異世界迷宮で奴隷生活を   作:Doro

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過ち

目を覚ますと、民家の床で横に転がされていた。

身ぐるみは剥がされ、両腕は後ろ手に縄で拘束されている。

頭がずきずきと痛む。どうも血が流れているようだ。

内出血よりはましか。

 

状況から察するに、斥候に背後から攻撃されて気を失ったらしい。

接近されているのに全く気付けなかった。

俺に気配を察知する技術なんてものはないし、後ろに目は付いていない。

 

このままでは動き難くて仕方がない。

手首の関節を外し、縄抜けをして再び関節を嵌める。

痛いが我慢だ。

 

「気がつかれましたか」

 

声のした方を見やると、村人らしき女性が数人、部屋の隅っこに固まっていた。

俺と同様に拘束されている。

 

「近くを通りがかったところを盗賊に襲われてしまった。……村の人達は?」

 

「盗賊に敗れ、犠牲者や怪我人が大勢出ました。賊は村から奪った物資を一カ所に集めているようです。私たちは人質なのでしょう。夫が必死に嘆願して命だけは助かりましたが……」

 

見た目40代くらいの女性がそう説明する。

盗賊の頭目は大人しくしていれば殺しはしないという。

果たしてそんな甘い連中だろうか。

 

状況を整理すると。

盗賊の村襲撃は成功し、俺は戦闘を回避しようとしたが、失敗。

捕らえられ、今は民家の一つに放り込まれている。

俺のレベルは1だ。不意打ちをまともに食らって死なずに済んだだけ幸運だろう。

斥候のレベルが低いせいで殺しきれなかっただけかも知れないが。

 

で、俺の衣服が上質なので奪って、後から金になりそうな話を聞き出す算段なのだろう。

よそ者なんて厄介な目撃者でしかない。用済みになったら殺される未来しか見えない。

 

「奴ら、すぐに戻ってきますかね」

 

俺の問いに女性は首を振った。よくは分からないらしい。

盗賊から何らかのヒントを得ていないかと思ったが、そう上手くはいかないか。

外の様子を窺おうにも、窓もない家の中からでは知る術もない。

 

俺はゆっくりと、握り拳をつくる。

強く握りしめたところで、今度はその手を開く。

また閉じて、一度深呼吸をする。

 

……戦うしかないのか。

 

話術で盗賊を誘導しようにも、俺にはこの世界の知識がない。

また、すぐそこに命の危機が差し迫っている以上、迷っている時間はない。

覚悟を、決める。

 

そうと決まれば身支度だ。女性に一声掛けて置いてあった布を適当に体へと巻き付ける。

何か武器になる物はないか。

部屋中に目を凝らすと、寝台の下で光を反射して何やら煌めいている。

 

鉄製の剣が隠してある。

身を屈め、手を伸ばして武器を引っ張り出す。

ちょっくら拝借しますよっと。

特筆すべき点はなさそうだが、この際贅沢は言うまい。

 

鞘から剣を抜き、柄に手を掛け感触を確かめる。

剣なんて本格的に振ったことはないが、重すぎるということはない。

どうにか使えそうだ。

 

まずはこの剣で女性たちの拘束を解いた方がいいだろうか。

だが、もたついている内に賊が戻ってくるかも知れない。

その時に隙を晒したくはない。

 

俺が剣を握りしめ、己を奮い立たせていると、家の外から声が上がった。

勝敗は既に決した筈だ。

何の騒ぎだ?

 

「―――くそっ、騎士団だ!」

 

「だからオレは反対したんだ、もっと遠くの―――」

 

やや離れたどよめきは、たちまちすぐ近くでの言い争いに変わった。

言葉になるもの。

盗賊の悲鳴や断末魔、言葉としての形を成さないもの。

再びの剣戟、鍔の鳴る音。

それらの情報が、援軍の出現を俺に教えてくれている。

 

たった一人でどう切り抜けるか思案していたが、これは好機だ。

形勢不利と悟った盗賊はどう動くだろうか。

逃げ足に自信のある者はすぐに退却する。

では、それ以外の盗賊はどうする?

