転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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感想、誤字報告ありがとうございます

ファンアートを再びいただきましたァ!!ヒールの女性陣二人、クロエとマオをいただきました!
誠にありがとうございます!ウルト兎様にはいつもお世話になっております!!

クロエ・ナイツ

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マオ・ガーガン

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ダイアリンちゃんのエピソード見ました。完全に成敗といった感じの内容でしたね……。法的措置は……?

気になった人は実際に見てみましょう。


なるほど、完璧な計画っすねぇ~(前編)

巨大コングロマリットを象徴する建物、『マックス・コーポレーション』の本部。その最上階。

 

都市の喧騒を遥か下に見下ろすガラス張りのオフィスで、エレグ・マックスは珍しく椅子へ深く沈みこんでいた。

 

普段であれば世界を読み、数字を操り、ひと声で列強を動かす“若き天才経営者”の象徴そのもの。

 

完璧なスーツ、緩みのない視線。対面した者が自然と姿勢を正してしまうような、あの自信と統制の塊。

 

だが今日のエレグは額に手を当てて低く唸っていた。

 

「ぐあぁぁぁ……。や、やっちまったぁ~……!」

 

机の上には分厚い契約書、郊外での開発計画図、それから数日前に監査機関と交わした伝達ログの紙束――。

 

どれも、今は彼の頭痛の原因となっている。

 

郊外で起きた“誤解”。

それはカリュドーンの子との協定を結んでから……、と言うかその翌日に顕著になった。

 

都市を離れた新たな地で彼は”対等なパートナー”として接したつもりだった。

権力者特有の押し付けや威圧はせず、意図も丁寧に説明した。

そのはずだった。

 

しかし――。

 

向こうはことごとくエレグの言葉を深読みした。

彼が望む以上に政治的な意味や裏の動機を探そうとした。

 

(……まあ、仕方ないだろうな。一般の都市の連中ならともかく、巨大企業のトップなんて相手にするなら普通に話しても裏を読むのが当然か。それに俺自身のミスもあるし……)

 

理解はできる。

しかし、気持ちは別だった。

 

本来のエレグは気を許せるほんの一握りの仲間や部下の前でしか“素”を出したことがない。

世間が求めるカリスマ像にいつのまにか自分自身が縛られ、自然な距離感の取り方を忘れてしまっていた。

 

企業交渉では冷静沈着。

交渉では一瞬の言葉選びすら命取りになる世界で判断し続けてきた。

上層階級の権謀術数を日常として泳ぐうちに、いつのまにか“本心を言う”という行為そのものが不慣れになっていた。

 

――その結果が、これだ。

 

「郊外でまで、相手を困らせてどうする……俺」

 

深い溜息が広い部屋に静かに落ちた。

 

しかも最近の出来事で、誤解はさらに悪化した。

 

マオの、仲間の名前を借りた些細なミスだった。

 

しかし、相手からすればそれは“布石”や“心無い利用”と受け取れてしまう類のものだ。

エレグにそんな考えは一切なかったとはいえ、彼女らの傷を深めるには十分だった。

 

「本当に……、そろそろ何とかしないと……!」

 

自分のせいで相手が警戒し、距離を置き始めている。

その事実が胸の奥に重くのしかかる。

 

都市の権力者としての場なら威厳と策を並べればいい。

敵対者との駆け引きなら冷笑ひとつで場を制せばいい。

 

だが――。

 

あの郊外であの子たちと対等でいたいと思った時、彼はようやく気づいたのだ。

本当に守りたい関係を築くには武器も言葉の鎧も通用しないのだと。

 

「……逃げるなよ、エレグ・マックス。これはビジネスじゃない」

 

自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

 

誤解を解くには飾らず、策もなく、ただ本心を確実に伝えるしかない。

それがこんなにも難しいことだとは今まで気が付かなかった。

 

このままでは本当に大事なものを失ってしまう。

 

エレグはそっと立ち上がり、窓の外に広がる都市の夜景を見下ろした。

眩い光は彼が積み上げてきた成功そのもの。

だが、今の彼にはそれがやけに遠く感じた。

 

誤解は自分で作った壁。

ならば、壊すのも自分でなければならない。

 

――取り繕う必要はない。

 

仲間たちにそう言われてなお、エレグはどう振る舞えばいいのかが分からなかった。

 

カリュドーンの子たちは企業の人間ではない。

政治的な相手の裏を読むのを当然とする都市の上層階級とも違う。

彼女らはもっと真っ直ぐで、誤魔化しの効かない“生身の感情”で世界を見ている。

 

だからこそ、エレグの普段の癖、腹黒さや策士めいた言い回し、無意識に相手を圧迫する話し方が彼女らを必要以上に警戒させてしまうのだろう。……癖だと認めるのは誠に遺憾であるが。

 

当たり前のように差し出した“名刺のような言葉選び”が、郊外ではまったく逆効果になる――。

その一件で、エレグはいやというほど思い知らされた。

 

都市の交渉で染みついた言い回しは、相手に安心を与えるどころか、

“裏を読め”という圧を帯びてしまう。

自分では誠実に話したつもりでも、受け取る側の心を硬くさせてしまう。

 

自分がどれほど“素の会話”を失っていたのかを突きつけられた。

 

「……あはは~……笑えねぇ……」

 

落ちたため息はいつもより重い。

 

しかし今、落ち込んでいる暇はなかった。

 

一先ず郊外については置いておき、折を見てまた誤解を解こうと考える。今は目下の課題――六課へのイメージ改善について取り組まなければならない。

 

エレグは大企業のCEOとしての顔だけでなく、裏では“ヒール”のリーダーという顔も持ち合わせている。

 

六課と偶然の衝突以降、自分たちに対する六課の警戒は極めて高い。

 

正体不明、規模不明、目的も不明。超巨大な脅威ということは分かる。

六課の側から見ればヒールは得体の知れない危険集団に見えるはずだ。

 

(……誤解を解くには唯一邂逅していない、リーダーの俺が出るしかない)

 

他のメンバーは既に容姿がバレているし、彼らが行けば六課は“また刺激しに来た”と身構える可能性が高い。

 

最も交渉へ運べる可能性があるのは初エンカウントを決める自分。

そして最も説明すべき責任があるのも陣営の長である自分。

 

それは分かっている。

だがしかし、

 

(……人間関係で大きな失敗をした直後に、これかよ)

 

カリュドーンの子の件が胸に刺さったまま抜けていない。

“自分は人とまともに向き合えないのではないか”という疑念が根を張りかけている。

 

自然と仲間たちの顔が浮かんだ。

 

境遇は同じはずなのに、彼らは今日もそれぞれの場所で“人と向き合う”ことができている。

 

年長者のダイさん。

あの見た目から最初は怯えられることが多いが、ゆっくりと、確実に相手の心を落ち着かせていく。

大きな体に似合わず几帳面で、部下のミスにも頭ごなしに怒鳴ることは絶対にない。

それが信頼に変わる。

 

マオ。

郊外の小さな悩みでも全力で耳を傾ける。

人の感情のゆらぎを拾い取ることに長け、言葉の選び方が驚くほど柔らかい。

多くの人が何度でも彼女に相談に来る理由が分かる。

 

クロエ。

あの完璧な外見と礼儀作法は優雅さという武器に変換されている。

心に屈託を抱えた上流階級の人々すら、自然に胸の内をこぼしてしまう。

“魅せる”ことで心を開かせる術に長けている。

 

ドク。

アキラたちに近い、親しみやすいタイプの人間。

初対面でもいきなり距離を詰めるが不快にはならず、むしろ安心させる不思議な空気を持つ。

近所づきあいのプロと言っていい。

 

(つまり俺には“素で打ち解ける力”がない。なら、こいつらのやり方を取り入れて補えばいい……!)

