異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
あれから何度か、探索を繰り返した。
ベイルの迷宮の魔物については、入り口の探索者に訊くのが正解だった。
二階層のボスや、三階層の魔物について質問すると答えが返ってきた。
特筆すべきこととしては、その階層で登場するボスは、同じ階層の魔物の上位にあたるものになるそうだ。
確かに、一階のボスはニードルウッドの上位種であるウドウッド、二階のボスはグリーンキャタピラーの上位種であるホワイトキャタピラーだった。
先輩たちは探索に慣れているので、低階層の魔物には過剰に警戒心は抱かない。
たびたび助言はくれても、いつでも欲しい情報が貰えるわけではないのだ。
自分の身は自分で守るという言葉の大切さを思い知る。
俺は今、朝の水汲みに来ていた。
最初は井戸の滑車の扱いに苦労したが、今ではなんとか動かせている。
桶にたっぷりと溜まる井戸水を、これから大量に運び入れる。
本来は従業員の役割だが、かなりの重労働なのでこれくらいは手伝ってもいいだろう。
洗い場の空きスペースに置かれた大きなタライに、水をどんどんと流し込む。
タライに水が溜まってくると、小さな池、或いは大きな水たまりくらいになる。
俺は水たまりを覗き込んだ。
―――やや浅黒い肌をした、知らない顔がある。
俺の容姿は若干変わっていた。
昔の面影は、あると言えばある。
元の顔が極端に好きだとか嫌いというのはないけれど、突然失うとそれはそれで寂しいものだ。
鏡が手元にないので、自分の顔を見る機会は多くない。
そう遠くない内に、俺は元の顔を忘れるだろう。
別段、悲しくはない。
一応、二十年付き合ってきた相棒だからそれなりに愛着はあった、というだけだ。
個人的にはロクサーヌとの別れの方が惜しい。
作業が一区切りして、軽く伸びをする。
この後は少し休憩して部屋に戻ろう。
新たに考えなきゃならないことも増えた。
新たな考え事というのは、ジョブについてだ。
以前も言った通り、奴隷の扱いは買い手によって大きく異なる。
購入した相手の人柄による差異もあるだろうが、奴隷自身の用途によるところも大きい筈だ。
であるならば、就いているジョブによっては扱いが大きく変わる。
だからこそ、重要なのはジョブの選択だ。
戦士 Lv1
効果 体力小上昇 HP微上昇
スキル ラッシュ
剣士 Lv1
効果 腕力小上昇 HP微上昇
スキル スラッシュ
魔法使い Lv1
効果 知力小上昇 MP微上昇
スキル 初級火魔法 初級水魔法 初級風魔法 初級土魔法
探索での何度目かのレベルアップのタイミングで、選択可能なジョブが一気に増えていた。
ちなみにそのときのジョブは、村人Lv5、探索者Lv4、奸雄Lv3だ。
各種ジョブ解放の条件として、一番妥当なのは村人Lv5かな。
出てきたのが戦士や剣士といったスタンダードな職であるのを考慮しても村人が本命だ。
他にも解放条件はあるだろうか。
戦闘を行ったから戦士、剣を使ったから剣士、魔法を使ったから魔法使い、か?
