレグは一歩、ゆっくりとポンペイへと歩み寄った。
「察するに――あなたは焦っておられたのではありませんか?日々に追われ、衰えゆく力を悟り、時の流れが容赦なく迫る中で、郊外を守る力を失う前に後継を見つけねばと急がれた。その者に疑念を抱きながらも、残された時間に背を押され、結局は信じたいものを信じてしまった。……違いますか?」
淡々とした声。しかしその語調には咎めよりも痛切な哀しみがあった。
エレグは短く目を閉じ、深い息を吐いた。
「……でなければ、”あなたほどの方”が見誤るはずがない」
その言葉にポンペイは小さく笑い、掠れた声で言った。
「……ふん……買いかぶりすぎだ小僧。俺はもう覇者でも何でもない。ただの節穴の老いぼれだ。――どうやら、目の前の男すら完全には理解できていなかった……」
「………。それは、それは……」
エレグが小さく呟く中、ポンペイの笑みには誇りの欠片と深い諦めが混じっていた。
結晶に広がり始めている油煙の向こうで火の粉が弾けた。
ポンペイは重くなった腕を上げ、結晶に覆われた手を差し出す。
「……エレグ、厚かましいことは承知の上だ。だが、最後に一つ、……頼みがある。シンダーグロー・レイクを――」
「――待ってください」
その言葉をエレグが静かに遮った。
だがその声には切実な敬意があった。
「それを言う相手は私ではありません」
ポンペイが驚いたように目を見開く。
エレグは穏やかな表情のまま続けた。
「私はただの傍観者に過ぎません。今日偶然ここに居合わせた一企業の男です。覇者に相応しい人物はきっと他にいるはずです。……どうか思い出してみてください」
その言葉がポンペイの脳裏に次々と幾人もの顔を浮かばせる。
シーザー、マオ……若く、威勢よく啖呵を切った者たち。力と信念の片鱗を感じさせた、未来を担う可能性の面影。
エレグは彼の沈黙を見守りながら、そっと言葉を重ねた。
「きっと今、あなたの頭に浮かんだ人物があなたの後を継ぐにふさわしいのでしょう」
その声は慰めではなく確信の響きを帯びていた。
ポンペイは短く息を吐き、結晶が砕けるような音とともにわずかに笑った。
「……そうか。奴らになら、託しても……いいかもしれんな」
エレグはゆっくりとポンペイに視線を落とした。
結晶が身体を蝕みながらも、なお燃えるような光を宿すその瞳に彼は深い敬意を込めて言葉を紡ぐ。
「……新たな覇者の誕生を、どうか見届けてくれませんか?」
その瞬間、足音が近づいた。
熱気と煙の中から現れたのは、何故か顔以外の体が鋼鉄に覆われ、金属光沢の光る腕を持つ薬師――マオだった。
「……おお、マオ。……お前、ルシウスさんはどうした?」
口調を砕き、現れたマオに問いかける。
問いは軽やかに見えて、緊迫した場面における彼なりの安心感の表現でもあった。
「寝かせた。……悪いけど後で回収を頼むわ」
短いやり取り。
だが、そのわずかな会話の中に互いへの信頼と長い付き合いを感じさせる空気が流れていた。
軽口に見えても、互いの力量と信頼を理解した者同士の呼吸。無駄のない言葉の交わし方にポンペイは微かに目を細めた。
意外だった。
関係性もそうだが、あの底知れなかった恐ろしい青年。常に何かを測っているようなエレグにこんな柔らかな一面があるとは。
冷たい鋼のように見えて、その内には確かに血が通っている。
それが分かった瞬間、ポンペイの胸の奥にかすかな安心が灯った。
そんなポンペイの心情など露知らず、エレグは小さく息を吐き、呆れたように眉をひそめる。
「まったく……お前の“鎮静法”は極端だな。……分かった、責任を持って回収する。お前はポンペイさんを――」
「言われずとも」
マオは言い切る間もなく、ポンペイの傍に膝をつく。
医療用のスキャナーを取り出し、身体の結晶化した箇所を次々と確認していく。
表情には焦りと苦渋が混じっていた。
「クソ……やっぱり、経口摂取だけじゃ足りなかったか」
マオの声には自責にも似た痛みがあった。
彼女は小さく舌打ちをしながら、傍らの医療バッグを開ける。
「ポンペイさん、これから一時的に暴走状態に入ります。でも”必ずあなたは戻ってこれる”……。どうか、私を信じてください」
