転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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いつの間に一週間経ったんですか?(唖然)
あの、更新サボって本当にすみませんでしたぁ!!(土下座)
申し訳ねぇ!挽回させていただきます!

この一週間のうちに多くのファンアートを頂きました!本当にありがとうございます!
喜ばしい限りです!どれも素晴らし過ぎんか!?

カリジャナリ099様!ころんぷす様!ウルト兎様!buzz_by様!感謝申し上げます!!


過労により壊れたエレグCEO

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クロエ・ナイツ(メイド服)

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ドク・オーク

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ヒール陣営(AI生成)

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頼りになる仲間がいる゙よ!!!!

 

夜風は冷たく、外灯の光はどれも弱々しく揺れていた。被災から逃れるため、人々が身を寄せたこの土地は昼間こそ人の往来が戻りつつあったが夜ともなれば途端に生気を失う。

 

ひとつ角を曲がるだけで光量は落ち、影の密度が不自然に増える。この裏路地に差し掛かった瞬間、エレグは眉を寄せて小さなその身を覆い隠すコートの襟を少し立てた。

 

人通りの途絶えた狭い路地はまるで世界から切り離された隙間のようだった。郊外にほど近く、復興が後回しにされた区域らしく、外灯のいくつかは未修理のままで点滅しながらかろうじて存在を主張している。

 

舗装の割れ目に溜まった水たまりは黒い鏡と化し、時折吹き抜ける風が表面をゆらりと揺らしては足音だけがやけに大きく響いた。

 

(――人っ子一人いない。だから、悪だくみには丁度良い場所だな)

 

そんな自嘲をふっと零し、エレグは周囲をぐるりと見渡す。

 

「……アイツはまだ来てないのか」

 

待ち合わせより少し早く着いたとはいえ、人気がなさすぎるのも落ち着かない。

 

静寂は過剰で、風が壁をかすめる音すら異様に大きく耳へ届く。何かが潜んでいても気づけないのではという不吉な予感が背筋を撫でていった。

 

エレグは端末を取り出し、相手に到着を知らせるメッセージを打ち込む。

 

画面から漏れる白光が彼の瞳を一瞬だけ鋭く照らし出す。指先に感じる微かな冷たさが夜気の温度以上に神経を強張らせた。

 

エレグが送信を終えた直後――。

 

「――後ろにいるぞ」

 

「っ!?」

 

いきなり背後から、そっとエレグの肩に手が置かれた。

 

「ぎゃああああ!?メリーさんか!?」

 

跳ねるように全身が震え、エレグは反射で振り返る。

そこに佇んでいたのは人の形を保ちながら闇そのものが凝ったような存在だった。

 

それを視認したエレグは心臓を抑えつつ怒りを露わにした。

 

「この――!ふざけんなお前、急に脅かせないでくれる!?心臓止まるかと思ったんだけど!?」

 

「あはははっ、凄いリアクション。すまんすまん」

 

声が裏返るエレグとは対照的に相手は喉の奥でクツクツと笑うだけで悪びれた様子は微塵もない。

 

「でも、ほら、怪盗としての腕前を見せるのに丁度いいかなって思ってさ」

 

その声音には夜よりも軽やかで、影よりも掴みどころのない気配が混じっていた。

 

「たくっ、お前は!……はあ、まあいいや。一先ず来てくれて助かった」

 

その人物の年齢はエレグより下に見えた。

 

少女と呼べる年齢だがその立ち姿は不思議と揺るぎない気配を纏っている。そして背には黒い大きな翼があった。

 

光の乏しい場所でなお輪郭を持つその翼は生き物のそれというより、夜そのものが彼女の体から生え落ちているようだった。

 

――その美しさは触れれば消えてしまいそうな儚さと畏れを抱かせるほどの神聖さを同時に宿していた。

 

間違いなく今日エレグが呼び出した切り札。自分の仲間かつ現“伝説の怪盗団モッキンバード”の一人、クロエ・ナイツだった。

 

初めて顔を合わせる二人は互いの姿を確かめるように距離を測り、ようやく挨拶を交わした。

 

「ふふ、初めましてエレグ君。僕クロエです。全盛期のモッキンバードからやってきました。それで、大企業の奴にいじめられたんだって?」

 

内と外のギャップ。

その台詞に吹き出しそうになりながらも、エレグはノリを合わせて返答する。

 

「……ありがとうクロエもん。そうだよ何とかしてくれよ~!」

 

まるで子どもが某子守りロボットを呼ぶように縋るエレグの声とどこか愉快そうに笑う怪盗。

 

夜の静寂が二人の奇妙な邂逅を確かに包み込んだ。

 

 

 

 

軽い掛け合いの後。ふと、クロエは何かを思い出したようにエレグの肩越しへと視線を向けた。外部から切り離された静かな一角で彼女は小さく首を傾げる。

 

「そういえばマオとドクは来ていないのか?どうせなら二人も驚かせようと思ったのに……」

 

「うおい!驚かせたって認めてんじゃねえか!?やっぱ怪盗云々は適当だったなお前ぇ……」

 

エレグは呻くがやがて諦めたように肩を落とし訳を告げる。

 

「二人は今忙しいからな。マオは大企業の妨害によって薬に疑いをもたれたからそれに対抗するため安全面や機能面の結果を詳細にまとめた書類を作成中。ドクはもう一つの事業に備えての準備と今抜け出してきた俺の穴埋めをヨシダさんといくつかしてくれてる」

 

その言葉に、エレグは深いため息をつきながら眉をひそめる。

クロエは軽く頷き、どこか本気で残念そうに目を細めた。

 

「そうか、それは残念だな。……しっかし過ぎた権力を持つ巨大企業はやっぱりクソだな。お兄様が嫌悪するのも分かる」

 

するとエレグは眉間を押さえ深いため息をついた。

 

「まったくだ……あまりにも不躾かつ過剰な指摘を受けてマオが完全に切れてたしな……。バイオテロを起こしにかからないか心配だぜ」

 

「そうなったら社名は某ブラック傘会社の名前にしないとな」

 

「やめろ、それは縁起が悪い……」

 

心底同感しつつも、今度はエレグがふと思い出したようにクロエへ問い返す。

 

「てか、そっちこそヒューゴさんとライカンさんはどうしたんだ?まさか、二人はこの件に関わりたくないとか!?確かに企業間のいざこざに見えなくもないが、こっちはクリーンな事業をしてるというのに……!」

 

急に焦り出すエレグを、クロエは呆れと微笑の入り混じった表情で見つめ、ひらひらと片手を振った。

 

「落ち着け。お二人はこの件に乗り気だから大丈夫だ。怪盗団の信条にも一致しているし、新エリー都内でその大企業の行いを伝えたら、すぐに下見と準備に向かってくださった。ああ、そうだエレグ。お前については依頼人かつ協力者として、お二人に説明しておいた」

 

エレグは肩の力が抜けるほど大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。

 

「聡明だな……。二人に会えないのは残念だが富裕層に近い自分では彼らも良い顔をしないだろうから仕方がないか」

 

「ちゃんと説明したいが関係を話すとなると少しややこしくなるからな……。どう知り合ったのかも正直に話すわけにもいかないし……、これまでの行動を示せばお二人は必ず理解を示してくれるだろうが……」

 

クロエは苦笑し、視線を少しだけ逸らす。正面から言えば複雑になるのを理解しているようだった。エレグは軽く首を振り、諦めというより冷静な判断で言葉を続ける。

 

「いいさ。時間がないし、もし断られたら打つ手が無くなるからこのまま情報提供者かつ支援者としての立場に甘んじるさ。……さて」

 

エレグは一度だけ深く息を吸い、胸の奥に沈殿していた緊張を押し上げるように気持ちを整えた。

 

夜の冷気が肺の内側を刺しながら通り抜けていく。その冷たさで心が研ぎ澄まされていくのを感じながら彼はゆっくりとコートの内ポケットに手を差し入れた。

 

「これを受け取ってくれ」

 

エレグの指先が取り出したのは、わずか数センチの銀色のUSBメモリ。光を受けた金属面がかすかに瞬いた。これが作戦の中心であり、唯一の“武器”だった。

 

差し出されたそれをクロエが受け取り、しげしげと見つめる。

軽いはずの筐体は彼女の掌の上で妙に重みを帯びていた。

まるでエレグの覚悟、恐怖、責任、全てがそこへ圧縮されて潜んでいるかのように込められていた。

 

「これは……?まさか秘密道具?」

 

「ああ、部分的にそう」

 

「魔人はすっこんでて、どうぞ」

 

鋭いツッコミを入れると、エレグは真面目な表情に戻った。

 

「ドクの改造を施したメモリだ。システムに差し込めばデータを瞬時に抜き取ることができる。これを現地で使い、直接大企業の不正データを奪ってきて欲しい。だが、警備は相応に厳重なはずだ。いいか聞いてくれ――」

 

そこから先はエレグ自身が組み立てた作戦だった。

 

敵企業が近々、大企業群や権力者たちが集う密やかだが極めて大規模な社交会に出席する。

 

大災害後の企業間の結束を世間に示すため、各所の有力者を招いた大規模な異業種交流会だ。内部統制を誇示する場でもあり、情報発信を独占する巨大メディア企業もいることから、同時に裏側でエレグたちの評判を意図的に貶める計画が密かに進める可能性が高い、と。

