転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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感想ありがとうございます……!


ありがたいことに募集したボンプの名前は予想以上に集まり、どれも甲乙つけがたいと作者はずっと感じていました……!

今回の話は深夜に投稿した方が良いなと感じました(小並感)


なるほど、完璧な計画っすねぇ~(後編)

 

システムから切断することよって、エレクトロに続き、柳が姿を消した瞬間、VR世界には不自然な静寂が落ちていた。

 

嵐の前のような張り詰めた空気の中、残された雅、悠真、蒼角の三人は互いに視線を交わし、ごく短い頷きを交わす。

 

「……行くぞ」

 

「ええ」

 

「うん……!」

 

それだけで十分だった。脱出条件も、千面相の意図も、彼らが置かれた状況も、すでに理解している。

 

刻一刻と自分たちの脳は死へ向かっている。もはや迷う時間は一秒たりとも残されていなかった。

 

ステージ開始の合図が鳴ると同時に景色が一変する。

 

そこはHIAセンター前。だが無人の都市はいつもの面影をどこかへ失い、複数の高層ビルや建物が夕空へ突き刺さるようにそびえ、都市の輪郭は不気味な静けさを帯びていた。

四車線の道路はどこまでも伸びているが、一台の車も通らずに音も光も失われている。

 

風だけが乾いた音を伴って吹き抜け、三人の立つ都市はまるで時間ごと凍結されたように静まり返っていた。

 

警告もなく、空が急に暗んだ。

バチン、と何かが弾けたような音の直後、氷のように冷たい雨が一気に落ちてくる。

 

――ザァァァァァッ。

 

わずかな間に服の表面が濡れ、足元には水が走り始めていた。

 

『さぁ、最終ステージの始まりだ。随分と少人数になったようだな?対ホロウ六課よ』

 

雨と共に上から降り注ぐは、空間そのものに染み込むような千面相の冷たい声だった。

その言葉は、残された三人がいかに孤立し追い込まれたかを愉悦とともに告げるように響き渡る。

 

次の瞬間道路の向こう、ビルの屋上、影の隙間。ありとあらゆる場所に敵の気配が芽吹くように現れた。

 

取り囲むように円を描き、三人を中心に包囲網を築く。

 

「うわ~……エレクトロと副課長がいなくなって完全に調子を取り戻してるンナ……」

 

「別に、二人がいなくても頑張れるよ……!」

 

蒼角は戦鬼刃旗を握りしめ、雅は刀をわずかに下げて身構え、悠真は戦力として最も脆弱な姿のままその背後に守られるように位置取った。

 

三人は即座に動き出す。蒼角と雅は悠真を中心に円を描くように動き、押し寄せるエネミーを斬り捨てていく。

 

だが、最大の問題はただ一つ。

 

ステージクリアには遠方でこちらを見下ろす巨大な機械の体を持つ戦術ユニット、テストエネミーを倒さなければならない。

 

悠真の防衛を最優先しつつ、なおかつテストエネミーへ向かうのは困難を極めた。

 

「く、くそンナ……!」

 

事実、周囲の敵は悠真を狙う動きに鋭さを増し、狙い澄ました一撃のように行動を変える。

無駄のない動きで常に悠真を翻弄し、包囲網の隙間を巧みに突いてくる。

その精密な指示、どこか冷たい意思は間違いなく千面相からのものだろう。

 

蒼角はわずかな隙間で雅の視線を捉える。

 

その瞳には迷いのかけらもなく、むしろ燃えるような決意が宿っていた。

状況の絶望を理解しつつも仲間を守り、そして戦う覚悟が静かに光っていた。

 

「ボス!行って!ここは蒼角とハルマサが頑張る!」

 

「ごめんね~!蒼角ちゃん……!」

 

次の瞬間、雅は迷いを断ち切るように駆け出す。

 

「ああ、任せる……」

 

彼女は包囲網の狭い隙間を風のように抜け、まっすぐテストエネミーへと向かっていった。

 

しかし、その行動を待ち構えていたかのように千面相が歪んだ笑い声を響かせる。

 

『いいのか?最年少の虚狩り、星見雅。先の戦闘でその小娘の”データ”はしっかり頂いたぞ。お仲間を――”見殺し”にする気か?』

 

「……!」

 

彼はすでに蒼角のデータを奪い、弱体化させる準備を整えていたのだ。

 

瞬間。

 

蒼角の全身が眩い光に包まれた。

 

「っ!?蒼角ちゃん!?」

 

「う、わっ……!?ぁぁ……!」

 

弾ける光の中、蒼角の身体は急速に小さく縮み、ふにゃりとした丸いフォルムへ変質していく。

 

武器も能力も奪われ、戦闘力はほぼゼロ。

蒼角は悠真と同じ、小さなボンプの姿へと変えられてしまった。

 

千面相の嗤いは、雅という唯一の戦力を孤立させるための残酷な策略を誇らしげに語っているようだった。

 

「……くっ」

 

雅は歯を噛みしめて、刀を握り直す。

 

雨で濡れた地面に足を踏みしめ、急ぎ二匹の小さなボンプの元へ駆け戻る。

襲い掛かろうとした敵を一閃で斬り伏せ、その刃先が水飛沫を巻き上げた。

 

そのまま、彼女はたった一人で敵の大群と対峙する。

 

周囲を囲む影たちの動きが一瞬の迷いもなく雅の視界に吸い込まれていく。

六課最強の名を冠する彼女の動きはもはや風すら追えないほどの速度で軌跡を描く。

 

斬撃の閃きが生まれるたびに敵の動線は切断され、金属音とともに光の粒へと変わって散る。

一振りごとに空気が裂け、雷鳴のような衝撃が微かに波紋となって地面に伝わる。

 

「きりがないな……」

 

しかし雅は理解していた。

 

この戦場は千面相が作り上げた“データ収集装置”であり、彼女が戦えば戦うほど千面相の目的は完成に近づく。

 

