異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
ベイルの奴隷商館は三階建てだ。
一階に客間や応接室、館主であるアランの私室などがある。
その奥に厨房や物置があり、通路の一番奥には裏口がある。
通りに面した大きな正面扉は客専用で、裏口は従業員と奴隷が使う。
奴隷の居住空間は上のフロアで、二階が男、三階が女の奴隷用だ。
また、二階と三階には男女の従業員それぞれの部屋もある。
中庭には井戸や洗い場があり、水回りの作業の多くはここで行われる。
個人的には憩いの空間というイメージがあるが、休息を取る場所ではないようだ。
今日も朝の作業を一通り終え、朝食も摂り、一息つく。
今の俺は、自分が行えるキャラクター再設定について知りたいので、トイレにこもっているところだ。
住人が多いので、人目につかない場所はどうしても限られる。
まずは村で発動できなかったワープを試してみる。
村から商館へ移動したことで使用可能になったのではないかと思ったからだ。
頭の中でワープと念じると、個室の壁に黒い長方形の、穴のようなものが現れた。
この穴を通ることで、遠い場所へ移動できるのだろうか。
恐る恐る、ホールに手を入れてみる。
だが、手は中に入らず、壁に阻まれた。
どうも移動先を明確に指定されているようだ。
この世界で、俺が知る場所は、商館を含む町の一部とあの村だけだ。
村を思い浮かべれば、一瞬で移動できるのだろうか。
発動しかけたボーナス呪文を中断すると、黒い穴はすぐに消えた。
次は体の向きを変えてワープと念じてみる。
すると正面ではなく、横の壁に黒い穴が出現した。
ゲートを閉じて、背後の扉にワープと念じる。
黒い穴が出現した。
またゲートを閉じると、天井を見てワープと念じてみる。
黒い穴は……現れない。
最後に床を見て試したが、やはり黒い穴は出てこなかった。
どうやら横壁のような障害物がなければ、移動魔法は発動しないらしい。
あとは、呪文の使用法が通行なので、人ひとりが通れるくらいの表面積がない物もたぶん無理だろう。
そういえば、村からベイルへ移動する時にも、黒い穴を通過した覚えがある。
平常心でいられなかったのではっきりしたことは言えないが、あれはワープを使っていたのか?
少なくとも見た目は同じに見える。
あれがワープか、別のスキルなのかは分からないが、少なくとも商館の奴隷が使えるスキルではないだろう。
同時に、俺が今ワープを使えるというのは結構な無法である可能性にも気づく。
俺を閉じ込めておきたいのに、移動魔法を使用できるようにする筈がないからだ。
キャラクター再設定は、よほどのことがなければ秘密にしておくべきだ。
移動はできないが、情報は得られたので納得して次の調査に移る。
次はボーナス装備だな。
何もない空間から、突然装備品が現れたりしたら、不審に思われると今まで使わずにいたが正解だろう。
ボーナス武器四をチェックして、決定。
激情のオリハルコンの剣 両手剣
スキル 攻撃力二倍 詠唱中断 レベル補正無視 防御力無視
すると、鍔の部分に装飾の施された見事な剣が現れた。
スキルが全部で四つも付いている。
攻撃力二倍は強いな。これを使えば戦闘でも活躍できそうだ。
……秘密にしなきゃならない力をこの先、堂々と振るう機会があるかは分からんが。
しかし、四でこれほどに強いのだ。五はどんな武器なのかは気になる。
次のボーナス武器五に必要な消費ポイントは16。
残りのボーナスポイントは15。
一旦詠唱省略を詠唱短縮にして、ボーナス武器を五にする。
これでよし……あれ。
ボーナス武器の情報を確認しようとしたが見えなくなった。
つまりは鑑定ができていない。
鑑定、と口にしてみるとボーナス武器の情報が浮かんできた。
フラガラッハ 両手剣
スキル 攻撃力五倍 HP吸収 詠唱中断 レベル補正無視 防御力無視
固有銘だ。
入れ違いで現れた剣は、ボーナス武器四と比較して、HP吸収というスキルが増えている。
攻撃力五倍は凄い。二倍で喜んでいたらとんでもないのが来た。
もう見るからに強い。是非とも使ってみたい。
但し、生かす機会があるかは分からない。
ボーナス武器からチェックを外し、詠唱省略にチェックを入れる。
手元から剣が消え、ボーナスポイントは残り30になった。
そして詠唱短縮はスキル名を口にすれば発動できるようだ。
まだ調べられそうな項目はあるが、今日はここまでにしよう。