 

光明が差し込んだように思えた。学びは常に力となる。”これまでと同じように”仲間たちを参考にすれば、少しずつ変われるかもしれない。

 

「……だが……すぐできるようなもんじゃないな」

 

前回の一件により、身をもって知ってしまっていた。

都市の交渉や裏社会の駆け引きで染みついた癖は数日で抜けるものではない。

 

これでは六課が”襲撃を受ける日”までに間に合わない。

また壁にぶつかり、エレグはソファに背を預けた。

 

そのとき――。

 

コトリ、と小さな音が足元でした。

 

「……ん?」

 

目を向けると彼に寄り添う小さな影。

短くて丸い手足に、ぽてっとした丸みのある体型。濃紺の高級スーツがよく似合う金色に光るつやつやボディ。丸い頭の上には昆虫のクワガタをゆるくデフォルメしたような柔らかい二本の角。その頭上には七色に輝く結晶がゆっくりと浮遊していた。

 

 

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エレグが所有する愛らしいボンプ、トピアスである。

 

「ンナ……ンナァ……?」

 

小刻みに首を傾げ、心配そうにエレグの表情を覗き込んでくる。

精巧なセンサーと学習機能を備えたボンプはエレグの沈んだ気配を察して声をかけてきたのだ。

 

その無垢な仕草にエレグは胸の緊張がふっと解けるのを感じた。

 

「……ああ、ごめんな。心配かけた」

 

手を伸ばし、その滑らかな表面を撫でる。

ボンプは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす代わりに小さく電子音を漏らした。

 

「ンナァ……♡」

 

その甘えるような音にエレグは思わず口元を緩めた。

 

――都市の実力者や裏社会の猛者たちとは真逆の存在。

 

圧力も裏の意味も持たない。

ただ“純粋に心配してくれる”というシグナルしかない。

 

この存在の前ではエレグですら自然体になれる。

 

「そろそろ充電が必要だな……ほら、おいで」

 

エレグはボンプを抱え上げ、手に稲妻を纏わせる。

両手でボンプの頭を優しく挟み、接触すると柔らかな青い光が灯った。

 

「ンナァ……♡ンナンナ〜ンナ〜ンナワタ〜ンナンナワタワタ〜♪ンナナ〜ンナワナワタナ〜ンナナ〜ワタワタンナナ〜♪」

 

安堵したようにボンプは身を預け、軽く耳をピコピコと動かす。そして口ずさむは毎度お決まりのメロディ。どういう意味は分からないが何とも愛らしい。

 

エレグは気づいた。

 

(……俺、こいつには完全に気を許してるな)

 

普段の“警戒する側”の自分ではない。

策も壁もなく、ただ素直に接している。

 

理由は明白だった。

 

――愛らしい見た目。

――感情表現が一目で分かる反応。

――裏も圧も感じさせない接し方。

 

どれも人の警戒を解く条件そのもの。

 

その瞬間、エレグの頭に稲妻のような閃きが走った。

 

「……これだぁっ!」

 

思わず、まだ充電中のボンプをそっと持ち上げてしまった。

 

「ンナナ!?!?」

 

丸い耳をピンと立て、ボンプが大げさな反応をする。

だがエレグはそれどころではない。

 

脳内の思考が一気に加速していた。

 

胸が高鳴る。久々に仕事以外で湧き上がる確信。

 

「ありがとうトピアス、お前は……俺たちのイメージ改善計画の第一歩だ……!」

 

「ン……ナ……?」

 

持ち上げられたままボンプは首を傾げ、状況が理解できず目をぱちぱちとさせている。

 

だがエレグは”素の笑み”を浮かべながら意気揚々と仲間たちに連絡を取り始めた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

最近の対ホロウ六課の活躍は目覚ましかった。しかしそれは単なる力の伸長や経験によるものではない。

誰も言葉にしなかったが六課全員の内側には”ある組織”と遭遇したことで芽生えた焦りが静かに根を張っていた。

 

その組織の名は『ヒール』。

インターノットでは都市伝説のように語られ、実在すら長年疑われてきた存在だ。

 

六課が彼らと出会ったのはまったくの偶然だった。

 

任務中、六課は二名の知能機械人と遭遇した。驚異的な戦闘力を持つ、翼を備えたファルコンと金属の尾を持つスコーピオン。

 

どちらも一般の知能機械とは比べ物にならない挙動と性能を示し、その存在は未知そのものだった。課長である雅は逃走したファルコンを追い、残されたスコーピオンを柳、悠真、蒼角の三名が相手取った。

 

しかし、三人がかりで挑んでもなお、勝利は辛勝と呼べるものにすぎない。敵の強さは常識を逸脱していた。さらにその後、追い討ちをかけるようにエーテリアスの群れが乱入し、混乱が生じた刹那、雅が追っていたはずのファルコンが再び姿を現した。

 

そして捕えていたスコーピオンを強奪し、悠然と撤退していった。

 

逃げられた悔しさを胸に滲ませながらも、気を失った蒼角を抱え、雅との合流を目指して彼女のもとへ向かう。

 

「これは……!」

 

「うそでしょ……!?」

 

現場へ向かった柳と悠真はその光景に言葉を失った。建物も地形も、区画に存在していたものすべてが吹き飛んでいた。まるで空爆に叩きつけられた直後のような凄惨な光景だった。

 

慌てて雅の姿を探すと彼女は傷一つなく立っていた。

ただ、精神的には明らかに疲弊しており、あの雅が動揺するほどの出来事だったことを二人は悟った。話を聞くと彼女はファルコンを救うように新手が現れたと語った。

 

後に判明したのはあの破壊がヒールの新手、”たった一名の構成員”によって引き起こされたという驚愕の事実だった。

 

ライノと名乗ったその知能機械人は、柳たちが一時的に捕えていたスコーピオンの証言によれば彼はヒール唯一の戦闘員だという。

 

あれほどの戦闘能力を持つ彼女ですら”戦闘担当ではない”という言葉に驚愕したが、目の前の惨状はその発言の真実性を疑わせなかった。

 

この邂逅を経て、世間は六課が暴いたヒールの“実在”に熱狂した。

都市伝説が現実になったという興奮は賞賛へと変わり、六課は英雄として持ち上げられていった。

 

しかし、当事者たる六課の心境はまるで逆だった。

 

賞賛は虚ろで、耳に届くほどに焦燥を募らせる。

正体不明、規模不明、目的も不明。生活の影に潜む不穏な存在。

 

しかも六課の総力をもってしても、まともに渡り合えるとは言いがたい強者たち。

 

敗北――それが六課全員の胸に刻み込まれた感情だった。

 

その後、雅は強くなるために以前にも増して鍛錬を積んだ。柳と悠真もまた同じ思いを抱え、現場仕事に全力を注いだ。戦闘時に気絶していた蒼角もまた三人の背中に影響を受け、必死に任務へ向き合うようになった。

 

世間は何も分かっていないまま六課の功績を持ち上げ、悪なんて六課には到底敵わないと軽口のように言い続けた。ヒールでさえ六課の管轄だと安直に語る者も多い。しかし、六課にとってそれらは現実を歪める雑音でしかなかった。

