転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活 作:フライパンソルジャー
「ぐぅ、はぁ……に、逃げるなぁあああ!」
復活したブリンガーは、その後もしつこく食い下がってきた。
こちらが本気で攻勢に出れば、戦力差的には一瞬でひっくり返せるはずなのに、逃げる相手を見ると追わずにいられない、野生の本能とでもいうのか。あるいは追加された薬の影響で、理性が焼き切れているのかもしれない。
海岸へ向けて移動を始めた俺たちに対し、執拗な追撃が続く。
どうやらHPは完全回復したらしい。怒りに染まった咆哮とともに、虚空から巨大な腕を召喚し、頭上から叩き潰そうと振り下ろしてくる。
さらに本体周囲を漂う目玉のような部位からは、断続的にレーザーが放たれた。
――だが、
「――バックアップには支援適性の高い私が付いているのですよ?そう簡単に当たるはずがないでしょう!」
当然ながら、上空を滑空しつつ援護に徹している俺の働きによって、そのどれも決定打にはならない。
浮かせたコンテナを強引に横滑りさせて召喚腕を挟み潰し、軌道を読んだレーザーは空中に重ねて展開した電磁シールドで弾く。
必要に応じて奴の神経信号へ干渉し、一瞬だけ身体の制御を奪って動きを遅延させることもした。何度もやると耐性がつくので完全停止まではいかないが、アキラたちを先導する時間稼ぎとしては十分だ。
仮に撃ち漏らしがあっても、下にいる六課のメンバーは全員が一流だ。回避も連携も無駄がなく、致命的な隙は生まれない。
そのたびにブリンガーの苛立ちが増していくのが、遠目にもはっきり分かった。冷静さを取り戻されて撤退に徹されるよりは、このまま怒らせておいた方が都合がいい。
なら、少し火に油を注いでやるのも悪くない。
「まったく!そんなに仰々しく目を並べておいて、まともに働いているのは一つもないんですかぁ!?宝の持ち腐れとは正にこのこと!――ほらこれ!いくつに見えますぅ!?」
そう言って挑発するように、中指をぴんと立てて掲げてみせた。
「うがあああああ!!?」
案の定、攻撃の密度と威力はさらに跳ね上がったが、対処できないほどではない。
むしろ途中から、能力の試運転としてはちょうどいいと気付いた。出力の調整、複数シールドの重ね掛け、干渉信号の精度確認。実戦でしか分からない感覚がある。
決して遊んでいるわけではない。断じて。
やがて、ニコが示していた海岸側へ辿り着く。
視界が開け、潮の匂いが混じる空気に変わる。だが、そこにいるはずの人影は見当たらない。地形的にも先は海で、事実上の行き止まりだ。アキラたちの間にわずかな困惑が走る。
アキラたちの間に、わずかな困惑が走る。
しかし、ブリンガーは待ってくれない。
「追い詰めたぞォ!終わりだ!」
召喚した腕へ膨大なエネルギーが収束していく。どうやらこの一帯ごと消し飛ばすつもりらしい。
光が凝縮し、空気そのものが押し潰されるような圧迫感が広がる。さすがに規模が違う。
――だが”追い詰めた”?
本気でそう思っているのだとしたら、少々気の毒だ。
追い詰められたのは果たしてどちらであるかは俺の中で火を見るよりも明らかであった。まんまとここまで誘導されたおかげで、
念のため、俺たちの前方に多層の電磁シールドを展開する。幾重にも重ねた薄膜が静かに空間へ広がり、防壁を形作った。
後ろで悠真が、小声で「反則じゃない?」と呟いたのが聞こえた。
うるせいやい。自前の能力だから文句を言われる筋合いはない。むしろ、人の肉体を捨て、あちこちから力を供給されているブリンガーの方がよほど反則じみている。
……まあ、一人で孤軍奮闘中だということを加味すれば一考の余地はある。
「喰らえッッ!!」
収束した光が臨界に達し、解き放たれようとした――その瞬間。
「伏せろ!」
甲高い女性の声が響いた。同時に、遠方からバイクのエンジン音が風を裂いて近づいてくる。
「――来たか!?」
反射的にそちらへ視線を向け、思わず口元が緩む。
来た。本日の主役――花形のご登場だ!
