異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
気がつくと、藁の上で寝ていた。
ここはどこだ。とりあえず、自室でないのは確定。
直前の記憶は、ゲームの設定を完了したところで途切れている。
ということは、ここはゲームの空間?
いや、どちらかというと夢の中か。
昨今の技術でもこんなリアリティは実現不可能だろう。
夢でも体がまともに動くか、確認の為に手を握ったり開いたりしてみる。
グーとパー。それを目視して動作確認。
神経にも視界にも異常はない。
「……これ、夢じゃないな」
異常がないどころか、意識も明瞭だ。
だからこその異常事態だと理解できる。
この肉体も、精神も至ってまともだと判断できるからこそ、外出した筈もないのに、脈絡もなく無縁の場所へと来てしまっているこの状況こそが異常だと理解できてしまう。
ここはどこなんだ?
まずはこの場所をもう少し詳しく知らないとな。
馬
馬という文字が表示されている。
そして目の前には馬がいる。
そうか、ここは馬小屋かと納得すると同時に、この文字は何なんだという疑問が湧く。
その後も目を凝らして様々な物を注視すると、物体についての簡単な情報が可視化されていく。
この現象は、まさか。
鑑定スキルか。
しかし、それを認めると俺はゲームの世界に来てしまったと認めることになる。
こんな非科学的で現実離れしたことを受け入れるのを脳が拒否している。
分かってはいる。
俺は自室でゲームの初期設定を完了したところで全く別の場所に移動した。
そして俺は鑑定スキルを取得しており、実際にそれは機能している。
辻褄は合っているのだ。
俺がこの現実を認めたくない理由ははっきりしている。
あなたはこの世界を捨て異世界で生きることを選択しました。
二度とこの世界に帰ってくることはできません。
設定を完了した際に出た警告文を思い出す。
ご丁寧に二度も注意喚起をしてきた。
あれが事実なら、俺は元いた世界へは二度と帰れないことになる。
いや、きっと事実なのだろう。
現状を認識した俺は、盛大な溜め息を吐き、へなへなとその場に座り込む。
こういうのを、途方に暮れるというのだろうな。
「マジでどうすんべ」
呟くと、馬房の馬がぶるると返答した。虚しい。
異世界転移かー。
こういった概念があるのは知っていたが、自分が当事者になるとは。
何もする気が起きないが、ここでじっとしているわけにもいかない。
まず、何をしたらいいだろう。
鑑定スキルがあるから、これを使って情報を集めていくか?
そういえば、自分に対してはまだ使っていないな。
目視した物を順に鑑定していたから、全体像が見えない自分は後回しにしていたのだ。
自分自身に鑑定。
頭の中でイメージしてみると、スキルが無事機能したのか、俺の情報が表示された。
そして、それを見た俺の思考は停止した。
キーマカレー 男 20歳
村人Lv1
……え、これなに?
唐突なキーマカレー。
キーマカレーはそのままの意味だろう。
よくある挽肉入りのカレーだ。
言いたいことはあるが、ひとまず他の情報も読もう。
男。これは俺の性別だ。
俺は女ではないし、別段ジェンダーな悩みもない。
20歳。俺の年齢だな。普通の家庭に生まれ、大学に入学し、成人して今に至る。
村人Lv1。
これは……初期ジョブかな。
レベルが1なのは開始直後だから致し方なし。
さて、俺の情報の中に一点だけ、明らかにおかしい箇所がある。
そう、キーマカレーだね。
何故個人データに食べ物が差し込まれたのか、これが分からない。
しかもだ。困ったことにキーマカレーがある場所には、本来なら俺の名前が入る筈なのだ。
当たり前だが、俺の本名はキーマカレーでは断じてない。
心当たりならある。
ゲームの設定ページとは別タブで料理動画を観ていたのだ。
……そういえば、あの設定画面にはプレイヤーの名前入力の項目は存在しなかった。
しかしだからといって、幾らなんでもこれはないだろう。
そして今気づいたが、自分の腕をよく見ると肌の色も以前の俺よりなんだか浅黒い。
まさかカレーの色か。
いや違うか、種族インド人なのか。
鏡がないので分からないが、顔まで変わっていたりしないだろうか。
まぁ、名乗るのは本名の方でいいだろう、他人から見えるわけでもなし。
見えないよな……?