 

ヒールの情報は相変わらず不足している。

その規模も目的も掴めない。

どこに潜み、何を狙っているかもわからない。

 

それでも、彼らは確かに存在している。

六課に敗北という烙印を刻んだ影のような集団として。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

六課が微かな焦燥を抱えたまま日々の任務に当たっていたある日、HIAから業務提携の依頼が届いた。内容は、次世代VRシステムの本格運用に向けた最終テストへの協力依頼。上位部門からはすでに承認済みだと知らされ、六課は半ば通達のように参加を促された。

 

熱烈な態度で説明を行うHIAスタッフに、柳は険しい顔で答える

 

「ですが原則、参加については各職員の意思に委ねるということでしたので、まずは内部でヒアリングを行ってから……」

 

「参加すれば報告会に出なくていいのだな?ならば行こう」

 

会議を何より嫌う雅を筆頭に六課は満場一致で協力を受け入れた。

 

当日。六課がオフィスを出てHIAセンター前へ向かうとそこには既に大勢の人だかりが生まれていた。溢れるほどの熱量だった。

 

「きゃーーっ!雅様がいらっしゃったわ!!」

 

「対ホロウ六課の執行官たちもいるぞ……!」

 

集っていたのは六課のファンたちだった。

 

声援は途切れることなく、彼女らの名を呼ぶ声が次々と響き渡る。ファンとの交流を決して蔑ろにしないようという上層の意向もあり、柳がスタッフと最終確認を取る間、残る六課のメンバーはテスト開始まで広場でファン対応に回ることとなった。

 

近頃の六課の人気は凄まじい勢いで上昇していた。だが、それは当人たちにとって歓迎すべき事ばかりではない。以前から蒼角を除いた三人は、日に日に増すファンの数と熱量に不慣れであることを職場でこぼしていた。

 

この日も例外ではなかった。

 

雅と悠真の前には、それぞれに特に熱烈なファンが張り付いていた。どちらも外見も佇まいも明らかに奇妙で、不審者と呼ばれても違和感のない風貌。

しかし、その異様さの中心にあるのは確かに”純粋なファンとしての熱情”だった。

 

雅は距離感の近すぎるファンに終始圧され、悠真もまた挙動不審なファンに翻弄され続けた。それでも二人は逃げず、最後まで職務として対応し続けた。

 

「私、応援してますので……!!」

 

「マサマサも無理はするなよ……!」

 

そう言ってその二名のファンは嵐のように去っていった。

 

ファンとの交流が終わり、ようやくVRシステムのテストが開始される頃には二人の表情にははっきりと疲労が滲んでいた。

 

「会議を逃れるためとはいえ、過酷な試練であった……」

 

「い、いやいや課長……、ここからですよ……。まあ過酷だったのは賛同しますけどね……」

 

二人がここまで精神力を削られる理由は敵でもエーテリアスでもなく、圧の強すぎるファンたちであった。

 

「ボス、ハルマサ……二人とも大丈夫?蒼角の貰ったおやつ食べる?」

 

蒼角はファンからお菓子や食べ物を貰ってご満悦の様子だ。二人同様プレゼントも貰い、可愛らしい多数の装飾品、”バッジ”なども身に着けていた。

 

その後、六課はスタッフの指示に従い、指定された合言葉を胸に刻んだ。「都市を守るため、我、〇〇は光とならん!」

 

それは正義としての心構えを試す儀式のような妙に恥ずかしいものであったが、全員がその言葉を口にすると同時にVRマシンが起動し、六課の意識は静かに仮想空間へ沈んでいった。

 

目を開けた瞬間、そこには現実世界と見紛うほど精巧に再現された場所が広がっていた。

空気の揺らぎ、光の反射、足元の路面の質感まで、細部があまりにも自然に構築されている。

 

「わぁ~……!すっごい、お外とおんなじだぁ……!」

 

「へえ、リアルだな……」

 

「うむ、悪くない。良く再現した」

 

六課の面々はその技術力の高さに驚嘆せざるを得なかった。

 

テスト内容は事前に説明されていた。六課の戦闘データを基にシステムの上限値として調整するらしい。次々とエネミーを出現させ、それを六課が撃破することでデータを収集するというものだった。すべてのテストエネミーが倒されれば、”自動的にテストは終了”する。

 

「三人とも、始まりますよ」

 

テストが始まり、六課は日頃の任務と変わらぬ手際で敵を次々と撃破していった。エーテリアス級の強さを再現しているはずの存在であっても、六課の技量の前ではほぼ一方的に片付けられてしまう。

 

結果、テストは想定を大幅に超える速度で完了してしまった。

 

雅は、テストの終了報告が現れた瞬間に不満げに肩を落とした。

このままでは嫌いな会議に確実に間に合ってしまう。その事実が彼女にとってはテストより厄介だった。

 

『対ホロウ六課の皆さん、流石の腕前ですね!これにてデータ収集は完了しました!お手数ですがそちらの方で確定ボタンを押して頂けたらと……』

 

「ありがとうございます。それではお疲れさまでした」

 

”スタッフ”の声がログアウト指示を出し、その後全員が現実へと帰還した。

 

元居た部屋に戻り、報告を受け、機材のチェックをスタッフが終えると六課はそのままオフィスへ戻るべくHIAセンターの出口へ向かった。

 

だが、建物の外へ踏み出した瞬間、全員が足を止めた。

 

「妙だな……」

 

「あれれ?みんなどこに行っちゃたの?」

 

視界には人影がまるでなかった。

つい先程まで押し寄せていたファンの群れは影も形もなく、ざわめきも歓声も完全に消え失せていた。

 

不自然な静寂が街区全体に広がっていた。

 

「……一先ず、建物の中に戻りスタッフに確認しましょう」

 

違和感を覚え、六課は再び建物へ戻った。しかし、受付にいたスタッフも、案内係も、誰一人として姿を見せなかった。つい数分前まで確かに存在していた気配が跡形もなく消えている。

 

「いやいや絶対おかしいでしょ……」

 

悠真の言う通り明らかに異常だ。まるで世界の一角だけ突然“空白”になったかのようだった。

 

全員がもう一度街へ出て周囲を探索すると、まず建物そのものに微妙な違和感があった。

 

外観は現実に近いが、近づくほどにテクスチャの継ぎ目が浮き出し、角ばった陰影が人工的な境界線をつくっている。歩道に目を向ければ、本来まっすぐ続くはずの点字ブロックが歪んでいる箇所があった。視線を上げれば、街角にある意味のない抽象オブジェの一部がどこか奇妙に伸びていた。

 

「ナギねえ!これもおかしくない?」

 

蒼角が注目したゴミ箱には同じ種類、同じ形、同じ齧られ具合のサンドイッチが、コピーペーストされたかのように捨てられていた。

 

そして極めつけは――、

 

――パァンッ!