次の瞬間、バイクから跳び出した影が一直線に空を裂いた。
――ザンッ!
「――何だとォ!?」
ブリンガーの驚愕が、波紋のように空間へ広がる。
収束していたエネルギーごと、巨大な腕の根元へ鋭い斬撃が走る。
光の束は断ち切られ、腕そのものが根元から真っ二つに裂けた。
俺は静かにシールドを解き、その人物へ視線を向けた。
対ホロウ六課課長、虚狩り、星見雅。
――現着。
「猪突猛進!お届けだぜ!」
バイクを操っていたシーザーが快活な笑みを浮かべ、勢いそのままに軽口を放つ。
その隣に着地した雅は静かに周囲を見渡し、皆を一瞥してから短く告げた。
「皆、待たせた」
その一言だけで、この場の空気が変わる。
緊張がほどけるというより、盤石な基盤が据えられたような安心感が、確かにそこに生まれていた。
「雅さん!」
「課長!やっと来た!」
「ボス~!」
名を呼ぶ声が重なり、誰もが自然と彼女のもとへ視線を向けていた。
その歓迎の様子を受け、雅さんの口元がほんのわずかに緩む。表情の変化としては微細だが、長く彼女を知る者なら気付く程度の柔らかな反応だった。
「フフフ。流石は虚狩り、星見雅執行官。大変待ち望んでいましたよあなたの登場を!」
「む?貴様は――」
皆と同様に高揚した俺はそのまま歩み寄り、軽く手を上げて挨拶をする。
かつて一度邂逅したことのあるエレクトロだと名乗ると、雅さんは静かにこちらを一瞥した。
「――っ」
次の瞬間、すっと何かに気付いたように視線が鋭くなり、刀の柄へ手がかかっ――て、ちょちょちょちょ!?
「待ってください!何のつもりです!?」
さすがに狼狽する。ほんの挨拶のつもりだったのに斬り合いは困る。明らかに相手が違うでしょうが!
「雅!?少し待ちなさい!」
慌てて声を上げるより早く、六課の三人が反射的に間へ割って入った。中身を知っているからこその必死さで「彼は味方です!」、「落ち着いてボス~!刀オサメて~!」、「絶対に斬っちゃいけませんよ!?大問題になりますから!」と、ほぼ同時に訴える。
柳や蒼角、更にはあの悠真ですら必死に止めに入ったことに少し驚いた雅は、すぐに手を離し、短く息を吐いてから、素直に謝罪を口にした。
「すまないエレクトロ殿。つい……な。また我らの危機に駆け付けてくれてうれしく思う」
「ええ、いやぁ……あはは……困ったときはお互い様ですから(ついってなんだよ!?)」
何故武器に手を置いたのかは非常に気になるところだが、この場で掘り下げる話でもない。とりあえず相互不干渉の確認だけ軽く交わし、この場での協定のような形に収めておく。
そして集まってきたのは、彼女らだけではなかった。
視界の端から、さらに複数の人影が近づいてくる。後ろから現れたニコがシーザーの肩に手を掛ける。
「早かったわね!流石覇者!」
「おう!」
邪兎屋の面々も、どうやら合流してきたらしい。
――パリン。
そのとき、不意にガラスが割れるような音が足元付近から響いた。直後、淡い蒸気のようなものが広がり、皆を包み込む。
「うわ!何!?」
「ん?これは――」
それを吸い込んだ途端、身体の奥に残っていた痛みが嘘のように引いていく。俺がブリンガーから受けたダメージの鈍い重さが、ゆっくりと霧散していった。――こいつは……。
発生源へ視線を向けると、白衣姿の女性が歩み出てきた。
「このホロウのエーテル濃度は非常に高い。一先ず薬を散布した。ここにいる全員のエーテル適性を鑑みれば丸一日は大丈夫だろう」
あっさりと常識外れの発言をしてのけたその人物は、こちらにとって見知った存在だった。ホロウ周辺の警備網を突破し、最後の陣営の仲間たちを連れてきたのは――。
「――マオ!」
「……よ、アキラ。久しぶりだな」
エーテルの重苦しさが消える。俺の場合は怪我の痛みだったが、隣の悠真が急に呼吸が楽になったことに目を丸くし、現れたマオを見て何度か瞬きを繰り返している。
によによと内心面白い展開になりそうなもんで、マオに話し掛けようとするが、底冷えた視線を返された。えぇ?なんか怒ってないですか?