それでも――戦うしかなかった。

 

守るために。

仲間を、希望を、そして”目の前の命”を失わないために。

 

いくら強くても、いくら倒しても、出口は見えない。

むしろ終焉へ向けて加速度的に進んでいる。変わらない表情の内でそんな焦燥が胸を焼く。

 

雨脚が強まり、視界が滲む。

 

その時だった。

 

――その雷鳴のような存在が戦場を貫いたのは。

 

蒼角の横に伸びる敵の魔の手。雅がカバーに動こうと視線を向けるが、突如空間が歪んだ。

 

「うえ!?なにンナ!?」

 

「これは……!」

 

雅はこの現象に見覚えがあった。それはかつて六課の前に初めて”彼”が姿を現した時と同じ、不気味な歪曲だった。

 

そこから黒い影が弾丸のように飛び出し、敵の攻撃を弾き、悠真と蒼角を驚かせる。

 

「オラァ!私がエレクトロじゃあ!まだまだやれるンナ!」

 

姿を現したのは黒い小さなボンプ、エレクトロだった。

 

小さな体に似つかわしくない圧と活気を携え、その登場は停滞していた空気を一気に吹き飛ばした。

 

「エレクトロ!戻ったンナか!?」

 

「当たり前ンナ!ちょっと”仕込み”を済ませてきたンナ!――雅執行官!私を投げるンナ!」

 

エレクトロは勢いよく雅の元へ転がるように駆け込み、次の瞬間、千面相の居場所を指し示すかのように跳び上がる。

 

「……投げる?――ああ、なるほど……」

 

一瞬で意図を理解した雅は刹那、全身をしならせエレクトロをビルの屋上へ向かって狙いをつける。筋肉の動き一つ無駄がない完全な投擲姿勢。

 

――ビュオッ!

 

黒いボンプは矢のように、凄まじい加速でビル屋上へと弾かれた。

 

『なっ――!?』

 

そこには観客気取りで六課を見下ろしていた千面相。

”追放したはずの存在”が視界に飛び込んだことで、余裕を貼り付けていた表情に初めて混乱の色が走り、一瞬思考が空白になる。

 

「喰らえオラァァァア!」

 

空気を裂きながら飛び込んできたエレクトロが、完璧な角度で千面相の顔面へとドロップキックを叩き込んだ。

 

メタル同士がぶつかり合うような衝撃音が轟き、千面相の巨体が一瞬仰け反る。

 

『ぐ!?……ち、下らん真似を……!』

 

だが、千面相はよろめいただけで致命傷には程遠い。

逆に腕を薙ぎ払い、黒いボンプの小さな身体を無情に吹き飛ばした。

 

「ぐはぁ!?」

 

「エレクトロ!!」

 

蒼角の悲鳴が戦場の雨音を突き破る。

エレクトロの体は地面を跳ね、ビルの縁ギリギリで止まった。

 

『……ふん、頭が足りんな。貴様一人出てきて何ができるというのだ?ボンプの体など恐るるに足らん』

 

嘲りを込めた声が雷鳴よりも冷たく響き、千面相の影が雨粒に滲んで見下ろす。

だがエレクトロの瞳には一切の動揺がない。小さな体を震わせながらも確かな意志で立ち上がる。

 

「……ハッ、……健忘症か?さっき私を恐れて追放した奴が何言ってンだよ?すでに仕込みは果たしたンナ。ボンプが恐ろしくないだと?お前その言葉、後悔するンナ……」

 

その目は鋭い光を帯びていた。

千面相の嫌悪を一身に浴びながらも、ひるむ様子は一切ない。

 

目の前には矮小なボンプが一人、対する自分が操る戦術ユニットは機械巨体。誰の目にも勝敗は明らかだった。

 

『クク、馬鹿馬鹿しい。貴様が私を打倒すというのか?思い上がりも甚だ――……なんだ?』

 

だが、千面相の言葉は途中で途切れた。

その頭上、彼を中心に周囲の空間に淡く光が散らばり始めたのだ。

 

「私の勝ちだ……先の一撃で”座標”を蒼角執行官からお前に移した。”たった一人で何ができる”って?それはこちらの台詞だ……!……おっと、On your left(左から失礼)

 

エレクトロの低く静かな勝利宣言が雨音に混ざる。

虚勢ではないことを証明するように――次の瞬間、千面相の左側で閃光が炸裂した。

 

――パッ、と世界が白に飲まれる。光量は強烈で目を開けることすら困難なほどだ。

 

雨粒も風もすべて光に押し流され、戦場は一瞬時間が止まったかのように静まる。

 

『ぐぉぉおおあ!?』

 

予期せぬ光を帯びた衝撃に巨体が揺れ、膝が折れ、床をかすめながら態勢を崩した。

 

何が起きた?

一体誰が?

いつの間にこの場所に上がってきた?

 

『っ~~……!?』

 

視界がゆっくりと戻り、雨に濡れた世界が徐々に輪郭を取り戻すと――その答えが、雨と光の間に立っていた。

 

そこに立っていたのは――、

スーツ姿に黄金色の肌を持つ新手のボンプ、”トピアス”であった。

 

「ンナァ……!」

 

『な、なんだ貴様は……?』

 

無言の視線はまるで処刑を告げる死神のそれ。怒りと覚悟が体の隅々まで滲み出ている。

しかし、それは戦場に現れた“先陣”にすぎなかった。

 

「ンナァ~!ワタンナ!ワタタッ!」

 

トピアスのその背後で、次の光点が弾ける。

次の光、その次の光、そのまた次の光――

 

ボンプ、ボンプ、ボンプ、ボンプ。

 

無数のボンプたちがVR空間にログインを続ける。空間はボンプのログイン音で満たされ、光の雨が止む気配はない。

 

その数、もはや観測不能。

 

無尽蔵に湧き出し、その勢いは留まることを知らない。もはやこのVR世界が処理落ちできないのではないのかと思うほどの物量が都市に押し寄せた。

 

