転生者達の新エリー都、二足のわらじ生活   作:フライパンソルジャー

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ふーーー!ようやく終わりましたよ!


成果発表ォ!

イアス越しにアキラの声が響き渡る。

 

「――みんな!本当にありがとう!」

 

事件が収束した後。ポート・エルピスの港の賑わいは一向に途切れる気配がなかった。エーテリアスの群れ程度では誰一人欠けることもなく、戦後の空気は祝祭に近い穏やかさに満ちていた。むしろ肩の力が抜けた分だけ、誰もが思い思いに騒ぎ、笑い、勝利の余韻を噛みしめているようだった。

 

改めて周囲を見渡すと、これほどの人数が同じ場所に肩を並べている光景はなかなか壮観だった。

 

対ホロウ六課、邪兎屋、白祇重工、治安局、ヴィクトリア家政、カリュドーンの子、ヒール。それにパエトーンのアキラとリン(この場にいるのはイアスであるが)。立場も目的も異なる陣営が、ひとつの戦いのために集い、無事にやり遂げた。

 

その事実を認識すると、胸の奥がじんわり熱くなる。結局、この縁の起点はあの兄妹が過去に築いてきた信頼に他ならない。積み重ねられた努力の重みが眩しい光のように俺の視界に差し込み、思わず目を細めた。

 

周囲に目を走らせれば仲間たちも楽しんでいるようだ。

 

「お疲れ、シーザー。約束どおり奢ってくれてありがとな」

 

「くぅ~、チクショー!最後のほう、薬品ばら撒いてエーテリアスまとめて倒すのは反則だろぉ!?」

 

「倒し方に制限は設けてなかったはずだぞ。それにシーザー、途中から自分の撃破数すら数えていなかっただろう」

 

マオとシーザーはさっそくグラスを掲げ、景気よく祝杯を上げていた。女子会としゃれこんでいるらしく、二人ともどこか砕けた雰囲気をまとっている。

 

バーニスの持ち込んだ改造トラックは荷台の後部を丸ごとバー仕様に仕立てた代物で、折り畳み式のカウンターや簡易の酒棚まで備わっている。色とりどりのボトルが並び、バトラーの軽快な手つきでグラスに酒が注がれていく。潮風に混じるアルコールの匂いが、雰囲気をさらに穏やかに溶かしていった。

 

「お姉さん方~。楽しんでるところ悪いんだけど、ちょっといい?聞きたいことがあってさぁ」

 

「っ!?マサ――!」

 

そこへ悠真がふらりと現れ、マオに声をかけた。ホロウ内部で使っていた薬について聞きたいらしい。戦闘中は冷静沈着そのものだったマオが、その問いを受けた瞬間、驚くほど分かりやすく顔を赤く染めた。視線が泳ぎ、言葉を選ぶたびにしどろもどろになる。普段の豪胆さはどこへやら、別人のようだ。

 

「ん?まさ?」

 

「あ、あー……いや。その、まさか対ホロウ六課の浅羽悠真が話しかけてくれるとは思わなくてな……」

 

「へぇ、僕のこと知ってくれてるんだ?それは光栄だね」

 

「ああ……ぅぅ。えへへ……」

 

隣でグラスを傾けていたシーザーは、友人のその様子を見た瞬間、何かに気が付いたのかぴたりと動きを止めた。

 

「――はっ!」

 

察しが良すぎるのか、あるいは経験則なのか。郊外の覇者だのなんだのと呼ばれているが、実は隠れて恋愛漫画を読んでいる郊外一の乙女は伊達じゃないらしい。妙に真剣な表情で黙り込んだまま、鼻息荒く二人のやり取りを温かく見守っているのが面白い。

 

取り敢えず、浮かれてしどろもどろになっているマオのことは見て見ぬふりしてやるのが優しさだろう。――よし!とにかく、機嫌取りは任せたぞ、悠真!ホストよろしく、奴のストレスを全部受け止めてくれ!

 

 

少し離れた場所では星見雅とクロエが静かに言葉を交わしていた。

周囲の喧騒から一歩引いた、落ち着いた空気だ。どうやら暴走し気絶した雅さんをホロウから医療施設へ運んだ件について礼を返しているらしく、クロエはそれを軽く受け止めつつも、今回ホロウを断ち切った雅さんの斬撃を心から称賛していた。

 

「流石でございます、星見雅様。あのホロウを断ち切る一刀――まさに”虚狩り”……!このクロエ、心が震えました」

 

「称賛感謝する、クロエ殿。此度の一撃は、私の原点を思い起こさせるものでもあった。未だ現実味がなく、自分一人では到底辿り着けなかった境地のような……そんな気がしている」

 

雅の瞳に、僅かに寂しげな光が揺れた。それをクロエは慎重かつ神妙な表情で受け止めていた。

 

「そう……ですか」

 

――スッ、ナデナデ。

 

その瞬間、あまりにも自然な動作でクロエが雅の頭を撫で始めた。

俺は思わず二度見する。

 

――は?

 

いやあの馬鹿何やってんの!?雅さんにそんなことするとか死にたいんか!?

 

「く、クロエ殿……?私は、子供では……ないのだが」

 

「おや、大変失礼いたしました雅様。……ですが、つい。目の前のあなたを労わりたいと思ってしまいまして。褒めるならこうするのが良いと、勝手に判断してしまいました。すぐ手を離し――」

 

「……いや、もう暫くこのままでいい。己に湧く羞恥と、この懐かしい感覚――その狭間に耐えるのも、修行の一つだ……」

 

だが当の雅本人は驚きながらも特に嫌がる様子もなく、むしろわずかに目を細めて受け入れている。

 

嘘だろう……。一体何がどうなっているのだ。

 

心底意味が分からないが、二人の間にはこちらが想像する以上に信頼や経緯があるのだろう。

 

しかし、このままでは非常に不味い……!身内からすれば、これで捕食者と被捕食者の構図だ。誰が捕食者か言うまでもない。一見するとなんてことなく無表情で撫でているように見えるが奴の呼吸が荒く、目がギラついている。明らかに興奮していやがる……!

