転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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皆さまお久しぶりです。
前回の投稿がまさかの1月……。エタってた間の時間の流れが早すぎますね……。お待ちいただいていた方々、投稿が遅れてしまい本当に申し訳ありません!

ひとまず明日くらいには三話ほど投稿して、そのまま第五章のラストまで一気に走り切ります!(多分嘘じゃないです!)引き続きよろしくお願いします!

ウルト兎様からファンアートを頂きました!
陣営最高戦力のライノマスクです!デザインから分かります、滅茶苦茶強そう……(小並感)


【挿絵表示】



会話の主導権は拳で制す

 

「す、凄い……!」

 

思わず漏れたアキラの声は驚愕そのものだった。だがそれは決して大げさな感嘆ではない。

即席で組まれたとは思えないほど六課とヴィクトリア家政の連携は精密に噛み合っていた。

 

ヴィクトリア家政の無駄のない制圧動作。

洗練され、磨き上げられた連携。

そして何より、戦闘の一挙一動に宿る”優雅さと気品”。

 

巨大な腕の周囲に湧くエーテリアスを打ち倒す動作は流れるように滑らかで、力の誇示ではなく“完成された所作”としてそこにあった。その様は精鋭揃いの六課の面々でさえ、思わず目を奪われるほどだ。

 

「トドメです……!」

 

最後の一撃が腕を穿ち、やがて地から突き出していた巨大な腕は抵抗する力を完全に失ったのか、ゆっくりと沈み始める。地面に溶け込むように輪郭が崩れ、異形は静かに消えていった。

 

――だが。

 

「っこれは!?」

 

「皆さん。周囲を警戒してください……!」

 

勝利の余韻を切り裂くように異変は突然訪れた。

同時に周囲――いや、このホロウ全域のエーテル濃度が誰の目にも明らかなほど急上昇したのだ。

 

空が赤黒く染まり、重苦しい暗雲が渦を巻く。

空気は一気に粘つき、呼吸のたびにざらついた違和感が喉を撫でた。

肌の内側にまで染み込んでくるような不快な圧迫感。

 

その光景を目にした瞬間、アキラの胸をひやりとした既視感が貫く。

背筋をなぞる冷たい感覚。

 

――まるで、“あのモニュメントの時と同じ”。

 

次の瞬間、まるで呼び水でも打たれたかのように至るところからエーテリアスが溢れ出した。

地面の裂け目、崩れた建造物の影、歪んだ空間のひずみ。そこかしこから異形が這い出し、空気を震わせる唸り声を上げる。

 

「不味い……!早くエレ――彼のところに行かないと!」

 

今は立ち止まって考えている余裕などなかった。

 

「ええ。姿が見えないということは恐らく、ブリンガーのところにいる可能性があります」

 

柳が空を仰ぐ。

歪み始めた上空を鋭く睨むその横顔には、明確な警戒の色が浮かんでいた。

 

「この異常な空、嫌な予感がします。何か異常なことが起きているかもしれません。急いで上へ向かいましょう……!」

 

その言葉に、誰からともなく頷きが返った。

しかし、アキラたちの行く手を遮るようにエーテリアスの群れが飛び掛かってくる。

 

「くっ!」

 

アキラへ迫る一体。距離が近い――!反応が半拍遅れた、その瞬間。

 

鋭い閃光が横切った。

 

飛来したナイフがエーテリアスのコアを正確に斬り裂き、異形は断末魔を上げる暇もなく崩れ落ちる。

 

「彼に近づかないでいただけますか?」

 

「――クロエ!」

 

振り向けば、クロエがスカートを翻しながら暗器を構えていた。

その動きは優雅ですらあるのに、隙は一切ない。

 

鋼鉄の刃が連続して放たれる。狙いは寸分の狂いもなくエーテリアスの核を射抜き、次々と沈めていく。

 

そこへライカンが踏み込んだ。機械式義足が駆動音を響かせ、鋭い蹴撃が異形をまとめて薙ぎ払う。衝撃で空気が震え、敵の群れが一瞬たじろいだ。

 

「道は切り拓かせていただきます」

 

「プロキシ様。残りのエーテリアスはヴィクトリア家政にお任せください」

 

前に出たクロエとライカンが、揺るぎない声音で告げる。

 

「ありがとう!頼んだよ!」

 

短く礼を告げ、アキラたちはその場を後にする。

 

背後ではヴィクトリア家政の面々が静かに前線を引き受け、迫り来るエーテリアスへと再び向き直っていた。

 

向かうは落下してきた橋の上。ブリンガーを追い詰めていた場所へ。早く、エレグのいる元へと急ぐ。

 

焦燥を胸に押し込めながらアキラは六課と共に歪んだ空へと続く上方へ駆け出した。

 

 

「くっ、ホロウの様子が変化したからか……エーテリアスもいつにも増して凶暴だな!」

 

悠真は辟易したように息を吐き、迫り来る敵影を鋭く睨み据えた。

 

道中、エーテルの奔流に煽られるようにエーテリアスたちは獣性を剥き出しにして襲いかかってくる。

統率もなく、理性もない。ただ破壊衝動だけを燃料に数を頼みに押し寄せてくるその様はまるで災害そのものだった。

 

だが、アキラたちは足を止めることなく、行く手を塞ぐ敵を次々と排除しながら進む。

刃が閃き、光の矢が飛翔し、砕けたエーテリアスの残滓が霧のように宙へ溶けていく。

 

「あ、待って道が!」

 

先頭を走っていた蒼角の声が跳ねる。

 

