転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
ええ……。クリスマスは一人ですが(血涙)!ゼンゼロを楽しんでいきましょう!
素敵なファンアートを頂きました!
ありがとうございますっ……!助かります……!本当に、助かりますっ……!
これにより作者は精神的に救われ、心から感謝の念を抱いています!
―転生者メンバーの心象映画完凸風AI画像―(上からダイナ、エレグ、マオ、クロエ、ドク)
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全員分を用意してくださるとは太っ腹すぎます!全員素晴らしいですね。なかでもダイさんがひときわセクシーです(迫真)!
buzz_by様、ありがとうございました!
―エレグ・マックスのサイン―
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これは凄い……!エレグの名前の文字に、アンテナと電気らしきマークが見える!発想力とデザインに脱帽です……!
ウルト兎様、ありがとうございました!
アキラはイアスを通じて六課と合流し、バレエツインズへと向かっていた。
だが、その前段階。六分街での一件は今思い返しても胃の奥がひやりと冷える出来事だった。
ビデオ屋のレジ奥の部屋。アキラが店に帰宅してから間もない頃、突如H.D.Dシステムが外部から襲撃を受け、フェアリーが沈黙してしまったのだ。
”これって……!システムがまた攻撃されているの!?新エリー都に、フェアリーのガードを破れるやつなんていたの……!?”
リンとアキラが狼狽えるが、フェアリーは正確には完全に停止したわけではなかった。
だが演算は遅延し、応答は曖昧になる。頼みの綱が半ば手から滑り落ちたような感覚だった。
その直後。
――コン、コン。
唐突に店の表側から控えめだがはっきりとしたノック音が響いた。
”ごめんください!市政選挙の期間中、六分街のパトロールを担当する治安巡査の者です!すみませんが、ドアを開けて頂けませんか?”
外部からのH.D.Dへの攻撃と治安局の訪問がほぼ同時に発生したのだ。その間隔はあまりにも短すぎ、偶然と呼ぶには出来すぎていた。
狙いすましたかのようなタイミングでの家宅捜索。
フェアリーが機能不全に陥った状態で治安局に踏み込まれる。それは正しく最悪の展開だった。空気が張り詰め、アキラとリンは一瞬、詰んだと感じた。
リンが慌てて応対に向かい、治安官たちの注意を引きつける。
アキラはその背後で必死に隠蔽を試みた。だが、完全に焼け石に水だった。
このまま踏み込まれれば、プロキシであるという事実は時間の問題で露呈する。
そうなれば、二人揃って連行されるのはほぼ確実だった。
言い訳も、逃げ道も残されていない。
治安官の手が扉のノブへと伸びる。
金属が触れ合う、かすかな音。
扉がわずかにきしみ、開きかける。
(――もう駄目だ……!)
そう諦めが思考を塗り潰した、その瞬間だった。
――ガッシャーン!
「すぅ……キャーーーー!」
隣のカスタムショップから耳を劈くような金属音が轟いた。
続いて、何かが激しく床に叩きつけられたような衝撃音と間髪入れずに甲高い悲鳴が響き渡る。
あまりにも切迫したその声は、まるでサスペンス映画で遺体を発見した第一発見者のそれだった。
悲鳴と騒音が重なり、六分街の空気が一気にざわめく。
後になって分かったことだが、原因は実に単純だった。
ドクが客から整備を頼まれていた大型家具を誤って落とし、それがきっかけで周囲の機材が次々と倒れ、装置が暴走しただけらしい。
完全な事故であり、エンゾウ含め、何が起きたのか分からずに、現場は半ばパニックに陥っていたという。
だが、その騒音はあまりにも派手だった。
治安官たちは即座に反応し、「何だ!?」「事件か!?」と声を荒げながら注意を一斉にそちらへ向ける。
最悪の事態を想定したのか、アキラたちへの確認もそこそこにカスタムショップへと駆け出していった。
その結果、ビデオ屋からは視線が外れた。
さらにその後、事情を把握している朱鳶と青衣の特捜班が臨検を引き継ぐことになり、捜索は一時中断される。
こうして、アキラたちは辛うじて難を逃れた。
計画でも策略でもない。ただの偶然が致命的な事態を回避させたに過ぎない。
――因みに、隣のカスタムショップについては、店長であるエンゾウが責任者として事情聴取と書類記入のため治安局に連れて行かれる羽目にとなった。
ーーーーーーー
「……さて、皆。H.D.Dシステムにはちょっとした問題があったけど、フェアリーがパールマンのバイタル信号を見つけたんだ。彼を奪還しに行こう」
「了解した」
アキラのその一言で、雅率いる対ホロウ六課は臨戦態勢に入る。
ホロウの中にそびえる建物は外観こそ華やかだが、内部に足を踏み入れた瞬間から露骨な敵意を放っていた。ここが罠であることはもはや疑いようがない。
パールマンは逃走対象ではなく、こちらを引き寄せるための餌として使われている。
その確信は建物内に張り巡らされた配置の緻密さが裏付けていた。
通路、階段、吹き抜け、監視の死角。考え得る限りの要所に敵は潜み、待ち伏せの意図は明白だった。
だが戦闘が始まった瞬間、その周到さは意味を失った。
「ぐぁあ!?」
「ば、化け物!」
六課の実力は常識の枠を軽々と踏み越えていた。
動きは無駄がなく、判断は速く、連携は言葉を必要としない。
敵の攻撃は放たれる前に潰され、反撃は反応が追いつく前に終わる。銃声や衝撃音は連なっていたが、それは彼女たちの進行を妨げるものではなく、ただ障害物を排除していく作業音のように響くだけだった。