 

「うわぁ!?ちょっと月城さん!?何で急にぶったの!?課長にもぶたれたことが無いのに……って課長は拳を下ろしてください!殴ってくれって意味じゃないんで!」

 

柳は突然、悠真の頬を平手で打った。衝撃で彼の頭がわずかに揺れ、悲鳴を上げるが、しかし一向に痛みが訪れないことに悠真は疑問を持った。

 

「あ、あれ?おかしいな、全然痛くないぞ……」

 

彼の頬は真っ赤な紅葉が浮かんでいるが触れても感覚は空虚だった。柳も、周りのメンバーも同様で、皮膚感覚が薄膜の下に沈んだように曖昧なままだった。

 

「……どうやらここは仮想世界の中のようです」

 

そこで一同は、一連の違和感と身体の異常を繋ぎ合わせるのにそれほど時間はかからなかった。ここは現実ではない。未だ自分たちはVR世界の内部に閉じ込められている。

 

恐らくシステムの不具合でログアウトが失敗し、そのまま環境だけがフリーズせず稼働し続けているのだと結論づける。

 

念のためにセーフモードを起動し、ログアウトの代替手段がないか探ることにした。

 

幸い、柳は技術マニュアルのほぼ全てを把握しており、操作への躊躇はなかった。

 

「流石副課長。今後、どんな任務だろうと本を丸暗記するあなたを応援します!」

 

悠真が分かり易く柳を褒め称える。

 

その後、六課はVR世界内部に設置されたVRマシン、つまりHIAセンターへ向かい、柳がマシンの前に立つ。

 

軽く深呼吸し、正確な手順でセーフモードをオンにして見せる。淡く表示が切り替わると、柳は画面を確認しながら一歩下がり、皆へと道を開けた。

 

「ふう……、これで良し。さあ、次は皆さんの番ですよ。蒼角、こっちに来なさい」

 

柳が軽く手招きをすると、蒼角はいつもの調子で手を振りながら近づいてくる。

 

「はーい、今行くよナギねえ!」

 

その明るい声音に柳も一瞬だけ表情を和らげた。

しかし……異変は蒼角ではなく別の場所から現れた。

 

「……え?」

 

蒼角の背後。

悠真が突然弓を引き絞り、何の予兆もなく柳へ向けて矢を放った。

 

「え?ひゃあっ!?」

 

「っ!?浅羽隊員!?急に何を!?」

 

柳は反射的に薙刀で矢を弾き返し、金属音が乾いた響きを立てる。

 

突然の事態に柳が驚愕し、攻撃を放った浅羽悠真の名を叫ぶが彼も状況を把握できていないようだった。

 

「っ!?違うんです月城さん、体が何か別のものに操られているみたいで……!」

 

自分の腕が自分の意思を裏切り、柳を殺すように動いた事実にただ困惑するしかない様子だった。彼は矢を放った後の姿勢のまま固まり、まるで見えない糸に操られた傀儡のようなぎこちなさを滲ませていた。

 

明確な敵意や判断はない。ただ、身体だけが別の意志に引きずられているような不自然さがあった。

 

「そんな……課長は!?ご無事ですか!?」

 

柳はすぐに状況の異常性を悟り、次に確認すべき人物へと視線を走らせた。六課の最高戦力、星見雅。もし彼女が同じ状態に陥っていればこの場は壊滅的な被害に変わりかねない。

 

「ご無事では……ないな」

 

振り返った先で、雅は既に刀を抜こうとする腕ごと押さえつけていた。静かな呼吸を保ちつつも、かすかに震える腕が内部で暴れようとする“何か”の存在を示していた。

 

「五分ばかり前からお前たちを斬りたくてたまらない」

 

その佇まいから、既に数分前から異変を自覚していたことは明らかだった。彼女の身体は今にも抜刀し、仲間を斬り伏せたいという衝動に蝕まれている。

しかし、その精神は冷静で、激情に呑まれる気配すら見せない。

 

「柳――」

 

雅は視線だけで柳に合図を送った。許可ではなく、託すような、確固とした意志のこもった目だった。柳は即座にその意図を理解する。

 

彼女が求めているのは暴走を未然に止めること。自分自身では抑えきれなくなる前に仲間の手で沈めること。

 

「任せて、雅」

 

柳は一度だけ深く息を吸い、躊躇を排した。次の瞬間悠真と雅へと容赦なく踏み込み、的確に急所を外した一撃で二人を順に昏倒させた。

 

二人が静かに床へ崩れ落ち、場に再び静寂が落ちる。

 

「……ナギねえ、大丈夫?今の、何が起きて……ふ、二人は急にどうしちゃったの?」

 

蒼角が心細げに柳の袖をそっと掴んだ。

彼女だけは”一切操られていない”。逆に仲間の急変に怯え、困惑の色を深く浮かべていた。

 

柳は蒼角をそっと背に庇いながら部屋を鋭く見回す。わずかに息を整えながら、迫る異常の正体を考え始める。これは単なる操作の不具合ではない。

 

そのときだった。

 

――ブツ、とノイズが走る。

 

柳のすぐ傍のテレビが突然起動し、画面いっぱいに見たことのない不気味なマークが映し出される。

 

『対ホロウ六課、新エリー都の英雄よ――。生憎、この世界ではだれも貴様らを必要としていない』

 

低く歪んだ声男の声。

 

蒼角が柳の背でびくりと肩を震わせる。

 

「ナギねえ……な、何あれ……」

 

「わかりません。このマークは……一体?」

 

柳は蒼角をかばいながら画面を睨んだ。

マークは脈打つように明滅し、その下から不吉な宣告が続く。

 

『貴様らにはここにいてもらう。――脳味噌が死に至るまでな』

 

ーーーーーーーーー

 

そして、しばしの静まり返った時間の後。床に倒れていた二人がほぼ同時にわずかに身じろぎをした。

 

「ハルマサ、ボス……!大丈夫!?」

 

「っつ……!怖がらせてごめんね蒼角ちゃん。滅茶苦茶頭痛いけど、一先ず体が勝手に動き出すことはないみたいだ……」

 

まず悠真が呼吸を深く吸い込み、ぼんやりとした視界の中で現状を確かめるように瞬きをする。

 

「痛覚フィードバックがオンになっているようですね……」

 

「ふむ……我ら二人に起こった現象は皆同じか……。柳と蒼角の両名が難を逃れたのか」

 

続いて雅が静かに瞼を開き、ゆっくりと体を起こした。動作に迷いはなかったが、意識の底にはまだ先ほどの強制的な暴走の余韻がうっすらと残っていた。

 

「うん!わかんないけどそうみたい。あ!そういえば二人が寝てる間に変な奴が現れたの!このままじゃ蒼角たちの脳味噌が危ないみたい!」

 

「変な奴?蒼角ちゃん、一体何があったの?」

 

「蒼角、ここは私が説明しますね」

 

二人が正気に戻ったことを確認すると、柳は彼らのもとへ歩み寄り、簡潔に今までの経緯を説明した。

 

どれほど短い時間であったとしても操られた事実、先ほどテレビに姿を現した正体不明の“敵”が六課をこのVR世界に閉じ込めたこと。

ログアウト不能が単なる不具合ではなく、外部からの干渉によるものだという最悪の結論も添えて。

 

悠真は説明の途中で真剣に考えを巡らせる。雅は呼吸を整えつつ静かにその内容を受け止めた。

二人の反応は違えど、理解している点は同じだった。

 

自分たちは意図的に閉じ込められた。しかも、敵はシステムを乗っ取り、六課の行動を制限するだけの力を持っている。

 

そんな重苦しい空気の中で、蒼角がそっと一歩前に出た。

彼女は柳の袖を軽くつまんだまま、控えめに顔を二人へ向ける。

 

倒れていた二人が操られていたことがよほど心配だったのだろう。

蒼角の表情には安堵と、不安と、そして仲間を労わる素直な温度が混じり合っていた。

 

「二人は大丈夫?もう私たちを攻撃しないよね?元に戻ったんだよね?」

 

