転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
一つひとつ拝見させて頂き、どれも励みになるものばかりで本当に心から感謝しております。
……そして、えー……大変申し訳ありません!更新まで二週間も空いてしまいました!
書いては消し、消しては書き直しを繰り返しているうちに、気付けば二週間が経過しておりました(完全に言い訳です)。
続きを楽しみにしてくださっていた方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
また、ウルト兎様より素敵なファンアートを頂きました!本当に感謝申し上げます!
ファルコンマスク
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オクトパスマスク
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伝説のプロキシの独白――。
僕たち兄妹にとって、彼らは真実を追い求める中で肩を並べ、手を取り合って進む同志であり、同時に心から頼りにできる存在でもあった。
恩師であるカローレ先生のこと、彼女を攫った存在の正体、旧都陥落の真相解明。
それらすべてに向き合おうとする僕たちの歩みに、エレクトロたちヒールは迷いなく力を貸してくれた。
かねてより目標としてきた零号ホロウの調査がようやく現実のものとなった時も、エレクトロは自分のことのように喜び、当然のように同行を申し出てくれた。
「おめでとう……!アキラ、リン。独立調査チームに入ったんだってな。これで合法的に零号ホロウの調査ができるわけだが――悪いな、来てるのはなんと俺一人です!本来は他の連中も同行できたはずなんだが、俺以外は顔が割れて、揃いも揃って絶賛指名手配中だ!マジであり得ねえ!」
どこか先輩風を吹かせつつ、隠しきれない誇らしさと祝福を滲ませて最後は仲間が来られない現状を盛大に嘆く。その締まらない調子がいかにも彼らしく、思わず苦笑してしまった。
当時の僕は調査員として零号ホロウに足を踏み入れたばかりで、経験も浅かった。
しかしエレクトロは相変わらず頼りになり、戦闘以外にも特に知識をひけらかすことはなく、必要な時にだけ手を差し伸べ、的確な助言をくれた。
「レゾブレム……特殊なエーテル物質か。この中ならそうだな、これを選ぶといいぞ。こういう選択は、初めの内は性能よりも手に入れたことが無いものを選んで図鑑を埋めるのがベストだ!俺の経験則からして多分それが一番効率的に進められる!」
彼が今回こうして協力してくれているという事実だけで、不思議と心構えが軽くなるのを感じていた。隣にいるだけで”きっと何とかなるだろう”と思わせてくれる、そんな心強い存在だった。
他のメンバーが来れないことについては確かに残念だったが、そのおかげでこうして彼と二人で話せる時間も自然と生まれた。正直なところ、それが少し得をしたようで嬉しかった。
そう素直にエレクトロに告げて、改めて礼を言う。
「――ハァン?」
それは取り繕いのない僕の本心だったのだが、エレクトロは急に変な声を出して、ぴたりと足を止めた。そして恐る恐る僕の顔を見つめてきた。
……どうかしたのだろうか?
「いやこっちの台詞ですけど!?……オイオイ、相変わらず末恐ろしいなアキラさん!はー……そういう台詞をサラっと口にできるあたりが、無自覚イケメン人たらしの素質ってわけですかい!……まあ?別に同性だし?俺はまったく気にしてないが?」
後半は何を言われているのか、正直よく分からなかった。
ただ、僕たちパエトーンは、エレクトロのことをもはや”特別”と言っていいほど心から信頼していると、そう伝えたその直後だった。
彼はぷつんと何かが切れたように、突如硬い指先でイアスをぐいぐいと押し付けてきた。
い、痛い痛い……。
「ありがとな、たらし兄妹め!その魔性っぷりでどれ程の罪なき人々を誑かしてきたんだ?ああん!?言ってみろ!」
何故か怒らせてしまったらしい。
申し訳なさを感じつつも、その声音はどこか苛立ちと照れが入り混じっていて、結局のところ彼なりの照れ隠しなのだとすぐに分かってしまった。
そんな愉快な……コホン、非常に気の置ける友人である彼は自分の私生活については多くを語らない。
彼――というより、ヒールの面々は揃って私生活の話題を避けているように思えた。
そこでふと、気になってしまったのだ。
裏では何度も共に仕事をしている。それなのに彼らが”表”で何をしているのか、僕はほとんど知らない。ビデオ屋という生活の基盤を持つ僕だからこそ、自然と湧いた率直すぎる問いだったのかもしれない。
「え゛、お、表の仕事……?あー……。そりゃあホラ、あれだよアレ。……ちゃんとやってるよ?一応、そりゃあ立派に……リーダー的なことをやってますけど」
返ってきた声は明らかにおかしかった。
言葉は途切れがちで歯切れが悪く、視線は定まらない。どこを見るでもなく宙を彷徨い、最後の方は完全に囁くような声量になっていた。
その様子を見た瞬間、強烈な既視感が浮かび上がった。
以前、ニコに貸したお金の返済を求めたときのことだ。「い、今は効率的にお金を稼ぐ革新的なビジネスをしてるのよ……。だから返済はもう少し待って頂戴!」と、あの時必死に頼み込んできたニコはまさにこんな反応をしていた。
後から調べてみれば、案の定その時期の邪兎屋には依頼など一件も入っていなかった。
“働いている”という話は完全なでたらめだったのだ。
その記憶と重なるようなエレクトロの反応に自然と察してしまう。
急に申し訳ない気持ちになり、僕はすぐに謝罪の言葉を口にする。
「――いやいやいや!?違う、違う。働いてない訳じゃないっ!ちゃんとした職に就いてるからな!?別に見栄を張ったわけじゃねえって!」
エレクトロは慌てた様子で両手をぶんぶんと振り、必死に取り繕おうとしていた。
……どうやら、彼の繊細な部分に触れてしまったらしい。
無理に傷付け、嘘を重ねさせてしまったのだとしたら、それは完全に僕の落ち度だ。
だからこそ、気持ちを和らげるつもりでこの話題を終わらせようとする。
