異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
「お客様だ。カレー以外は大部屋へ行け」
奴隷には、時々こうして呼び出しの声がかかる。
客に直接商品を見せて、買うか判断して貰うためだ。
しかし、未だに俺には声がかからない。
魔法使いになったことで、俺にはそれなりの商品価値が付いたと思っている。
俺の売値次第で遺族への賠償金の額も変わってしまうので、魔法使いの相場については気になるのだ。
アランに訊けば一発解答が返ってきそうだが、火急の用件が済んだ今、館主が奴隷と会うことはそうない。
大部屋に呼ばれれば顔を合わせる機会はあるが、私語は許されてはいないだろう。
なぜ、未だに呼ばれないのか。
これはたぶん、魔法使いの価値が高すぎるからだ。
迷宮に入る者は多いが、立場が対等だと分け前で揉める。
それ故にトラブル回避のため、奴隷を購入する者は多いのだとか。
だが、一般の探索者に手が出せる奴隷は限られている。
迷宮の低階層に潜ってみての感想だが、駆け出しでドロップアイテムを売却しても大した額にはならない。
探索で儲けられるのは、腕に覚えのあるパーティーだけだろう。
収入が劇的に増えるわけではないなら高価な奴隷を買うのは難しいし、借金をして高級奴隷を購入しても取り返すアテがなければ元の木阿弥だ。
せっかく買った奴隷を借金返済のために手放すことになる。
結論として、元となる資産がある程度なければ魔法使いを買おうとはならない。
それだけに買い手が限られているのだろう。
魔法使いになればすぐにでも買い手がつくかと思ったが、そうでもないらしい。
◇
「カレー、お客様がお呼びだ。ついて来い」
「! ……分かりました」
初めて俺に声がかかった。
ちょっと緊張してしまう。
行先は大部屋ではなく一階。
大勢の中から選ばせるのではなく、わざわざ俺を指名したというのは、魔法使いを希望しているのか。
まだ分からないが、そのつもりで心の準備をした方がいいだろう。
一階の応接室を裏口から従業員に促され、失礼します、と挨拶しながら入室する。
部屋にはソファに腰掛けたアランと傍付きの従業員、マッチョな戦闘奴隷が部屋の両端に二人。
そしてアランと対面する獣人の男性が一人。
ジョブは商人。赤ら顔で中肉中背の男性だ。
ブルガ ♂ 28歳
商人Lv14
俺はアランの傍まで歩いていく。
ソファには座らない。
「こちらにいるカレーは、お客様のご希望通り魔法使いのジョブに就いております。年齢も20歳とまだ若く、またブラヒム語の使用にも問題はございません。他にも複数の言語を扱えます」
「本当に魔法使いがいるとは……い、いえ。念のためインテリジェンスカードのチェックを行っていただけますか」
「もちろんでございます」
獣人の商人は声が震えているが、冷静になるよう努めている。
魔法使いが奴隷商館にいるのがそんなに信じ難いのだろうか。
証拠を見せれば済むことなので、アランに向けて左腕を差し出す。
出てきたインテリジェンスカードを商人も確認した。
カレー 男 20歳 魔法使い 奴隷
「おお……。ほ、本当に……」
「良ければ本人と話すこともできますが、いかがなさいますか」
「ええ、ええ。お願いします」
商人は何か感激している。
このまま商談がまとまってもおかしくない勢いを感じる。
しかし、果たして決まっていいものだろうか。
魔法使いに価値があると分かったのだ、変に安売りはしない方がいい。
アランと傍付きが退室し、商人と一対一で向き合う。
「まず聞きたいのだが、なぜ奴隷になったのかね?」
まあこれは訊かれるよな。
魔法使いが奴隷になる意味。
ここは正直に答えるしかない。
「とある村の近くを通り掛かったとき、野盗の集団に襲われまして。応戦しようとして、誤って村人を手にかけてしまいました」
「それで、奴隷に。な、なるほど……」
「金品は盗賊に奪われてしまい、遺族への賠償金を払えなかったため、自分を売ることになりました」
だいたいの真実に、尤もらしい嘘を混ぜる。
金品など初めから無いが、無一文で旅してきたとも答え難い。
「しかし、貴族様ならご実家や親族からお金を出してもらうことは」
「私に身寄りはありません。それに、貴族ではなく自由民でした」
「うぅむ、そうか……」
身寄りはない。
どこかの世界で生きてはいるだろうが。
そして魔法使いは大抵、貴族だと思われるらしい。
「ブラヒム語は話せるようだね」
「問題なく話せます。ですが、残念ながら獣人語は話せません。人間族やドワーフ族の言語なら理解できるのですが」
「そうなのか」