あくまで予測だが、人質を盾に逃亡を試みるのではないか。

 

つまり、この家に立てこもる可能性が高い。

そこを出会い頭、一太刀で斃す。

俺は斬り合いなどしたことがない。正面戦闘は不利だ。

だが、奇襲なら何とかなるかも知れない。

 

俺は出入口の引き戸の横に立ち、踏み込む者から死角になるように、壁を背にする。

構えなんてよく分からないが、体勢を低くして剣を腰だめにし、いつでも横薙ぎにできる準備をする。

そうして、息を潜める。

 

外の音がやけにうるさく感じる。

心臓がばくばくと鳴る。

額に嫌な汗が流れているが、気のせいかも知れない。

暑いのか寒いのか、体中の感覚がおかしい。

 

やがて忙しない足音が近づき、乱暴に戸を引いて男の賊が駆け込んできた。

反射的に飛び出し、賊の体を下から斜め上に斬りつける。

 

鮮血がぱっと飛び散り、部屋奥の女性陣から悲鳴が上がる。

返り血に一瞬怯むが、賊はまだ倒れていない。

驚きか、或いはダメージからか、賊は固まったままだ。

俺はそれを気にかける余裕もないまま、全力で剣を振り下ろす。

 

真っ赤な血飛沫と共に、驚愕の表情を浮かべた男が倒れ込む。

凄惨な光景に対する、女性たちの叫び声が聞こえるが、声が、音が、遠い。

自分が人を斬ったという事実が、俺自身を打ちのめしているのか。

 

一人斃したことで気を緩めそうになるが、賊はまだ来るかも知れない。

引き戸は開け放しになっており、外から覗き込めば入口付近で倒れた男が目に入る。

すぐに戸を閉めれば同じ手が使えたが、二度の奇襲はできそうにない。

もう一度、覚悟を決めて戦地に飛び込むか。

 

「家の中に誰かいるのか。騎士団の者だ。武器を捨てて大人しく出てこい」

 

そう考えていると、女の声でこちらに呼び掛けてきた。

既にこちらの居場所は割れているようだ。

……ぱっと見だが、賊の中に女はいなかった気がする。

 

剣を持ったまま、開いた戸の正面に立つと、声の主と思しき女性がこちらを睨んでいる。

甲冑を着け、いかにも騎士然とした風貌の人物だ。

後ろにいるのは仲間たちだろうか?

盗賊や村人より身なりがいい。

 

「聞こえなかったのか? そのほうに交戦の意思がなければ武器を捨てろ」

 

あくまで冷徹に、こちらへ警告をしてくる騎士。

どうやら盗賊は、殆どが死ぬか逃げだしたようだ。

俺は大きく息を吐くと、剣を床に置き両手を上げて答える。

 

「安心しろ、敵じゃない。……家の奥に女性たちが捕まっているから、解放してやってくれ」

 

発言を受けて騎士風の女性が仲間に指示を出すと、二人の男が俺の隣をすり抜け女性の拘束を解こうとする。

 

俺は民家の外に出て、村の様子を観察した。

辺りにはそこかしこに死体が転がっている。

少し、足元がふらついた。

戦いが終わり、緊張が解けるのと同時に、疲労感が圧し掛かってくる。

 

思わずその場に座り込みたくなるが、この場に留まると騎士団の仕事の邪魔になりそうだ。

人を殺めたことで胸の辺りがむかむかする。

村から離れたところに行きたい。

 

「待て。そのほうも現場に居合わせたのだ。事情の聴取には応じてもらうぞ」

 

いい空気でも吸って落ち着こうとしたが、女騎士に呼び止められた。

仕方がないので騎士の傍まで歩いていく。

 

俺は騎士団が来るまでの自分視点での出来事を話した。

早朝の襲撃。村人と盗賊の戦い。

初めは隠れていたが、背後から襲われ、気絶していたこと。

民家に囚われていたが、拘束を解いて剣を借りたこと。

騎士団の登場で敗走する盗賊に、剣を振るったこと。

 

俺の話を女騎士は黙って聞いていたが、やってきた仲間が何やら耳打ちすると表情が険しくなる。

 

「凡そは理解した。だが、貴様の話には一点、大きな誤りがある。見ろ」

 

騎士の視線の先を俺も見る。

人質になっていた女性たちだ。全部で三人居る。

そして、三人は全員揃って俺を見つめていた。

 

激しい怒り、深い悲しみ、言い表しようのない恐怖。

俺を見る三者三様の表情全てが負の感情だと分かる。

……なんだこれは。

 

「この人殺し! よくもうちの旦那を……!」

 

「ああ、どうしてこんな……!」

 

「わたしが、あのときわたしが止めておけば……あああぁぁ」

 

そうして俺に向けられたのは、彼女たちの、慟哭。

 