そうだ、別に気にしなくてもいい。今仕事をしていなくても、フリーの状態でもエレクトロが凄い奴だってことは変わらないんだって――。
「おいやめろ!理解を示して慰める感じを出すんじゃねえっ!実際にはバリバリ働いて――!ちょ、その“察しました”みたいな目を今すぐやめろ!マジで本当だからな!?」
あまりにも必死な弁明に、僕は遂に堪えきれず笑いがこぼれた。
真面目なのか、不器用なのか、その境界線があまりにも曖昧だからつい反応を見たくなってしまう。他のメンバーが言うように、彼にはどこか抜けてて愛嬌があるのだ。
僕が笑ったことで、途中からからかわれていたことを察したのだろう。彼の堪忍袋が音を立てて弾けていた。
「てめ、アキラこの野郎ッ!――……ふ、ふふ。初めてですよ、私をここまでコケにしたお馬鹿さんは!」
吐き捨てるような言い方とは裏腹に、本気で怒っているわけじゃないことを理解した。むしろ、からかわれたことへの悔しさと、それをどうやってやり返してやろうかという悪戯心が彼のむくれた表情の奥に透けて見える。
「――いいだろう、覚悟しておけよ?いずれお前に全てを話す。だから、その時が来たら全力で度肝を抜いてやるからな……!」
その宣言は冗談めかした調子でありながらどこか本気だった。それでも不敵に笑いながら「話してやる」と宣言された瞬間、少しだけ呆気にとられてしまった。
彼が何かを“切り札”として温めているのだと直感的に理解してしまう。
彼が僕たちに何か大きな隠し事をしていることは以前から薄々感じていたことだけれど、それを気に病んだことは一度もない。それで信頼が揺らぐ理由にはならなかったからだ。
だから、彼の言葉に自然と口元が緩む。
驚きはしたが不思議と嫌な気はしなかった。むしろ少し楽しみだと思っている自分がいる。
急ぐ理由はない。無理に聞き出すより、彼が自分の言葉で語るその瞬間を待つ方がきっと正しい。
その時が来るまで、ゆっくり待つのも悪くない選択だと思えた。
ーーーーーーーーーー
――そして、現在。
「
目の前で己の正体を高らかに宣言した青年の姿を前に、僕の思考は完全に停止していた。
(え、ええええっ!?――はぁっ!?)
驚愕が胸を支配する。音は確かに耳に届き、視界も意識も澄んでいる。イアスとの接続にも異常はない。だが、理解と判断を担う脳の一角だけが強制的に遮断されたかのような感覚に陥っていた。
「えぇ……嘘、でしょ。……ほんとに……?」
H.D.Dの隣で、リンが喉の奥を擦るような声を絞り出す。
見開かれたその目は瞬きすら忘れ、まるで時間に縫い留められたかのように微動だにしない。
……その姿は今の僕自身をそのまま映し出した鏡だった。
もはや、ブリンガーがあの見覚えのある白い腕を召喚した瞬間の衝撃ですら記憶の奥へ薄れていく。それほどまでに今起きていることの破壊力が違っていた。
(――ちょっと待ってくれ。驚いた、なんて生易しい言葉で済む話じゃないぞこれは!エレクトロ!?)
ビデオ屋を営んでいれば、否応なく無数の物語に触れることになる。
ホラーは少し苦手だが、サスペンスも、ミステリーも、どんでん返しを売りにした作品も、一通りは観てきた。
巧妙に仕込まれた伏線。
観客の思考を誘導するミスリード。
そして最後の最後で、価値観そのものを反転させてくる展開。
そうした刺激には何度も心を揺さぶられてきた。プロキシとして非日常の現場にも立ち会ってきた。だから驚きにはそれなりに耐性がある。少なくともそう思っていた。
……けれど。
「――それを狙う者は秩序を破壊する悪党であると。あなたは、それを高らかに糾弾していました」
今、目の前で起きているこれはそのどれにも当てはまらない。
映画じゃない。
脚本も、編集も、カメラワークも存在しない。紛れもない
「――さらには怪物に成り果てたあなたこそが、唯一の悪といえるでしょう……!」
ブリンガーを追い詰める彼の声が耳を流れていく。意味は理解できているはずなのに思考が追いつかない。
ミステリー映画の登場人物たちはどうして探偵の推理に合わせて完璧なリアクションが取れるのだろう。やはり、監督の指示で何テイクも撮り直せるフィクションだからなのか。
そんな現実逃避めいた考えが浮かぶほど、感情が完全に処理落ちしていた。
(本当に……改めて理解が追いつかないな……!?)
六課のみんなに至っては、衝撃の正体暴露に加え、目の前で撃ち抜かれた人間が“生きていた”という事実そのものを今まさに突きつけられたばかりだ。
受けている衝撃はきっと僕以上だろう。
「……え、ええっ!シーイーオー、生きてたのぉ!?」
「………」
「いや嘘でしょ、マジで?――って、月城さん!?大丈夫ですか?」
やはり三人とも、混乱の渦に叩き込まれている様だ。
だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、意気揚々と迷いのない声が響き渡る。
「さあ、終わりにしましょう!全ての黒幕……ブリンガー!」
ビッ、と指を突きつけ宣言する。
まるで最初から、この結末しか存在しなかったかのように。
まるで、ここに至るまでのすべてが必然だったと言わんばかりに。
僕たちの目の前には“エレクトロ”が――いや、“エレグ・マックス”が確かにそこにいた。
エレグはもう僕らの困惑も動揺も置き去りにして次の段階へと踏み出していた。
――それは度肝を抜く、なんて言葉ですら生ぬるく感じるほどの有言実行ぶりだった。
ーーーーーーーーーー
ああ……ありがとうブリンガー。
本当に、心の底からありがとう……それしか言えないです。
気づけば俺は敵であるはずの相手に向けて、内心で惜しみない拍手を送っていた。
称賛に近い感謝。ここまで雄弁に、ここまで逃げ場なく、ここまで完璧に俺の正当性を証明してくれるとは……なんて親切な御仁だろうか!
いや、冗談抜きで感激している。もう少しで涙が出そうなほどだ。
胸の奥に長年詰まっていた栓が、ぽんと音を立てて外れたような感覚が走る。
疑いようのない事実。当然の帰結として訪れた解放感。
俺が何度も何度も脳内で反芻してきたシチュエーション。その完成形が今この瞬間、現実として完璧に成立している!