 

――今すぐに幼気(いたいけ)な虚狩りを救出しなければ!

 

男がこの手のシチュエーションに割って入ると命に関わる――そんな都市伝説めいた話も聞いたことはあるが、知ったことか。ガチ犯罪者が誕生する瞬間に立ち会うのは御免である。

 

そう決意して一歩踏み出しかけた、その時だった。

 

「あ、あの!クロエさん!歓談中すみません!エレンさんが眠ってしまって――」

 

カリンが慌てた様子で駆け寄り、クロエを呼び止める。そのまま自然な形で二人の間に割って入った。

 

「――おっと、承知しました。知らせてくれてありがとうございます、カリンちゃん。では星見雅様、失礼いたします。お体にはお気をつけて」

 

クロエは名残を断つように手を離し、恭しく一礼する。

……よくもまあ、あの流れからそんな澄ました顔ができるな、お前……!

 

「む……、そうか。また会おうクロエ殿。……できればお前には”雅”と名で呼んでほしい」

 

――は?

 

「ふふ。分かりました――雅。では私のことはおかあ――コホンコホン、どうぞクロエと呼び捨てでお願いいたします」

 

――今、絶対おかあって言いかけただろ。

 

「承知した。ではまたなクロエ」

 

「ええ、また……」

 

――いや、何なんだよこれは!

 

名残惜しさをわずかに残しつつも、互いに進むべき場所へ戻っていく――そんな静かで落ち着いた別れ方をしていた。

今、俺はいったい何を見せられたんだ、さっぱり理解できない。

 

その直後、クロエにカリンちゃんが恐る恐る近づき、何かを小声で尋ねていた。

 

「虚狩り様と面識があったのですか?」

「ええ、少々。友人と共にホロウ内で彼女のお手伝いをしたことがありまして」

 

兎に角、偶然とはいえナイスセーブだカリンちゃん!君は色欲の魔の手からあの虚狩りを救ったのだ。たとえ誰にも気付かれないとしても俺だけは君を尊敬する!

 

――そう思って何事も無かったと安堵の息をついた矢先だった。

 

「それにしても……母親になるということは本当に素晴らしいですね」

「――!!?」

 

クロエが何かをぽつりと呟いたかと思うと、突如カリンちゃんの顔が背後に壮大な宇宙でも背負ったかのように固まった。

 

……おい、アイツ何言ったんだ。カリンちゃんが一瞬で真っ青になったぞ。

ものすごく嫌な予感がする。

よし、詳細は後で問い詰めよう。場合によっては締める。それが平和のためだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

――港の夜は、まだ終わりそうにない。

 

アンビーと蒼角ちゃんはハンバーガーを半分こして頬張り、バーニスはというと火炎放射器を振り回して楽しそうに炎をばら撒いている。……うん、平常運転だな。

 

猫又とルーシーは周囲を必死に見回している。誰かを探しているのだろうか?

その一方でカリンちゃんが慌てた様子でライカンさんに何か耳打ちしていた。あの緊張感を見る限り、軽い報告ではなさそうだが――あれ?ライカンさんの表情……ちょっと待って、初めて見るような顔してる!?どういう感情!?

 

 

 

まあ、そんなこんなで。

笑い声や叫び声が入り混じり、あちこちで関係が少しずつ深まっていく気配がある。戦いのあとに訪れるこういう時間も、悪くないものだと改めて思う。

 

……そういえば、いつの間にかアキラたちの姿が見えなくなっているな。

 

とはいえ問題ないだろう。後のフォローはダイさんたちに任せてある。あの人なら上手くまとめてくれるはずだ。

 

それより――今の俺には、もっと差し迫った問題がある。

 

「――じゃあそろそろ、現実から逃げようか……」

 

思わず漏れたその独り言の直後だった。

 

「君に触れたいんだ!お姉さんに体を委ねておくれ!」「うぁあああ!?」

 

遠くから高速で近づく足音。金属工具が触れ合う甲高い音。テンションの限界突破した声。そして悲鳴。

 

……ヒエ。来た。

 

覚悟を決めて振り向くと、工具を握りしめ、目を爛々と輝かせながら一直線に突っ込んでくる魔女――グレース・ハワード、その人だった。

 

「――待っておくれ!私にその洗練されたフレームを間近で見せてくれ!ほんとにすぐ終わるから!何もしない、少し中身を拝ませてもらうだけだからぁっ!」

 

「リーダァッ!助けろ!」

 

オクトパスが必死に魔女の追跡から逃れ、駆け込みながらこちらに向かってくる。完全に巻き添えコースである。

 

「うおおおお!?ふざけんなてめえ!こっち来んなッ!」

 

悲鳴を上げ、ほぼ反射で足を動かしていた。ドクと並ぶようにお互いに逃亡を開始した。

 

背後から迫ってくるのは、白祇重工のメカ狂い。いや、あれはもう狂いの域を超えている。目の輝きが完全に捕食者のそれだ。どうしてこう、周囲はヤバい女ばかりなんだ!

 

「あ、姉貴!おいコラ駄目だ!落ち着きやがれ!――うお!?」

 

クレタが必死にしがみついているのが見え、ほんの一瞬希望が芽生えたが――甘かった。グレースの好奇心は重機並みの出力だ。ずるずる引きずられ、ついに振りほどかれた瞬間、俺とドクの背筋に同時に冷たいものが走った。知能機械人という存在は、相も変わらず彼女にとって劇物に等しいらしい。

 

「怖がらないで!絶対に痛くしないよう丁寧に分解するからね!さあ、私に体を委ねてくれ!」

 

さらっと要望が上がっているんですけど!?怖いに決まっているだろ!まずはそのドライバーをお仕舞い下さい!

