転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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説得力が足りませんでした

 

(――馬鹿な)

 

ブリンガーの脳裏に、これまで重ねてきた妨害の記憶が次々と浮かび上がる。

 

エレグの企業群を内側から蝕み、影響力を削ぐ――そのために讃頌会は長い時間をかけ、慎重に手を打ってきた。表向きは有能な人材の紹介や取引先の推薦という体裁で“社員”を送り込み、内部から崩すつもりだったのだ。

 

部署間の対立を煽る匿名の内部告発。

意図的に歪めた報告書や数値で上層部の判断を狂わせる操作。

重要プロジェクトを遅らせるための不自然な手続きミスの連発。

さらには、ここぞというタイミングを狙って事故を装ったデータ破損の画策。

 

企業を衰弱させるには、十分すぎるほど陰湿な手口だった。

 

――それなのに。

 

それらは何故か全て未然に防がれていた。主要傘下企業だけではない。関連企業も、外縁に位置する会社ですら例外なく。

 

裏切りは露見し、情報は遮断され、混乱は広がる前に収束する。

送り込んだ工作員たちは消息を絶つか、あるいは治安官である自分のもとへと引き渡されてくる始末だった。

 

その結果、エレグの企業グループはむしろ管理体制を強化しながら規模を拡大し、逆に人材を失った讃頌会は縮小を余儀なくされた。

 

ブリンガーはこの男を、抜け目のない実力者であり、己の利権には決して踏み込ませない守銭奴。そう断じて、心の底から軽蔑していた。

 

だが今、目の前にいる男はその認識とは明らかに違う。利益や支配欲に動かされているようには見えなかった。

 

他の上流階級の人間とは違う。

金でも権力でもなく、本気で社会そのものを変えようとしているのではないか。

 

(もし、そうだとしたら――この男は……)

 

「……どうやら、貴様を誤解していたようだ」

 

地面に伏したまま、ブリンガーは掠れた声でそう零した。

その言葉は、呪詛でも嘲笑でもなく、奇妙なほど静かだった。

 

エレグの動きが止まる。

 

「――分かってくれたのか?」

 

信じられないものを聞いたかのように、エレグは勢いよく振り返った。

 

エレグは迷いなくブリンガーの元へ駆け寄り、膝をついてその身体を支え起こそうとする。

土を払い、甲斐甲斐しく手を貸し、立ち上がらせる。

 

これまで自分の企業を潰そうと画策し、懇意にしている別企業へ吸収させるため、あらゆる妨害を仕掛けてきた組織の一員だというのに。

 

「ははは……。正直に言うとお前たちの妨害は笑って流せる類じゃなかった。本気で叩き潰してやろうと思ったことなんて、一度や二度じゃない……。だが、お前の力も知識も全て必要だ!だから過去は問わないと誓おう!」

 

そうして笑みを浮かべ、まっすぐな視線で手をブリンガーへと差し伸べた。

 

「――さあ、俺と来い。同志よ……!」

 

「………」

 

ブリンガーは、差し出された手をすぐには取らなかった。

視線を伏せ、呼吸を一つ、深く落とす。

 

胸の奥で渦巻くのは後悔でも安堵でもない。理解してしまったがゆえの――”冷えた確信”だった。

 

この男は、恐らく本気だ。

空疎な理想を振りかざしているわけでも、言葉に酔っているわけでもない。

自らの信念を掲げ、それを実現するために血を流し、拳を振るう覚悟がある。

 

それは疑いようがなかった。

 

「………クク」

 

ややの沈黙の後、ブリンガーは少し笑い、ゆっくりと右の触腕を伸ばした。

 

そして――エレグの手を、がしりと掴む。

 

その様子にエレグは満足げに頷き、力を込めて握り返す。

無防備で、気の抜けた笑み。

 

だが、その表情はすぐに歪んだ。

 

「……ん?」

 

エレグは手の感触がおかしいことに気が付いたのだろう。それは握手というにはあまりにも硬く、重い。

指先に伝わる圧は、友誼ではなく拘束のそれだった。

 

エレグが困惑し、手を引き抜こうとしたその瞬間だった。ブリンガーの眼が氷のように冷たく光ったのは。

 

「……確かに貴様を誤解していた。よく分かったよ――」

 

低く、感情を削ぎ落とした声。

 

同時に、ブリンガーの触腕が脈打つように膨れ上がる。

筋繊維が絡み合い、肉の束がさらに太く、圧倒的な塊となってその場に固定された。

 

「――貴様が底なしの冒涜者だということがッ!――始まりの、主よ!

 

「!?――は」

 

確かにこの男は他の者と違った。

 

――だが、だからこそ許せないのだ!

 

自分が敬愛する存在を否定し、人間の身でそれを代替できると信じている。

身の程も弁えず、自らの力で理想を実現できると疑わない。

他者の人生を背負えるなどと思い込む――不敬極まりない存在。

 

ブリンガーの中で憤怒が噴き上がる。

 

空間が軋み、裂け、六課へ向かわせていた巨大な腕がこの場へ呼び戻される。

妖刀の力が解き放たれ、歪な光を放つ巨大な刀身がエレグへと向けられる。

 

「――再創を!」

 

――ドンッ!!

