転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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感想、誤字報告、UA500,000突破ありがとうございます!これからも精進いたします!


【挿絵表示】

ウルト兎様からMAXPMCのモブ隊員アーマーの素敵なイラストをいただきました!
まさかこの隊員を描いていただけるとは思ってもみなかったので、驚きと嬉しさでいっぱいです!本当に大きな励みになります!


無観客、刀傷沙汰のヒーローショー

ホロウの内部を鋭い光が斬り裂いた。

 

空間そのものを焼き焦がすような白熱の閃光が、歪んだ都市の残骸を一直線に貫いていく。崩壊した高層建築の外壁が光に舐められ、瞬時に赤熱し、次の瞬間には溶け落ちる。焼けた瓦礫が重力に引かれて落下し、地響きを立てて砕け散った。

 

その光源。上空を旋回する翼を持つ知能機械人、ファルコン。

 

鋭角的な機体構造と、羽ばたきではなく推進によって制御される飛行軌道。構えられたレーザーライフルに組み込まれた砲門が淡く輝き、次弾の照準を冷徹に計算していた。敵の移動速度、反応時間、遮蔽物の強度。それらすべてを頭に入れ、射線が選択される。

 

「相変わらず速いですね!」

 

――戦慄するファルコンの、その視線の先。

 

地表を常軌を逸した速度で駆ける影があった。

 

「……~~」

 

地上を駆ける雅は要領を得ない言葉しか発しない。

理性と言語が噛み合っていないかのような掠れた音。だが、その周囲には明確な異変があった。彼女を取り巻くように蒼い狐火が揺らめいている。

 

怖気がするほどの殺気を周囲に放ちつつも、彼女の呼吸は深く、一定で、足運びに一切の乱れはなかった。焦げ付いた地面を蹴り、崩れかけた路面を踏み越え、身体はただ前へ、前へと進む。

 

光線が走る。

 

雅はそれを”見る”よりも早く”察する”。高度から一方的に降り注ぐ圧倒的な熱量の流れ。それを皮膚で感じ取り、半歩だけ位置をずらし、身を沈め、あるいは一気に踏み込む。

 

刀が振るわれる。

 

――キィインッ!

 

刃が閃いた瞬間、光は断ち斬られた。

 

金属とエネルギーが衝突し、甲高い音が空間を引き裂く。弾かれたレーザーは進路を失い、地面や瓦礫へと散っていく。

連続して放たれる光線も同様だった。次々と斬り裂かれ、逸らされ、無力化されていく。

 

彼女の進行速度を、ファルコンの射撃はまるで阻めていない。

 

焼け落ちる瓦礫を蹴り、崩壊しかけた壁面を足場に変え、雅は建物の外壁を縦横無尽に駆け上がる。常人ならば骨を砕く高度差を、強靭な脚力で一息に跳躍する。その動きには無駄も、恐怖もない。

 

高度への警戒も、落下への想像も、彼女の意識には存在しなかった。

あるのは上空を飛び回る存在を斬るという単純で鋭利な意志のみ。

 

瓦礫を踏み砕き、空中へと躍り出た雅は一直線にファルコンの懐へと迫った。

空と地の距離が、一瞬で縮まる。

 

「くっ!!」

 

レーザーライフルの銃口を向けたまま、わずかに硬直するファルコン。その刹那を雅は見逃さない。

 

――斬る。

 

過去に二人が初めて刃を交えた、あの戦いが過る。

 

一方的に追い立てられていたのは、やはりファルコンだった。空を自在に飛び、優位な空中戦を展開するはずの狩人は間合いを奪われ、逃げるしかなかった。理解が追いつかない雅の機動力と剣圧に、空はもはや支配領域ではなく、退路に過ぎなかった。

 

だが、今回は違う。

 

刀が振るわれ、刃が空を裂かんとする、その瞬間。

 

「ダラァッ!」

 

「……!」

 

咆哮と共に横合いから叩きつけられた衝撃。

けたたましい金属音が鳴り響き、雅の身体が空中で弾かれる。

 

攻撃へ向かっていた刀は刹那の判断で防御へと転じ、横合いからの直撃を受け止めた。火花が散り、衝撃が腕を伝って全身を揺さぶる。空中で体勢が崩れ、詰めた距離が無理やり引き剥がされた。

 

飛び出してきたのはサソリのような尾を持つ知能機械人、スコーピオン。

重厚な装甲と近接に特化した機体構成。尾部の関節が唸りを上げる。

 

弾かれた雅が地面に着地すると同時に、休む猶予は与えられなかった。

 

「すまない雅さん、大人しくしててください!」

 

上空から再び光線。今度は単発ではない。

 

雨のように降り注ぐレーザー。

逃げ場を潰す、徹底した面制圧。

 

「~~~……」

 

雅は即座に刀を振るい、迫る光を斬り払う。斬撃が連なり、光は細切れにされ、虚空へ消えていく。

 

だが、その一瞬の防御の隙をスコーピオンは決して逃さない。

 

「シッ……!」

 

勢いよく踏み込む。

 

拳。脚。しなる尾。すべてを連動させた間断なき近接連打を展開し、雅に襲い掛かる。

 

凄まじい力が込められ、逸れた一撃が地面を割り、尾が振るわれるたびに建物の壁が裂け、崩れ落ちる。衝撃波が周囲を薙ぎ払い、粉塵が舞う。

 

雅は退く。

だが、崩れることはない。距離を取りながらも刀身を走らせ、防衛に徹する。

 

――ガキィンッ!ギャ、ギャギャァン!