 

世論やメディアによる巨大な影響力の前にはエレグたちは抗えない。表舞台でぶつかれば一瞬で叩き潰される。

 

「……おそらくそれが本格的に動き出すのはその社交会が終わった後だろう。だから、それまでに該当データを奪ってほしい」

 

「期限はどのくらいだ……?」

 

「その会はおよそ一ヵ月後に開かれる予定だ」

 

「一ヵ月か……ふむ、なるほどなるほど」

 

クロエは何かを思案するように考え込む。

 

それを見たエレグが補足説明をする。今は迷わせないために淡々と、だが真剣に。

 

「……時間が少なく困難なのは分かっている。改めて言うが相手の警備は極めて厳重だ。だが社交会当日に主要幹部の意識が集まるその瞬間こそが唯一の隙になるはずだ……」

 

エレグはそこまでの経緯を一つひとつ丁寧に思い返しながら、未来の一点へと集中していく。

 

当日は、数多の企業の視線も意識もすべて社交会に注がれる。

幹部が席を外し、保全部署の管理者層も同じ場に集まる。

 

自動調整された警備網は“通常時と比較して”一段弱くなる……はずだ。

 

鉄壁の防衛が唯一たる呼吸の隙を見せる瞬間だ。

 

「その隙にモッキンバードが保全区画へ侵入する。そしてこのUSBメモリを企業の内部システムに直接差し込み、封印されたデータを根こそぎ抜き取る」

 

他のどんな方法よりも安全で、確実で、リスクが少ない段取りだった。

正面からの侵入や遠隔ハッキングは不可能。ならば内部から“入れる者”を使う。

 

それが怪盗団モッキンバードという存在であり、エレグ自身が導き出した最適解だった。

 

作戦の後、敵企業が気づいた頃には全てが終わっている。

彼らがメディア工作を開始する前にこちらが証拠を握り、先手を打つ。

これは反撃であり、生存戦略であり、大企業から掛けられる理不尽への回答だった。

 

「当日の細かい動きはすべて俺が裏から支援する。監視システムの死角、幹部の動線、保安員の持ち場交代、緊急時の回線。それらを陰から支え、モッキンバードを出口まで誘導してみせる……!」

 

エレグは覚悟を持って目の前の彼女へと伝える。

 

エレグは小さく、しかし確かな歩幅で一歩踏みしめた。

まるでその一歩が自分自身を未来へ押し出すための儀式であるかのように。

 

USBメモリを光のない瞳で眺め、思考の底で何かを測るように沈黙していたクロエはただ静かに一連の説明を聞き終えた。やがて、わずかに顎を動かし、確認するように心中で整理していた結論を捻り出した。

 

「――よし、分かった。まず一週間くれ。話はそこからだ。じゃあまたなエレグ、再びこの場所で会おう」

 

静かに、だが確固たる回答だった。

 

エレグは感謝の返事をしかけたところで、ふと胸奥に微かな違和感が生まれる。

 

クロエの声音の温度、仕草の遅れ、目線の動き。言葉で説明できない、しかし本能に引っかかる“何か”。

 

「……?(なんだ?)……あ、ああ、一先ず受けてくれるって認識して良いんだよな?ありがとう、引き受けてくれて助かる。まずはそちらの準備を整えて当日は万全の状態で臨めるようにしてくれ」

 

だがすぐにエレグは忙しさゆえの疲労だろうと片づけてしまう。

 

「おうとも、任せてくれ。当日はきっと”愉快なこと”になるだろうな……」

 

その言葉の響きは妙に柔らかく、どこか不気味なほど愉悦の香りを含んでいた。

エレグが眉を寄せる前にクロエの影がまるで重力から外れたようにふっと揺れる。

 

――ビュンッ!

 

次の瞬間、空気に薄い亀裂が走ったように闇が裂けた。

風の音が、刃物がすれ違うような鋭い軌跡を残して過ぎる。

 

気づいた時にはもう彼女の姿はなかった。

 

視線を追いかける間もなく、エレグはただそこに立ち尽くす。

 

残されたのは冷えた夜気とエレグの胸の奥でせめぎ合う期待と不安だけだった。

そのどれもが拮抗し胸郭の奥で静かに火花を散らしていた。

 

「頼んだぞ、クロエ……!」

 

そう呟き、エレグは仕事と並行して作戦の詳細な調整に追われる日々へと戻っていった。

 

 

――そして、一週間が経過した。

 

 

エレグにとっては怒涛の一週間だった。

社交会の情報収集、幹部の動線の把握、セキュリティの更新頻度の測定。

 

クロエたち怪盗団と連携を当日問題なく組めるように必要情報をさらに整理しておくためのものだ。

 

(クロエが言った”一週間くれ”とは仲間と計画を詰め、最適な侵入経路を固めるためだろうな)

 

エレグはそう信じて疑わなかった。

 

一週間後の夕暮れ。前と同じ待ち合わせ場所。

彼はデータを入手した後の公開の動きと各種資料を持ち、作戦会議の続きをするつもりで足を運んだ。

 

そしてその場所にすでにクロエがいた。

 

夕陽を背にして佇む姿はまるで一枚の絵画がそのまま抜け出してきたかのように輪郭が冴えている。

 

壁にもたれ、どこか退屈そうに片足を遊ばせながらUSBメモリを片手で弄っている。

その仕草が妙に場慣れした余裕と面倒事を楽しむような癖っぽさを同時に漂わせていた。

 

彼女は近づくエレグに気が付いたのかこちらを見て軽く顎を上げる。

 

「おお、来たかエレグ」

 

その声は相変わらず飄々としていて、良く言えば自然体、悪く言えば何も考えていないような気安さがあった。

 

そして。

 

本当に何の前触れもなく。

 

クロエは掌のUSBメモリをポン、と気楽な仕草で差し出してきた。銀色に夕陽が反射して、やけに眩しい。

 

「――――え?」

 

あまりにも唐突だった。

驚く隙すら与えられないほど、自然に、日常会話の延長みたいな顔でクロエはとんでもない爆弾を放り投げる。

 

「はい、お目当てのデータを”盗んできたぞ”」

 

「お――――……は?」

 

エレグの喉が変な音を立てる。

頭がクロエの言葉を処理する前に口だけが勝手に動いた。

 

理解が追いつかず、思考が空転する。

 

(は?……は??何言ってんのコイツ??)

 

目の前にあるのは前回渡したUSBメモリであり、それの意味するところを察しつつも脳が理解を拒み始めていた。

 

乾いた笑いが漏れそうになったが、震える口元でどうにか形にした。

 

「じょ、冗談……あはは……クロエさん、面白い冗談言いますね……?まさか、たった一週間でデータを盗んできたって……言うんじゃないでしょうね?」

 

視線が泳ぎ、声も震えている。

祈るように冗談であってほしいと願いながら、目の前の彼女へ問う。

 

クロエはあっさり答えた。

 

「いや、そう言ったんだぞ?まぁ確認してみろ。お前の予見した通り、かなりドス黒い大企業の不祥事が詰まったデータだぞ。正直ドン引きした」

 

軽い。

軽すぎる。

 

エレグは震える手でUSBを受け取り、その場で読み取り、解析に入った。

表示されたデータファイルを確認した瞬間、呼吸が止まりそうになる。

 

(マジかよ……!?)

 

そこにあるのは完全に本物の内部不正データ。企業の中枢にしかないはずの、決定的証拠の塊だった。

 

口の端が痙攣しかけ、肺が妙に苦しくなる。

ようやく言葉らしい言葉が喉の奥から絞り出された。

 

「うそやん……。……おい、クロエさんや。その……一週間の意味、わかってますよね?自分はてっきり……」

 

彼が言い終える前に、クロエは肩をひょいとすくめた。

 

「一週間は、まあ……現場の下見とメンバーでの話し合いの時間だったな。けど、実際に単に盗むのはこんなもの。わざわざ予告状出して向こうを騒ぎ立てるわけでもないし、楽なもんだ」

 

軽い調子。

悪びれもせず、むしろ退屈な作業でも済ませたような口ぶりだった。

 

「……いや、警備は厳重で、最新のシステム防御で……」

 

「――それがどうかしたかね?」

 

「うおえ……?」

 

クロエは小首を傾げる。

 

ただそれだけの仕草なのに、さっきまでの退屈そうな雰囲気が霧のように消え、背後の空気がひやりと切り替わった。思わずエレグの喉から情けない声が勝手に漏れた。

 

表情もなく、声も淡々としている。

だが“別のスイッチ”が入ったことが、肌でわかる。

 

次に口を開いたとき、クロエの声音は落ち着きすぎたほど静かで妙に滑らかだった。

 

「出入りできる“人間”がいるなら、話は簡単だ。アクセス権限と装備品を奪って、そいつになりすませばいい。それさえあればシステムは子供だろうが通す。中枢へ入るだけならそれで充分だ」

 

言っていることは、単純。

だが普通の人間には到底実行できない離れ業だった。

 

エレグは額に手を当てた。

驚愕、呆れ、そして――薄ら寒い大きな感動。

 