 

衝撃が炸裂した。

 

「おごぇッ!?」

 

汚い声を上げ、エレグの身体は横殴りに吹き飛ばされた。

地面を抉り、瓦礫を巻き上げ、数十メートル先へと叩き飛ばされる。――死んだ。確実に即死だ。

 

一撃を放ったブリンガーは、エレグが沈んだ方向を睨み据え、糾弾する。

 

「貴様の理想など、叶うはずがない!無力であるがゆえの醜悪!力を得たがゆえの残虐!――人間という種は、必ず争いを生み出す!」

 

その言葉に呼応するように、妖刀が低く脈動した。

刃から零れた力がブリンガーの身体へと逆流する。砕けた骨格が繋がり、裂けた肉が縫い合わされ、歪んだ組織が元の位置へと引き戻されていく。

 

同時に、余剰となったエーテルエネルギーが制御しきれず周囲へと漏れ出す。

光の粒子が霧のように漂い、触れた空気が微かに震えた。

 

「――結局、貴様という人間もこの程度で消える!大層な理想を語ろうとも結局は力及ばずに終わる!”人間にできることなど、所詮は高が知れているのだ”!ならば理想は、人間などという不完全な存在に初めから委ねるべきではない!」

 

空気が明確に変質した。

エーテル活性が急激に跳ね上がり、世界の均衡が軋む。

耳鳴りに似た圧迫感が広がり、空間そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

 

――空が赤く染まり始める。

 

雲は血のように渦を巻き、光は歪み、影が異様に伸びる。

 

「この世界は、”始まりの主”によって浄化されねばならない!」

 

ホロウの内部の各所に亀裂が走り、そこからエーテリアスが次々と湧き出していく。

異形が形を取り、地を這い、虚空を満たしていく。

 

まるで世界が、上書きされていくかのようだった。

人間の理屈を拒絶し、神の論理で世界を塗り替えるための再構築。

 

――勝負は、呆気なく決した。

 

どれほど力を持とうと、人間である以上限界はある。

その傲慢と油断が命取りになった。それだけのことだ。

 

だがエーテリアスが蠢く中、ブリンガーの顔に浮かんだのは勝利の歓喜ではなかった。

あるのは、さらに強まった確信と――わずかな失意だけ。

 

瓦礫の向こう、エレグが消えた点を見つめたまま、誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「……もし、かつての――正義だの希望だのを本気で信じていた頃の私であれば……あるいは、その手を取っていたかもしれんな……」

 

声は低く、遠い。

過去の自分を他人のように語り、切り離すような響きだった。

 

「だが、人間に動かされる世界にやはり未来など――」

 

そこまでだった。

 

突如、空気が裂け、雷鳴にも似た炸裂音が弾ける。

 

――バチィィンッ!

 

「――っ、なん!?」

 

視界を焼くほどの閃光。衝撃波が遅れて押し寄せ、周囲に溢れていたエーテリアスを一瞬で消し飛ばした。

 

積み上がっていた瓦礫が内側から爆ぜる。

砕けたコンクリートが弾丸のように四散し、鉄骨が捻じ切れ、粉塵が渦となって吹き上がる。

 

電気の焦げた臭い。焼けた金属の匂い。

空気そのものが帯電し、肌を刺すような刺激を伴って震えていた。

 

「……痛い痛い痛い痛い、ゴホおえっ!ぐっ、――言うじゃねえか」

 

その中心。

 

まだ閃光の残滓をまとったまま、一つの人影がゆっくりと立ち上がった。

 

全身を覆う装甲から甲高い駆動音が走り、同時に青白い稲妻が弾けた。

装甲の継ぎ目を電流が這い、低く唸る磁場の振動が空気を震わせる。

 

金属質のスーツを纏ったエレグ――否、『エレクトロ』が姿を現す。

 

一歩ごとに、周囲の金属片が微かに浮き、震え、磁力に引き寄せられるように足元へ集まっていく。

 

「貴様、生きて――!?」

 

ブリンガーの声に、明確な驚愕が混じる。

 

生きている。

それどころか先ほどよりもむしろ鋭く、隙のない気配を放っていた。

 

無機質なマスクの奥の視線が、静かにブリンガーを捉える。

 

「なるほど……それがお前の選択か。失念していたよ。俺の求めていたブリンガー(同志)はあの日、既に死んでいたことに。――だから”お前なら俺の理想が分かるはずだ!”なんてことは言わない」

 

エフェクト混じりのその声は淡々としていた。

 

「どうしようがお前の自由だ。――だが自由には、責任が伴う」

 

一歩、ゆっくりと踏み出す。

 

足元の瓦礫が震え、鉄片同士が擦れ合って低い軋みを響かせる。

空気中の砂塵までもが帯電したかのように舞い上がり、エレクトロの周囲で静かな渦を描いた。

視界に入るすべてが彼という“極”に引き寄せられていく。

 

「――!……フ、フハハ!」

 

対するブリンガーは驚きながらも怯まなかった。

目の前の敵が強いことは認める。だが、今の自分には及ばないという確信があった。

 

――”妖刀の力”。

 

召喚した巨大な腕に握らせた、どす黒い光を纏う巨大な刀身。

それを構え、むしろ踏み込む。

 

「あのまま転がっていた方が賢明だっただろうに!妖刀の力はすでに私のものだ!これが顕現した以上、貴様ごときに遅れを取るはずがない!」

 