使用言語の話題になるが、獣人語が使えないと分かると商人は明らかに落胆した。
何かまずいだろうか。
商家の顧客が獣人メインだから言葉が通じないと不便とか。
…ないな。魔法使いを買って店番にするつもりでもあるまい。
「獣人語を使えないと不都合がございますか」
「……実は私のパーティーメンバーは獣人が多くてな。複数の言語を操れるなら意思の疎通を図るのに好都合かと思ったのだが」
「それでしたら、私ではお役に立てないかと」
ぼかしているが、要はブラヒム語が使えないのだろう。
ブラヒム語が使えないのはスキルが使えないということだ。
となると、前衛はただの数合わせということにならないか。
少なくとも他のメンバーに金銭や労力は割いていないと思われる。
この人は背伸びして高い買い物をしようとしているタイプの人だ。
どうも良くない方向へ話が進みそうだ。
たぶん、高いと感じている時点で魔法使いを買うのは避けた方がいい。
俺はLv1だ。即戦力としての活躍は難しいだろう。
しかし経済力や戦力に余裕のない場合、購入費用の分を取り戻そうと無理な探索をしかねない。
そうなれば命の危機、パーティー全滅の危険もあるだろう。
奴隷には主人への反抗を防ぐため、契約の魔法が掛かっている。
主人殺しや財産の持ち逃げができないように、契約主である主人が死ぬと奴隷も死亡するのだ。
全滅の危地に立たされたら、自然と主人を守ることになる。
パーティー編成や無詠唱、ワープやフラガラッハを駆使すれば、危機を乗り越えることはできるかも知れない。
だが、これらは秘密にしておきたい。
俺の秘密を主人が守ってくれるかは分からないし、どう扱われるかも不明だ。
だから、安全に探索を行ってくれる雇い主が望ましい。
断る方向に話を持っていかねば。
えーと。この人、確か名乗っていなかったな。
「失礼ながらお客様には忠告させていただきます」
「何をだ」
「魔法使いを手に入れれば利益が出る、というのは幻想でございます。迷宮の攻略には長い月日が必要です。大金を出しても見返りが得られるのはずっと先の話になります。手持ちに余裕がなくなれば、せっかく魔法使いを手にしてもすぐに手放すことになるでしょう」
「う、ぐむむ」
「お客様は何も得られず私もすぐに売り払われるのでは、誰も得をしておりませんし、私もそんなことは望みません。どうか今一度、お考え直し下さい」
商人は難しい顔をして考えている。
自分の中で損得勘定をしているようだ。
仲間の実力も高くはないようだし、迷宮の攻略にはたぶん何年もかかるのだろう。
大枚を叩いて魔法使いを購入した結果、思うように成果を上げられなければ、それは失敗を意味する。
俺は初年度奴隷だから、たとえ手放しても最初に買い上げた彼には十万ナールの納税義務が発生するので、そうなればトータルで赤字だろう。
「…分かった。今回は諦めよう。話はもういい。下がって主人を呼んできてくれ」
「承知致しました。それでは失礼致します」
商人は逡巡の末に決断した。
どうやら魔法使いがいる事実にテンションが上がってしまっていたようだ。
一礼して、応接室を退去する。
執務室のアランと目が合うと、俺が何か言う前にアランは立ち上がり、下がってよいと言い応接室へ入っていった。
「もう戻るぞ」
従業員に声をかけられる。
アランに質問したいことがあったが、この人でいいか。
「奴隷商館に魔法使いがいるのは珍しいのですか? かなり驚かれていました」
「魔法使いが奴隷になるケースは珍しいが、なくはない。問題は取引のルートだ。通例では魔法使いの奴隷は帝都やクーラタルにある商人ギルドで開催されるオークションに出品される」
「競売があるのですか」
「各地の資産家や富豪、高名な冒険者たちが多数出席して毎回盛況だ。開催頻度も高い。魔法使いの奴隷ともなれば目玉商品だな」
競売が開催されているとは知らなかった。
俺が出品されない理由は、犯罪奴隷だからだろう。
訳ありの商品だからその分割安になるのは分かる。
あの商人はレアな魔法使いを安価で買えるチャンスが、突然目の前に降って湧いたと。
そうなると冷静さを失う人も出てくるか。
本来の買い物はいったい何だったのだろう。
そして貴族は来ていないのか。
そっちは独自のルートがあるのだろう、御用商人とかいるだろうし。
魔法使いも自前で用意するから競売には貴族はいないと。
「ぼっとするな。早く部屋に入れ」
引率が終わると、一階の従業員はさっさといなくなってしまった。
扉は施錠されているし、部屋に戻ると暇なんだよな……。
水汲みの仕事がなくなったので、自重トレでもして筋力を維持しよう。
何もしないでいると体がどんどん鈍ってしまう。