「……マジで、モッキンバードさん無法過ぎるだろう……」

 

するとクロエは胸を張り、誇らしげに続けた。

 

「お兄様たちがいるからこの結果は当然だとも……!――で、”本番”はここからだ」

 

「……本番?」

 

「そう、話し合いはこのデータをどう使うかに絞られた。データだけをこのまま治安局に持って行っても出所が定かじゃないし、相手は大企業だ。証拠能力が弱ければ、世間に出そうが即座にもみ消される」

 

クロエの声は淡々としているが、どこか楽しんでいるようでもあった。

エレグは静かに告げる。

 

「……それでも一時的に混乱は起こせる。今は俺らの企業に加えられてる妨害を止めることが最優先事項だからな」

 

「まあ、それで十分だって言うなら止めはしないさ。けど――」

 

クロエは一歩近づき、夕暮れの赤に縁取られた瞳を楽しげに細めた。

その所作には、優雅さと危うさが同居している。

 

「――どうせなら二度と立ち上がれないように……“再起不能”にしないかね?」

 

空気が一瞬、湿度を失ったように張りつめた。

しかし同時に胸の奥をくすぐるような甘い期待が立ちのぼる。

 

エレグが息を呑むと、クロエはその反応を読んだかのように身体を傾け、怪盗特有の“観客を誘う”ような微笑みを浮かべた。

 

「このデータを私たちの“舞台装置”にするんだ。当日、最高の舞台を整えてみないか?言っただろう愉快なものになると」

 

その笑みは夕陽を背にしてなお、世界の光を奪うほど妖しく――、

 

本物の怪盗のそれだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

――そして数週間後。

 

 

会場の入口付近では、既にいくつもの小さな輪が生まれていた。

シャンパンのグラスを片手に、各企業の代表たちが互いの顔を確認し合うように歩み寄っていく。

 

「おや、これは〇〇インダストリーの代表ではありませんか。ご活躍は噂で聞いておりますよ」

 

「これはこれは。そちらこそ、新素材事業の飛躍ぶりは実に見事だ。今夜はゆっくりお話しできればと思っておりました」

 

「まさかお越しとは。最近は政庁との取引でお忙しいと伺っていたのですが」

 

「ええ、まあ……休む暇がないのはお互い様でしょう?しかしこうして顔を合わせられる機会は貴重ですからね」

 

笑顔の奥には互いの立場を測り合う鋭い視線。

称賛に見せかけた牽制、軽口に紛れた情報探り。

 

社交界の会場は豪奢な光に満たされ、新エリー都の復興期を象徴するかのように各社の代表たちが集まっていた。本来なら互いの結束を祝い合う場であるはずなのに、漂うのは上辺だけの丁寧な挨拶ばかり。その裏側では各社の思惑が静かに渦を巻き、鋭い探り合いが続いていた。

 

過去に類を見ないほどのホロウによる大災害を乗り越えたという強烈な自負が場の空気を支配し、自社の存続力を誇示するにはこれ以上ない舞台だった。

 

企業間同士の顔合わせ、新たな協力関係の締結、そして翌年度の覇権図の再構築。そのすべてがこの会に集約されている。

 

――そして、この舞台を利用しようと目論んでいた者たちもいた。

 

「おや……?」

 

ふと、情報流通を事実上握る大手メディア企業の代表のもとへ、医療分野で莫大な利権を抱える”TOPS傘下の大手製薬企業”の代表が偶然を装った柔らかな笑みで歩み寄った。

 

「いや、これはこれは。お会いできるとは思いませんでしたよ。まさかこんなところでお目にかかるとは」

 

メディア企業の代表は一見穏やかに笑みを返したが瞳には一瞬だけ探りの色が宿った。

 

「……こちらこそ。ちょうどそちらの動向について少し気になっていたところです」

 

「それは光栄ですね。しかし――」

 

製薬企業の代表は周囲に聞こえぬよう声を落とし、意味深に言葉を続ける。

 

「――この会が終わった後に少しお時間を頂ければと思っておりまして。最近、どうも“余計な動き”をする方々がいるようでして……情報の扱いに長けた御社のご意見をぜひ伺いたい」

 

その言葉の最後には柔らかさを保ったまま、はっきりとした棘が潜んでいた。

 

メディア企業の代表は短く笑った。

 

「ふむ、興味深い話になりそうですね。お時間、調整しておきましょう」

 

互いの笑みは終始穏やか。しかし、その裏で交わされる視線は静かに毒を含んでいた。

 

エレグたちへ妨害を仕掛けたTOPS傘下の巨大製薬企業。ホロウ災害の余波が社会全体を揺さぶり、需要が爆発的に高まる薬剤の大量生産が求められるこの時期。

 

彼らにとってはまさに“金脈が露出した瞬間”でもあった。

 

だが、そんな最中に急成長を遂げ、災害対応の薬品で注目を集めているエレグの小規模製薬会社は彼らからしてみればどう見ても目障りな存在だった。

 

利益を横取りし得る新星。従来の薬品の供給を脅かす異質な技術力。いずれ必ず勢力図に影を落とす芽。

 

ゆえに彼らは、早々に摘み取っておくべき弱小勢力として位置づけていた。

 

製薬企業の代表は報道企業との約束を取り付けた後、手にしたワイングラスを軽く回しながら、口元に下卑た笑みを浮かべた。

 

(小賢しい技術力だけはあるが、所詮は小規模。影響力も資金力もこちらの足元にも及ばない)

 

すでに妨害工作は段階を踏んで進められており、相手が右往左往している光景すら想像できた。

 

これからメディア関係者を巧みに呼び込み、同じ競合会社の重役たちへ“共通の敵”としてその製薬会社の名を浸透させる。そうして一斉に圧力を掛ければ潰すなど容易い。

 

抵抗力を失ったところで利権を買い叩き、自社の新しい鉱脈へ組み込むつもりだった。

 

「あの程度の企業に持たせておくには惜しい技術だな。会社規模に不相応なほどの精度と発想……。ふは……!どうせ潰れるのなら我々が有効活用してやろうじゃないか」

 

それは救済ではなく略奪であり、称賛ではなく侮蔑だった。

 

代表はグラスを口に運び、赤い液体を喉に流し込むと満足げに嗤った。

 

まるで、すでに勝敗が決したかのように。

 

 

――その計画はすでに水面下で進行しており、今夜の会こそが“包囲網の完成”となるはずだった。

 

 

しかし彼らは、ひとつ決定的な事実を見落としていた。

 

自分たちが芽を摘もうとしているその製薬会社はとある少年が率いるグループの一角であり、単体で見れば中堅クラスでも、背後には意図を読ませない規模と結束が存在している。そして何より、その少年には確かな切り札があった。

 

その時、周囲がわずかにざわめいていることに気づき、代表は眉をひそめた。

 

「……ん?……なんだ?」

 

開始時刻を数分ほど過ぎても進行役が姿を見せず、会場の片隅から静かなざわめきが連鎖していく。ほんの数分の遅れ、確かにこの規模の会では許されない遅れであり、ざわめくのも理解できる。それでもなぜか、空調の風切り音すら耳障りに感じられるほど、会場の空気に細い亀裂が走り始めていた。

 

(一体何が……)

 

そう思った矢先、次の瞬間だった。

 

――ブツンッ!

 

会場中の照明がまるで電源ケーブルを引きちぎられたかのように一斉に落ちた。

 

「きゃあっ!?」

 

「な、何だ……!?停電か!?」

 

「おい!どうなっている!?」

 

暗闇に沈んだホールで混乱が広がる。

 

天井を走るホログラム演出は波形を乱し、光子が崩落する砂のように散って消える。

 

警備員たちがすぐさま警戒態勢を取った。しかし技術担当が慌てて制御卓へ駆け寄り端末に手を伸ばすより早く、スクリーン、壁面、果ては新エリー都全域と連動された広告パネルまでもが、統一された漆黒の画面へと切り替わった。

 

――その時点でこの場はもう、権力者たちでさえ弄ばれるほどの巨大な意図の中に組み込まれていることなど、誰一人察していなかった。

 

暗闇の中央。

そこにただ一つだけ幽かな光が浮かび上がる。

 

それは円環の中心に純白の翼を大きく広げた鳥の意匠であった。

 

光を帯びた羽根は一枚一枚が精密で、今にも飛び立たんとする瞬間を張り詰めた空気で閉じ込めているようだった。その下に重厚な“M”のエンブレムが鎮座し、紫水晶を思わせる背景と荊の装飾が、気高さと危うさを同時に演出している。

 

突如映し出されたその存在をこの場の人間が理解するより早く――、

 

Ladies and gentlemen!(紳士・淑女の諸君!)