「………」

 

ブリンガーの言葉は決して虚勢ではなかった。

 

そして嘘という訳でもない。

 

エレグにとっても、妖刀は力関係を一瞬で覆しかねない切り札という認識であり、紛れもない最大級の脅威だった。

 

だからこそ先ほどの戦闘では、間合いを徹底して詰め、攻撃の手を緩めることなく圧力をかけ続け、発動の隙を与えないよう細心の立ち回りを貫いていたのだ。

 

いかにスーツで身体能力を底上げしていようとも、真正面からその力を振るわれれば圧倒的な質量と力により為す術もなく押し潰されることだろう。

 

 

――だが、それも。

 

 

「――”動くな”」

 

「が!!?」

 

――ただ単純な”近接”戦闘における場合であった。

 

突如、ブリンガーは目を見開く。身体が意思とは無関係に止まったのだ。

 

振りかぶった妖刀の刃も、視線も、呼吸のリズムすら凍りついたかのように固定される。

体内を巡るエーテルの鼓動までもが鈍り、神経の奥から何かが締め上げられているような感覚が走った。

 

(なぜ動かな――!?)

 

神経が沈黙し、驚愕に沈むブリンガーを見据え、エレクトロが静かに口を開いた。

 

「……サクリファイスの基本的な構造は”あの日”把握済みだ。どんな生物だろうがニューロンに電気信号を伝えて動いている。とはいえお前の言う通り”人間にできることなど、所詮は高が知れている”。俺にできるのはせいぜい少しの間、動きを縛ることと――”鉄屑”をぶつけることくらいだ」

 

次の瞬間、ブリンガーの表情が凍りついた。

 

エレクトロの頭上――そこに生じた異変に気付いたからだ。

 

「なぁ……ぁ!?」

 

赤黒く濁った夜空を覆うように、巨大な鉄の塊が形成され始めていた。

 

瓦礫、建材、崩落した建築骨組み、重機の残骸。

散乱していたボルトや鉄片までもが、重力を裏切るかのように浮かび上がり、一点へと吸い寄せられていく。

 

擦れ合う金属音が不協和音のように響き、圧縮され、融合し、質量は雪崩のように増していった。

 

「磁力でここら一帯の金属をありったけかき集めた」

 

その中心に立つエレクトロは、努めて冷静な声で言う。

 

「――倍返しだ!これでてめぇを埋葬してやる!くたばれ盲信野郎(犬畜生)が!」

 

……訂正しよう。

 

彼は決して冷静などではなかった。抑え込んでいた怒りは臨界寸前まで膨れ上がり、装甲越しにも分かるほど全身を震わせていた。

 

怒気が爆ぜた瞬間、遥か上空で形成された鉄塊が軋みを上げ、重力を取り戻したかのように落下を開始した。空気が悲鳴を上げ、質量そのものが圧力となって地上へ迫る。

 

――それは攻撃というより、災害だった。

 

人間の力の範疇を遥かに超えた現象を前に、ブリンガーは息を呑む。

 

「じょ、冗談ではない!こんな……、ふざけるな!何なんだお前はぁッ!?」

 

叫びと同時に、ブリンガーは本能的にその場を離脱しようとした。真正面から受ければ確実に終わる。顕現した妖刀の力をもってしても、この規模はどうにもならない。

生存本能そのものが、ここに留まれば死ぬと警鐘を鳴らしていた。

 

だが、逃走どころか、指一本まともに動かない。筋肉が命令を受け付けない。

身体の主導権を奪われた感覚に、ブリンガーの思考が凍りつく。

 

「あ、が……が……」

 

視線だけが、ゆっくりと上へ向いた。

 

そこにあったのは――すでに目前まで迫った、鉄の星だった。

 

圧倒的質量。

圧倒的速度。

そして、圧倒的な破壊力。

 

空気が潰れ、衝撃波が先行して地面を砕く。

 

「や、やめ――」

 

最後まで言葉は続かなかった。

 

轟音。世界が白く弾けた。

 

――ドォオオオンッ!!!

 

鉄塊が着弾し、大地が爆発的に陥没する。

衝撃波が瓦礫を巻き上げ、粉塵の柱が空へと噴き上がった。

視界を覆う灰色の嵐の中心へ、ブリンガーの姿は完全に呑み込まれていく。

 

やがて大地を揺るがした振動が収まり、静寂が戻った頃、エレクトロはゆっくりと手を下ろした。

周囲を満たしていた電流が収束し、磁場の歪みが消えていく。

 

「”何なんだお前は”――だと?」

 

エレクトロはそれを確認し、低く告げる。

 

そこに残っていたのは、破壊され尽くした周囲の残骸と巨大な瓦礫の山だけだった。

 

「俺はただの人間!一般成人男性だとも!第五章――完!」

 

瓦礫と焦土の只中で立つその姿は、勝者というよりむしろ災害の化身のようだった。

 

――最早どちらが悪か分からない光景であった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「っ!?地震!?」

 

グレースさんが復旧してくれたエレベーターに僕たちが乗り、上へ急いでいる時、不意に床が跳ね上がるような衝撃が走った。

 

「どう考えても、さっき浮かんでた金属の塊が落ちた影響でしょ!凄い振動だ!落ちないよねこれ!?」

 