突如として視界を塞ぐ巨大なコンテナ群が現れた。鉄の塊が無秩序に積み上げられ、道は完全に封鎖されている。進行は絶望的に思えた。

 

「これじゃあ、通れないな……」

 

「迂回しますか?」

 

柳がそう口にした、その瞬間だった。

コンテナの向こう側から、空気を震わせるほどの声が轟く。

 

「――その必要はねぇ!」

 

「えっ!?」

 

次の瞬間、夜気を切り裂く凄まじい衝撃音。

 

爆発と見紛うほどの破壊音と共に、封鎖されていたコンテナが文字通り吹き飛ばされ、暗闇に舞った。

 

飛び散る鉄塊の向こう側から現れたのは圧倒的な存在感を放つ巨大な重機。

油と鉄の匂いを纏い、地面を踏みしめるその姿はまるで戦場に降り立った鋼鉄の巨獣。

 

その上に立つのは屈強な体躯を誇るクマのシリオン、ベン・ビガー。

そしてその隣には、白祇重工の若き社長――クレタ・ベロボーグの姿があった。

 

「よお、プロキシ!久しぶりだな!手ぇ貸すか?」

 

「クレタ……!」

 

あまりにも豪快で、あまりにも彼女らしい登場にアキラは思わず声を上げた。

だが、驚きはそれで終わらなかった。

 

「オレちゃんもおるで!忘れんなやッ!」

 

「我こそは『明星の断罪者』!助太刀に参った……!」

 

低く響く駆動音が地面を震わせ、次の強力な援軍が姿を現す。視線の先には白祇重工が誇る二台の知能機械重機。

 

一台は関西弁を操る熱血漢のダブルショベル。

もう一台は、過剰な演出と誇張された動作を好む、いかにも中二病全開のパイルバンカー。

 

二台はそれぞれの個性をこれでもかと主張しながら、確かな意思をもって戦場への参戦を示していた。

 

「ハンス!フライデー!」

 

アキラの声に、二台は嬉しそうにライトを瞬かせる。

 

「久しぶりやなプロキシィ!”オクトパス”の兄貴姉御のおかげで全員完全復活や!」

 

刹那、二台の重機の上から影が躍る。

 

「とうっ!」

 

威勢の良い掛け声と共にその影は地面へと落下し、片膝を突く姿勢で着地した。

拳が叩きつけられた地面から砂埃が円を描くように舞い上がり、重機の影と相まって、まるで舞台装置のような演出を生む。

 

俗にいうスーパーヒーロー着地。

 

金属の巨体とは対照的にその動きは無駄がなく、しなやかだった。

 

「君は……!」

 

数拍の静寂の後、彼はゆっくりと立ち上がり、肩に積もった砂埃を払うように軽くすくめる。ヒールの構成員の一人――オクトパスだった。

 

「や、久しぶりだねアキラ。頼もしい援軍の到着だよ~!”何・故・か”突如湧き始めたここら一帯のエーテリアスは、ボクらが全て掃討済み!だから背後は安心していいよ」

 

「オクトパス!来てくれてうれしいよ!あ……それで……えっと」

 

安堵と再会の喜びが先に立つが、エレグのことを思い出してしまい、続く言葉が喉に詰まる。

 

言葉を探すアキラの様子を見て、オクトパスは「あちゃー」と小さく苦笑する。

その表情には察しているが今は踏み込ませない、という静かな意思が滲んでいた。

 

「……ああ~と、うん、大丈夫大丈夫。うちのリーダーについては”後でちゃんと”話し合っておくから。一先ず上へ行くんでしょ?向こうでアンドーさんとグレースさんが待ってる。早く行ってきなよ」

 

オクトパスはそう言って、あくまで軽い調子を崩さなかった。

だが、その言葉の端々に含まれた意味をアキラが読み取れないはずもない。

 

どうやら、今は彼の話題にはあまり触れてほしくないらしい。

アキラは続きかけた言葉を喉の奥に押し込み、今は深入りしないことを選んだ。

 

――何にせよ。

 

戦力は揃い始め、道は開かれた。それだけは揺るぎない事実だった。

 

まるで示し合わせたかのように、かつて縁を結んだ者たちが次々と姿を見せる。

その光景を前にしてアキラの胸には静かな熱が込み上げてくる。

 

過去の繋がりがもたらす信頼と絆。差し伸べられた手の一つひとつが確かな重みをもって、心に深く刻まれていった。

 

「へへっ……!このホロウの周り、どこ見ても監視だらけで、頭おかしいくらい厳重だったけどよ。オクトパスが抜け道を案内してくれたから、あたしら全員無事に辿り着けたってわけだ!」

 

してやったり、と言わんばかりにクレタは胸を張る。

その顔はまるで悪戯を成功させた子供のように無邪気で、どこか誇らしげだった。

 

だがすぐに怪訝そうに顔を顰める。

 

「……しっかし、この天気。モニュメントの時とまるっきりおんなじじゃねえか?雷は鳴りっぱなしだし、空気はやけに乾いてるし……なんか嫌な感じがすんぞ」

 

クレタは空を睨むように見上げ、腕をさすった。

湿度を失った空気が肌にまとわりつき、微細な静電気が布越しに走る感覚がある。

 

彼女の中で、長年現場を渡り歩いてきた経験――職人めいた勘が静かに警鐘を鳴らしていた。

 

――これは普通の天候じゃない、と

 

「あれ、クレタ?髪が……!」

 

「ん?……うお!?何だこりゃ!」

 