「す、凄い……!」
雇われた傭兵たちはあまりにも力量が足りなかった。
経験の差というより、覚悟の差だった。六課は普段からホロウに足を踏み入れ、帰還できる保証のない場所で戦い続けている。命を賭ける理由を持たない傭兵たちが日常的に命を懸ける六課を止められるはずがなかった。
アキラは戦闘の真っ只中にありながら、奇妙な余裕を覚えていた。
「前方に伏兵発見。……あれで隠れてるつもりなんですかね?」
悠真の声には緊張よりも呆れが滲んでいた。
「浅羽隊員、油断はしないように」
即座に返る柳の注意も、叱責というより確認に近い。
六課の面々には軽口を叩けるだけの余裕が残っていた。
進行は以前として問題なし。しかし油断は決してしない。
何故なら既に六課は目の前で”守るべき一人の人間”を失ってしまっているからだ。
その事実が全員の足取りを自然と引き締めていた。
建物の奥へと進むにつれ、自然とエレグの存在が意識に浮かぶ者が増えていく。
無言のままでも、それが共有されていることは分かった。
(……エレグ・マックス)
彼は、新エリー都の発展に大きく貢献した大企業グループのCEOだった。
その名は行政、経済、裏社会のいずれにおいても広く知られ、知らない者を探す方が難しいほどだ。
都市の経済を押し上げる原動力であると同時に、表に出せない利害や衝突を静かに調整する潤滑剤としても機能していた。
彼が一つ判断を下せば、いくつもの企業が動き、いくつもの火種が鎮まる。
その存在は個人という枠をはるかに超え、都市の均衡そのものに組み込まれていた。
だからこそ、その死は単なる一個人の喪失では済まされない。
とりわけ、六課の中で星見雅と月城柳の記憶にはエレグという存在が強く刻まれている。
星見家は代々続く名家であり、雅の父親は各方面との交流が深い人物だ。
式典や会合、非公式な席に至るまで顔が利き、自然と人が集まる中心に立つことも多かった。
そうした交流の場で、エレグがCEOに就任する以前に代表を務めていたヨシダと頻繁に言葉を交わしていたという。
それはヨシダという人物を気に入ったのか、それとも単純に気が合ったのか。
出会うたびに父は決まって娘である雅の話を持ち出し、自慢するように語ったらしい。
目に入れても痛くないほど可愛いだの、剣を握らせればその実力は誰にも引けを取らないだの、
そして何より、次代を生きる覚悟をすでに備えているのだと、誇らしげに口にする。
親としての自慢と、名家の当主としての期待とが入り混じった、実に分かりやすい“親ばか”だった。
連絡を取るたびにそんな話を聞かされるものだから、雅としては正直なところ非常に勘弁してほしい話ではあった。
それでも、その語り口に偽りがなく、深い愛情が込められていることを雅自身が誰よりも理解していた。
そして、それに応じるように、ヨシダもまたエレグの話をしたという。
若くして重責を背負い、都市と企業、その両方を同時に見据えることのできる稀有な存在だと。
次代を担う代表として申し分なく、いずれは新エリー都の象徴の一人になるだろうと、誇らしげに。
血の繋がらない関係でありながら、その眼差しはまるで我が子を語る父親のそれだったという。
期待と信頼、そして確かな未来への確信が言葉の端々に滲んでいた。
雅はその話を思い返しながら、胸の奥に沈んでいくものを感じていた。
静かで、重く、抗いようのない感情だった。
実際に接したエレグの姿は聞いていた通りだった。大企業のCEOでありながら驕らず、軽薄に見える態度の裏で周囲をよく見渡し、”最期の時まで”他者のために動く人物だった。
――聞いた通りの人物だった。
そう理解できてしまうからこそ、その喪失は重くのしかかった。
「パールマンの声が聞こえました。”彼”もいるかもしれないので慎重に向かいましょう」
柳が低く声を上げ、皆を先導する。
月城柳にとっても、エレグという存在は決して無関係ではなかった。
過去に、直接言葉を交わした記憶こそない。
だが、彼の率いていた企業グループは柳自身の過去と深く結びついている。
旧都陥落後、世界が混乱の渦に沈んでいた時代。
柳は防衛軍に所属し、反乱軍と激しく対立していた。その反乱軍に与していた鬼族は当時、防衛軍にとって明確な敵だった。
戦場で幾度となく刃を交え、互いの血を地に吸わせてきた相手。
そこに理解や和解といった余地はなく、あるのは殲滅か生存か、その二択だけだった。
だが、戦況が傾き、鬼族を根絶やしにするための防衛軍による総攻撃が目前に迫った頃。
このままでは、ただ憎しみと犠牲だけが積み上がると感じた柳は、たった一人で戦地の只中へと足を踏み入れた。
そこで出会ったのが、まだ何も知らない幼い蒼角だった。
戦争の意味も、敵味方の区別も理解していないその存在が、砲火の下に立たされている現実に柳は耐えられなかった。
直後に降り注いだ爆撃から蒼角を庇い、柳は傷を負った。
意識を失った彼女が次に目を覚ましたのは鬼族の集落だった。
捕虜として対面したのは族長の座を継いだばかりの女赤鬼。
だが彼女はすでに末期の病に侵され、長く生きられない身だった。首謀者であった前族長、彼女の父は戦死し、鬼族にはもはや戦う理由も未来も残されていなかった。
元より平和を望んでいた彼女は柳の必死の訴えを信じた。
防衛軍への降伏、戦争の終結。その代償として自らの首を差し出すことを選び、さらにその血を柳に分け与えた。
それは鬼族の力と責任、そして和平への導きを託す、重い選択だった。
こうして柳は後天的な人と鬼の混血となった。
鬼の身体能力を受け継ぎ、同時に鬼族の未来を背負う存在となった。
蒼角は彼女の中に“姉の匂い”を見出し、自然と懐くようになった。