「ああ、今のところは無事だ。再び暴走しようともお前たちが私を気絶させるまで、この身を抑えておく自信がある」

 

「ちょっと課長!?多分蒼角ちゃんが聞きたいのはそういうことじゃないと思いますけど!?……ごめんね~蒼角ちゃん。取り敢えず体の自由は戻ったからさ」

 

雅と悠真は蒼角のその視線を受け止め、静かに頷くように体を整えた。

二人の体はすでに正常に戻っており、あの異常な暴走は敵による干渉であったことは明白だった。

 

三人が揃い、ようやく六課は状況を共有した上でのスタート地点に立つことができた。

 

だが、ここは未だ出口のない仮想世界。

敵の掌の中にいるという現実は何一つ変わっていなかった。

 

仲間たちが全員そろって意識を取り戻したとき、柳は改めて周囲を見渡した。

 

ここは仮想空間――その事実を改めて確認するように、壁や床の質感を一瞥する。

視覚、聴覚、触覚のすべては同期されているが、自分たちの身体はデータの塊に過ぎない。

 

だからこそ、システムを掌握した敵にとってはこの世界の“神”と等しい存在になり得る。

 

「もしかすると、敵は私たちにそう思い込ませることを狙っているのかもしれません」

 

しかし柳は敵がわざわざ脅威を誇示し、自分たちに対して干渉してきたことに疑問を抱いていた。

 

「というと?」

 

柳の推測に悠真が尋ねる。

 

「本当にVRシステムの全権を掌握しているならよほど効率のいい手段が沢山あるはずなんです」

 

そう、本当に全能なら説明など必要ない。

抵抗する前に“削除”すればいいだけだ。

この世界では命令一つで六課のデータを消し去ることができるはずであり、そのための手段はいくらでもある。

 

自殺命令の強制。

ログアウトデータの破壊。

ブレインリンクに干渉するウイルスの注入。

仮想肉体そのものの停止処理。

 

いずれも、敵が言うように”脳死”に至らせるには十分な方法だった。

 

だが、現実にはそれらは行われていない。

先ほど二人の体を一時的に操ったのも殺害には程遠い不完全な制御にすぎなかった。

敵の干渉は脅威ではあるが決定的には足りていない。

 

柳はその点にこそ突破口があると考えていた。

 

敵は未だ全能ではない。

だからこそ、わざわざ恐怖心を煽って六課を疑心暗鬼に陥れ、行動を鈍らせようとしている。

脅威を誇示することで動くなと脅しているに等しい。

 

つまり、動けばいい。柳はその結論に至る。

 

六課の仲間たちが柳の言葉を見守る中、彼女は技術マニュアルの内容から一つの方法に言及した。

このテストの終了条件。

 

”すべてのテストエネミーを倒したとき”。

 

本来はVRテスト完了を示すための条件だが、ログアウト不能の今、それは唯一の出口へと繋がる可能性があった。

 

柳は残りのテストエネミーを倒すステージを起動し、突破を図るべきだと提案した。

 

「……副課長どの、あなたは僕が出会ってきた中でも一番に疑り深い人ですよ。そんなあなたが憶測だけでこんな危なっかしい決断をするとこ……僕は見たことが無い」

 

悠真はその提案の意味を飲み込みながら、迷いを隠さず柳を見つめた。

彼は柳を信頼している。だが、信頼とは別に慎重さを捨て切れなかった。

“不確定”が支配する世界ではそれは当然の反応だった。

 

「……柳、お前が悠真に対してここまで真剣に取り合うのは久しぶりだな」

 

雅も同じだった。

最高戦力である彼女でさえ、この状況を楽観視できない。

柳に勝算があるのか、静かに問いかけるように視線を寄せた。

 

敵が意図的に自分たちを脅かし、罠をはっている可能性。

その中で唯一、蒼角だけは揺らがなかった。

 

「私はナギねえのこと信じるよ!」

 

蒼角は柳の隣へ歩み寄り、いつもの調子で簡潔に告げる。

彼女は難しい仕組みや推論は理解していない。

 

ただ、自分の中で姉のような存在、柳の判断が誤った方向を向く姿を一度も見たことがなかった。だから信じる。

それだけの理由で不安げな空気をひと挙動で切り払ってしまう。

 

さらに蒼角は小さく付け加える。

 

「……それに、今思えばあのテレビの向こうにいた悪い奴も焦ってる感じがしたもん!」

 

その言葉は迷っていた仲間の背を静かに押した。

 

「ありがとう蒼角……。皆さん、私を信じてくれますか?」

 

全員が柳の提案に乗ることを決めるには、それで十分だった。

 

「やれやれ、蒼角ちゃんと副課長どのがそこまで言うならやれるだけやってみましょうか。僕も代案があるわけじゃないんで」

 

「何が起ころうとその責は課長である私のものだ。お前はただ、我らに次の動きを指示すればいい」

 

「ありがとうございます、皆さん」

 

六課はVRマシンのある部屋へと足並みを揃え、テストステージを起動させた。

システムに介入している“敵”がどう反応するかは分からない。

だが、立ち止まれば永遠に出口は見つけられない。

 

六課は動き出す。

敵の掌から抜け出すために。

そして、仮想の檻を破るために。

 

仮想空間に再びテスト開始の電子音が響き渡った。

 

 

 

光が霧のように晴れていくと同時に六課の視界は一気に開けた。

そこは、テスト段階で見たはずの訓練ステージの“はず”だった。

 

「わあ!?全然違う場所になったよ!?」

 

「……どうやら敵はステージを操作する権限を持っているようですね」

 

しかし、目の前に広がる光景は明らかに別物だった。

 

工場跡地の様な建物が入り組んだ空間。

空間の歪みは深く、空にはノイズの粒が点滅し、影の形すら安定しない。

 

――完全に、敵の手が入っている。

 

配置されたはずのテストエネミーも、HIAの官給データではあり得ない挙動を見せていた。

本来は均質だった個体差が大きく乱れている。

 

属性が異なるもの、走行ルーチンが無意味に暴走しているもの、体力が不自然に増やされたものまでいる。

 

全てが改ざんの痕跡だった。

 

しかし――。

 

「皆さん冷静に対処してください」

 

六課にとっては障害ではなかった。

 

まず飛び込んだのは雅だった。

黒髪が弾け、刀身に淡い光が走る。

次の瞬間、眼前へ殺到してきたエネミーの群れが花を散らすように斬り裂かれた。

 

迷いのない軌跡。

斬撃は一閃ごとに寸分の狂いもなく、そのたびにデータの裂け目から白い火花が奔る。

 

悠真は後方へ回り、素早く弓を張った。

矢は放たれるたびに軌道補正を受け、まるで吸い込まれるように敵の急所だけを貫いていく。

頭部、関節、核――。

彼の射撃は情報的な“弱点”そのものを見抜くように完璧に刺さった。

 

蒼角は巨大な刃旗を回転させながら突っ込んだ。

鋼鉄の質量が唸りをあげ、敵を次々に弾き飛ばしていく。

力任せではない。

荒々しさの奥にしっかりと“六課”の戦闘訓練が染み込んだ動きがあった。

 

柳はその後方から薙刀を構え、流れるように前へ。

彼女の刃が動くたびにエネミーの軌道が寸前で逸れ、仕掛けた攻撃は空中に吸われるように外れる。一本一本が、相手の演算ルーチンを読み切った動きだった。

 