『は?――はっ?はっ?はぁっ!?』

 

目の前に広がる光景に思考を奪われたのは千面相だけではない。

 

下で戦っていた六課のメンバーも、まるで現実感を失ったかのようにぽかんと天を仰いでいた。

 

「はえ~……」

 

「ンナァ……なにこれぇ……」

 

蒼角と悠真は完全に思考を投げ捨てた声で呟く。

 

「……っ、……」

 

雅は敵を斬り伏せる手を止めることなく、刀先の軌跡で目の前の脅威を削ぎ落としながらも、視線は無意識に上空へと何度も跳んでいった。

 

斬撃の合間にチラリ、チラリと上空を確認する仕草は、上空の異常事態にどうしても意識を奪われ続けていることの証明であった。

 

彼女が以前語った言葉、”このVR世界を掌握したなら、それは神も同然だ”。

 

それが誇張でも虚言でもないと、今まさに証明されている。

 

「まったく……完璧な計画っすねぇ~!……さて――」

 

ビル屋上に立つ小さな黒いボンプ、エレクトロは無限に現れる同胞たちを前に、まるで軍勢の中心に立つ総大将のようだった。

 

両手を広げ、巨体の敵を睨み据える姿は威風と静謐を兼ね備えた一幅の絵画のようでもある。

 

そして――静かに、重々しく開戦を告げた。

 

Bangboo!――Assemble!(ボンプ達よ……!――出撃だ)

 

「「「ンナーー!!」」」

 

轟く雄叫びが雨空を震わせる。

 

ボンプたちが弾けるように走り出した。

 

その数は洪水。

その勢いは暴風。

その質量は隕石。

 

たった一体の敵に向かって突撃する、小さな軍勢。

だがその衝撃は“小ささ”とは無関係だった。

 

『ぐあああああ!?』

 

物量の奔流が千面相の巨体を飲み込み、押し流し、悲鳴すらかき消していく。

 

それは、完全なる――蹂躙だった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

――ある部屋の一室。

 

 

エレグは自分の仲間であるドクが蒼角に悟られぬよう、プレゼントと称して手渡したバッジから”特殊コード”を利用してVR世界へアクセスを行った。

それはドクとエレグの二人が裏で組み上げた、彼専用のVR世界への侵入口であった。

 

「――フッ!」

 

息を短く吐き、彼は目を伏せた。

両手をゆっくりと広げると、体内部で渦巻く電気が呼気に呼応したかのように震えだす。

 

指先から放たれる電流は空気中で霧散することはない。

青白い火花が皮膚の下で脈動し、瞬く間に“電流”は“信号”へと姿を変える。

 

エレグの操る電気はもはや物理現象ではない。

それは意志を帯び、思考を直接コードへ変換する特異な“信号”だった。

 

遠く離れた蒼角に貼り付けた特殊コードが微かに応答する。

空間を隔てているはずなのに、まるで目の前にあるかのように明確な反応だ。

 

(――繋がった)

 

エレグの電気信号は、単に一直線に送られるわけではない。

彼はあらかじめバッジに仕込んだ特殊コードの“周波数構造”を暗記している。

 

信号はそれに合わせて周波数を調整し、コード内部の同期点を叩く。

それは物理回線でも無線でもない。二つの周波数の”揺れ”を合致させることで情報空間へ直接“橋”を掛ける技術だった。

 

視界が一瞬白く弾ける。

肉体の輪郭が遠ざかり、代わりに巨大なデータの渦が押し寄せてきた。

 

バッジの内部に仕込まれた特殊コードが、彼の電気信号と同調し、現実世界の“線”から、直接VR世界の“網”へと引きずり込む。

 

肉体は現実に残したまま意識だけが心臓の鼓動に合わせて速度を上げ、電気信号は稲妻のように跳ねる。

 

次の瞬間、彼の意識は現実の枠を離れ、遠隔先のデバイス内部──黒い静寂のデジタル領域へと滑り落ちる。

 

通常なら早くとも数十秒かかるログイン手順。

しかし彼の場合は電撃一閃、たった1フレームで完了した。

 

「物理入力より早い……って当たり前か。信号の速度は電流の速度に勝てない。……ログインさせてもらうぞ。電気経由の、……ちょっと特殊な方法でな」

 

視界が目まぐるしく変わり、彼はVR世界へと侵入を果たした。

 

「よし、後はコードからボンプの体を選んで……」

 

そして、バッジの役割は単なる位置情報マーカーではなかった。

 

内部には少々”特殊なプラットフォーム”で作られた大量のボンプの情報データが圧縮されて詰め込まれていた。

 

セキュリティなど最低限。というより“意図的に”最低だ。

 

理由はデータコストの削減と再生産性。

 

アカウントがBANされても、すぐ次のボンプでログイン可能。

千面相がIPを把握し、彼をログインできないように止めても意味がない。接続端末そのものがエレグなのだから切り替えは無限だ。

 

 

 

そして――そんな仕込みを済ませ、再びVR世界にログイン果たしたエレクトロが千面相を見据え、静かに宣言する。

 

“数こそ力”。

 

どの世界でも最も単純にして最も強い戦術。

 

「──これが、俺の奥の手だンナ!数の暴力にひれ伏せ!……千面相!!!」

 

当時、徹夜二日目というエレグ自身のハイテンションと狂気、更に六課との交渉が上手くいくのかというプレッシャー……、そして末っ子(通常運転)の”良いね、良いね!是非やろう!”という悪ノリが生み出した超戦術。その名も――

 

――太陽の如き誇り高いボンプ進行(サン・ブリンガー)!!