そこに打算はなく、ただ無垢な信頼だけがあった。何も知らない幼い子供の曇りのない笑みだった。
柳は族長代行として鬼族を庇護する。蒼角が成人し、次期族長となるその日まで後見人であり、保護者として彼女を導いていくと決意したのだ。
――そして、かつて反乱軍と共に戦っていた鬼族を、正式に雇用し、社会の一員として迎え入れたのがエレグの企業グループだった。(当時の代表はヨシダ)
武力ではなく、排除でもなく、仕事と居場所を与えるという選択。
どの企業も見向きもしない中で、かの企業のみが真っ先に手を差し伸べたのだ。
それがどれほど困難で、どれほど覚悟の要る決断だったかを柳は痛いほど理解していた。
だからこそ、エレグの死は柳の胸に静かで深い衝撃を残していた。
エレグは知らず知らずのうちに柳が命を懸けて守り続けてきたもの。鬼族の未来と、蒼角の居場所を同じ方向から支えていた存在だったのだ。
建物の奥へと進む中で柳は無意識に拳を握りしめていた。
失われたものの重さと、その続きを断ち切らせないという決意が静かに胸の内で燃えていた。
戦場を進む足取りは止まらない。敵は次々となぎ倒され、建物の奥へと踏み込んでいく。
その先に待つのが囮として使われたパールマンであり、そしてエレグの死が意味する“続き”であることを誰もが理解していた。
ーーーーーーーー
包囲網を引いていた傭兵を薙ぎ倒し、部屋の向こうで、見覚えのある男の姿があった。
「のわあああ!い、いいところに来た。は、早く助けてくれぇ !」
床に座り込んだまま、パールマンが情けない声を漏らす。
拘束されておらず、血も流れていない。命に別状もなさそうだ。
ただ、顔色は紙のように白く、脂汗が額から頬へと伝っていた。
彼が精神的に限界に近いことは一目で分かった。
そんな彼を余所に六課の面々は部屋の周囲を見渡すが、エレグの遺体はどこにもなかった。
郊外における傭兵団の襲撃。パールマンが攫われるのと、ほぼ同時に彼の死体が消失した以上、パールマンと同様に連れ去られたのだと、誰もが当然のように考えていた。
だが、室内に残された痕跡はその推測を静かに否定していく。
引きずられた跡はない。
血痕も、運搬に使われた形跡も見当たらない。
「課長、どうやら”彼”はいないようですねぇ」
斥候の悠真が慎重に言葉を選びながら報告する。
感情を抑えた静かな声だったが、その一言は重かった。
「そうか……」
「……パールマン、エレグは見なかったか?」
アキラの問いに、パールマンは首を振る。
「し、知らん!ここに直接連れて来られたのは私だけだ……!他に誰かが運び込まれた様子もなかった!そ、それに死体など使い道が無かろう!?どこか適当に棄てたんじゃないのか!?」
嫌な沈黙が落ちる。
空調の低い唸り音だけがやけに大きく耳に残った。
その瞬間。
――ドンッ!!
鈍く、重い衝撃が足元から突き上げた。
建物全体が大きく揺れ、壁に掛けられた照明が激しく揺さぶられる。
「っ!なんだ?」
続けざまに遠くで爆発音。
天井から粉塵が舞い落ち、警告音が一斉に鳴り響く。
「近くで爆発が起きるかもしれない!早くここから離れよう!パールマン、あんたも連れ出すからついて来てくれ!」
アキラが即座に判断を下し、離脱を促す。
それに被せるように雅の鋭い声が飛んだ。
「急げ、脱出する!」
爆発は連鎖し、バレエツインズの構造体そのものを軋ませた。
床が割れ、壁が崩れ、警報は悲鳴のように鳴り響く。
「裂け目だ!」
誰かの叫びと同時に一行はホロウの裂け目へと雪崩れ込んだ。
黒く歪んだ光が視界を焼き、音も重さも感覚も、すべてが一瞬で遮断される。
ホロウ特有のエーテルの重く不吉な圧迫感が嘘のように消え去った。
――が、次の瞬間。
「これはこれは……本当に予想外の選逅だ!」
軽やかで、どこか芝居がかった声が澄んだ空間に響いた。
その声音はホロウからの帰還に伴う違和感とはまったく別種の不快な冷たさを帯びていた。
「……えっ?」
アキラが呆けた様に声を零す。
「ブリンガー……」
雅が警戒するように、その者の名を口にする。
視界が戻った先にいたのは、部下を従え、余裕の笑みを浮かべるブリンガーだった。
整然と展開する治安局員たち。警戒の視線は六課へと向けられている。
まるで最初からここに出てくることを知っていたかのような配置だった。
ブリンガーは六課の背後にいるパールマンを一瞥し、わざとらしく肩をすくめた。
「パールマン!ヴィジョン・コーポレーション事件の黒幕め。司法府の飛行船を乗っ取り、郊外に逃げたかと思えば、選挙というデリケートな時期に乗じて街に戻ってくるとはな。よほど治安局に捕まりたいと見える!」
次に向けられた視線は、はっきりと六課へと据えられる。
値踏みするような眼差し。口元に意地の悪い笑みが浮かぶ。
「それと……H.A.N.D.所属、対ホロウ六課の執行官諸君か」
「重大な被疑者と行動を共にしていたということは、彼のホロウへの出入りを幇助していた可能性も否定できんな」
胸を張り、威厳ある声で告げる。
「ヤヌス区治安総局副総監の名において、治安総局でじっくりと話を聞かせてもらおうか?」
完全に出来上がった筋書き。逃走犯の確保、共犯関係の疑い、職権を盾にした一斉拘束。
状況は一気に六課へと不利に傾いた。
ブリンガーの視線が狙い澄ましたように星見雅へと向く。
口角が愉悦を隠すことなく吊り上がった。
「星見雅課長。君には重要事件の犯人、パールマンと不正な取引をしていた疑いがある。君の部下とともに、我々とご同行願おうか」
彼がゆっくりと手を上げると同時に部下たちが一斉に武器を構えた。
銃口が揃ってこちらを向く。
(――ここで六課を一網打尽にできる……!)