六課の進撃は圧倒的だった。

 

データ改ざんで強化されたはずのテストエネミーはただの時間稼ぎにもならない。

逆にその乱雑な強化が隙に変わり、六課の戦闘能力を前に次々に捌かれていった。

 

『―――っ!?』

 

やがて、敵は六課から逃げるように後退し始めた。

 

その中の一体、人型モデルのテストエネミーが明らかに”逃亡”と呼べる距離取りをしていく。

動揺の混じった不自然な足運び、恐怖のような挙動すらあった。

 

「見つけた!」

 

仲間たちにこの場を任せ、柳がそれを追った。

やがて奇妙なほど奥行きのある空間へと踏み込む。

 

そこには、整列する無数のテストエネミー。

 

一体も動かず、ただ膨大な数が同じ方向を向いて静止していた。

無音。

息の詰まるような圧迫感。

 

先ほどの逃亡者がその列の端に紛れ込むようにして立ち止まっているのだろう。

 

「はぁ……、またですか……」

 

柳は短く息を吐いた。

そして、静かに空気を裂くように声を放つ。

 

「課長――今です!」

 

その瞬間、一体だけがわずかに反応した。

 

当然柳は逃さない。

 

瞬時に床を蹴り、跳ぶ。

大気が震え、薙刀が鋭い軌跡を描いた。

 

その刃は正確にその個体の胴体を貫いた。

 

「本能には抗えませんね」

 

呻きがノイズ混じりに漏れ出す。

 

『……ぐぅっ……!?』

 

「答えなさい。ここから出る方法を……さあ!」

 

柳の声は冷たく研ぎ澄まされていた。

問いは刃であり、逃げ道を削り取るような圧だった。

 

敵は歪んだ笑い声を発した。

 

『く……くく……無駄だ……貴様らは……ここで、一生――』

 

その先を言うより早く、データが崩れ始めた。

輪郭が砂のように崩れ、光の粒となって消えていく。

 

直後。

 

空間全体が大きく揺れた。

 

六課の四人は激しい周囲の映像の点滅と共に一瞬の暗転を味わった後、再び元の“部屋”へ戻されていた。

 

「協会のお部屋に戻ってる!ナギねえ!やったね!」

 

「あーつっかれた。お手柄ですね副課長」

 

戦闘の緊張がほどけると同時に悠真は深く息を吐き、張り詰めていた心を静かに重力へ預ける。

その横で、蒼角は弾けるように柳へ飛び込み、全身の喜びを隠しきれずに抱きついた。柳の胸元を掴む手には安堵と高揚が混ざっていた。柳はその勢いを受け止めながら、小さく微笑を浮かべる。

 

「流石だ」

 

雅は静かに刀を鞘へ戻すと、柳の判断を誇るように柔らかな表情を見せ、親指を立てた。

 

ログアウトは依然として不可能で、肩に感じる重さも、呼吸音も、すべてVR世界特有の偽りの感触のままだった。しかし、ステージを一つ突破したという感覚だけは確かなシステム反応として六課の身体に返ってきていた。

 

柳は三人の反応を受け止め、胸の奥で静かな決意を固めた。

残るテストエネミーはあと二体。

 

ステージ方式を敵が妨害してくる以上、その干渉が逆に“突破のためのルートである”と証明している。敵が何かを隠したまま彼女らを閉じ込めようとするならば、そのスキを突き、正攻法で進み続ける方が合理的だと判断できた。

 

「なるほど。こうして敵の破綻を看破するのだな。柳、お前の判断は正しかった」

 

「だから言ったでしょ。ナギねえの言うことを聞けば間違いなしなんだよ!ハルマサ、もうナギねえと喧嘩しないでね!」

 

「蒼角ちゃん、僕はただ真っ当な反論を――」

 

「喧嘩はダメ!」

 

皆も柳の推測を理解し、それぞれの武器にそっと触れながら敵がステージ開始条件そのものに干渉してきた事実こそ、こちらの突破口の正しさを裏づける材料であると感じていた。

 

蒼角は既に次の戦闘へ気持ちを切り替えており、肩に担いだ鋼鉄の刃旗を軽く跳ねさせながら、前進あるのみという態勢を全身で示している。

 

六課全員がそれぞれの方法で覚悟を決め、思考を一致させていく。

 

「……信頼に感謝します。敵の反応を見る限り、私たちの戦略は上手くいっているようです」

 

どれほど改ざんされようとステージクリアの反応が残っている限り、脱出の道は確かに存在していた。

 

ーーーーーーー

 

四人はVR世界に再現されたVRマシンの元へと向かい、装置の前へ立つ。

前回と同じように合言葉を口にすればステージが始まる。

 

「じゃあ……言いますよ……!」

 

悠真が装置の前で深く息を吸い込んだ。

その声は気怠さと覚悟が半々で混ざり合ったような妙に重い響きを帯びている。

 

「浅羽隊員、お願いします」

 

柳が一歩前に出て、優しく促す。

悠真は観念したように背筋を伸ばし、咳払いを一つ。

 

「ゴホン……あー……都市を守るため、我、浅羽悠真は……ひ、光とならん!」

 

……この瞬間、雅の肩がわずかに震え、蒼角は口元を押さえ、柳は目をそらした。

 

「ちょ……ちょっと!?あっち向いててくださいってば……!」

 

悠真は三人の反応にたまらず声を上げる。

その様子は八割が照れ、残りが恥との戦いだった。

 

本来ならこの直後、眩い光が四人を包み、ステージ開始を告げるはずだった。

 

しかし。

 

ブツッ……ギギ……ギ……ッ……!

 

「ノイズ……?」

 

柳の眉が跳ね上がる。

 

次の瞬間、部屋中に走る不自然な光が悠真を中心に収束した。

 

「う、おわっ!?な、なんだこ――」

 

言葉が光に呑まれた。

そして一拍の静寂。

 

光が完全に消失した後、そこに立っていたのは――、

 

「――ンナ?」

 

バンダナを付けた一匹のボンプ。全員が理解を拒んだ姿だった。

 

白い体に、短い手足、丸い耳。

よく見る、補助作業用の小型ロボットだ。

 

全員、固まる。

 

「………………」

 

「………………」

 

「はえ~~……」

 

その中で、ボンプが不思議そうに首をかしげた。

 

「みんな、どうして僕を見つめて……というか、見下ろしてるンナ?……あれ?そもそもナンで僕、語尾が“ンナ”になってるンナ……?」

 

――声は紛れもなく浅羽悠真のものだった。

 

柳は恐る恐る口を開く。

 

「あ……浅羽隊員……?……本当に、あなたなのですか?」

 

「な!?急に何を言ってるンですか副課長。からかってるンナか?この顔を見て何を間違えてるって……あ?」

 

ボンプはふと視界の端で“自分ではない何か”を察したらしい。

 

ドアの銀色の表面に、小さなウサギ型ロボット――自分自身が――くっきり映っていた。

 

そして。

 

「ンナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」

 

VR空間に轟く悲鳴。

 

雅が無言で耳を押さえ、柳が口元に手を当て、蒼角は目を丸くしている。

 

ボンプとなった自身の姿を前に悠真は完全に混乱していた。

耳はふにふにと揺れ、丸い体は勝手にバランスを崩しそうになる。剥き出しの恐怖が声に滲む。

 

「ちょ、ちょっと待つンナ……なんで僕、こ、こンナ……!?誰かこれ、悪い冗談だって言ってくれよォ……!」

 