「あなたはアキラの友達か?それはそれは世話になったな」
マオは何事もない顔のまま、他人を装いゆっくりと俺へ歩み寄る。だが目だけが全く笑っていない。
傍目には無事を喜んで様子を確かめに来た。そんな穏やかな労わりにも見える距離感だった。
だが次の瞬間、その手がさりげなく俺の脇腹へ触れ、ガッ!と迷いなく負傷箇所を押し込んだ。
「――うぐぉ!?痛たたったた!?ちょちょマオ!?何するん!?」
指先は容赦なく金属フレームを歪ませるほど掴み上げ、傷の芯を正確に捉えていた。
鈍い痛みが遅れて広がり、声を漏らしかけ、どうにか喉の奥で押し殺す。
やがて手が離れると、マオはそのまま至近距離で視線だけを鋭く細める。
そして低く、周囲には聞こえない声で告げた。
「――全てが終わったら反省会を開く。予定は必ず空けておけ」
「え、え、え!?」
静かな言い方だったが、そこに含まれる温度の低さは明らかだった。
アイエエエ!マオさん、ぶちぎれてる!ナンデ!?
――エレグの察した通りにマオは内心かなりキレていた。
掲示板メンバーにおいて、上と下の今回の暴走に挟まれていた苦労人である彼女は、残り面子引っ張ってホロウ周辺に到着した。メンバーは大所帯で、虚狩りの星見雅に、カリュドーンの子、それに邪兎屋。
星見雅については『下の馬鹿』が母性を目覚めさせるという非常に頭が痛い事態に巻き込まれ、残り二つの陣営には『上の馬鹿』が原因で精神的ダメージを受けた者までいて、説明とフォローに骨が折れた。
カウンセラー資格を持っていたことに、この日ほど感謝したことはないだろう。
ストレスが溜まりに溜まり、終わったら二人まとめて殴ると心に決めていた。
――もっとも。
今まさに自分を見つめている“推し”に気づいたことで、怒りは若干散りかけていたのだが。
「――っ!……ふん!――わかったか?すっぽかしたらタダじゃおかねえぞ……!」
「は、はい……!すみませんでした」
マオはそれだけ言うと俺から離れ、シーザーの元へ戻っていった。
……ひ、一先ず助かった。
いや、助かってない。呼び出しされたこの後のことを考えると鬱すぎる。
だが、今はそのことを努めて考えないようにし、丁度逃げかけているあいつを止めなければいけない。
「ぐああああ!?」
そのとき、上空から鈍い衝突音が響いた。
反射的に全員の視線が向く。
次の瞬間、ブリンガーが呻き声とともに落下してきた。瓦礫と砂塵を巻き上げ、地面へ叩きつけられる。
「ぐ、くそ……星見雅ぃ……!」
どうやら、ようやく冷静さを取り戻したらしい。
さっきまで怒りに任せて突っ込んでいたが、虚狩りの星見雅や他陣営の到着で戦況を見直す余裕ができたのだろう。
原作のように勇み出てくることもなく、黙ってそのままホロウの外へ逃げる気配を見せたので、逃亡防止に近くのコンテナを叩きつけ、地面へ引き戻しておいた。まあ、原作時点でも大分戦力差があったのだが、気付けただけでも成長というものだろう。
ブリンガーは忌々しげに俺と雅さんを睨みつける。その視線を正面から受け止めながら、雅さんが一歩前へ出た。
「お前が元凶か?」
静かな声だったが、逃げ道を完全に塞ぐ問いだった。言い逃れも沈黙も許さない、鋭い確認。
ブリンガーの表情が歪む。一瞬のうちに怒り、焦燥、迷い、様々な感情が入り混じったのが分かった。
何かを言いかけ――しかし言葉が出ない。
「……っ!?……!!?」
「――ええ!その通りです!星見雅執行官!彼が今回の事件の首謀者!元ヤヌス区副総監のブリンガーの成れの果てです!」
すかさず俺は肉体のジャックで、ブリンガーを強制的に黙らせ、元凶は奴だ、と断言する形に持っていった。この場で流石に俺の正体をばらされるのは非常に困るので!