その確信と高揚がブリンガーの表情には隠しきれず浮かんでいた。
まるで、長い時間をかけて仕上げた舞台が今まさに幕を開けたかのように。
――しかし、
「――お待ちください、ブリンガー長官!」
低く、しかしはっきりとした声が響いた。
六課の副課長、月城柳が一歩前に出る。
銃口がこちらを向いている状況でも、その足取りに迷いはない。
「……ブリンガー長官。先ほどあなたは、パールマンが重大事件の被疑者であり、我々六課が彼と協力関係を持っている可能性がある、と示唆されましたね」
確認するような口調。だが、その視線はすでに逃げ道を塞いでいる。
ブリンガーは腕を組み、余裕を装った笑みを浮かべた。
「その通りだ。状況を見れば、そう判断するのが自然だろう?」
「“状況”、ですか」
柳は一拍置き、淡々と続ける。
「どうやらあなたは誤解をしているようです。前提を確認させてください。治安局はパールマンがヴィジョン・コーポレーション事件後、郊外へ逃走し、長期間潜伏していたと認識していた。――ここまでは間違いありませんね?」
「ふん……回りくどいな。ああ、その通りだ。郊外は広大だ。人員を無制限に割けず、結果として半ば放置していたことは誠に遺憾だったがね。しかし、その悩みももう解決されそうだ」
即答ではない。言葉を選ぶ間があったことを柳は逃さない。
「結論を急がないで下さい。では、その間に彼の身柄確保を最優先とする正式命令の記録が、なぜ極端に少ないのです?」
「……潜伏先の特定が困難だった。それだけの話だ」
「困難?」
柳の声が、わずかに低くなる。
「それはおかしな話ですね?重要被疑者に装着された治安局の追跡チップが、正常に機能していたにもかかわらず、ですか?」
「な……」
空気が一瞬、凍りついた。
「彼の耳の後ろに埋め込まれた小型チップは現在もパールマンの位置情報を送信し続けています。副総監であるあなたなら、その仕様を知らないはずはありません」
ブリンガーの表情が、ほんの一瞬だけ強ばる。
「……それが何だという」
「説明がつかないというだけです。あなたの言う“状況”そのものが、です」
柳は淡々と言い切った。
「追えなかったのではない。追う必要がなかった。――そう考えれば、すべてが自然に繋がります」
「……月城君。君は何を言いたいのかね?」
「事件の黒幕が、治安局内部にいた可能性です。それも、現場を統括できる立場の人物が……」
ざわり、と治安官たちの間に小さな動揺が走る。
ブリンガーは鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。推測に過ぎん」
「では、次です」
柳は一切怯まない。
「ヴィジョン事件の初動対応。エレグCEOの企業傘下の民間軍事会社に続き、最初に現場へ展開したのは、あなたの指揮下の部隊でしたね」
「……、治安局として当然の対応だ」
「白祇重工で“怪物”の残骸が確認された際、特捜班に続き、真っ先に現場を押さえたのもですか?」
「……」
「パールマン護送に使用された司法府の飛行船。その手配と航路決定は、どの部署の権限でしたか?」
柳は静かに結論へ踏み込む。
「事件の節目ごとに、同一の指揮系統が介在している。――すべて、あなたの権限のもとに」
「……っ!」
ブリンガーの口元が歪む。
周囲の空気が、はっきりと変質した。
「短期間に連続して起きた重大事件。その全てに同じ人物の影が繰り返し浮かび上がる以上、無関係と判断する方が不自然です」
「ヴィジョン事件の裏で糸を引いていた真の黒幕――その可能性が最も高い人物が誰なのか。ここまで来れば、明白でしょう」
ついに、ブリンガーが声を荒げた。
「貴様……!治安局副総監を前に、何を根拠にそんな――!」
「根拠なら、今この場であなた自身が示しています」
柳は一歩も退かない。
「説明を求められて答えられず、記録を突きつけられても否定できない。その態度こそが、我々の”馬鹿馬鹿しい”仮説を裏付けています」
「………っ!」
静寂。
治安官たちの間に、はっきりとした動揺が走った。
誰もが視線を泳がせ、銃口の向きを確信できずにいる。
冷静に、論理的に。
ブリンガーの言葉の綻びを一つずつ突き、逆に追い詰めていく。
かつて六課の前で、亡きエレグが示してくれた論理と証拠。
それが今、柳の言葉を通して再構築され、鋭い刃となって突き返されていた。
ブリンガーの表情に明確な焦りが滲み始めた。
うぐ、と喉を鳴らし、ブリンガーはわずかに顔を歪めた。
柳と正面から向き合ったまま、反論の糸口を探るように視線が泳ぐ。
反論など与える隙を無くし、さっさと捕らえればよかったと内心後悔し始めていた。
そのときだった。
「……!」
ブリンガーは不意に震えた”耳元に装着したインカム”へと意識を向けた。
ごく短い通信。だが、その内容を聞き取った瞬間、ブリンガーの眉がぴくりと跳ね上がった。
次いで、何かが腑に落ちたように口元が歪む。
先ほどまでの焦燥は消え、代わりに浮かんだのは余裕を取り戻した笑みだった。
「ふん……なるほどな」
肩をすくめ、軽く息を吐く。