 

けたたましい衝突音と、金属が激しく打ち付けられる音が両者の間で絶え間なく生まれる。

 

受け、逸らし、いなし、最小限の動きで致命点を守り続ける雅。刃は振るわれるが、決して振り切られることはない。反撃の軌道は、スコーピオンの猛攻により、常に途中で止められ、あるいは引き戻される。

 

「はぁああッ……!!」

 

スコーピオンはさらに踏み込む。

 

(刀の間合い、そのさらに内側に詰める!距離を取らせない!このまま雅さんが攻撃へ転じる隙を一切与えない!)

 

ステゴロが優位に事を運べる超至近距離を維持する。

 

拳と刃が連続で激突し、二人の攻防は一か所に留まらなかった。

 

防ぎ、吹き飛ばされ、避け、追い立てる。そのたびに床が砕け、柱が倒れ、戦場は建物を跨いで移動していく。

 

そして、そのすべてを俯瞰する位置からファルコンが狙撃を行う。

 

崩れ落ちる建物、飛び散る瓦礫、地上で交錯する二つの影。

 

その全域を視界に収めながら、ファルコンは高度と速度を微調整して、最も射線が通る位置へと滑り込む。

 

「そのまま……!」

 

再度、圧倒的なエネルギーを束ねたレーザーが射出される。

 

一発ではなく、一条でもない。

 

上空での機動力を最大限に活かし、ファルコンは旋回しながら連続照射を行う。

上下、斜め、背後、死角。

地上からでは捉えきれない角度から射線が次々と切り替わる。

 

完全な援護射撃。

 

スコーピオンの動線、踏み込み、回避方向。

すべてを先読みし、射線は常にその外側をなぞる。

わずかな誤差すら許されないが、ファルコンに迷いはない。

 

同士討ちは起こさないよう、冷静かつ的確なレーザーが戦場を縫うように走る。

 

一点集中の光が、何度も、何度も、雅のみに向けられて放たれ、雅は目の前の敵と攻防を繰り広げながらそれらを対処せざるを得ない。

 

地面が焼け、瓦礫が爆ぜ、雅の逃げ場を塞ぐように着弾点が刻まれていく。

 

狙いは殺しではない。

雅の動線の制限、反撃の封殺、意識の分断である。

 

空と地。

遠距離と近接。

 

二体により生み出される完璧な連携。

 

しかし、それでも――、

 

「~~~」

 

雅は、依然として”すべてを防ぎ続けていた”。

彼女の鉄壁の防御こそ、この戦いの異常さを何より雄弁に物語っていた。

 

「く、くそ……!」

 

「何で全部対応できてるんですかねぇ!?」

 

二人は役割を明確に分担し、互いの死角を埋め合いながら、雅を包囲し、追い立て、反撃の余地を与えない陣形を維持し続けている。

 

それでも、二人には一切の余裕がなかった。

 

一瞬でも手を緩めれば即座に形勢が逆転する。虚狩りである彼女の反撃の芽を摘み続けなければ、危ういのは自分たちだ。

 

その認識が二人を突き動かしていた。

 

それは胸騒ぎなどという曖昧なものではなく、”もう何度も行われた”この攻防における、経験則による危機感が、休止や様子見という選択肢を排除している。

 

今まさに展開されている全力の攻撃が、全て防がれている。

この拮抗した状況が、既に異常なのだと二人はとっくに理解していた。

 

「………~~」

 

「なっ!?」

 

その時だった。攻防の最中、雅が不意に身を屈める。

ほんのわずかな動き。

 

だが、戦闘の中で”初めて見せた”能動的とも取れる挙動だった。

 

ブオンッ!とスコーピオンの放った拳が唸りを上げて空を切り、装甲と刀が激突するはずだった衝撃は虚空へと消えた。

 

刹那の回避。重心をわずかに落としただけの、信じ難いほど最小限の動作。

 

「っ!」

 

少し面食らったが、それを見逃すほどスコーピオンは鈍くない。即座に攻撃修正を行う。

尻尾の関節が唸り、次の一撃を叩き込むための鋼鉄の尾の先端が雅へと向けられる。

 

そしてそれは同時だった。上空から灼熱の光線が雅の背中目掛け、一直線に奔る。

 

ファルコンの射撃。雅と対峙する味方の、わずかにズレた攻撃を援護(アシスト)するための極めて合理的な判断。

 

「~~……」

 

その二方向からの攻撃の最中、雅は振り向くことも、逃げることもせず、視線すら動かさずに刀を”背後に振るう”。

 

――キュ、ガッ!

 

「ぐはッ!?」

 

背後の光線が断ち切られた。否、真正面にいたスコーピオンに向かって弾かれたのだ。

 

「わ、私の攻撃を利用して……!?」

 

自身の狙撃が味方に当たったことに動揺するファルコン。

 

刃の角度、振り抜く速度、衝突のタイミング。そのすべてが計算されたかのように逸れた光線は着弾した刀身を反射し、一直線にスコーピオンへと向かったのだ。

 

――恐ろしいのは、それを雅が一瞥もせずに行ったということ。

 

予想外の攻撃に回避は間に合わず、レーザーが装甲を焼き、火花が激しく散った。

 

貫通には至らないが、衝撃と熱量が内部へ伝わり、スコーピオンの身体が一瞬揺らぎ、動きが鈍る。

 

――それが致命的な隙へと繋がってしまったのだ。

 

「~~~~」

 

「ぐぅっ……、はっ!?」

 

その瞬間、雅はすでに”居合斬り”の構えに入っていた。

 

踏み込みの姿勢のまま完全に静止する。納められた鞘から半分ほど顔を覗かせる刀身の力が集約され、狐火が燃え盛り、空気が張り詰める。

 

力を開放する前触れ、世界が息を止める。

 

(やばい、隙を与えた。斬撃が来る……!)