「……課長、今容疑者は問答ができない状況にあるようです」
「そうですね。早くやっちゃいましょ」
柳さんと悠真もこちらの意図を察したらしく、自然に話を補強した。余計な発言をさせる前に流れを固めたいのだろう。連携としては見事だった。……本当にありがとう。
「?そうか。なら速やかに容疑者を捕える修行だ……!」
雅さんは一瞬だけ仲間たちの動きに戸惑いを見せたが、すぐに表情を引き締め、刀へ手を添える。その所作だけで、場の空気が引き締まる。
「~~!!!」
観念したのか、ブリンガーが吠えた。抑えていたエネルギーを一気に解放する。ホロウ内部のエーテル濃度が跳ね上がり、空が赤く染まっていく。歪んだ光の中からエーテリアスが次々と湧き出し、周囲を埋め尽くし始めた。
だが、その光景に怯える者はいなかった。
「ニコ!エーテリアスだ!」
「フン、ただの雑魚よ!やったるわ!」
邪兎屋の社長、ニコが不敵に笑い、豪快に言い放つ。従業員たちもそれぞれの武器を構え、すでに戦闘態勢だ。
「しゃあ!でけーのはオレ様が!「……いや」――え?」
シーザーが勢いよく前へ出て、ブリンガーに剣を掲げる。だが雅さんが静かに否定した。
「あれは……私の敵だ」
短く断言したその一言で、六課の面々も迷いなく彼女の後ろに続く。
「すみません。ここまでありがとうございます」
「はぁ~もうひと残業かぁ」
「終わったらゴハンだ~!」
謝意を口にする者、軽口を叩く者、戦いの後の食事を楽しみにしている者、それぞれの温度差のまま戦いの場へと赴いていく。
一方で、マオはすでにエーテリアスの一体を片手で掴み上げていた。
「すまないシーザー。私に少しばかり付き合ってくれ。大分ストレスが溜まっていてな。ここらで発散しておきたい」
妙に冷静な声で語り、そのまま手の中のものを握り潰した。骨とも金属ともつかない嫌な音が響く。
「どちらがエーテリアスを倒せるか勝負しよう。負けた方が相手に一杯奢るのはどうだ?」
「え、お、おう!受けて立つぜ!」
シーザーは一瞬だけ困惑した顔をしたが、すぐに頷き、勝負を引き受けた。
……正直、今のマオはかなり怖い。余計な刺激を避けるべく、俺はさりげなく距離を取る。終わった後、機嫌が直ってくれる奇跡が起きないものか。必死に神に祈っておく。
視線を戻せば、六課がすでに陣形を整えている。
星見雅という最後の欠片が埋まり、ようやく完成形が揃った印象だった。戦力としての信頼感は、見ているだけで伝わってくる。
先頭で虚狩りが静かに刀を構えた。
「――対ホロウ六課、いざ参る」
その宣言とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。
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「……まあ、戦いにすらならんわな」
上空から見下ろした戦況は余りにも一方的なものであった。
瓦礫と粉塵が宙を舞い、崩れた地表の上で空気そのものが悲鳴を上げていた。
星見雅が率いる対ホロウ六課はブリンガーを包囲し、間断なく攻撃を叩き込んでいた。
かつて一名を欠いたことで生じたはずの歪みは、もはやどこにも存在しない。むしろ欠落を乗り越えた連携は研ぎ澄まされ、最後のピースである星見雅が戦場に立った瞬間、六課は完全な一個の戦闘機構として完成していた。
