転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
体調を気遣う感想が多く、ほっこりしました。もう治りましたのでこれからも頑張ります!
そして、相変わらず返信が遅い作者ですみません……!
ウルト兎様からまたまたまたファンアートをいただきました!!!
なんと二つもですよ……!イラストはボンプです!もう、大変素晴らしい作品です……!ありがとうございます!!
ヒール陣営のボンプ
イメージモデル(竜、悪魔、羊)
【挿絵表示】
名前ブラッカー
マックス・コーポレーションのボンプ
イメージモデル(オウゴンクワガタ、ニジイロクワガタ、成金)
【挿絵表示】
……神過ぎる……!今後絶対登場させたい、いやさせます(確定)!
最後に、今回から原作死亡キャラ生存、勘違い、AI挿絵タグを増やしました……!
AIイラストについては作者が適当なキャライメージとしてメンバー紹介のところに置きました解釈違いがあるかもなので観覧は自己責任でお願いします!
ツール・ド・インフェルノが終わってなお、郊外は一切静まらなかった。
ポンペイが死んだ。その事実だけで走り屋たちの間には深い衝撃が走った。
覇者は象徴だった。抑止力であり、勝利の証であり、郊外の秩序そのものだった。
それが、突然の死だ。
アキラたちがホロウから持ち帰った情報は最初は誰にも信じられなかった。
だがイアスが残していた視覚記録が全てを裏づけた瞬間、人々の顔色が変わった。
それは逃げも偽装もできない、事実の映像だった。
ルシウスが裏切り、ポンペイが消えた。
――郊外は不安と怒りと困惑で揺れた。
混乱を抑えるため、主要チームの面々が集まり、幾度も議論が重ねられた。
最終的に皆が求めた答えはひとつだった。
覇者の座はシーザーへ。
本人は複雑な表情をしていた。
義理人情に厚い彼女にとって、ポンペイの死はまだ胸の奥で刺さったままだ。
それでも、誰かが立たねば郊外は割れる。
その覚悟を理解しているがゆえに彼女はゆっくりと頷いた。
「……代理であっても、責任はすべてオレ様が取る。やるべきことをやる。それだけだ」
力強い言葉が揺れていた空気をわずかに落ち着かせた。
だが、それでも山積みの問題は残る。
ポンペイからの引継ぎなどあるはずもない。
走り屋連盟の統制、輸送ルート、各陣営の摩擦、治安維持、そしてルシウスの残した影――。
ツール・ド・インフェルノが終わっても安息などどこにもなかった。
シーザーを筆頭にカリュドーンの子たちは休むことなく動き続けた。
そして――。
一段落したところで全員が拠点のブレイズウッドに集合し、借りた一軒家で今後の方針を話し合おうとしたその時だった。
アキラの肩に不自然な影が落ちた。
「……え?」
振り向いた瞬間室内の空気がびり、と電気を帯びる。
胸の鼓動が一瞬、凍りつく。
緑がかった金属光沢。
規則的に明滅する視覚センサー。
細身で無駄のない特異なフレーム。しなやかな金属の尾。
「っ、君は……スコーピオン……!?」
名を呼ぶと同時に室内の全員の背筋がぴんと緊張する。
その場に何もなかったはずなのに、突如として知能機械人が音もなく立っていた。
だが、センサーに宿る光は敵意ではなかった。
むしろ、アキラは胸の奥が妙にざわついた。それは“あの時の影”を思い出す、確信に近い何かだった。
アキラはそっと息を整え、問いかける。
「やっぱり……あの時の影は、君だったんだね?」
スコーピオンの視覚センサーが一拍だけ揺らめく。
そして、少し遅れて返事が返ってきた。
「ああ。……じっとしていられなくてね。ボ……私が姿を現せば余計な混乱を招くと思い直ぐに隠れてしまった。……すまなかったな」
その声音には機械には似合わないほどの“申し訳なさ”が滲んでいた。
アキラは後ろで警戒している皆に軽くスコーピオンについて紹介する。勿論『ヒール』については『パエトーン』同様、郊外にも知られている。
目の前にいる伝説の申し訳なさそうな態度。それが意外だったのかシーザーが豪快に笑った。
「いやいや!謝る必要なんてねえよ!オレ様はシーザー!おかげであん時は助かったぜ、スコーピオン!」
彼女のその頬は赤く腫れ上がっていた。
ホロウから戻った後。火の湖に飛び込むという無茶をした彼女が、生還して放った言葉にルーシーが怒り、思い切りひっぱたいた結果である。
マオの手当てで炎症は引いたものの、表情を動かすたびに彼女はほんの少し眉をひそめる。
それでもシーザーはいつもの豪胆さで笑っていた。
シーザーの言葉で場の緊張が少し緩む。
ルーシー、ライト、パイパー、バーニスたちも驚いてはいるものの武器を構える様子はない。
というのもアキラたちパエトーンとヒール……すなわちスコーピオンの関係は郊外でもそこそこ知られている。
敵意はない、と判断したのだ。
さらに、アキラやカリュドーンの子の中でも勘の鋭い面々はスコーピオンの独特の特徴や挙動などから“中身が誰か”をほぼ察していた。
”彼女”がこの場はいないということはそういうことなのだろう。
だからこそ、シーザーの無邪気な質問に一同は冷や汗をかくことになる。
「ところでよ……マオのやつはどこ行ったんだ?」
その瞬間、空気がフリーズした。
「ちょ、ちょっとシーザー!?お馬鹿ですの? この場にいないということはつまり……その……」
ルーシーが声を潜めてツッコむが、シーザーは全くピンと来ていない。