悠真の声が裏返る。冗談めいた口調を装っているが、余裕がないのは明らかだった。

 

続けて縦方向の揺れがエレベーターを激しく揺さぶる。金属が擦れ合う嫌な悲鳴が密閉された箱の中で反響し、胃の奥が冷たくなる。まるで大地そのものが唸っているようだった。

 

上昇は一瞬止まりかけたが、やがてモーターが再び唸りを上げ、動き出す。

 

上で何が起きているのか。想像するほど落ち着かなくなる。それでも確かめに行くしかないという思いだけが足場のように心を支えていた。

 

やがて到着を告げる電子音が鳴る。扉が開いた瞬間、視界に飛び込んできた光景に思考が止まった。

 

「不味いねこれ……彼、生きてる?」

 

隣にいる悠真がぽつりと漏らした疑問はもっともだろう。僕自身、同じ疑問を飲み込みきれずにいたからだ。

 

前方に広がるのは圧倒的な破壊の規模だった。

 

大地は巨大な衝撃で抉られたかのように裂け、瓦礫が散乱している。鉄骨は飴細工のようにねじ曲がり、建造物の残骸が無秩序に折り重なっていた。

 

自然の地震とはまるで違う。揺れではなく、“力”が一点に叩き込まれた痕跡。

 

例えるなら巨大隕石の直撃跡。そんな言葉が一番近い気がした。

 

……静かだ。ブリンガーも、エレグも見当たらない。

 

これほどの破壊を生む力を、まさか()()()()()()持っているなんて思いもよらなかった。いや、正直に言えば、認めたくなかった。あいつは確かに化け物に変化する前に、”妖刀の力を手に入れた”と余裕を醸し出していた。

 

今までの相手とは異なり、危険だと感じてはいたが、ここまでの規模となると話が違う。

 

脳裏に、先程見た空が蘇る。

 

ホロウ内部のエーテル濃度を急上昇させたあの異常な赤い空。肌に刺さるような磁場の感覚。

 

――もしあれが力の発露だったとしたら。

 

最悪の想像が、勝手に次々と浮かぶ。

 

エレグは無事なのだろうか。

 

彼は強い。それは疑いようがない。けれど同時に、ホロウ内部の高エーテル環境を鬱陶しがっていたのも事実だ。

 

”ああ!エーテルがうっとうしい、力が散らされる!”――なんて、よく仕事をする時に大声で愚痴っていたのを思い出す。もしかするとエーテル濃度の上昇が、彼にとって不利に働いているのかもしれない。

 

「あっちから物音がする!」

 

「本当かい!?蒼角!」

 

常人より感覚が鋭敏な蒼角が微かな音を聞き取ってくれたおかげで、僕たちはほとんど同時にそちらへ向かった。瓦礫を踏み越え、崩れかけた鉄骨の隙間を抜け、粉塵の残る空気を掻き分けるように進む。

 

――無事でいてくれ、エレグ……!

 

祈りにも似た思いを胸に、音のする方へ辿り着く。

 

そして、そこで見たのは予想外の光景だった。

 

「ほう?まだ死なんのか」

 

「う……が……」

 

宙に浮かんだまま、嘲笑を滲ませた声が響いた。

その声は、足元の瓦礫に埋もれ、必死にもがく者へと冷酷に投げつけられる。

 

構図だけ見れば、一方が完全に優勢。もう一方は追い詰められた側だ。

 

けれど――どうしても、その配置に違和感が拭えなかった。

 

胸の奥がざわつき、それが誰なのか理解した瞬間、皆の心臓が強く跳ねた。

 

「そんな……!」

 

「嘘でしょう……」

 

絶句し、目の前で広がる惨たらしい光景に息を呑む。

 

上にいる人物はまるで本物の悪役の様な台詞を放ちながら、一枚の硬貨を取り出し指に挟む。

 

「流石だな。目を見張る生命力だ。ならば、これで完全なるトドメを――刺す!」

 

硬貨の縁に青白い電光がまとわりつき、空気がわずかに震えた。

 

「よ、よせぇ……ヤメロぉ……!」

 

瓦礫に埋まった者は弱々しくも抵抗の言葉を吐き、必死に制止を呼びかけている。

 

「ええ……なにこれ。どっち捕まえに来たんだっけ?」

 

困惑した悠真の言う通り、非常に混乱した状況が広がっていた。

 

なぜなら瓦礫の頂から冷然と見下ろし、今まさに止めを刺そうとしているのがエレグ。

その足元で半ば埋まり、必死に制止を叫んでいるのがブリンガーだったのだから。

 

目を離した隙に一体何があったんだ?