 

年若い少年の声が会場全体に響いた。

機材を通した音ではない。まるで空間そのものが声を放っているような逃れようのない鮮烈さ。

 

巨大スクリーンが白く灯り、三つの人影のシルエットが浮かび上がる。

 

「突然の乱入、失礼する。姿を見せられず申し訳ない。会場におられる“ご立派な立場”の皆々様に、下々で動く我々の顔をお見せするのは失礼かと思ってね」

 

皮肉を含んだ少年の声は軽薄に響くが、その内側には揺るぎない意志があり、場の空気をねじ曲げた。

 

「ゴホン!……名乗らせていただこう。我々は怪盗団――“モッキンバード”」

 

別の声色からその名が放たれた瞬間、会場に静かな衝撃が走る。

 

ここにいる富裕層の者でも一部はインターノットで囁かれる都市伝説めいたその犯罪者集団の名を一度は耳にしたことがあった。知らない者も会場がジャックされるという状況に狼狽える。

 

わずかな軽視は、ほんの数秒で消えた。

 

「まずは謝罪を。照明を落としたのは豪奢な光に照らされる皆様があまりにも眩しく、直視できなかったという極めて個人的な感情によるものだ。驚かせてしまったかな?どうかその立場に見合った寛大なお心でお許し願いたい」

 

少女の声から告げられるわざとらしい敬意。隠しきれない嘲り。

それを聞いて一瞬怒りを浮かべる一部の重役たちをよそに最初の少年の声は構わず続けた。

 

「さて、皆様の時間が貴重なのは存じている。ゆえに前置きはこれくらいにしておこう。我々が今夜、この会場を掌握した理由……それは、ここにいる全員で“共有”すべき秘密があるためだ。企業の結束を掲げる場なら隠し事は無粋だろう?」

 

パチン、と指が弾かれる。

スクリーンが闇へ沈み、直後目を刺す冷たい光とともに映像が再点灯する。

 

それを見てしまった製薬企業の代表は持っていたグラスを落とし、目を見開く。

 

「――っ!?ば、馬鹿なっ……!?」

 

そこに映し出されたのはその製薬企業が長年築き上げた闇の内側。

 

権益独占のための閉鎖的構造。

市場操作のための価格改変。

競合企業への妨害工作。

内部監視網を利用した不正なデータ収集。

 

どれも外部へ出れば即座に炎上必至の極秘情報。加筆も改変もない原本データ特有の生々しい光沢に、誰もが言葉を失う。

 

「こ、これは……あの企業の……!?」

 

「うちへの妨害の証拠もあるぞ!」

 

「どういうことだ!?事実なのか!?」

 

ざわめきは怒号へ変わり、混乱は一瞬で極限へ達した。

 

通信網はすべて隔離され、ホール内のネットワークも掌握済み。止める手段はひとつもない。映像は容赦なく更新され、罪状が刻まれていく。

 

代表の顔はもはや血の気を完全に失っていた。

 

会場には同格、あるいはそれ以上の企業の重役が勢揃いしている。

普段なら情報操作で揉み消せる。しかし“この場で”曝された以上、逃げ場など存在しない。

 

「そうそう。我々はこの企業の理念に感銘を受けましてね。誠実をモットーとする素晴らしい理念だった。だからこそ、世間にもその誠実さを示すべきだと思いまして――既にこれら全てを”外部へ発信済み”だ。どうかご安心を」

 

軽やかに告げられたその一言は凶器よりも鋭かった。

 

「――――っ!?」

 

代表の顔色は一瞬で変色する。

赤みを帯びた焦燥を通り越し、土器のように乾ききった色へと変貌し、その表情は崩れ落ちる寸前のひび割れた陶器のようだった。

 

会場が波立つ。

深いざわめきが空気を震わせ、互いに顔を見合わせる役員たちは次の瞬間には表情を切り替えていく。競合企業はこれ幸いと利害を再計算し、提携先でさえ沈みゆく舟を見る目になり、そっと距離を取った。

 

そして、この場には不幸なことに複数のメディア企業も来場している。

 

――明日の報道はもはや確定事項だった。

 

歓談も祝辞も消え失せた空間で誰もが悟る。

これは祝宴ではない。

長く閉ざされた企業支配構造が今まさに崩れ落ちる瞬間だということを。

 

公開処刑そのもの。そしてそれは、伝説の怪盗たちにより完璧に整えられた“舞台”であった。

 

 

 

 

「まったく!モッキンバードって最高だな……!」

 

エレグはその光景をジャックした会場のカメラから見つめながら、あの時クロエが微笑んだ理由を理解する。

 

――最高の舞台。最高の破壊。

 

そして、逃れようのない企業の結末。

 

今夜を境に『モッキンバード』の名は新エリー都全体へ刻み込まれた。

大企業の失墜を踏み台にして彼らはより鮮烈な影となり、世間という巨大な光源の中へ浮かび上がっていく。

 

もはや誰も、彼らを単なる盗人だと侮らない。

 

この夜がその事実を残酷なまでに証明していた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「よし、今だ!相手が混乱(ダウン)している隙に我々のグループ企業を”総動員する”ぞ!」

 

データ暴露は前座であり、目的は世論のあり方を決定的に変えるための合図にすぎない。

 

都市の騒乱を遠巻きに水面下で温めていたエレグの計画は始動した。

 

モッキンバード、クロエたちが流した暴露データ。そして会場の映像は翌日に全て世間に、余すことなく伝えられ、巨大企業の信用を根底から揺さぶり、その瓦解は雪崩のように始まっていた。

 

世間は言わずもがな。企業間ネットワークは一時的に麻痺し、権威を支えていたはずのブランド力は一夜にしてただの虚飾へと変わり果てた。

 

誰もが己の保身に走り、取引先は逃げ、株価は暴落し、供給は寸断する。

 

想定以上のダメージを与え、もはや妨害を止めさせるどころではない。既にTOPSの上層部によるその製薬企業の尻尾切りは進められているようだが、そんなことはエレグにとってどうでもいい。

重要なのは今回の件でモッキンバードの名声を高め、自分たちの影響力を拡大することが出来るかである。

 

そして、これらの混乱こそがエレグが望んでいたチャンスだった。

 

暴露と同時にエレグが率いるグループ企業群は”一斉に”動き出す。

 

物流網、医療供給ライン、生産管理企業。

 

これまで”外部を含む各社”が縦割りで動いていた系統は戦時下の指揮系統のように身内だけで構成され一本化。再建されたばかりの傘下中小企業群を中枢として高速に連結された。

 

「障害がすべて取っ払われてる……!動きやすい!なんて素晴らしいんだ……!」

 

それは外部の大企業が市場を押さえていた時代には決して成立しえなかった“即応型の巨大複合ネットワーク”が形を成した瞬間だった。

 

本来なら製薬会社が中間業者を介し、複雑な手続きを経て市場に出回るはずの医薬品がこの日だけは例外的な速度で流通網へと解き放たれた。

 

流し込まれたのはマオが長期的な研究の果てに育て上げ、温存していた革新薬。妨害に乗り出された時とは比べ物にならない、競合他社の既存技術を一挙に時代遅れへ追い込む、桁違いの効能を備えた医薬品だった。

 

「ははは!発注が止まらねえ!次々に売り出すんだ!」

 

大企業の不正が露呈した直後、都市住民の手が疑惑まみれの薬に伸びることはありえなかった。

 

その市場心理の転換をエレグは完全に読み切っていた。需要は既存企業から剥がれ落ち、空白となった供給の穴へ向け、グループ企業の物流網が精密に構築した流れが注ぎ込まれる。

 

新エリー都の薬局、病院、救急センター。それらの棚に革新薬が並び始めるまでに一日も掛からなかった。

 

サプライチェーン全域がエレグの掌で回転し、あらゆる手続きや障壁は事前に貼られた布石によって次々と突破されていった。

 

TOPS傘下の大企業が長年築いた市場構造はその日のうちにひび割れ、音を立てて崩れ始める。

 

空白を埋める者こそが新たな覇権を握る。その摂理を示すかのようにエレグのネットワークは都市全域を覆い、古い体制を塗り替えていった。

 

「そしてぇ!――止めだ……!」

 

そして最後の一撃が新エリー都に向けて無慈悲なほど鮮烈に宣告された。

 

 

 

その製薬会社による《一時的な特許開放声明》が発表されたのは、都市が暴露騒動の余波で揺れ続けていた最中のことだった。

 

信頼を失墜させた巨大企業とは対照的に、清廉を装って打ち出されたこの善行は瞬く間に話題となり、あらゆるメディアがこぞって取り上げた。

 

そして当然ながらエレグはその年齢から表舞台に出ることが不可能なので、声明の中心に立ったのはエレグのグループの代理代表を務めるヨシダだった。

 

報道各社のカメラが一斉に向けられた壇上で、エレグに頼み込まれたヨシダは緊張しつつも、穏やかな声色のまま渡された台本通りの言葉を紡ぐ。

 

『わ、私たちは、この都市を守るために必要な技術を一時的に開放します。けれど、どうか誤解しないでください。私たちが差し出すのは、……り、利益ではなく“責任”です。都市が再び立ち上がるまで、その一助となることを約束いたします』

 

その瞬間、会場の空気が揺れた。

善意として完璧に整えられた言葉に誰もがエレグたちの製薬会社に信頼を寄せた。

 

だが、それは慈善めかしたただの善意ではない。都市全体を巻き込み、産業の構造そのものを塗り替えるエレグの覇権宣言だった。

 

その目的は三つ。

まず第一に、混乱した都市へ”本当に都市を救っているのは誰か”を鮮烈に刻み込むこと。当然自分たちのグループ企業こそが真の貢献者であると示すためだ。

 

第二に、今回の騒動を機に需要が爆発的に増大した革新薬を単なる商品ではなく“都市標準”として普及させる加速措置にすること。

従来技術を根底から打ち砕き、業界の基準そのものを書き換える力を持つこの薬を新エリー都中へ一気に広げるための布石でもあった。

 

そして第三にして、本命。

新薬が都市の隅々へ行き渡った後、特許は再びエレグのグループの手に戻される――それをあらかじめ宣言したうえで、さらに五年後には”もう一度開放する”。しかも今度は期限なしで公開する、と約束するのだ。

 

一見すると寛大に見える共有政策。しかしその実態はまったく別の場所にある。他企業からの敵対心を削ぎ、障害を自ら取り除かせるための巧妙な仕掛けであり、エレグの側では時間軸を徹底的に計算した緻密な戦略が敷かれていた。

 

公開からの五年間、技術の核心だけは誰も到達できない領域に封じ込める。その設計を可能にしたのは製薬の第一線に立つマオの専門的洞察だった。

 

彼女は技術の伸びしろと限界、その全体構造を完全に理解していた。エレグはその知見を基盤に、開放しても誰も追随できない“核心の壁”を構築したのである。

 

(――という訳で再度ヨシダさんをカメラの前に投入する……!)