指摘されて初めて気づく。

クレタの髪が、見えない何かに引っ張られるようにふわりと逆立っていた。一本一本が微かに震え、空気そのものに緊張が走っているようだ。

 

「……これは……もしかして、また?」

 

異変はクレタだけではなかった。

周囲にいた全員の髪が同じように逆立ち、肌には乾いたざらついた感触。呼吸をするたび、肺の奥まで静電気が入り込むような錯覚さえある。

 

自然と誰もが周囲を見回し、原因を探す。

そして次の瞬間、示し合わせたかのように視線は上空へと向いた。

 

「おい……あれ」

 

「は?」

 

夜空は相変わらず、不気味な赤に染まったままだ。

それだけでも異常だというのに、その下でさらに現実離れした光景が広がっていた。

 

――ギギ、ガガッ、ゴッ……。

 

金属が擦れ、軋み、無理やり引き剥がされるような耳障りな音が断続的に響く。

音源は明らかに上空。しかも一つではない。あちこちから重なり合い、不快な不協和音となって降り注いでくる。

 

「なんだ、これ……!?」

 

皆の視線の先。

 

瓦礫の山から鉄骨が浮き上がる。崩壊した建物の骨組み、折れ曲がったパイプ、放置されていた重機のパーツ。さらには小さなボルトや金属片に至るまで――。

 

あらゆる金属が、重力を否定するかのように宙へ持ち上がり、ゆっくりと、しかし確実に上空の一点へ吸い寄せられていく。

 

まるで見えない巨大な手が世界を掴み、かき集めているかのようだった。

 

その量は常識の範囲を完全に逸脱していた。

夜空を覆う金属の奔流は巨大な渦を形成し、低く唸るような圧力が地上にまで伝わる。空気が震え、鼓膜の奥に鈍い重さが残る。

 

現実感がじわじわと剥がれていく。

 

「まさか……!」

 

アキラはその集束点を一目で理解した。

 

自分たちが今まさに向かおうとしていた場所。

ブリンガーとエレグのいる地点――そこにすべてが集まりつつある。

 

偶然であるはずがない。異常の中心と目的地が完全に重なっている。

 

一体何が起きているのかと、背筋に氷の刃のような悪寒が走った。

 

「おいィィィ!?何やってんのアイツ~!?」

 

一方で、オクトパスは半ば叫ぶように言い、焦りと困惑の入り混じった視線で空を見上げる。

隣のハンスは、むしろ高揚していた。

 

夜空を覆う金属の渦を仰ぎ見ながら、その身にまとわりつく強烈な磁力を感じ取っているのだろう。備え付けのライトを誇示するように点灯させ、どこか嬉しそうに目を細める。

 

「おお……これは、もしや”我が盟友の”――!」

 

空気そのものが歪むほどの磁力。金属を意のままに引き寄せる、圧倒的で荒々しい存在感。

 

それを感覚で捉えた二人はもはや疑いすら抱かなかった。

 

――この異常な磁力の源が誰によるものなのか。

 

その答えは二人の胸中ではすでに確定していた。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤヌス区治安総局副総監、ジャスティン・ブリンガーは十年前の旧都陥落の際に決定的な役割を果たし、その名を一躍世に知らしめた人物である。

 

自分の侵蝕装備を迷うことなく市民に譲り、ホロウから数多の命を救った彼の姿は人々の記憶に強く刻まれ、英雄と讃えられた。

 

ヒラから這い上がってきた彼だからこそ、ブリンガーは高みに座る権力者ではなく、同じ地面に立つ存在として人々に親しまれ、市民の信頼を自然に引き寄せていた。

 

――しかし、権力を手にした現在の彼に向けられる評価は、もはや当時のものとは大きく異なる。

 

現在の彼はかつての剛直さよりも、世論の風向きやメディアの評価を優先する日和見主義者として語られることが多い。

 

TOPSなどの大企業にすり寄り、発言は常に無難で中身がなく、責任の所在は曖昧にされ、英雄時代の胆力はもはや見る影もない……それが市民の抱く冷ややかな印象だった。

 

そして残念なことに、その評価は決して的外れではなかった。

 

世間の視線が届かない裏側で、かつてのブリンガーは既に“死んで”いたのだ。

現在のブリンガーは、目的を果たすためならば手段を選ばぬ、まったくの別の存在へと静かに変貌していたのだ。

 

 

 

 

「――失礼します」

 

ブリンガーが足を運ぶのは公式記録には決して残らない私邸や、会員制の談話室。あるいは都市の喧騒から切り離された高層階の一室であった。そこには常に公的権力と”取引”を望む者たちが待っていた。

 

都市の表舞台では決して語られない利害の調整――その裏側だ。

 

「――ようこそブリンガー長官。早速だが、”例の件”の進展を聞かせてほしい」

 

柔らかな笑みを浮かべてそう切り出したのは、よく整えられた身なりの中年の男だった。新エリー都でも指折りの規模を誇るTOPS企業の重役。言葉遣いは丁寧だが、その視線が追っているのは一貫して結果だけだ。

 

これが都市に影響を与える権力者のありふれた姿だった。肩書きの寄せ集めにすぎず、利益を最優先し、高潔さの欠片も持ち合わせていない。それらは必要に応じて飾られるだけの看板に過ぎなかった。

 

――こうした人間たちが都市の流れを左右している。

 

その現実に、ブリンガーは一瞬だけ名状しがたい悲しみを覚える。

だが、それはほんの一瞬だ。感情はすぐに沈み、それを表に出すことはない。

 

促されるままに、彼は持参した資料を机上に置いた。

 