 

それを見たスコーピオンは理解する。

 

これは受けてはいけない。装甲でも、防御でも、どうにもならない領域の攻撃だと。

 

攻めの姿勢を捨て去り、回避に全力を注ぐ。なりふり構わず、全力で横に跳んだ。

 

その瞬間、巨大な斬撃が世界を裂いた。

 

――ザンッ!!

 

空間が歪み、地面が割れ、斬撃の通過した軌跡に破壊だけが残る。

 

衝撃は遅れて到達し、建物の外壁が音を立てて崩れ落ちる。スコーピオンは転がりながら、間一髪でそれを躱した。

 

体勢を立て直す暇もないまま急いで、這うように距離を取る。その一心で近くの建造物の壁に尻尾を突き刺し、それをアンカー代わりにして一気に上空へと自身の身体を跳ね上げる。

 

”星見雅を攻撃に転じさせてしまった”。

 

この認識が脳内を警告として走り、このままでは危険すぎる!一旦仕切り直すしかない、と判断する。

 

彼女から距離を取るために、全力でこの場からの離脱を行う。

 

しかし、すぐ背後。”至近距離”から彼女の囁くような声が耳に届く。

 

「……~~」

 

「ひぃっ!?」

 

反射的に振り返りかけ、スコーピオンは思わず悲鳴に近い声を漏らす。

 

(近いッ!とんでもなく!ナンデ!?)

 

雅はすでに迫っていた。移動速度が明らかに異常だ。もはや瞬間移動でも行っているのではないかとさえ疑ってしまう。

 

けれど事実は異なり、星見雅の移動は、助走も溜めもないままに踏み込んだ瞬間、地面が砕けるほどの脚力をもって、身体を前へと“飛ばしている”のだ。

 

つまり、重力を無視した直進加速である。

 

壁を蹴り、瓦礫を踏み、一直線に、ただ一直線に距離を詰めてくる。

 

逃げているはずなのに背中に刃の気配が徐々に貼り付いてくる。

 

「行かせない……!」

 

そんな絶対絶命のピンチの中、鋭い声と同時に光線が走った。

 

雅とスコーピオン。その両者の間を切り裂くように光の弾幕が展開される。縦横無尽に張り巡らされたそれは、網のように経路を塞ぐ。

 

「今のうちに距離を取れ!」

 

ファルコンである。

 

「……!」

 

流石に一瞬、動きが止まる雅。狙撃による阻害を理解しているのか。微かに逡巡する様子を見せる。

 

スコーピオンを逃がすための迷いのない狙撃。地上のどのルートを選んでも、追跡は最早不可能に見えた。

 

「~~~」

 

だが、感情の読めない呟きを落とし、まるで関係ないというように彼女は刀を振るう。

 

一閃。

二閃。

 

幾重もの斬撃が一瞬にして放たれ、周囲の建物が次々と解体されていく。壁が裂け、柱が断たれ、支えを失った構造物が悲鳴のような軋みを上げながら崩壊する。巨大な瓦礫が宙へと投げ出され、影を落としながら回転する。

 

「?何を……」

 

突如、明後日の方向を攻撃し始めた雅を見て、ファルコンは困惑の声を漏らす。狙撃の妨害にしては意味がない。破壊対象も、意図も、すべてが噛み合っていない……はずだった。

 

次の瞬間、その認識は粉砕される。

 

「は?」

 

――雅は、降り注ぐ“それら”の上に飛び乗った。

 

空中に投げ出された瓦礫。重力に引かれ、これから落下を始めるはずの破片。それを正確に見切り、彼女は足を乗せる。

 

一つ。

次の瓦礫へ。

さらに、その先へ。

 

落ちる前の一瞬、ほんの刹那の安定を足場に変え、次の跳躍へと繋げていく。まるで空中に不可視の階段が存在しているかのように、雅は迷いなく踏み切る。

 

光線の包囲網の上に存在する空中に、無理矢理“道”が構築されていく。

 

その道を駆け上がりながら、雅は呆れるほどの速さでスコーピオンとの距離を再度詰めていく。速度は落ちない。むしろ、連続跳躍によって先ほどよりも加速しているようにさえ見えた。

 

「…………マジで?」

 

思わず、ファルコンが瞠目する。理解が追いつかない。その結果が現実として受け入れ難く、慌てて照射変更。引き金を引き、進行方向を読んで光線を放つ。

だが、撃ち抜いたのは、すでにその場を通過した後の雅の残像だけだった。

 

作り上げ、既に崩れ去った刹那の“空中の道”を、彼女はすでに踏破している。

 

ここはホロウの内部とはいえ、零号ホロウ程無秩序ではない。物理法則が失われた空間ではなく、重力は確かに存在し、落下は不可避で、空中に留まることはできない――はずだった。

 

だが、それらの法則は最年少の虚狩りによって叩き斬られた。

 

――法則に反抗するのは”彼”だけで充分だというのに!