目の前には感電の余波に捕らわれたまま硬直し、痙攣するブリンガー。
無数の目は見開かれ、そこに貼り付いているのは、ただ一つ。理解不能という感情だけだ。
まあ、あんなに批判していた加害者の正体が、実際には被害者でもあったという意味が分からない状況なのだからこんな反応になるのも無理はないだろう。
しかし!ここまで丁寧にお膳立てされてしまっては応えないわけにはいかない。彼のご厚意をありがたく受け取り、盛大にフィナーレを飾るとしよう……!
「さあ、終わりにしましょう!全ての黒幕……ブリンガー!」
Fu~!決まった……。
語調、間、視線。どれを取っても完璧だ。
善と悪は鮮やかに切り分けられ、責任の所在も明確。これ以上美しい締めが、この世界に存在するだろうか?……いや、断言しよう。存在しない!
胸を満たすこの心地よい高揚に身を委ねたまま、俺は次の段階へ進もうと、背後にいるアキラたちに向けて自信に満ちた声を投げかけた。
「六課の諸君、並びに私の友人アキラ!対象は現在行動不能です!今のうちに拘束し、身柄を――」
「――いや!ちょっと本当に待ってくれ!エレ……グ」
……ん?
その声は予想していたものでもなかった。焦りを含ませ、確かな困惑と重みを持った制止だった。
怪訝に思い、俺は振り返る。そこにあったのは――沈黙。
六課の面々も、アキラも、そろって呆然とした表情のまま、俺を見つめていた。
……え、何で?
一瞬、思考が高速で回転する。
何か見落としがあったか? 致命的な計算違いでも?
いや、ない。
断言できる。筋書きは完璧だ。想定通りどころか、むしろ想定以上に綺麗に決まっているはずだ。
内心の疑問と、一抹の不安を表に出さぬよう整えながら俺は平静を装って問いかける。
「……ふむ。皆さん?どうかしましたか?」
アキラが言葉を探すように視線を彷徨わせてから、困惑を隠しきれない声で続ける。
「……いや、その、まだ僕たち全然、そんな段階にいけてないんだ……!ちゃんと説明してほしい……!」
頭を抑えながら切実に頼み込むアキラのその言葉に、全力で同意を示すように六課の三人が勢いよく無言で頷いた。
……?
…………。
………………えぇ……。
そこで、ようやく理解が追いついた。止まっているのはブリンガーだけじゃなく、六課の面々も、アキラも、誰一人として状況を理解できていなかった。
一歩引いて、状況を整理してみる。
ほんの数秒前までに、この場で起きた出来事を客観的に並べてみると――。
・突如として落ちる雷撃
・別勢力の介入
・事件にヒールとの関係性の示唆
・そして突然の俺による正体開示←今ココ。
あー……なるほど。なんだこれは、情報量のフルコースじゃないか(白目)。
これは確かに一息で処理できる量じゃない。
まるで急に俺は
……うわぁ。完全にテンション上がり過ぎてた。
気持ちよくキマりすぎて、ハイになってたな……めちゃくちゃ恥ずかしい……!
「……コホン。失礼しました。どうやら少々先走ってしまったようですね」
小さく咳払いを一つして、自嘲気味に息を整えながら改めて姿勢を正す。誰がどう見ても、説明責任が先だろう。まったく……一体誰だ。こんなに話をややこしくした奴は!
幸いにもブリンガーは電撃による残留拘束によって、当分はピクリとも動けそうにない。
折角だし、話してやるとしよう。黒幕を追い詰めた後の種明かしは映画だと定番だしな。
「では、この場をお借りして皆様にここまでの経緯をご説明させていただきましょうか……」
まずはファーストコンタクトの郊外から話し始めた。偽装死は大部分がガバなので、それは誤魔化しつつ、ここまでの動線を整える。
讃頌会との関係、そこに至る経緯、演説会場で起きた出来事。雅さんの暴走と、それを止めたヒールの介入。
情報を噛み砕き、順序立て、誰が聞いても理解できるように理路整然と、現在に至るまでの流れを語り切る。
……の、だが。
「「「…………」」」
いや、話を重ねるごとに空気が重くなっていくんですが!?
誰も口を挟まず、相槌もない。
ただ、表情だけがじわじわと険しくなっていく……!
まずいまずいまずい!この感覚、知ってるぞ!
丹精込めて練り上げた企画を、で?という目で相手方から見られる、あの胃が締め付けられる瞬間だ……!
「――要するにですね、公的組織の中枢に居座りながら裏で暗躍していたブリンガーと、彼を都合のいい隠れ蓑として不正を重ねていた讃頌会の一派。その動向を完全に掌握するため、我々はあえて協力者を装い、内部から接触しました」
「結果として、彼らの企みを把握したうえで、民間人に一切の犠牲を出すことなく追い詰めることができた。……それが、ここまでの一連の行動の真意です」
「表の立場ではどうしても制約が多いですからね。こうした点では裏の立場の方が都合がいいのですよ。……さて。何か質問はありますか?」
――沈黙が辺りに満ちる。
おいおい、もう話し終わったぞ!?
柳さんと悠真が改めて俺の姿を見て、現実を受け入れたくないという顔をしてるんだけど!?
俺だよ!?エレクトロだよ!?一応恩人でしょうが!
俺の裏の立場ががっつり違法なのは否定しないけど!
でも私的利用はしてないし!あくまで対抗措置としての利用だし!ほら、そっちもアキラと協力してるわけだし、実質ほとんど同じじゃない!?
だから……見逃してくれるよね!?ね!?
必死に心の中で弁明し、胃の痛みを誤魔化していると――。
「えーと……つまり……」
場の空気を割ったのは意外にも六課で幼い執行官の蒼角ちゃんであった。
混乱しながらも、真剣に彼女なりに状況を整理し、口にする。
「……実は生きていたシーイーオーが、あの時、私たちを助けてくれたエレクトロだったから……つまり、良い人?蒼角たちの味方ってこと?」
「……おお!」
そうそう、それそれ!その理解で完璧だよ蒼角ちゃん!!
実際にはもっと複雑な事情があるのだが、それらが一周回って彼女にだけ“単純な答え”として処理できただけのようだ。
だが、そんなことはどうでもいい!