「自分たちの行いは棚に上げて、私にありもしない疑いを着せるとは。六課も、随分と大胆になったものだ」
「……?」
その言葉に違和感を感じたのは柳だけではない。ブリンガー自身の言葉というよりはどこか言わされているような、”突如台本を与えられた”ような感覚であった。
そう言って、ブリンガーは指先で空中をなぞる。
直後、治安局員の端末にデータが共有された。
「これが何かわかるかね?対ホロウ六課が郊外で目撃された画像記録だ」
「!?」
低い声が響く。
「この時期に君たち六課が郊外にいたという証拠が、こちらにはある」
柳の表情が、ほんの一瞬だけ強張った。
それを見逃さず、ブリンガーは畳みかける。
「なぜだ?選挙を目前に控えた、極めて敏感な時期だ。なぜ君たちは、わざわざ郊外に出向いた?」
問いかけというより、確認。
答えを要求するというより、揺さぶり。
柳は唇を噛んだ。
(まずい……)
郊外で起きた出来事が掘り返されれば、必然的に“エレグの死”に辿り着く。
新エリー都の発展を支えた大企業グループのCEO。
その突然の不在は、いずれ必ず誰かが気づく。
郊外では、彼の企業が事業を展開している。
関係者も多い。
今はまだ表沙汰になっていないのは、企業側が混乱を避けるため、徹底した情報統制を敷いているからに他ならない。
だからこそ――。
今ここで真実が露見するのは最悪だった。
だが、柳は同時に理解していた。
(……彼の死はブリンガー長官にとっても、都合が悪いはず……)
パールマンはいつでも捕まえられた、かつ言葉の要所要所で身分を誇示していたことから彼の狙いは、”次期治安総局総監の座”であることは間違いない。
選挙の最中に、新エリー都を象徴する人物の死が明るみに出れば、街は確実に混乱する。
治安の失態として、その責任がどこへ向かうかは明白だ。
――つまり、互いにこの場では踏み込めない。
柳の中で、判断が下された。
(痛み分けで凌ぐしかない)
今ブリンガーを完全に追い詰めるのは諦める。
代わりに、この場を切り抜け、時間を稼ぐ。
彼女の視線が、課長である雅へと向けられる。
わずかな仕草。
だが、雅は即座に意図を汲み取った。
次の瞬間。
「な、何をす――うわあああ!?」
雅は一歩踏み出し、躊躇なくパールマンを掴み上げると、そのままホロウの闇へと投げ飛ばした。
「――っ!」
ざわめく治安官たち。
「星見雅!?一体何をしている!」
荒ぶるブリンガー。
雅は静かに、しかしはっきりと告げる。
「……部下たちは関与していない。この一件は私の独断だ。判断も、行動も、すべて私一人が行った。部下たちは私を止めるために、監視するために同行していたにすぎない」
「捕えたければ捕えればいい。私だけを――な」
その言葉にブリンガーは一瞬、目を見開いた。
「……正気か?そんな言い訳が通るとでも――」
再度声を荒げかけた、その時。
再び、インカムが震える。
「……っ!……ち」
ブリンガーは舌打ちをし、耳元を押さえた。
短い沈黙の後、苛立ちを押し殺したように息を吐く。
「……いいだろう。お望み通りにしてやる!」
「ヤヌス区次期総監の名において……対ホロウ六課課長、星見雅!公共の安全を脅かした容疑により、逮捕する!」
治安官たちが動き出す。
雅は抵抗せず、そのまま拘束された。
連れ去られていく背中を柳たちは、ただ見送るしかなかった。
その直後。
残された六課へと、治安官たちの銃口が向けられる。
ためらいは一切ない。
――攻撃。
初めから計画されていたかのような迷いのない動きだった。
「退きます!皆さんホロウへ!」
当然、次にとるだろう動きを察していた柳の号令と同時に、六課は散開する。
銃撃を掻い潜りながら、再びホロウの裂け目へと身を投じた。
雅を使って時間を稼いでいるうちに果たす目的は二つ。
投げ飛ばされたパールマンの回収。
そして白祇重工に赴いてブリンガーにとって不利な証拠の確保であった。
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
再度パールマンを確保し、ホロウから離脱した柳たちはほとんど足を止めることなく白祇重工へと進路を取った。
裂け目を抜けた瞬間、外界の空気が重く肺を満たし、戦闘の余韻がまだ身体から抜けきらない。
その中で柳の表情だけが僅かに曇っていた。
(私はなんと愚かな判断を……いえ、反省は後。今は与えられた役割を果たすべき時ですね)
焦りを押し殺し、柳は前を向いた。
移動中に通信回線が開かれた。
アキラ、朱鳶、そして六課で持ち寄られた情報が次々と共有されていく。
郊外でのホロウ内部。
雅の刀が妙な“狐火”を纏い、制御不能となってしまったことを思い出したというアキラの証言。
それは単なる刀の暴走ではなく、何者かの策略を感じさせる異質さを帯びていた。
敵の狙いは一つではない。
いや、むしろ。
――星見雅、彼女そのものが狙われている可能性がある。
その言葉が通信の向こうで重く落ち、柳はその予想外の仮説を否定できなかった。
さらに、朱鳶から届いた情報が場の空気を一段階引き締める。