 

くそ、足音が異様に速い!馬鹿な、どうなっているんだ!?このままだと普通に追いつかれる!どうする――!?と焦りながら視線を巡らせた、その時。

 

――ちょうどいい位置に、邪兎屋のビリーの背中が見えた。

 

「――!」

 

ほんの一瞬、良心が顔を出す。だが、生存本能の方が圧倒的に強かった。ドクと無言で目配せを交わし、何食わぬ顔で進路をビリーの背後へ変更する。

 

正体をバラすわけにはいかないのだ。だからこれは合理的判断だ。うん、仕方ない。

 

「――は!?うおわあああ!?お前らァ!?」

 

状況把握が一瞬遅れたビリーを、俺たちはそのまま追い抜く。グレースさんの視線は当然、新たな獲物へロックオン。慌てて理解したビリーが最後尾に回った。

 

「すまないビリー!俺たちの尊い犠牲となってくれ!」

 

「じゃあねグレースさん!図面をまた今度渡すから実物は勘弁して!」

 

「待てぇっ!俺を置いていく――「捕まえたよ、カワイ子ちゃん!」アアアアっ!?」

 

数秒後、背後で悲鳴が上がった。

聞こえないふりを決め込み、そのまま港の喧騒を突っ切り、夜風を切って走り続けた。

 

 

 

「はぁ~~……ヤバかった……!」

 

ようやく足を止める。肺が焼けるように熱い。周囲には誰もいない。ここまで走れば、さすがにもう大丈夫だろう――そう思えるくらいには、グレースさんのあの圧も気配も遠ざかっていた。

 

正直、ブリンガーより脅威を感じたぞ。捕まったら本気で終わりだと思った。

 

隣を見ると、ドクも同じ判断らしく特に警戒する様子はない。肩で息をしながらも落ち着いた様子で周囲を見回している。どうやら本当に逃げ切れたようだ。

 

――そう、安心したその瞬間だった。

 

「――じゃあ今度は、こっちについてきてもらおうか」

 

軽い調子の声が耳に届いたかと思った次の瞬間、視界がぐらりと浮き上がった。

 

気づけばドクのアームが俺の胴をがっちり掴み上げている。

 

「ゑ?」

 

自分でも情けないと思うくらい間の抜けた声が出た。

何が起きたのか、頭が一瞬ついていかない。

 

だがドクは悪びれる様子など一切なく、むしろ当然といった調子で続ける。

 

「マオに聞いてたでしょ? 今回は”いろいろ”あったし、メンバーでちゃんと振り返りしないとって。会場ももう押さえてあるよ。――人気が少なくて、多少騒いでも問題ない場所」

 

――“いろいろ”。

 

最後の言葉も言い方が妙に含みを帯びていて、嫌な予感しかしない――!

 

「なん……だと……」

 

突然の裏切りに呆然とする。

 

いや待て!俺はついさっき命懸けで逃げてきたんだぞ? それなのに今度は身内に回収されるとか聞いてない!

 

くそ……逃げ切ったと思ったのに!

 

――ヤメロォッ!シニタクナイッ!

 

「うわあああ!?誰かああ!」

 

思わず助けを求めて叫ぶが、声は夜の空気に虚しく吸い込まれるだけだった。

 

アームは容赦なく俺を引きずり始める。抵抗しようにも相手はスーツの開発者本人。構造も弱点も全部知られている以上、まともに抗えるはずがない。

 

結局、俺は為すすべもなくそのままドナドナと連行されていった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホロウの内部は、戦いの余熱をまだ色濃く残していた。崩れかけた構造物の隙間からエーテルの靄がゆらゆらと漂い、その異様な静けさの中に、アキラとリンの二人は立っていた。

 

「答えて!アンタたちは先生を何処へやったの!」

 

リンが蹴り飛ばし、視線の先にあったのは、脅威として立ちはだかっていたブリンガーの成れの果てだった。身体はほぼ消失し、残っているのは腕だけ。

 

だが、ただの腕ではなく、白く歪んだ表皮の至るところに眼球のような器官が埋め込まれ、ぎょろぎょろと落ち着きなく周囲を見回している。腕一本になってなお、そこには確かな意思と知性の気配があった。

 

「先生……?貴様ら……」

 

ブリンガーがゆっくりとアキラとリンを視認する。目の前の二人を改めて観察し、その素性を測ろうとしている気配だった。視線が絡みつくように向けられた瞬間、アキラが前に出る。

 

「――カローレ・アルナ。旧都陥落の日、白い腕が彼女を攫った!」

 

低く絞り出すような声がホロウの空間に響く。二人の中であの光景は焼き付いて離れない。確信に近い怒りと焦燥がその声には混じっていた。

 

「なんだ貴様ら、あれの教え子だったか。ならば――!」

 

その名前を聞いた瞬間、腕に埋め込まれた眼球のいくつかが細められる。理解した、というよりは、面白いものを見つけたという嘲りの色だった。次の瞬間、真っ白な腕が不自然なほど強い光を放ち始める。

 

「始まりの主よ!再創を!」

 

脈動するように輝きが増し、空気が焦げる匂いが漂う。アキラとリンはほぼ同時にそれを理解した。自爆する気だ、と。

 

咄嗟に距離を取ろうとしたが、遅すぎた。回避の余地などほとんどない刹那の時間。光は一気に臨界へ達し、爆炎が噴き上がった。「――――ぐお!?」

 

轟音が鼓膜を揺らし、衝撃波が周囲の瓦礫を巻き上げる。視界が白に塗り潰され、すべてが爆発の中へ呑み込まれた。

 

「――え?あれ……」

 

――それでも、二人は立っていた。

 

爆炎が収まり、舞い上がった粉塵がゆっくりと沈んでいく中、アキラとリンの周囲だけが不自然なほど無傷のままだった。まるでそこだけ爆発が存在しなかったかのように静かな空白がぽっかりと残されている。

 

互いに顔を見合わせる。どちらも傷ひとつない。だが、その瞳の色が変化していた。蒼く、淡く発光するような輝きが宿り、暗いホロウの中でひときわ際立っている。

 

何が起きたのか理解するより先に、周囲を見渡す。先ほどまで確かにそこにあったブリンガーの腕は、”既に跡形もなく消えていた”。爆発に巻き込まれ、自らの意図通りとはいかなくても道連れという形で自爆した以上無事では済まなかったのだろうと、そう結論づけるしかなかった。

 

「――くっ、そんな……!」

 