孤立無援の中で、ついに理解者を得た俺は思わず大きく頷き、彼女の手を取った。
「わわっ!?」
「――っ流石、蒼角執行官!まったくもってその通りです!私があの時、六課の窮地に駆け付けたボンプなのです!またこうして実際に会うことができ、大ッ変光栄ですよ!」
「「 」」
一番処理できないところを確定されてしまい、言葉にならない息を呑む気配が場に一斉に走った。
過去の記憶と現在の光景が無理やり接続され、あまりの差異に脳の軋む音が悠真と柳さんから伝わってきたがきっと気のせいだろう。
抑えきれない喜びに背中を押され、俺は笑みを深め、蒼角へと一歩踏み寄る。
「蒼角執行官!」
「ふぇ!?な、なに!?」
急に大きな声をかけたせいか、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。
しまった、驚かせたか。
そう思い、俺はすぐに声のトーンを落として、あの時と同じ距離、同じ声色で囁く。いわゆる戦友への呼びかけだ。
「さあ……あの時と同じように一緒に悪者を退治しようじゃありませんか……?ね?」
あの時、六課の中で唯一過度な警戒を向けずにいてくれた存在。だからこそ多少強引でも信頼を前提に踏み込む。
彼女は一瞬だけ視線を彷徨わせ、やがて小さく頷きを返してくれた。
「……う、うん!」
よっしゃ、ありがとう!相変わらず天使だなこの子!
現場はまだ混乱の最中だが、この調子ならいずれ全員が現実を受け入れてくれるだろう。
さて次は悠真かな。共にボンプで奮闘した仲だし、さっきから「……あの時のアイツが?エレグ?」などと、柳さんと一緒に頭を抱えているが俺の正体が何であろうと、戦友としてのマインドは忘れていないはずだ。
そう考え、彼らの方へ足を踏み出そうとした、その瞬間だった。
「……エレグゥッ……!」
「おっと……」
背後の空気の流れが、ざわりと騒めいた。背中に突き刺さるような露骨な憎悪と殺意。
……ああ。どうやら少し、話し過ぎたようだ。
ブリンガーの奴、どうやらこの間に回復したらしい。
「おのれキサマよくも私を謀ったなァッ……!」
低く、粘つくような声でブリンガーが俺を睨みつける。
……ひぇ、この場で洗いざらい話したからか、めちゃくちゃキレてる。
いや、そこまで怒る必要あります?
今まで散々、讃頌会関係者の引き取り先に利用して、やっと死んだと思わせてぬか喜びさせて、裏で計画を操作して妨害して、最終的に俺の立場を盤石にするために活用しただけじゃないですか。
今にも飛びかかってきそうな殺気が煩わしく、ほんの少し距離を取った、その時。
前に出る影があった。
「――悠真執行官?」
「……正直、今でも理解し辛いし、頭はまるで追いついてないけどさ。あの時助けてくれたあんたが、そこまで悪い奴じゃないってことくらいは分かってる」
弓を構え、ブリンガーと向き合う悠真の姿とその言葉に胸の奥がじわりと熱を帯びた。
「っボンプ執行官……!」
「……やっぱこの後、連行しようか?」
思わず漏れた声に対し、一瞬で冷たい視線を返されてしまった。
「ああ!?ちょっと待ってください!?そんなことしたら、取り調べの担当、あなたを指名しますよ!仕事が増えるの嫌でしょう?」
「それは確かに困るけどね。けどそういうのはさ~、他の課に回しとけばいいから……!」
「ぐ……!そうなったら私はハルマサボンプについて、詳細に供述します!こっちはあの時の映像データもありますからね!」
「なんで持ってるんだよ!?絶対にやめろ!」
「お二人とも!今は目の前の敵に集中してください!」
復帰した柳の一喝が場を貫き、空気が一気に引き締まる。反射的に、二人同時に口を閉じてしまった。
……立場的に、怒られる経験が少ないから地味に堪えるな。男二人が揃って叱られるという、なかなかに恥ずかしい構図だ。
その様子を、アキラが呆れたように、しかしどこか楽しそうに眺めていた。
――おい何笑ってんねん。
視線が合うと、まるで”いつものことだろう?”とでも言いたげに目を細められた。
「はぁ……そうだな。締まらないな……」
話は一応まとまり、上手く運んだはずの展開に、思わず呆れを滲ませてそう零してしまう。
その間にも、ブリンガーは巨大な腕を召喚していた。
「いいだろう……!全員この場で返り討ちにしてやる!――主よ!私に祝福を!」
ブリンガーは憎悪を漲らせ、狂信的な叫びと共に、戦意が剥き出しにする。
……おいおい、本気か?