 

そんな思いが、ファルコンの内心を疾走した。

 

焦燥が判断を急かし、慌てて二人の後を追う。

 

 

「うわあああああッ!?ああああッ!」

 

そして相方の尽力も虚しく、継続して雅に追撃を受けることになったスコーピオン。

空中を跳び回り、逃げるその身は容赦なく背後から飛来する斬撃に晒され、装甲が削られる。

 

宙を飛ぶ最中に次の着地点を探す余裕すらなく、視界の端に映った壁面へと尻尾を再び突き立てた。

 

「うぎぃ……!?」

 

鈍い衝撃が尾から全身へと走る。外壁を貫通した感触と同時に、慣性が一気に殺され、身体が空中で不自然に引き止められる。急停止。視界が一瞬ぶれ、内臓が遅れて追いつくような感覚に思わず息が詰まった。

 

だが、止まったのはほんの刹那。後ろから鯉口の切られる音。雅の特大の攻撃の”起こり”を察していた。

 

恐らく、このまま真っすぐ逃げても巻き込まれることは必至。

 

「――ああああ!!」

 

次の瞬間、スコーピオンはその反動を逃さず、尻尾の軸を中心に身体はまるでバネのようにしなり、空中での軌道を無理やりねじ曲げていく。遠心力と筋力を極限まで引き出し、弾かれるように方向転換。

 

壁を蹴るというより、空間そのものを薙ぎ払うかのような高速移動で、進路を九十度以上変えて跳び出す。

 

逃走。

ただそれだけを目的とした、全力を注いだ動き。

 

――その直後だった。

 

「~~……」

 

――ザンッ!!

 

スコーピオンがほんの一瞬前まで存在していた空間、および進路を巻き込み、虚狩りが放つ凄まじい斬撃が切り裂いた。

 

風圧が瞬時に吹き荒れ、残された瓦礫の破片や埃が空中で舞う。空気が裂ける音、金属が切られる乾いた金属音。

 

「マジで、やばい……!」

 

それらすべてが、恐怖としてスコーピオンの神経を焼き付けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

その言葉は、音として成立する前に虚空へ溶けた。

戦場を満たしていた衝撃音も、金属の悲鳴も、裂けた空気の振動も、すべてが切り取られたかのように存在しない。

 

ヒールの二人に対し、猛威を振るっている星見雅は、現在奇妙な空間に囚われていた。

 

敵も味方もいない。

時間の流れすら曖昧な、現実と呼ぶにはあまりに薄い空間。

 

(私は確か……護送車の中で悪党の女から暴走する無尾を取り返した。その後は……)

 

と、ここに至るまでの記憶を彼女が辿ろうとした、次の瞬間。

 

「うっ!?」

 

突如、言葉に落とすことすら困難な眩暈が波のように押し寄せ、彼女を揺さぶった。

 

立っているのか、浮いているのか、その感覚すら曖昧だ。視界は滲み、輪郭はほどけ、色彩という概念そのものが溶解していく。

 

そして、青とも白ともつかない淡い光が、濃淡を失った霧のように満ちる虚無。その中心に彼女はただ“在った”。

 

(――熱い……!)

 

理解よりも先に、感覚が悲鳴を上げる。

 

刀身から溢れ出した蒼い狐火が、意思を持つ生き物のように雅の身体へと絡みつき、肌を、筋を、骨の内側までも舐めるように焼いていく。

 

燃えているはずなのに冷たい。熱と冷却が同時に存在する矛盾した痛み。

 

外側ではなく、内側から侵食される感覚に思わず身を強張らせた。

 

「……ぐっ!?狐火は星見家の力の筈……、それが……何故、私を焼く?」

 

思わず疑問と共に声を漏らすが、誰もその問いに答えることはしない。代わりに遠くから、あるいはすぐ背後から、誰かが自分に向けて呼ぶ声が聞こえてきた。

 

『……斬れ

 

それはざらついた雑音。金属を引きずるような、不快で輪郭の定まらない音の集合体。

 

次の瞬間、空間がざわめいた。

 

――ギュアアアアッ!

 

それらは全てエーテリアス。ホロウ内に巣食う怪物たちが虚無の奥から溢れ出す。感情だけを煮詰めたような殺意を纏い、雅へと殺到してきた。

 

「……っ!」

 

考えるよりも早く、身体が動いた。

 

反射的に刀を引き抜く。

 

蒼い軌跡を描いて刃が走り、襲いかかってきたそれらを斬り裂いた。

 

次の瞬間、エーテリアスたちは断末魔すら上げる暇もなく砕け散り、光の欠片となって霧散する。

 

それと同時に彼女を焼いていた激痛が嘘のように引いていく。

狐火は消えない。それでも痛みだけが薄れ、代わりに身体の奥へと力が満ちていく感覚があった。

 

(……そういうことか)

 

直感が答えを弾き出す。

斬り続けろ。

そうすれば苦痛は和らぐ。

 

周囲から湧き出るエーテリアスを、雅は次々と斬り伏せていった。

一振りごとに、蒼い火花が舞い、力が流れ込む。

痛みは後退し、高揚が前に出る。

 

『……斬れ』

 

雑音であり、要領を得なかった声が明確な命令へと変わった。

 

『斬れ』

 

『斬れ』

 

『斬るのじゃ……』

 

一つではない。重なり合い、反響し、空間そのものから滲み出す無数の声。

 

敵を掃討するたび、虚無だった空間は血のような赤に染まっていく。色が戻るのではなく、まるで侵食されているようであった。

 

狐火は勢いを増し、彼女を焼き尽くそうと再び絡みつく。

同時にエーテリアスはより強く、より鋭く、群れをなして押し寄せてくる。

 

雅は歯を食いしばり、刃を振るい続けた。

斬るたびに満たされる力。

斬るたびに高まる感覚。

斬ることが、目的から快楽へと近づいていく、その危うい境界。

 