せっかく掴みかけた手がかりが、またしても霧散した。先生の行方、旧都陥落の日の真相、そのすべてに繋がるはずだった糸が断ち切られたような感覚に、二人は悔しげに俯き、奥歯を噛み締める。

 

ホロウの中には再び静寂が戻る。揺らめく靄と、遠くで崩れる音だけが残り、二人はしばらくその場に立ち尽くしていた。掴めなかった答えの重さと、それでも進まなければならないという現実だけが静かに胸に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

――同ホロウ内部。

 

「………」

 

その爆炎の余波すら届かぬ遠くの場所から、建物を挟んで巨大な影が静かに佇んでいた。瓦礫と靄に覆われた空間の中で、その存在だけが妙に輪郭をはっきりさせている。

 

「がぁ、あ!?貴様……一体どうなって……!?」

 

男の手には、先ほど自爆を図ったはずのブリンガーが握られていた。爆発が巻き起こっているその瞬間、突如横合いから男の巨大な手がブリンガーを掴み、一瞬でこの地点へと移動させたのだ。

 

完全に消滅したと思われたブリンガーは、今や小さく圧縮されたような姿で男の掌に囚われ、苦しげにうめき声を漏らしている。

 

「動くな……妙な真似をすれば握り潰す」

 

「――ギィ!?」

 

男はそれを軽く握り込んだ。ほんの少し力を込めただけのはずなのに、軋むような音が響き、ブリンガーの眼球が一斉に震える。

 

「死は……恐れないんだったな。すでに忠誠を誓い、己の全てを委ねている。それは今、この瞬間にもか?

 

――ザワァッッ!

 

「――!?」

 

淡々とした声だった。怒気も誇示もない、純粋な確認を行う冷たい響き。

 

だが、その一言で、ブリンガーの抵抗の意思は何故か完全に霧散した。身体の自由はすでに奪われているのに、精神までもが押さえつけられるような圧迫感があった。

 

(何なんだ、この男――いや、この存在は……!?)

 

「……あ……あ、あ……!!?」

 

胸を満たしたのは多大な驚愕と畏怖だった。エレグによる一方的な蹂躙。星見雅という虚狩りの力をつい先ほど身をもって味わったばかりだからこそ分かる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。目の前の男は、戦力の尺度そのものを逸脱している存在だった。

 

その片鱗を感じ取っただけで、抵抗という選択肢は頭の中から消え失せていた。できることは、命令に従って静かにしていること、それだけだ。

 

ふと、揺れた視線でブリンガーは男の着ている服に目を留めた。無駄のない戦闘装備、しかし軍とも企業警備とも異なる意匠。どこかで見た記憶が――。

 

(――ッ!まさか!?)

 

ブリンガーの理解が追いつきかけた瞬間、背後から別の気配が差し込んだ。

 

「ダイナ指揮官。先ほど観測された爆破地点の民間人二名と一機のボンプの無事が確認されました。いかがいたしますか?」

 

闇に溶け込むような対ホロウ装備を身につけた白髪の少女が、いつの間にかそこに立っていた。足音も気配もほとんど感じさせない、訓練された動きだった。

 

その呼称を聞いた瞬間、ブリンガーの中で点と点が繋がった。エレグの企業傘下、マックスPMC。ヴィジョン事件の現場で顔を合わせ、モニュメントのサクリファイスの死体が広がる現場においてもエレグの後ろに控えていた部隊であった。

 

ダイナと呼ばれた男は、ほんのわずかに視線を遠くへ向けた。

 

「……案内は必要ないだろう、彼らはホロウのスペシャリストだ。ただしここが危険地帯である事実は変わらない。彼らに気付かれないよう追従し、危険から遠ざけろ」

 

静かに言う。それが命令だった。

 

少女は短く「はっ!」と応じると、それ以上何も言わず、再び闇の中へ溶け込むように姿を消した

 

後に残されたのは、ダイナとブリンガーだけ。

 

男はゆっくりと視線を落とし、掌の中の存在を見下ろした。その視線に晒された瞬間、ブリンガーは再び身を竦ませる。

 

「……お前は、これから俺たちと来てもらう。既に勧誘を蹴ったことは聞いている。残念だが、仲間ではなく、ただの資源、及び情報として利用させてもらう」

 

拒否の余地はない、そう理解させる声音だった。

 

次の瞬間、ブリンガーとそれを手にした男の姿は、まるで空間を踏み越えるように音もなく消え去った。残されたのは静寂だけだった。

 

――この日を境に、ブリンガーは世間では“失踪”扱いとなった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

そして月日は流れ、ブリンガーの引き起こした事件も一応の決着を迎える。

 

治安局やH.A.N.D.をはじめとする公的組織は、事件後の被害処理や報告業務に追われる日々を過ごしていたが、やがて慌ただしさも落ち着きを取り戻す。

 

そんな頃、アキラとリンのもとに雅の父である星見宗一郎から慰労会への招待状が届いた。

 

星見家主催というだけあって、会場は格式ある屋敷。しかし、堅苦しい式典という雰囲気ではなく、どちらかと言えば親しい者同士で労をねぎらう、温かな集まりの趣が強い。

 

あの日の関係者である六課の面々に混じり、アキラとリンもその席に加わった。

 

室内には控えめな照明と柔らかな暖色の光が満ち、自然と談笑が弾む。空気は和やかだが、事件の影はまだどこかに残っているようで、緊張と安堵が微妙に入り混じった空気が漂っていた。

 

――そんな中、ふと視線を引く声が響いた。

 

「やあやあ、皆さんお揃いで!」

 

その声の主は……あまりにも見覚えのある人物だった。

 

「君は……!」

 

「……え?」

 

アキラとリンは思わず声が漏れた。

 

相変わらずの余裕げな笑顔。上質なスーツを着こなし、まるで最初からここにいるのが当然だと言わんばかりの態度であった。

 

「……何で君がいるわけ?」

 

呆れを隠さない悠真の問いも無理はない。

目の前にいるのは、今回の事件で強烈な印象を残した張本人――エレグだった。

 