いや、無事でよかったのだが普通は逆ではないだろうか。

 

僕は恐る恐る息を吸い、絶賛仇役のような立場にいる友人に対し、できるだけ刺激しないよう慎重に名前を呼ぶ。

 

「あの……エレグ?」

 

「はおっ!?」

 

奇妙な声を上げ、一瞬でエレグの肩がびくりと不自然に跳ねた。

 

指に挟んでいた硬貨を、まるで熱した鉄でも持っていたかのように投げ捨て、視線をブリンガーから切り、こちらを見る。

 

磁場の歪みが一瞬で消え、周囲の空気が急速に静まり返った。

殺気も、緊張も、何もかもが嘘みたいに消えていく。

 

「………」

 

「………」

 

両者の視線が交差し数秒の気まずい沈黙が流れる。

 

ふとエレグは、何事もなかったかのような動作で高度を落とし、僕たちの前に着地した。

 

そして、こちらを見て口を開く。

 

「やあ皆さん!ありがとうございます、駆け付けてくれたんですね!?いやぁ、助かった!」

 

明らかに作った声色だった。フルフェイスのマスクのせいで表情は見えないが、たぶん今かなりぎこちない顔をしているに違いない。

 

ついさっきまで魔王みたいなテンションで、トドメを刺そうとしていた人物とは思えないほど、“最初から何も起きていなかった体”で話し始める。

 

「ブリンガーの奴め……相当暴れてあたりを酷い惨状にしおってからに!だが、もうアキラたちが来てくれたから安心ですね!まったく心強いのなんの――」

 

「――いや、もう無理でしょ」

 

悠真の、あまりにも冷静で容赦のないツッコミが言葉をぶった切った。

 

うん……まあ、そうだよね。

 

僕も同意しかできなかった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……まさかだよ。あのエレグCEOが、まだこんな一面を隠していたとはね。本当に驚いたよ」

 

「エレグ、いつの間にあんな芸当ができるようになったんだい?」

 

周囲にいる皆の視線が物理的な圧を伴っているんじゃないかと思うくらい俺に突き刺さってくる。

感心半分、呆れ半分といった悠真の声音に、アキラの追撃めいた質問が重なる。

 

――まずい。流石に、やり過ぎたかもしれない。

 

「あの~皆さん……誤解ですからね?私としては穏便に収めるつもりだったんですが、向こうがまったく聞く耳を持たず襲いかかってきまして……こちらも必死に抵抗した結果と言いますか……。ともかく、さっきの件はどうか忘れてもらって、それとこの姿の時は“エレクトロ”と呼んでもらえると助かります……」

 

口調が少し荒れていたのは、怒りが残っていたことや、長く背負っていた重荷から解放された反動のせいだ。

 

加えて、妙な”ミーム”――いや、電波じみたノイズのようなものを急に拾ってしまった影響もある。一体何だったのかはさっぱりだが、兎に角不可抗力であって、決してあれが素の態度というわけではない!

 

あと、上空に浮いていたのも別に「見下してやろう」なんて意図は一切ない。

ブリンガーからもらった強烈な一撃のダメージが地面にいるとかなり響くから、痛みを避けるために浮いていただけだ。

 

このままでは、これまで積み上げてきた印象が台無しになり、『粗暴で危険な奴』というレッテルを貼られかねない!

 

……ぐっ。アドレナリンが切れてきたせいか、傷がじわじわ痛み出してきた……!

 

念のため言っておくと、俺の身体はありとあらゆる衝撃に対し、一瞬で硬化するナノマシン――なんて便利な代物は搭載しているはずもない。

 

身体能力を多少拡張しているとはいえ、この世界の人間と同等の耐久力である。つまり、銃や刃物なんかで貫かれれば普通に死に至るのだ。

 

まったくブリンガーめ……。まさかあんな形で騙し討ちを仕掛けてくるとは。――危うく死ぬところだったぞクソが!

 

一応和解できた場合に備えて、この場から穏便に離脱させるプランも用意していたのだが、あちらが全力で抵抗してきたせいで完全に水の泡だ。

 

クソッ!俺に説得力(物理)が足りないばかりに!きっとダイさんなら、ああはならなかっただろうな。あの人が本気で説得に臨んだら相手もすぐに「まあ仕方ないか」と納得――あるいは屈服してくれそうな気がする。

 

……まあいい。

 

拒まれた以上、仕方ない。ブリンガーにはシナリオ通り、順当に討伐されてもらうだけだ。

それより今は、この妙な誤解を解く方が先決だろう。

 

「確かに様子は少しおかしいですが……これだけの被害を単独で出したとなると、正直そちらの実力に目が行きますね。“例の称号”に匹敵するレベルでは? ……それとも、その金属スーツの性能でしょうか?」

 

柳さんの冷静な観察眼は相変わらず侮れない。……様子がおかしい認定されたのは誠に遺憾だが。

 

”その評価”を受け入れるつもりは今のところないが、そこまで高く見積もられると、つい頬が緩んでしまう。にやけそうになるくらいだ。

俺たちはダイさんに徹底的に鍛えられてきたし、何より装備に興味を持ってもらえるのは、思っていた以上に嬉しい。客観的に見ればこの世界においてかなり高い水準ではないかと思い上がりそうになる。

 

「この装備についてですか?――便利なものでしょう?あらゆる生体信号を遮断する!端から見ればどう見ても知能機械人にしか見えない」

 

思わず声が弾むし、テンションも上がる。

この傑作は仲間のドクに頼んで作ってもらったものだ。立場を気にせず自由に動けるし、資金も惜しまず投入した。決して安くはなかったが、TOPSである以上その程度は問題ない。蓄えもそれなりにあるのだ。

 

だが、俺の熱量に対して柳さんはわずかに眉を寄せ、少し困ったような表情を見せた。

 