だが――。

 

(……これは、誘導だ)

 

雅の内側には確かに冷徹な自分が存在していた。

 

斬れば楽になる。

斬らなければ苦しい。

あまりにも単純で、あまりにも露骨な構図。

 

声はさらに増え、執拗に語り掛けてくる。

 

『無敵であれ』

 

『それこそが誇り』

 

『それこそが願い』

 

『それこそが我らの存在意義だ』

 

理解してしまう。

これらは、無尾の歴代使用者たちの血肉、怨念、執念。 刀に人生を奪われ、刀に全てを捧げ、最後には刀そのものに喰われた者たち。

 

全て刃の中に沈み、救われなかった魂の残滓。それらの悍ましい意志が狐火という形をとって雅の精神に絡みつく。

 

『考えるな』

 

『迷うな』

 

『斬ればいい、斬れば終わる』

 

『痛みも、恐れも、責任も――全て、消える』

 

怨念が絡みつき、思考を削ぎ落とそうとする。

それでも雅は刀を握りしめ、視線を逸らさなかった。

 

なぜなら、それよりも気になることがあったためだ。

 

雅の視界の先には、蒼い虚無を裂くように”二つの影”が現れては消えている。

 

それは突発的ではない。不規則でもない。

まるでこちらの意識の揺らぎを測るかのように、一定の間合いを保ちながら何度も出現と消失を繰り返している。

 

他の湧き出るエーテリアスとは明らかに異質だった。

結晶の濁りも、獣じみた衝動も感じられない。輪郭は曖昧でありながら、どこか妙に”整って”いる。

 

(あれには、意思があるのか……?)

 

そうとしか思えなかった。一体は、鋭利な翼を思わせるシルエット。

直線的で、研ぎ澄まされ、空間を切り裂く形。

 

もう一体は、節くれだった尾を引きずる刺々しい輪郭。

曲線と突起が絡み合い、地を這い、絡め取るような圧を放っている。

 

どちらも像は揺らぎ、細部は定まらない不完全な形だ。

それでも、そこに“何かがいる”という確信だけは揺るがない。

 

(……知っている)

 

そう思った瞬間、胸の奥が微かに軋んだ。

 

見覚えがある、という感覚。

 

雅が踏み込み、刀を振るおうとした刹那。

二つの影は霧が散るように消失した。刃は何も斬らない。

 

しかし次の瞬間、距離も方向も意味を失い、二体は正面に最初から存在していたかのように再出現する。

 

瞬間移動ではない。高速移動でもない。位置関係そのものが書き換えられている。

時間の連続性を拒む、不可思議な挙動。

 

(……また、だ)

 

もう何度目になるのか分からない。

現れては消え、消えては現れ、刃の届かぬ場所に留まり続けている。

 

再び”その存在”を感知した瞬間、周囲の狐火が激しく揺れ動いた。

 

蒼い炎は形を崩し、荒れ狂い、まるで憎悪を露わにするかのように爆ぜる。

同時に、囁きが一斉に声量を増した。

 

『――”あれ”だ』

 

『因縁の者だ』

 

『災厄の種』

 

『未来を蝕むもの』

 

『今、ここで断て』

 

声は、もはや囁きではなかった。叱咤でも、単なる命令でもない。恐怖と憎悪を孕んだ、強迫そのものだった。

 

『”あれ”だけは斬れ!』

 

『斬らねばならない!』

 

『斬れ、斬れ、斬れ!』

 

言葉が刃のように雅の精神へ突き刺さる。思考の余地を奪い、選択肢を削ぎ落とし、”斬る”という行為だけを唯一の正解として押し付けてくる。

 

エーテリアスなら斬れば消える。ここに現れる怪物たちは刃を振るえば霧散し、何一つ残さない。

 

では、何故あの二体だけは斬ることができないのか。

 

そしてこの囁きは、――何故同時に在るはずの二体のうち、一方にのみ、ここまで歪で執拗な敵意を叩きつけるのか。

 

脅威としての条件に差は無いように思える。

それでも囁きは一方を素通りし、もう一方だけを指差す。

 

疑念がはっきりと雅の中で芽生えた。

それを押し潰そうと声はなおも叫び続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

――ホロウ内にて。

 

スコーピオンを狙った雅の一太刀に巻き込まれた建物群は、切断面を晒したまま均衡を失い、地面へと叩きつけられていた。

 

コンクリートと金属が潰れ、引き裂かれ、折り重なる崩落音と衝撃が幾重にも反響しながらホロウの内部を震わせる。それと同時に粉砕された破片と細かな砂塵が爆発的に巻き上がったのだ。

 

灰色の濁流が空間を満たし、視界は一瞬で閉ざされる。光を乱反射する粉塵が重く漂い、距離感も方向感覚も奪われ、まるで戦場そのものが巨大な煙幕へと変貌したかのようだった。

 

視界から逃れたその隙に、何とか建物の影へと転がり込んだスコーピオンことマオは、反射的に身を低く伏せ、息を潜めていた。

 

「し、死ぬかと思った」

 

「だ、大丈夫かマオ。その気持ちは凄い分かるぞ……。雅さんは敵に回ると凄い怖いの……」

 

そのすぐ隣にはファルコンことクロエがいる。二人は半壊した建物の影へと身を寄せ、崩れた外壁と歪んだ鉄骨の裏に身体を押し込めるようにして、追撃者の視線から完全に姿を消していた。

 

――今は、耐える時間だ。

 

