異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
剣、怒鳴り声、乱雑な足音。
戦闘音が鳴り響く。
場所は数メートル向こうの廊下と、正面玄関付近。
二カ所で接敵したようだ。
階段上からでは五人も攻撃できないから、本隊も数人は降りて来ているのだろう。
盗賊達の目的が報復と仲間、どちらにあるのかと思っていたが両方か?
仲間の奪還が目的でも、館主の部屋が一階にあるからついでに狙うのも分かる。
偉い人の部屋は、防犯の意味合いでもだいたい上の階にあるものだからな。
奴隷の居住スペースが上にあるのは、逃亡を阻止するためだ。
その辺りは、奴隷商館の特色だな。
この後、俺はどう動くべきか。
エントランスと部屋付近を両方押さえられ、奇襲の失敗を悟った盗賊は、そこしか退路がないので裏口へ退却する。
今の内に、戦い易いように場所を替えよう。
俺はそろりと廊下に出ると、戦闘音のする方面とは逆の裏口付近に来る。
そして他者から見える直線上ではなく、曲がり角に隠れて様子を窺う。
……やがて、こちらに駆けてくる足音が一つ。
二つではないということは、追われていないので俺が迎え撃つ必要がある。
俺には鑑定があるので、相手に気付かれる前に目視はできる。
盗賊Lv41
装備 鉄の剣 盗賊のバンダナ 鉄の鎧 皮の靴
見覚えのある情報だ。
あの村を襲った連中の頭目だ。
子分が瞬殺されて、撤退を判断したか。
思い出すと腸が煮えくり返る。
こちとらただでさえ参っていたのに、余計な真似しやがって。
やろう ぶっころしてやる!
頭目の男は伏兵にどの程度用心しているのか。
奇襲が読まれ、既に迎え撃たれた後だ。
待ち伏せされていたのだから、当然伏兵がいると考える。
通路の曲がり角が近づけば警戒心が高まるだろう。
俺は思い切って、やや早いタイミングで飛び出した。
頭目は一瞬、虚を突かれたようだ。
ほんの僅かな間だが、動きが止まる。
俺は迷わず、最短距離でフラガラッハを振るった。
鮮血とともに、頭目の片腕が落ちる。
だが、さすがにレベルが高いせいか、盗賊はまだ斃れていない。
俺はすかさず、フラガラッハを振り翳した。
「なっ……この野郎がッ!」
だが、俺の攻撃が届く前に、頭目の蹴りが腹に突き刺さった。
剣を辛うじて握ったまま、裏口の戸まで後退してぶつかる。
一瞬、息が止まっていた。
「調子に乗ってンじゃねぇぞ、この×××が……ッ!」
腕を斬り落とされて烈火の如く怒る頭目が、殺意剥き出しで何か喚いている。
くそ、ただの蹴りがかなり痛い。
重傷の筈だが、伊達に高レベルじゃない。
頭目の男が間近に迫る。
利き腕の剣一本でこちらを仕留めるつもりでいるようだ。
その立ち姿は、片腕を失っているのに堂に入った構えに見えてしまう。
冷静に考えた上で、剣術素人の俺が、互いにダメージを負ったこの局面で正面から打ち合ったら不利だ。
どうやら目も闇に慣れているようで、鑑定による位置特定というアドバンテージも、ここでは使えない。
俺はフラガラッハをこっそりと消した。
接近戦は不利だ。
なら、遠距離攻撃―――魔法を試す。
詠唱省略とボーナス呪文、MP全解放をチェック。
全解放系は、自分のHPやMPと引き換えに、ダメージを与える攻撃魔法ではないのか。
分からないが、試してみる価値はある。
発動しなかったら、メテオクラッシュでもガンマ線バーストでも試してみる。
盗賊がこちらに踏み込もうとした瞬間。
MP全解放を、盗賊に対して発動。
途端、全身の力が抜け落ちてその場に崩れてしまった。
……なんだ、これは。力が全く入らない。
まるで、全身の皮を剥がれて骨と内臓を根こそぎ引きずり出されたみたいな。
目は見えている筈なのに、視界は真っ暗だ。
何も視えない。
何も分からない。
何も考えられない。
俺、は……。
◇
「気がつかれましたか」
目が覚めると、ロクサーヌがいた。
どういう状況……?