「――ぐぁあああ!?何故だ何故だ何故だァッ!?」
「む、容疑者が喋ったぞ柳」
「え、ええ。そうですね」
「攻撃が当たらないだとッ!?これもまたエレ――むぐっ!?」
――あっぶない。意識を逸らすとすぐに喋ろうとする。油断も隙もあったもんじゃない。
中々目が離せないので、いつでも口を塞げるように準備しておかなければ。
「また……。むぅ、何やら作為を感じるが……まあいい」
一抹の疑問を抱きながらも、雅さんの刀身が光を帯び、踏み込みと同時に空間を切り裂く。
「~~~っ!!!?」
その速度と間合いは、常人であれば一瞬で置き去りするものだった。
――非常に哀れである。
予測し、最善と思われる一手を積み重ねたとしても、それらすべては、圧倒的な力の前ではあまりにも脆い。状況判断の精度も、武器の扱いも、蓄えた知識や戦闘経験も、本来なら戦局を左右するはずの要素が、ただの飾りに成り下がってしまう。
自分にできることを最大限に活かし、持てる武器や力を使い切り、知恵を巡らせて打開策を探ろうとも、その差が決定的であるならば結果は変わらない。
工夫も戦術も、やがては圧力に押し潰され、意味そのものを失っていく。
理屈も技量も通じない。
ただ純粋な出力差だけが現実として残る――そんな絶望的な局面だ。
もっとも。
これは
「貴様と同じ妖刀の力を使っているというのに、何故だァアアア!?」
「む、また喋り出したぞ柳」
「え、ええ。そうですね」
――そうした”努力”や”戦術”を本来用いない圧倒的な存在、すなわち
強力な怪物を圧倒的実力で追い詰めているのはどこまでいっても人間側であった。
「あーあ、全く見くびられたもんだ。――一心不乱、さすれば必中!」
軽口めいた声とは裏腹に、悠真の射線は研ぎ澄まされていた。
刹那、戦場の外縁から鋭い一撃が突き刺さる。
悠真の放った弓矢がブリンガーの腕部関節を正確に射抜き、次点の攻撃の進行を強制的に鈍らせる。一射ごとに意味があり、無駄はない。狙撃は単なる攻撃ではなく、戦場を制御するための楔だった。
「我、修羅にもなろう!――カツ・モツ・斬!」
その隙を逃さず、蒼角が前線に躍り出る。
巨大な刃旗が唸りを上げて振り回され、風圧と殺意が一体となってブリンガーを押し留める。
直接の決定打ではない。しかし圧倒的な存在感と破壊力が、雅の間合いを守り、悠真の射線を確保する。
攻撃であり、盾でもあり、支援でもある役割を、蒼角は一瞬の迷いもなく果たしていた。
「六課に仇なした、報いよ!――身心一如!」
柳がそこへ飛び込む。
低く滑り込むような踏み込みから、薙刀が鋭い軌跡を描いた。刃がブリンガーの外殻を裂いた瞬間、周囲へ電撃が奔った。
斬撃そのものに加え、雷撃が追撃として炸裂する。
青白い閃光が巨体を絡め取り、筋肉の収縮を強制し、動きをさらに鈍らせる。まるで見えない鎖で拘束するかのような電撃だった。
柳は戦場の情報を瞬時に整理し、誰がどこで何をすべきかを理解した上で動いている。
判断は早く、配置は正確で、無言の立ち回りそのものが指示となる。結果として、誰一人として孤立せず、誰一人として役割を重ねない。”エレグが指揮していた時の経験すら”彼女はものにしていた。