俺は、

 

その言葉の意味を理解するのに、相当な時を要した筈だ。

 

筈だ、というのは。

 

その後の記憶が、かなり曖昧だからだ。

 

たっぷり数秒かけて。

 

或いは数分かけて。

 

その言葉の意味するところを反芻する。

 

その言葉が真実、俺に向けられた物であるのかを考える。

 

人殺し。

 

これは間違いない。

事情はあれど、俺は武器を手に取り、人の命を手に掛けた。

血溜まりに沈んだ、あの男が奇跡的に生きてでもいなければ、俺は確かに人殺しだ。

 

よくもうちの旦那を。

 

あの女性は殺されたのは旦那だと言った。

しかし、俺が殺したのは盗賊の筈だ。

 

いや、今なら分かっている。

それはただの思い込みなのだ。

 

俺はあの時、民家に賊が来ると踏んで、そいつを倒すことばかり考えていた。

命の奪い合いをせざるを得なくなり、視野狭窄に陥っていたのだろう。

冷静でいるよう努めたつもりだが、そんなことは全くなかったのだ。

 

女性も夫の存在を示唆していた。

あの状況で生き残りの村人が居たら、民家に避難を試みるのは当然といえる。

 

一太刀目を浴びせた時に、女性たちから悲鳴が上がったのを覚えている。

俺が賊だと思っていた男が、力尽きて倒れ込むのを見て叫んでいたのも。

 

或いは、彼女の旦那は他に居て、その人を俺が殺したと勘違いしているとか。

…俺が殺した人物は一人だけだから、それは俺自身が否定するしかない。

 

つまりは。

全部、あの女性の言うことが正しいとすれば、辻褄は合ってしまう。

 

「……おい。おい、聞いているのか!」

 

認めたくない。

すぐ近くで誰かが何かを言っているが、頭に入ってこない。

 

視界が揺れている。

体の平衡感覚がなくなり、まっすぐ立っているのか分からなくなる。

 

「やむを得んな。インテリジェンスカードのチェックを行う。取り押さえよ」

 

急に動きが封じられた。

見ると、騎士の仲間が俺の背後に立ち、左腕と右肩を掴んで押さえつけている。

何をする気だ。と思う間もなく、騎士は何言かを詠み始めた。

 

「滔々流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン」

 

すると、騎士に向けて突き出された俺の左手の甲から、一枚のカードが出てきた。

 

なんだ、これは。

スキルの一種なのか。

動揺する俺を無視して、騎士はカードをチェックしているようだ。

 

……そうだ、スキルだ。

あまりの衝撃に完全に忘れていたが、スキルなら俺にもある。

そのことを思い返し、鑑定スキルを使用。

 

 

 ラディア・マキシナント・ゴッゼル 女 28歳

 騎士Lv27

 装備 決意のエストック 頑丈の鋼鉄の盾 マジカルアーマー 加速のブーツ

 

 

「やはり盗賊か。―――苗字持ちの……自由民だと?」

 

鑑定スキルが発動し、女騎士の情報が見えた。

ジョブも騎士で間違いない。

 

が、今はもっと重要な情報がある。

俺の手から出てきたカードを見る。

 

 

 キーマカレー 男 20歳 盗賊 自由民

 

 

キーマカレーに不意打ちを食らう。

くそ、こんな時に出てくるのはノイズでしかない。

 

そうじゃない、問題は現在のジョブだ。

 

盗賊。

 

最初に馬小屋で自分のジョブを確認した時は、村人だった。

ジョブは勝手に変更されるものなのか。

自由民は……分からない。この世界での俺の身分なのか。

 

情報に押し潰される俺の心情をよそに、女騎士は仲間達にあれこれと命じているようだ。

俺は押さえられ、できることもなく、そうして幾許かの時間が流れる。

 

「あらかたは片付いたか。奴隷商人を呼んでこい」

 

騎士の言葉は、どこか遠くの世界のことのようで。

疲れ切った俺の頭では、意味するところを受け入れる余裕はなく。

現実から目を逸らしてしまいたいと背けた目に映ったのは。

 

 

 皮の鎧 胴装備

 

 

地面に敷いた布の上に安置された、俺が殺した死体だった。

名前やジョブは表示されなかった。

鑑定できたのは装備品だけ。

死んでいる者は鑑定できないらしい。

 

名前すら映らない。

俺が命を奪ったから、名前も消えてしまったのだ。

 

どうして、こんなことになった。

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