 

再度頼み込まれたヨシダは再び発表の舞台へと上がらされる。震えながらも一拍の間を置き、視線を数多の聴衆の上にゆっくりと滑らせた。

 

言葉そのものが未来の地図を描くかのように、覚悟を持った口調で告げる。

 

『ご、五年後、私たちはこの技術を恒久的に開放します。こ、この都市がもう二度と同じ混乱に呑まれないように。誰もが使える基盤を提供することこそ、私たちの責任だと信じています』

 

結果として、特許を開放しようが市場支配力は一切揺るがない。むしろ競合が追いかけようとするたびに核心から遠ざかっていく永続的な優位構造が形成される。

 

五年ごとの開放と回収を繰り返すことで、競合の研究投資を疲弊させ、追撃を永遠に無効化する仕組みが完成した。それは、誰も逃れられない完璧な布石だった。

 

都市はこの声明を企業からの“施し”として受け取り、企業界は逆らう口実を失う。

 

政治中枢でさえ、ヨシダ(エレグ)の存在を無視することができなくなっていく。都市全体へ即時公開されたその文書は巨大企業群が何十年もかけて築いてきた独占構造を根本から叩き折る決定打となった。

 

市場を牛耳り、利益を吸い上げてきた大企業の牙城はこのたった一通の声明によって土台から崩れ始める。

 

混乱に揺れる新エリー都の中心で、ただ一つ揺るぎない核が形を成しつつあった。

 

エレグとそのグループ。都市の未来を読み抜き、掌で動かし、古い秩序を静かにすり替えていく者たち。

 

そしてその背後では怪盗団モッキンバードの影が薄い笑みを落としながら闇へ消える。彼らが暴いた真実は単なる暴露ではなかった。都市全体の構造を変え、支配の座を別の場所へと静かに移し替えるための“引き金”だったのだ。

 

都市からの信頼を確実に掴み、TOPSへと歩を進めるための足は確かに踏み出された。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

そして製薬分野における特許独占で利益を吸い上げていた大企業の失墜とその後に続いた特許開放の衝撃が都市に定着してから、いくつかの季節が過ぎた。

 

エレグたちの革新薬はもはや“特別なもの”ではなく、目論見通り新エリー都の日常に溶け込む一般的な医療基盤として落ち着きつつあった。

混乱は収まり、都市は再び安定を取り戻したと――誰もがそう思っていた。

 

だが、その静けさの裏で別の地殻変動が密かに進行していたのだ。

その震源は誰もが再現を諦めていた“ドク”の領域にあった。

 

ドクが施す独自加工はその身に宿る奇跡の職人技だった。

精密性、緻密さ、素材理解の深さ。そのいずれもが人間の限界を超え、どれほど腕の立つ技術者も、最新鋭の自動加工機でも再現できないとされていた。

量産など夢にも見られなかったが遂に成された。

 

ドク自身が設計し、調整し、試験を繰り返して構築した加工機械と専用設備。

それらが起動した瞬間、長らく一人の職人に閉じ込められていた技術は初めて“流通する製品”へと姿を変えた。

 

新型加工ラインが稼働を始めると、そこから生まれるパーツは既存規格の常識を次々と塗り替えた。

 

小型化、軽量化、高耐久化。どれも既存の技術者たちが限界と信じていた領域を軽々と突き抜けていく。

 

オリジナルほどの完成度ではないとはいえ、都市に出回っていた既存品とは歴然とした差を見せつけていた。

 

「やっと……やっと再現できた……!ふふ……これで“ほぼすべて”の既存パーツを小型化できる……!あとは自律化を成功させれば――そう、まずはあのマイクロボットだ。あれは素晴らしい……!……建設にも使えるし、応用範囲が桁違い……エレグも資金を出さざるを得ないはず……!その先には、映画で観たあのナノテクだって手が届く……ふふ、はは……さて、どこから始めよう?液体金属で自律化を試す?それともポンプ用の軟金属から――」

 

ドクは興奮と疲労が混じり合い、その瞳はぎらぎらと光を宿している。

 

そして、その危険な船出を見た瞬間――。

 

「――まずは寝ろ!」

 

すぐさまマオがすっ飛んできて、迷いなく薬剤の入ったスプレーをドクの顔に押し当てた。

 

「ぐぇっ!?」

 

一瞬、ドクの目が大きく見開かれ、そのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。

後ろから駆けてきたエレグも名医の見事な対処に思わず拍手をする。

 

「――よくやったマオ。その偉人は暫く医療室から出さないようにしてくれ。工具にも触れさせないようにな……。たく、働き過ぎと徹夜で完全にラリってたな……だが、奴のバトンはちゃんと受け取る。すぐに事業に取り掛かるとし……、っておいマオ!?俺は大丈夫だからそのスプレーをこっちに向けるな!?」

 

――その後、技術界に築かれていた巨大な壁が音もなく崩れ落ちた。

 

単発の奇跡に過ぎないはずだった加工技術が再現機械によって連鎖的、爆発的な形で市場へ流れ込み始めたのだ。

 

医療機器、精密アーム、ドローン、自律型インフラユニット。

 

小さな部品から巨大な機構まで、あらゆる製品が次々と新規格へ置き換えられ、都市の産業構造そのものが震源から揺さぶられるように変動し始める。

 

当然、その領域を独占し甘い汁を吸ってきた大企業群は黙っていられなかった。

彼らは焦りに駆られ、露骨な妨害へ走り出す。

 

流通路の遮断。

技術格付け機関への圧力。

虚偽レビューの濫発。

裏取引と買収工作の連鎖。

 

かつて製薬分野で失墜した大企業が使っていたのと同じ手法が、劣化コピーのように再び並べ立てられた。

時代遅れの悪あがきでしかないと気づかぬまま、彼らは自らの首をさらに絞め続けることになる。

 

何故ならその裏では、すでに“伝説の怪盗団”が動き出していたのだ。

 

「クロエもーん!なんとかして(以下略)」

 

「はいはい、しょうがないなあエレグ君は(以下略)」

 

モッキンバードの影は大企業群が必死に隠蔽しようとした不正工作をまたも完璧に暴き、証拠ごと大衆の目の前に叩きつけた。

 

技術革命と権益破壊は再び彼らの手によって加速し、都市は二度目の変革期へと強制的に突入することになる。

 

新エリー都はまた震え上がった。

しかしその震源にいるのは、誰の想像よりも小さく、だが数を揃え、そして圧倒的な力を持つ者たちだった。

 

怪盗団の名声は天井を突き破り、大企業の信用は再び沈没した。

その隙を逃すことなく、エレグたちは影響圏を拡大していく。

 

「そしてぇ!止めだ!ヨシダさぁぁぁん!!お願いしたいことが(以下略)!」

 

『わ、私たちは(以下略)』

 

そして最後に、決定的な一手。

ドクの技術体系に関する特許の最終的な公開宣言。

 

再び、都市の情報網が震え、市民が息を呑む。

これは単なる技術解放ではなく、新エリー都そのものへの“贈与”に等しかった。

 

大企業が長年守ってきた既得権益は完全に崩壊し、生産技術の中心は完全にエレグ側へ移行する。

 

 

「よーし……!遂に完成したぞ!」

 

この瞬間、エレグたちが担う三つの主力事業。

 

都市開発と建設、医療・製薬、そしてドクの新型加工技術にもとづく機械および自律化が有機的に一体化し、都市の基盤として正式に根を張った。

 

新エリー都の産業網はまるで生き物の血管のようにエレグたちの企業グループへと接続し、膨大な協力関係と強固な経済圏を形成していく。都市を循環する動脈はエレグの手中にあり、未来を左右する三つの根幹は彼のアルゴリズムの指先で静かに、しかし確実に脈動していた。

 

新エリー都は今まさにエレグたちの創り上げた“新構造”の上にその未来を築き始めていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

二つの主力分野を制し、強大な影響力を得たエレグはついに組織の統一へと踏み切った。傘下企業群は『マックス』の名を掲げ、新たな体制――マックスグループへと再編される。

 