この面子を前にして、正面から勝てるとでも思っているのか。
こちらにはすでにあの対ホロウ六課がいる。どう考えても、戦力差は歴然だ。
立ち向かってくるブリンガーの無謀さに呆れるが、それでも自分が彼らと同じ戦場に立っているという事実に、歓喜と高揚が静かに混ざり合っていく。
六課の背中を支える位置から、アキラと俺は啖呵を切った。
「皆!気を付けてくれ!」
「ええ!それでは皆さん!共同作戦といきましょう!」
後方に構えたまま、笑みを噛み殺す。
身体の内に奔る電流を鋭く研ぎ澄ませながら。
ーーーーーーーーーーーーー
電気は便利だ。
夜を照らし、機械を動かし、情報を瞬時に運ぶ。
家庭の灯りから工場の駆動、医療機器、通信網、果ては兵器に至るまで……。
電気は都市という巨大な生命体に血液のように巡り、人間社会の隅々にまで浸透している。
もはやそれ抜きでは、一秒たりとも文明は成立しない。
だが、電気は単なるエネルギーではない。
電気とは変換の媒介だ。
振動へと姿を変えれば音となり、抵抗に囚われれば熱となる。
粒子を励起すれば光を放ち、信号として流れれば情報となり、神経をなぞれば、意思を命令へと変える。
形は持たない。だが、あらゆる形を”取らせる”ことができる。
人類はそれを回路と理論で縛り、用途ごとに切り分け、制御してきた。
つまり電気とは極めて応用が利き、”何にでもなれる力”なのだ。
もし、その”変換”そのものを、装置も、媒介も、複雑な理論計算すら介さず。
直感のままに選び取り、即座に実行できる者が現れたなら。
――戦場の見え方は、根本から変わるだろう。
「エレグゥ・マックスゥウウッ!!――ぐッ!?」
叫び声。
声帯に走る生体電流の乱れと、筋肉の動作予兆。次に来る行動はすでに確定している。
「悠真執行官、半歩下がってください。狙撃、今!――お見事。1.6秒ほど怯むので柳執行官と蒼角執行官は二、三発打ち込んだ後離脱を。上方から巨大な腕が構えられているので、振り下ろしてくるつもりでしょう」
言葉は必要最低限でいい。
結果は、必ず追いついてくる。
「ああああ!キサマぁああッ!?」
サクリファイス・ブリンガー。
人間としての思考能力と会話能力を保持する、極めて特異な存在。エーテリアスのように本能任せで突進する単調な敵ではないため、思考があるがゆえに戦術を組み、状況に応じて手を変える知性を持つ。
それだけでも脅威だが、加えて滞空能力による重力に囚われない移動。
複数の目を備えた体により広い視野を持ち、巨大な腕を召喚・使役する広範囲攻撃。
さらに、“無尾の力”という切り札を未だ温存している。
本来であれば、極めて高い脅威度を誇る存在だ。
だが、ここがホロウ内だとしても今の俺にとって予測できない相手――”ということはない”。
後方に陣取る俺の指示通り、戦闘は寸分の狂いもなく展開していく。
予測。
伝達。
実行。
戦場を完全に支配した俺たちによって、ブリンガーは動くたびに追い込まれていった。
「……なにこれ、あんた未来でも見えてるってわけ?……ブリンガーの奴も態とやってるわけじゃないよね。ねえ、もしかしてまだここ、VRの世界?」
「ブリンガーの攻撃の際に瞬くあの閃光……一体これは?」
「えーと……”赤”は絶対に避けて、”金ピカ”は弾いていい、で合ってるよね!?」
困惑混じりの声が次々と飛ぶ。
だが、その一つひとつに迷いはなかった。誰一人として動きを止めていない。
ブリンガーの挙動は完全に対ホロウ六課の掌の上にあった。
幸いなことに、前回の邂逅ですでに六課の生体データは取得済みだ。俺はその解析結果をもとに、予測した行動の一部を“視覚情報”として共有している。
要するに――攻撃の瞬間が、事前に分かる。
戦闘において、これ以上ないほどのアドバンテージだ。本来なら、未知の感覚に混乱してもおかしくない。
だが、そこはさすが精鋭揃いの六課だった。
この場にいる全員が、すでに直感的に理解している。
――ああ、
「ふ、ふふふ……!」
その無言の了解と俺に向けられる信頼と認識が伝わってきて、思わず口元が緩む。
戸惑いはほんの一瞬。
次の瞬間には全員が状況を受け入れ、それを“使いこなす側”に回っていた。
「キサマらッ!さっきから一体何を言って……!?」
「簡単な話ですよ」
冷静な声が、絶望を告げる。
「あなたの動きはすべて分かっている。――私たちには、ね」
指示を飛ばすだけで終わるつもりはない。
俺自身も戦列に加わる。
電流を一気に収束させた指先を、あえて見せつけるように掲げる。
――電気を光へ変換。
刹那、真っ白な光が弾け、戦場を一閃した。
「ギィ!?」
ブリンガーの身体は広い視野を確保するためか、全身に複数の眼球を搭載した構造をしている。一見すれば戦闘に適した異形だが、その“視覚”こそが最大の弱点でもあった。
強烈な光をまともに直視し、ブリンガーは大きく怯む。
他のメンバーを巻き込まないよう、照射角度と出力は調整済みだ。指示を出すまでもなく、隙を晒したその瞬間、ブリンガーが集中攻撃を受けるのは必然だった。
「があああ!?クソッ、何度も何度もォオ!」
俺は六課の連携の中に、少しずつ“電気”を織り交ぜながら、邪魔にならない位置を保って動き続ける。こうした小さな妨害を、何度も、何度も、丁寧に積み重ねていく。
その結果、ブリンガーから向けられる殺意と憎悪は、執拗なまでに俺一人へと集約されていた。
……実に、好都合だ。
この戦場はゲームではない。現実だ。そして現実である以上、攻撃パターンに規則性はなく、ここに存在する人数分の情報量は途方もない。どれほど演算を重ねようと、どこかに誤差が生じるのは避けられない。
だがその誤差を減らす手段がないわけではなかった。
この場の予測装置の要は俺一人ではない。
この戦場を“俯瞰する目”もまた、計算に組み込める。
「みんな、ブリンガーの奴のエーテル活性がまた上昇した……!警戒してくれ!」
そう、アキラだ。
ホロウ内であっても”リアルタイム”で通信を可能にするH.D.Dシステム。この状況で、それを使わない理由はない。戦闘開始直後にアキラのスマホにメッセージを送り、視覚情報を直接共有できるよう、秘密裏に指示を飛ばした。共有先は俺自身へ、つまり”デバイスとしての”エレグだ。
フェアリーがいないからこそできる戦法。バレないように後でログを消さないといけない手間がかかるが、恐らく今回限りだと思うのでどうせなら使用したかった。チームワークを高め合いたいのだ!そして俺は支援キャラとして大成する!