「いえ、そういう隠蔽機能ではなくて……戦闘能力に直結する機能について聞きたかったのですが……」

 

ああ、そっちか。

主に正体隠蔽用として使っているせいで、その発想が抜け落ちていた。そもそも俺は身体能力自体は素で底上げできるし、このスーツの補助もせいぜい二割増し程度――。

 

「ねぇ!みんなもう一人のワルモノが何かしてるよ!」

 

蒼角ちゃんの声に、即座にブリンガーの異変へ皆の意識が向く。

視線の先では、目の前の瓦礫が強烈な光を放っていた。

 

間違いない、エーテルの吸収だ。攻撃が来ない隙にブリンガーは必死に回復を行おうとしているのだろう。だが、そんな目立つことをすれば気が付かないわけがなかった。

 

俺への追及はひとまず中断され、六課の面々は一斉に警戒を強め、武器を構える。

 

……ところで蒼角ちゃん、もう一人のワルモノってどういうことです?

まさかとは思うが俺をワルモノだと認定している訳じゃないよな!?

 

そっと蒼角ちゃんへ視線を向けてみたが、彼女は一瞬こちらを見たかと思うと、すぐに目を逸らしてブリンガーの方へ集中してしまった。

 

ぐっ……無視された。これは思った以上に精神にくる……!

どうやらさっきの荒っぽい振る舞いに、相当幻滅されたらしい。横顔を見ると頬がわずかに赤い。きっと怒りを必死に抑えているのだろう……!おのれ許さんぞブリンガーめ!

 

「ブリンガーの様子……あれは周囲のエーテルを大量に取り込んでいるようだ!」

 

??お顔暑い?………。――どういうこと?ゴハンを食べてるの?」

 

何かに困惑しながらも、可愛らしい解釈をする蒼角ちゃんだが、実際のところ、あれは捕食というよりは延命に近い。

 

相当痛めつけたからなのかブリンガーの今の状況を説明するなら生命維持装置に繋がれた患者が、生き延びるために点滴を必死に貪っているような、そんな切羽詰まった状態だ。

 

少なくとも、強化や逆転の布石という雰囲気ではない。

 

だが残念ながら、皆からはさらなる強化を企んでいるブリンガーの構図にしか見えないので妨害しようと行動を起こす。それやると確実にトドメになるのだが。

 

まあ問題はない。俺がやろうと、別の誰かがやろうと、結果は大して変わらないだろう。

 

――なぜなら既にブリンガー専用の回復要員が控えているのが見えるからだ。

 

こちらを観察している視線に向けて皆にバレないようにそっと手を振っておく。あ、今目が合った。はーい。サラさん現場入りしましたーー。そのまま待機でお願いします。

「――!」

先ほど到着したばかりなのか、状況の把握が追いつかず、何故俺が六課と一緒にいるのかという困惑がスコープ越しに伝わってくる。

 

「満腹になったら不味い。止めないと……ゴホッ」

 

悠真が咳き込みながら前へ出たので、俺もそのまま待機で良いだろう。

あ、さっき捨てた硬貨でも拾っておくか。

 

しかし大丈夫だろうか?悠真の弓を構える手はわずかに震え、呼吸も浅い。持病の発作が出ているのだろう。見るからに辛そうだ。

 

「大丈夫かい、悠真?無理しないでくれ……」

 

「ケホゲホッ!……平気」

 

待て、ここまで激しいものだったか?もしかするとこれは俺が空気を極度に乾燥させたせいもあるのではないか?

 

ていうかよく考えたら、狙撃対象が瓦礫に覆われているし、弓矢で打ち抜くのは至難の業だ。

 

物拾ってる場合じゃねえ!

原作よりも狙撃難易度がルナティックだから、瓦礫をさり気なく退かしておく必要が――あ~!けどもう呼吸を整えて狙撃が始まったなぁ!

 

「スーーー……、フッ!」

 

呼吸を整えて射る悠真。果たして矢は狙い通り撃ち出され――。

 

――ドスッ、ドゴォオオン!

 

おおマジか!?すげぇ!流石浅羽悠真!

 

もしかして外すのでは?と予想していたが、まったくの杞憂であり、見事に裏切られた。

 

ブリンガーを覆う瓦礫の中の赤いドラム缶を悠真は正確に撃ち抜き、爆破させたのだ。直接狙うのは不可能な位置にあったにもかかわらず、逆に瓦礫を利用して跳弾。そして完璧に命中させるという、まさに神業をやってのけた。

 

蒼角ちゃんが興奮気味に声を上げる。

 

「ハルマサ凄い!」

 

その感想には全く同感だ。だが、しかし!哀れブリンガー!死に体で爆破に巻き込まれたことで完全にWIPEOUT(死亡)してしまった!逝くにはまだ早すぎるぞ……!