その名が新エリー都の空に掲げられた瞬間、都市の力学は劇的に変化した。かつて「奇跡的な企業連携」と称された複数社の協調は、実は一つの意志のもとに統率された巨大な統合体であり、その実態がようやく誰の目にも明らかになったのだ。その規模と存在感はもはやTOPSにも引けを取らなかった。

 

マックスグループの三大事業は新エリー都の生活、物流、安全のあらゆる基盤を支えていた。人々は自覚すらしないまま、その恩恵を日々受け取り続けていたのである。

 

当然、大企業たちの焦りは隠せない。

ここ数年、都市貢献度はマックスグループが圧倒的首位。既得権益で築かれた財界秩序は崩落し、彼らが最も恐れる未来。

 

――マックスグループがTOPS財政ユニオン入りを果たし、都市の意思決定層へ台頭する未来。

 

それが急速に現実味を帯びていく。

 

TOPS中枢と巨大企業群にとって、それは決して看過できない事態だった。彼らはなおも妨害の糸を引き続け、マックスグループの隙を狙い始める。

 

――そして見つけ出した。

 

マックスグループの主力の三大事業はいずれも強固だが、その中で唯一奪取が可能と見られていたのが圧倒的な技術を持ちえない都市開発・建設分野であった。

 

そこで建設を担うある大企業は攻勢に出る。元・『東都建設』、現『マックス・コンストラクション』が受注予定だった公共事業へ強引に割り込み、技術力や低価格かつ短工期を前面に押し出して仕事を奪い取ったのである。

 

「……なるほど。ややグレー気味ではあるが正攻法には違いないな。確かに、建設事業は他の二つほど突出技術を要するわけではない。条件が揃えば彼らが上回ることも可能だろう――“このまま何もなければ”、だが」

 

しかしそれすらも、エレグの掌の上だった。

 

驚くほどあっさりと彼は公共事業を譲ってしまったのだ。

 

『え、えー……い、依頼者である市政側が急な変更を望んだのであれば、我々はそれを尊重するだけです。都市の皆様のためにより良い企業が担うべきでしょう』

 

そして代理代表であるヨシダに頼み込み会見で言わせたこの誠実そのものの対応にメディアは賞賛し、大企業側は小さな勝利を得たかのように舞い上がった。だが、その裏に潜む意図に誰一人として気づいていない。

 

会見後、奥に控えていたエレグは小さく呟く。

 

「……やれやれ。引き継ぎもせず突然仕事を奪ったものだから、“問題のある開発区”だって説明できなかったじゃないか」

 

譲られた土地は広域で”ホロウ発生予兆が観測された高危険度区域”だった。しかし記録上は“問題なし”。

 

何故ならエレグが持つ独自の観測網がなければ察知できない危険であり、工事中に共生ホロウが出現するのは確実だった。

 

マックス側の施工計画はその危険を見越した余裕ある工期と費用だった。しかし事情を知らぬその大企業は意気揚々と工事を開始する。

 

基盤を削り、資材を積み上げ、――そして予兆は現実になった。

 

「な、何だ!?」

 

「ホ、ホロウが発生したぞ!?全員持ち場から離れろっ!」

 

地下が裂け、深淵から黒い壁が噴き上がる。

土と鉄が悲鳴を上げ、現場は瞬時に混乱へ沈んだ。

 

工事は停止。重機は散乱。納期は壊滅。

 

市政にも大きな打撃が走り、都市開発は完全に頓挫した。

その大企業は何一つ対応できず、怯え立ち尽くす作業員だけが残される。

 

そして、もはやホロウの影響でその土地での都市開発は“白紙撤回”という判断が下されるのは濃厚。市政は安全を最優先し、共生ホロウに呑みこまれつつある区画は封鎖を宣言することとなるだろう。

 

割り込んで工事を奪った大企業は早々に撤収し、機材だけが歪んだ鉄骨の影の中に取り残された。彼らは”不可抗力”として一切の責任を避けようとし、現場にはただ呆然とする作業員たちの痕跡だけが残った。

 

本来であれば、こうなれば後処理は公的機関、調査協会やH.A.N.D.に引き継がれることだろう。

 

共生ホロウ発生の精密調査、周辺住民の避難措置、地盤の安全評価。拡大規模によっては原生ホロウの縮小を行わなければならないだろう。

 

手続きだけでも数週間は必要となり、現場はしばらく完全に停止する……はずだった。

 

封鎖区域へ規制線が張られる前。荒れ果てた現場の粉塵を押し分けて、静かに姿を現した影があった。

 

――マックス・コンストラクションである。

 

黒い作業車列が音もなく並び、厳重な防護装備を身にまとった技術者たちが降り立つ。

混乱と恐怖を引きずったままの土地にまるで最初から彼らの現場だったかのように整然と整備が始まる。

 

偶然現場にいた協会の監査員は驚愕を隠せずに問いかける。

 

「ヨ、ヨシダ代表!?な、なぜ……!?あの企業は撤退しましたよ!もう都市開発どうこうの状況ではありません!ここは危険区域に指定され、開発も凍結されるはずです!」

 

「あはは……、私もそう思うよ」

 

困った笑みを浮かべるヨシダの隣から、エレグは静かに微笑み、整った動作で一枚の書類を調査員に差し出した。

 

そして、まるで誰もが見落とした単純な答えを子どもに教えるような柔らかな声で告げる。

 

「ええ、通常であればその通りです。あなた方のご懸念はもっともです。しかし当社は先日、市政と協議のうえ、状況悪化を防ぐための“緊急是正工事”として正式に認可を取得しました。その結果、この土地の施工に関する臨時的な優先権はすでにマックス・コンストラクションが有しています」

 

その言葉を合図に、マックス・コンストラクションの重機が一斉に動き出した。

調査員は状況を理解できず、戸惑いを滲ませながら問い返す。

 

「……まさか、この状態で修復できると?」

 

「できます」

 

エレグは迷いなく答えると、調査員を安心させるような落ち着いた声で退出を促した。

 

「……これは、最初から“我々がやるべき仕事”でしたので。――あ、申し訳ありませんが、関係者以外の方はご退避をお願いします」

 

 

調査員が帰った後、エレグ率いるマックスグループは混乱した現場を即座に掌握し、作業員再編、危険区域封鎖、資材再配置、安全確認。

 

すべてを驚異的な速度で進め、荒れ地は手品のように立て直されていく。

 

――同時に現場に現れた”共生ホロウはみるみると縮小していった”。

 

それを尻目に現場を見渡すエレグは誰にも聞かせることなく呟く。

 

「ホロウが常に不意打ちで発生する新エリー都での都市開発・建設をグループの主力事業に据えたんだぞ?こちらが特別な対策を用意していない、なんて発想自体が不自然だろうに……」

 

整然と整えられていく現場の光景こそ、その言葉の真意だった。

 

必要なのは派手な技術ではない。

危険を察知し、制御し、作業を遂行する力。

 

――それこそが真の技術なのだ!

 

(……って言えたらどれだけいいだろうか)

 

エレグは内心で小さく息を吐いた。本来なら、人間をこんな危険地帯に投入するなど正気の沙汰ではない。

 

むしろ早々に撤退した大企業の判断は批判できるものではなく、ある意味で正しかった。

 

だがエレグは知っている。

この共生ホロウは“必ず縮小し、最終的に消滅する”と確信していた。

 

作業員には”我がグループの最先端の観測技術により、発生したホロウは一時的なものであり、危険度は減衰しつつある”と説明していた。

 

半信半疑だった者も、作業を進めるうちに実際に遠くの方に見える共生ホロウが縮んでいくのを目の当たりにし、その説明を事実として受け入れていった。

 

(……だが、実態はまるで違う)

 

観測技術など存在しない。

ホロウが縮小している理由はただ一つ。

 

エレグが“ある一人の男”にお願いし、秘密裏に原生ホロウ内部のエーテリアスを駆逐させていたからだ。

 

ホロウ内部には、エーテリアスという怪物が群れを成して存在している。

それらを大量に倒すことで、ホロウの活性は僅かに抑制され、最終的に消えることがある。

だとしても気の遠くなる数の討伐が必要であり、現実的ではない。

 

しかし、エレグは彼に言ったのだ。

 

――“ホロウ内部のエーテリアスを、万単位で駆逐してほしい”と。

 

普通こんなことを普通の人間に言ってしまえばお前は気が狂っているのかと、ぶん殴られても仕方がない程の無茶ぶりであるが、なんと彼はその依頼を引き受け、今この瞬間も原生ホロウの深層でエーテリアスを屠り続けている。

 

急速に縮小し、もはや一戸建ての大きさしかない共生ホロウをぼんやりと見つめながら、エレグは思考を止めたまま心の中でつぶやく。

 

(あはは……相変わらず規格外で草)

 

結果としてマックス・コンストラクションは独自観測網と絶対に公開できない”ホロウ抑制技術”を駆使し、開発区の危険度を最小限へ縮小。限定区域だけを安全施工可能な状態へと変え、そのまま当初予定されていた都市開発を果たしたと話題になった。

 

再び重機が動き始め、工事は瞬く間に軌道へ復帰し、予定通りに完成する。

荒廃しかけた都市の血流はマックスグループの手によって再び力強く脈打ち始めた。

 