その判断は、ほとんど同時に二人の思考に浮かんでいた。幸いにも、凄まじい戦闘音と連続する振動に引き寄せられ、エーテリアスの群れがホロウの奥から雪崩のように押し寄せてきている。

 

そしてエーテリアスの群れは歪な鳴き声と共に、粉塵に満ちた空間を裂くようにして雅へと殺到していた。

 

身体を揺らし、無秩序で剥き出しの殺意を放ちながら、ただ一点、雅の存在だけへと収束していく。

 

その光景は捕食者に群がる獣というよりも、災厄そのものに引き寄せられる愚かな集団に近かった。

 

すぐに周囲を斬り裂くような斬撃が走る音が聞こえ、エーテリアスたちの断末魔が響き渡る。

 

その様子から、雅の注意が今や完全にエーテリアスたちへと向けられていることは明白だった。

 

こちらへ向けられていた、あの凍りつくような圧迫感は薄れ、追撃の気配も、探るような殺意の視線も感じられない。

 

雅が再びこちらへ意識を向けるまでの猶予が得られたのだ。

 

胸の奥で、マオはわずかに息を吐いた。完全に安全とは言えないが、少なくとも今は見失われている。

 

「切実に人手が欲しいな……。リーダーはどうした?そろそろ加勢に来て欲しいんだが」

 

「あ~……今アキラに見つかって来れないってさ」

 

「チッ!あの―(”郊外スラング”)―が……!結局こっちで解決するしかないのかよ!」

 

「わぁ……凄い汚い言葉。まあ、気持ちは分かるわ」

 

思わずマオは苛立ちを滲ませた声で吐き捨てる。

 

また、振り出しに戻されたのだ。

 

これまで”何度も繰り返してきた”流れが、自然と脳裏に浮かぶ。

 

クロエが狙撃により、遠くから注意を引く。

 

雅がそれに反応して動いた瞬間、死角から自分が踏み込む。

二対一という数の利を最大限に活かした、合理的な連携。

 

初めは、完全にこちらが主導権を握っていた。

連携は噛み合い、雅は防戦一方に追い込まれていた。攻め急がず、時間を稼ぎ、消耗を待つ。

 

そうすれば、いずれ彼女は正気を取り戻す。その見通しには確かな根拠があり、気遣う余裕だってあったはずだった。

 

だが、予想外なことに雅が凄まじい速度で対応してきたのだ。

 

まるで戦いの中で“更新”されているかのように、こちらの動きを読み、上書きし、圧倒的な一太刀で全てをねじ伏せてくる。

 

先ほど反撃に転じられるきっかけとなったクロエの光線の利用。正確無比な射線を逆手に取り、弾幕を踏み台にするかのような挙動。

 

斬撃による建造物の解体。戦場そのものを組み替え、進路を再構築する発想。

そして、瓦礫を足場にして空中を渡るという、常識を捨て去った移動方法。

 

どれも、これまでの彼女にはなかった動きだ。

偶発ではない。試行錯誤でもない。

 

こちらの連携を見ている。

こちらの戦い方を解析している。

繰り返しの中から、確実に学習している。

 

「あれで意識ないは詐欺すぎるでしょ」

 

「それはホントにそう」

 

虚狩りの理不尽すぎる性能に思わず文句が零れてしまう。しかし、愚痴っていても仕方がない。このままでは、いずれ主導権は完全に逆転する。

 

その予測が脳裏をかすめ、不安として形を持ち始める。時間が経つほど、彼女はさらにこちらに“適応”してくるだろう。

 

時間を待つべきではない、方針そのものを変えるべきだ。

 

マオの思考は逡巡を経て、自然と一つの結論へと収束していった。

 

(手っ取り早く解決するのなら、狙うべきは……――刀だ)

 

彼女の暴走の原因。

異常なまでの斬撃性能、そのすべての起点。

 

封じるとするなら、狙うべきはそこしかない。

 

マオは、これまでに観測してきた雅の動きを反芻する。

 

残像が発生するほどの高速移動。踏み込みの途中、呼吸に合わせて移動の軌跡に、ただ刀を走らせただけの斬撃。そのすべてが連続し、途切れない刃の流れを形成している。

 

それらの組み合わせはまるで刃の嵐だ。単独でありながら、複数人を同時に相手取っているかのような錯覚を与える圧倒的な攻勢。少なくとも自分たちが生身であれば、一瞬でバラバラにされていたことだろう。

 

だが、それらはドクが改良を加えた最新のスーツの装甲を削り、表層を傷付けるに留まっていた。

 

仲間の尽力のおかげで致命には至らない。

 

本当に危険なのは別にある。

 

(……居合による抜刀斬りだな。あれは本当に異常だ)

 

あの瞬間だけは、反撃も防御も成立しない。

まともに喰らおうものなら結果はすでに確定している。

 

しかしマオは、ある一点に気づいていた。

 

居合の構えに入った際、雅は刀身を完全には鞘へと納めていない。それは鞘が本来、妖刀を抑える役割を担っており、完全に納刀してしまえば暴走が終息する。

 

その可能性を、雅自身(あるいは別の意思)が無意識のうちに見抜いているからだろう。

 

最大威力の斬撃を放つために本来の構えが取れない。構えから抜刀へと移行する、ほんの一瞬の過渡。そこには、わずかだが確かに“隙”が存在している。

 

もし、その一瞬を潰せるなら。

もし、刀が抜かれる前に、あるいは抜かれきる前に介入できるなら。

 

(勝機は、ある……!)