「……こちらになります。治安局が近々行うホロウ周辺の巡回ルートですが、こちらで調整しました。ご確認ください」

 

当然、それは正式文書ではなかった。

 

この資料をどう使えば利益になるか、目の前の男は即座に理解するだろう。

巡回ルートの空白、警備の手薄な時間帯、物流の効率化。

あるいはそれだけに留まらず、さらなる法や道理の外側に踏み込む使い方すら考えつくかもしれない。

 

だが、ブリンガーにとってそれはどうでもいい。それは彼の関心事ではない。必要なのは報酬と今後につながるパイプ。それだけだ。

 

重役の男は資料に目を落とし、満足そうに笑みを深める。

 

「……ふむ、確かに!流石はホロウから奇跡の帰還を成し遂げた英雄だな!今後とも、ぜひ親しくさせてもらいたいものだ」

 

「はは……ありがとうございます」

 

ブリンガーは治安局内の情報をリークし、上流階級の要人たちの欲望を用意。必要とあらば法の解釈を捻じ曲げて、事実を都合よく配置してきた。

 

その見返りとして得たのは揺るぎない地位の安定、表に出ることのない非公開情報、そして確かな利益である。

 

だがそれらはいずれも私腹を肥やすためのものではなかった。すべては、彼が所属する讃頌会のためであり、ひいては己が最も崇拝する“始まりの主”へと捧げられる供物に過ぎなかった。

 

治安官として逸脱したその行為に対し、ブリンガーは罪悪感を微塵も抱かなかった。この立場に立ち、この役割を果たせるのは自分だけだと理解していたからだ。

 

しかし、取引を重ねるほどに、ブリンガーは人間という存在の醜さを否応なく突きつけられていく。

 

――上流階級の身なりは常に過剰だった。

 

高価な織物に、誇示のためだけに施された装飾。それらは防寒でも防護でもない。自分が他者よりも上にいることを示すための、虚飾の鎧に過ぎなかった。

 

――彼らの価値観は徹頭徹尾、数字でできている。

 

規模、格式、従業員数、出資額、保有株式、影響力。

市政と対等に交渉できる立場にあるという事実そのものが、彼らの歪んだ自負心を肥大させていた。

 

――資金は潤沢で、尽きることがない。

 

なぜなら、危険も犠牲も、自ら引き受ける必要がないからだ。

ホロウへ踏み込み、命を賭けて資源を掘り、道を切り開くのは常に下の身分の者たちだった。その死すら損益計算の一行に還元される。

 

――彼らの態度は相手によって変わる。

 

格上の権力にはへりくだり、利用価値には親しげに、逆らえない者には高圧的に。

その切り替えに、迷いはない。むしろそれは洗練された処世術として誇られていた。

 

ブリンガーが関わってきた上流階級の人間は多種多様で、一枚岩ではないからこそ、外道の種類が豊富なのだ。

 

だが、結局のところ、形こそ違えど本質は大差ない。

立場も言い分も異なるが、根底にあるのは利害と自己保身、そして肥大した自尊心だ。

 

 

「………」

 

そんな上の人間に失望し、やがてブリンガーは視線を彼らの下へと向けた。

 

そこには都市の大多数を占める市民たちがいた。

 

建前の上では平等な構成員とされながら、実際には数として処理され、統計の一部として管理される存在。

 

市民たちは上流階級を嫌悪している。

搾取されていることも、危険や負担を押し付けられていることも、薄々理解しているからだ。

 

だが理解しているだけだった。

その認識が行動へと結びつくことはほとんどない。

 

代わりに彼らが選ぶのはネットワーク上での罵倒と嘲笑だった。

 

――”どうせ上は全部グルだろ。金のことしか頭にない”

 

――”政治も治安局も信用できない”

 

――”真面目に働いても報われない社会とかマジで終わってんな”

 

――”努力が足りないとか言う奴、現実見ろ”

 

匿名という仮面の裏から声を上げ、同意の反響に包まれて一時の安心を得る。

発言したという事実だけが、どこかで責任を果たしたかのような錯覚を生み、それ以上の行動は誰か別の人間に委ねられる。やることは“誰かが変えてくれること”を期待するだけ。

 

一方で、誤った行動力を持つ者たちもいた。

 

短絡的な欲望に従う犯罪者たちは法を踏み越え、都市に即物的な混乱を撒き散らす。

 

略奪、破壊、見せしめの暴力。そこに大した信念も理想もなく、あるのは衝動と自己正当化、そして刹那的な満足だけだ。

 

彼らは理解しない――自分たちの行為そのものがさらなる監視と締め付けを正当化し、自由を削り取る口実になっているという事実を。

 

ブリンガーはその結末を何度も見てきた。

 

現場に残るのは壊れた設備と血の跡、怯えきった市民の顔。

そして混乱が収束した後、必ず導入されるのは、より強固な管理体制とより広範な権限だった。

 

理念も目的も持たない暴力は秩序を食い荒らす。だが、その暴力は決して体制を揺るがすことはない。むしろ体制を強化し、正当化する燃料として消費されるだけだ。

 

市民はそれを嘆く。

 

「また締め付けが強くなった」「自由が奪われた」と声を上げる。

 

自らが沈黙し、あるいは無責任な混乱を許容してきた事実からは最後まで目を逸らし続けたまま。

 

――その瞬間だった。

 

この社会に対してブリンガーの中で最後の期待ともいえる感情が崩れ落ちたのは。

 

上層は腐敗している。

下層もまた、自ら状況を変えようとする意思を持たない。

 