 

光の裂け目から湧き出すボンプは止まらない。

ログインと同時に敵目がけて一直線に突っ込んでいく。

 

「ンナァアアアッ!(ご主人様、エレグ・マックス万歳!)」

 

「ンナーー!ワタンナーー!(そして、我らの生みの親!ミス・サンブリンガーに我らの雄姿を捧げよ!)」

 

トピアスを筆頭に、各々が個性的な雄叫びが空間を震わせ、四方八方から“短い腕による圧”が殺到する。

 

「ンナー!(僕が一番ノリだ!)」

 

初めに飛び込んだのはゼノン。短い足が軽い前蹴りを入れる。

 

『ぐは……!?』

 

千面相からしてみれば大したことのない一撃。だが、その“大したことない一撃”を皮切りに、他の軌道が次々と重なった。

 

「ンナー!(フルスロットルだオラァ!)」

 

マクシムボンプは無駄に勇ましい叫びを上げながら転がり迫り、ブルースとウェインは妙にキメ顔でシンクロジャンプ。

 

「ワタンナ!!(ディニーで叩く!!)」

 

「ワタワタ!(計算通り!)」

 

ナリキンボンプはジャラジャラ音を撒き散らしながら突進し、デキスギボンプは計算されすぎた軌道で千面相の足元へ滑り込む。

 

エル・ドラードが低い姿勢のタックル。

アウルムが右からチョップのような振り下ろし。

ボンディングが両手でぺちぺち連打。

スミスが真下からごんっと頭突きめいた跳ね上がり。

プラミルが横から体当たり。

 

どれもお遊び程度の衝撃。

だが、途切れなく続くと話は別だった。

 

『ごあ!?ぐお!?げは!?』

 

後退しようとする千面相の進路をゼニゴンとゴールディが塞ぐ。

左右から足音のテンポで蹴りが連打され、まるで打楽器のようなリズムで叩き込まれる。

 

ジョカスが雄叫びとともに全力ローリングタックル。

スバラシキボンプが素晴らしいジャンピングプレス。

キラメキボンプが抱きつきタックル。

黄金丸は芯まで響く角度で体当たり。

 

さらに――、

 

『ぐ!?……まだ……あが!?』

 

タカスギボンプの高すぎる飛び蹴り。

ルドリィの滑り込みタックル。

リウキンとオウゴンキンメッキが目眩ましからのサンドイッチ張り手。

オカネモチは優雅なモーションからラリアット未満の何かをぶつけ、H・ドレアムがのしかかるようにゆるいボディプレス。

 

そして〝後続組〟が追い討ちをかける。

 

突如現れたデキボシボンプが回転体当たり、オズボーンが高速キック連射。

シャチョーがチョークを試み、ホワハラボンプが誇張パンチで直撃。

プッシュが押し、ジョカスが殴り、ノーマンが蹴り、クロマクボンプが突く。

 

千面相には反撃の暇すらない。

強制ログアウトを行っても、再ログインするボンプの速度に追いつかない。

 

『この……ぐっ!?……離れろ……!』

 

倒しても倒しても、光の裂け目から“次の一体”が湧き続ける。

 

「まだやれるぞ!まだまだやれるぞ!そぉら、おかわりだ……!」

 

強制的に締め出しても無駄だ。遠目で見ているエレクトロが高速でボンプ達を再ログインさせるのだから……!

 

そして――ついに、波が閾値を超えた。

 

「んなーー!(トドメダ!)」

 

胸元へ飛びつきしがみついた”えれぐ”の指示で、次々と千面相に纏わりつく。

ビンワンボンプ両腕へ絡みつき、

パリピーボンプ足元を押さえ、

オージャンボンプが背中へ張り付く。

 

一体では脆い。

十体では鬱陶しい。

だが百体を超えると――もう動けない。

 

『っ~~~……!?』

 

上からのしかかり、

肩にしがみつき、

腰へまとわりつき、

重心を精密に狂わせる。

 

――次々と追加され、

千面相の姿はみるみるボンプの塊に埋もれていった。

 

最後尾のボンプ達も、

 

“重なり合うように”

“ずれなく”

“隙間なく”

 

千面相の全身を完全に覆いきる。

 

その光景はまるで外敵を取り囲み、群体で体を盾にする蜂の防衛戦術――あのミツバチの奥の手、“熱殺蜂球”の如き光景だった。

 

『こんな……ふざけた方法で、……この、私がぁ……!』

 

千面相はもがくが、ボンプたちは全力でしがみつき、体重を預け、密着し、押さえ込む。

 

軽い力が、

小さな質量が、

愛らしい彼らが、

幾重にも重なり、巨大な圧力となる。

 

『ご、……が……ぉ……』

 

テストエネミーの巨体が悲鳴を上げ、ミシミシと音が鳴る。

 

「無力化完了だ……。壮観だな……、きっと私の先人であるミス・サンブリンガーも、この光景には思わず笑みを零すであろうンナ……!」

 

遠隔からエレクトロの声が静かに、しかし誇らしげに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

VR世界の地面がざわり、と揺れた。

柔らかな丸い小さな影、無数のボンプがうごめくたびに空間そのものがざらついた光を散らす。

 

「……ンナ!」

 

「ワタンナーー!」

 

「ンナァ~!」

 

『ぐぐぐっ……!はな、れ……ろ……!』

 

その中央で、千面相の巨体は完全に無効化され、圧倒的な質量の波に押しつぶされていった。

 

腕も、脚も、外殻の一部も、ボンプたちの連続した締め付けで軋み、潰れ、歪んでいく。抵抗は断片的な痙攣に変わり、討伐はもはや時間の問題としか思えなかった。

 

「……おっと。……そろそろ時間だンナ……」

 

だが、エレクトロだけは違う感覚を抱いていた。

残された数値の減り方を見つめ、静かに、まるで時間の節目を確かめるように、限界の訪れを冷静に感じ取る。

 

「ンナ!?」

 

「ワタ……?」

 

突如として光の粒子が舞い散り、あれほどの無数のボンプたちが、一体、また一体と音もなく消えていく。

 

生成と維持を担っていたリソースが限界に達したのだ。

 