切実な声。
マオは金属の注射器を取り出す。
中の薬液は淡く光り、まるで命そのものが溶けているかのように脈動している。
エレグはその様子を黙って見つめていた。
その表情は冷静だったが眼差しの奥には深い祈りがあった。
マオは静かに針を構え、ポンペイの首筋に注射を打つ。
淡光が血管を伝い、結晶の亀裂の間を走る。
しばらくして、ポンペイの全身から蒸気のような白い霧が立ち昇った。
「……これで、大丈夫なはずです」
打たれたものが何かは分からなかった。
皮膚の下を駆け抜ける熱がじわりと冷気に変わり、感覚が遠のいていく。
それでも、目の前のマオが自分を案じての行為であることだけは痛いほど分かった。
その手の震え、睫毛の揺れ、注射器を押し込む瞬間の息の詰まり。
どれもがただの義務ではなく“想い”の証拠だった。
ポンペイはかすれた声で精一杯の感謝を口にする。
「……すまないな」
最早、体の侵蝕は止められぬと悟りつつ、言葉に乗せる温もりが胸を打つ。
例え気休めだとしてもありがたかった。
エレグとの関係性や、何故この場所にいるのかなど、気になることは多々ある。
だが尋ねなかった。
それが彼にとっての“誠意”の裏返しだった。
マオは注射器を握りしめたまま、深く息を吐いた。
その彼女の肩をエレグが軽く叩き、短く告げる。
「もうすぐシーザーたちが来る、一旦この場から離れるぞ。彼には託すべき者たちがいる。……後、ここでもし鉢合わせようもんなら絶対に面倒なことになる……!」
マオは視線を落とし、静かに頷いた。
二人はゆっくりと立ち上がり、最後にもう一度だけポンペイの顔を見つめる。
その眼差しには惜別と希望の両方が宿っていた。
「俺は荷物を回収して先にホロウを出る。後は……お前とアキラたちに任せるぞ」
「了解」
エレグのその言葉を最後にマオは言葉を返し、二人は背を向けて歩き出す。
結晶化したポンペイの身体が淡く輝き、風の中で微かに光を放っていた。
そして数分も経たずに――。
火と結晶がせめぎ合う異様な光景の中、轟音を上げて数台のバイクが滑り込んだ。
硝煙と焦げた風が視界を歪ませ、体の芯まで熱気と緊張が伝わってくる。
カリュドーンの子たちが到着したのだ。
「もうすぐシンダーグロー・レイクだ!……シーザー、あれって――!」
アキラの叫びに胸の奥がざわつく。
視線の先、火の湖を目前にして地面に倒れているポンペイの姿があった。
炎の光を反射する結晶の表面が、まるで冷たい氷のように鋭く光る。
「おい、おっさん!しっかりしろ!」
シーザーが駆け寄り、その身体を抱き起こす。
肌のあちこちに突き出した結晶が痛々しく、呼吸は荒く、まともに動ける状態ではなかった。
触れるだけで冷たく硬い結晶が手に刺さりそうで、混乱と焦りが入り混じる。
「ひどい侵蝕反応だ……」
思わずアキラが呟く。だが、周囲を確認していたルーシーが別の異変に気付き、声を上げた。
「シーザー!火の湖が……エーテル結晶まみれですわ!」
見渡せば、赤々と燃えているはずの湖面は何故か結晶で覆われていた。
燃える炎は失われつつあり、代わりに脈打つ結晶の群れが不気味な光を放っている。
光が跳ねるたびに、湖面の表情が冷たく歪む。
「一体何が起こってるんですの……?」
誰も答えられない。熱の代わりに、静電気のように張り詰めた冷たい気配が満ちていく。
熱気はざわめき、肌にまとわりつくように静電気の緊張が走る。
そのとき――
「――ル、ルシウスが……」
ポンペイが微かに動いた。
掠れた息の中から、低く震える声が漏れる。
「裏切った……やつは……湖を……」
言葉が途切れる。シーザーが慌てて支えようとするが、ポンペイはその腕を掴み、全身の力を振り絞って顔を上げた。
そこには覇者としての誇りではなく、ただ何かを託そうとする人間の強い光が宿っている。
「シーザー、頼む……!シンダーグロー・レイクを……守れ!」
叫びと同時に身体が激しく痙攣し呻き声は爆音に変わる。
全身の節々から眩い光が迸り、胸の中心から黒い球体が浮かび上がった。
脈動するたびに周囲の空気を歪ませ、熱と光の奔流が渦を巻く。