「?どういうことだ?」
さらに追い打ちをかけるようにバーニスが首をかしげて明るく言う。
「あっ、トライアンフの人に聞いたよ!シーザーちゃんの手当てをした後、用事があるからってどこかに行ったらしいよ!体調悪くてツール・ド・インフェルノの”途中で会場から抜けたり”もしてたし、もしかしたらまた悪くなっちゃたのかも~!」
「「「………!」」」
その言葉が落ちた途端、二人を除いた全員の背筋がビキッと固まった。
自然にスコーピオンへと視線が集中してしまう。
当のスコーピオンはセンサーを微妙に揺らし、返す言葉を探すかのように沈黙していた。
その微細な揺らぎが、逆に“答え”を浮かび上がらせる。
しかし、その張りつめた空気を破ったのは控えめなノック音だった。
コン、コン。
「……大事な話し合いの中すまない。みんな、お客さんだ」
聞き慣れた、少し間延びした声。
マオだった。
全員の脳が一瞬停止する。
「……え?」
「……ありぃ……?」
「いや、ちょっと待て」
「え、スコーピオン……?」
「いやマオ……ええ?」
混乱の波が部屋を走り抜け、アキラは反射的にスコーピオンへと振り向く。
「ま、マオ……?本物……?いや、え?君は――」
しかしスコーピオンはと言えば、金属の尾を小さく揺らしながら依然として立っている。
「……ん?どうしたんだアキラ。誰か来たみたいだから開けた方がいいぞ?」
そのエフェクト交じりの落ち着いた声が、むしろ混乱に拍車をかける。
アキラは混乱のまま扉へ歩み寄り、ゆっくりと取っ手を引いた。
ギィ、と軋む音。
そこに立っていたのは――。
「……マオ?」
紛れもなく本人だった。
薬草の香りを含んだ衣の匂い、少し眠たげな目つき、肩の力の抜けた立ち姿。
どれをとっても“スコーピオンの中身”ではありえない、見慣れたマオその人だ。
だが、マオはアキラの顔を見るなり部屋の中の妙な雰囲気を察した。彼女は部屋を一瞥するとスコーピオンに気が付き、分かり易く顔を顰める。
しかしすぐにシーザーたちに会いたい人物がいるらしいと後ろの影を手で促す。
ずしん、と床が鳴るほどの重い足取り。
姿を現したのはサングラスをかけた真っ赤なイノシシ顔の巨漢。
「ビ、ビッグダディおじさま……!?」
ルーシーが声を上げ、シーザーは固まった。
「お、親父……!?」
「よぉ、シーザー。全部マオに聞いたぞ、なんか大変なことになってるらしいじゃねぇか」
ビッグダディは腕を組み、覇者となった育ての娘、そしてその仲間たちを見回しながら鼻息を荒くした。
どうやらマオが事の顛末を手短に伝えたらしい。
ルーシーは胸に手を当て、安堵の息を漏らす。
「……呼ぶ手間が省けましたわ。マオ、本当に助かりましたの」
「……別にいいさ。だが、本題はここからなんだ……」
「?」
マオは短く答えるが、その表情はどこか硬かった。
眉のわずかな動き、声の微妙に低いトーン。
アキラは胸に小さな棘が刺さるような違和感を覚えた。
(……? マオ、なんか様子が変だな)
アキラが不審に思うより早く、さらに駆け寄る足音が近づいた。
「お兄ちゃん!みんな!すごい人が来たよ!」
勢いよく顔を出したリンはまるで胸の内側から何かが弾けたような表情をしていた。
目は大きく見開かれ、驚愕が色濃く滲んでいる。
その頬はわずかに強張り、声の震えはとんでもないものを見たという事実を隠しきれていなかった。
「え、まだいるのかい?」
「もう十分お腹だぜい……」
「次は誰だ……?」
場の空気が再びざわつく。
マオは深い息を吐き、言った。
「ビッグダディさんは話し合いを円滑にするために連れてきただけだ。……”シーザーたちに会いたいという人物”は……こいつだ」
そして、リンに促されるようにその人物が姿を現した。
長身。整った顔立ち。
郊外にはまず存在しない洗練されたスーツ。
襟元で光る社章は都市の栄光の証。
その眼差しは冷ややかさと企みを含みながらも確かな意志を宿していた。
アキラの心臓が一瞬、素直に鼓動を忘れた。
「――エレグ・マックス……!?」
静かな歩調で青年は部屋へと踏み入り、微笑んだ。
「お久しぶりです。”郊外の新しい覇者”、カリュドーンの子の皆さん並びに伝説のプロキシ……パエトーン」
「………!!」
その声が響いた瞬間、部屋の全員の空気が一変した。
ただの来訪者ではない。
この男の登場は今から始まる“次の幕”の合図だった。
ーーーーーーー
「……それで?都市のお偉いさんが、何の用ですの?」
ルーシーは片眉を上げ、地図に肘をつけた姿勢のまま皮肉を含んだ聲を落とした。
その仕草は優雅ですらあったが目の奥には冷たい光が宿っている。
「見ての通り、こちらはとても忙しいんですのよ」
その声音は柔らかくとも、言葉の端々に鋭い棘があった。
――何しに来たのか。
――何故、このタイミングで。
胸の内側では警戒と疑念がゆっくり渦を巻きながら膨らんでいく。
郊外の者が“都市”を前にするとき特有の背筋に走るざらついた緊張が空気を締めつけた。
対するエレグはそんな視線を受けても微動だにせず、むしろ穏やかに微笑んだ。
「ええ、存じておりますとも。ルシアーナお嬢さ……いえ、失礼。ルーシーさん、でしたね」
一瞬、空気が止まる。
不用意に自分の本名を言いかけたことへ、ルーシーは内心で舌打ちした。
だが彼がすぐに言い直したため、あえて追及はしない。