力あるがゆえの傲慢と、無力ゆえの卑小さ。

そのどちらもが是正されることなく循環し続けるこの社会にもはや希望など存在しない。

 

――人間にこの社会を運営する資格はない。

 

それは怒りでも憎悪でもなかった。

感情を通り越した先にある、凍りついたような確信だった。

 

だからこそ、すべてを『始まりの主』に委ねるしかない。

誰かの英雄性や善意に期待する段階はとうに終わっている。

人間という種そのものが、この世界を統治する器ではなかったのだから。

 

醜い欲望や矮小な利害を介在させない、人間を超越した完全なる上位存在へこの世界を引き渡す以外に人類が救われる道は残されていない。

 

ブリンガーは、そう信じるに至った。

 

それでも人類を救うためには、誰かが行動しなければならない。ただ嘆くだけでは何も変わらない。腐敗を認識したのなら、それを断ち切る役目を引き受ける者が必要だ。

 

――ならば、それは自分しかいない!

 

――あの時、常識を超えた“奇跡”をこの身で体験した!

 

――あの存在の片鱗に触れ、その意志を感じ取った者は他にいない!

 

自分こそが橋渡しとなるべきだ!と、そう確信していた。

 

だからこそ、自らを主へ捧げる生贄(サクリファイス)として役目を果たすことに、いささかの躊躇もなかった。

 

 

 

――そして。

 

今まさに”目の前で計画を阻もうとしているこの男”を排除することにも、何の憂いもなかった。

それは憎悪でも私怨でもない。ただ、必要な工程を実行するだけの話だった。

 

まったくもって愚かな男だとブリンガーは哀れむ。

 

調子に乗ってしゃしゃり出ることなく、他の連中と同じように安全圏に退き、裏で手を回していればよかったものを。自分を特別だと思い込んだ、その傲慢さこそがこの男の敗因だと断定して、そのまま命を刈り取らんとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この社会には変革が必要だ!だが、変革には犠牲が伴う!」

 

――ぶっ飛ばされた。

 

 

「うぁぐはぁッ!?」

 

激しい衝突による衝撃がブリンガーの身体を意識もろとも吹き飛ばしたのだ。空気が爆ぜ、瓦礫と粉塵が爆発的に跳ね上がり、破壊音が周囲を抉る。

 

(―――は?)

 

何が起きたのか理解する間もなく、サクリファイスの肉体が誇示してきたはずの質量を裏切るかのように無様な軌道で地面に向かって叩きつけられる。

 

一度、二度と跳ね、装甲と肉が削れ、引きずられながらようやく停止した。

 

衝突点からは放射状に亀裂が走り、アスファルトは紙のように裂け、地面には深い轍が刻み込まれていた。まるで巨大な獣が一気に踏み荒らしたかのような惨状である。

 

「ぐ、が……はぁ、はぁっ……何、何が……!?」

 

一体何が起きたのか。

奴が、何をしたのか。

 

理解に辿り着く前にブリンガーは反射的に腕に力を込め、無理やり身体を起こそうとする。だが体は痺れ、鉛のように重く、動かすことができない。

 

「――俺のタックルはどうだ?」

 

「っ!?」

 

粉塵の向こうから、コツ、コツ、と一定の間隔で革靴の足音が響く。

 

やがて粉塵を押し分けるように姿を現したのは、全身に迸る稲妻を纏ったエレグだった。その両腕は、黒光りの金属により、まるでガントレットのように覆われていた。

 

自分の権威の象徴ともいえる仕立ての良いスーツには埃や煤が遠慮なく付着しているが、本人は意に介した様子すらない。むしろその口元には、不敵という言葉では収まりきらない獣めいた凶暴な笑みが浮かんでいた。

 

――ありえない。

 

ブリンガーの脳裏に即座にその否定が走った。

 

上流階級とは安全圏に座し、他者に危険を押し付け、暴力とは距離を保つ存在のはずだ。

それが今。

 

汚れることも厭わず“自ら”粉塵の中を歩き、

“自ら”の意思で最前線に立ち、

“自ら”の身体で殴りかかってきた。

 

理屈が追いつかない。ブリンガーの抱いてきた“上”の像と、目の前の男はあまりにもかけ離れていた。

 

「な、何者、貴様……ただの経営者じゃ――うぐっ!?」

 

言葉がそこで途切れ、ガッ、と鈍い音。

 

「俺はスポーツマンだッ!」

 

気づいた時には間合いは消失し、頭部を黒腕で鷲掴みにされていた。距離を詰められた感覚すらないまま、エレグの怒号が疑問を叩き潰す。

 

「そこらのセコく儲けている柔なインテリ共とは鍛え方が違う!一緒にされては困るな!」

 

「な、何を言――ぐ、ぁああああ!?」

 

指の力がさらに強まり、ギチギチと何かが軋む音がする。

それが装甲なのか、骨なのか、あるいは自分の中の”常識”なのか、判断する余裕すらない。

 

そのまま持ち上げられ、ブリンガーの身体が宙に浮く。

足先が虚しく空を掻いた。

 

「俺がその気になりゃあ、メイフラワーの市長だって――」

 

エレグは顔面を掴んだまま腕を引き絞る。

そこに技術も計算もない。ただ投げ飛ばすためだけに最適化された、純然たる暴力の構え。

雷光が腕に収束し、空気がビリビリと震えた。

 

「――ぶっ飛ばせるッ!!」

 

「ああああッ!?」

 

次の瞬間、空気を切り裂く轟音が弾けた。

 

ブリンガーの身体は弾丸のように一直線に吹き飛ばされ、背後に積まれた巨大コンテナの壁へと激しく叩きつけられた。

 