そうだ、夜襲があったのだ。
だからロクサーヌがここにいる。
奴隷の男女は普段は隔離されている。
なのに俺というやつは。
ロクサーヌは美人だ。
当然の権利のような顔をして逢えば羨まれもするだろう。
いや、恨まれて当然だ。
俺がここでこうしているということは、盗賊は誰かが斃してくれたのだろう。
無事生き延びたのは幸運だったのか、それとも不幸だったのか。
どうせならあの時、盗賊と相討ちになってしまえば良かったのだ。
そうだ。
俺のような人殺しは死んで当然なのだ。
悔しくて、涙が溢れてくる。
「どこか痛むのですか」
ロクサーヌが訝し気に俺のことを見てくる。
そうだよ、そりゃ変だよな。
頭のおかしい男だと思うに違いない。
「俺さ、ある朝いきなり知らない場所にいたんだよ。親兄弟には二度と会えなくなって、どうしようか途方に暮れていたんだ。だけど、悩む暇もなく盗賊に襲われて、戦わなくちゃって、剣を手に取ったんだ。でも勘違いで、村人を手に掛けてしまった。俺が殺した人は、その剣の持ち主かも知れない……酷い話だろ? ただ必死で生きていただけの人を、俺は殺してしまったんだ」
言葉が止まらない。
自分が何を言っているのか分からない。
溢れる感情の奔流を抑えることができない。
「ご自分を責めないで下さい。カレーさんは、私たちのことを護って下さいました」
「違う。そんなんじゃない。俺は死に場所を求めていただけなんだ。そうに決まっている」
ロクサーヌが宥めようとしてくるが、胸に響かない。
死にたい。でも体が思うように動かない。
傷はない。HPは回復しているようだ。
動く気力が全く湧かないのだ。
ん、気力……?
……そうだ、MPだ!
HPが生命力なら、MPは精神だ。
MP全解放を発動した結果、精神力がゼロになっていたのだ。
この苦しみの原因は分かった。
分かったが、これはまずい。
この状態は非常に危険だ。
一刻も早く、治さなければ。
「頼みがある」
「……なんでしょう」
「精神を癒す薬とか、ない?」
◇
あの後、ロクサーヌのおかげでアランにMP回復薬を分けて貰い、なんとか立ち直ることができた。
本当に危ないところだった……。
HPの回復薬は投薬され、治療は受けていたのだが、MPは回復していなかったのだ。
一階のある一室。
無事盗賊を退け、犠牲者もなく、盗賊一派は壊滅。
少し前までベッドで横になっていた俺の元に、看病を買って出てくれたロクサーヌと、一応見舞いに来てくれたのかアランがいた。
「まさか盗賊が自爆玉を使うとは……。精神力まで奪うとは恐ろしいものだ」
戦慄したように呟くアラン。
アラン達によると、盗賊は内部から破裂したかのように、全身がバラバラになって弾け飛んだそうだ。
グロいよ。なにそれこわい。
同時に予想外の結果を齎した呪文と似た効果のアイテムに俺も興味が湧く。
「自爆玉とは何でしょう」
俺と同じ疑問を持ったロクサーヌが質問する。
「自爆玉は使用者の生命力を犠牲にして相手を道連れにするアイテムだ。だが高級品で、貴族や資産家でなければ用意はできない。まず盗難品であろう」
「貴族の方はあんな強力で恐ろしい物をお持ちなのですね」
「主な使い道は貴族同士の贈答用だ。あれを本来の用途で使うことは滅多にない」
自爆玉、贈答品なのか。そんな危険物を……。
贈答用ということは、所持するのが慣例であるということだ。
いったい何のために。自害用なのか?
いや、待てよ。
領主ともなれば政治闘争は避けられない。
他の貴族からちょっかいをかけられることなど日常だろう。
だからこそ相手を牽制する手段が必要だ。
複数の貴族が、両者とも自爆玉を所有していたら、互いにおかしな行動は取らないだろう。
スケールは小さいが、核に対する抑止力は核、みたいなものか。
「なるほど。確かにそれは重要ですね」
「自爆玉の重要性が理解できるのか」
「ええ。これを用意できないようでは、貴族としては半人前でしょうね」
「全くその通りだ。魔法使いを輩出できないとあっては貴族の名折れという謗りは免れないであろう」
―――えっ。何それ。
自爆玉と魔法使いに何の関係が?