事件収束後、彼とはまったく連絡が取れず、その姿を見たという話もほとんど聞かなかった。ようやく分かったのは、”()()()”郊外で包帯だらけのままシーザーたちのもとを訪ねて来た、という話をパイパーから聞いただけだ。どうやら今回の一件について謝罪に来たらしく、その上で事情を聞いたルーシーに最終的にどつかれる結果となった――という、まさに彼らしい顛末まで伝わっている。

 

だが当の本人は、そんな経緯などまるで無かったかのように、負傷の気配すら感じさせないその態度で、いつも通りの不敵な笑みを浮かべてそこにいた。

 

「そんなの、宗一郎さんに呼ばれたからに決まっているでしょう!今回の件、私も完全に無関係とは言えませんし、それにアキラとリンの親友でもありますからね。……それとも、私がここにいると何か不都合でも?だとすればとても悲しいです、今回の一件を機に仲が深まったと思っていたのに……」

 

よよよ……とわざとらしく傷ついた仕草をするエレグ。

 

「あはは……まあエレグ、君に会えたのは本当に嬉しいよ。ただ不都合っていうと、その……」

 

アキラは言葉を濁す。

それを横で聞いていた悠真が苦笑交じりに肩をすくめた。

 

「うん、分かるよ”相棒”。なんで当人が秘匿意識をもうちょっと持たないんだって話だよね〜……」

 

――おお!”相棒”ね。いやいや、ちゃんと持っていますとも!私の態度は、秘密を変に言いふらしたりしないだろうと、あなた方を信頼しているからこそですよ」

 

さらりとそう言ってから、エレグは空気を切り替えるように軽く手を叩いた。

 

「さあ、この手のデリケートな話題はここまでにしましょう。特にアキラとリン――君たちの“PCアシスタント”、すっかり元気になったようですし?」

 

その言葉に二人の表情がわずかに強張る。

意図を察したのだろう、それ以上話題を広げるのは得策ではないと判断し、静かに頷くだけに留めた。

 

秘密を共有するというのは、信頼と同時に気苦労も増えるものだ。

対してエレグのほうは、どこか肩の荷が下りたような軽やかな気楽な笑顔を浮かべている。その様子が妙に癪に障り、思わず頬をつねりたくなる衝動に駆られた。

 

 

――宴席は終始和やかに進んだ。

 

 

豪華な料理が並び、各々が思い思いに皿を手に取り、会話に花を咲かせる。事件当時の話や仕事の苦労、何気ない雑談まで話題は尽きない。

 

主催者である宗一郎はというと、かなり自由奔放だった。

酒も入って上機嫌なのか、娘である雅の自慢話を延々と語り始めたかと思えば、子供の頃の写真を取り出して披露し、当人がやや気まずそうにしているエピソードまで遠慮なく暴露してしまう。

 

「わあっ!これボスのコドモの時の写真!?小さくてかわいい~!」

 

「わかる~!今の雅さんも凛々しくて好きだけど、こっちの雅さんは守りたくなる感じ!」

 

「ワハハ!そうだろうそうだろう!」

 

蒼角とリンの反応に、宗一郎は満足そうに何度も頷き、さらに次の写真を出そうと身を乗り出す。

 

父親の愛情をこれでもかと感じるが、友人の前であれこれ暴露される娘である雅からすればたまったものではないだろう。先ほどから部屋の隅で黙ったまま座っていた。表情は崩さないものの、食事の手つきがぎこちない。視線は遠く、明らかにこの場の中心から全力で距離を置こうとしている。

 

「あちゃ~……親のいない僕には馴染みないけど課長にとってこの時間がしんどいっていうのは分かるよ」

 

「……悠真執行官!親なしって、急にヘビーな話をしないでいただけますか!?反応に困るでしょう!私も親いませんけど!」

 

エレグはお酒を片手にやけに饒舌で、頬もほんのり赤い。普段の余裕ある物腰からすると、明らかに酒が回っている様子だった。

 

「エレグ?君さてはかなり酔っているな」

 

友人の意外な一面を見たアキラは苦笑しつつ、少し心配そうに友人の顔を覗き込む。

 

すると背後から、柳の落ち着いた声が割って入った。

 

「まあ、親しい者たちの前で不用意に自分の子供時代の過去を晒されてしまえば怒る理由としては充分ですね……。――それよりも店長さん。先ほど宗一郎さんから養子に誘われていましたが、返事はどうするんですか?フレンドリーな人物とはいえ、ここまで積極的な姿は初めて見ます」

 

「いや、ははは……。非常に魅力的ではあったけど、謹んでお断りさせてもらったよ。雅さんも困るだろうしね」

 

アキラの言葉には本心が込められていた。関係がどうであれ、互いに強い信頼を築いていることは自覚している。ブリンガー事件の翌日、慰霊の地で、アキラたちは雅に自分たちの出自や目的を打ち明け、信頼を積み上げたのだ。雅が贈ってくれた母の形見を模した髪飾りが、その証でもある。

 

「――そういえば、柳執行官に悠真執行官。あの日を境に仕事はどうです?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

柳の姿を見て思い出したのか、エレグがふと話題を向けた。少し酔いの回った笑みだが、視線は妙に冴えている。

 

「それは……」

 

「うえ、やめてよ。ここまできて仕事のことを思い出させるとか」

 

柳が言葉を選びかけ、悠真が露骨に顔をしかめた。宴席の空気に甘えていたところへ現実を突きつけられた、と言わんばかりだ。

 

その反応を見て、エレグは満足そうに笑みを深める。

 

「どうやら”大盛況”なようで……!まあ無理もないでしょう。本来、ホロウ内で活躍する六課が、市民の目に見える形で”戦跡”を残したのですから!あのホロウに刻まれた、消えない斬撃!実に素晴らしい。虚狩りの威信をこれ以上ない程示し、実績として語られる!結果として、六課の名声が今まで以上に高まるのは当然と言えるでしょう!」

 

どこか誇らしげですらある口ぶりだった。直接の当事者ではないはずなのに、その評価に私情が混ざっているのは明らかだった。

 

――実際、六課の評判は鰻登りだった。

 

今ではあの場所は観光名所として賑わいを見せているらしい。

 