そして結果は残酷なほど明白だった。

 

焦って仕事を奪った大企業は工期を大幅に遅延し、信用を失う事態に。これが共生ホロウが発生したままであれば言い訳ができたのだが運の良いことにそのホロウは消滅し、奪った相手が工事を終わらせたという状況である。

 

マックスグループは危機の収束という揺るぎない実績を示し、質、安全性、信頼のすべてを証明した。

 

都市の住民も行政もメディアも理解する。

 

――都市を支えているのはどちらか。

 

そんな明確な質問がネット上、新エリー都中に広がっていく。

 

この経験はマックス・コンストラクションの地位を揺るぎないものにし、三主力事業の一角としてグループの中核へと押し上げた。

 

単なる都市開発企業ではなく、都市の安全と機能を守る判断力と制御技術の要。

 

マックスグループはさらに都市の信頼を獲得し、TOPS財政入りへの道をさらに確実なものとしていくのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

マックスグループの勢力が都市全域に浸透しはじめると同時にエレグ自身にも新たな課題が突きつけられた。

 

TOPSは徹底した実力主義を掲げる組織であり、企業規模だけでは門を開かない。

 

いかに都市にその企業グループが貢献していようと、その上の人間が“相応しい”存在かどうかは、厳格に、時に冷淡なほど精査される……!とエレグは考えていた。

 

だが同時に彼は一つの妙案に辿り着いていた。

 

(いずれ自分がグループ全体を引っ張っていくものだと思って、全ての傘下の社名にマックスなんて付けたが……、このままヨシダさんを象徴的な代理ではなく、本当の代表として据えればこの条件をあっさりクリアできるのではないか?)

 

その発想はエレグには珍しく、計算などせずとも自分でもこれは間違いなく良い案だと確信できた。

 

そこで彼がそれとなく打診したところ、返ってきた反応は予想の斜め上だった。

 

「え、わ、はぁ!?む、無理だ!頼む、勘弁してくれ!」

 

ヨシダさんは首が折れるのではと心配になるほどの勢いで横に振り、全力で拒否したのだ。

その拒否の仕方はもはや悲劇的な勢いすらあった。

 

その反応にやや動揺しながらもエレグは食い下がった。

 

「ど、どうしても無理ですかね……?これまで同様自分が裏方でも……」

 

それを聞くとヨシダさんは泣きそうな顔になった。

そして、ヨシダさんは胃のあたりを押さえながら申し訳なさそうに、しかし切実な声で打ち明けた。

 

「す、すまないがエレグ……私に……代理代表は……もう、色々つらいんだ……そろそろ……降ろしてくれないか……」

 

言われた瞬間、エレグはこの案を諦めざるを得なかった。

 

(一体……何故そこまで追い詰められているのか?)

 

だが、しばらくして思い至る。

 

(――そうか。原因はおそらく、市長からの“呼び出し”だ)

 

あの誰が見ても詰んでいた公共工事を成功させ、今まで数多の新エリー都に対する貢献を果たしたマックスグループ。

世間の認識では、その中心にいるのは『代表ヨシダ・セイジ』ということになっている。

当然、その実績に目をつけた市長が彼を呼び出すのもある意味では自然だった。

 

もちろん当時のヨシダさんは完全に狼狽し、断りたがっていた。

だが市長の直々の要望とあっては断れず、企業運営はエレグが担い、その間にヨシダさんを市庁舎へ向かわせた。

 

……そして戻ってきた彼の姿はもはや“酷い”の一言では片づけられない状態だった。

 

青ざめた顔で首と胃を押さえ、言葉にならない呻きを漏らしながらソファに沈み込み、しばらく動けなかったのだ。

 

”ヨシダさぁぁぁん!?だ、大丈夫ですか!?”とエレグが思わず駆け寄ると、ヨシダさんは虚ろな目で何か呪文のように呟いていた。

 

「……私は……絶……むりで……虚……り……な……んて……」

 

聞き取れたのは断片だけだが、精神的ダメージの深刻さだけは痛いほど伝わった。

 

これ以上、ヨシダさんに心身の負担を背負わせるわけにはいかない。エレグはそう判断した。

 

仕方なく当初の予定通り、自分が正式にグループのトップに就任する道を選ぶことにしたのだ。

 

もっとも、年齢条件こそ今では満たしたものの、トップとは名乗った瞬間になれるものではない。

TOPSも世間も、そしてグループ内部ですら、年若いエレグがトップに相応しいかどうかを厳しく見極めようとするだろう。

 

働ける年齢になってからはヨシダさんの補佐として動いているし、グループの一部ではエレグが特別顧問としての実績を知っているだろうが、疑いは避けて通れない道だとエレグは確信していた。

 

「まあ、問題はないな」

 

実を言うと、エレグは自分個人としての価値を高めるため、企業運営の裏側で誰に知られることもなく黙々と学び続けていた。

 

現場で培った経験だけでは周囲が求める“正統性”には届かない。そう悟った彼は仕事が終わった後も端末の前に座り、通信制大学の講義をこなしていった。

 

やがて学業を修了し、正式な学位を取得すると、次に彼は自らの得意分野であるネットワーク防御の研究へと没頭した。

 

提出した論文は単なる理論ではなく、新エリー都のインターネット基盤に潜む致命的な脆弱性を具体的に洗い出し、そのまま都市全域の防御力を底上げできる実用的な提案で構成されていた。

 

同時に彼は自身の名義で堅牢な防御ソフトウェアを開発及び配布し、企業としてではなく“個人の技術者”として都市を守る力を示した。

 

この一連の成果はインターノットなどを含むSNSを通じ、都市の中枢に届き、その完成度から採用は即決された。

 

新エリー都のネットワークはエレグの提案によって全体的に補強され、市民はエレグに対するプラスの印象を抱き、より安全な環境を手に入れた。

 

そしてそれは、エレグにとってもう一つの確固たる実績。誰が見ても否定できない、“都市に対する貢献”の証となったのである。

 

(ここで過去の経験が活かせるのは僥倖だったな……。セキュリティの下層が全体的に向上するだけで四体のAIやレインみたいなトップ級のハッカー相手には通じないだろうが、そこは問題じゃない。依然として情報の不正利用は可能だからな)

 

一方で、財政ユニオン入りを見据えたもう一つの準備が密かに進んでいた。

 

TOPSは原則として個人兵力の保有を禁じている。

 

しかし、マックスグループが多業種を抱える巨大複合体であることを逆手に取り、エレグは目立たぬ形で民間軍事企業、マックスPMCを設立していた。

 

表向きは警備会社や治安官などの公的機関の職に就いていた者によるホロウ災害への対策を含める危機対処支援企業として運用され、表面上は法の範囲内に収まっている。

 

だが、実際には都市警備レベルの部隊運用が可能な準軍事的戦力であり、防衛軍からの脱走兵もいるし何より本命の”彼”も頭に据えている。

 

TOPS入り後に戦力保有で問題視されぬよう、元来所有していた戦力を加入時に認められたものとして扱える仕組み(言い訳)を彼は事前に構築していた。

 

それは確かに周りに危機感を覚えさせる動きだったが、新エリー都におけるマックスグループの都市貢献度は突出していた。

 

そして現在のTOPSは市政と対立関係にある。

 

マックスグループはその反対に市政との関係を良好に保ち続けていた。

市政がより信頼を寄せている企業を排除したところで、TOPSが得るものは何もない。

むしろ、敵対関係の中で市政に接近されたくない相手こそ、組織に取り込む道を選ぶだろうと、エレグは正確に読んでいた。

 

――そしてその予測は現実となった。

 

都市を底上げする技術を提供し、危機対応でも実績を重ね、独立系PMCによる治安サポート体制まで整えたマックスグループ。その全てを管理するマックス・コーポレーションがついにTOPS財政圏の一角として迎え入れられた。

 

エレグ・マックスはその中心に立ち、新エリー都の意思決定に直接影響を及ぼす存在へと昇りつめた。

 

エレグは一呼吸おき、整えた声で新エリー都市民へ向けて語り始めた。

 

「――新エリー都にお住まいの皆さま、はじめまして。私はマックス・コーポレーションの新たなCEO、エレグ・マックスと申します」

 

若年ゆえの疑念を真正面から受け止めるように彼は丁寧に言葉を続けた。

 

「このたび、マックスグループはTOPS財政ユニオンの一角として正式に迎え入れられ、私自身も都市の未来に大きく関わる立場となりました。ここまで至るまでには多くの方々の支えがあり、また、皆さまが日々都市を支えてくださったことによって、私たちはこの地で活動を続けることができました」

 

その声音は柔らかく、しかし確固としていた。

 

「旧都陥落。……零号ホロウの暴走という理不尽な災害により、全てを失った方、家族を亡くされた方、生活の基盤を奪われた方……その痛みや喪失が決して簡単に癒えるものではないことを私は理解しています」

 

エレグは一度言葉を切り、胸に手を当てる。

 

「しかし!その痛みを知っているからこそ、私たちは前へ進めると信じています!失われたものを“なかったこと”にするのではなく、そこから学び、より強く!より安全で!より希望のある居場所……新エリー都を築いていく!――それが私たちに課せられた使命です……!」