六課は動揺しつつも悠真の周りに集まり、しかし彼をどう励ませばいいのか判断できない。

空気は混乱と緊迫で張りつめきり、説明のつかない状況が全員の喉を締めつけた。

 

そのときだった。

 

――バチッ。

 

天井に設置されたモニターが一瞬ノイズを走らせ、

次の瞬間、甲高い笑い声が部屋を満たした。

 

『ク、クク……ふはははは!!』

 

柳と蒼角の表情が険しくなる。

 

「!あの時の……!」

 

再びモニターに映し出された謎のマーク。だがその声だけで十分だった。

今現在、六課を襲撃している“敵”だ。

 

『小賢しい執行官よ……』

 

その声は一言目から柳を狙いすましたような、ねっとりとした侮蔑を含んでいた。

 

『貴様は周りの全てを破滅に引きずり込んでいる』

 

柳は息を詰める。

自分の推測も、判断も、状況整理も、すべて否定するような重い言葉。

 

『“計画は順調”?“策略が功を奏した”?“敵が隙を見せた”?――フン。全て、妄想に溺れた者の戯言だ』

 

嘲笑が、刺すように続く。

 

『いやぁ、貴様の愚かさには実に助けられたぞ?おかげで私は先ほどの戦闘で、存分にデータを回収できた』

 

鋭い嘲笑が連なるたび、空気はさらに冷たく沈んだ。

 

『このシステムも……そして“貴様らの身体”も……徐々に私のものになりつつある』

 

ボンプ、悠真の体がビクリと跳ねる。

 

「ま、待つンナ……どういう意味だンナ……?」

 

『簡単なことだ。私はバックグラウンドで“体”のデータを少々、最適化し続けていてな……貴様の脳が“寿命”を迎えるのも、そう遠くはない』

 

「――ッ!」

 

悠真から血の気が引く音が聞こえそうだった。

 

柳は前へ踏み出し、咄嗟に叫ぶ。

 

「あなたは……何が目的なんですか!!」

 

敵は問いそのものが滑稽だったかのように甲高い笑い声をあげた。

その笑いは、長く、醜悪で、底知れない悪意があった。

 

『目的?そんなもの……一つだけだろう』

 

ノイズが画面を走る。

影が揺れ、まるでそこに巨大な悪意だけが残ったようだった。

 

『これは無敵を誇る“対ホロウ六課”へ贈る――私からの復讐だ』

 

復讐を宣言した敵の声はそのまま六課を嘲り続けた。

 

『それにしても……“対ホロウ六課”とは大層な名だ』

 

影はゆっくりと首を傾け、愉悦を含んだ声で続けた。

 

『”ヒール”。あの“伝説の反逆者”どもを暴いたと――世間では称賛されているな?』

 

その語りは底が黒く濁っている。

六課の決して触れられたくない傷跡をまるで包丁でなぞるように抉ってくる。

 

『だが実際は?どうだった?』

 

柳の胸が一瞬だけ強く脈打つ。

 

それを敵は見逃さなかった。

 

『逃げ出したか?死にかけたか?あるいは――震えていただけなのではないか?』

 

六課の表情が、一斉に固まり、部屋が静まりかえった。

蒼角でさえ声を失ったまま息を呑むしかできなかった。

 

敵は止まらない。

 

『あの危険なヒールに“偶然遭遇”しただけ。たまたま全員助かっただけ。市民の希望である対ホロウ六課がいたにも関わらず手も足も出なかったのではないか?』

 

『実在が確認されたヒール……あの常軌を逸した“狂気の戦闘知能機械人”の集団』

 

『誰一人として捕らえられていないのを見るに……六課の最高戦力、”虚狩り”星見雅ですら抗うこともできなかったのではないのか?』

 

柳の肺が一瞬萎縮し、苦しくなる。

 

『そして……超級エーテリアス、ニネヴェ。あれを“殺しかけた”のは、むしろヒールの側だったか……?』

 

柳の胸にかつての情景がフラッシュバックした。

 

――焼け焦げた地面。

――建物を抉り取った異常な攻撃痕。

――その場に佇んでいた雅の背中。

――自分の許可が招いた鉢合わせ。

 

(私が……判断を誤らなければ……あの日、皆は危険に晒されることも――)

 

隠していた彼女の後悔と罪悪感が敵の声に引きずり出される。

敵はそんな柳の沈黙を見て、愉悦に満ちた笑みを深めた。

 

『フフ、その反応を見るに世間が思うほど貴様らは“切り札”足り得ないらしい。むしろ、追い詰められた凡俗の集団のようだな?』

 

六課全員の胸に鈍い痛みが走る。

 

『最近の活躍も焦りだろう?』

 

『もっと強くならなければ、ヒールには勝てない……そう思っているのだろう?』

 

柳の呼吸が乱れた。

 

(此方の冷静を欠かせるための挑発だって理解しているのに……それでも……)

 

敵はとどめを刺すように低く囁いた。

 

『元を辿れば、あの日ヒールと邂逅したのは小賢しい執行官、“貴様の許可”がげんい――』

 

その瞬間。

 

「――やぁっ!!」

 

突然、蒼角が近くにいたボンプを両腕で抱え、そのままテレビ画面へ向かって投げつけた。

 

「ぉお――ぐえっ!?!?」

 

ボンッ、と鈍い破壊音。

モニターは粉々に砕け、映像は激しく乱れ、敵の声が途切れた。

 

柳は呆然としたまま蒼角を見た。

 

「……蒼角……?」

 

蒼角は振り返り、柳にまっすぐ向き合った。

その目は強く揺れていて、だけど確かな勇気を宿していた。

 

「ナギねえ!こんなやつの話、聞かなくていいよ!!」

 

声は震えていた。

けれどその震えは恐怖ではなく、柳が傷つけられていることへの怒りだった。

 

「ほ、本当は……あいつが何言ってるのか、全部は分かんなかった。でも……ナギねえが、みんなが傷付けられてるのは分かる!」

 

柳の胸が痛く、そして温かくなる。

蒼角はさらに踏み込んだ。

 

「それに、あいつがわざわざお節介しに来てるってことは……きっと慌ててるんだよ!」

 

ぎゅっと拳を握りしめ、彼女は叫んだ。

 

「だよね!?ナギねえ!!」

 

その一言で部屋の空気が一変した。

敵の言葉で揺らぎかけていた柳の心を蒼角は真正面から強引に、しかし確実に引き戻してくれた。

 

柳は蒼角の肩に静かに手を置き、そして小さく微笑んだ。

 

「……ありがとう、蒼角。」

 

蒼角の頭に手が伸び、ゆっくりと撫でられる。

彼女の銀髪が優しく揺れ、緊張で石のように固まっていた表情がようやく溶けるように緩んだ。

 

「ですが……浅羽隊員を投げてはいけませんよ?」

 

たしなめる声。ごく控えめな叱責。

 

蒼角は肩をすくめ、目を伏せかける――そのとき。

 

すぐ背後から、聞き慣れた語尾が聞こえた。

 

「……え?副課長、僕はここにいますンナ」

 

「え?」

 

柳はまばたきし、ゆっくりと振り向いた。

振り向けばボンプ化した悠真がぽつんと立っていた。

 

(……見間違い……?そんなはずは……)

 

柳の眉が寄る。

 

たしかに蒼角が投げたのは、ボンプの体だった。

サイズも同じ、間違えようがない。

 