MP全解放の地獄は無駄ではなかったというわけか。
奸雄はたぶんレアすぎて一般職とは関わりがない。
盗賊とはありそうだけど。
俺は幸いにも、自分がどんなジョブに就けるかが分かる。
ボーゲンは、鍛冶師になるのは大変だと言っていた。
先輩や教育係も、思うようにジョブを取得できたわけではないようだ。
キャラクター再設定は、信じられないほどのアドバンテージだったのだ。
利用しない手はない。
では、俺は今後どのジョブに就くべきか。
非常に重要な選択肢である。
尤も、三種のジョブが解放されたこのタイミングで切り出す話だ。
答えはもうほぼ決まっている。
魔法使いになろう。
魔法使いになれる者は限られている。
迷宮討伐を使命とする貴族家が欲しているのが魔法使いというくらいだ、ジョブとしての価値は非常に高いのではないか。
魔法使いを取得するのに使われる自爆玉がまず高価だというし、少なくとも自爆玉の価格を下回ることはないだろう。
この世界の貨幣価値や、魔法使いの迷宮への貢献度がどの程度かは分からないが、それでも悪くない案だと思っている。
自分の商品価値を高めるのは間違っていない筈だ。
買い手だって、高い買い物をして雑に扱おうとは思わないのではないか。
主人となる人物が裕福なら、待遇も並の奴隷よりいいと想像できる。
俺に高値が付くなら、アランや遺族の人にも利益のある話なのだし。
俺の売却額のうち半分は奴隷商人であるアランの物に。
そして残りの半額は遺族への賠償金となるのだ。
反対に安く買い叩かれる奴隷には、相応の価値しかないと言われたも同然だ。
過酷な労役や無茶な要求を課され、使い道がなくなれば更に安値で売られる。
肉体や精神をすり減らし、奴隷としての商品価値は更に下落するだろう。
うーむ、悪循環だ。
とはいえ、他の選択肢があるかも知れない。
一応、魔法使い以外のジョブも考えてみる。
何か有用そうなジョブはあるだろうか。
魔法使い以外なら、探索者が手堅いか。
迷宮探索のために存在するジョブの代表だ、需要そのものはあるだろう。
但し、だからといって引く手数多かといえばそうではない。
何しろ迷宮に入るだけで取得条件を満たすのだ、就くだけなら誰でも可能である。
探索者なら誰でもいい、ということにはならない。
競争率の高いジョブといえる。
薬草採取士はどうだろう。
迷宮探索がなくなることはないので、需要は普通にありそうだ。
聞いた話では、ギルドに所属して丸薬の生成を行う者が多いという。
名前の感じからしておそらく戦闘職ではないので、あまり迷宮には潜らないかも知れない。
危険な探索をしたくないなら択には入るか。
戦士と剣士。
これはやめておいた方がいい。
いや、別に戦闘職や前衛が悪いというわけではない。
判断基準はあくまで、俺の少ない迷宮知識によるものだ。
…なのだが。
探索者や薬草採取士にある、明確な役割というものがこれらにはない。
役割というのは、即ち所持スキルである。
そしてスキルの発動には、ブラヒム語の習得が必須である。
これもボーゲンに訊いた話だが、探索者がパーティー編成を行うのは、ダンジョンウォークの有効範囲がパーティー単位だからだ。
パーティー編成できない探索者を欲しがる者はいないだろう。
二階にはジョブが戦士や剣士の初年度奴隷も多いが、ブラヒム語が話せない者も多くいた。
居室ではずっと普通に会話をしていたが、それは俺が複数の言語を操れるからだ。
ラッシュとスラッシュ。
それが戦士と剣士が持つスキルらしい。
両方とも攻撃に使うのだと聞いた。
スキル詠唱と共に、通常の攻撃よりも高いダメージを与える技だ。
だが、ブラヒム語が話せないならこれらのスキルは使えないことになる。
しかし、スキルが使えなくても武器はあるし攻撃はできる。
スキルの発動には詠唱が必要だが、前衛で唱えるのは隙が生まれるし、無理に発動するものではない。
パーティー編成をできない探索者や、丸薬を作れない薬草採取士のような、致命的な存在ではない。
戦士や剣士ならば、効果によるパラメータ補正もあり、ただの村人よりは強い。
村人のままでいるくらいなら、スキルが使えなくても戦闘職に就いた方がいいと考えるのは、迷宮に入る者なら当然の思考だろう。
中には、本当に強い剣の達人や戦闘のプロもいるのかも知れないが、そうでない者も雑じっている。
…というのが、俺から見た感想だ。
迷宮に関する実戦経験や知識はあるし、先輩たちが俺より強いのは事実だが、迷宮探索に於けるヒエラルキーという点では、かなり下位だと思われる。
いかんいかん。
これから魔法使いになろうという者が、前衛の存在を否定してはいけない。
魔法の行使には盾となってくれる味方が必要というのが通例だ。
大事なのは役割分担である。
それに戦士や剣士もブラヒム語を使えるかどうかで、待遇は変わってくるだろう。
そうしてそれらを鑑みた上で、やはり魔法使いがいいという結論は揺るぎない。
これまでに得た知識から、通常は複数のジョブを重ねたりはできないようなので、公的に何のジョブに就くか、というのは非常に大切な選択といえる。
ファーストジョブというのは、その人の肩書きなのだ。
魔法使いを名乗らないなら、人前で魔法は使えない。
アランは、必要があればジョブを変更すると言っていた。
ということは、村人にする必要があったということなのだが……
これは願い出た方がいいだろう。
俺を魔法使いにすることに多大なメリットがあるのは、アランなら俺以上に理解できる。