「お、おっさん……!?」
シーザーが叫び、仲間たちは反射的に後ずさる。
上昇したエーテル濃度が風のように渦を巻き、周囲に結晶を展開する。
視界の端でポンペイの愛機。バイクまでもが独りでに動き出し、光に引き寄せられるように吸い込まれていった。
次の瞬間、轟音。
不気味な光と圧が辺りに散り、無数の結晶が装甲のように重なっていく。
火花が弾け、湖面へと飛び散る。
やがて獣のような咆哮が轟き、空間そのものを割るように立ち上がったその姿は、かつての覇者の面影を失った怪物であった。
「……エーテリアス化……!」
アキラが震える声で呟く。
漆黒の巨体が冷たい光を放ちながら、周囲を睨みつける。
理性はなく、あるのは動くものを狩る原始の本能のみ。
覇者侵蝕体・ポンペイ
その圧力だけで地面が裂け、炎が弾け飛ぶ。
シーザーは歯を食いしばり、武器を構える。
「おっさん……。あんたが守りたかったもん、オレらが守るからな!だから、もう……休め」
結晶の巨腕が振り上がる。
ポンペイの結晶化したバイク、そのエンジンがまるで彼の心臓のように唸りを上げた。
シーザーは地を蹴った。そして仲間たちもそれに続く。
心臓が高鳴る。体が震える。
悲しみと決意が交錯する中、砂塵と結晶片が舞い上がり、空気は鋭く裂けるようだった。
――こうして、“覇者”との最後の戦いが幕を開けた。
「グォオオオオッ!」
轟音が爆ぜた。
ポンペイが咆哮とともに、結晶で装甲化された巨大バイクを荒々しく操る。
空気が割れ、振動が地面にまで伝わる。
その進路はまるで大地を切り裂くかのようで、空気が重く捻じれる。
「来るぞッ!」
シーザーが叫ぶ。
バイクが唸りを上げて突進し、地面を抉りながら一直線に迫ってくる。
咄嗟に身を翻すシーザー。片手剣で衝突の軌道を逸らしつつ、盾で爆風を受け止める。
金属と結晶がぶつかる甲高い音が、耳を突き、鼓膜を震わせる。
「っのやろう、速すぎんだろ!」
「代われ、大将!」
シーザーの隣でライトが身を翻し、地を蹴る。
バイクが通り過ぎる瞬間、閃光のように脚部に回り込み、ガントレットを装着した拳で強烈な一撃を側面に叩き込む。
「……フッ!」
衝撃波が走り、結晶の一部が砕け飛ぶ。
だがポンペイは怯まない。轟音と振動の中、バイクを横転させ地面を滑走し、その勢いのままライトに襲いかかる。
「グルォアッ!」
「っぶな――!」
ライトが身をひねり、かろうじて回避。
地面に残った軌跡が蒸気を上げ、熱と結晶の粉塵が舞い、視界をかすませる。
「こっち見なさいな!」
ルーシーが叫び、バットを振り抜いた。
かっ飛ばした一撃がバイクの後輪をかすめ、火花を散らす。
振動に怯むことなく、彼女は連続でスイングを繰り出した。
打撃の衝撃が波紋のように広がり、ポンペイの進行をわずかに鈍らせる。
「今だ、……シーザー!」
「おうよ!」
アキラの声に呼応し、シーザーが接近する。
盾で前方の結晶の光線を弾きながら、剣を閃かせて突き込む。
「グオッ!?」
六段の刃がポンペイの黒い巨体を切り裂いた。
だが、体から溢れ出る蒸気とともに傷口は瞬時に結晶で塞がり、再び黒光りする装甲がその姿を覆った。
「……再生までしやがるのかよ!?」
シーザーは後退しながら歯を食いしばる。
再びバイクのエンジンが唸りを上げ、ポンペイが加速する。
巨体が周囲を駆け抜け、結晶の波が巻き上がる。
空気は引き裂かれ、熱と冷たさが入り混じる異様な世界となった。
「みんな下がれ!突っ込んでくるぞ!」
ルーシーとライトが同時に飛び退き、爆風が二人の間を駆け抜ける。
地面がめくれ上がり、熱風が肌を焼く。
だが、誰の足も止まらない。
ポンペイを止め、火の湖を守るという使命が全員の血を沸き立たせていた。
「おっさん……!オレらは絶対に――」
シーザーが叫ぶ。
再び立ち上がるポンペイの巨影。
炎と結晶が混ざり合い、世界そのものが戦場のようにうねる。
風が渦を巻き、砂塵と光が交錯し、胸の奥の誇りと希望が渾然一体となった。
「グオオオオッ!」
そして戦いの最中――誰も気づいてはいなかった。
(ここは……一体?)