「ゴッふ!?」

 

分厚い鋼板が悲鳴を上げて歪み、コンテナ全体が大きく揺れた。

背中から叩き込まれた衝撃が内臓を容赦なく跳ね上げ、呼吸が潰れ、視界の端が白く滲んだ。

 

――だが、それで終わりではなかった。

 

「CEOを舐めんじゃねぇッ!!」

 

追撃。怒号と同時に放たれた蹴りが、ブリンガーごとコンテナを抉り上げた。

 

「うごぁあああッ!?」

 

数十トンの鋼鉄の塊がまるで空き缶のように宙へ跳ね上がる。

ブリンガーもろとも押し上げられ、視界はぐるりと回転。重力の感覚が途切れ、何が起きたのか理解も追いつかず、身体だけが空中に放り出された。

 

(――バカな!?人間の力では……!)

 

上昇はすぐに止まり、重力に引かれて落下が始まる。意識を引き戻すように視線を下へ向けると――そこにいた。

 

地上でこちらを見上げるエレグ。口角を吊り上げ、”この程度か?”と挑発するような笑みを浮かべている。

 

「――……!」

 

その表情を見た瞬間、ブリンガーの理性は吹き飛んだ。叩き潰さずにはいられない衝動だけが膨れ上がる。

 

流石サクリファイスといえよう。すぐさま反撃に打って出る。

 

右腕が蠢き、肉とも金属ともつかぬ組織がせり上がり、瞬く間に触腕が伸びる。それらは鞭のようにしなりこちらをあざ笑う宿敵へと振り下ろされる。

 

「エレグゥゥゥッッ!」

 

空気が裂け、質量とエーテル圧が一体化した強烈な一撃が地表へ叩き込まれた。

 

轟音。

 

大地が爆ぜ、舗装が放射状に割れる。粉塵と破片が噴き上がり、衝撃波が周囲を揺らした。

 

それでも、そこに立つ男だけは微動だにしなかった。

 

「――こそばゆい!」

 

「なっ!?」

 

エレグは電光を奔らせ、その腕一本でその攻撃を受け止めていた。

 

「金か権力か、それとも命か。俺を狙ってきた連中は、ちょっと抵抗しただけでまるで理不尽な目に遭ったみたいな顔をする!エレグ・マックスは暴力とは無縁だという勝手な期待を裏切って悪いが――」

 

エレグは受け止めていた触腕へと視線を落とし、次の瞬間、指を食い込ませるようにして掴む。

 

「――ぐぉッ!?」

 

ぐい!とブリンガーの意思とは関係なく体を勢いよく引っぱられ、両者の距離が急激に近づき、視界いっぱいにお互いの顔。視線が交差したのも一瞬。

 

――戦う重役というのも面白いとは思わないか!?

 

その瞬間、張り裂けんばかりの笑みを浮かべたエレグの拳が動いた。

 

「ごぼぁ!?」

 

一発。躊躇のないストレートがブリンガーの顔面を打ち抜く。

 

「オラオラオラオラァ!」

 

続けざまに左。

肘を畳んでのボディ。

顎を跳ね上げるアッパー。

 

その立場に似合わぬ鍛え上げられた体重移動と腰の回転が、そのすべてを純粋な破壊力へ変換していた。

 

「――~~?!!」

 

エレグのブリンガーを掴む掌の下で、微かな火花が散る。青白い電光が一瞬だけ弾け、ブリンガーの視界の端をちらついていた。

 

反撃も距離も取れない。触れられた腕が痙攣し、動かすことすらできない。

 

――接触し流される電気による肉体の強制的な硬直。

 

そこを起点に体勢を固定され、殴打の衝撃を逃がす余地がない。

 

拳、拳、拳。

 

呼吸の隙間すら許さない速度。打撃のたびに空気が爆ぜ、装甲や肉体が鈍く震える。

 

さらに電撃が織り込まれ、ブリンガーの自由を奪う。防御を突き破る力に加え、エレグは自らの電気信号を操り、常識を超えた身体能力で一撃一撃を極限の重みで叩き込む。肉体を容赦なく穿つ、圧倒的な破壊力だった。

 

「お前らの崇高な使命だか何だか知らないが!力で押し通すつもりなら大歓迎だ!話はシンプルでいい!受けて立ってやろうじゃないか!――オラァ!」

 

渾身の一撃が腹部を捉え、鈍い爆音と共にブリンガーの身体を大きく折り曲げ、吹き飛ばす。

 

「がぁあああッ!?」

 

衝撃が波となって周囲へ広がった。大地が震え、粉塵が舞い、空気が一拍遅れて悲鳴を上げる。ブリンガーの身体が地面を跳ね、転がった。

 

「が……はッ……!?ハァ……!?」

 

悶絶しながらも、ブリンガーの意識は混乱の渦へと投げ込まれていた。

 

(な、何なんだ……この化け物はっ!?サクリファイス()の膂力を上回るなど!本当に、あのエレグなのか……!?)