間もなく始まるブリンガーの演説。
そこにはヴィジョン・コーポレーション事件の関係者が招待されている。
そして、あの事件で決定的な存在感を示した”マックスグループの関係者”も、正式に出席を表明しているという。
エレグはもういない。
となれば、表舞台に立つのは自然と”ヨシダ社長”ということになる。代理として、或いは代表としては申し分ない人物である。
通信が一瞬、静まった。
誰もが同じ違和感を抱いているのが言葉にしなくとも分かった。
きな臭い。あまりにも出来すぎている。
もし敵の狙いがエレグ個人ではなく、企業グループそのものだったとしたら。
その象徴が一堂に会する場で、何も起きないと考える方が不自然だ。
柳の胸に冷たいものが走った。
(……判断を、誤ったかもしれない)
雅を切り離し、あの場を凌ぐ選択。
それが最善であったと信じたい一方で、後手に回った可能性が脳裏をよぎる。
だが、その不安を察したように隣にいた悠真と、通信の向こうからアキラの落ち着いた声が届いた。
「いや…僕たちは課長を追うべきじゃないと思いますよ」
蒼角も言葉は少なくとも、同意する意図を伝えてくる。
「ナギねえ……わ、わたしも、今回だけはハルマサの言う通りかなって …!こんなことめったにないんだし、たまには聞いてあげようよ?」
「蒼角ちゃんさぁ……けっこう傷つくよ?それ……まあでも、賛成してくれてありがとう」
通信からは朱鳶が明確に告げる。
「雅は私が追跡します。さっきも言った通り、囚人護送車の位置は特定できますし、私も治安局の人間ですから……容易には疑われないかと。それに……護送車は会場へ向かっているようですし、こちらで対処します」
冷静で、揺るぎのない判断だった。
全てを追おうとして破綻するより、役割を分けるべき局面だ。
「演説会場と、雅さんの件は僕たちに任せて。柳さんたちにはパールマンと証拠を確実に押さえてほしい」
柳は一度深く息を吐いた。
胸に溜まっていた不安を強引に吐き出す。
――任せるしかない。
自分たちが今すべきことは迷うことではない。
六課として、果たすべき役割を全うすることだ。
「……分かりました。雅と会場の件、どうかよろしくお願いします」
短く答え、柳は前を見据えた。
視線の先には、白祇重工の作業現場が浮かび上がる。
不安を完全に振り切れたわけではない。
だが、それでも歩みは止めない。
それぞれが、それぞれの戦場へ向かっている。
そしてそのすべては、まだ一つの戦いの途中だった。
ほどなくして、柳たちは白祇重工へと到着する。現場は巨大重機の稼働音と照明に満ち、いつもと変わらぬ日常を装っていた。
回収したパールマンをこれ以上六課の手元に置いておくのは危険すぎる。
彼は歩く証拠であり、同時に消されるべき標的でもある。
ここで確実に守り切れる場所へ預けなければならない。
柳たちを迎え入れたのは白祇重工の社長、クレタだった。
年若い少女。
外見を見れば経営者とは思えないが、背筋を伸ばし、柳の話に耳を傾けるその姿には一切の軽さがなかった。
六課の置かれた状況。
ブリンガーの動き。
そして、今まさに追われる身となったパールマンの扱い。
一通りを聞き終えたクレタは短く息を吐き、即答した。
「いい。うちが預かる」
その声に、逡巡は一切なかった。
「……本当によろしいのですか?こちらとしては非常に助かりますが、そちらにも相応のリスクが――」
「気にすんなって、あんたらの事情は分かった。ここなら、簡単には手出しできねぇだろ」
その言葉に柳は内心で安堵する。
だが、ここへ来た目的はそれだけではなかった。
柳は視線を落とす。
「……差し出がましいのですが、もう一つ、お願いがあります」
「ん?おう、なんだ。言ってみてくれ」
ブリンガーとヴィジョン・コーポレーションの繋がりを示す決定的な証拠。
それが白祇重工の内部書類にパールマンの手で密かに紛れ込ませてあるという話。
――協力を仰ぐため、説明を始めようとした、まさにその時だった。
「は、早く……!」
二人の間に血相を変えたパールマンが堪えきれない様子で割り込んだ。
「早くその書類を見つけてくれ!命がいくつあっても足りん!私も……私も”エレグのように殺される前に!”」
その言葉が床に落ちたように響いた。
――エレグの死。
一瞬で空気が凍りつく。
柳が制止する間もなく、パールマンは言葉を重ねてしまった。
何度も死線を越えてきた焦り。
追い詰められた恐怖。
それらが、彼の理性を上回った結果だった。
「……は?」
低く、抑えた声。
クレタの表情が明らかに変わる。警戒と怒気が混じり合った色だ。
「おい、どういうことだ。お前今、エレグが殺されたって……そう言ったな?」
一歩、パールマンに詰め寄る。
白祇重工はエレグの傘下企業と付き合いがある。
単なる業務提携ではなく、個人的な交流もあった相手だ。
ここまで来てしまった以上、隠し通す意味はない。
柳は、短く息を整え、覚悟を決めた。
「……事実です」
静かに、だがはっきりと告げる。