消えない斬撃の跡を一目見ようと訪れる者が後を絶たず、最近その周辺で開催された釣り大会は話題性もあって参加者は大いに沸いた。釣りに集中できるかはさておき、観光と娯楽を兼ねられるという点では確かに魅力的なのだ。

 

「……確かに、H.A.N.D.の広告塔としての仕事が立て続けに舞い込んでいるのは事実です」

 

「ほんっと勘弁してほしいね~……!どうせ上のお偉い方はブリンガーが引き起こした混乱を収束させるために、こっちに注目を集めようとしているんだろうさ!」

 

二人の表情には疲労の色が滲んでいる。実務に加えて広報まで担わされているのだから無理もない。

 

「ふふふ……!ブリンガーもまさかこんな結果になるとは思わなかったでしょう。星見家の影響力を削ぐために動いた結果、かえって発言権を今まで以上に強化してしまうなんて皮肉以外のなにものでもない」

 

言葉は軽いが含みのある響きがあった。どこか全てを俯瞰して眺めているような、あの独特の調子だ。

 

思わずアキラは苦笑する。

 

「エレグ。君は自分のことのように喜んでいるね?勿論僕も喜ばしいと感じているけども、何かしらの作為を感じてしまうよ」

 

「そーそー、なんかあくどいこと企んでんじゃないの?」

 

悠真もすかさず乗っかり、疑いの視線を向ける。

 

「何ですか二人とも失礼ですね……!()()()()()が得をする!これを素直に喜んでいるだけですよ!それに、私は今回の事件では被害者という括りなんですよ?……まあ、今回の一件で治安局に途轍もなく大きな貸しを作れたのは事実ですが!公的組織の弱みを握れたことに喜んでいないとは決して言えませんが!」

 

開き直ったような物言いに、悠真が盛大に顔をしかめた。

 

「うわ~……やっぱり企んでそうじゃん!今回一番揺るがされた治安局もようやく落ち着いてきたんだから、勘弁してやってよ」

 

「そんなことするはずがないでしょう!今のところは訴えるような措置を取るつもりはありませんよ。今のところは……ね」

 

「怪しい~……」

 

悠真が半ば呆れた声を漏らし、柳も無言で眉をひそめた。

 

だが当のエレグは、悪びれる様子もなくグラスを掲げて軽く乾杯の仕草を見せるだけだった。その姿を見ていると、本気で策を巡らせているのか、それとも単なる冗談なのか判別がつかない。

 

――ただ一つ言えるのは、彼がこうして笑っていられる今の状況を、案外気に入っているらしいということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆に見せていた写真がなくなり、宗一郎は「おや、もう終わってしまった」と少し残念そうに呟きながら席を立った。

その瞬間、雅の肩がほんのわずかに下がる。ようやくこの時間から解放される――そんな淡い期待が、彼女の内に浮かんだのだろう。

 

「少し待っていてくれ!まだとっておきがあってね!」

 

だが次の瞬間、宗一郎の弾んだ声がその希望をあっさりと打ち砕いた。

雅の表情自体は相変わらず動かなかったが、目の奥にはうっすらとした絶望の色が滲んでいるようにも見えた。

 

「課長、大丈夫ですか?」

 

柳が心配そうに駆け寄り、同情しながら声をかけている。

 

「……」

 

その様子を横目で見ながら、エレグは静かにグラスを置いた。

場の空気は和やかで、誰もが楽しげに談笑している。一番羽目を外した様子の彼は頬にほんのり赤みを帯びさせたまま、気だるそうに肩を回す。

 

「少し酔い過ぎました。風に当たってきます~」

 

軽くそう告げると、アキラたちはすぐに納得した様子だった。

 

アキラは特に疑う様子もなく、「足元気をつけてね」と気遣いの言葉を返した。リンは小さく手を振り、悠真は「そこで倒れないでよ」と冗談交じりに笑って見送る。

 

「その時は介抱して下さいね~」

 

その気遣いに軽く手を上げて応じると、エレグは静かに部屋を後にした。

 

襖を閉めた瞬間、賑やかな声が一枚隔てた向こう側へ遠ざかる。

廊下を歩き、縁側へ出ると、夜の空気がすっと肺に流れ込んだ。冷えた空気は心地よく、宴席の熱気と酒気でわずかに鈍っていた感覚をゆっくりと研ぎ澄ましていく。

 

庭は月明かりに照らされ、淡い銀色に染まっていた。整えられた植え込み、飛び石の影、遠くで揺れる枝葉。そのどれもが静謐で、室内の喧騒がまるで別世界の出来事のように思える。

 

「――さて……」

 

その光の中で、エレグの銀髪がほのかに輝いていた。

先ほどまで浮かべていた柔らかな笑みは消え、表情は静かに引き締まっている。酔いに任せた軽口も、飄々とした態度も、そこにはもうない。

 

ただ静かに、何かを思案するような硬い眼差しだけが月明かりの下に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

……今回の一件で得られた成果は想定以上に大きかった。(メンバーからは詰められたが)

星見雅の成長を外部に印象づけられたことで、彼女を取り巻く立場や評価は確実に強化された。六課という組織自体の求心力も高まり、星見家の政治的基盤にも追い風が吹いている。

 

さらに俺の企業は治安局に対し無視できない“借り”を作らせることができた。表向きは協力関係の深化だが、実際には影響力を一段引き上げる材料になる。

 

そして何より、秘密裏にブリンガーという存在を情報源として確保できたこと。今は口を噤み、沈黙に伏しているが、今後を考えれば計り知れない価値がある。

 

――だが、本当に()()()()()()()()()()()()

 

「おっと……」

 

そこまで思考を巡らせたところで、庭の暗がりに人影があるのに気づいた。

 

月明かりに輪郭を浮かび上がらせていたのは、星見宗一郎だった。先ほどまでの、娘の写真を手に上機嫌で語っていた父親の姿はそこにはない。代わりに立っていたのは、油断ならない政治家としての顔を持つ男だった。

 

静かな足取りで近づいていくと、宗一郎さんはわずかに顎を引き、こちらを値踏みするような視線を向ける。

 