 

マオは静かに尾を持ち上げた。駆動部が低く唸り、鋭い先端が闇の中でわずかに光を反射する。

 

この戦いは、もはや時間を稼ぐだけの段階を過ぎている。必要なのは決断と踏み込みである。

 

その覚悟を胸に固め、クロエに作戦を共有した。

まさに、その瞬間だった。

 

ふと、違和感が胸を刺す。

 

「おい、雅さんは?」

 

思わず漏れた自分の声は想像以上に乾いていた。

 

「……え?」

 

クロエが反射的に周囲を見渡す。先ほどまで、確かにそこに存在していたはずの雅の反応が忽然と消えていた。目を離したつもりはない。それはクロエも同じことだろう。

 

いつの間にか存在そのものが観測範囲から抜け落ちたかのような消失だった。

 

(消えた?……けど、何処に――)

 

違和感を異常として認識した、その刹那。

 

「――危ない!!」

 

「っ!?」

 

危険を知らせる叫びが、クロエから叩き込まれる。

ほぼ同時にマオは反射的に身を伏せていた。判断というより、本能に近い。

 

――ザンッ!

 

次の瞬間、横一文字の斬撃が走る。

 

空間が裂け、二人が身を隠していた建物がまるで紙細工のように両断された。切断された上部構造が一拍遅れてずれ落ち、崩壊の衝撃で空気が押し流される。圧縮された風が全身を叩き、瓦礫が雨のように降り注ぐ。数秒も経たぬうちに建物はその切断面を無残に晒していた。

 

下手人が誰かなど、考えるまでもない。

 

「くっ……!?」

 

マオの視線が即座に瓦礫の山へと向かう。そこにはただの破片が散乱しているだけのはずだった。しかし、突如として一つの巨大な岩塊に、まるで意志を持ったかのように鋭い切り込みが走った。

 

岩肌を裂くその音は、カカッ、ザクッ、と微かに響き、瓦礫同士の干渉音と重なり合い、周囲の静寂を異常に強調していた。

 

切り込みの中心には刀身が深々と突き刺さり、周囲の瓦礫を押しのけて異様な存在感を放つ。

刀はただの武器ではなく、まるでこの瓦礫の扉を開くための”ドアノブ”のように機能しているようだった。その異常さは、歪んだ鉄骨や瓦礫の秩序を瞬時に崩し、空間全体に不穏な静寂を広げる。

 

微かな軋みですら、耳に突き刺さるほど大きく感じられた。

 

「……~~」

 

生じた隙間から不明瞭な声が聞こえる。

 

ギギギと瓦礫の扉は微かに軋みながら、押し開かれ、切り抜かれた岩塊の隙間の向こう側に蒼き焔を纏った影がゆっくりと姿を現す。風も音もないのに、その影は存在感だけで空間を圧迫し、周囲の空気を押しのけるようにして前進してきた。

 

「「………!!」」

 

その光景に思わず息を呑む二人。

 

現れたのは、星見雅。

 

その姿は静かに、しかし確実にこちらへ近づいてくる。歩幅はゆっくりで、速度そのものは低く見える。だが、その遅さが恐怖を増幅させた。

 

その動きはまるで、瓦礫という”扉”を押し開き、異界からゆっくりと侵入してくる幽霊のようだった。脳裏に刻まれる不快な緊張は増すばかり。そこに自我はなく、躊躇もない。

 

今の雅は本能のまま戦い続ける殺戮人形。その牙は常に強者へと向かう。周囲に群がる雑魚(エーテリアス)には目もくれず、狙いは最初からマオとクロエに定められていたのだ。

 

「………」

 

そしてしばしの膠着。空気は一瞬、凍りついたかのように静まる。

刹那、マオの感覚に矢のように鋭い緊張が走り、自然と刀先が自分に向かっていることを察する。

 

「っ来るぞ!避けろ!」

 

次の瞬間、縦に斬撃が奔る。

 

それはこれまでとは明らかに次元の異なる一撃だった。空気の割れる音ではない。空間そのものを引き剥がすような、暴力的な断裂。

 

「っ~~!ぎっ!?」

 

身をよじったマオは辛うじて直撃を免れる。だが、掠っただけで装甲に亀裂が走り、内部フレームが耐久限界を告げるように軋んだ。衝撃が内部構造を通じて伝播し、防御という概念が意味を持たない領域へ踏み込まれた感覚が背筋を冷やす。

 

雅は止まらない。再び居合の構えへと滑らかに移行する。その動きに無駄はなく、刃は常に狙いを逸らさない。

 

マオは必死に距離を稼ぐ。だが、後退の動作を取った瞬間、”視界の正面に彼女がいた”。

 

「は!?」

 

移動を見た記憶はない。ただ、そこに“いる”。完璧な居合姿勢。無駄の一切ない収束。

 

反射的に防御姿勢を取るが、その時点で刀はすでに抜き放たれている。

 

「それはッ、勘弁してください、ねッ!」

 

そこへ、叫びと同時にクロエの決死の突撃が割り込む。

 

レーザーライフルが瞬時にブレイドへと変形し、マオへの攻撃を遮ろうと接敵する。

 

しかし雅の動きは淀みなく、無駄なくその突撃を斬り伏せた。刃同士の衝突が衝撃波となって周囲を抉り、瓦礫と粉塵が嵐のように舞い上がる。

 

視界は遮られ、呼吸も荒くなる。

 

「………!オラァ!」

 

その一瞬の乱れを逃さず、マオは全力で踏み込んだ。鋼鉄の脚が地面を砕き、雅の間合いを捉える。

 

「~~~……」

 