阿吽の呼吸は長年の経験と死線の共有が生み出したものであり、同じように”意思伝達は言葉を必要としない”。
その連携が、それぞれの実力を何倍にも引き上げ、単独では到底及ばぬ領域へと押し上げていた。
「凄まじく一方的……けど、やっぱ六課すげぇ!」
思わずそんな感想が漏れる。
俺は上空に身を浮かせ、少し距離を取った位置から戦況を俯瞰していた。直接介入する必要は今のところない。逃げたら叩き落す気でいるが、今はその余裕すらない。それならば、この貴重な戦闘記録を余すことなく観察しておくべきだ。
視界に映るすべてを、網膜に焼き付けるつもりで見つめる。
悠真の射撃タイミング、蒼角ちゃんの間合い管理、柳さんの踏み込みと追撃の連鎖。どれもが教科書に載せたいレベルの動きで、見ているだけでも学ぶことが多すぎる。
確かに六課の中にも実力差は存在する。だが、その差がむしろ役割の明確化に繋がり、互いの強みを引き上げ合っていた。結果として、単純な戦力の合算を超える成果を戦場に生み出している。
正直、かなり参考になる。これほど洗練された連携を実地で観察できる機会自体が稀だ。普段は個別行動の多い俺たちにとっても、いずれ必ず活かせる場面が来るだろう。
――
六課の実力が飛躍的に向上した理由は明確に存在する。
かつての邂逅。あの出来事を境に、彼らは原作とは違う何か別の段階へと踏み込んだ。
そして、その中心にいるのが虚狩り、星見雅であることを俺は理解していた。
俺たち全員は、ダイさんという最強戦力と実戦を組み、育てられ、新エリー都でも不自由なく過ごせるように鍛え上げられてきた。圧倒的な力というものは時として心を砕くが、身をもって触れることで引き上げる力を持っている。何かを教えるのはいつだってその何かを修めている存在だ。
ならば、確かめるべきは一つ。今この瞬間、あの日
期待に近い感情を宿した眼差しで、俺は虚狩りが駆ける戦場を注視する。
ふと吹き飛ばされたブリンガーの視線がこちらに向き、忌々しそうに歪んでいるのを感じる。俺が制空権を確保し、逃げたら撃ち落とすと迎撃姿勢を取っていることで逃亡することができないと認識したようだ。
覚悟を決め、ブリンガーが妖刀の力を完全に解き放った。
「おのれぇえええッ!かくなる上は、妖刀の力ぁあああ――全開放!!」
禍々しく、圧倒的で、理性すら押し潰すような力が、戦場に溢れ出す。
あれは退路を捨てた者の力だ。決死の一撃で全てを終わらせようとしている。
「エネルギー増大……!」
「怖くなんかないよ!」
だが、その圧に晒されても、六課の誰一人として後退しなかった。
恐怖に飲まれる者はいない。全員が構え、役割を理解し、来るべき瞬間に備える。
そして――遂に、星見雅が一歩前に出る。
静かな動作だった。
しかしその一歩は、戦場の重心を明確に変えた。
雅は狐火が纏った刀を構え、ブリンガーの引き抜いた妖刀の放つ禍々しさと正面から向き合う。
来る!
その姿を見下ろしながら、俺の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
ようやくだ。彼女が全力で、真に刀を振るう瞬間が訪れたのだ!