「やあ、いい夜だね。それでエレグ君……話と言うのは?」

 

そんな調子の、低く落ち着いた声だった。宴席の余韻を完全に切り離した仕事の声だ。

こちらも自然と背筋が伸びる。軽く息を整え、表情にいつものビジネススマイルを貼りつけた。

 

「ああ、宗一郎さん。このような日に仕事の話をしてしまい申し訳ありません。なるべく手短に終わらせますので」

 

前置きしつつ、形式的な謝意を伝えるが、相手もそれが社交辞令だと分かっているはずだ。

 

夜風が二人の間を通り抜け、庭木の葉がかすかに鳴った。宴の喧騒は遠く、ここだけが切り離された別の空間のように静かだ。

 

俺は一呼吸置いてから、核心へ踏み込んだ。

 

「単刀直入に言いますと()()()()()()()()()()()()()。私の企業グループの後ろ盾になってほしいのです。今やご息女の活躍により、星見家が最も勢いのある存在となりました。あなたのもとには数え切れないほどの人間が擦り寄っている。私もその流れに乗りたい。あなた方の看板があれば、こちらの事業はさらに大きく跳ねる」

 

回りくどい言い方はしない。こういう話は、最初に腹を見せた方が早い。打算は隠したところで、宗一郎さんのような人物には見透かされるだろう。

 

「……そう、か」

 

宗一郎の表情は、はっきりと曇った。驚きというより、諦めと失望が混じったような視線だった。しばらく黙っていたが、やがて低く息を吐き、静かに口を開く。

 

「ブリンガー元長官の演説会場の中継は見たよ。世間では、たまたま居合わせたヒールとやらと交戦するために娘は刀へ手を掛けた……と、そういう話になっているが、実際は違うのだろう?」

 

探りというより、確認に近い声音だった。既に大半は察しているのだろう。

 

「ええ、まあ。彼女は明らかに私に斬りかかってきましたね。正気ではなく、彼女に悪気がなかったとはいえ、あの時は本当に肝を冷やしましたよ」

 

俺はわずかに肩をすくめる。否定する理由もないので正直な感想を返した。

 

宗一郎さんはじっと俺を見つめた。その視線には政治家としての計算と、父親としての複雑な感情が同居しているように見えた。

 

やがて小さく頷く。

 

「やはり、そうか。……いいだろう、私はあの子の父親だからね。娘の責任は親が取るものだ」

 

覚悟を滲ませた声だった。どうやら俺がその件を盾に星見家へ圧力をかけようとしている――そう解釈したらしい。政治家としては妥当な読みだ。むしろ自然ですらある。

 

娘を守るためなら、自分が泥を被る覚悟もある。そんな父親の顔だった。

そして、重々しく肯定を口にしようとした、その瞬間。

 

「君の申し出、引き受けさせて「そうそう、あの場にいたヒールは私の関係者ですよ」――え?」

 

俺は静かに言葉を差し込んだ。

 

突然のカミングアウトに宗一郎さんの表情が固まり、理解が追いつかないままこちらを見返している。

 

無理もない。端から見ても優位性は既に此方にある。

 

ここでわざわざ自分から裏組織との繋がりを明かすなど、普通ならあり得ない。脅している状況なら絶対に隠しておくべき材料だ。

 

――だが、そもそも脅そうとしているわけではない。

 

あくまでこれは取引であり、このエレグ・マックスをそこらの権力者と一緒にしてもらっては困るのだ!

 

混乱の色を隠しきれない宗一郎さんへ、俺は慌てず言葉を重ねる。

 

「どうか勘違いなさらないで下さい。私はそこらの企業人とは違い、人の弱みに付け込むような真似はしません。協力関係を結ぶのであれば立場に関わらず、真摯に対等でなければなりません」

 

「あなたは今、私の極めて重要な秘密を握り、私たちは互いに弱みを握りあう対等な関係となりました。その上で、です。あなたの――ひいては星見家全体の助けとなる利益をこちらから差し出したい。そちらに益もなく先に条件を呑ませるつもりはありません」

 

懐から資料を取り出し、静かに差し出す。

 

「私の要望を受けるかどうかは、これを確認してから決めていただきたい。ビジネスはフェアにいきましょう。脅しも、義理も、抜きにして」

 

資料を宗一郎さんに渡す。それを訝し気に受け取った宗一郎さんはその内容に目を通す。だがページをめくるごとに、その目の色が変わっていった。

 

最初は疑念。次に驚き。やがて、それは明らかな動揺へと変わる。資料を持つ手がわずかに震え、文字を追う視線は食い入るようだった。

 

「これは……!?」

 

彼は技術に疎い人間ではない。むしろ、星見家に伝わる妖刀の封印や制御に関する知識に関しては、専門家顔負けの理解を持っている。娘である雅さんの身を守るために学び、蓄えた知識だ。

 

だが、彼の知識はあくまで”守るため”のものだった。星見家のため、そして何より娘のためのものだ。今、彼が目にしている技術は違う。守るだけでなく、原因の大元を断ち切るかのような革新的なもの――いわば“外に開かれた技術”だった。

 

そしてついに顔を上げたとき、その瞳には動揺と、抑えきれない希望の光が同時に宿っていた。

 

「どこで……これを、いや!この技術は!?この内容は本当に実現可能なのか!?」

 

問いかけは半ば叫びに近かった。政治家としての冷静さより、子を持つ一人の父親としての期待が前面に出ている声だった。

 

俺が提示した資料は、今回の事件の裏側で讃頌会から回収した(正確に言えば、盗み出した)()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ある意味、今回の騒動の火種となった技術でもある。だが同時に、その価値や有用性は疑いようがない。

 

応用すれば、星見家に代々付きまとう“血の継承”の儀式――使用者の命を代償とするあの宿命を、理論上は不要にできる。妖刀の力を制御しつつ、担い手を犠牲にしない運用が可能になるのだ。

 

宗一郎さんがどれほどそれを望んでいるかは、これまでの行動を見れば明らかだった。

 