毎日続ければ誰かに不審に思われるかも知れん。
時間は有限だが、焦ってもダメだ。
奴隷の必修科目が、ブラヒム語の習得以外にもう一つある。
主人に対する、礼儀作法だ。
基本的には、奴隷というのは主人の所有物なので、命令に背いてはならない。
従事する対価に、食事や寝床などを提供され、日々の命を繋いでいく。
また、奴隷の分の人頭税は、主人が負担するのだそうだ。
他にも、主人が椅子に掛けても、奴隷が座るのは床であるとか。
食事や就寝も床で行うのが奴隷の常識らしい。
奴隷の所持品というのは概ね主人の所持品なので、衣服や装備品も当然預かり品ということになる。
靴に関しても同様なので、奴隷は裸足というのも珍しくないようだ。
さすがに裸で歩かせるような主人はいないそうだが。
やはり人前でボーナス武器を使うのはダメか。
そんなことをしたら没収されてしまうのでは。
というか、武器の出所を訊かれてもキャラクター再設定のことを話すわけにもいかない。
じゃあどこで手に入れたのだ、という話になる。
俺が主人で奴隷に秘密を守らせれば済む立場なら、もっと簡単なのに。
俺は奴隷の心構えについて講釈をされながら、力の使い道について頭を悩ませていた。
こんな呑気でいいのかと言われるかも知れないが、生活態度で厳しく注意されたことはない。
俺のいる二階の居室には、他に四人の奴隷が同居しているが、そいつらは作法について度々注意されている。
座り方、食事の摂り方、言葉遣い……どれも普通に熟していける程度のものだ。
今、かつて享受していた文化生活の有難みを実感している。
とはいえ、慢心は良くない。
俺が置かれている立場は、あくまで未契約の奴隷である。
奴隷の相場がどんなものか、俺には分からないが。
やむにやまれぬ事情で売られた者よりも、犯罪奴隷の方が安く買い叩かれるのではないか。
それに奴隷の扱いは、購入した客の意向によるところが大きい。
ならば少しでも条件のいいところを狙うのは当然だ。
……スタートラインが周りより低いところにありそうだから尚更だ。
この世界に関する知識や常識が欠けている俺に現状できるのは、労役や戦闘奴隷だろう。
それだって、Lv1なのだから人並以下だ。悲しいがこれが現実。
売約済みの奴隷は、一階の専用部屋に移動する決まりになっている。
身請け間近、ということだ。
それはここでの教育課程を修了し、社会に復帰するということを意味している。
労働に追われ、文字の勉強をする時間は取れなくなるかも知れない。
学ぶなら、今しかないのだ。
「また書き取りやってんのか? せっかく休めるってのに、熱心な野郎だな」
「文字が読めるに越したことはないからね。おはよう、ボーゲン」
俺が現地語の習熟に苦闘していると、ひげ面の男に話し掛けられた。
ボーゲンは同居人の一人で、ドワーフ族の男だ。
蓄えたひげのせいで年上に見えるが、鑑定で年齢を確認したら俺より若かった。
ちなみに今の会話は、ドワーフの言語だ。
「それだけ話し言葉が達者なら、読み書きなんざできなくても何とかなるだろうに。ブラヒム語は複雑な上に言い回しも古臭くてよ、覚え難いったらねえ」
「けど、覚えれば身を助ける―――ここで会話していくか?」
「あー……頼む」
愚痴を零すボーゲンに返事をしながら、途中でブラヒム語に切り替える。
初期設定で言語を複数選択した影響が、良い結果をもたらしていた。
ここ異世界には、人間だけでなく様々な種族が暮らしている。
ドワーフ族やエルフ族は亜人に分類される。
ベイルの商館に所属する奴隷の大半は、人間のようだ。
どうもこの辺り一帯が、人間族が多い地域らしい。
そこへ数の少ない他種族の奴隷が来ると、言葉が通じない。
ボーゲンはここでは俺の先輩だが、会話ができると知って、時々こうして俺に話し掛けてくる。
「俺ぁ……こっから、南、西、の、えーと……鉄?の街から来たんだ」
「鉄? 鉄の、何だ?」
「鉄を、……造る?」
「製鉄か?」
「ああ、いや、違う。鉄を、掘るんだ」
「つまり、鉱山の街か」
「そうそう、鉱山だ!」
こんな風にブラヒム語を教えたりもしている。
俺としてもこの世界の情報は欲しい。
土地勘もないので、ボーゲンの拙いブラヒム語でも有り難いものだ。
商館にはお抱えの教育係がいるが、他の奴隷もいるし、常に付いてもらうわけにもいかない。
一から十まで教えてもらえるわけではない。
誰かが何かしらを知っているから、上手く活用していきたいな。