などと取り留めのない考えに捉われていると、小屋の外から話し声が聞こえてきた。
扉ごしに耳を欹てると、複数の男の声が聞こえるが話の内容までは聴き取れない。
男達はどうやら小屋の前を通り過ぎて行ったようで、やがて声と足音は聞こえなくなった。
そうだよな、馬小屋があるってことは近くに民家があるに違いない。
ここに居たらすぐに見つかり、流れ者が無断で寝泊まりをしていたと思われるだろう。
これからの情報収集や安全確保の為にも、スタート地点付近の住人との交流は円滑にしておきたい。
そうと決まれば、さっさと外に出よう。
問題があるとすれば、外履き用の靴がないことだな。
自室で椅子に座っていたので足には靴下しか履いていない。
どうしたものかと辺りを見回すと、部屋の隅にサンダルが置かれている。
持ち主にすまないと心の中で手を合わせると、一時的に借りることにした。
布をサンダルの裏に通して、足の甲の側で縛り付けて固定させる。
これ以上長居するのもまずいので、小屋を出る。
鳥の囀りと朝日が眩しい。
馬小屋の中に光が射し込んでいたから予想はついたが、夜は明けていた。
その時、東の方角から、わっと喚声が上がった。
俺はすかさず、声の元、遠くの人影を鑑定で見る。
盗賊Lv7
装備 銅の剣 皮の靴
盗賊Lv11
装備 銅の剣 皮の鎧 皮の靴
盗賊Lv4
装備 銅の剣
襲撃だと一目で分かる。
賊に発見される前に、急いで脇の雑木林に潜り込む。
次いで西の方角、村の方からも声が上がる。
村人たちが、めいめい手に得物を持ち、襲い来る盗賊に立ち向かおうとしている。
農夫Lv2
装備 皮の靴
村人Lv7
装備 銅の剣
村人Lv25
装備 鉄の剣 革の鎧 皮の靴
農夫Lv2は手に鍬を持っているが鑑定では見えない。
武器ではないということなのか。
ややあって、盗賊と村人が接敵する。
その数は盗賊が十数人、村人は若干多いか。
盗賊の中で最も強い奴がLv41。
その次がLv20くらいで、この二人は盗賊のバンダナなんて物を身に着けている。
それ以外の盗賊は、大半がレベル一桁だ。
対する村人は、Lv25のおっさん以外は殆ど低レベルだ。
数で勝る村人より、盗賊の方が有利かも知れない。
村はずれは瞬く間に、剣戟と怒号が飛び交う戦場と化した。
俺は森の端に身を潜め、その様子を窺う。
これがゲームならボーナス武器でも装備して盗賊退治というのもありだろう。
だが、俺は既にこの世界が現実だと理解してしまっている。
剣で斬れば血も出るし、怪我の程度によってはあっさりと死ぬ。
そして、目の前の光景は俺の考えが正しいことを証明している。
ここで戦うというのは、生きた人間を殺すということ。
或いは、他の誰かに殺されるということ。
そんな選択が、簡単にできる筈がない。
逃げた方がいい。そう考えるのに時間は要らなかった。
咄嗟に思い浮かべたのはボーナス呪文。
ボーナスポイントを使用して、ワープと詠唱省略を取得する。
心の中でワープと念じた。
が、何も起きない。
考えてみれば、どこに飛べばいいのか分からない。
呪文が発動しないのは移動先が未登録の状態だからなのか?
もしくはMPが足りないからか。
村人Lv1だものな。MP自体ないかも知れない。
ワープは一旦諦め、項目からチェックを外す。
他に何か使えそうなスキルは―――
そう考えた瞬間、後頭部に凄まじい衝撃が走り、俺の意識は闇に沈んだ。