旧都陥落の日。妻を妖刀に絡む事故で失い、娘まで同じ運命を辿らせたくない――その思いが彼を突き動かしていた。とはいえ、雅自身がホロウの被災地を巡り、人を救おうとする姿を目にしたことで、父親としての意志を押し付けることもできなかった。

 

完全に遠ざけるのではなく、せめて安全に扱えるように――そう考え、妖刀“無尾”を制御するための特製の鞘を用意し、娘の宿命を見守る道を選んだ。覚悟の重さが、そのひとつひとつの行動から感じ取れる。

 

そんな彼にとって、この資料はまさに文字通り、喉から手が出るほど欲しいもののはずだった。

 

「……宗一郎さん。少しだけ、個人的な話をしてもいいですか」

 

資料を挟んだまま、エレグは静かに言葉を選ぶ。先ほどまでの営業用の笑みは薄れ、声音だけがわずかに柔らいでいた。

 

「私は……孤児なんです。家族と呼べる存在はいません。ずっと一人で、ごみを漁るような底辺から這い上がってきました。だから……正直、下を見下すような傲慢な特権階級の人間が嫌いです。安全な場所から他人を使役し利益を得る人間も、命を軽く扱う人間も大嫌いです」

 

「それは……」

 

「あなたに協力したいと思ったのは、力があるからだけじゃありません。”同志”になれるかもしれない、と感じたからです。宴会場で娘さんの話をされていた時の顔、あの資料を見た瞬間のあなたの顔……あれは政治家でも、星見家の当主でもない。ただ、娘を心から大切にしている父親の顔でした」

 

「私は“家族を守りたい”っていう感覚そのものを、経験としては知りません。だから宗一郎さんの苦労が分かるなんて、偉そうなことは言えない。でも……ホロウ災害で多くの命が失われたのを見て、ただ、人を助けたいと思ったんです」

 

「ただの道徳心から来るものではありません。血のつながった家族がいない私にも、守りたいものはたくさんあります。友人も、仲間も、会社も、この都市も。それに……あなたの娘さんも」

 

一瞬だけ宗一郎さんの眉が動いた。警戒ではなく、意外そうな反応だった。

俺は苦笑し、わずかに肩をすくめる。

 

「いや、彼女が強いのは分かっていますよ?なんせ虚狩りですからね。でも、“強いから守らなくていい”っていう考え方は、少し極端じゃないかと思うんです。実際、彼女の周りには信頼できる仲間がいます。お互いに支え合って、背中を預け合っている。人間って、そうやって力を合わせてこそ、大きな脅威を乗り越えてきた生き物だと思うんです」

 

宗一郎さんが、娘である星見雅を脅かすものは新エリー都には存在しないと考えていることは理解している。

 

――だが、それが彼が彼女を心配していないということに繋がるわけではない。

 

彼女が今ほどの実力をつけ、それを彼が自慢の種にするまでどれ程の時間があっただろうか。妻に続いて娘まで失いたくない気持ちを抑え、見守るという選択に移るまでどれ程の苦悩があっただろうか。

 

「宗一郎さん。あなたは最初、私に失望されましたよね。ご察しの通り、他の企業人と同じように私は資金も欲しいし、影響力も欲しい。でも、それはあくまで夢を実現するための手段です」

 

「――夢?」

 

「そうです。私には夢があります」

 

一拍置き、深呼吸するように胸の奥から言葉を絞り出す。目の前の彼に、自分が描く理想を真摯に、そして心の底から伝えるために。

 

「人間同士が争うこの社会を終わらせて、ホロウという共通の脅威に、人類が団結して立ち向かえる世界を作りたいんです。もう誰も災害で不幸にならないように。ホロウに、()()()()()()立ち向かわなければいけない人がいなくなるように――皆で、支え合える社会を……!」

 

その言葉に、宗一郎さんは口元に苦笑を浮かべた。

 

「はは……まるで政治家さながらだな。孤児から成り上がり、今君のいる立場もその夢の実現のためだと?」

 

「はい。その通りです。実は政治家になる道も考えていたのですが……、変革を起こすなら問題の多すぎるこちらを黙らせてからの方が手っ取り早いと思ったんです」

 

それを聞き宗一郎さんは軽く噴き出した。しまった、つい”黙らせて”なんて。余りに傲慢な台詞だっただろうか。若干の心配を余所に、俺は顔に出すことなく続ける。

 

「それから、先ほどの件ですが……もちろん、お断りいただいて構いません。この技術は、もともと星見家にお渡しするつもりでしたから。ただ、宗一郎さん。あなたに私がどういう人間なのかを知っておいてほしかったのです」

 

「もし、それでも私を信頼に値する人間だと思っていただけるなら……どうか、あなたの”見守ろうとする”戦いに、私も加えて欲しいのです」

 

――さあ、どうだろうか。ブリンガーの時とは状況が違う。もちろん本心からの言葉だが熱量がまるで違う。果たして彼の心を掴むことができたのだろうか。

 

緊張で胸が張り裂けそうになりながら、俺は宗一郎さんの様子をじっと窺う。

 

「………」

 

沈黙が落ちた。

 

夜風だけが枝葉を揺らし、遠くの宴席の笑い声がかすかに届く。

 

その時間が異様に長く、重く感じられた。

 

宗一郎さんは資料をそっと閉じ、しばらく何も言わなかった。視線は絶えず俺に向けられているが、どこか遠くも見ているようだった。

 

やがて低く、慎重に、口が開かれる。

 

「……エレグ君」

 

「はい」

 

「――うちの養子にならないか?」

 

「……はい?」

 

俺の間の抜けた声が、静かな庭にぽつりと落ちた。

 

 

「――え?」

 

 

 





ダイさんは、治安局と連携してホロウ周辺の警備に当たりつつ、仲間たちを目立たない形で“顔パス”通過させる役回りを担っていました。
彼が前線に出てしまえば一瞬で決着がついてしまうので、仕方がないですね。

敵側であるサラの通過も勿論気付いた上で半ば黙認していました。ブリンガーを途中で復活させてもらわないと話が終わってしまいますから。まるで戦局のバランスを調整する運営スタッフのような立ち回りでした。
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