 

爆発の威力は凄まじかった。衝撃とともに粉塵が噴き上がり、視界という視界が白濁した粒子に覆われる。

瓦礫の山は一度、内部から膨れ上がるように崩れ、その中心にあった存在をまとめて吹き飛ばしていた。

 

ひとまず、ブリンガーは放置で良いだろう。それよりも、まだ咳き込んでいる悠真の背に手を添え、労い半分、申し訳なさ半分で軽く擦ってやる。

 

「流石悠真執行官、素晴らしい弓術です。どうやら優れた師に師事されていたようですね」

 

「あ、ありがと……ケホッ」

 

粉塵の影響も加えられたのだろう。呼吸は荒いが致命的ではないことも分かっている。それでも落ち着かせておきたい。早いところマオの奴でも来てくれればいいが。

 

――その時、アキラが通信を受信した。

 

「みんな、ちょっと待ってくれ!ニコから通信が……」

 

『もしも……!?プロ……シ!聞こえ――』

 

「ん?あのピンクのお姉さんだ!」

 

ノイズ混じりの音声が開き、蒼角が気付いたことで、場の注意は完全に逸れた。皆の意識が自然とそちらに向く。

 

……あ、よし、今だ。サラさん出番ですよ!

 

遠方、崩れかけた構造物の陰で人影が動く。次の瞬間、冷たい光を帯びたライフルのスコープが閃き、乾いた発射音が空気を裂く。

 

撃ち込まれた弾丸は粉塵の中に消え、地面に倒れていたブリンガーの巨体へと吸い込まれた。淡い光が内部から滲み出るように広がった薬品弾の中身が注入されたのが分かった。

 

まだブリンガーが必要な展開だったから本当に助かる。必要な仕事を完璧にこなすその手際の良さには、敵といえども流石に感心せざるを得ない。

 

ともあれ――サラさん、クランクアップです。お疲れ様でした!

 

彼女の潜伏位置へ向け、直撃しない程度の落雷を落としておく。

あくまで警告。幸い天候も荒れているし、雷の一本や二本では周囲も不審に思わないだろう。

 

「――!?」

 

彼女は即座に反応した。武器を抱え込み、低姿勢のまま素早く撤退へ移行する。

迷いのない動きだった。狙い通り、あっという間に視界から消える。

 

……おお、逃げ足速いな。

 

まあこれで、彼女の中ではヒール――つまり俺が裏切ったという認識が残るはずだ。同時に、この場から自然に退場させることもできた。役目を終えた人間を長居させる理由はない。

 

やはり厄介な連中との縁は早々に、後腐れなく断つに限る。

 

それにしても――彼女の動きは実に洗練されていた。

武器の扱い、状況判断、撤退の速さ。どれを取っても素人ではない。防衛軍所属かは分からないが、何らかの組織で訓練を受けていた過去はありそうだ。

 

……まあ、今はどうでもいい。注視すべきは別だ。

 

粉塵の中で、再び息を取り戻しつつある存在。微かな鼓動のような気配がゆっくりと膨らみ始めている。

どうやら薬が回り始めたらしい。ブリンガーの巨体が、わずかに動いた。

 

「プロキシさん。ブリンガーの場所へ案内を……」

 

「ゴホ!ゴホ……待った、ブリンガーの様子が変だ」

 

柳さんの言葉を遮った悠真の指摘どおりだった。

次の瞬間、煙を裂くように巨大な影が飛び出してくる。瓦礫と粉塵を振り払いながら姿を現したブリンガーは、そのまま空中で体勢を整え、真っ直ぐこちらを見下ろしてきた。

 

「――フシュゥゥゥゥゥッッ……!

 

全身からエネルギーの光を(ほとばし)らせ、眼球めいた器官がブリンガーの周囲を衛星のように追従している。

サラさん投与量ミスったのか?相当な強化状態だ。にもかかわらず自我を保っているあたり、本人の素質なのだろう。……それが良いことかどうかは別として。

 

その鋭く熱い視線が俺へと向けられたので軽く挨拶しておく。

 

「や、お目覚めかブリンガー。おはよう、コンクリートの寝心地はどうだったのか是非聞かせてくれないか?」

 

っぐうぁあああああッ!エレグゥウウウウ!

 

怒号とも咆哮ともつかない叫びが空間を震わせた。

周囲のエーテルが一斉に収束し、奴の周囲で暴力的な光が膨れ上がる。

 

おっと、これは相当お怒りの様子だ。ヘイトを稼ぎ過ぎている自覚はあるが、それにしてもだ。どうやら一度死にかけた反動か、薬の量か。理性を侵蝕し、完全に興奮状態に入っているらしい。

 

やはりサラさんを早めに退場させたのは正解だった。あの場に長くいれば、余計なところから正体が露見しかねない。

 

そして、この状況で自分にヘイトが集中するのはむしろ都合がいい。ひとまず少し煽っておこう。――皆の前だから丁寧口調で!

 

「――寝起きの機嫌は相当悪いご様子!あんなに派手な爆破(目覚まし)を使っているのにまだ頭が回らないとは……低血圧ですかね?それとも元々の回転がその程度?」

 

「――――死ね!

 

有無を言わせない殺意が弾け、光線が空間を焼く。

 

だが、ブリンガーの攻撃が解き放たれる直前、俺はすでに周囲の磁場を強引に歪めていた。

皆の足場になっていたコンテナを急速に傾ける。

 

「わわ!?」

 

「――くっ!」

 

重力の向きが狂ったように傾斜し、全員まとめて地面へ下へ向かって滑り落ちる。大雑把だが、あのまま直撃を受けるよりはずっとましだ。

 

「またかよ!?」と、再度下へ落とされる悠真の悪態が聞こえた。

 

すまん。だが命あっての文句だ。そこは勘弁してほしい。

 

逃がすかァアアア!!