むしろ追及すべきポイントは他にいくらでもあった。
「今現在、ポンペイさんがいなくなったことで郊外に混乱が広がりかけています。何分郊外は広い。そこで微力ながら私の方から少しお手伝いを……と思いまして」
さらりと告げるその言葉に場の全員が息を呑んだ。
事が起きてまだ間もない。ポンペイの“離脱”を知る者は郊外でも限られている。
都市まで情報が届くにはどう考えても時間が必要なはずだった。
「なんで都市の人間がそんなに早く情報を掴んでやがんだ……?」
低く唸るような声が飛んだ。
カリュドーンの子の首領、新たに覇者となったシーザーだった。
荒っぽく腕を組み、鋭い眼光でエレグを射抜く。
エレグはその圧をまともに受けながらも眉一つ動かさない。
むしろ少しだけ楽しんでいるかのような余裕さえ漂わせ、後ろへ振り返った。
「実はですね。彼女……マオさんとは以前から縁がありまして」
ルーシーの眉がぴくりと動く。
エレグは軽くマオを指し示しながら続けた。
「今回の件も彼女に少し教えてもらったのですよ」
視線が一斉にマオへと向けられる。
「は……、お前、マジか……?」
マオは目を丸くして何かを呟き、ほんのわずかに肩を落とした。
否定もできず、肯定もできず……結局苦々しい顔で小さく頷く。
「………!」
その瞬間、ルーシーは理解した。
マオはかつて”都市の企業に自身の薬品開発技術の特許を売って郊外に来た”と、そう語っていた。
つまり、――目の前のエレグこそ、その特許を買い取った人物。
ルーシーはゆっくりと目を細め、唇を固く結ぶ。
穏やかな笑みを浮かべる青年の背後に、都市の影が確かに揺らめいて見えた。
そんな彼女の様子を気にも留めず、ルーシーたちの目の前にエレグが静かに書類を差し出した。
その白い紙には都市の大企業『マックス・コーポレーション』の印が鮮明に押されている。
「こちらが我々があなた方に提案する契約内容です」
彼の声は穏やかで、どこか確信に満ちていた。
記された条件は”不利な条件など何一つなく”、むしろ、郊外側を最大限に尊重した内容であった。
それが逆に不気味だった。
「……なるほど」
ルーシーがいくら読み返しても“罠”が見つからない。
確かに今の郊外は、覇者ポンペイの不在で屋台骨が揺らいでいる。
情報の整理も人手も足りない。
それを補うという申し出は彼女たちにとって願ってもない好条件だが、あまりにも出来すぎている。
「……何を企んでいますの?」
冷たい声音にエレグはまるで春風のような笑みを返す。
「企みだなんてとんでもない。これは私の誠意の表れだと受け取っていただければ幸いです。実はですね……、有事の折には“郊外を任せる”と、ポンペイさんから直々に託されておりまして」
その名が口にされた途端、空気が一変する。
マオは頭を抱え、ルーシーとシーザーは目を見開き、ビッグダディは鼻を鳴らして前へ出た。
(……エレグがポンペイと?そんなはずは……)
確かに以前エレグは郊外に発電所を建設すると言って現れたが、住人たちは彼を警戒し、ほとんど門前払いだった。
それがいつの間にポンペイの信頼を得たというのか。
「……そんなの、口でなら何とでも言えますわ」
ルーシーの声は鋭く、隠す気などさらさらなかった。
エレグは静かに懐へ手を入れ、数枚の書類を取り出した。
「皆様の疑問は尤もです。ですので――こちらを」
机に置かれた紙の上には見覚えのあるサイン。
ルーシーは息を呑み、シーザーも思わず前のめりになる。
「これが……ポンペイおじさまの署名?」
その場がざわめく中、ビッグダディがゆっくりと歩み寄り、サングラスをずらして書面を凝視した。
数秒の沈黙。
その後、地鳴りのような低い声が落ちた。
「……間違いねぇ。これは”ポンペイの字”だ」
場の空気が凍りつく。
エレグはそんな中でも、まるで計算通りだと言わんばかりに穏やかな笑みを崩さなかった。
「……とはいえ、今の覇者はシーザーさんです。筋を通すために皆さんに直接お伝えし、許可をいただこうと思いまして」
緻密な計算と周到な礼節。
“敵”でありながらあまりにも隙がない。
「……っ、あなたは……!」
ルーシーが噛みつこうとした瞬間、ビッグダディが片手を上げて制した。
「もういい。……この男、エレグCEOは十分俺たちに誠意を見せた」
静まり返る空気の中、契約は慎重な確認の末に結ばれることとなり、エレグは物腰低く、周りにいる者たち全員に感謝を告げて書類の記入を確認した。
だが、ビッグダディはエレグを鋭く見据えたまま言葉を続けた。
「書類には都市から持ち込む物資の郊外販売許可を求めていた。それを俺たちは了承したわけだ。……言っとくがな都市の若造、郊外の連中は都市の企業を快く思っちゃいねぇ。貴様らが何を売ろうが連中が買ってくれるかどうかは分からん。それについて俺たちが手伝うのも……すまねぇが無理だ」
エレグは肩をすくめ、余裕を崩さない。
「構いませんよビッグダディさん。すでにマーケティングは済んでいますので」
「マーケティング?」
ルーシーが訝しげに繰り返すと、エレグは視線をマオへと向け、あっさりと告げる。
「彼女の薬ですよ。郊外では評判がいいとか」
マオは不意に名前を出されて思わず目を見開いた。
彼女は長年郊外で薬を売り歩き、信頼を築いてきた――その評判を彼は把握していたのだ。