ポンペイの意識は、なおも怪物の奥底に残っていることに。
そこは現実味のない、漂うような不可思議な空間。
全身を貫く力の奔流に意識が呑まれかけ、視界は歪み、時間は宙に浮いているようだった。
だが、白く淡い糸のようなものが彼に絡みつき、意識をぎりぎりで繋ぎ止めていた。
それは希望のようでもあり、懺悔のようでもあり――まるで”まだ終わっていない”と告げる声のようだった。
しかし身体は完全に制御を失い、暴走する力のままシーザーたちへと襲いかかる。
止めたい。だが、腕も足も言うことを聞かない。
砕けた地面を滑走しながら、彼の心はただ一つの感情に締めつけられていた。
(――すまない……)
守れと託したのは自分なのに、今は彼女たちを妨害し、傷つけている。
情けなさと後悔が胸を焼き、焦燥が血管を刺す。
このままでは火の湖も自分の暴走によって壊滅してしまう。
外では、シーザーたちが果敢に立ち向かっていた。
シーザーが前線で盾と剣を振るい、光の奔流をはじき返す。
ルーシーが的確に状況を見て、こちらの動きを牽制するよう立ち回る。
ライトは一瞬の隙を逃さず、強力な拳の一撃を体に打ち込む。
息の合った連携。
互いを信じ、託し合う姿。その姿にポンペイの胸が締めつけられた。
(――これが、俺にはなかった“仲間との信頼”というやつか)
結晶の奥で涙のような光が揺らぐ。
暴走する巨躯の奥で、彼の意識は静かに震えていた。
「オおらぁ!」
再生が行えるとはいえ、それは無限ではない。
シーザーの渾身の一撃がポンペイの胸部を貫いた。
鈍い衝撃音とともに、巨体が膝をつく。
「……っ、倒したのか?」
アキラが息を呑む。
だが、それは終わりの合図ではなかった。
「……グゥオオオッ!」
膝をついたまま、怪物の腕がゆっくりと動き出す。
バイクの残骸を掴み上げ、推進器を強引に稼働させると、エネルギーの噴射が地を焦がし、巨躯が一気に空へと舞い上がった。
「上だ、避けろッ!!」
シーザーの怒号と同時に全員が散開する。
――ゴォォォンッ……!
次の瞬間、凄まじい落下衝撃が大地を砕き、爆風と土煙が辺りを覆った。
土煙を切り裂き、影が立ち上がる。
右手には巨大な金槌、左手には結晶の直剣。
全身を覆う結晶は蒸気を放ちながらさらに肥大化し、武器を持つ戦士のような姿へと進化していた。
「……攻撃パターンが変わった!?みんな気を付けてくれ!」
アキラが警戒の声を上げる。
だが、誰一人退かない。
盾を構えるシーザー、バットを握るルーシー、拳を握るライト――決意が体を貫く。
「行くぞ……!火の湖を、守る!」
背に灯る炎は揺るぎなく仲間たちの魂の輝きだった。
衝撃が連鎖し、土煙が渦を巻いた。
戦いは激化する。単なる攻防ではなく、意思と力のぶつかり合いとなり、火の湖を背に全員の体に熱と振動が伝わる。
そしてそれは暗闇に囚われた男にも伝播していた。
(なんだ……?俺は何を……)
ポンペイの心臓が跳ねる。
全身は軋み、痛みは限界を超えているはずなのに、燃えるように熱い。
不甲斐なさが胸を刺していたはずなのに、その痛みの奥で心が熱を帯びていく。
まるで凍っていた血が再び流れ始めるように。
(……そうか、これが本当の戦い……)
あまりにも退屈だったレースとは違う。
命を削り、魂でぶつかるこの瞬間こそ、彼がずっとどこかで求めていた“闘争”だった。
冷静な自分が”馬鹿な”と呟く。
だがその高鳴りはもはや偽りではなかった。
“覇者”と呼ばれながら、内心ではずっと空虚を抱えていたのだ。
だが今――。
若き者たちが自分に挑み、恐れずに前を向いている。
盾を構え、仲間を背に立つシーザー。
その姿はかつて自分が夢見ていた理想そのものだった。
――”覇者に相応しい人物はきっと、他にいるはずです。”
エレグの声が脳裏に蘇る。
そうだ。あの小僧は見抜いていたのだ。
自分ではない、未来を掴むべき者たちを。
――”……新たな覇者の誕生を、どうか見届けてくれませんか?”