 

荒々しく、容赦のないその姿は記憶に刻まれた人物像と完全に乖離していた。

 

口調も含め、まるで別人だった。

若くして複数の企業を掌握し、穏やかな笑顔で庶民に愛想を振りまく成功者。権力と金を自由に操る立場にありながら、反吐が出るほど清廉で、どんな状況でも余裕を失わなかった讃頌会の宿敵。

 

先程も六課の陰に身を潜め、煩わしい妨害を投げるだけの存在に過ぎなかったはずだ。

 

だが今は、孤立してなお手も足も出ないその圧倒的な強さにブリンガーは呆然とするしかなかった。

 

「――これが人間の力だ。ホロウに適応した生命(化け物)にならずとも努力すればこのぐらいはできる!」

 

「っ!」

 

地に伏すブリンガーの周囲をエレグは悠々と歩き回る。口を開くその声には、誇りとこの世界の人間が持つ力への確信が滲んでいた。

 

「もちろん誰もが力を行使すれば闘争は生じ、社会は混乱へと沈む。だが己の身を守り、この社会を蝕む脅威に対抗するためには必要不可欠のものだ!」

 

突如として、見えない聴衆に語りかけるかのようにエレグは高らかに宣言した。

 

「……私利私欲に溺れた拝金主義。昔話と自己顕示にしか生きがいを見出せない権力の化石。数多の反社会勢力を量産してきた公的機関。ホロウに乗じて私腹を肥やす無法者。――こいつらは並べるだけで反吐が出る!無性に殴り飛ばしてやりたくなる!」

 

エレグの暴論に完全に気圧されるブリンガー。

 

なんということはない。これらは単なる演説ではなく、他者の犠牲を当然の前提として世界を組み立てる狂気的で歪んだ思想を持つ讃頌会(ブリンガー)に対し、エレグはそれらを凌駕する実力を背景に、さらに強烈な思想と主張を正面から叩きつけているに過ぎなかった。

 

「この際だから教えてやろう――俺には”夢”があるッ!」

 

「ゆ、夢……?」

 

ブリンガーの喉から、かすれた声が零れ落ちる。

意味を掴めない単語を、ただ反射的に疑問として吐き出すことしかできなかった。

 

「どんな生まれや肩書きにも縛られず、進む道も立ち止まる理由も全て、自分で決められる!――分かるか?俺が目指すのは“真の自由”だ!」

 

エレグは拳を高く掲げた。

熱を帯びた声が粉塵の中に響き、続く言葉は甘さを一切許さない。

 

「個人の権利が尊重される自由!犠牲や神の庇護など必要ない!自由とは本来、己の欲望のままに他者を蔑ろにする身勝手な行動ではなく、責任とモラルが同居している行動選択なのだと、こんな当然のことを忘れた奴らに俺が直々に思い出させてやる!」

 

言葉に熱が乗り、エレグの声は演説じみた高まりを見せる。

 

――その瞬間。ほんの一瞬だけ、エレグの視線がブリンガーから外れた。

 

「(――今!)ぎ、ぐ、お、おおおおっ!」

 

そのわずかな隙をブリンガーは見逃さなかった。

 

理性よりも先に、長年の治安官としての戦闘経験と生存本能が身体を突き動かす。

 

悲鳴を上げる全身の筋肉を無理やり叱咤し、本能に突き動かされるように、剣と同化した左腕を振りかぶり、全てを賭した突進を敢行する。

 

「……勿論己の信念を持たず、自己研鑽を怠り、偉大な存在に縋りついているだけで自らを誇っている讃頌会(お前ら)にも思い出させてやろう!イカれた人体実験なんかに無関係な人間を巻き込む時点で、その理想がどれほど安っぽいのかを分からせて――……」

 

しかし、言葉を途切れさせた瞬間、エレグは素早く振り返った。

視界に迫るブリンガーを認めると、眉をしかめ、苛立ちと煩わしさを滲ませ――。

 

ガキィインッ!

 

「っ!?ば、ばかな!」

 

金属同士が正面衝突したかのような、常識外れの音が炸裂する。

そこにあったのは剣と剣の交錯ではない。エレグは迫り来る刃を金属に覆われた黒い腕で引っ掴み、いとも容易く受け止めていたのだ。

 

「ナマクラが……!」

 

吐き捨てるような声と共に、フンッ、とエレグが力を込めると乾いた破壊音が戦場に響き渡った。握力に耐え切れず、刀身は無惨に砕け散ったのだ。

 

あまりの現実離れした光景に、ブリンガーは思考を一瞬停止させた。

だが、その一瞬の猶予すら与えられない。

 

「話の最中だ!お前らはいつも都合の良い話にしか耳を傾けない!」

 

エレグの拳が唸りを上げ、一直線にブリンガーの横顔を撃ち抜いた。

 

「ごぼああッッ!?」

 

呻き、体勢を崩したその隙をエレグは当然のように見逃さない。

 

讃頌会への嫌悪と、積もり積もった私怨をそのまま拳に乗せ、容赦のない連打が次いで叩き込まれる。

 

「――何が崇高なる救いだ!」

 

「ぐえッ!?」

 

「――何が始まりの主だ!」

 

「ごあっ!?」

 

左右から叩き込まれる強烈なフックが脳を激しく揺さぶり、視界が白く弾ける。

 

ぐらりと揺れる後頭部を、エレグの手が乱暴に掴み取る。

次の瞬間、逃げ場もなく地面へと叩きつけられた。

 

「そんなものは豚に喰わせておけッ!」

 

――ドゴォッ!

 

「ぎうっ!?」

 

地面からの反発を利用するように、エレグは掴んだ頭を強引に引き上げる。

 

「お前らみたいな気に入らない奴はぶん殴る!」

 

腰と肩を大きく捻り、全身のバネを一点へ収束させ、拳が炸裂した。

 

「それが俺の目指す新エリー都だァ!」

 

「があああ!?」

 

宙を舞った身体は制御を失い、地面を擦りながら転がり、そのまま沈み込むように伏した。

 

「――俺が頂点に登り詰めた暁には、お前らのような連中が蔓延るこの腐った社会をぶっ潰してやるッ!