「お気づきの方もいるかもしれませんが、私どもは彼女の製薬特許を正式に買い受けました。技術支援も受けている以上、製品の品質を維持したまま大量生産が可能になりますし、輸送体制も整えられます。そこから信頼さえ獲得できれば……次は食料、燃料、工業品の流通網を広げる。郊外の生活水準を底上げしつつ、都市との双方向の市場を築く――私はそんな未来図を思い描いているのですよ」
静かに、しかし確実に、エレグは自らの構想を語った。
その語り口はまるで未来の地図をなぞるようで、誰もその先を完全に読み切ることはできなかった。
「それにお騒がせした発電施設の方も順調に稼働しましてね。あなた方の許可があればすぐに増設に移行できます。とはいえ、施設の把握を何も知らないと不安でしょうからまた後日に紹介させていただければと……」
エレグの言葉は静まり返った部屋の空気をさらに張り詰めさせた。
郊外に大企業が本格的に介入する。その意味の重さを誰もが理解していた。
ルーシーもシーザーも、そしてアキラたちでさえ言葉を失う中、エレグはゆっくりと姿勢を正して誠実さを装った声音で締めくくる。
「ご安心ください。我々は支配しに来たのではありません。郊外のこれまでの礎を築いてきたのは走り屋連盟の皆さんです。私どもはそれを尊重し、共に未来を形づくりたいのです」
その瞳には一点の曇りもなく、その言葉は美しく、欺瞞の匂いも、真実味も、等しく混ざり合っていた。
「どうか、よき盟友として――我々を郊外に受け入れてくだされば幸いです」
誰もすぐに返事をすることはなかった。
郊外の荒れ地に都市の影が差し始めたのを全員が肌で感じていた。
エレグは契約書を丁寧に畳むと、一礼して立ち上がった。
「それでは、早速準備を進めさせてもらいます。郊外での物流拠点づくりは時間との勝負ですからね。こちらは私の連絡先となります。それでは失礼します」
落ち着いた声に誰もが彼に視線を向ける。そのままエレグはマオの方へと歩み寄り、柔らかく言った。
「マオさん、あなたはしばらく都市でやることがあるでしょう?私も一旦戻ります。――”一緒に帰りましょう”」
マオはわずかに目を伏せ、沈黙の後、小さく頷いた。
「お前、マジで……!……っ、ああ、分かった。行こう」
その一言に、場がざわめいた。
「マオ、どういうことですの?」
「本気で都市に戻るつもりか……?」
驚きを隠せないルーシーとライトの問いにマオは露骨に顔を顰め、申し訳なさそうに眉を寄せる。
「……言えない事情があるんだ。でも、ちゃんと理由はある。しばらくしたら戻るから、心配しないでくれ!本当に……!」
それでもルーシーたちの胸には黒い疑念が渦を巻いた。
エレグとの間にまだ何か隠している。そう告げる直感が疼く。
ルーシーは一歩前に出て、皮肉を含んだ声で言い放つ。
「……彼女が特許を売った上で、勝手に薬を販売したとしても、ここ郊外じゃ罪にはなりませんのよ?」
挑発そのものの一言。
だが、エレグはきょとんとした後、微笑んだ。
「?ええ、存じています。彼女は私たちにとって、とても”ありがたい存在”ですから」
穏やかな言葉を残し、彼は軽く会釈して背を向ける。
マオは皆に視線を巡らせ、少しだけ笑みを浮かべた。
しかしその瞳はどこか怒りを堪えるかのようであった。
「っすーー、……みんな、私は大丈夫だ。ちょっとアイツと”話すこと”があるだけだ。頼むからそんな目で見ないでくれ……!」
そう言い残し、エレグの背を追って建物を後にした。
「……マオ!」
アキラとリンがその後ろ姿に声を掛けるが、マオは自分のことは気にしないでくれと言うように手をひらりと振って応えた。
カリュドーンの子は郊外を支えた薬師が離れていく様子を、まるで郊外そのものから大切な柱が抜け落ちていくかのような思いで見送るしかなかった。
その沈黙は重く、長く、冷たかった。
ーーーーーーーーー
【ゼンゼロ考察・感想スレ part49】
1: 名無しのプロキシ
ゼンゼロ、ツール・ド・インフェルノを無事?完走したので感想を言い合っていこうと思うンナ。
2: 名無しのプロキシ
スレ立て乙ンナ。燃料に頼って生きる郊外とか、伝説が実は史実だったとか……いや~王道展開が多くて痺れたねぇ……ストーリー自体は簡潔で楽しめたわ。
……無事シーザーは覇者になれたし、キャラも増えて……いや、やっぱ許せねぇ!!
3: 名無しのプロキシ
急に切れるやん、まあワイもなんだが(#^ω^)ピキピキ
4: 名無しのプロキシ
最後にアキラたちがシーザーが命懸けで火の湖に飛び込んだことや、マオが黒幕(絶許)に連れてかれるのを見ることしかできなかった無力感から、大地溝帯に行って過去について知れたけど……正直今怒りが勝ってるンナ……!
5: 名無しのプロキシ
PVで滅茶苦茶目立ってたくせに全然出てこないな~と思ってたら、最後に全部持っていきやがった!やりやがったなエレグゥ!!こんの黒幕めが!
6: 名無しのプロキシ
ストーリー内で暗躍してたのはトライアンフだし、唯一怪しかったのはルシウスだからプレイ中に、アレ?エレグ何処に行った?と思ってたらこれだよ!不意打ちを喰らったンナ!
7: 名無しのプロキシ
PVで影も形もなかったマオだけど、正直初めは何だこのぽっと出のキャラって思ってた……。
けどストーリー進める内にだんだん好きになった……。町長と裏切りのフラグが立ってもすぐに潰されて、プレイアブル化確実だろこんなん、絶対引こう!と思ってたのに、……思ってたのにぃ!