締め付けを受けていた千面相の体から拘束が失われる。

巨体が震えながら体勢を持ち直し、押しつぶされていた部分がぎしりと音を立てて起き上がった。

 

「……おやおや、これはこれは……随分見違えたンナ……?」

 

エレクトロの視界の先にいるテストエネミーの姿は、装甲の至るところが凹み、亀裂が走り、内部の部品が露出していた。

 

千面相の目がぎらりと光を宿し、全身に立ち上るのは激昂の気配だった。

どうやら動作には致命的な支障はないらしい。

 

『貴様ぁ……!こんなふざけた手で私を愚弄しおって……!』

 

「愚弄?何を言う。あんな柔らかい体に包まれて死ねるなんて幸せなことじゃないか。私の知り合いであれば喜んで志願するような人間が何人もいるぞ?」

 

なおも余裕を崩さないエレクトロの声は静かで、しかし断固たる挑発を含んでいた。

それは千面相は理性の糸を断ち切り、全身に怒りの波を震わせる。

 

『……もういい、万策尽きたようだな……じゃあ――死ね』

 

怒りがまるで熱波のように周囲へ放たれ、千面相は力任せに踏み込んだ。地面がえぐられ、破砕された床の破片が四散する。質量と憎悪の塊が弾丸のようにエレクトロへ殺到する。

 

「……すまンナ」

 

その一言は一見すれば命乞いの弱音。しかし、エレクトロの表情には揺らぎどころか、むしろ静かな確信があった。淡い微笑すら浮かべている。

 

下で戦っている六課からの支援は望めない状況、それは確かに事実だ。

だが、舞い散るボンプの光を背に立つ彼の顔は敗北者の陰を一切帯びていない。

 

いやむしろ、切り札を伏せたまま相手の攻め手を待ち構える者の余裕そのものだった。

 

「”この世界のシステム権限を掌握出来ない”……?」

 

千面相の振り上げた腕が影となり、視界を覆い尽くす。

その瞬間――、上空を走る光が真っ二つに裂けた。

 

「――あれは嘘だ」

 

高度から降り注ぐように、鋭い軌道を描いた影が落ちてくる。矢のように、雷のように。

 

「――王手!」

 

――ズガンッ!

 

それは、再ログインを果たした柳だった。手にした薙刀が虚空を薙ぎ割り、その勢いのまま千面相の機体を深々と貫いた。

 

『がぁあああっ!?』

 

千面相の巨体が衝撃でのけぞる。

崩れゆく体を支えられず、膝をつきながら驚愕に目を見開いた。

 

つい先ほどまで確実に手札を出し切ったはずの無力な相手。

 

この世界に侵入してからシステム権限の掌握などできないと断言していたエレクトロ。その言葉が、この結果を前にして今まさに砂漠の砂のように指の間から崩れ落ちていく。

 

エレクトロは静かに、しかし揺るぎない確信を宿しながら千面相が理解するより先に答えを示した。

 

「お前がボンプと戯れている間に彼女のログインリンクを修復しておいたンナ。時間だと言ったのはそういう訳だンナ。愛らしい彼らに目を奪われて気が付かなかったンナ?」

 

この世界はすでにエレクトロの掌の内。

 

千面相はその事実を理解した瞬間、怒りとも悔しさともつかぬ震えを全身に走らせた。

 

『こんな。屈辱を……よくもぉオオオ……ォ……!!』

 

叫びは次第にノイズまじりに崩れ、体の輪郭が霧のようにほどけていく。

最後の一片が風に溶けるように消滅したとき、戦場からすべての緊張が抜け落ちた。

 

ステージが完全にクリアされ、戦場を埋め尽くしていたエネミーの残滓が光となって霧散した。虚ろだった空間に静寂が戻ると同時に、悠真と蒼角の身体にもゆっくりと変化が訪れる。

 

「あれ?も、戻ったぁ!」

 

「はぁ、……もうボンプは暫くいいな……」

 

ボンプに上書きされていた外見がほどけた糸が編み目へ戻るように溶解し、本来の身体に収束していく。それは千面相の支配が完全に断ち切られた証。

 

蒼角は自分の手足を確かめたのち、安堵と喜びが入り混じった表情で、下に降りてきた柳へと駆け寄った。

 

彼女の声には長い拘束から解き放たれた高揚感が宿り、その勢いのまま柳の胸へ飛び込んでいく。

 

「ナギねえ!」

 

「おっと……!ふふ、蒼角」

 

柳は驚きつつも、その細い身体を落とさないようにしっかりと抱き留め、慈しむような仕草で蒼角を包み込んだ。

 

「お二人も大丈夫ですか?」

 

悠真と雅にも、彼女は無事を確認するように視線を向ける。

 

「いや~……大分疲れましたよ」

 

「ああ、大事ない」

 

二人もまた、この戦いを生き延びた互いの存在を噛みしめるように小さく頷き、緊張の糸が静かにほどけていく。六課の面々にようやく訪れた安堵のひととき。

 

その空気を尊重するように、エレクトロがゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「これで一件落着だなンナ」

 

彼はこの世界ではボンプを基盤とする存在であるため、他の者たちのように“元の姿に戻る”といった変化はない。

 

だが、彼の足取りには長い戦いをやっと終えた者の気配が漂っていた。

蒼角はそんな彼を見つけると弾かれるように一歩踏み出した。

 

「エレクトロもありがとう!凄かったよ!もう沢山!グワーッて感じ!」

 

「そうだろう!そうだろう!俺の仲間と考えた必殺技なンだ……!」

 

蒼角は子供らしい無邪気さと真っ直ぐな尊敬をそのまま胸に込めた表情で、「すごーい!」とぱちぱち手を叩いた。エレクトロは照れくささを隠すように頭を掻きながら、それを素直に受け止めていた。

 

「えぇ……あれまさかのメンバーとの考案なの……?」

 

「………」

 

その光景を、少し離れた場所で悠真と雅が複雑な面持ちで見つめていた。

 