前線で得られる断片的な情報に、後方からの俯瞰視点が重なる。
敵味方の配置、微細な動き、攻撃の予兆。
それらが次々と統合され、予測精度は限界まで引き上げられていく。
当然、ブリンガーは気づかない。
非戦闘員であるアキラに意識を向けることなく、その全注意を他に向けてくる。
その結果、どうなるか。
「気味の悪い……!一体どうなっている!何故当たらんのだッ!?」
放たれる攻撃は、ことごとく空を切る。狙っているはずなのに、当たらない。
捉えたと思った攻撃は極限支援で弾かれ、カウンターを貰う。
全てを見透かされているかのような理解できない現象に、ブリンガーの中で戦慄が膨れ上がっていく。自分の攻撃が否定され続けるという、じわじわと心を蝕む恐怖。
そのすべてが、こちらの掌の上だとも知らずに。
「なんか……可哀そうになってきた……!」
「蒼角ちゃんさぁ……優しいのは分かるけど同情はしちゃだめだよ?……まあ、気持ちはわかるけど」
ん?何故こちらを見るんだい悠真?まるで俺が彼をいじめているみたいじゃないか。向こうから仕掛けた戦いだというのに。
けど、確かにこうまで一方的では少々可哀そうだ。十分なデータは得ることができた。そろそろ終わりにしようか。
六課の後ろから勢いよく飛び出した俺は、ブリンガーの注意を引くため、わざと声を張り上げ、存在を誇示する。
「そんなに目が多いと、色々大変でしょう!どうぞ!”おかわり”です!」
「っ! エレ――」
まんまとその声に釣られ、無数の視線が一斉にこちらを向いた瞬間を逃さず、これまでとは桁違いの光量を解放する。
ブリンガーの網膜の数に合わせ、余すところなく届くよう波長を調整した暴力的な閃光をぶっ放した。
「――ぐぁああッ!?」
悲鳴を上げ、のたうち回るブリンガー。
これは、さすがに堪えるだろう。
「うわぁ……やっぱりえげつない」
やや引き気味に悠真が呟いている。
ちなみに当然のことだが、光はきっちり調整してある。
焼かれたのは、ブリンガーの視界だけだ。
恨むなよブリンガー。恨むなら完全に設計思想の段階から破綻している、その哀れとしか言いようがない身体を恨め。
――もっとも、これで終わりではない。
電気は、光に変えるだけのものじゃない。手を添えた口元に電流を纏わせ、すぅ、と一息。
「「「っ!」」」
周囲の全員が俺の意図を察し、反射的に耳を塞いだのを確認してから、俺はブリンガーへ向かって、全力で吐き出す。
――音の爆弾を。
「“ワ゛ッ!”」
「っグギぃッ!?」
ボンッ!と、指向性を持たせた衝撃波が空間を震わせ、聴覚と平衡を司る感覚器官を破壊し、ブリンガーの世界を完全に歪めた。
「アァああッ!?」
これで、五感のうち二つが機能不全。
戦闘中にそんな状態へ陥れば致命的な隙を晒すのは当然だ。無論、その隙を周囲の精鋭たちが黙って見逃すはずもない。
「今です!」
次に何が起きるか理解する前に、六課の総攻撃が重なる。
上下左右、死角なし。
あらゆる角度からの一斉攻撃が、無防備なブリンガーへと叩き込まれる。
おお!すげぇ……完全に総攻撃だ。ペ◯ソナかよ。
「がぁああッ!?」
やがてブリンガーは吹き飛ばされ、配置されていたコンテナへ激突。
倒れたコンテナに押し潰され、そのまま動きを止めた。
衝撃で砂塵が舞い、視界が白く閉ざされる。
「……死んじゃった?……ううん、
「
一部とはいえ俺と同じ”視覚情報“を共有している六課は、もはや自分の視覚だけに頼らない。
武器を構え、ブリンガーの“次”を、正確に捉え続けていた。
その隙に陰の功労者であるアキラを持ち上げ回収しておく。意外と柔らかいな……、実際に手に持ったことはなかったからなんだか新鮮だ。情報共有はもう十分だと言い、礼を言っておく。あまり膨大なログが残り過ぎると削除するのが手間になる。
闘志の尽きない敵のおかげで、こちらも存分に能力を実戦で試せた。
前線は六課が担ってくれ、俺は後方から応用、検証、改良を何度でも繰り返せる。
しかもホロウ内部での能力行使にも、徐々に慣れてきた。……なんて素晴らしい環境だったのだろう!
気付けば、口元が緩んでいたらしい。
アキラが少し遠慮がちに声をかけてくる。
「エレ……グ。なんだか、楽しそうだね」
「おっと、すまないアキラ。こうやって対ホロウ六課と肩を並べて戦う日が、本当に来るとは思っていなくてね。つい、感慨深くなってしまってな……」
背筋を伸ばし、表情を引き締める。その言葉は本心だ。
だが、それだけじゃない。
能力を好き放題に試せるこの状況が有意義で仕方がない、なんて流石に言えるはずもない。誤魔化すように視線を砂塵の向こうへ戻す。
「ところで……人付き合いが得意なアキラに聞きたいんだが、六課のみんなと素で話すべきか悩んでいるんだが……どうすればいいと思う?」
「う、うーん。いや……ちょっと分からないな。君がエレクトロだっていうのは理解したけど、エレグのその話し方、正直まだ違和感があって慣れてないんだ。無理に変えないで今のままでいいんじゃない?」
「え、ええ……?そうなん?」
すっごい不本意なんだが……。まあでも
それにしても、改めて思う。六課は本当に凄い。
この異常極まりない感覚を疑問よりも先に“使いこなす”と判断できる適応力。
精鋭と呼ばれる理由が骨身に染みて分かる。
これでは、ブリンガーに反撃の目はない。
寧ろこれから放つつもりの不意打ちにも、完全に対応してくるんじゃないか?
若干要らない心配をしながらも、そう高を括った、その瞬間だった。
――ドゴォォォォォォンッッ!