「エレグは郊外で敵に心臓部を撃ち抜かれました。現場に残っていた血の量を見るに……恐らく、生存の可能性は極めて低い……。情報が表に出ていないのは、企業側が混乱を避けるため、情報を抑えているからと思われます」
続けて、視線を上げる。
「力及ばす、申し訳ありません。ですが我々は、その死の裏にいる黒幕、ブリンガーを追い詰めるために書類を確認したいのです」
言い切った瞬間、現場には沈黙が落ちた。
「………」
クレタは、しばらく何も言わなかった。
最初は苦いものを噛み潰したような渋い表情。
やがて、その眉間に深い皺が刻まれ、困惑が色濃く滲んでいく。
それは親しい人物の死を受け入れられない者の表情ではなかった。
悲嘆でも、怒りでもない。
――話が、根本から噛み合っていない。
「……おかしい。……郊外だと?」
ぽつりと独り言のように呟き、背後の従業員たちへと視線を向ける。
「なあ。お前らも……そう思わねぇか?」
名を呼ばれたベンとアンドーたちは、互いに顔を見合わせる。一瞬の沈黙の後、同意するように頷いた。
クレタは再び柳へ向き直り、確認するような口調で尋ねる。
「なあ。あんたら“も”、その書類が必要なんだよな?」
「え、ええ……(……も?)」
その奥には別の疑問がはっきりと滲んでおり、そして少し言いづらそうに、言葉を選びながらクレタは続けた。
「なんつーか……いや、あんたらが嘘ついてるようには見えねえんだが」
一拍。
クレタは、はっきりと告げた。
「ちょっと前に、その書類――その“エレグ”が確認して持っていったぞ」
「………え?」
漏れた声はほとんど音になっていなかった。
その一言が、衝撃として空間に落ちる。
まるで時間そのものがそこで凍りついたかのようだった。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
目の前の幼い社長による認識を根底から覆す発言に、六課全員の思考は完全に停止した。
ーーーーーーー
「クク……、いよいよ……だな」
重厚な照明に満たされた会場の奥でブリンガーはひとり静かにほくそ笑んでいた。
次期総監の座を狙うその胸中で、計画は狂いなく進行しているという確信がぬるりとした愉悦となって広がっていた。
あとは大詰めだ。壇上に立ち、必死に暗記させられた癪に障るほど無難で高潔な原稿を読み上げるだけでいい。理想や秩序を語るその言葉の裏で、すでに舞台装置は整えられていた。
護送車の中では、星見雅が現実と幻の境界を失い、閉ざされた視界の中で過去と妄執の歴代の呪いに絡め取られている。
サラによって意図的に与えられた刺激が精神を蝕み、やがて会場に放たれたとき、理性を失った獣として暴れ出す算段だった。名門である星見家の象徴が公衆の面前で制御不能に陥れば、その発言力も信頼も地に堕ちる。そして、それはブリンガーにとって、それはあくまで前座にすぎない。
狙いはさらに深く、さらに残酷だった。
ヴィジョン事件に関わった者たちを集めたこの場には当然マックスグループも招かれている。事件当時、圧倒的な存在感を示した巨大企業が欠席する理由などなかったし、向こうもまた表向きは協調的な姿勢を崩していない。
だが、すでにCEOであるエレグは闇に葬られている。その結果として、代表として姿を見せるのがヨシダであることは、ブリンガーの想定通りだった。
「ブリンガー長官、たった今ヨシダ様が到着したとのことです」
「おお、そうかそうか。代われ、私が対応する」
部下が近づき、ヨシダの到着を告げた瞬間、ブリンガーの口元に歪みが走った。現在は情報が厳重に統制され、表向きには先代のヨシダが企業全体を束ね、内部の混乱を必死に抑え込んでいるはずだ。
しかし、その涙ぐましい努力も今夜で終わる。
この会場で起こるのは、幻に囚われた虚狩り、星見雅による凄惨な惨殺劇だ。そこにヨシダが巻き込まれればマックスグループは頭を失うという致命的な打撃を受け、再起不能に陥る。
仮に直接の被害を免れたとしても問題はない。会場にはすでにブリンガーの部下が警備として潜り込んでいる。
混乱が頂点に達したその隙に闇討ちを仕掛ければいいだけだ。秩序が崩れ、悲鳴と血に染まるその瞬間を思い描きながら、ブリンガーは胸の内で確信する。
星見雅から引き離された六課の残存戦力も、すでにこちらの“協力者”の手に落ちている頃合いだろう。抵抗はあったとしてもその実力差からは長くは続かないはずだ。
妖刀の力も手に入れ、今夜、すべては完璧に噛み合い、誰一人としてこの流れを止めることはできない。彼の笑みは、照明の陰に溶け込みながら、静かに広がっていった。
演説開始を告げる照明の変化がまだ完全には会場を染めきらないその刹那、ブリンガーの視界に一人の男が入ってきた。整えられた身なりと控えめな歩幅、場の空気を乱さないような動き、マックスグループの元代表。そしてその一つの傘下企業の社長として名を連ねる、ヨシダであった。
「ああ、ブリンガーくん。本日はお招きいただき、どうもありがとう」
ヨシダは深く腰を折り、この場に招かれたことへの謝意をまず形にした。言葉は丁寧で、過剰な自己主張もない。企業人として、そして今は表に立つ代理人として、最も無難で摩擦のない振る舞いだった。