だとすれば――。

 

柳の視線が再び蒼角へ戻り、静かに首をかしげた。

 

「では……蒼角が投げたのは、一体……?」

 

二人して首を傾げる。

 

沈黙の中、雅が腰の刀へゆっくりと手を掛ける。

その動きは獣が牙を研ぐように静かで、殺気だけが研ぎ澄まされていた。

 

「………」

 

彼女の視線はテレビ付近へ向けられていた。

 

「課長?どうかしまし――」

 

柳が声をかけようとした瞬間。

 

「――彼女の言う通りだンナ」

 

壊れたテレビの傍から静謐で重い電子音声が響いた。

 

四人の視線が一斉に跳ねる。

 

バチッ、という小さな火花。

破損した基板の間から黒い影が“むくり”と起き上がった。

 

蒼角が小さく悲鳴を呑む。

 

投げられたのは悠真ではなかった。

 

そこにいたのは――黒いボンプ。

 

その姿は通常のボンプとはあまりに異質だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

悪魔のように湾曲した二本の角。

顔の大半を覆い隠すほど高さのある立ち襟が影を作り、口元には獣の顎を思わせる咬合機構がギラリと覗く。

 

そして緑色に発光する双眼が確かに、自分たち六課を見ていた。

 

その光は人工物のそれではなく、生き物が呼吸する時のように微かに揺らぎ、ただ立っているだけで空気が針のように張り詰めていく。

 

悠真が警戒を滲ませながら後ずさる。

 

「な、なンだコイツ……!?一体何処から来たンナ……?」

 

雅は刀をゆっくりと引き抜きながら、低い声で皆に告げる。

 

「……先ほど、蒼角の近くに“突然”現れた。まるで、空間を割って出てきたようにな」

 

柳の体にひやりとしたものが走り抜ける。

 

(蒼角の真横に……敵性存在が……?どうして気付けなかった?まさかこれも敵の策略……?)

 

「………」

 

黒いボンプは何も言わず、しばらく六課を観察していた。

 

――だが、その静寂は唐突に破られる。

 

「……ッぐ……ぁ……!」

 

体をくの字に折り曲げ、ひどく歪な声を漏らした。

そのまま床に倒れ込み、転がり、暴れ、テレビの破片を散らしながら苦しみ始めた。

 

「ぐぉぉぉぉ!?いってえええええッ!?!?」

 

金属と金属が擦れる嫌な音が部屋中に響く。

彼が破片にぶつかるたび、妙に人間臭い声で「ンナァァァ!?」と悲鳴を上げる。

 

――恐らく蒼角がテレビへ投げ飛ばした衝撃を、今まとめて受けているのだろう。

 

「えぇ……」

 

あまりにも必死な悶え方に、張り詰めていた空気がほんの一瞬だけわずかに緩む。

 

悠真が柳の背に隠れ、蒼角は蒼角で事態を飲み込めず硬直している。

 

しかし緊張が解けかけたそのとき――

 

バチンッ!!

 

壊れたはずのテレビの画面が、赤い火花を散らしながら強制的に再起動した。

割れた液晶が時間を戻すかのように修復していき、ノイズが走り、あの声が戻ってくる。

 

だが、先ほどまでの余裕や嗤いは影を潜め――、明確な“困惑”が混じっていた。

 

『……な、なんだ……?貴様は……?どこから現れた?』

 

六課の全員が息を呑む。

雅は刀を構え直し、目を細めた。

 

『待て……私のデータにない。……情報不明……!?HIAが隠していた防衛プロトコルか……?』

 

敵の声が、初めて本気で焦りを帯びた。

 

柳の脳裏で思考が激しく回る。

 

(敵は六課の情報を掌握していたはず……。なのに“知らない存在”が我々の真横にいた?なら……これは敵の策略ではない?敵にとっても予想外……?)

 

重苦しい沈黙が流れ、六課と敵。双方の視線が黒いボンプへと集中する。

 

「……っつぉ……」

 

床に転がっていた黒いボンプはやがて痛みに耐えるように震えながら、ゆっくりと体を起こした。

 

黒いボンプは膝を震わせながらようやく自分の足で立つ。

緑の双眼が不安定に明滅し、そこに宿る痛みがまだ抜けきっていないのがわかる。

 

しかし、その“声”は、はっきりしていた。

 

内部の冷却用ファンがゼェゼェと音を立てながら、黒いボンプは六課へ向き直る。

 

「突然お邪魔してしまい……すまンナ」

 

礼儀正しい口調に、六課全員が一瞬だけ固まる。

落ち着いていて、どこか貫禄すらある声。

それどころか悠真同様、ボンプ特有の語尾が混じっていた。

 

蒼角はぽかんと口を開け、柳も言葉を失う。

 

黒いボンプは続けた。

 

「だが、柳執行官!蒼角執行官の言う通りンナ。敵は君たちが想像以上に強すぎて大変焦っている。どうか六課の諸君、この敵の戯言に……惑わされないでくれンナ」

 

その声は先ほど見せていた獣じみた威圧とはまるで別物だった。

低く、落ち着き、年季を感じる”上に立つ者”としての声。

 

敵意はない。

むしろ、六課を守ろうとする意思さえ感じられる。

 

だが――それが余計に状況を不可解にした。

 

「……貴様、何者だ?」

 

雅が低く問う。

 

悠真は距離を取り、蒼角が柳の袖を強く掴み、柳も困惑を隠せない。

 

そんな全員の疑念を正面から受け止めるように黒いボンプは胸を張った。

 

そして、静かに名乗る。

 

「聞かれたとあれば名乗らせていただこう。私は“ヒールのリーダー”を務める――」

 

「!」

 

その瞬間、六課全員に電流のような衝撃が走った。

雅の握る刀の柄に力がこもる。

 

「コードネーム――”エレクトロ”だンナ」

 

空気が一気に凝固する。

 

あまりにも突然の、あまりにも信じがたい名乗り。

 

六課を衝撃を与え、その後表舞台にほとんど姿を現さなかったヒール。その”頭領”が――

 

よりにもよってボンプの姿でここにいる。

 

しかも、六課を苦しめる敵へ向かって冷笑すら帯びた声で言い放つ。

 

「こんな三下、君たちの敵ではないンナ」

 

敵の開いたテレビ画面の向こう側で劇的な変化が生じる。ノイズが走り、明らかな怒気と恐怖が混じった声が漏れる。

 

『……ヒールの……リーダーだと……?なぜ……そこに……?』

 

ボンプとなったエレクトロはそんな敵を一瞥し、ため息をつくように電子的ノイズを鳴らした。

 

「だが――今日は戦うために来たわけではないンナ」

 

六課全員の視線がさらに鋭くなり、一斉に身構える。

 

そしてエレクトロは静かに、重く告げる。

 

「私はあの時の借りを返……――君たちに迷惑をかけた償いをしに来たンナ」

 

六課が想定した敵の干渉。敵が想定した六課の行動。

どちらにも当てはまらない第三の影が今、この世界に乱入した。




ボンプ姿の登場じゃなければ思いっきり警戒され、最終的に戦闘に移行します(n敗)
ここで”あの時の借りを返しに来た”と言ってしまえば、深読みされて戦闘が始まります(n敗)
千面相によるヒール陣営のネガキャン具合によっては誤解は一生解けなくなります(n敗)


次回は早めに投稿できそう……!リーダーがすっごいンナンナ!活躍するンナ!(語彙消滅)
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