8: 名無しのプロキシ
マオの今までの努力を奪い去るかのように彼女の信頼をマーケティングに置き換える手法はマジで悪辣じゃねえかよ!
みんな騙されるな!こいつは郊外支配から郊外進出に舵を取っただけだ!ポンペイさんも行方不明なのこいつが関わってるンナ!
9: 名無しのプロキシ
舵を取ったのかは不明だけどな。俺が思うにこいつはまだ虎視眈々と支配を目論んでるくさいンナ。
10: 名無しのプロキシ
……てかポンペイの直筆サイン入りってどういうことだよ?あの人エーテリアスになったんじゃねえのか?
戦いの後、スコーピオンと思わしき影が連れて行ったけど……。
11: 名無しのプロキシ
スコーピオンも急に出てきてビビったわ。
ていうか特徴的にもしかしてマオがスコーピオンなんじゃね?と思い始めてプレイしてたけど、普通にマオがいたから違うんか?
12: 名無しのプロキシ
でも、マオはスコーピオンに対して妙な反応してたし、なんか知ってそうではあるンナ……。
13: 名無しのプロキシ
もしかして既存の人間のデータから知能機械人を作り出してる可能性があるのか?
ポンペイ直筆サインの謎がそこにあったりするンナ?
14: 名無しのプロキシ
えぇ……。実は企業技術、知能機械人の被験対象としてマオが選ばれてたりしたって……コト?
15: 名無しのプロキシ
いや倫理コアみたいなのが必要らしいから違うんじゃね?
16: 名無しのプロキシ
だから人間データから論理コア作ったんじゃねっていう考察やん。
……割とあると思うけどな、だってあの黒幕のことやし。
17: 名無しのプロキシ
もしその考察がはずれで、サインが本物だとするとポンペイさんがマジでエレグを信頼してたことになるンナ……!
18: 名無しのプロキシ
確かにそれはあり得ンナ!
19: 名無しのプロキシ
ボンペイさんのデータから彼の知能機械人を作った?
わからねぇがそこにエーテリアス化させるプロセスが必要だった?
20: 名無しのプロキシ
それだとマオが生きてる意味が分からんだろうが。機械人化させる方法が複数あるなら話は違うけど……。
21: 名無しのプロキシ
サインはマジで謎過ぎるンナ。
22: 名無しのプロキシ
ていうかヒールメンバーがエレグと関わりあるのは今まで考察されてたけどポンペイさん経由で今回確定かこれ?
23: 名無しのプロキシ
マオ同様にエレグが部屋にいたスコーピオンのことについて言及してなかったからそうなんじゃないンナ?
24: 名無しのプロキシ
すぐ交渉始めてたし、スコーピオンも空気になってたンナw
25: 名無しのプロキシ
スコーピオンが空気になれるインパクトは相当だよ。やっぱ黒幕は格が違ぇな!
26: 名無しのプロキシ
スコーピオン登場したと思ったらまたすぐに消えてたンナ……。一体何しに来たンナ?
27: 名無しのプロキシ
マオがエレグに何か脅されてるのは確定そうンナ。交渉の最中、アキラが彼女の様子に着目してたしな……。頭を抱えたり思い悩んだりしてたンナ。
28: 名無しのプロキシ
くっそー、最悪だぜ!あの頼りがいある姉御肌のマオがこんな……!
流石に善人過ぎるから何か裏があるんじゃと警戒してたけど、お労しい人だったってことか……おのれ許さんぞエレグ・マックス!
29: 名無しのプロキシ
でも完全にあっち側に寝返ることはなさそう(希望的観測)(願望)(そうであってほしい)
最後エレグとルシウスが話してたから、この関係は上司と部下だとして……。マオは準備期間中ルシウスを完全に敵視してたからな!
よし、大丈夫だ!彼女が敵になるなんてまさかそンナ……。
30: 名無しのプロキシ
関係がめっちゃ複雑そうンナ……!
31: 名無しのプロキシ
マオがシーザーたちが覇者になって郊外を纏めてくれると本気で願ってたんだと思うとマジでやるせねぇ……!
32: 名無しのプロキシ
エレグ・マックス、マジでクソやな。やっぱ都市の企業は信頼したらアカンナ!
33: 名無しのプロキシ
今回の黒幕(笑)のルシウスがボコられたのは唯一痛快だったンナ。ポンペイの前でイキってたけど突如後ろから声が掛かり衝撃音と共に暗転。次の場面ではポンペイの前にいたのがエレグに切り替わってたから、めっちゃ驚いたけど次の登場シーンでしっかりと顔面が悲惨なことになってたンナ。
34: 名無しのプロキシ
それなすぎるw暗い部屋でエレグ(上司)に詰められてたのは草生えたわw
35: 名無しのプロキシ
でもその後の”何もできませんね?”は普通に震えるほど怖かったンナ。あれはルシウスを切り捨てたってことでいいのか?
36: 名無しのプロキシ
構想を語ってたし後は自分がやるって意味じゃないか?
37: 名無しのプロキシ
ポンペイさんについてはエレグの「助けてあげましょうか」を呑んでしまったのか?シーザーたちが駆け付けた際はエレグの名前を一切出さなかったし、何かしらの条件を突きつけられてたのか?
38: 名無しのプロキシ
その助けるという内容がエーテリアス化?またはそこからの知能機械人化?どちらにせよ、まともなことにはならなそうンナ。
39: 名無しのプロキシ
ルシウスへの制裁は勝手にポンペイを殺そうとしたからンナ?
40: 名無しのプロキシ
そうなんじゃね?実際にポンペイを利用できると予定変更を起こしたっぽいし、結局何がしてえか分からんが、最終的にこいつが一番得してるのは分かるンナ……!