共に並んだ二人の視線には、安堵だけではなく、先ほどまでの戦場に広がった“光景”──エレクトロが行使した膨大な数のボンプ軍団の凄まじさが脳裏に焼き付いている。

 

「えっと、お二人がそんな顔するなんて……何があったんですか?」

 

柳は二人の様子に気づき、どこか不可解な気配を感じ取る。

 

しかし彼女自身はログインのタイミングが遅かったため、エレクトロが引き起こしたあの圧巻の蠢動を目にしていない。

 

もし目の当たりにしていたなら、思考をかき乱されるほどの衝撃を受けたに違いなく、それを免れたのは幸運だったと言えるだろう。

 

「いや……、一先ず勝利をもたらしたお前に悩みの種を植える必要もないだろう……」

 

「賛成ですねぇ……!多分頭が固い月城さんは知らない方が良いんじゃないかな~?」

 

「そう、……ですか?」

 

柳は二人の様子に首を傾げる。

まだ知らない出来事がこの戦場にはいくつも転がっている、そんな違和感が胸に残った。

 

世界が白い光に満たされ、舞台となった仮想空間が砂の城のようにゆっくりと崩れ始める。

 

本来なら瞬く間にログアウト処理へ移行するはずだ。しかし、光の進行は異様に遅く、どれだけ待っても帰還の気配は訪れなかった。

 

「……変ですね?」

 

六課の面々は、どこか現実離れした静寂の中に取り残されているような心地を覚える。

 

「――もうこの場は長く持ちそうにない、だから最後に君たちに提案しておきたいことがあるンナ」

 

「え?どうしたの?」

 

蒼角が不安そうに振り返る。

そんな状況の中心で、エレクトロが静かに口を開いた。

 

彼はこれが偶然ではないことを淡々と説明していく。敵の慢心を誘うため、あえて“システム権限の掌握は不可能”と虚偽を述べたこと。

 

そして、今の状況はプログラムの終了命令そのものを意図的に遅延させ、この時間を作り出していること。

 

――自分たちについて、この場で誤解なく伝えるために。

 

過去の清算。自分たちの陣営が六課に与え続けてきた誤解と罪。

彼はそれらをここで払わせてほしいと、率直かつどこか切実な態度で語った。

 

「……千面相を下したのは償いになり得ないンナ。何故ならあれは元々君たちだけで対処できた。だから私は自分の陣営の情報提供をもって償いとしたいンナ」

 

「情報提供……?」

 

秘密に覆われた組織のリーダーが、自分からその内部を晒すという異常な提案に柳の眉が反射的に寄った。

 

「そうだンナ、六課がヒールを必要以上に警戒しているのは、単に自分たちの規模が測れないから……。なら、この場で実際の戦闘データを積んだ複製体を生成して戦わせてみれば六課がどれほど戦えるのか、そして私たちヒール自身も六課の実力を把握できる。――双方にとって悪くない話だと思うンナ」

 

そう問われても、柳はすぐには返事ができなかった。

理屈は通っている。

 

謎めいた勢力である彼らについて得られる情報なら、どんな些細なものでも価値がある。まして、それが戦力評価につながる情報ならば尚更だ。

現実の損害を避けるため、戦闘の舞台をVR空間に限定しようとしてる点も、十分に合理的な判断だと言える。

 

(けど、問題は――)

 

”恐らく今この空間の完全な権限を握っているのがエレクトロであること”。

”そして、時間経過で本当にログアウトできるかも分からないこと”。

 

何か裏があるのではないかと疑うのは当然だった。

 

柳が思考の迷路に沈みかけたその時。

 

「ナギねえ……!やろうよ!」

 

疑念の霧を切り裂くように蒼角の声が飛び込む。

驚いて向けられた柳の視線に、彼女は真剣そのものの眼差しで応えた。

 

「……私はナギねえみたいに賢くないけど……みんながヒールに会ってからずーと、ずーっと!どこか様子がおかしくてモヤモヤしてたの……!」

 

柳も悠真も雅も思わず彼女を見る。

エレクトロでさえ、わずかに目を細めてその声を待った。

 

蒼角は続けた。

 

ヒールと接触して以降、六課の三人が何かに追い詰められているように見えたこと。

世間の賞賛ですら心を慰めず、耳に届くたびに焦燥ばかりが増していくようだったこと。

雅は強さを求めすぎるほど鍛錬に没頭し、柳も悠真もまた現場に身を削るように力を注ぎこんでいたこと。

 

その全部が、痛かった。

 

「だから……原因を作った“ヒール”のリーダーが、エレクトロがもし本当にワルモノじゃなかったら……って、そう思ったの。そしたら、三人が元に戻るかもしれないって」

 

「蒼角……」

 

「そうか……だから……」

 

柳は自身を見つめる蒼角を目を真正面から受け止める。エレクトロはこれまでの彼女の態度に納得を示した。

 

「お願いナギねえ……私、……エレクトロを信じてみたい……!」

 

その言葉は軽率な希望ではない。

傷ついた三人を見続けてきた幼い彼女が、胸の奥で必死に練り上げた答えだった。

 

悠真は蒼角の言葉を聞き終えると、ゆっくりと長い息を吐いた。

 

「……そうだね。蒼角ちゃんの言うとおりだと思うよ」

 

その声には、皮肉も諦めも、そしてわずかな希望も滲んでいた。

 

「正直、エレクトロの今回の動きには……ある意味、裏切られた気分だよ。敵って決めつけてた印象が根っこから崩れたっていうか……。おかげで、今まで柄にもなく必死に働いていたのが何だったのって思っちゃうんだけど……!」

 

そう言いながらも、彼はエレクトロを一瞥し、そして柳をまっすぐ見た。

 

「……別方向にはまだ警戒が必要かもしれませんが……どうせならわだかまりを解いて終わりませんか、副課長?」

 

「浅羽隊員……」

 