突如、目の前のコンテナが轟音とともに吹き飛び、爆炎が視界を覆った。
……あれ、ちょ、なんか威力 高――
ーーーーーーーーーーーーーー
「――うわああああ!?」
爆発の衝撃が鉄橋全体を揺さぶり、次の瞬間アキラの身体は、あっさりと宙へと放り出されていた。
爆炎が膨れ上がった、ほんの一瞬。
「やべぇ!?」と、こちらを抱えていたエレグの腕がアキラを外へと迷いなく投げ出したのだ。
足場を失った感覚が、遅れて脳を殴る。
重力が一気に牙を剥き、眼下では闇に沈む地面が、信じがたい速度で迫ってくる。
予想外の一撃だったとはいえ、六課の蒼角、柳、悠真は反射的に跳び退き、爆心から離脱していた。
しかし、宙を舞うアキラの姿を認めた瞬間、三人の表情が凍りつく。
「くっ、プロキシ――!」
悠真が必死に手を伸ばす。だが、距離がありすぎるため、間に合わない。
風圧が全身を叩き、思考が追いつく前に、落下という現実だけがすべてを支配する。
――このまま、落ちる。
そう覚悟した、その瞬間。
「――失礼します」
「……え?」
視界の端を、黒い影が掠めた。
次の瞬間、激突を覚悟して強張らせた身体は、衝撃とは程遠い柔らかな感触に包まれる。
羽毛のようにしなやかで、同時に確かな力強さを持つ抱擁。
鼻先をくすぐる、甘く澄んだ香り。
あれほど凄まじかった落下の勢いが、嘘のように削ぎ落とされていく。
恐る恐る目を開くと、月明かりを受けて艶やかに輝く黒い翼が視界を満たしていた。
夜の空に溶け込むような黒髪と、冷静さを湛えた端正な横顔。
「ク、クロエ……?」
「ふふ……お久しぶりです」
カラスのシリオンのメイド、クロエだった。
その身一つで落下するアキラを抱え止めている。
「どうぞ、しっかりとお掴まりくださいませ」
翼を巧みに操り、空気を切り裂く速度を殺しながら、彼女は静かに高度を落としていく。
やがて、足裏に確かな大地の感触が戻った。
クロエは慎重に着地し、アキラをそっと地面へと降ろす。
続けて、慈しむように背中を優しく撫でられた。
「プロキシ様、ご無事で何よりです。お怪我はございませんか?何かお困りのことがあれば、何なりとお申し付けくださいませ」
「え、ええと……クロエ?大丈夫だよ。おかげで助かった」
相変わらず、隙のない所作。
だが、どこか印象が違う。
以前よりも艶やかで、落ち着きがあり――”何故か”包み込むような雰囲気がある。
守る側の自覚を得た女性特有の、言葉にしがたい静かな強さが、彼女の佇まいには宿っていた。
ともあれ、彼女がここにいるということは――。
「ンン゛ッ、……プロキシ様、ご無沙汰しておりました」
「……やっほ」
「っ!?ラ、ライカンさん!エレン!来てくれたのかい!?」
予想通り、目の前には威厳ある狼の執事――フォン・ライカンが立っていた。
深く一礼するその姿は戦場であることを忘れさせるほど落ち着き払っている。古風で洗練された所作は相変わらず健在だ。
その背後ではエレンが気だるげに片手を上げ、ジトっとした目でこちらを一瞥していた。
なぜだか妙に後ろめたい気分になり、思わず背筋が伸びる。
しかし、そこでふと周囲を見回し、ある違和感に気づいた。
「あれ……?リナさんとカリンは?」
「ああ、彼女たちであれば――」
ライカンが静かに顎で示す。その先へ視線を向けた瞬間、答えはすぐに見つかった。
宙から落下してきた蒼角をリナが難なく抱き留めていたのだ。
腕の中にすっぽりと収まる蒼角は衝撃など微塵も感じさせず、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべている。
「お姉ちゃん、ありがと!」
「ふふ……ご無事で何よりですわ」
リナは柔らかく微笑み、蒼角の頭を撫でる。
蒼角もそれを心地良さそうに受け入れ、身を委ねていた。
あまりにも微笑ましい光景――なのだが。
「そ、蒼角……」
その様子を目の当たりにした柳はみるみる顔色を失い、真っ青になっていた。
彼女からすれば、脳が致命的なダメージを受ける光景だったらしい。
「あ、あの!武器をお返しします!」
そこへ、慌てた様子で声を上げたのはカリンだった。
落下の際に蒼角が手放した巨大な武器を下でしっかりキャッチしていたらしく、そのまま差し出す。
「あ~!ありがとう!」
蒼角が受け取り、ひとまず場は収拾する。
柳はこめかみを押さえ、ふらりと一歩よろめいた。
「や、柳さん、大丈夫かい?」
「え、ええ……。プロキシさん、彼女たちとは……面識が?」
返事こそ丁寧だが、その目はどこか虚ろで、探るような響きを帯びていた。
――しかし、説明する暇は与えられなかった。
突如として、大地が不気味にうねる。
次の瞬間、地面を突き破るように巨大な腕が出現し、迷いなくアキラたちへと伸びてきた。
同時に周囲の空間が歪み、裂け目から次々とエーテリアスが湧き出してくる。
場の空気が一変した。
「……どうやら、積もる話は後になりそうですね」
柳が低く告げると同時に、ライカンが一歩前へ出る。
「ご心配なく。ヴィクトリア家政が、お力添えいたします!」
その言葉に呼応するように、家政の面々が揃って前線に並ぶ。
月光の下、整然とした隊列を組むその姿は戦場であるにもかかわらず異様なほどの静謐さを放っていた。
各々が得物を手にし、無言のまま戦闘態勢へと移行する。
空気が張り詰め、次なる戦いの幕が、音もなく上がろうとしていた。
「――あれ、エレグは?」
ふと、ぼそりと呟いた悠真の呟きは、あまりにも小さく。
前に立つ者たちの背に遮られ、夜気に溶けて消えた。
ーーーーーーーーーー
「……はっ、はぁ……っ……やった、ぞ……。忌々しい……奴らめ……」
爆炎の余韻を孕んだ地面に、ただ一人。
ブリンガーは膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
肺は焼け付くように痛み、胸郭が上下するたび内側で何かが軋む。
それでも倒れきらないのは、サクリファイスとして歪められた肉体が常識外れの生命力を宿しているがゆえだった。
「チ……クソ……。やはり、下に落ちて躱されたか……。だが……まずは、回復を……!」
その身体ですら、限界は近い。
生き延びるため、ブリンガーは周囲に漂うエーテルへと意識を伸ばした。