41: 名無しのプロキシ
PV見て、てっきり本人が暗躍をしまくるのかと思ったらルシウス(部下)任せだったんか……。でも最低限の労力で莫大な利潤を得てやがるンナ……!怖コイツ……。
42: 名無しのプロキシ
その後使えない部下を切り捨てて清廉潔白を語るんですね?分かります。
43: 名無しのプロキシ
今回の契約、ルーシーたちは“不利な条件がない”って言われてたけど、未来でどう転ぶか分からんぞ。
44: 名無しのプロキシ
タダより高いもんはないからね……。
45: 名無しのプロキシ
本当に大丈夫なんかその契約!?内容だけ見ると好条件らしいけど、そこがまた悪魔的ンナ!
46: 名無しのプロキシ
エレグやばすぎん?ポンペイが消えて一日足らずで契約書持って郊外入りとか情報の速さバグってるだろ……!
47: 名無しのプロキシ
下手な走り屋よりかっ飛ばしてねえか?(知らんけど)
48: 名無しのプロキシ
「支配しません」って言いながら既に半歩踏み込んでるんよ。信用できるか!エレグの慇懃無礼感バグってるンナ!
49: 名無しのプロキシ
しかもマーケティング済みって言ってたけど、あれマオの薬の需要を利用して入口開けたってことだろ?やり方えげつないンナ
50: 名無しのプロキシ
都市の物資流入とか一見メリットだけど、これ下手すると郊外の商売全滅する未来見えるンナ……。
51: 名無しのプロキシ
覇者がシーザーになったときに来たのもタイミング良すぎる。狙ってただろこれ!
52: 名無しのプロキシ
あ~、マオ、帰ってこれるんかな……。郊外の中で一番信用あったらしいのに。
53: 名無しのプロキシ
個人的には絶対に帰ってきて欲しい!このままお別れなんて嫌だよ!
54: 名無しのプロキシ
郊外は“都市の企業が入る余地はない”っていうのが暗黙のルールぽかったのに、今回あっさり突破された感あるな。
55: 名無しのプロキシ
ヴィジョンしかり、またこいつが得してないか?主人公たちが動くたびにどんどん黒幕の企業規模が拡大してるみたいで怖いンナ!
56: 名無しのプロキシ
エレグ「君たちのおかげで私の企業はここまで大きくなれたんだ……!」
57: 名無しのプロキシ
うん……、今はもうはっきり音声付きで聞こえるわ。
58: 名無しのプロキシ
まさかそんなwって笑ってたのが懐かしいぜ。マジでエレグがその台詞を言う現実味を帯びてきたな……!
59: 名無しのプロキシ
いつか確定的に被害が出そうンナ。
60: 名無しのプロキシ
被害ならもうで出るだろうが!マオ先生をシーザたちとプレイヤーから奪い去ったのはぜってぇ許さンナ!誰かこの黒幕に制裁を加えてくれンナァ!!
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「着きましたポンペイさん。足元にお気をつけて……」
「……ああ、すまんな」
ゆっくりと地面に下ろされる瞬間、ポンペイは自分の体がまだ“人間として”安定していないことを思い知らされる。力の入り方が一定せず、膝がわずかに震える。
満足に動けないポンペイはホロウからマオに抱えられ、郊外の混乱を余所に、ほとんど人気のない廃墟地帯に連れてこられた。その一角にぽつんと人目を忍ぶように置かれた大型ワゴン車、外見だけならどこにでもある運搬用の車だ。
だが中へ乗せられた瞬間、空気が変わった。
内部は別世界だった。
広々とした後部スペース。白を基調とした照明が柔らかく空間を照らし、揺れの少ない車体構造がすぐに分かる。
医療用ベッドに限りなく近いシートが中央に据えられ、周囲には簡易モニターや点滴台、冷温管理のついた収納棚。工具や衛生器具は整然と並び、食料や水の備蓄まで置かれている。
まるで小規模な救急車だ。
「……これが、全部……?」
「リーダー……エレグの用意です。あいつ、こういうのだけは本当に抜かりないんですよ」
マオは平然と、けれど少し呆れ混じりの声音で言った。
ポンペイは巨体を横たえる位置で改めて車内を見渡す。
外観からは絶対に想像できない設備の充実ぶり。
走り屋である自分には縁のない、まるで都市医療車のような設備。
脳裏にふと、青年の顔が浮かぶ。
――エレグ・マックス。
あの若さで企業の頂点に立ち、都市と郊外をまたぎ、誰も簡単には到達できぬ領域を駆け上がった男。
その力の一端がこの車内だけでよく分かる。
マオは車内の診療機器を一通り扱いながら、ポンペイの体を診断した。
モニターに浮かび上がる脈拍と”再構築された”細胞データ。それは紛れもない“奇跡の後の光景”だった。
「……後遺症がまだ残ってるのでしょう、動けるようになるまで暫くリハビリが必要です。それに、これから多くの者にポンペイさんがエーテリアスになったことが知れ渡るでしょう。生きていることが知られたらどんな問題に繋がるか分からない。申し訳ありませんが暫く都市で身を隠してもらうことになりそうです」
「かまわん。俺の方こそ……貴様らに迷惑をかける」
「いいえ、言ったでしょう?ちゃんと面倒みるって。だから今はゆっくり休んでください」
淡々とした声なのに不思議と温度がある。
マオの手際よい動きに身を任せながら、ポンペイはゆっくりとシートベルトで体を固定された。
――ザッ、ザッ、ザッ。
やがて、乾いた足音が外から近づいてきた。
金属の扉が叩かれ、スライドして開く。
「おお、リーダーか。お疲れ」