意外なことに、面倒ごとを嫌う慎重派の悠真がエレクトロの行動の一部を確かに認めていたのだ。

その事実は確かにエレクトロに衝撃をもたらした。

 

「悠真ボンプ執行官……」

 

「ボンプ言うな」

 

雅もまた、一歩前へ出て静かに意思を示した。

 

「確かに我らを欺く策の可能性はある。……だが、それでも私は己の力量を測りたい。そして、あの日の借りを必ず返すつもりだ」

 

彼女のその決意は眉一つ動かさぬ表情の奥に熱を孕んでいた。

 

「あ、えっとぉ……言い辛いんですがこの世界は既に限界で、自分ら全員との模擬戦は不可能だンナ。実戦に臨むのは”彼”と私を除く三人でお願いするンナ……!」

 

だがその想いにエレクトロは慌てたように応じる。

 

「そうか……」

 

「ええ!?凄いがっかりするンナ!?」

 

雅は耳を垂らすように静かに視線を落とした。

 

言葉にならぬ落胆の影が、ほんのわずかに彼女の肩を沈ませる。

そんな雅の視線が未だ決断を下せずにいる柳へ向けられた。

 

六課の三人はそれぞれの想いを抱えながら、最終判断を柳に委ねていた。

 

「だが……決めるのは柳、お前だ。我らはお前の指示に従う」

 

「雅……」

 

言葉にはせずとも、その信頼の気配は痛いほど真っ直ぐに伝わった。

 

柳は深く息を吸い込むように目を閉じた。

 

リスクとリターン。

この世界の不確定性。

そして何より、仲間たちが蓄えてきた焦燥と、今差し出された希望の価値。

そのすべてを天秤にかけながら、静かに熟考する。

 

やがて柳は目を開き、迷いのない足取りでエレクトロの前へ進んだ。

 

「分かりましたエレクトロさん。対ホロウ六課はあなたに情報提供を要請します……!」

 

その言葉を受けた瞬間、エレクトロの表情が明るく揺れた。

嬉しさという感情が、そのまま空気に溶け出すように見える。

 

「っ!ありがとう、本当にありがとうンナ……ボンプになって良かったぁ!」

 

彼は深い感謝を心の底から捧げるように六課へ向けた。

 

そして時間はないと、迅速に静かな確認が行われた。

 

「――ヒールの構成員は、私を含めて五名ンナ。少数精鋭の組織だ。我々の目的は法を外れることこそあれ、罪なき者を無差別に傷つけたり、都市に反乱を起こす類のものではないンナ。そして私たちは知能機械人──機体の強化は日常だ。ゆえに、戦闘で得たデータは好きに使って構わないンナ」

 

一呼吸置き、続ける。

 

「今回の条件だが、私が用意する三体の仲間をすべて撃破すれば戦闘は終了。誰かが戦闘不能になれば、強制的にログアウトとなり全滅しても終了となるンナ。……以上だ。何か質問はあるンナ?」

 

「今は……ありません。始めてください」

 

その言葉が合図となった。

 

エレクトロの背後の空間が、ごく僅かに波紋を描くように歪む。

淡い光の粒が渦を巻き、回転しながら凝縮していく。

空気が震え、低い唸りが足元へ伝わってくる。

 

そして――形が生まれた。

 

六課の記憶に深く刻まれた、あの三体の知能機械人。

虚空から舞い降りるように姿を現し、整然と広場へ足をつける。

 

まるで儀式の幕開けのように三体は虚空の中に整然と降り立った。

六課とヒールの狭間に漂っていた澱んだ緊張が次の瞬間新たな意味を帯びて引き締まる。

 

エレクトロは一歩前へ出ると、堂々たる声で宣言した。

 

「――さて、対ホロウ六課の諸君。今しがたヒールに関する重要な情報が入った。提供者はこの私。―――ヒールのリーダー、エレクトロだ」

 

誰にも知られることのない償いの戦闘が、いま静かに幕を開けた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー、負けちゃったよ……」

 

その薄暗い空間は静謐とは程遠い雑然とした気配に満ちていた。

 

壁一面に並んだ大型のシステムコンピューターは無数の配線を這わせながらくぐもった光を点滅させ、黒いモニターが微かな反射を返す。

 

金属質の匂いと廃熱の熱気が混ざり合い、いかにも“秘密の拠点”と呼ぶに相応しい閉ざされた空間だった。

 

その中央に陣取るようにして、背に四本のアームを備えた知能機械人、オクトパスが一台の端末へ向かって指を滑らせていた。

 

細い指先は迷いなくキーボードを叩き、”先ほど”得られた情報をどこか外部へと送信していく。

単調な作業に見えて、その実、機械群のざわめきと同期したような緊張感が漂っていた。

 

「オラァ!六課の頭狙いやがって!いい度胸だこの野郎!」

 

「頭カチ割ったらァッ……!!」

 

「ぎゃああっ!?」

 

背後では、仲間たちが千面相の残党を次々に制圧していた。

怒声と敵の悲鳴が混じり、倒れ伏す影の音が間断なく響く。

 

ここは千面相が拠点としていた場所であった。

 

今回の仕事が終わったリーダーであるエレクトロが指示を出し、仲間たちが一斉にこの場に奇襲を仕掛けたことで千面相は驚くほどあっさりと制圧されていった。

 

そんな喧騒を背に、オクトパスは送られてきた六課と自分たち三人の戦闘データへ視線を落とした。

 

結果は明確だった──敗北。

 

六課と邂逅した時のスーツ機体スペックとはいえ、まさか全滅させられるほどの差があるとは思っていなかった。驚愕よりもむしろ感嘆が胸の内を占める。

 

六課側も雅を残し戦闘不能に追い込まれてログアウトしているが、それでも全体としての結果は彼らが著しく成長している事実を示していた。

 

「流石対ホロウ六課……。恐ろしく速い成長……!次会った時は命乞いするしかないね……!」

 

溜め息にも似た感心を零しながら、オクトパスは手元のデータをさらに外部へ送る。

 