砕けた地面、焼け焦げた金属。そこに残る成分のうち生命へと転換可能なものだけを選び取り、貪欲に吸い上げる。
「……奇妙なものを、使いおって……!」
これまで経験したことのない、異質な戦闘だった。すべてを先読みされているかのような六課の動き。そこへ重なる、エレグによる執拗で煩わしい妨害。
何より屈辱だったのは、妖刀の力の開放を徹底的に摘まれたことだ。
手も足も出なかったという事実に、怒りと恐怖が同時に掻き立つ。
だからこそ、吹き飛ばされた先で偶然目に入ったコンテナの中身――工事用エーテル爆薬に賭けた。
なりふり構わず、そのすべてを起爆する。
ほとんど自爆に等しい手段だが、手の内を完全に読まれていると感じたからこそ、予測不能の一手に出た。
結果は――成功だった。
爆発は過剰で、無差別で、凶悪。
視界を埋め尽くす炎と衝撃の中で六課の連携は断ち切られ、その影は橋の下へと飲み込まれていった。
胸の奥に沈み込んでいた圧迫感が、わずかに緩む。
……だが、それはほんの一瞬だった。
刹那。間の抜けた声が響く。
「――ごっほ、ごほ……!チぃ。スーツが滅茶苦茶汚れたじゃねえか……!」
「な――っ!?」
濃密な煙がゆっくりと割れ、その奥から人影が歩み出てくる。
炎を背に何事もなかったかのように姿を現したのは――エレグだった。
爆破に巻き込まれたのにもかかわらず、その表情に痛覚の痕跡はなく、あるのは純粋な不満だけだ。まるで予期せぬ雨にでも降られたかのような顔だ。
「みんなの脳への負担を考えて環境要因の演算を省いたのは失策だったな。戦力は増えて頼もしいが……俺まで下に降りると面倒なことになりそうだ」
ぶつぶつと独り言を零しながら、苛立ち混じりにスーツの汚れを払う。
その仕草に被弾や損傷を示す兆しは一切ない。それどころか、自らの判断ミスを冷静に反省する余裕すら滲ませていた。
その一挙一動が、ブリンガーの神経を執拗に逆撫でする。
――だが、同時に理解もしていた。
今、この男は孤立している。
六課はいない。前線を張る存在はもういない。
「(……再生は、粗方済んだ。今なら……殺せるッ!)」
体内で修復が完了した感覚とともに、殺意がぶわりと全身から立ち上る。
衝動ではない。これは確信に裏打ちされた結論だった。
「……わざわざ、死にに来たようだな……!貴様の死体を晒した後、背後の邪魔な企業ごと信用も権威も地に落としてやる!」
「……え?」
吐き捨てるような宣告に思わず固まるエレグ。
ブリンガーの視線には、はっきりとした侮蔑が宿っている。所詮は後方支援だというその認識が、彼の態度を何倍にも増長させていた。
先程までの不利は手違い。偶然。誤算に過ぎない。そう思い込み、孤立した哀れな存在を見下ろして嗤う。
エレグの殺害宣言。
それが社会にもたらす影響の大きさは、ブリンガー自身が先ほどまで声高に語っていたはずだった。にもかかわらず、今の言動は過去の自らの弁論を都合よく切り捨て、きれいさっぱり忘れ去ったかのようだ。
――そう、彼は紛れもない異常者である。
人体実験もテロ行為も、すべては目的達成のため。
無辜の命を犠牲にすることを”正しい”と心から信じ込み、それを何度も繰り返してきた最悪のカルト集団、讃頌会の一員。
現在の彼は、その歪んだ忠誠心ゆえに、自らの人間性さえ切り捨てている。必要とあらば何の躊躇もなく怪物へと堕ちる精神構造を完成させていた。
誰が不幸になろうとも、自分の正当性だけは決して揺るがない。
その異常な狂気が今、隠しもせず剥き出しになっている。
その支離滅裂な存在を前に、エレグの表情が一瞬こわばった。
だが、次の瞬間には鋭く研ぎ澄まされた視線を返す。
「……相変わらず気持ちの悪い奴らだ」
ぼそりと呟き、静かに息を吐く。
恐怖ではない。躊躇でもない。
ただ、思い出しただけだ。
正直に言えば下に見ていた。だが、たとえ掌の上で転がしていたとしても、目の前の存在が“憐れみ”だとか“愛嬌”だとか、そういった人間的な尺度で測れるはずがないということを。
思考を持ち、同じ言葉を話す。それでもなお、決して交わることのない思想。
理解しようとすること自体が心底無駄で、そして不快だ。
ほんの一瞬、胸の奥がざわつく。
だが、次の瞬間にはその感情を噛み砕くように獰猛な笑みを、エレグは浮かべていた。
「……いいだろう。お前の
理解することを止め、気持ちを切り替える。ここは理屈を捨てて、穏便に暴力で解決を試みるのが正解なのだと己を改める。
苛立ちも、嫌悪も、今は不要。
讃頌会に心を掻き乱されるくらいなら、まとめて叩き潰せばいい。
それに考えてみれば、だ。
みんながいた時は電気の力は情報の取得と未来予測として使用した。だが、それを“攻撃手段”として全力で振るったことはない。
ならば――次は、それを”試す”。
エレグは一歩、踏み込み、体内を巡る莫大な電気エネルギーを、外へは逃がさず、強引に自身へと収束させていく。皮膚の内側で、無数の火花が走る感覚。
体細胞の電気信号を操作して数々の“リミッター”を解除し、力、速度、五感、動体視力と……、人間の身体能力を限界以上に引き出していく。
やがて、淡い光を纏ったエレグはネクタイを緩め、首元の圧迫を解いた。
それは戦闘の準備というより、これから自分が前に出るという静かな宣言だった。
拳を握り締め、不敵に笑う。
「ならばブリンガー……。お前は、”この俺が直接ぶちのめしてやる”」
その姿を見て、ブリンガーは鼻で嗤った。
「戯言を!武器も持たずに……始まりの主に背く愚か者が!私が直々に殺してやる!」
踏み潰すだけだ、と。そう言わんばかりにブリンガーは迷いなく殺意を行動へと変えた。
侮るのも結構、分かり合えないもの結構。
嵐の前の静けさのようにエレグはただ静かに構え、口角を吊り上げた。
――さあ、ここからは、楽しい思想のぶつけ合いの時間だ。
――新エリー都について。
多くの謎に満ちた空間災害、ホロウと共存しながら巨大な繁栄を築き上げた事実上の都市国家。
エーテル技術をはじめとする高度な科学力と厳重な治安、管理体制によって都市としての機能と繁栄を維持するこの場所では、一般の学生でさえ高い戦闘能力を有することは珍しくない。
ならば、肉弾戦を得意とする一般経営者が一人や二人いても驚くには値しない。