――星見雅の一閃がホロウを裂くまでの猶予は、残りわずかであった。
ーーーーーーーーー
今この瞬間、目の前の敵、ブリンガーと対峙する星見雅は静かに呼吸を整えていた。
「――すぅ……」
肺に満ちる空気の感触、足裏から伝わる地の硬さ、刀の柄を握る掌の温度。そのすべてを確かめるように、意識が研ぎ澄まされていく。
視界の先には、己の刀と同質の力を纏わせた巨大な刃がある。
大きさも質量も、比べるまでもなく隔絶していた。
だが、恐怖は微塵もなかった。
――かつて邂逅した、あの強敵。
あの存在が放っていた圧倒的な“力”。濃密な死を予感させる攻撃に比べれば、目の前の怪物は大したことが無い。
いつか必ず、あの存在にはリベンジを果たす。
だが、それは今ではない。
今はただ、目の前の敵に全神経を注ぐのみ。
刀を構える、その刹那。
脳裏をよぎるのは、過去の惨烈な記憶。
己を庇い、救うために命を投げ出した母の、最後の光景。
血と光と、届けられた願いの言葉。
しかし、それだけでは終わらなかった。
背後にいる大切な者たちの姿が自然と浮かび上がる。
プロキシ、柳、悠真、蒼角、朱鷲にニコ。そして守るべき市民。
自分を信じ、任せてくれているという確かな実感。
――過去を背負い、
――今を歩み、
――未来を掴む。
そのすべてが、この一振りに集約されていく。
憎しみでも、絶望でもない。
守るための意志と、前へ進む覚悟。
振るう直前、星見雅は確信した。
呼吸が静まる。
視界が澄み渡る。
周囲の喧騒も、荒れ狂うエーテルの奔流も、すべてが遠のいていく。
そして理解する。
――この一刀は、この二十と少しの年月において、最高の一振りになると!
次の瞬間、星見雅の刃が走る。
「――――散れ!」
振り抜かれた軌跡は、斬撃というより現象だった。
ギィィィィィィン――ッ!!
時間そのものが裂けたかのように、世界の連続性が一瞬だけ断ち切られる。
敵ごと、空間ごと、”世界そのもの”が、静かに切り離されていく。
光も、音も、抵抗すら許されない。
ただ一条の断絶だけが戦場を貫いた。
「ば、馬鹿なぁああああ!?――っ」
ブリンガーが放った決死の攻撃は、存在そのものごと薙ぎ払われた。
妖刀の禍々しい力も、知性を宿した怪物の意思も、その一閃の前では等しく無意味だった。
衝突は起こらない。
拮抗もしない。
相殺ですらない。
ただ――“消滅”だけがそこにあった。
刃の通過した後には、遅れて風だけが流れ込む。
戦場に満ちていた圧力も殺気も、まるで最初から存在しなかったかのように霧散していった。
その光景は、ホロウに存在するあらゆる陣営の視界へ等しく刻み込まれた。
直接戦場にいた者も、遠くから感知していた者も、あるいはホロウの外で警備していた者も例外はない。
「ったくもう、派手にやるわね」
ある者は、呆れながらも張り詰めていた何かが解けるような安堵を得る。
「流石『虚狩り』……」
ある者は、純粋な感嘆を覚えた。
「うぉぉ……。私、よく生きてたな。雅さんやべぇ……」
また、ある者は畏怖と、それに続く称賛を胸に抱いた。
――上空。
その光景を近くで、そして誰よりも正確に観測していた存在がいる。
雷光をまとったまま浮かぶエレクトロ――エレグは、静かに口角を上げる。
抑える素振りすらなく、心の底から愉しげに笑みを作る。
「善い……」
その一言は評価であり、確信であり、何よりもこれからへの強い期待だった。
やがて、斬撃の余波が収束する。
ホロウの黒い壁面には巨大な裂け目が刻まれた。それは”時間が経っても癒えることのない”、明確な痕跡。
虚狩りがそこに在り、刃を振るった。
その事実を刻みつける、消えない証だった。
戦闘は終わった。
だが、その一閃が残したものは決して”終わり”ではない。
恐怖も、敬意も、畏れも、そして希望も――
それらすべてを刻み込まれたホロウは、確かにその瞬間を記憶したのだった。
ブリンガーの霊圧が……消えた?