エレグが姿を現した。片手に、人影をぶら下げて。
拘束され、目と耳を覆われたルシウスだった。
ぐったりと力なく、しかし確かに生きている気配を持っている。
エレグはマオに軽く返事をして少し首を傾げながらルシウスを見る。
「ああ。けど、なんかやけに大人しくなったな。……まあいいか。そのまま静かにしておいてくださいね、ルシウスさん」
そう言って投げ込むように車内へ入れると、ルシウスは床にドサリと倒れた。
ポンペイはその姿を見つめ、胸の奥に複雑な感情が渦巻いた。
憎しみ。怒り。悔しさ。喪失感。
そして、どうしようもなく、まだ消えない情があった。
(……何が、どうして、こうなった)
ルシウスは身じろぎもせず、されるがままである。
その無抵抗さが余計に胸を刺す。
エレグはすっとポンペイの前に立ち、丁寧に頭を下げた。
「先ほどぶりです、ポンペイさん。実はあなたに少しだけお願いがありまして」
「……なんだ?」
エレグが差し出したのは数枚の書類。
「このサインがほしい。“カリュドーンの子”との交渉に使います。あなたが代理権を認めているという証拠が必要でね」
マオが補足する。
「大丈夫、嫌な使い方はされないですよ。走り屋連盟がめちゃくちゃになるだろうから、その整理をするためです」
「……そうか」
ポンペイは書類に目を走らせ内容を確かめる。
余計な企みの匂いはない。むしろ破格の条件と言えるだろう。形式的でありながら今後の混乱を収めるための枠組みである。
特に問題がないことを確認してからポンペイは署名した。
エレグは満足そうに微笑み、マオと視線を交わした。
「ありがとうございますポンペイさん。郊外は彼女らと共に必ずお守りいたしますので……!マオ、案内を頼む」
「はいはい。ではポンペイさん……あー……、少々気まずいかと思われますが留守番を頼みます。なるべく早く戻るので……」
二人が去ると、車内には妙な沈黙だけが残った。
「「………」」
ポンペイは目を閉じる。
すぐ近くでルシウスがうめくような息を漏らした。
気まずい。
語る言葉もない。
まして怒鳴りつける気力も湧かない。
ただ長く、重い数時間が流れた。
ーーーーーーー
何時間も続いた静寂を破るように、外で車のドアが乱暴に開く音がした。
金属の軋みが張り詰めていた空気を一瞬で切り裂く。
「……お待たせしました」
扉が開き、聞き慣れた声が降ってきた瞬間、ポンペイは反射的に目を向けた。
重たい肉体でも驚愕は素早く首を振らせるものだ。
そして、呼吸を一拍忘れた。
「……ッ、エレグ……?」
そこに立つ青年は、つい先ほどまでの隙のない“都市の若き企業家”を体現した整った姿とはまるで別物だった。
整えていた髪は無惨に乱れ、上質なスーツははだけ、肩口まで破れている。
頬は赤黒く腫れ、口元に薄く血がにじみ、眉の上には応急処置の白い包帯。
誰がどう見ても”全力で殴り合った”か、もしくは”殴られ続けた”かのような姿だった。
そんな惨状のエレグが、何事もなかったかのように運転席にすとんと腰を下ろす。
続いてマオが助手席に滑り込むが、こちらも体中砂まみれで、服も焦げと泥で不格好に汚れている。
怪我は少ないらしいが、その不機嫌さは火花を散らしそうなくらい鮮烈だった。
「……、何があったんだ……?」
問いかけた瞬間、ポンペイの直感が“これは触れてはいけない何かだ”と警鐘を鳴らす。
だが、それでも問わずにはいられなかった。
ポンペイにとって長い長い待ち時間であった。だが、先ほどまでの若者二人がこんな有様になるほどの時間は、明らかに経っていないと理解していた。
エレグは困ったような、けれどどこか誤魔化すような笑みを浮かべ、マオが淡々と、とても淡々と答えた。
「ちょっと二人で格闘しました」
「かくとう……?……なんで?」
思わず本来の口調が崩れ、ポンペイ自身が驚いて口を閉じた。
起承転を含まない回答に疑念が深まるだけであった。
エンジンがかかり、車がゆっくりと廃墟を離れ、都市の方角へ向けて走り出す。
しばらく沈黙が続いた後――。
エレグがぽつりと小さく呟いた。
「……何がいけなかったんすかね……」
悲しげというより、純粋に困惑した声音だった。
彼の指先がハンドルの上で震えている。そこに滲むのは怒りでも後悔でもなく、理不尽にぶつかった子どもが見せる、あの小さな震えだった。
助手席のマオがこれ以上ないほど冷たく切り捨てる。
「雰囲気」
「……雰囲気?」
「そう。お前の放つ“空気”が悪かった。おかげで私は”都市の男に利用されてる可哀想な薬師”だ。本当に何してくれてんだ、お前は……!」
「そんな……自分、普通に説明しただけっすよ……」
「スーツを遠隔操作してたドクもドン引きだったぞ。あれを“普通”って思ってる時点で駄目だろうってさ」
「えぇ……」
会話がぷつりと途切れた後もエレグの表情は誰か説明してほしいという色を残したままだった。
だが数十秒もすれば耐えきれず再び口を開く。
「いや、その……ほんと、自分としてはですね……郊外の人達って基本、都市から来た人間を嫌ってるじゃないですか?だから、ルーシーたちの反応も“ああ、いつも通りだな”って、つい……」
言い訳のようでありながら、本当にそう思い込んでいたことが窺える声。
郊外と都市で育った価値観の差が今まさに痛々しいほど露出していた。
「……はぁ~~……」
助手席のマオが、魂ごと疲れ切ったような息を漏らす。