視界の先、盾を構え突進するのはシーザー。
ポンペイは無意識に笑みを浮かべる。
それは部下に裏切られた者の、敗北の笑みではない。
次代へ道を託す者の、誇らしい笑みだった。
(来い、見せてみろ……!)
彼女めがけて振り下ろされる巨大な武器。
しかしその瞬間、金属音があたりに響いたと同時にそれは弾かれた。
パリィ。
シーザーの盾が閃き、金槌の軌道を正確に弾いた。
完璧なタイミング。完全な読み。
ポンペイの巨体が傾き、その隙をシーザーは逃さなかった。
「うおおおおッ、らァッ!」
渾身の一撃。
「グォ!?ガァ!ゴァ……!」
ポンペイの体が吹き飛び、地面を転がる。
「踏ん張れ!もうちょいだ!」
シーザーの声が戦場に響き渡る。
ルーシーもライトも並走して駆け、仲間の絆が一つの炎となって戦場を照らす。
その光景が、孤独に覇を誇った男の心を打った。
(……そうだ、もう少しだ……!お前たちが――)
お前たちが、覇者になる。
お前たちこそ、走るに値する者たちだ。
誰もが望む戦いの決着が訪れようとしていた。
「グォオオ!!」
だが、ポンペイの体は限界の中、無理やり起こされ、近くに転がっていたシーザーのバイクを掴むとそのままシーザーへと投げつけた。
「っ!?シーザーっ!」
ルーシーの叫びが背中を押す。
衝撃。
シーザーは盾で辛うじて防ぐ。
しかし、ポンペイはその勢いで突っ込み、二人は火の湖の上空へと投げ出された。
「いけない……!」
「大将!」
アキラが叫び、ライトが駆ける。
だが、届かない。
シーザーとポンペイ。
二人の体が溶岩のように光る湖面へと落下していく。
……その刹那。
――ドンッッ!
地面を抉るような破裂音。
熱風が舞い、空気が震える。
鋼の影が湖面を切り裂き、轟音を轟かせながら勢いよく飛び出した。
「なっ……!?」
突如として鋼鉄の知能機械人が姿を現し、宙を漂う二人の身体をその腕で捕らえた。
その力強さに、空気まで凍るような圧が伴う。
宙でシーザーは引き剥がされ、湖の縁へと投げ飛ばされた。
「うおわぁあ!?」
そして、謎の影はポンペイの巨体を掴んだまま、閃光とともに姿を消した。
一瞬の出来事。
ルーシーもライトもただ呆然と見上げるしかなかった。困惑と驚愕が胸を締め付け、言葉を失わせる。
「な、何だったんですの?今のは……」
ルーシーが息を呑み、慌てて下を確認する。
視線の先ではシーザーは地面に這い上がり、泥と砂を払いながら立ち上がっていた。
「……何か分かんねぇけど、助かったみたいだな」
疲れた笑みと親指を立てるその姿には、安堵と戸惑いが混じっていた。
しかし、まだ誰も気づいていなかった――あの鋼鉄の人影の正体が、マオであることを。
アキラだけが静かに空を見上げ、低く呟いた。
「……今の姿……まさか……スコーピオン?」
ーーーーーーーー
最後に大きな疑念を残しつつも戦いは終わった。
だが、訪れた静寂は勝利の証ではなかった。
シンダーグロー・レイク――郊外の心臓ともいえる湖はすでに結晶に覆われ、光を失いつつあった。
かつて炎のように赤々と輝いていた湖面は、今や濁った硝子の海のようだ。
その光景にルーシーは小さく息をつき、呟く。
「……もう、駄目ですわね」
火打石を投げ入れようにも、この距離は遠すぎる。
皮肉にも、このまま火が消えゆくのを見届けるしかない現実。
アキラもライトも力なく肩を落とす。
郊外を繋いでいた生命線、石油資源の消失はこの地をエーテル企業の思うがままにしてしまうだろう。
郊外を守ろうとした者たちの努力が今まさに無に帰しつつあった。
だが、一人だけ、動く者がいた。
「……まだ、終わっちゃいねぇ」
静かに、シーザーが立ち上がる。
火打石を握りしめた手が、わずかに震えている。
しかしその瞳は揺らいでいなかった。
視線の先、燃え盛る油田の露出部へと伸びる巨大なパイプ。
かつて燃料を送り出していた鉄の管は、今や途中で折れ、宙へと突き出している。
まるで炎の海へ飛び込むための台のように、火打石を構えたその道が伸びていた。
シーザーの意図に気が付いたライトが息を呑む。
「大将、あんたまさか……」
答えはなかった。