餌は大きいほうが良い。リーダーはそう判断し、自分たちヒール側の情報も併せて投入するよう指示した。

 

隣ではライノが静かにこちらを見ていた。

 

「千面相が送る予定だったその情報が”敵”を強くさせるんだろう……?これ、塩を送るなんてレベルじゃないが大丈夫なのか?」

 

その表情には、わずかな懸念が滲んでいる。

 

オクトパスは指を止め、淡い笑みを浮かべる。

 

「心配しなくていいですよ。敵が強くなると言っても、雅さんの生体データを利用することで特別な力を得られるだけで、戦闘力そのものを取り入れてるわけじゃない。送ったとしても、奴にボクたち三人分の戦闘能力が足し算される……なんて都合のいいことは起こりえない」

 

「……そういうものか」

 

ライノは小さく頷き、納得の意を示すように視線を戻す。

その横顔の硬さは未だ警戒を忘れていない証にも見えた。

 

「そういうものですよ。むしろ情報として“美味しく”なるだけで、危険性は極端に少ない。ああ、勿論スーツの中身がバレないように念入りな情報改ざんはするけどね……!」

 

(それに、仮に何か異常な強化が起こったとしても全てダイさんが解決してくれる――!)

 

そんな軽い信頼が、皮肉めいた調子で心の内に浮かぶ。

長年の関わりで鍛えられた絆と実力を知るからこそ、笑いながらも心底で安心している自分がいた。

 

「おい、声に出てるぞ……」

 

「あれ、出てた?でもそうでしょ?ボクらが束になってもダイさんにまるで勝てるビジョンが見えないし」

 

「いや、流石に三人分は俺でも――」

 

「ああ、そういうの(謙遜)本当にいいんで……」

 

ライノが言葉を継ごうとするが、オクトパスは軽く手を振って遮った。

 

「ええ……」

 

ライノは小さく息を吐き、疲労を含んだ微笑を浮かべた。

 

 

そんな軽いやり取りの後、情報という名の餌を括りつけた細い糸が暗い海へと静かに垂らされる。

ヒール側が意図的に“見える場所”へ流す、計算ずくの誘導。

獲物を表層まで引きずり上げるための罠だった。

 

引き上げる。

暴く。

逃さない。

そして――噛み砕く。

 

そして浮上したその瞬間、獲物はもう逃れられない。

ヒールの影が、不気味に、布石とともに光を放っていた。

 




【投稿日時:2025/11/24 12:58】

”特殊プラットホーム”にてボンプ作成にご協力いただいた皆様へ。

ウルト兎さん、RE:引きこもりたい…!!さん、ウォシュレット等々力さん、ゴマすりすりさん、鳴神ソラさん、驚天動地乱舞劇場さん、茶ん須さん、漆塗りのワンコさん、黒井権兵衛さん、菊池徳野さん、青い蝉さん、テンカスさん、狸蕎麦さん、Wilmaさん、ぷろぱーさん、おけんさん、ケミヤさん、スナノハさん、Mt.Nさん、ファウスト・Sさん、二元論さん、がっしーさん、絶版丼さん、ほーりーさん、じん@犬さん、火ノ御 優也さん。

新エリー都に暮らす皆さまのお力添えに、心より感謝申し上げます!

ボンプ作成のプロセスは長く複雑で、ときに袋小路のようにも感じられましたが……
皆さまのお知恵とご意見がひとつずつ道を開き、ついに”長年の悩み”を解決することができました……!

匿名ではありますが、この場をお借りして、深く深く御礼申し上げます。
本当にありがとうございました!

――――匿名CEOより






ー作中で説明しきれなかったかもしれないと補足を入れましたー

エレグが今回掲げた目的は三つ――。

最優先:六課との関係修復
:千面相の撃退
:黒幕を釣り出すための“餌”の生成

本来であれば、バッジのリソースもエレグ自身の能力も、ボンプの情報や操作アシストに使う必要はなかった。

すべてをVRシステム掌握に集中すれば、エレグが侵入した瞬間に短時間で権限を奪取し、簡単に封殺することも可能だった。

しかし、それでは“六課との関係修復”には繋がらない。

彼が望んでいたのは、ただ六課と話し合う機会を作ることと提案を受け入れてもらうこと。
六課に警戒されている状況で、権限を奪い返したところで不信感は残る。

だからエレグはあえてリソースを愛嬌のあるボンプのデータに大量投下した。
これは六課に抱かれている誤解を解くための、極めて重要なアピール手段だと彼は確信していた――!

さらに問題はこれからの“黒幕”の動きにあった。

もし千面相が星見雅の生体情報を奪えず襲撃に失敗すれば、黒幕は“星見家の秘密”を利用できなくなる。

その上、ヒールが六課を援護したという情報を知れば、黒幕は警戒して姿を現さず、表舞台に出てこない可能性が高い。

そこでエレグは仲間に以下の指示を出した。

・千面相が“襲撃に失敗しながらも星見雅の生体情報データを持ち帰った”という状況に
・ついでにヒール三名の戦闘データも取得した風に偽造
・さらに六課とヒールが深刻に対立しているよう印象付ける

これらを黒幕に送り込むことで――

「これから手に入れる星見家の秘密を活用できる」
「謎に包まれた陣営の重要な情報の為、故意に流したとは考えづらい」
「六課とヒールの確執は、仕組み方ひとつでこちらの思惑に利用できるかもしれない」

と黒幕に“誤解”させ、”準備を整えれば当日に勝てるのでは……!”と思わせて予定通り動くよう仕向ける。

かくしてエレグは黒幕を表舞台へ引きずり出すため、あえて“絶対に勝てない相手にも勝てるように見せる”偽装状況を整えたのだ。

リーダーが六課に出した提案に、ライノの戦闘データを含めなかったのはVR世界の処理限界の問題だけでなく、あえてそうする意図もあったからだ



「なるほど、完璧な計画っすねぇ~」
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