「これはこれは、ご丁寧にどうも。私の様な者の演説に足を運んでいただいたこと誠に光栄の至りです。ヨシダ殿」
それを受けたブリンガーもまた、次期総監候補として非の打ちどころのない笑顔を作り、わざわざ足を運ばせたことへの労いを返した。そこに感情はなく、言葉は社交という皮膜だけで触れ合っているにすぎない。
内心では、ブリンガーはすでに結末を思い描いていた。今夜で終わる。マックスグループも、星見家も、そしてこの場に集められた愚かな民衆たちも。その確信を胸に秘めたまま、彼はあえて白々しい疑問を装った。
「……しかし、マックスグループの最高責任者であられるエレグCEOのお姿が見当たらないようですが……本日はご都合が合わなかったのでしょうか?」
エレグの姿が見えないことに触れ、代理としてヨシダが来ている理由を不思議がる。まるで純粋な行き違いを気にかけるかのような、完璧に整えられた表情だった。
「あ、ああ……それはだね……」
ほんの刹那、ヨシダの視線が泳ぐ。言葉を探すように口を開き、そこで一瞬詰まる。
その様子をブリンガーは見逃さなかった。内心で、静かに嗤う。
「……ああ、失礼いたしました」
ブリンガーは、あたかも自分が無遠慮な質問をしてしまったかのように、軽く手を上げて言葉を遮った。
「私としたことが、余計な詮索をしてしまいましたな。エレグCEOほどのお立場であれば、ご都合がつかぬこともある」
言外にすべてを理解しているという含みを残しながら、しかしそれ以上は踏み込まない。
「本日はヨシダ殿が代理として足を運んでくださった。それだけで十分です。マックスグループを代表してのご出席……心強い限りです」
その言葉を受けた瞬間、ヨシダは思わず瞬きをした。
「……え、代理?代表?いや、私は……」
ヨシダの顔にわずかな困惑が浮かんだ。計算も警戒もない、純粋な反応だった。
(……?なんだ?)
その反応をブリンガーが疑問を持つ、まさにその時だった。
場違いなほど朗らかな声が二人の間に割って入った。
「いやはや、お待たせして申し訳ない!」
(―――は?)
振り返るまでもなく、ブリンガーはその声の主を理解する。空気の流れが変わり、疑問も謀りも、何もかもが一斉にブリンガーの喉の奥へと飲み込まれた。
ヨシダの背後から、銀髪の青年が何事もなかったかのような足取りで近づいてくる。
整えられた身なり、穏やかな笑み、そして生きている者の確かな気配。
報告の中で“死んだ”とされていた男は今この瞬間、確かにそこに存在していた。
完全に固まるブリンガー、対してヨシダは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに表情を緩めた。
「よかった。まだ来ていないものだから事故にでもあったのかと……。こんな大事な日に遅刻とは感心しないな」
「あはは……!どうもすみませんヨシダさん」
軽口を叩きながら肩を竦め、親しげに彼を迎え入れる。その声音には、先ほどまでの困惑はもうなかった。代表だの代理だのといった誤解されていた流れも、目の前の彼が現れたことで一気に解決したのだ。
「しかし、君が遅刻するとは本当に珍しいな。まったく、一体どうしたんだ?――”エレグ”」
そう呼びかけられた青年、――エレグ・マックスは屈託のない笑みを浮かべた。
「はは、いやぁ面目ないです!少しばかり、身辺整理に手間取りましてね!それと、ここまでの道中に”治安局へ寄らなければいけない用事”ができたものですから、心配をおかけして申し訳ありません!」
言葉の端々には軽さがあり、冗談めいた調子さえ混じる。二人のやり取りは長年の付き合いがあってこその気安さを帯びていた。
だが、その和やかな空気の外側で、もう一人の男の内面は完全に崩壊していた。
「………!っ……っ!?」
ブリンガーは言葉を失っていた。
その姿を彼の脳が理解するまでには、致命的な遅延が生じていた。
あり得ない。ここにいるはずがない。既に排除された存在、そのはずだった。
肺が軋むように息を詰まらせる。
貼り付けていた笑みは、知らぬ間に仮面のように硬直していた。
(バカなっ……!?一体何故生きている!?なぜ……!)
エレグはその異変を一瞬だけ視界の端で捉えたが、気づかぬふりを貫いたまま、ゆっくりとその場に向き直る。視線は正面へ。あくまで公の顔で。
「改めまして。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
背筋を正し、完璧な所作で一礼する。
「マックスグループCEO――エレグ・マックスです。本日は非常に素晴らしい日ですね」
丁寧で、隙のない名乗り。
しかし、その瞳の奥では、すべてを承知した者だけが持つ確信と、抑えきれない愉悦が静かに灯っていた。
口元の笑みを、わずかに深くする。
「――あなたにとって、きっと忘れられない一日になりますよ。ブリンガー長官」
エレグ「一体いつから──私が死んだと錯覚していた?」
演説内容が吹き飛んだブリンガー「なん……だと……」