 

声に力が宿る。

 

「私は企業の代表としてだけでなく、一人の市民としてこの新エリー都をより良い都市にするために全力を尽くす覚悟です!技術、インフラ、防災、ネットワーク、防衛体制……これまで取り組んできたすべての知識と経験をこの都市に還元していきます!マックスグループは皆さまの生活を支える力であり続けることをお約束します!」

 

少しだけ目を伏せ、深く礼をする。

 

「どうか、私にこの都市を守らせてください!そして共に、新エリー都の未来を築いていきましょう……!」

 

顔を上げたエレグの表情には過去の痛みと未来への決意、その両方が確かに刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「あ~~……やっと目標達成。けどなんかもう、知らんところで事態が進行してそうで怖いんだけど……!」

 

TOPS入りは一つの到達点ではあったが、エレグにとって安堵の証明ではなかった。

むしろ、ここからが本番であることを彼は理解していた。

 

都市の頂点に近づけば近づくほど、闇に潜む敵もまた数を増す。

 

各社へスパイが送り込まれ、情報が吸い上げられ、傘下企業の幹部や社員にまで干渉が及ぶ。そんな事態は絶対に避けなければならない。

 

大企業群は表では笑顔で拍手を送るだろう。だが裏では、鋭く研いだ牙をひっそり隠している。

 

さらにこの世界には、讃頌会という危険組織まで存在している。

気を抜く理由など、どこにもない。

 

だからこそエレグは、グループ全体の管理体制を根本から作り直した。

 

元・経営統合会社は『マックス・コーポレーション』へと再編されていたが、そのCEOとしてエレグは傘下企業全体の要となる機能を担う組織に変貌させていた。

 

重要書類の確認、各社案件の審査、都市との交渉、技術承認、投資判断――。

本来なら複数部署に分散するべき業務をそのすべてが最終的にマックス・コーポレーションへ集約され、最終決定権はエレグ一人に帰結する仕組みとなった。

 

機密度の低い書類処理やデータ確認を行う事務職員、清掃や電話対応などのスタッフは最低限配置されているが、重要事項の判断はすべて彼自身の手で完結する。

 

各事業部門は通常通り稼働するが、最終局面で外部の手が混じる余地は一切存在しない。

 

さらに、外部の介入を排除するための”静かな仕組み”を整えていた。

 

ドクが設計した各企業の防衛設備及び監視ネットワークには、特異な能力を持つエレグだけが秘密裏にアクセスできる裏回線が組み込まれている。

 

傘下企業でどんな動きが起きても、誰がどこで何を企んでいても、エレグはアクセスした瞬間に大まかだが企業の動きを把握することができる。

 

上層が現場を直接知れる仕組みは情報が伝わる過程で改変されるリスクを限りなく減らし、防犯だけでなく運営そのものを“ほぼリアルタイムで管理する”という新たな利点まで生み出した

 

もちろん、一人ですべてを抱えるには荷が重い。

だが、判断を他者に委ねればその瞬間、グループの中枢に“穴”が生まれる。

 

エレグはそれを許さなかった。しかし――、

 

「いやいや死ぬ死ぬ……!何だこの体制、頭おかしいだろ!?データ処理は最適化してるけど、紙の書類だけはどうにもならんのですが!?誰だこの仕組み考えたやつ!!……あ、俺か……」

 

エレグはそのタスクに喘ぎ、完全に自滅しかけていた。

 

「……いや……落ち着け。今までは捌けてたし、新体制に移行したばかりなんだ……忙しいのは当然……。各部署から申請が大量に来るのは分かってた……!この仕組みが定着するまでは我慢の時……!ヴィクトリア家政に入ったクロエを早速雇って、ダイさんにも協力頼んで……なんとかなる……はず……!」

 

こういう時に頼れるのは元から秘密を共有している仲間たちだけである。企業機密とか部外者とか知ったことではない。何故なら企業で一番偉いのは自分なのだから。

 

「マオは……そうか、”例の薬”の作成と医療系の資格を“全取り”しに行っているんだった……。ドクも同様にその分野の資格取得と並行して”俺らの装備”を開発してくれてるから……、二人は無理そうだな」

 

とりあえずの応急処置として仲間に手伝ってもらうしかない状況だった。

 

だが同時に、彼らは新たな“影の立場”を構築しはじめていた。

 

この新エリー都は表の組織だけでは対応できない脅威が必ず増えていく。闇に隠れる悪意は蛆のように湧く。

 

これらに対抗しようと考えたきっかけはドクが密かに完成させた発明品だった。

外骨格にも近い精密金属スーツ。

防護と強化機能を備えながら、排熱・駆動音を抑え、装着者の生体反応を遮断できる特殊機能で覆われている。

 

明らかに軍事技術寄りの代物で、正式採用すれば即座に規制の俎上に上がるような危険物だった。

 

「企業防衛用だからセーフ!」

 

などというドクの謎理論をエレグは即座に却下したが、それとは別に、スーツが持つ“用途”にある可能性を見出していた

 

――敵が裏から干渉してくるなら、こちらも裏で応じるべきだ。

 

その考えを仲間たちは一瞬で理解し、同意してくれた。

 

こうして、表のマックスグループとは別に”影で動く特殊組織”が静かに誕生した。

 

目的は主に一つ。

都市の秩序を乱す裏工作を、裏から正し、根ごと断ち切ることである。

 

それはやがて“新エリー都の伝説”として語られる組織へと発展していく。

 

管理体制と暗躍部隊。その二輪構造によって、マックスグループは外部の干渉を一切許さない鉄壁の要塞へと成長した。

 

そして、この判断が間違っていなかったことはすぐに証明される。

 

後に競合企業や敵対組織が仕掛けてくる数々の妨害を、彼らは表裏の両方から未然に摘み取り、裏組織による密かな攪乱すら跳ね返す盾となっていったのだ。

 

――しかし、その中心で回り続けるエレグの負担はすでに限界に近づいていた。

 

大量の書類は毎日山のように積み上がり、深夜の会議室には彼の端末だけが光を放ち続ける。

TOPS入りがもたらす新たな案件は増加の一途をたどり、決裁印を押すたびに、彼の肩に乗る重みが増していく。

 

「どちらにせよみんな原作開始には持ち場に着くんだから、やっぱり信頼を預けれる人物を雇わないといけないな……。そうだ、秘書を……」

 

CEO直下の秘書。

 

それは鉄壁の組織に唯一“突破口”を作る存在であるという現実も意味する。

だからこそ人選は慎重を極める必要がある。

 

だが、今までの自分の功績を振り返り、エレグは苦笑を漏らす。

 

「いや、俺……TOPSにまで登り詰めて、ヨシダさんという頼れる大人の協力者まで得て、ここまで全部乗り越えて来たわけだし……。今さら秘書一人雇うのを怖がるとか……逆に神経質になり過ぎでは?」

 

”一人くらいなら直接監督できるだろう”という、心の隅で芽生えた油断にも似た感情が彼の判断に微かな揺らぎをもたらしつつあった。

 

仲間全員が表も裏の立場を構築し、後は本番を待つのみである。

 

そして同時に――、

 

エレグが本当に信頼できる秘書を迎える準備もまた、始まりつつあった。

 





以上、みんなで作り上げたマックスグループと裏陣営の結成の過去編終了です。
まあヒールについてあまり触れなかったのは仲間それぞれの過去編がまだあるかもしれないからで……。

次回から原作軸に戻ります。



―マックスグループについて補足―

実績こそ申し分なかったものの、グループ内から見ればエレグのCEO就任は気づけば知らない若者が急にその座にいたように映ったかもしれませんが、しかしその裏ではヨシダさんが必死に各方面へ奔走し、「彼なら必ずやり遂げる!任せて大丈夫だ!」と粘り強く推薦し続けた尽力があったためです。
当初は「ヨシダ代表がそこまで言うなら……」という半信半疑の空気が漂っていたましたが、若くとも礼節を忘れない姿勢と、グループ全体を的確にまとめ上げる手腕が認められ、最終的には皆が納得する形になった感じです。

エレグCEOが運営において最も神経を尖らせているのは、外部からの妨害や水面下での工作ですが、その次に重視しているのが傘下企業とその社員たちの管理です。
彼は過去の経験から労働者がストライキに至る過程を熟知しており、そのため待遇改善や教育体制の整備に力を注いでいます。特に教育面については、他のTOPS所属企業ではその社員を含めて市民を見下すような傲慢な態度が蔓延しがちであり、同じ轍を踏んで企業イメージを損なうことをエレグCEOは何より恐れているのです。

そのためエレグ自身は市民を含む誰に対しても腰の低い姿勢で接しつつ、決して軽んじられないような絶妙な雰囲気を保つことを心がけています。……まあこれがよく誤解を招いていたのですが。

トップである彼が謙虚に振る舞うからこそ、部下が尊大な態度を取ることが許されない空気が自然と生まれているのです。

こうした姿勢もあって、原作開始直後の新エリー都におけるマックスグループの企業イメージは、他のTOPS企業に比べるとまだ良い方だという程度にとどまりました。それはマックスグループが特別な印象操作を行っているわけではなく、単に他のTOPS企業が市民からのヘイトを買いすぎているためでもあります。
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