代わりに、エンジン音が轟いた。
シーザーは近くのバイクを起こし、全開でアクセルを回す。
排気が爆ぜ、タイヤが火花を散らす。
パイプの上へ一直線に走るその姿は誰の目にも覚悟そのものに映った。
その姿を見て、ルーシーは喉が裂けるような叫びを響かせる。
「――こんのおバカっ!死にますわよ!?郊外の外でも、幾らでも生き方なんてあるじゃないですの!」
それでも、シーザーの足は止まらない。
背中は真っ直ぐ、火の湖へ――。
――翔んだ。
空気が震え、金属が軋む音が耳をつんざく。
バイクごと宙に放たれたシーザー。
火打石を突き出すその手が、湖面へと切り込む。
瞬間。
眩い閃光が夜空を裂き、轟音が辺りを震わせる。
爆発的な熱流が結晶を砕き、エーテルの結晶を吹き飛ばした。
結晶に覆われていた湖が、再び赤々と燃え上がる。
それはまるで再生の炎、希望の炎だった。
しかし誰も歓声を上げなかった。ルーシーは目を覆い、嗚咽を漏らす。ライトは呆然と立ち尽くす。
アキラはやるせない思いのまま、燃え上がる湖を見つめる。
――彼女の犠牲で郊外は救われたのだ。
ーーーーーーー
「……なんてことだ」
遠くから、その光景を見つめていたポンペイ。結晶が体から剥がれ落ち、中から健康な肌色が顔を覗かせていた。
”怪物から元の姿へ戻った”自分自身の身体を感じながら、彼は呆然と呟く。
視界の先には彼女の喪失を嘆き、胸を押さえる者たちの姿があった。
シーザーは若く、仲間がいた。
心残りなどいくらでもあるだろう。
戦いに勝利してもあの状況、誰も責めはしない。普通であれば誰もが諦めるはずだ。
──けれど、彼女は違った。
命を賭して火の湖へと飛び込んだのだ。
間違いなく、彼女はこの郊外を纏め上げるにふさわしい覇者だった。
油田は守られた。
だがそれは、犠牲となった人間の代わりになるという意味では決してない。
残された自分の胸に申し訳なさと不甲斐なさが重くのしかかる。
どうして彼女が死に、自分が生き残ってしまったのかという後悔が喉を締め付け、目を伏せずにはいられなかった。
そんなポンペイに静かに寄り添う影があった。
自分をここまで引っ張ってきたスコーピオン、――マオの声が穏やかに響いた。
「……ポンペイさん、どうか目を背けないでください」
その声には現実を直視せざるを得ない重みと彼を導く優しさがあった。
彼女の視線が静かにポンペイを捕らえ、胸にある迷いを見透かしているかのようだった。
やがて、マオの声はさらに柔らかく、しかし確信をもって響いた。
「……郊外に伝わる“あの伝説”をお忘れですか?」
伝説。
火の湖から奇跡の生還を果たした、ひとりの走り屋の物語。
誰もが笑い飛ばした与太話にすぎないと片付けたが、郊外では今も生き続け、語り継がれている。
マオのその言葉に、ポンペイはわずかに顔を上げた。
その瞬間──耳を裂くような爆音が空を引き裂いた。
「――っ!?上だ!」
アキラの声に全員の視線が夕焼けに染まる空へと跳ね上がる。
そこには、空中にぽっかりと開いた裂け目。
そして、その裂け目の向こうから見覚えのある影が落下してきた。
「うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!?」
空を切り裂き、落下しながらもパイプの上で華麗にドリフトを決める。
土煙を蹴散らし、アキラたちの前に停車する姿。
皆が驚愕に包まれる中。
バイクに跨るその人物の顔を見たルーシーは、掠れた声でその名を呼んだ。
「シー……ザー……?」
「……よぉ、また会ったな!」
照れくさそうに笑うシーザーの姿に、ルーシーは言葉を失い、瞳からは一筋の涙が落ちる。
遠くで、マオの言葉が現実となった瞬間をポンペイは呆然と見つめていた。
隣でマオは穏やかに、しかし確信をもって問う。
「伝説を史実とし、初代覇者のように火の湖から帰還してみせた……。彼女こそ……キング・シーザーこそ、この地の覇者に値する人間だと思いませんか?」
ポンペイはしばし黙した後、苦笑を浮かべる。
その瞳には敗北の悔しさと同時に湧き上がる清々しい尊敬の念が映っていた。
「……完敗だ。覇者の座は、俺よりもずっとふさわしい」