だが、彼女はそれを鞘で受け止める。金属同士が噛み合う乾いた音が一瞬だけ空気を震わせ、衝突の衝撃は雅の身体を通じて綺麗に逃がされていた。

 

力で受け止めたのではない。衝撃そのものを流し、殺し、無効化するような動き。後方へと軽く跳び、重心を崩すことなく着地するその所作に力任せの要素は一切なかった。

 

「っ……!合わせろクロエ!」

 

「了解!」

 

その瞬間を境に、三者の戦闘は一気に激化する。

 

高速の踏み込みが連続し、そのたびに空気が破裂するような衝撃波が発生する。地面は踏み荒らされ、建造物は直撃を受けずとも裂け、崩れ、余波だけで周囲を徘徊していたエーテリアスが次々と粉砕されていった。悲鳴すら上がらない。ただ形を失い、消し飛ぶだけだ。

 

その一帯は、瞬く間に“危険地帯”と化した。

 

三人の動きはもはや個別に追えるものではなく、激流のような渦を成して空間を蹂躙していた。

 

中心では金属音と衝撃波が絶え間なく衝突し、視覚と聴覚が悲鳴を上げる。

 

両陣営は、ほんのわずかな均衡の上に立っていた。

 

「~~~……」

 

だが、その均衡は雅の速度が”さらに上がった”ことで音を立てて崩れ始める。

 

「まだギアが……!?」

 

「ちょ、いい加減にしろって!」

 

その姿を捉えることすら困難になり、知覚は常に半拍遅れ、目に映るのは残像ばかり。

 

気付いた時には斬撃が走り、次の瞬間には別の角度から、さらに次の瞬間には背後からと攻撃の密度が指数関数的に増していく。

 

斬撃の数が増え、間隔が詰まり、二人の装甲は確実に切り刻まれていった。

積み重なる損傷。剥がれ落ちる外装。内部フレームに走る微細な歪み。

 

もはや彼女は、一人の剣士と呼べる規模ではなかった。

 

「~~~」

 

――それは、無数の刃を纏った大竜巻だった。

 

個体でありながら、自然災害そのものの猛威を振るう。

 

まるで巨大なミキサーに放り込まれたかのように二人の装甲が音を立てて削ぎ落とされていく。

 

「しまっ――、がっ!?」

 

遂に、近接戦を本領としないクロエは徐々についていけなくなっていた。

踏み込みの一瞬、わずかな判断の遅れ。その隙を雅は見逃さない。

 

雅が防御に使用していた鞘による連撃が容赦なく叩き込まれ、クロエの身体は弾丸のように吹き飛ばされる。建造物に叩きつけられ、粉塵の中へと沈んだ。

 

「クロ、ッ……嘘だろ……!」

 

タイマンに持ち込まれた瞬間、圧と焔が刀から勢いよく噴き出す。

 

間髪入れず無数の刃と蒼い炎が、残されたマオを容赦なく包み込んだ。

 

「あああぁッ!?~~っ!(不味い、不味い、不味い……!)」

 

攻める余裕など一切ない。腕を交差させ、防御に徹するしかない。尻尾を地面に突き刺し、体勢を固定しなければ、即座に吹き飛ばされていただろう。

 

避けることも、反撃することもできない。その場で装甲はみるみる削られ、彼女の生身が剥き出しになっていく。

 

(なんかさっきから思ってたけど、私にだけ当たりが強いな無尾ィ!このままじゃジリ貧だ!……だけど――!)

 

だが、マオは、この極限の中で賭けに出る。

 

狙うのは雅の最高威力の一撃。

こちらを両断しようと、居合へと移行する、その瞬間。

 

刀身を半分だけ鞘へと収める、あの一瞬。完全な静止でも、完全な抜刀でもない、唯一の過渡。そこだけが、彼女の攻撃が“完成する前”の、ただ一つの介入点。

 

――そして、その時は訪れた。

 

「……~~~」

 

斬撃の嵐が止み、勝負を決めようとするかのように雅が腰を落とす。呼吸が沈み、刀身の半分が鞘へと導かれる。

 

「――!(来た!)」

 

マオは逃げなかった。

地面に突き立てていた尾を利用し、推進力へ変える。

 

(――今!ここしかない!)

 

――ドオンッ!

 

地面を抉り、最高速度で一直線に雅に向かって突き進む。

 

「おおおお!」

 

全質量、全推力を込めた強烈な蹴りを、刀の頭――柄頭へと叩き込んだ。

衝撃は拳骨のように跳ね返り、全身の感覚が痺れる。

 

「……!」

 

衝撃が波紋のように空間を伝わり、刀身が鞘へと押し込まれていく。蒼き焔が薄れ、暴走の光は一瞬、収束の兆しを見せた。刹那、静寂が戦場に訪れるかに思えた。

 

だが――。

 

――ヒュッ。

 

雅は抜刀の構えのまま、鞘を握る腕を後方へと振り抜いた。

 

鞘を投げ捨て、刀身が完全に収まることを物理的に拒絶したのだ。

 

「――あ」

 

その光景を見て、唖然としたマオの声が零れ落ちるより早く、蒼き焔が再び爆ぜ、空間を震わせた。

瓦礫の埃が渦を作り、冷たい風が耳を突き抜ける。

 

マオの視界に映るのは、ゆっくりと流れ、刀先が自分へと向けられる光景。蒼の光が空気を切り裂き、視界の端まで残像を残す。

 

――そして、一閃。

 

焔を纏った一撃が空間を裂き、その身体を袈裟に切り裂いた。

 

 

 




いや~……殺連の亡霊みたいになってますね……(白目)
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