「あの、すみませんが話がよく見えません。自爆玉と魔法使いに何か関係があるのでしょうか?」
まあ普通はそう思うよね。
ナイスアシストだロクサーヌ。
「……うむ。幼少期に自爆玉を服用すると、アイテムが不発に終わり以後、魔法使いになれる。一説には、子供では生命力が小さすぎて起爆しないのだと言われている」
アランは俺の方を見、躊躇いつつも答えてくれた。
どのみち俺が話すと思ったのね。実は知らないんだすまんな。
……別に間違えたことは気にしていない。
というか、俺の考察が間違っていると決まったわけではない。
それ以上に重要な情報がある。
自爆玉は全解放のボーナス呪文と似た効果のアイテムだ。
そして使用することで、魔法使いのジョブを取得できる。
俺はMP全解放を使用した。
ならば、俺も魔法使いになれるのではないか。
……おっと。
気がつけばロクサーヌとアランが俺を見ている。
「カレーよ」
「はい」
「兎も角、体を張ってよく戦いに貢献した。一眠りしてから、居室に戻るといい。何か言いたいことはあるか」
アランに対してキーマアピールはさすがにそろそろ直さないとまずいので訂正しない。
これが理由で礼儀作法のやり直しとか普通にあり得る。
でも内心はキーマです。キーマとお呼び下さい。
それはさて置き。
自爆玉の話題でだいぶ遠回りしたが、つまりはこれが今回の本題だろう。
文字通り、命懸けで戦った奴隷に対する最低限の労いのつもりだろうか。
ならば俺も、社交辞令といこうか。
「いえ、当然のことをしたまでですので」
「そうだな。奴隷が主人を守るのは当然だ。だが、肝心な時に腰が引けてしまう者も少なくはない。その点、お前はよくやったと言える。今後も励むように」
「随分褒められていますが、戦闘経験が豊富なわけではないので、上手くいくかは分かりませんでした」
「謙遜するな。此度は己の命が掛かる局面だ。誰でも必死になろう」
「本当は部屋に大人しく引き籠っている選択もありました。奴隷はその方が安全ですから」
自分も戦うと言い出したロクサーヌを見ながら答える。
この娘さんに、あまり危険なことはして欲しくないんだよな。
アランも黙って首肯している。
「ほ、本当に、申し訳ありませんでした……」
ロクサーヌはしょんぼりと項垂れて、獣耳も垂れている。
反省しているというか、本気で落ち込んでいるようだ。
「だけど、看病を買って出てくれたのも君なんだろう」
「……カレーさんを発見したときは意識がない状態でした。呼び掛けても返事がないので、本当に怖かったです」
「ああ、心配を掛けてごめん」
俺も自分の意思で参戦しているが、アランから許可は下りている。
でもまあ、死にかけたんだよな。
俺を心配してくれる子がいるのは素直に嬉しいけどさ。
「両人共に反省し、今後に生かすのならば私からは咎めぬ。カレーは概ね快復した。ロクサーヌは部屋へ戻るがよい。ではな」
アランはそれだけ言うと、部屋から退出していった。
お咎めなしとのことだが、情報漏洩や監督不行届で従業員はお叱りを受けるのだろう。
部屋には、残された俺とロクサーヌだけになる。
長期間、隔離されていた男女だけにして大丈夫?
と思ったが、アランが部屋を出るとき、入口脇で大柄な護衛が睨みを利かせるのが見えた。
間違いは起こらないということか。
「ええと、ロクサーヌだったね。礼を言うのが遅れてしまったけど、改めて言わせてくれ。看てくれてありがとう」
アランが名前を呼んでいたので、俺も彼女の名を知ったことになる。
鑑定は便利だけど、俺が知る筈のない情報を持っているのは気をつけないとな。
「いえ、カレーさんがご無事で本当に良かったです」
ロクサーヌは穏やかな表情で微笑んでくれる。
こうして見れば見るほど美人だな。
「カレーさん。私に剣を預けて下さり、ありがとうございます。カレーさんのおかげで、私は誇りを失わずに済みました」
「あの場ではそうするのがいいと思っただけだよ。……ロクサーヌ、聞かせてくれ。どうして、規則を破ってまで戦おうとしたんだ?」
笑顔を引き締めて礼を言うロクサーヌに、深掘りされたくないとは思うが訊いてみる。
今回は何とかなったが、彼女自身が危険に晒されることも十分あり得た。
俺の勝手な考えだが、女の子に戦わせるのは気が進まないのだ。
問われたロクサーヌは、視線を左右に彷徨わせながらゆっくりと答え始めた。
「…奴隷の身でありながら主人たるお館様に逆らったのは言い訳ができません。ですが、お世話になった方たちが盗賊に襲われると思うと、何もせずにはいられませんでした」
「お世話になった、というと……教育係の人や、他の従業員の人たち?」
頷くロクサーヌ。
「……奴隷として売られてきた当初はものすごく落ち込んでいました。何も手につかなくて、ただ放心して一日が過ぎました。両親が亡くなり、親代わりだった親戚に奴隷として売られ、私は一人になってしまったのだと目の前が真っ暗になりました」
「それは……、辛いな」
奴隷なんてみんな訳ありだ。
そうは思っていたが、こうして本人の口から身の上話を聞くと、殊更に重い。