その言葉は遠くで騒ぎだす仲間たちに向けられた。
ルーシーが怒りのままシーザーを張り倒し、ライトとアキラが止めに入る騒がしい光景の向こうで、赤い風が湖面を撫でる。
火打石のような輝きが静かに空気を照らし、赤い湖が再び脈打つように光を放つ。
郊外に、新たな時代が近づいていた。
――“覇者”の座は、今、確かに受け継がれたのだった。
ーーーーーーーー
ホロウの外。
風が、周囲から孤立した建物の隙間を吹き抜ける中、エレグは連れてきたルシウスの前に静かに腰を下ろした。
怪我が酷かったため、適当に処置を済ませこの場所に連れてきたのだ。
怪我の処置は簡易的なもので、止血と固定だけだった。
それでもここまで運ばれてきたという事実がルシウスにとって唯一の救いだった。
エレグの声は終始穏やかで、どこまでも丁寧だった。
しかしその語り口の裏にあるのは相手を安心させるための配慮ではない。
全ての情報を引き出し、次の局面を見据えるための冷静な観察と計算の一部だった。
ルシウスは痛みに顔をしかめながらも、震える手で資料を差し出す。
「……協力してくれて感謝しますルシウスさん。用意した自白剤の無駄遣いを防げて助かりました……」
穏やかに告げられた言葉にルシウスの肩が微かに震える。
だがエレグの表情には非難も感情もなかった。
彼はただ冷ややかな静謐の中で全ての駒を俯瞰する者の目をしていた。
彼の指が資料の端をなぞり、数字や記録の並びを追うたびに複雑な相関が音もなく組み上がっていく。
ルシウスはその様子を前に、恐怖というよりも理解不能な領域に踏み込んだという感覚に包まれた。
思考が早い。いや、違う。――見えているのだ、すでに。
人知れずルシウスが気圧されている中、突如エレグの目がわずかに細まり、独り言のように口が動く。
「ふむ……エーテル企業はその用途の広さと流通量の多さゆえに都市圏での競争が激しい。今回の件で都市から危険物――エーテル爆弾を秘密裏に持ち込んだ証拠が出れば、それだけで致命的だろう。さらに、他企業を出し抜いて郊外進出を狙ったことで、競合からの反発も免れず……結果的に孤立することになる……。すべてを掌握するのは難しいだろうが、ある程度はうちの企業に取り込めるはずだ」
淡々とした声が響く。
それは推測ではなく、すでに確定した未来を確認しているかのような断定口調だった。
聞いてしまったルシウスの目は徐々に見開かれる。
彼の頭の中でエレグの言葉が地図のように広がり、すべての利害と動向が一瞬にして見通されていることを理解してしまったのだ。
「ポンペイさんがエーテリアス化した場面を見られたのは仕方ないことだが、彼の消息を隠蔽する必要性につながる……。まともな引継ぎも無しでは、郊外を纏める走り屋連盟の屋台骨が揺らぐだろうな……」
エレグはわずかに口元を歪め、静かに息をつく。
まるで次に倒れるドミノの位置まで正確に測っているようだった。
「次の覇者はシーザー……。カリュドーンの子に一気に負担がのしかかるだろう。組織の再編、郊外の輸送網の統率、――何もかもが慌ただしくなる。……こちらからの支援を“誠意”として見せるべきだな。物資と人員の派遣、それが後々、企業としての信頼に繋がる。そうなれば郊外進出は一気にうちが躍り出ることになるだろう」
「……加えて、今回の襲撃で燃料供給の脆さが露呈した。郊外の連中は危機感を覚えるはずだ。“エネルギー源が一つしかないのは危険だ”――その意識を利用できれば発電施設の増設もすんなり通るだろう」
ルシウスは思わず手を握りしめ、息を吐きながら顔を伏せる。
声は出さない。だが、心の奥底では戦慄が渦巻き、目の前で冷静に次の手を読み切る男の力を目の当たりにして自分がまるで操り人形のように思えてならなかった。
この男はどれほどの情報を持ち、どこまでを想定しているのか。
その圧倒的な見通しに自身の存在が霞んでいくようだった。
エレグはその様子を知ってか知らずか、静かに資料をまとめ直す。
彼の計画は着実に進行し、すでに数手先まで見通されている。
(これが……都市の企業群を束ねる男。TOPSの一角――エレグ・マックス……!)