 

ブリンガーはなおも諦めきれず、震える腕で地面を押して立とうとするが――

 

「セレブだの草食系(メトロセクシャル)だの――訳の分からん奴らをぶん殴ってやるッ!

 

「うごぉっ!?」

 

振り下ろされた拳が、容赦なくブリンガーへ叩きつけられる。

 

抵抗する余地すらなく、ブリンガーの身体は押し潰される。舗装が陥没し、身体ごと地面へ沈み込み、その動きは完全に止まった。

 

「今やホロウも暴力もビジネスだ!人間同士の争いこそが人類を最も脅かしている!多くの人間は自らの世界を狭め、他者を踏み躙ることに何の疑問も抱かなくなった!奴らのモットーだか文化だか知らんが……この都市の規範は腐り果てた!

 

「がっ!?」

 

ブリンガーを蹴りつけ、怒りのまま吐き捨てるような言葉は、強い確信に満ちていた。

 

「――だが、そんな終末世界じみた秩序も常識もこれで終わりだ。俺がこのくだらねぇ社会システムを、被害をもたらすホロウに依存するという矛盾に満ちた体制を根こそぎ解体してやる!」

 

「そうして人間は本来あるべき姿を取り戻す!共通の脅威に向かい、ようやく一つに団結することになる!俺たちは手に入れるわけだ!災害に怯える必要などなかった、遥か昔の旧文明を!――あの古き良き平和な時代を!」

 

「どうだ!これが俺の理想だ!」――そう言わんばかりに、讃頌会の連中にも引けを取らぬ、いやそれ以上に剥き出しの思想そのものを拳と蹴りによる圧倒的な暴力へと変えて叩きつけたエレグ。

 

言葉で諭す段階など、とっくに過ぎている。讃頌会の人間は大抵狂っているので理屈は通じない。なので彼は理屈ではなく、力で否定を許さないことにしたのだ。

 

――その光景は正しく、“ヤバい奴にはヤバい奴をぶつけろ”という半ば冗談めいた言葉の真理を、これ以上なく証明していた。

 

もはや正義対悪の構図ではなく、ただの狂人同士の頂上決戦であった。

 

エレグの足元でブリンガーが恐々と呻く。

 

「き、貴様……イカれているぞ……!企業を率いる人間が……こんな、野蛮な……」

 

「はっ、野蛮だと?残念だが俺の出生は親なしの孤児(ストリートチルドレン)だ!良いとこの礼儀作法なんか習わなかったからなぁ!」

 

その言葉に合わせ、エレグの足が鋭く蹴り出される。

 

「ゴハッ!?……何……だと?」

 

ブリンガーのその声には怒りよりも多分な恐怖と困惑があった。今まで張り付いてきた認識が叩き壊されたことへの戸惑い。

 

「……まあ、俺のことは今はどうでもいい。そんなことよりもどうだ?――俺の演説に、感動したか?」

 

「な、何を言って……――?」

 

ブリンガーはエレグの顔を見て思わず口を閉じた。

 

じーっと。嘲りはなく、ただ、自分の言葉が本当に届いたのかを確かめるような、真剣な眼差しだけがそこにあったのだ。

 

「……き、貴様?」

 

急な振れ幅に困惑するブリンガー。

 

だが、どのような形であれ。これらの衝撃的で強引な、演説?がブリンガーの心に強烈に刻まれたことだけは、否定しようがなかった。

 

エレグは乱れたスーツをゆっくりと整える。

 

荒事の直後とは思えないほど落ち着いた所作は、先ほどまでの激情が一時的なものであったことを雄弁に物語っていた。

 

「勉強になったな。今の時代、成り上がるために必要なのは出自でも、他の企業連中がやっているような、ちゃちな裏工作や金による根回しじゃない」

 

拳を握り、胸元に軽く当てる。

 

「――ビジネススーツの下にフィジカルを仕込むことだ。個人の闘争、我を通せる力、覚悟と責任をいつでも前に出せる人間だけが、これからの時代を率いる資格を持つ……!」

 

そんな強烈な思想を宣告した後。ふと、エレグは視線を切る。

 

見据えた先にはすべてを呑み込むかのようにそびえ立つ、もはやこの都市ではありふれたものになったホロウの壁。

 

だが、その下では、かつての信頼を頼りにアキラたちに救いの手を差し伸べようと駆けつけた者たちの気配が満ちていた。

 

どうやらヴィクトリア家政だけでなく、白祇重工も現場に到着したようだ。人が人を見捨てずに共に前へ進もうとする、人の美しい絆がそこにあった。

 

それを認識し、唇の端に僅かに笑みを零す。

 

「フッ……。人類社会は神ではなく、依然として人間が主導する」

 

「理不尽が溢れ、実に不平等であたりの強い世界だが、俺は決してこの夢を手放さない!ブリンガー、……かつてのお前のような人間が、決して不幸になることがない社会に変えてやる!俺は仲間たちと共に、絶対にそこに辿り着いてやる……!」

 

その姿からは見せびらかすための激情も、他者を踏み台にする傲慢さも、感じ取れなかった。

 

あるのはただ、自らの言葉と行いのすべてを引き受けると決めた者の覚悟。

 

ブリンガーの胸の奥で、何かが軋む音がした。

それは長年積み上げてきた価値観が、大きく音を立てて揺らぐ感覚だった。

 






神的存在に救われた経験と、屈強なスポーツマンと化したCEOに物理で諭された経験。
人生イベントとしてはどちらもハイカロリーな出来事となるのでは……?
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