「そんな私を励まして下さったのが世話係の方たちなんです。ここにはそうやって望まぬ境遇の子らも来るけど、挫けないで精一杯生きている子もたくさんいるから希望を捨てちゃいけないよ。親元にはいられなくなってしまったが、ここにいる間は愚痴の一つくらいは聞いてあげるから、言いたいことがあったら言いなさい。あんたみたいな子はたくさん我慢をしてきただろうから、耐えた分いいことが待ってなきゃいけないって」
そう語る口調は淡々として静かで、激しさはない。
大きな嵐が来て、既にそれを乗り越えた後の凪。
ここにいる間だけでも、紆余曲折があったのだろう。
「そのときに、私は売られてから初めて泣きました。自分でも信じられないくらい涙が流れて、そんな私をおばさんは受け止めてくれて、買われた先で奴隷が悲しい顔をしていたら主人は嫌がるものだ。涙はすっぱり全部ここに置いていって、いい笑顔で幸せに生きなさい。笑えばきっと幸せを運んできてくれる、と」
「その人は、ロクサーヌの恩人なんだな」
「はい。……それから、私、頑張りました。部屋にいる他の皆さんと比べても一番になれるくらいに。ブラヒム語はとても難しくて複雑な言い回しは完璧ではありませんが、日常会話なら殆どできるようになりました」
「そうか。そうかあ……」
うんうんと頷く俺。
何か色々と言おうかと思ったけど、メンタルケアは十分にして貰っているようだ。
下手にあれこれ言うより聞き役に徹した方がいいな。
ロクサーヌは最初に逢ったときから獣人語ではなく流暢なブラヒム語を使っている。
俺と違って努力の成果のようだ。
「ここにいる方たちには、感謝してもしきれません。ですから、ご恩をどうしてもお返ししたかったのです。私はこれから買われていきます。そうなればおばさん達とは逢えなくなるでしょう。何も持たない私に返せるものは、そう多くはありませんから」
そう毅然とした表情で語るロクサーヌに、かつてあっただろう悲愴感はない。
戦いに躊躇がないのは、この世界で生まれ育った故か、それとも彼女生来の気質なのか。
「うん。君の気持ちは分かった。その上で、おばさん達は君が危険な目に遭うのは望まないと思うよ」
まぁ俺としては、理解を示した上で釘を刺さなきゃいけないんだけどね。
さすがにこんなことが二度もあるとは思いたくないが。
「はい。すみませんでした。分かっていたのに自分を抑えられませんでした」
「そうなのか。案外、ロクサーヌは戦士に向いているのかもな」
「そうでしょうか? ふふっ、そうだといいです」
ロクサーヌは得意げに力こぶを作ってみせる。
フォローしただけなんだが、なんでちょっと嬉しそうなんだこの娘さんは。
もしかして戦うのが好きとか。
武人キャラなのか。
ジョブも獣戦士だし。
「戦うのは、ご主人様に買っていただいてからにします。言いつけを守るのも奴隷の務め、ですね」
「ああ、それがいい」
一通り話すと、俺たちはどちらともなく笑い合った。
ロクサーヌから身の上話を聞いて。
俺もだいぶ恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
極限の精神状態だったから、全部は覚えていないけど。
「…私もそろそろお暇しますね。カレーさん、今日はありがとうございます。ご命令には背いてしまいましたが、カレーさんとお話しできて、反省の材料にもなりました。後のことは私たちに任せて、どうかゆっくり休んで下さい」
「ああ、ありがとう。ロクサーヌ」
軽く礼をして、ロクサーヌも退出する。
ロクサーヌか。魅力的だなぁ。
けど、普段逢える機会はないし、彼女とはこれきりだろう。
寂しくなるな。
それにしても徹夜したのだ、ロクサーヌも休めればいいのにな。
アランも起きて活動しているし、そういうわけにもいかないのか。
俺だけ休めているのは、自爆玉のダメージがそれだけ深刻に受け取られているのだろう。
さて。一人になったし、自分の状態を確認しよう。
果たして魔法使いは取得できたのだろうか。
キャラクター再設定からジョブ設定をチェックし、表示された情報を確認する。
カレー 男 20歳
盗賊Lv2 村人Lv1 探索者Lv1 奸雄Lv1
……。
…………は?
ま、また変なジョブが増えている。
奸雄って、下手したら盗賊よりまずいのでは。
レベルが上がっているがそれは後でいい。
ひとまずファーストジョブは盗賊のままで。
ジョブ設定でセカンドジョブを村人、サードジョブに探索者を設定。
ジョブ設定を終了し、詠唱省略とMP全解放もチェックは外しておく。
これで取得している項目は、キャラクター再設定、鑑定、サードジョブの計5ポイント。
ボーナスポイントは残り31。
魔法使いのジョブは取得できていなかった。
俺は条件を満たしていないということか。
もし条件の中に子供の時限定というのが含まれていたら、俺に魔法使いは無理だ。
……寝よう。
どっと疲れた。
キーマカレーはHP回復薬を投与されています。
看病をしたのはロクサーヌです。
キーマカレーは気を失っていたので、自力で丸薬は呑み込めません。
つまり