ルシウスは格の違いを肌で感じ、恐怖と戦慄が全身を貫く。
エレグは資料を手にしながら、ふと顔を上げてルシウスを見た。
「……おや?どうしました、ルシウスさん?」
その声は相変わらず穏やかで、丁寧な口調だ。
「え?……それを自分の前で話していいのか、って?」
一瞬、沈黙。
きょとんとした表情のままエレグはしばらく沈黙していたが、やがて低く笑い出した。
その笑みは最初は穏やかに見えたものの、徐々に薄暗い光を帯びていく。
「あはは、面白いことを言いますねルシウスさん。……よく考えてみてくださいよ。――あなたが自ら、後ろ盾となってくれていた企業の情報を私に話したこと……」
ゆっくりと言葉を選びながら、エレグは続ける。
「あなたに立場を与えていたポンペイさんを、郊外全てを裏切ったこと……」
淡々と、まるで教訓を諭すかのように。
だが、次の瞬間――。
エレグの顔がぐっと近づいた。
「………っ!?」
急激に距離が縮まり、ルシウスは無意識に後ずさった。
にっこりと、エレグは笑う。
「――今のあなたが知ったところでどうなるんです?」
その声は依然として穏やかだ。だが言葉のひとつひとつがルシウスの胸に冷たい刃のように突き刺さる。
「守ってくれる者もいない、都市でも郊外でも敵だらけ……ほら?」
ゆっくりと、一拍おきに語られる言葉が静かに落とされていく。
「何も、できませんね?」
ルシウスは声を失い、足の震えが止まらない。
冷や汗が額を伝い、心臓の鼓動は耳元で響くようだった。
目の前のエレグは笑みを浮かべながらも、全てを見通す瞳でルシウスを捉えていた。
その瞬間、ルシウスは己の無力さと孤立を凍るような恐怖として体全体で感じた。
都市でも郊外でも、後ろ盾はなく、逃げ場はない。
自分がかつて操ろうとした者たちの間で誰も自分を守ってはくれない。
恐怖に支配され、ルシウスの体は硬直した。
目の前のエレグの穏やかな声と笑みの裏に潜む、計り知れない圧倒的な力。
その現実を前に彼の心は凍りついたのだった。
ルシウスが震え、言葉も出せずに固まったまま時間が流れている。
そして――パシン!と、突如としてエレグは軽く手を叩いた。
「っ!?」
その音はルシウスの肩をびくりと震わせ、鈍くなっていた時間を取り払った。
「ふふ、さて……次は交渉に向かわないといけませんね……!」
その声は明るく、まるで先ほどの冷酷な圧迫はなかったかのように軽やかだった。
上機嫌そうに微笑むエレグの姿を前にルシウスはなお震えを隠せず、言葉を失ったまま見上げるしかなかった。
エレグ・マックスの視線は遠く、すでにこの場を越えた未来を見据えていた。
コテハン名サソリ薬師のプロフィール紹介第一弾
突然ですが『ヒール』陣営の薬理開発担当であるスコーピオンことマオ・ガーガンについてお話します。
ご存じの通り彼女はサソリのシリオンです。姉御肌かつ強かな雰囲気を持つコミュニケーションの達人です。関わる人々から厚い信頼を集め、自衛能力や薬の知識・調合の腕前も高く、必要に応じて「時には薬より殴った方が早い」と豪語するほど実力と行動力を併せ持つ人物です。
長年の研究の末、エーテリアスを人間に戻す薬を今回遂に副作用なく完成させました。その情熱の中心には推しを救う揺るぎない思いがあり、今後は慎重に被験者の経過を観察しながら調査を進める予定です。
しかし達成感に浸る暇もなく、彼女は仲間たちのとある記憶を取り戻すための新たな薬の研究にも着手しようとしています。