 

だが、ブリンガーは明らかに俺だけを見ていた。逃がす気など最初からないのだろう。空中に放り出された俺へ向け、収束させていたエネルギーを一気に解放する。

 

視界を焼き尽くす閃光。

熱も衝撃もまとめて押し寄せ、俺の身体を呑み込んだ。

 

「っエレクト!――ロ?」

 

アキラの悲痛な呼び声が聞こえた。

だが問題ない。さすがに同じ攻撃を何度も真正面から食らうほど、学習能力がないわけじゃない。

 

「ん。大丈夫だともアキラ」

 

――ジジ……ジ。

 

光が晴れたとき、俺は無傷のままそこに立っていた。

エネルギー変換は俺の得意分野だ。

 

魔王討伐後の後日譚ファンタジー的展開も、ちゃんと履修済みである。

 

ブリンガーの放ったレーザーに対し、半透明の電磁シールドが薄膜のように俺の周囲へ展開し、エネルギーを受け流して弾き散らしていたのだ。

 

アキラの表情は、驚愕と安堵のちょうど中間で固まっていた。

 

シールドを解除し、ゆっくりと地面へ降り立つ。

正面ではブリンガーが、怒りと執念をむき出しにしてこちらを睨み据えていた。

 

だが、もう律儀に肉弾戦へ付き合う義理はない。既に説得は諦めたのだから。

 

再度ブリンガーの体内を巡る命令信号を読み取り、模倣し、外部から上書きする。

 

――指向性を持たせ、ただ一言、”動くな”と命令する!

 

ギ!?またッ……!?

 

――ビキリ。

 

空中にいたブリンガーの巨体が、不自然なほど唐突に静止した。慣性も重力も無視したような、あり得ない停止。内側の制御と外部からの命令がせめぎ合っているのが、微細な震えとして伝わってくる。

 

生物構造は機械より遥かに複雑だ。自己修復も制御系も外部よりも内部が強いのは道理だし、生物は少なからず外部干渉への耐性――いわば免疫のようなものもある。効きは限定的で、そう何度も通じる手ではない。

 

だが、一瞬あれば十分だった。

 

「……そのまま……!」

 

先程の硬貨を指で挟み、掌の中で電磁力を集中させる。

 

金属が細かく震え、やがて目視できないほどの速度で加速を始める。手の中に収まっているのに、すでに弾丸以上の運動エネルギーを帯びていた。

 

停止したままの巨体へ向けて――解放。

 

炸裂音が空気を裂き、閃光が一直線に走った。

 

――超電磁砲(レールガン)ッ!

 

ごぁあああああッ!?

 

次の瞬間、ブリンガーの身体が大きく弾ける。苦悶の叫びが遅れて響き、その巨体は遠方へと吹き飛ばされた。破壊の理論そのものが可視化したかのような光と衝撃が、ワンテンポ遅れて周囲を揺らす。

 

「――よし、これで時間は稼げたな。皆、早いところニコが言っていた海岸へ――」

 

「いや、今の何!?」

 

アキラが驚きの声を上げ俺を見つめる。そうか、アキラは知らないのか。ホロウ内部でようやく制限が解除されたことを。……無自覚とはいえ、こうなった原因はアキラにあるというのに。

 

「ええ……何でもありじゃん」

 

「凄~い!ボスみたいに強いんだ!?」

 

若干引き気味に呟く悠真と対照的に、蒼角ちゃんは素直に称賛をしてくれる。

 

おい悠真さん!その反応はちょっとどうなんだ。実力を発揮したのに、その露骨に引いた顔は普通に傷つくんですが!?

 

そんなことを思っていると、柳さんがこちらをじっと見据えているのに気付いた。

……あれ、何か呟いてる?

 

「……シールドの様なものを展開するときに常に体表に帯電していた……電気操作、ですよね?――……あの出力で物体を射出したのも驚異的ですが、それ以上に先程のブリンガーの不自然な停止。……信号レベルで干渉してる?――電気変換?だとしたらVRの件も――」

 

おおっと……!?

さすが、敵の仕掛けたVR世界に引きずり込まれながら、ほぼ単独で看破し、解決した(原作)六課の副課長。自身も電気使いだからか、もうかなり核心に迫っている。

 

すげぇよ柳さん。ちょっと怖いよ柳さん……!

 

「えへへ……そのあたりを報告書に載せるのは勘弁していただけると助かります。――それはさておき、目的地に急ぎましょう!」

 

俺は露骨に話題を切り替え、その場を飛び出した。

皆もすぐ後に続き、ニコの言っていた海岸へと駆け出した。

 

 

 

 




因みにエレグが今回ブリンガーに行ったような強烈な勧誘は初めてではないです。
これまでも敵対組織の構成員や犯罪者であっても、過去を問わず、能力があると判断すれば積極的に接触し、”ヘッドハンティング(物理)”や”圧迫面接”を敢行し、しっかりと足を洗うように更生させた上で雇い、人手を確保するケースは何回かありました。
消息不明となった讃頌会もそれらに該当します。

今回は断られた上に、下手をすれば死んでいた強烈な一撃を喰らったことで、エレグは激怒した。かの狂信者を倒さねばならぬと!という状態になりました。
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