肩の砂がぱらぱらとこぼれ落ちた。
「リーダー、ここは郊外だぞ?都市の上層階級たちとの交渉と一緒にするなよ。罰として今後、郊外では黒幕モード禁止な」
「いや、ねぇわ!そんな物騒なモード!」
「……お前ほんとに気づいてなかったのか?お前が嬉々として書類を次々出すたびにルーシーの眉が跳ね上がって警戒を露わにしてたぞ?」
「……それは……っ」
ぐさり、と胸の奥の見たくない記憶が刺した。
――とある夜。
新エリー都の名家や企業の代表者たちが集まる懇親会。
何の縁か、エレグはルーシーの父親と偶然にも話す機会があった。
彼は酒を片手に上機嫌で自分の肩を叩き、まるで笑い話のように「娘を頼む」と言ってきたあの場面。
その後、縁談まで進めたものだから、娘のルーシーの耳には確実に入っているはずだ。
ルーシーの警戒はそれゆえだったと思っていたとマオに言いかけて、エレグは喉の奥で言葉を押し殺した。
口に出した瞬間、場が爆発的にややこしくなる未来が手に取るように見えたからだ。
黙ったエレグにマオは小さく息をつき、無理にでも気持ちを切り替えたようだった。
「……まあ、済んだことはしょうがない。これからの行動で彼女たちの信頼を取り戻せ」
「あ、ああ、わかった。……マオの誤解も解かないとな」
「そうしろ。……というか、そうしないと駄目だろうが」
マオは呆れ半分、諦め半分で返す。
「さて……私にもやるべきことがある。ポンペイさんの身体について調べれば、まだ意識の戻らないミゲルについて何かわかるかもしれないからな。という訳でポンペイさんお手数ですが――」
バックミラー越しにマオの視線が向けられる。
その静かな視線には信頼が滲んでいた。
ポンペイはゆっくりと頷いた。
元走り屋であり、覇者であった彼の頷きには静かな覚悟が宿る。
「……ああ、勿論協力しよう」
その覚悟を確認したように、エレグが軽く手を挙げた。
「流石ポンペイさんです。頼もしい。あ、そうそうポンペイさん、体が治ったらしっかり働いてもらいますからね?何分うちはトップ自ら現場に行かないといけない人手不足なもので……」
刹那、ポンペイの脳裏に映るのは終わりの見えない書類の山、一つ減らすと二つ増える恐怖の机。
郊外一帯を歩き回り、延々と続くエリア所有者との交渉ずくめの一日。
宿りかけた覚悟は、その光景を思い浮かべた瞬間しゅるしゅると鎮火した。
彼はわざとらしく肩を落とし、重々しいため息を搾り出す。
「ああ、しかし……あぁ……い、痛い……体のどこもかしこも、……俺ももう歳だな……」
気力すら老化したかのような声。
どう聞いても演技がかっていて、逆に切実さはゼロであった。
「そんな症状が……?ちょっと待ってくださいポンペイさん、詳しく――」
「おいマオ、騙されるな。露骨に老人アピールし始めましたね、ポンペイさん!?後継ぎが現れて安心するのは分かりますが、まだ休んだら駄目ですよ!?」
エレグが即座にツッコミを入れた。
声は大げさだが、そこに込められた切実さは誤魔化しようがない。
――必死。
その一言が似合うほど、彼の表情は妙に真剣だった。
実際エレグの胸の内では別の叫びが渦巻いていた。
(やっと……やっと労働力が増えると思ったんだぞ……!俺が現場に出て書類もやって交渉もしてって、いつ過労で倒れてもおかしくねぇんだ……!)
ポンペイには元覇者として郊外を纏め上げた経験がある。
エレグにとっては喉から手が出るほど欲しい即戦力だった。
だからこそポンペイが「歳だ」「痛い」などとサボりフラグを立てた瞬間、エレグの中で何かがカチッと音を立てた。
本音が滲み出たツッコミは、もはや警告というより悲鳴に近い。
そこからは“絶対に逃がさない”という圧すら立ち上る。
彼が向ける視線はもはやCEOとしてのそれではなく、長らく孤軍奮闘していた現場指揮官が、ついに見つけた救世主を逃すまいと必死にしがみつく悲哀すら帯びた輝きだった。
しかし、そんな温度差の激しいやりとりもポンペイが静かに意識を手放したことで自然と終わりを迎えた。
疲労と再構築の負荷。あの巨躯を形づくるために奪われた膨大なエネルギーの反動が一気に押し寄せたのだろう。
車内に訪れる静寂。
夜の郊外を走る車のエンジン音だけが一定のリズムで空間を満たしている。
その振動がやけに心臓の鼓動を近く感じさせた。
やがて、マオがぽつりと口を開く。
先ほどまでの軽い調子は完全に消えていた。
「……それと、リーダー。私は”例の”新しい薬の研究にも着手しようとしてるんだが……都市側でその設備は準備はできているのか?」
“薬”と“設備”。
その言い方は明らかに表向きだけの医療研究とは違う何かを意味していた。
エレグはハンドルを握り、視線を道路の先へと向けたまま微かに顎を引いた。
その声は低く、先程までの軽さが一切なかった。
「――ああ、問題ない」
それ以上余計な言葉は付け足さない。短いのに、やけに重い。底の見えない返答。
マオは小さく鼻を鳴らし、深い息を吐く。
「たくっ……、まさか貫通してくるとはな……。でも、そろそろ思い出さないといけない……」
車はひたすら都市へ向かい、その途中で二人の間に流れる沈黙だけが何より重く、何より確かな意思のように存在していた。
第四章、ツール・ド・インフェルノ、これにて完結です……!思ったより長引いてしまった……!
追記
素晴らしいボンプの名前募集にご協力いただきありがとうございました!